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悪魔の腕

不可視と不認知

 乾燥した黒の荒野で砂が巻き上げられて流れ、うっすらと黒い線を伸ばす。

 燃えるように赤い戦車と黒い戦闘用バギーに中型トラック。トレジャーハンター【赤のまなざし】の一団が未回収地を疾走する。


 この一団を率いるのは、パーティーを象徴する発掘品である赤い戦車のハッチから上半身を出している壮年の男。


 ヴォルフ・ホーネッカー、大きなパイロットゴーグルを額に載せ、首筋には赤い二つ星の金属タグ、戦車に負けない派手な赤いロングコートを着込み、金髪青眼の美丈夫だ。

 風を受けながら悠々と構え辺りを見る姿は、ふちの赤いゴーグルを誇るようだ。


「未回収地北側は完全にはずれだったな。汚染が酷いし、発掘され尽くしている。やはり悪魔の森に入らなければ目ぼしい物は無いな」

「しっかしリーダー、森じゃあ戦車は使えないじゃん」


 隣の銃座に座っている〔斥候/スカウト〕で軽装で元気の良い赤髪で青眼の女性、マリー・ビリオンはさえずる小鳥のように明るい声をしている。


「そりゃそうだが、南側は魔物共の巣窟だ、軍も手を出さん。後は砂漠にアウトローや邪教徒の住処だ。お宝を掘りに行くところじゃあないぜ。あっちに行けば俺達が誰かのお宝になっちまう。森の方がまだロマンがあるね」


「砂漠でいいじゃん、なにかしらは埋まってるよう」


「砂の細かい砂漠は今の装備じゃ向かない。また金貨の姿を拝めない日々がやっくるぜ、ついでに食料もな。ここのところの食料の値上がりが酷いもんだ。ああ、速度だけは出るだろうよ、天にも上がらんばかりにな」


「森よりは天のほうがよくない?」

「お前は歩きたくないだけだろ。奇天烈な生物は少ないが、近距離から虫が出るしな」

「虫きもいじゃん」


「あれは高級食だぞ」

「未加工は食べ物じゃないよ」

「砂漠の景色は故郷で見飽きた。木々の茂る奥のそのまた奥の廃墟にこそロマンがある」


 ヴォルフは退屈そうに空を見た。

 どんよりと暗い空だ。森の木々の隙間から覗く空の方が明るかった。


「ロマンじゃあ、お腹はふくれないっしょ。それにそのゴーグルの爺さんは砂漠掘ってたって、いつも言ってるじゃん」


「じいさんの砂漠は都市が埋まってると分かっていた場所だ。それにじいさんはその発掘だけで親父に飯を食わせていたんだぜ。警備屋をやらず発掘一本で食える腕があった。砂の誘いを見過ごすなってな。同じようにはできねえよ」


 ヴォルフはゴーグルを指先でコツコツと叩いた。


 トレジャーハンターズゴーグル、ホーネッカー家に伝わる魔法の道具。魔法の隠蔽を見破ったり、近くにある物品の正確な位置が分かる。これのおかげでこの戦車を発掘できた。


 赤い戦車は帝国陸軍第五軍団が使うホウブード型戦車より大きいが、重量は軽く快速だ。これは車体が全面魔道合金で構成されているからで、物理魔法の両面で防御力を発揮する。


 発掘時に装備されていた武装は継続利用できないため軍に売却し、代わりの一般に流通する主砲、機銃、対空ミサイルランチャーを装備している。さらに履帯をタイヤに改修した。

 高性能戦車を乗り回す【赤のまなざし】は未回収地方面ではそれなりの顔だ。


「リーダー、あれ」


 マリーが指さした。


「なんだ、ありゃあ……」


 地平線ギリギリの距離に見慣れない物を見たヴォルフが指さした方を凝視する。

 

