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狂気の森

ゾト・イーテ歴 三〇二〇年 九月 二十九日 邪悪の森


 ルキウスは単独で邪悪の森に入ると、気配を殺して地面に重なった葉を踏みしめ、虫の視界に入ることすら避けて中心をめざした。


「これは迂回できんな」


 ルキウスの眼前には灰茶色の水面が広がり、ゆっくり流れていた。ずっと続く水面の先には緑がある。


 折り重なった木々が人を拒絶する熱帯雨林は、いかにも森の神にふさわしい所だが、彼のホームとはいえない。幅数キロにもなる川が、いくつも流れている。水域は森ではない。

 探査魔法が水域で寸断され、認知外の対岸から狙撃される可能性もある。


 ルキウスは落ち葉をかき分けて巨人豆ジャイアントビーンを植え、「頼むぞ」と手を大地につける。


 深くまで湿潤な黒土がボゴッと割れ、豆の太いつるが暴れながら彼の眼前を突き抜け、天を突かんばかりの成長を開始した。ルキウスは即座につるにつかまり、さらに魔法で木に干渉する。  


 巨人豆ジャイアントビーンは一気に川へと傾き、彼もそのまま豆の成長にまかせて川を越える。豆の木は根から倒れ、彼は下に広がる樹林へ飛び降りた。


 ルキウスが両の足を突くと、後方からザアと葉音がして、複数の風切り音が迫った。


 彼はそれをかいくぐりつつ、その一つに軽く触れた。

 それらは巨大なとげであふれた枝だった。彼の背後にあった無数の板根で身を支えた樹木が、毒のとげが茂った枝で抱き殺そうとしたのだ。


 彼は自分が触れた枝が枯れ果てるのを見届けず、すぐにその場を離れる。


「怖い怖い」


 ルキウスはそのまま走っていたが、ピタッと足を止め、足元から伝わる振動に注意を払った。ドン……ドンと重い音がしている。彼は木を登って、樹冠の上に顔を出した。


 深い緑の絨毯の果てに、小さく見える物がある。

 それは、直立に近い姿勢で歩く竜で、体の過半が樹冠から出ている。

 体の割には小さい灰色の頭部、矮小な前足、太い後ろ足があり、頭頂部から背中を通って長い尾までを尖った物体が埋めている。さらに少し離れた場所に、頭部が赤い同型。


 破滅の兄弟怪獣ソドムとゴモラ、千七百レベル級レイドボス。このレベルが普通にかっ歩するのが邪悪の森だ。

 自己回復能力が低いので、ルキウスが一か月ほど持久戦を挑めば仕留められそうだ。もっとも、ほかの魔物がその後背を突かねばの話だ。

 

 ルキウスはあえて怪獣のあいだの森を進んだ。あの二匹の縄張りなら、ほかの巨獣はいない。

 

 彼は進路の先に騒乱の気配を感じとったが、そのまま慎重に進んだ。すると二体の魔物の姿が確認できた。


 片方は、頭玉ヘッドボールだ。この個体は、大小のヤブイヌの頭部が放射状に密集して胴体となり、そこから細い足がザトウムシのように生えている。そのいくつもの顔が食らいつこうとしているのが、小さなサンショウウオだ。


 サンショウウオが口を大きく開くと、みるみる間に口から頭部がめくれて裏返り、大小の目玉の塊が出現した。その視線を受けた頭玉ヘッドボールは、すべての口から泡を吹いて崩れ落ちた。


 目玉サンショウウオは、腹部にあった口で獲物にかじりついたが、しばらくしてこちらも倒れた。頭玉ヘッドボールは呪いを帯びており、殺すと悪化する。


「まともじゃねえ」


 森が深くなるほどに、嫌悪感を催す生物が増える。


 不気味な切れ長の目が五つあるシカ、動物のような皮膚を持つ大きな虫、カのような口で肉をすする中型サル、人の顔を持つ四足獣の人面合成獣マンティコア、樹木と一体化した死霊、忌まれてしかるべき生物群だ。


