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狂気の森4

「その装備、ここじゃ普通ですか?」


 最後尾のトンムスがジョージに言った。先頭がジョージで、トーヴァ、フィリと並んでいる。


「緑化機関がギルドに貸与してる。洞窟探検用らしい」


 ジョージは亀裂のへこみに足をかけてさっさと下りた。


「そのレベルの状況に対応できる装備は無いが」フィリも追う。


(あのスーツ、思念隠ぺい機能がある。ちょっとやりすぎたか? しかしハンターなら力は示すものだ)


「心配するな、厄介な探索は俺がこなしてやる」

「別班に舞踏会にでも出席しそうな紳士がいたが、あれも?」


 フィリが言った。事前に顔合わせした二班のハンターに、赤い礼装の男性がいた。祭典での王装レガリアのようなフォルムが膨らんだ衣装で、宝飾しかない帽子をかぶっていた。地下で遭遇したらホラーだ。


「あれは本土から来た貴族で、あれで仕事がしたいと移住した変わり者で、緑化機関員。悪魔の森の素材を使っていて、かなり身体能力を上げるとか」


「うちの商人に、装飾品の制作を依頼してましたね」とトンムス。


「ここは自由でいいが、服で仕事とは。それに古い。あれは建国時代ゴシック様式で、心覚兵制度以前の超能力者や特別な精兵のスタイルだ。二百年は前だな」


 フィリは言葉と裏腹に人材と資産の流出を危惧した。本土の資産家には、現在の停滞で消費を切り詰めた風潮を忌避する動きがある。

 前日はギルドで情報収集では、超人派を見かけないことを確認して一つ安堵していたが、緑化機関が未回収地への道を塞ぐ動きだけは徹底して妨害していることからして、本土から活気というものを吸いとろうとしている。


「軍の魔法使いの服でしょ。軍服をそのまま使ってるとか」

「そう、ここ百年ぐらいは落ち着いた装飾のあれ。今は民間の魔法使いのほうが派手になった」


 全員が亀裂をわずかに下ると、すぐに狭く急な階段が出てきた。


「対火器装備はつけてる。拳銃ハンドガン程度なら壁はいらない」


 トンムスは弓の弦を張った。フィリがそれを気にする。やはり彼の意思の向きは妙だ。大切な武器に触れつつ、若干の注意がフィリに向いている。トーヴァではなく、警戒するべき暗闇でもなく、フィリだ。


「まっとうな入口だな」


 トーヴァが言った。がれきがばらばらと転がった階段には、多くの足跡がある。流行りの侵入口らしい。


「家主も知らなかったろう。階段を埋めて、家建ててたんだ」


 懐中電灯を持ったジョージは、手際よく進路を照らして進む。槍は自由に長さを変えられるらしく、短くして腰のベルトの左に差してある。


 階段を下り、頭を擦りそうな地下道を抜けると少し道が広がった。壁の材質は一般的なコンクリートだ。わずかに臭気がある。


「下水が近いが、この道は深部構造へ達するまともな道と思われる」


 ジョージが言った。


「お宝があるかもってな」トーヴァがハンターらしくする。


「一般人が多いからむやみに撃つんじゃねえ。ガスは俺のセンサーで調べるが、遠いとわからねえ。銃声だって反響で近いか遠いかわからん。音でパニックを起こすな」


「敵意は見逃さん。あてにしてもらおう」フィリが言った。


 しばらく進んでもずっと床には足跡があった。上に建築物の残骸があったせいで特別に残りやすい。わずかに苔もある。


『あったか?』トーヴァからの念話テレパシー


『いや、能力使用の思念痕跡は見逃さんが』


 フィリは道中にある足跡の一つ一つに意識を集中していた。人が触れそうな壁も気にしているが、歩いただけではあまり感情が残らない。それでも、考え事をしてていてくれれば思念の主がわかりやすいが、ここでは難しい。