「おっ、裸の美女でも発見したってのかい?」


 足元から陽気な声が飛ぶ。

 戦車を運転している相棒で腕利き整備士のエドガー・ハッキン。ヴォルフが駆け出しの頃から組んでいる、やや褐色の肌をした太めの男。〈補給〉が可能なエドガーはこのパーティーの要であり、彼無しでは広大な大地を駆け巡るハンター稼業はままならない。


「左に転進。美女がいるかどうかわからんがいたなら拾っていくとも」

「そりゃあ当然だ。ん、左って、監視基地じゃねえの?」

「そうだな、俺もそう思ってるが」

「基地には見えないね、リーダー」

「向きを変えりゃあ操縦席から見えるだろう」

「ローウェン、寄り道だ、見えているか?」


 無線で後続のバギーに連絡を取る。


『何かあるのは見えている。かなり長距離にわたってあるようだ』


 双眼鏡を使っているのだろう、無線から声が響く。


「ああ見えた、なんかあるなー。こっからじゃあよくは見えねえ」

「あれの近くまで寄るぞ。周辺警戒おこたるな」

「了解」


 惰性で回転していた車輪が停止した。周囲を警戒する素振りをしながら降車したのは半数。残りは銃座で機銃を握るか継続して周囲を警戒している。


 遠目に黒、緑、赤などが入り混じって見えた何か。今は近いその群体を、森と表現するのはためらわれる。しかし、植物らしき物の集団である以上そう表現せざるをえない塊。


「ここは基地のはずだよなー、いつから木を植え始めったってんだ? 軍らしくもないぜ。植林事業なら大成功……か? 木の育ちが良すぎて木に食われちまったってのかい、ハハハ」


 久しぶりに外に出たエドガーが、体をひねったりしながら軽い調子で話す声は少々うわずっている。

 未回収地の黒い荒野には、帝国本土から来た者を驚愕させる異形が無数に存在する。


 例えば、正面から見たシルエットは五十センチの人型だが、他の細い足に対して巨大な中足で上体をもたげて走る、全身がむき出しの筋肉のような六足の虫型生物ヴィッカン。


 平べったく背中に大きな棘のある植物と動物の混ざったクポグポ、その背中を踏むと棘がトラバサミのように閉じて刺さる。


 小さな足が大量にあり、ひたすら土を食べ続ける五センチ以下の暴走機械キッチ、食事の邪魔するとレーザーを撃ってくる。


 そんな奇怪な連中に慣れた無頼にも、この森は一次元ずれた異質さを感じさせる。

 それは非常に異質ながらも、生きている感じがあるところだろうか。汚染された地の魔物は何を食べてどうやって増えるのかも不明である存在が多く、不死者に至ってはすでに死んでいる。


 目の前の森は確かに一種の生態系を成している。

 百メートルを超える巨大な樹木の発する圧力と共に、こびりつくように禍々しい空気がこの森で醸され流れてくる。そんな森を形成する植物は実に様々だ。


 通常、植物というものは光に向かって伸びるはずだが、何を考えてか途中でユーターンして地面に全力で潜り込もうとしている木。尖った螺旋状の枝がドリルの如く隣の木を貫通している木。ある木が隣の木に絡みつき締め上げようとしているのかと思えば、上方では逆に絞められていた木が尖った枝で挟み返して噛み砕かんとしている。