 このような化け物が、なにかの拍子に周辺地域に出てもおかしくない。


 事実、過去にセーザデ山岳地帯内部に到来した巨大な魔物がいたそうだが、一万の僧が全身全霊を傾けた祈祷によって、巨大な石仏が立ち上がり、死闘の末に粉砕したそうだ。


 悪魔の森の南西にあるハイペリオン村は邪悪の森に近い。これまでよく無事だったものだ。

 今となっては、位置を北に移すべきかもしれない。そうすれば、コモンテレイとも接続しやすい。ただ、北寄りになると小川もなくなり乾燥する。


 ルキウスは振り返ることなく後方を認識した。


「やれ、見つかったか。いや……」


 はるか遠方のソドムが彼のほうを向いて口を開き、巨大な火球を吐き出した。それが着弾して巨大な火柱が上がった場所は、ルキウスから離れていた。何かが癪に障ったらしい。ソドムはまた悠然と歩き出した。


 強大な魔物はさほど索敵能力がない。とはいえ、いきなり無意味に火球の爆発を受ける可能性もあるということだ。それでも、魔物には対処できる。彼は強者なのだ。最大の問題は――


「暑い。蒸している」


 なによりこれが嫌だ。ルキウスは警戒に集中しているが、体を圧迫してくる熱に少なからず気をとられる。

 散発的に起こるスコールに打たれれば少しは冷えるが、必ず避ける。あれも自然の気象とはかぎらない。


「人型、人工物は感覚にひっかかる。本当に人がいるのか? スーザオと接触したなら、出歩いているはずだが。幽霊の可能性も」


 探査魔法には、人の生活痕がかからない。炭の痕跡をいくらか発見したが、ソドムとゴモラの滅びの火で炭化したものだ。

 森の外よりでは、人骨や装備品を確認している。冒険者は奥地に至らず死んでいる。


 ここで生活するのは、地獄で生活するに等しい。特別な拠点――それこそ幻術や結界で守られた領域がなければまともな生活はできない。

 ただ穴を掘る生物はここにもいる。だから小さな穴がある。もし、体を変化させて動物の穴で休んでいるなら、見つけられない。


 ずっと探すが、とにかくいない。日暮れが近づいてきたが、休むつもりはない。こんな所で寝ていては死ぬ。


 ルキウスはとぼとぼと歩き続ける。そこは、人間には道ではないが、生命が多そうな獣道だ。


 すると、彼のすぐ横に腰ぐらいまである石があらわれた。このような大きさの石は森で見かけていない。何気なくそれを見て、珍しい色の石だと思った。むらがある褐色で、ひだがあって、あまり固くなさそうにすら思える。


 それは人だった。


 人が普通に座っている。全裸の老人が、木にもたれ、両足を抱いている。


(うぉおおお――!!)


 ルキウスは心中で絶叫したが、顔には出さなかった。そして、動きには出せなかった。ゆえに一歩踏み出した状態で、それとない視線で出現した人を観察した。


 幻ではない。やはり全裸の老人男性である。長い白髭が、全身にかかっている。

 肌が触れそうな距離で気配がない。匂いはあるが周囲に溶けこんでいる。魔法で隠れているのではなく、自分が自然の中でとるべき正しい位置と姿勢を知っているようだ。集中していないと、また何かの自然物と認識してしまいそうだ。


 大半がはげた頭部がなによりの特徴だ。頭頂骨が非常に長い豆粒のような頭である。一度見れば絶対に忘れない形状だ。


([神仙/シェンシィエン〕か、道士タオイストの上、人の形をした自然)


 ルキウスは平静を装って老人に声をかけた。


「こんにちは」


 老人はもごもごと口を動かし、こもった声を出していた。


「白は赤なら、紙は重いというものか、爪はよしか? 水面の下こそ黒く燃ゆる? ならば、井戸打ち立て、螺旋軸の花咲かん。大地が上がるのか、空が落ちるか、時無く起こるか。それともすべては折りたたまれたるか?」


 自問する調子で、ルキウスの声には無反応だ。


 ここには彼しかない。独自の言葉による独自の思考、言語での意思疎通は難しい。

 彼は他人を必要としていない。しかし他者を敵視してはいない。


 スーザオは、邪悪の森に迷いこみ、この老人としばらく一緒にいたという。

 その時、寝ているところを川に放りこまれたり、あの髪を抜かれたり、噛みつかれたり、屁をこかれたり、とにかく酷い目にあったらしいが、地獄で一人暮らしができるこの老人が本気なら、スーザオは死んでいた。