 思念は、あらゆる物理的痕跡と同じく形があり、DNAのように個人の性質を深く表す。付着度合いは、感情や思考の強さに依存する。

 読み取れる思念は、暗闇への警戒心。多くが素人臭い。


「上層は問題ない」ジョージが振り返る。「未踏破域まで急ぐ」

「何か予定でも?」トンムスがたずねた。


「そこまで急じゃねえ。ホツマの使節だ」

「ああ」トンムスが納得した。


「ホツマというのは侍の?」フィリが言った。


「ああ、近いうちに使節団が来るってよ。だから、地下の不法戦力は排除だっつうこと。最悪でもマッピングは必須」


 ジョージが面倒そうに言った。

 ここでフィリがトーヴァに念話テレパシーをつなぐ。


『よろしくないな』

『ああ』


『一日でギルドで調査して超人派はハンターになっていないと確定した。どこかに拠点があるはずだ』

『地下ならば、やはりガス人間のウジュイ大佐』

『ああ、この狭所、まともな兵でも百は殺すぞ』

『いると?』


『どうかな。ネズミと虫との共同住宅は別荘には不適だが、彼はストイックだ。必要ならやるさ。君と違って、どこまでも強くなりたいタイプだ』

『それが緑化機関にとりいってないなら、絶対にやるだろ』

『彼は人に頭を下げられる性格ではない。秘術や発掘品が狙いか。その貯蔵庫を探るわけにはいかんし、ここにいてくれるのが理想なんだが』

『襲撃時の対処は? このふたりじゃ対処できまい』


『私がやるさ。といっても、撃退するだけだ。彼が本気ならがっちり精神をつかむのは難しい。逃げられるだろうが……』

『いると知れれば、自然祭司ドルイドがやるか。戦力差を考えれば、使節にちょっかいを出す利点はないが、とはいえだ』

『彼らとて敵に思うところはある。警備が偏れば、よそはやりやすい』


 しばらくは順調に進んだ。階段ではなく、緩いスロープが多く地形は入り組んでいる。ジョージは階層を動くたびに通信機で状況を報告している。壁は、元来の地層を利用したものと、石材を含んだものに変わってきた。地下道は、四人並んで進める冠動脈と、細い脇道や誰かがこじあけた小さな穴に分かれた。


 緊張感はなく、細々と世間話が続いている。お互いに興味をひくバックボーンをもち、話が尽きない。


「不可思議に満ちた悪魔の森で活動とはうらやましい」フィリが言った。「さぞ刺激に満ちているでしょう。ここの森もゆっくり探索してみたい」

「住めば日常だ」トンムスが言った。「不思議と言うなら、こっちにはあなたのような感覚的な力を用いる者が少ない」


「帝国では、感情の意図的発露、積極的抑制の教育がある。超能力同士の干渉による覚醒説もあるが、私は、魔術理論への依存や慣習を重視する社会状況が発芽を阻害すると思う」

「我々の秩序に原因があると?」


「自らに力がないと思うと本当に消える。力は眠っているだけなのかもしれないが、存在しても、見えず触れえないものは存在しないに等しい」

「あなたの世界が知りたいものですね」


「ならせめて教訓を教えよう。人が残した思念は理解できる。それ以外は、行動の参考にできても、理解はできない」

「その差とは?」


「人はどこまでいっても人でしかない。理解しがたい見解、人格、宗教でも理解は可能。その点、悪魔や知的な妖精も、人に近いから会話できる。友人にはなれないが。獣や虫を使役する技術があるが、あれは操縦技術を知っているだけで、会話できていない。真に虫と意思疎通するなら、自らも虫になる努力が必要だ」


(かといって、本気で精神を変容させると病院行きだ。)


 トンムスの興味はきているが、急な意識の動きはない。秘術の情報は、東の彼にとって重要なはずだが、これには慎重に接近している。聞きすぎを警戒している。


「価値のありそうな話だが、そこそこ退屈だぜ」トーヴァが不満をこぼした。

「そう言うな」フィリが言った「町のためにも必要な仕事だ。使節というからにはきっと豪華な格好だ。楽しみじゃないか」


 これにはトンムスの興味がぐっときた。

 フィリは完全に思念を伏せていない。完全に遮断すると不信を招く。しかし、意図的に放つ思念を変化させても反応がない。


(発言の瞬間に興味が来る。言葉か? 顔を見てこない。超能力者サイキック特有の波動はない)


