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昭霊寺

ゾト・イーテ歴 三〇二〇年 九月 二十六日 セーザデ山岳地帯


「先は長いな」


 ルキウスの姿は険しい山間にあった。ソワラを伴いふたり旅だ。

 セーザデ山岳地帯の中頃である。邪悪の森の西端から登り始めて三日目になる。


 セーザデ山岳地帯は、帝国本土と未回収地を分かつメツダッハ山脈の南に存在し、北端より南西へと伸び、大陸西部を東西に分割するレンダス山脈までつながる広大な地域だ。


 巨人が割った石を荒々しく地面に突き立てていったような山々は、妖しくうねる霧に包まれている。髪がすぐに湿るほど水分があるが岩盤が固いせいか、植物の種類は限られ苔類が多い。苔類は、巨大な塊となって木と見まごう物や、鋭利に切れる穏便でない物もある。


 東の麓からは、この惑星で最大の森林である湿潤な邪悪の森が広がっている。


 その危険な緑を避けた人々が、緑の密度が低い麓にちらほらと住んでいた。そこを過ぎ山へ入っても、ときおり平地や緩勾配が見られ、それを余すことなく利用した田畑と質素な家の集落があった。

 それらの人々に道をたずねたが、彼らは高山地帯の地理にはうとく、そこへ続く道などもない。


「本人に案内させればよかったのでは」


 ソワラが言った。


「言ったら全力で逃げる。そもそも迷子だし。おおざっぱな索敵能力だけは、あるようだが」


 ルキウスは首筋の汗をぬぐった。赤道に近いせいか、高地でも昼は暖かい。


「だとしても貴重な情報をもたらす幸運の来訪者でしょう。こんな場所はまず来ない」


 ソワラが進路にある大きな岩の上に跳んだ。


「認識外で起きた事を、運命ということにするなら幸運だが……」

「私の担当ではありませんが、妖精人エルフも訪れたようで」


「向こうから故郷の事を語るので助かる。きっと帰ったら発言がそのまま載った報告書が山積みだ。事実かという問題はあるが」


「同族ですから、人よりはいいです。それに独自の伝承が残っているはず。古い時代には、興味がおありですよね?」


 人間ヒューマン妖精人エルフには、時の流れという壁がある。老いて死んでいく知人を目にし続ければ、普通の付き合いは控えるようになってもおかしくない。

 少なくともソワラにとって、人間は積極的に関わる対象ではない。だとすると、初めて人間を発見したぐらいの出来事。貴重な同族かもしれない。


 ルキウスにとって話題をいくらか共有できるのはアマンだけだが、彼は厳密にはプレイヤーではないし、戦闘や冒険を重視してもいないから、ルキウスが戦闘知識を披露することになりがちで、仲間とはちょっと違う。


「普通の妖精人エルフなら、大戦前のことは知らないが」


 〔上位・妖精人/ハイエルフ〕がぎりぎり生きているかどうかだ。ただし、プレイヤーの妖精人エルフならもっと長寿だ。それと関りがあってもおかしくない。世代数が違うのは大きい。