 葉の色はどぎつい鮮やかな色が多数あり、一枚の葉に複数の色が載る種もある。葉の形は全体的に非対称で分厚く複雑で鋭利な部位が存在するものが多い。


 植物でありながら、その攻撃性を露わにして隠す気は微塵もない。お互いに争う性質のせいか木々の密度は非常に高く、森の奥は見えず地面は絡み合う根で埋め尽くされている。

 全体が暗いにもかかわらず、その色彩と造形のせいで相当に派手に存在を周囲の荒野にアピールしている森に一同は圧倒される。


「基地で間違いないだろう。根の間を見ろ、人工物……コンクリートの破片に薬莢がちらほらと転がっている」

「基地の兵士はどうなったのよ」


 マリーが近よって森の奥を覗こうとする。


「迂闊に近づくんじゃあないぞ、何がいるかわかったもんじゃないぜ。それに……この森は全体的に魔力がある、汚染とは質の違うやつだ」


 頭のゴーグルをかけたヴォルフが盛んに首を動かし上へ横へと森を観察している。


「位置は間違いないんだよな?」

「運転したのはお前だろうエドガー。魔物が少ない基地の近くに沿って走る慣れた帰還路だ」

「そうだったぜ、このエドガーの完璧な運転だ。間違うわけがなかった」

「何があればこうなるのよ?」

「で、入るのか、あのいかれた森の中に?」


「ええー、きもいしー」

「やめておこう、あの中に美女はいそうにないからな。それに軍に因縁をつけられても面倒だ。何よりお宝の反応はない」

「違いないぜ、いかにも化け物が居そうな森だ。あれなら悪魔の森と呼ぶに相応しいぜ」

「そうだな。最初に悪魔の森を見た時は、こりゃあ中々に綺麗な森だと思ったもんだが、こいつは本当に酷い。異世界から這い出てきたような森だぜ」


 基地の外郭部分に沿って偵察に行っていた人員が帰って来た。それを見たヴォルフが言った。


「何かあったか? 何も無いならさっさと離脱するぞ」

「遠目から見えていたように基地の敷地の東端からずっと東に細い木の列が続いています。ここの変な奴じゃなく普通っぽい木ですね」

「ずっとか?」

「双眼鏡で見た限りはずっと東の方に向かってますね。でもずいぶんと細いですよ、森じゃなくて木の道みたいな感じですかね」

「道だってえ、悪魔の森から何かがそれを通ってきたんだ。違いないね」


 エドガーが悪魔っぽい表情をした。


「ここの汚染じゃあ普通の木など育たんはずだがな……。まあ、俺は木を育てたことなんぞないがね」

「リーダーならどんな木でも枯らすと思うよ」

「うるせえよ、ここに長居はしたくねえ。少なくともこれは俺の求めているものじゃあない。街に帰るぞ。酒が飲みたい気分になった」

「おお、そうだとも全速で飛ばして帰るぜい」

「リーダーがあれにロマンがあると言い出さなくて本当に良かったよ」


 最後にヴォルフはちらりと森に視線を送ると渋い顔で戦車に向かった。他の面々もそれを追う。




 彼らの車列が基地跡地から見えなくなった頃、弧を描いた枝の上に透明化を解いたソワラが無表情で現れた。


『あの程度であれば私一人でも始末できましたが』

『予定より少し早いが、そいつらが情報を町に持ち帰るなら、それはそれで好都合だろう、ソワラ』

『東方と同じようにあれらを捕まえて、情報と財産を得ればよいのではないですか?』

『放っておけ、リスクが読めない。それに真っ当なハンターかそうでないか判別できないだろう』

『戦車乗りに善人などいるわけはありません、この世から抹消しなくては』


 ソワラの低くなった声にかなりの嫌悪が感じられる。ちなみにルキウスは割と戦車はロマンと思っている。たまには主砲とか並べて撃ちたい。


『ここは前と違う。あれは馬みたいなものだと思っておけ』

『……ルキウス様がそうおっしゃるなら』


 ルキウスは基地からの情報を得てから、プレイヤーの存在は確定的だと考えるようになっていた。少なくとも過去に存在していたはずだ。今も生きていたとしてもおかしくない。


 無駄に問題を起こしてプレイヤーの不興を買う事態は避けたい。

 本気で再構築に挑めば、怪獣が歩き回るようにすべてをなぎ倒し計画を進めることになる。しかし再構築を行うと言えば、他プレイヤーの助力を得られる可能性は高いと考えていた。常識的には再構築=善、だからだ。


 しかし、むやみやたら人を襲えば悪印象だろう。それにルキウス・アーケインは機械文明系のプレイヤーには元々印象が悪い。しかも一応は世界的な有名人だ。相手が勝手に悪印象を持っている可能性もある。だから戦う名分の無い相手とは原則的に戦わない。