『トンムスは、言葉から何かの独特の情報を得るスキルがある』

『おいおい、自然祭司ドルイドの知り合いだぞ。俺らを始末するつもりじゃねえだろうな?』

『敵意はない。軽い警戒と興味だ。これはルキウスにも強く向いていた。彼には普通のことなのかもしれん』

『踏み込みすぎるなよ』


 さらに進むと、壁面はじっとりと湿り、床の低い所に水がたまり、かすかにだが独特の植物臭が漂った。

 フィリがジョージの背越しに通路の先を見つめた。


「曲がって少し先に何かいる。明確な意思はない」


 通路を曲がると、床と壁の低所に白いもこもことしたとしたものが付着し、光で照らせぬ先までを覆っていた。

 その白の中から、白い塊が盛り上がってゆっくり動き出した。一つではない。白い領域で次々に塊が動きだす。


ファンガス系、近づくな、胞子をぶちまけるぞ」


 菌の魔物は、識別は困難だ。

 膝下ほど大きさの前後不明な白い塊が、ふらふらとした動きで接近してくる、

 ジョージはガスマスクをかぶり、そのヘッドライトを点けた。すぐに槍を伸ばし、ファンガスに接近し、その一体をきれいに突きぬいた。彼は穂先に引っかかったそれを振り払う。白い粉末が散り、ライトの光を反射した。


「雑魚だ。突破する」

「援護はいるか?」


 フィリが拳銃ハンドガンを構えた。植物や虫はほぼ本能で動いていて、精神干渉は困難、それが常識だ。ただしフィリは強引な干渉で行動を狂わせることぐらいはできる。また拳銃ハンドガンならば、銃を顔にひきつけて構え視線と照準を一致させ、標的をかなしばりにしつつ射撃できる。それを告げるつもりはない。


「この程度なら不要、警戒を」


 ジョージは飛散する胞子に接触しないよう後退しながら、次々にファンガスを槍でバラバラにしていく。

 トーヴァはライトで敵を照らしていた。


「後ろから一体」


 トンムスが後方の亀裂からにゅっと出てきたファンガスを片手間に切り倒した。さらに亀裂から出てくるが、彼は亀裂に剣を突き入れて潰している。


「ちらほらと出てるが、後方は問題ない」


 ファンガスのエリアはかなり長く続いたが、強引に突破した。


「自然豊かになったせいか、植物が増えた。地下では燃やすわけにもな」


 ジョージが言った。そしてさらに進むと、下がっていく道のいくらかは暗く不気味な水で満たされていた。かなり遠くのカーブまで水で満ちており、進むほどに深くなっていた。


「ここに来て水浸しか」ジョージが水の匂いを嗅いだ。「これは湖の水だな」


「ここを行くのか?」トーヴァが言った。


「いや、ここは魔物の侵入路で、水中は危険だ。飲み水にできるから、地下の住人は利用していそうだが」


 ここでフィリが警告した。「水中から来る」


 すぐに全員が水から離れた。かなり間があってから、遠くで水面が大きくうねって、波がこちらへ来た。暗い水の中で、何かがすっと動いている。それは距離がある状態で止まり、水面に一対の丸い目を出した。


 人ほどもある昆虫だ。水をかける毛が生えた前足をもち、わずかに水上に出した目で、こちらを観察している。水深が浅くなるこちらには接近してこない。


「ウォータースコーピオンのようだ」トンムスが矢筒に手をかける。

「やるか?」フィリが言った。

「やりすごそう。存在を記録できればいい」ジョージが虫を観察する。


 水没した領域を避け、階段がある竪穴を見つけそれを下って進むと、ジョージは歩みが慎重になった。


「妙だな。ここまで死体が無い。別班も遭遇してない。ネズミの糞はあっただろ」

不死者アンデッドなどが出るものだと」とトンムス。


「鼻の効く掃除屋がいるって言うんだな?」とトーヴァ。

「カビやコケはあるな」ジョージが壁を槍でこすって表面をすくう。


 より深くに入ると地下の壁は汚れや痛みが減っていった。長らく隔離されていたか、利用者が少ないのだ。空気の流れはほぼない。ジョージは検知器で頻繁に毒ガスを探していた。