「なんなら私が接触しても」

「いや、素性が知れたら、私が話す」


 彼の所属がどうあれ、接触はもう起こった。放置できないが、今のところは、誰にも連絡をとっていない。


「それにしても、ふたりなんて。いつぶりでしょうね?」


 魔境であっても、ソワラの表情は和らいでいた。


「山岳となると、初期のクエストでルート開拓があったな。あの頃は、お前がうまく飛べなかったぐらいの時で苦労した」


 ルキウスが森仕様でなかった頃だ。大ダメージで手足が不具になっても治療できず、世間話をするしかない遭難者が多かった。


「飛んでたら死んでましたけどね。飛竜ワイバーンがいたから」

「休憩でちまちま回復しながら、一歩一歩。ここの空も同じだ」


 空を覆う霧に黒い影がうつり、さっと通った。

 あの頃のルキウスは、飛行型パーティーをうらやんだが、当事者は空と陸の両方から攻撃されるので楽ではなかった。


「地形探査しつつ、休憩だ」


 ルキウスが見晴らしのいい場所で座った。霧の合間から、山景が確認できる。


「了解」


 ソワラは彼の隣に座る。


「ソワラ、好きな果実はなんだ?」

「え、ルキウス様が作られる物はすべて最高です」


「好みはあるだろ」

「うーん」ソワラが長く本気で悩み「スイカですね」

「そうか。何も知らんな。あんまり植えてなかったから、増やそう。どっかでもスイカって言われた気がする」


 ルキウスは、スイカを種から果実まで育てると、切ってふたりで分けた。


「スイカは人食超食グイーの卵に似ているので」


 ソワラが上品にスイカをかじった。


「見た目重視だな。あれも、かなり卵割ったな」

「また、ふたりで旅がしたいです」

「長生きすれば、いくらでも機会はある」

「そうですね」


 さらに行くと、よりいっそう霧が深くなり、岩に張られた札が目につくようになった。札には複雑な文字と図形が描かれている。

 文字の意味はわからないが、まとった清浄なオーラからすると、警報ではなく魔よけの霊符だ。


 スーザオは、ふた山向こうに女と動かない人の寺があると言っていた。その生活圏に入った。ならば照霊寺も近い。


 ルキウスは手信号でソワラを制すると、断崖の角に背中をつけ、先を窺った。

 そこは大きく深い谷間だった。薄っすらと霧が隠す谷の奥に巨大な岩塊がある。


 その上に、座って瞑想している人がいる。


 長い頭髪は結われて頭頂部の丸い巾に収まり、藍色の道衣を来ている。顔立ちからして女性。


道士タオイストだな」


 気配が薄く、オーラが周囲を渦巻き、人が収まる中央が力の空白だ。自分ではなく、自分の周囲に力をまとっている。


 警戒しているのか、修行しているのかわからない。しかし、魔物が出る場所で単独行動できる力量。この程度のレベルは、過酷な環境では割といると考えられる。


「どうされます?」

「スーザオ並みと思ったほうがいい。避けていこう」


 スーザオは七百レベルあってもおかしくない。二十七歳であれだと、死ぬまでに千に達するだろう。千レベルのルキウスに頻繁にダメージを与えているのだから。


 翌日、ふたりは照霊寺しょうれいじを発見した。美しい瓦で飾られた立派な門と、土壁で囲まれた数千人が生活できそうな敷地がある。


 結局、寺に行く道は発見できなかった。

 人が行けそうな地形を伝って山から山へ移動していると、断崖に人ひとりが入れる切れ目があり、中に入ると、両側に摩耗してできた小さなへこみが定期的にあり、上へと続いていた。人が手足をふんばって登ったさいにできたのだ。


 そこを五百メートルほど上がり、さらにアスレチック的な物体を発見して辿っていったら着いた。つまり、寺は巨大な断崖の上の台地にある。海抜四千メートルを超えている。


 ルキウスが第一印象をどうするのかと苦悩していると、ソワラが言った。


「普通に行かれては?」

「驚きがなければ友人にはなれないものだ」

「なるほど、ルキウス様が言われるならそうでしょう」

「もちろん時間をかければ別だが」

「私はここで待機しておりますので」

「じゃあ、【猫、完成せり】に着替えるから」


 ルキウスはインベを開いた。


「それも懐かしいですね」




 照霊寺しょうれいじの広大な石畳の境内では、朝稽古の最中だ。僧は全員が男性で、髪は頭頂部の一部だけを伸ばし、ほかは剃髪している。


 前にいる見本を示す師範と向き合う形で、大勢の若い僧が等間隔に整列し、かけ声と基本的な技を繰り返し、修練をしている。


 そこに、バンッと門から木の割れる音がした。


 後列の僧が振り返ると、門に穴が空き、明るい茶色の奇妙な足が出ていた。門の向こうから声がする。


「あれ、木が柔らかすぎるって。いったん直して……強化しないと駄目だな」


 足が門から引っこみ、「アチョー!」パーンと門がきれいに内側へ飛び、


「たのもー!」


 門より現れたのはルキウスである。

 僧たちは、彼を集中して観察し、猫人間として認識した。彼は頭部が巨大なネコの亜人のようになっており、全身も同じ毛皮で包まれていた。


 しかし頭部は明らかに作り物だった。記号的な目を特徴とする表情が表示を切り替えるように急に変化している。つまり魔法の着ぐるみである。


 頭の刈りこみが低い若い僧たちは、魔物とみなし警戒するか、たじろいだ。すぐさま訓練担当師範であるイー・チェンの声が飛んだ。


「何奴! 名を名乗られい!」

「猫猫拳ルキウス」


 ルキウスが元気なポーズで言った。


「ここが、兵百にして万を屠る照霊寺と知っての狼藉か!」


 僧たちがいきりたち、肉体の張りで闘志を現した。


「それは初耳だなー」


 ルキウスは間の抜けた返事をした。


「去れい!」


 イーは目を剥いて、強烈な気を放った。常人ならば気絶する圧力が門まで突き抜け、僧たちは中央から離れて道が広くなった。

 ルキウスはそこを悠然と歩き、僧たちの視線を横切ってイーの前に立つ。


「嫌だよ。苦労して来たのに」


 イーの表情が割れんばかりにけわしくなった。


「半端な武に酔い、道に迷う者よ。真の研鑽は心中にあるぞ!」


「うるせー、道場破り返しだ。ボロネギ頭ども」


 この言葉が発せられた時より、僧たちの体に気がみなぎり、断崖のごとき頭髪はいっそう固くなり、威嚇的にざわついた。

 イーは無表情になり、神妙に口を動かした。


「生きて帰れると思わないことだ」

「さっさと一番強い奴を出すがいい、ネギ収穫してやる」

 