 善意か気まぐれかは不明だが、人への興味はある。ただし、まともな言葉は一度も発しなかったという。


「こんにちは」


 ルキウスは再度あいさつした。今度は少し強く。


「ひゃー」


 老人は奇声を発し立ち、木を揺すりだした。特に意味があるとは思えない。


 老人は完全にルキウスがいないように振る舞う。そこらの木の葉っぱをちぎり、もしゃもしゃ食べている。そして一部をプッと吐いた。


「スーザオがここに来ただろう。頭の髪の尖った目つきの悪いやつだ」


 ルキウスが言っても、老人はブツブツとつぶやき続けた。さっきより乱れている。

 ルキウスはそれをずっと聞いた。文の順序が無茶苦茶だが、意味ある単語が聞き取れる。


 バラバラになって混ざり合った土器片を、一個一個より分けて、つなぎ合わせて組み上げるような作業だ。さらに土器は相当に愉快な形状らしく、最初から意味を成さない形かもしれず、すべてがどこかで繋がっているのかもしれない。


 老人がボリボリと体をかいた。ルキウスはその前に仙桃を差し出した。


「食う?」


 老人はこれも無視して前進し、ルキウスの腕を押しのけた。

 その時、平凡な老人の体に接触したが、すでにその感触が思い出せない。


 本物だ。プレイヤーとは違う。


 プレイヤーと、サポートやこの地の人間には根源的な差がある。プレイヤーは人格と能力が一致しない。体の変化の影響は受けているが、元の人格が残っている。混ざっている。だから力は完全に使えない。かつてステータス画面に表記されたスキルは、完全には機能していない。

 ルキウスは秘めた狂気の権化にはならないし、またそれを拒否する。


 そして、サポートなどはステータス以上の能力を持っている。


 心術に長けた魔術師なら、どのような言葉を使えば対象へ干渉できるかを日々研究している。それで得た知識は魔術以外でも有効だ。一流の心術師エンチャンターならば、言葉だけで人を操る。


 つまり、職業クラスと、人格、生き方は重なる。レベルアップ、イベントクリアで得られるものではない。


 この老人はなにかの因果を辿ってここに行きついている。


 老人は川まで行くと行水を始めた。彼がバシャバシャやっていると、彼を一飲みにできそうな巨大魚が水中から飛び出し襲いかかった。

 老人はそれを簡単にかわし、同時に一部を手でえぐって口に入れた。魚は逃げていった。老人は魚肉を咀嚼しながら元の位置に座った。木の根元は多少すりへっている。ここが一時の家らしい。彼は大きな鱗を手に吐き、むしった葉の代わりに枝に刺した。


 ルキウスはその正面に座り、前に仙桃を置いた。

 ふたりはそのまま動かない。夜になり、朝になった。

 ルキウスは呼吸をやめ、尻から根っこが出ていた。


 ここは川に通じる獣道らしく、何度か獣が通った。仙桃はイノシシに食べられた。そのまま、四日過ぎた。

 スコールがくると、ルキウスは少々濡れたが、老人は濡れなかった。上には葉のひさしがあり、幹を伝った水は彼を避け、足の指のわずかに先を水が流れた。


 ルキウスは、精神が植物のように静まり、五感はならされて平らになり、むしろ感覚がぼやけ自分が消えた。


 その感覚がどれほど続いただろうか。ルキウスは、老人がゆっくりと前に飛んで両手を伸ばし、ルキウスの頭をつかもうとしているのを認識した。ただし実際には音に匹敵する速さだ。

 ルキウスは、それぞれの腕の手首をつかんで止めた。


「物騒だな、じじい」


 老人はなおも手を前に進めようとしたが、腕力はルキウスが上だ。

 

 老人とルキウスの目は近距離でも合わない。ここでルキウスは老人の指の行く先を正確に測った。おそらく、耳。ルキウスの耳に興味を示している。


 ルキウスの装備は森仕様だったが、耳だけは外での装備だった。人間同士が無難と考えてのこと。

 ルキウスは老人と距離をとって、蔽種のイアリングをはずした。耳が尖った妖精人エルフのものに戻る。


妖精人エルフだよ。どうでもいいことだ」


 老人は、とぼとぼと歩き、元の位置に座りなおした。ルキウスは言った。


「この森にずっといるのか?」

「森は、なにゆえ森か?」


 老人は至極小さく発した。


「木が複数生えてる所だよ。森っぽくなるまでな。あまりに高密度だと森とは認識できんよな、不思議だ」

「森とはなにか」


 老人は依然ルキウスを見ない。


「恵みと畏れをもたらし、人を誘い遠ざけ、あってない秩序に支配され、挑戦し挑戦され続けている。人は、これを侵さずにはおれず、守らずにもおれない。森がない所には人がいない」