「人、ひとりだ。敵意……より恐怖」フィリが進行方向から情動を感じ取った。「逃げているのか。こっちに来そうだな、後続は感じないが……」


「魔物にでも会ったか」とトーヴァ。


「下がれ、おれが対処する」ジョージがライトを消した。


 反響する足音が響いてきた。音は大きくなったり小さくなったりしているが、徐々に近くなっている。走る音は乱れて不規則だ。


 ジョージが曲がり角に隠れ、人影が現れるなり腕を制し、腹部に当て身をくらわした。それでむせて背を丸めたのは、そこそこの歳の男性だ。ジョージが間髪入れずに男の腕をひねって拘束した。男はむせ続けている。その頭をジョージがつかんで上げ、ライトで照らした。


「こんにちは」


「うお! ああ! ゴホッゴハッ」


 男が咳きこんだ。三ツ星のタグが首にある。ハンターだが、手ぶらだ。バックパックはあるが、大きな銃器は持っていない。捨てて逃げてきたらしい。


「ハンターか!?」男が声を絞り出した。


「そうだ。ここに脅威はない。こんな深さで何やってる?」ジョージが男を離した。

「助けてくれ! 四人やられた」

「何があった?」

「でかい虫の化け物だ。しかも拳銃ハンドガンを使いやがる」

「虫が銃だと?」ジョージがあからさまな顔で疑う。

「それだけじゃねえ、最初は妖しいローブの男と遭遇したんだ。そいつが歩いてきて、近づくなと警告したら、何か奇妙な呪文を唱えた。すると、わき道から大量の虫があふれて食いつかれた。どうにか逃げるとでかい虫が追ってきた」男はおびえた目で後方を確認する。「あいつが操ってやがるんだ」


「仲間は確実に死んだのか?」トンムスが来て言った。

「ふたりは死んだはずだ。ほかは確認してないが、ありゃだめだぜ」

「なるほど」トンムスがすぐにひく。

「地形は覚えてるか?」とジョージ。

「ある程度は、だが地図は死んだグリが持ってた」


 男にはここまでの道を描いてやり、帰した。案内させたかったが、異常な怯えようで邪魔と判断した。

 そしてジョージが別班との通信を終えた。その内容は聞こえていた。


「聞いてのとおり、別班がいくらかの虫と遭遇し撃破した。サイズは手ぐらいの十数匹。単体は脅威ではない。震源地はこの下のほうだ。応援は呼んだが時間がかかる。我々で連携して脅威を追いこみ、始末する」


「人は、拘束が最善でしょう?」フィリが言った。

「人がいて、できるならな」


 襲撃を警戒しつつ進むと、壁面がカビや苔で覆われるようになった。前回よりかなり薄い層で、ファンガスはいない。これを糧とする小さな虫がいるが、害はなさそうだ。


 ジョージがハンドサインで後ろを止めた。そして、苔で覆われた壁の一部を照らした。何かが鈍く光っている。


「熱センサーだ」ジョージがささやいた。


 彼は電子機器を潰す道具を持っている。彼はほかのセンサーを警戒しつつ、そこに近づき、道具を向けてスイッチを押し、装置を無効化した。


 この状況で、フィリは道の先を凝視していた。大量の何かがうごめいている。それは、何かの意思で強引に束ねてあるような印象がある。


「何か……来るぞ!」


 カサカサとこすれる耳にこびりつく音が聞こえてきた。

 床、壁、天井を埋めつくす大小の虫の大群が、みるみる迫ってくる。あらゆる種類の虫が、争わずに一つの濁流と化している。


「例のやつだ!」ジョージが自分の荷物をあさる。

「ここはちょっと広い!」トーヴァが応じた。今の道は太い道だ。

「さっきの狭い道まで戻れ!」


 ジョージが言い、全員が走る。すぐに狭い道に入った。さらに走って奥へ行く。ゾッとする大群は、彼らを正確に追ってきた。


「よし、やるぞ」


 ジョージが丸い物を大群へと投げた。それが爆発し、白煙が噴き出し地下道全体へ広がる。

 トーヴァが力場の壁を通路一面に隙間なく張って、虫の大群と煙を封鎖した。透明の壁に大量の虫が押し付けられ、苦しんで倒れていく。至近距離に押し付けられて積もっていく残骸に、彼はやや不快な表情をしたが、平常心で壁を維持する。しかし、そちらへ集中することはできなかった。