 別に安全上の問題もある。それは情報を得てからずっと考えていること。

 レベルが低いと推定される相手に迂闊に手を出せない理由、それはレベルが低いが故だ。


 アトラスではありとあらゆる行動で経験値が得られ、レベルが上がる。

 敵を倒すのが一番の早道だが、農作業、仕事全般、料理、食事、睡眠、日常生活だけでも相当な経験値が得られる。

 普通に長生きすれば、それだけでレベル五百になりそうだが、集めた情報では、この世界の人間は大半がレベル五百に達していない。


 軍関係の情報は機密が多くあまりあてにはならないが、ハンターであれば力を誇示するはず。知らしめた力こそが身分や富の源泉になるのだから。だがそのハンターも、西側の最上級でもレベル千は無い印象。現時点では精々、六百、七百ぐらいかとの予測になっている。


(ありえんことだ、戦闘職が戦車砲の直撃で死ぬなんて。物理法則が異なるにしてももろい。同レベル帯同士なら一撃は耐えれるはずだ。鎧がしょぼいのを考慮しても、純粋にレベルが低いとしか思えない。つまり彼らの使用する砲は装備者より格上の装備、それなら攻撃力過多になって当然だからな)


 ただ単にこの世界がアトラスより経験値を取得しにくいだけなら、一方的に有利、大歓迎。

 だが、アトラスと同じ理屈でこの世界が成り立っていると仮定するなら、推定される理由は一つ。転生回数、これが増えるほどレベルを上げるのに必要な経験値量が増す。


 この世界の人間がリアルな転生を繰り返しているなら、転生回数は百ではすまない。未熟な文明や戦乱の時代では、平均寿命は三十をきる。現在の帝国で三十いかないとの推定だ。


 ルキウスの転生回数は四十八、最上位層のプレイヤーで五十台。数百回にもなれば、低レベルでも大量ポイントになる。


 だとすれば、低レベルな人間でも想定外に一部の基礎能力が高かったり、珍しいスキルを修得している可能性がある。本人が自覚していない力が眠っていて、絶体絶命のピンチで覚醒して英雄にといった展開が有りえる。


 そこまではレアケースとしても、転生時にスキルポイントを使えば耐性を高くできる。耐性次第では、睡眠、催眠や記憶改変を受け付けない。これでは隠蔽工作に支障がある。


 さらに、明らかにレベル五百を超えているであろう存在、最上位のハンターや帝国軍の特務部隊、神霊者に関しても説明できる。大半の人間が低レベルなのに、レベルの高い人間がなぜ存在するのかを。


 経験値上昇系のスキルを取得していれば可能。

〈精霊種討伐経験値増加〉、〈農業経験値増加〉などだ。この手のスキルはスキルポイントの消費が激しくプレイヤーは複数取らない。ルキウスであれば植物種、動物種の片方を最大レベルにして、その種を集中的に狙いレベルを上げる。


 アトラスなら完全に死にスキルだが、〈睡眠経験値増加〉があれば子供の内にレベルが上げられそうだ。

 初回キャラクター作成時、転生時にしか取得できないスキルは多いが、その内容をルキウスはほとんど覚えていない。


 これらは必要ポイントに対して効果が低く、職業レベル上昇で取得可能なスキルにポイントを使うからだ。特殊な職業の取得に必要な前提条件であるとか、キャラ作りぐらいでしか取得しない。


 それでも効率的にポイントを消費していれば、転生回数一回につき二・五レベルに換算できる。つまり、この世界で完全な職業構成クラスビルドの人間がいれば、ルキウスより百レベル分は強い。


(実にうらやましい、スキルポイントが大量にあるなんて夢のようだ。夢ではなく現実であるが。一パーセント以下の効果のパッシブスキルでも積み重なれば馬鹿にできない。ああ、うらやましい)


『私は作業に戻る。あと三分の一もあるからな、本格的に調べに来るまでに終わらせないと意味がない』

『わかりました。私もしばらく監視してからそちらへ向かいます』

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