「森とは、なぜ森という。森と言わねば、森とならん?」

「森は、分類にすぎない」

「分類とは」

「虚構の箱だ。箱に入れないと理解できず、可視部分だけをちぎって詰めこむ。人のやることだな」

「人とは」

「…………眺めて楽しむものかもな」


「存在がないのか。そうか」

「その納得はわからんが」


「神か?」


 これは、普通の声量になった。


「知らねえ」

「これが」老人は土をつかみ、丸め地面に投げつけた。「神だ」土は潰れて広がっている。


「そりゃ、べちゃっとした神だな。死んでるんじゃないか?」

「神は、いかなる形を成すか?」

「どのような形でもあり、どのようでもない。ずっと見え、ずっと見えん。感じずとも感じている。語れず、絵であらわせない。何物でも包めず、箱に入れられない」


 老人はルキウスを見ると、ニカッと歯を見せて笑った。そして両の腕を開いて伸ばした


「内であり外である。おお、神よ」

「あんたもな」

「久しく言葉思い出す」


 老人が、指で何かの文字を地面に書いた。彼にとってのアルファベットかもしれないが、同じ所に重ねて書くので読めない。


「こいつは植えておこう」


 ルキウスが新たな仙桃を生み出し土に埋め魔法をかける。複数の仙桃の木がうねうねと育ち、多くの実がなった。

 老人はその葉をちぎって食べた。


「外に出ようとは?」

「外も中もない」

「すべてがある?」

「あるもないもない」


 老人はボリボリと背中をかいた。


「あんたにとって、ここはなんだ?」

「まあるい。まあるい中で押される」


「それが感触か。この森の最初が知りたい。できるだけ古かった頃だ。あんたの最古はどこに?」


 この老人は、ルキウスが知る唯一の邪悪の森の専門家だ。この森は、現在の大陸で最重要な力の塊といえる。そして未知だ。妖精人エルフを含め、邪悪の森の周囲に住む人々は、森ができてしばらくしてから住み着いている。


「俺が俺に至らん」

「ここがあんたを作ったと。ならば、あんたは直接生まれた者か?」


「あてどなきけい絶えようとし、ただ滅びの広界あり。寄る辺、風景なく、己の罪を探すも、死を前に開かず。大地おおつち裂け、夭夭ようようの緑湧き、泉も、怪物、でて祝う。……俺は這いつくばって水を飲んだ」


 老人は森の誕生をもろに体験している。きっと非常に若い頃だ。普通の人間だったということ。


「喜んだのか?」

「ただ死より逃れる。逃れに逃れ、逃れ終え、居屋となり、沈思任とす」

「この森の出現は……誰か、の仕業ではないんだな」


 人の意思でないなら、それをやる個人も組織も存在していない。世界に干渉する強力なプレイヤー集団などは、この四百年は存在していないということ。


「知らぬ。無為にでた」


「自然現象だと確認できただけでも大きい。じいさん、ずっとひとり?」

「たまにいる」

「おれ、近所に住んでるんだけど。来たら飯ぐらい出してやるぞ」

「ゆかん。俺が中心だ、中心にいる。中心の中心」

「そうだな。どこまでも豊かだ」


 人が住めぬだけで、汚染の対極にある土地だ。文明の対極でもある。それは理想郷であることを意味する。


「かくのごとく家広し」

「うらやましくはない。リンゴやるよ。種を植えれば育つかもしれん」


 ルキウスは黄金林檎アトラスアップルを生み出し、老人に投げた。


「育つかもしれんし、育たんかもしれん」


 老人は両方の人差し指で黄金林檎アトラスアップルを突きさし固定すると、無表情でシャクシャク食べる。

 ルキウスは老人に背を向けた。


「じゃあ、元気でな」

「使命果たすか?」


 老人はリンゴの種を自分の耳に詰めていく。


「いずれな」


 ルキウスは草木門で生命の木に帰還した。少し気分がよかった。

 すぐにソワラが出迎えた。


「おかえりなさいませ」

「何かあったか?」

「特別な事柄はありませんが、マリナリが一度本部に来てほしいと」

「だろうな。商談案が出そろってたのだろう」

「はい」


「別にマリナリが決めていいが」

「ルキウス様が直接関わった者が多いのでは?」

「できるだけ各自で判断させろ。確認はするから」

「ならば、完全委任しておきますか?」

「そうしろ。ヴァルファーの仕事もだいたいそれでいい」


「邪悪の森の収穫はありましたか?」

「なかなかの隠者がひとりだ。外に影響はない。我々にもだ」

「そうですか」


 ソワラは特別な反応はしなかった。最初から何かを期待してはいない。


「新しい魔物は、後日図鑑に記載しておく」

「あ!」ソワラが何事かを思い出した。「超異次元式相転移料理術式の最終実験中でした。成功すれば、込められる愛情が四・二%向上する見込みです。成果物ができたら食べてくださいますよね」