「後ろ! 上だ!」


 フィリが叫ぶと同時に、振り返り腕を上げた。狭い後方の天井には、人より巨大なゴキブリらしいものが張り付いていた。思念の強さと脅威は比例しない。それで反応が遅れた。脅威の精神に触れる。


(こいつ! また混ざりものか、これは)


 大ゴキブリが天井を走る。照らすのが困難なほどに速い。しかし精神を放っていれば位置は知れる。フィリは強引にこれに思念を叩きつけ、思考を潰す。ゴキブリが天井から落ち、床でばたばたと無意味な動きを始めた。


 しかし、そのさらに後方の闇から発砲。これをトンムスが抜いた剣ではじいた。動きを止めた個体の後方に、同型の大ゴキブリが二体。その前足に銃があるのだ。それを、大雑把に撃ちつつ、二体が壁を来る。銃は照準できていない。その一発がトーヴァの横を抜け、力場の壁に当たった。


「後ろはどうなってる!?」


 トーヴァは壁の維持に集中しており、身動きできない。

 フィリはこの銃撃を避けるのにトンムスの背に隠れた。


「そっちに集中してろ!」


 ジョージがアサルトライフルを掃射した。弾をものともせずゴキブリは来る。それでも彼はかまわず頭部に弾を集めた。一体が壁から落ちる。残りは一体。

 トンムスは突っこんでくるそれの正面に回り、距離を詰めて弾を自分の胴体に集めた。彼は鎧が撃たれるのを無視して、ゴキブリの首に剣を突き入れ、ぐいっと押して壁に押しつける。暴れるゴキブリの前足をかわし、さらに力を入れて首を落とした。

 フィリが止めている個体に、ジョージが狙って弾を打ち込こんだ。


「まだいるか?」ジョージが

「いない」フィリが答えた。


 追ってきていた大群の全滅を確認し、床に転がった大ゴキブリに接近する。目についたのは短かく太い前足。普通の甲虫と異なり、指が三本あり、これで銃を握っていた。そして。一匹の首にタグが引っかかっていた。自分で首に下げたようだった。


 体には、服の断片がいくらか付いていた。体にも人間の皮膚を固めたような質感が残る場所がある。人というさなぎから、これが出てきたようだ。こちらの弾はちゃんと貫通していた。


「おい、なんの冗談だ」トーヴァが言った。「人間だったってのか?」

「わからん」ジョージが槍でタグを回収して名前を確認する。「さっきの奴の仲間のタグだ」

「人に近い感覚があった」とフィリ。「が、人でも虫でもない」


「ここを離れる」ジョージが周囲を照らした。

「通路は虫だらけだが」トーヴァが太い道を覗く。

「でかいのはこっちから来た。痕跡を追う」


 壁にあるカビやコケがえぐれている。その痕跡を追っていったが、その痕跡の途中で彼らは足を止めた。

 フィリが壁に邪悪な思念が付着した場所を見つけたからだ。ジョージがそこを覆うカビを剥がすと、不自然な亀裂が見つかった。彼は金具を差し込んで、そこを強引に開けた。


 そこにはコンパクトな金属製の螺旋階段があり、そこを下った。底にある扉を開けると、いくつか扉がある空間に出た。なんらかの役割を持って設計された区画だと思われた。


 その部屋の一つにあった気配へ音を殺して接近する。

 大きめの部屋にいたのは、頭まで黒いローブをかぶった男、それが横向きで立っていた。彼は壁に描かれた赤い魔法陣をぼうっと見つめており、床には、書物、工作道具、儀式に使われそうな呪具が散乱していた。


「動けば撃つ」


 ジョージが銃を構える。男がささやいた。


「シャシャブシシツキッキ」


 ローブの中で何かが暴れ、ローブが盛り上がった。わずかにこちらの向いた男の顔が、アリに変貌していく。


 ババババッ! ジョージは即座にアサルトライフルを連射した。ローブの男が衝撃で壁によりかかる。彼は両手を上げて天井を仰いだ。その腕は二本ではなく、ローブを突きやぶる新たな虫の二対が追加されている。