「ああ、形になったらな」


 ルキウスは、機嫌をよくしたソワラが飛行で生命の木に突入するのを見送った。


「また変な化け物出ないだろうな……もう俺がいなくても大丈夫だな」


 ルキウスはつぶやくとサンティーを探した。彼女は、草木と花々のもつれあったなんらかの物体を持っていた。子供との遊びに使うものだが、ルキウスの理解できるものではない。


「東の隔離庭、空いてたよな?」


 ルキウスが手に持ったのはクリの農園でもらった種だ。


「ああ、お前が黒い犬型渦巻きの巻き巻き君を枯らしたままだぞ」


 サンティーが言った。


「処置してすぐ仕事に行くから覚えてないんだよ」

「新しいの育てるのか?」


 サンティーが目をきらめかせた。彼女は植物に見慣れたせいか、それとも身体能力が向上したせいか、ノーマルでない植物への関心が強まっている。


「ああ、子供は連れてくるなよ」

「また超パワー投入するのか?」

「いや、種の性質が未知なだけだ」


 発芽に力を要するものは、なにか特殊なもので、魔物の場合もある。


「気分悪いの?」


 歩いていると、サンティーが唐突に言った。


「は? むしろ元気だ」

「そうかな。生きてるのか死んでるのかわからんぞ」

「ちょっと静かな気分なだけだ」

「なにそれ?」

「友には一生縁がないものだ」


 ふたりはイバラで覆われた柵を抜け、実験中の植物を植える園に到着した。

 ルキウスは種をほどほどの深さに植え、魔法をかけた。


「出てこないぞ」サンティーが言った。何も起きない。


「普通にやったがな」


 ルキウスはかなり多くと魔力を投入して再度成長を促した。

 今度は無事に発芽した。急激に苗となり、成長にしたがって幹がどんどん赤みを増し、葉は半袋状の特殊な形態になった。ルキウスは熱気を感じた。


「これは、下がれ!」

「なんだ!」


 大きく育った木はあらゆる所から炎が噴き出し、燃えさかる太い枝を大きく振りかぶって、ルキウスを叩いた。


「あっち!」


 ルキウスは腕でガードしたが、全身に火の粉をかぶった。さらに位置を保持しようとしなかったので、打撃の勢いそのままにイバラの柵に叩きつけられた。


「ふふふ、くくくく」


 ルキウスはイバラに埋もれて笑っている。


「なに? 笑ってんの?」


 サンティーは燃える木を警戒しつつ、彼が気がどうかしたと思っている。


「いや、熱いなって。まったく」


 ルキウスは焦げた左腕を払い、立ち上がった

 木は、強烈な赤をまとって燃えている。煙は出ていない。


「これ大丈夫なのか?」


「どうってことない。[怒りの結集/ギャザー・オブ・アンガー〕系だな。発奮するとそれで収まる。無理やりやったが、これは叩いたりすると発芽するんだ。水や栄養をやるとかたくなに発芽しなくなる。そんで罵るとよく育ち、最後に一回キレる」

「食べられるのか?」

「いや、実はもいでも燃え続けると思う。だが貴重なものだ」


 ルキウスは燃える木にで近づき、ちょっとつついた。熱いので、そう触れてはいられない。


「でも危険だろ。すごい燃えてるぞ」

「心配するな。キレたら一人前の大人だ。大人は立派なんだ。ターラレンにこいつを教えといて」


 ルキウスは用は済んだとばかりに踵を返した。


「私が?」


 サンティーが意外そうにして、彼を追った。


「どっかで会うだろ? 会った時でいい」

「あれはもういいのか? 新種なんだろ?」

「時間ができたら観察する。使い道はターラレンに任せよう。この勢いで、面倒は終わらせるか」



 ルキウスは緑の村に来た。面倒とは、カラトリエル・ジウナーだった。

 彼は、熟達した手わざでかごを編んでいた。軽い魔法がかける特殊な編み方だ。持つ物に力を与え、かごの強度を増す。

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