「また生贄がやってきまシタァァア! カンシャイタシマスゥ 神ヨ!」


 アリ人間はこちらをまったく気にしていない。完全に変貌した頭部の強靭なあごは、人の首をはねるには丁度よさそうで、大きな触角は盛んに動いている。

 ジョージは弾倉の弾を撃ち尽くした。


「固いぞ!」


 ジョージは射撃をやめ、槍に持ち替えアリ人間となった男に突撃する。その勢いで突こうとしたが、アリ人間の急な反応で防御に切り替えた。アリ人間が振り向き三本の腕のが動く。その強烈な薙ぎ払いは、彼を部屋の外までふっとばした。


 カラン、と物が転がる音がした。ジョージが残した焼夷手榴弾と、離れたピン。

 そしてトーヴァが彼らを守れるだけの壁を展開している。火炎が飛び散り、こうこうと部屋を照らした。アリ人間は火を背負って向かってくる。


「あまり効いていない!」


 フィリが警告し、同時にアリ人間の表情なき顔を見定め、その精神の核たる頭部へまっすぐ腕を伸ばし、つかむ動作をした。それは強固な装甲に触れた感じで、その中身は知れなかった。


(制御は無理だな。手加減できん)


 フィリは集中し、人格を叩き壊す思念破壊サイキックブレイクを発動した。

 アリ人間は急に意識を喪失した感じで、炎の中に倒れた。しかし、すぐにゆっくりと起き上がる。体は火をまとって、燃え続けている。


「砕いたと思ったが……なら、こっちへ来い」


 フィリがどうにかアリ人間の意識に干渉し、こちらへ注意を向ける。フィリの前にはトーヴァがいる。その壁にアリ人間が衝突し、複数ある腕で抱きしめるように圧力をかける。


「こいつ、なにか魔法を帯びてるぞ!」


 トーヴァが両手の手のひらを壁に付けて壁を強化した。


「止められるだろ」

「できるが、大砲並みの圧力だ!」


 それではトーヴァの消耗が早い。

 アリ人間の後方に回ったトンムスが、首に連撃を放ったが、ゴウンと重い音がして顔をしかめた。


「恐ろしく固い」


 アリ人間が一対の腕を背側へ回すとトンムスは距離をとった。

 ここでフィリはジョージの復帰が遅いのを気にした。彼はとんでもない勢いで外へ飛んだが、何かにぶつかった音を聞いていない。

 その違和感を感じた時、ジョージはアリ人間の下で屈み、槍を構えていた。瞬間移動したような出現だ。そして槍の穂先は強力な力を帯びていた。


 その槍はアリ人間の腹部の深くへ入り、体液が穂先を伝う。


「もろいのは腹か」

「アァウ!」


 アリ人間がその腕を振り回す。

 ジョージはすみやかに腹の下から逃れ、俊敏な動きで壁を走り、天井を蹴って上から襲いかかった。彼の槍がとらえたのは、密集したアリの複眼。アリ人間は目を何度も槍で切りつけられ、後退した。


 そして「ヴァアアア」と叫び、口から液体をそこら中にぶちまけた。これを避けて全員がアリ人間から距離をとる。液体が落ちた所から、ジュッと音がして煙が出ている。酸だ。さらにアリ人間は酸は吐いた。


 今度はそれをジョージがかいくぐり、アリ人間の下へすべりこんでいる。そして彼の槍は前回と同じ場所を正確にとらえ、ローブを完全に貫通した。ジョージは即座に槍を捨て、そこから逃れ、腕に付いた黒い何かを振り払った。


 それは複数の一センチほどのアリだった。そしてアリ人間は完全に形を失い、そこから大量のアリが出現した。それはすばやく走って散っていく。


「ばらけやがった! 本体はいるか!?」ジョージがアリを踏みつぶしながら叫んだ。

「わからん! コアは無い!」フィリはアリから逃げる。

「逃がすな! 全部潰せ!」


 トンムスがすぐに殺虫用の薬草粉末を撒いたが、アリの大半はあらゆる方向へ散って、小さな穴などから逃げてしまった。

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