「我で十分だ。照霊寺が舜辰しゅんたつ、イーが貴様を砕く」


 イーは、単純に体の強度を上げる硬気功を得意とする。その硬さを示すように、彼の頭頂部に直立する柱には一切の乱れがない。


「定番の展開! まずはやられ役からいくか」

「戯言も息あるうちぞ」


 イーが大きな一歩で左足を前に出し、固く握った左の拳を前に出し構えた。


「さっさと来い。赤ネギ」


 ルキウスがけだるそうに手を半開きにして構えた。即座にイーの気が後ろに下げた左足に集中――爆発。彼は構えを変えず、滑るように動き、ルキウスの側面で停止する。ゴウッ、強化された裏拳が、最短でルキウスの頭部へ迫る。


 バギンと鈍い音が響き、イーは横へふっとんだ。そのまま受け身をとらずに転がり、数人の僧に衝突して止まった。


「次のネギ」


 ルキウスは左足を大きく蹴り上げている。これが彼の頭部を襲ったのだ。


「……死んではおらぬ」


 イーはふらつきながら立ったが、歩き出せずにいる。


「やめておけ」


 僧の並びより現れ、手でイーを制したのは、僧の髪型でもはっきりわかる美形の優男だ。頭髪は優美に波打って天を目指している。


「この者は強い」

「どんどん来いよー」


 ルキウスは腰をくねらせて軽く踊る。


汪天儘おうてんじん、リン・ジョオ」


 リンが右手を半ば突き出し、それに左手を添えて構える。


「来い来い」


 ルキウスが両手で手招きでした。


「シャアァア!」


 リンの右手から稲妻が放たれ、ルキウスを貫通した。


「グゴゲ!」


 ルキウスが奇声を発し、一瞬の麻痺。リンがそこへ低く飛び込む。その速度が乗った鋭利な突きが首元をとらえる。


 だがそれは触れただけで止まる。彼の両足を、石畳の間から生えたツルがぎっちりつかんでいた。彼が止まった一瞬でルキウスは、その側面を抜けつつ、


「ネコカッター!」


 ルキウスの爪が伸び、それがリンの頭髪を根元から刈り取った。長い髪が彼の目の前へと落ちて、舞い散った。


「ぬああ!」


 リンは頭を押さえて絶叫すると白目をむいて意識を失った。


「慈悲はないのか!」「悪鬼羅刹め」「討つべし」「なんたる非道」


 激高した僧たちが武器を持ち出し、ルキウスを包囲した。


「いいぞまとめて来い」


 ルキウスが身軽なステップで誘う。


「なんの騒ぎか!」


 本堂の脇より現れ一喝したのは巨躯の老人。しわのいった皮膚の下ではあらゆる筋肉が暴れてもり上がり、頭髪は、スーザオより高く伸びている。

 大師ゾオ・トオである。


「道場破り返しだぞ!」


 ルキウスは勢いそのままに口走る。ゾオはわずかにうなり、状況を見た。


「して……返し、とは?」


「おたくのスーザオが――」


 ルキウスが言いかけた時点で、ゾオは力強く手の平を向けて制した。


「仔細、あいわかった」

「光速の悟りか」


「ばかたれはどうなった?」

「コモンテレイの道端で適当な通行人をにらんでいると思うが」

「ほう、元気でやっとるか」


 ゾオは何度か軽くうなずいた。


「お主の用件はスーザオか?」


「うーん。とりあえず、道場破ってから言おう。じいさんのネギも刈って看板をもらおう」


 ゾオはこれにゆっくり深く息を吸い、どこまでも吸った。胸板は異様にもり上がり、僧服がギチギチと鳴った。


「少し詫びねばと思ったが。まだまだぎょうが足りぬ」


「だって弱そうだし」

「豪の一撃を披露してから、要件をうかがうとしようか」


 ゾオは、その一歩ごとにズンズンと巨大化し、巨人となってルキウスの前に立った。


「巨大化とは卑怯な!」


 ルキウスも体を倍の大きさにしたが、せいぜい元の二倍だ。ゾオはその倍。つま先立ちしても勝負にならない。


「お主も大きくなっておろう」

「ま、いっか。でかいほうが強いわけでもなし」


 ゾオが身を開いて構える。ルキウスは何もしない。ゾオが構えても見るだけ、ひたすら見る――ボゴン! ルキウスは飛び、門の柱に衝突した。


 まごうことなき正拳突き。衝撃の後で、踏みこみが石畳を割る音が響いた。

 

 ルキウスにレールガンの衝撃を思い出させる一撃。いかに森ではないといえ、防御した両腕をへし折る膂力。ただし骨折はすみやかに治療されている。


「こうなれば奥義を出すしかあるまい」


 ルキウスがゾオへ走る。腕を振るただ速さを求める走り。それが加速し、ゾオの直前で急に低くなる。その姿が白虎へと変わって、ゾオが驚愕した。


「まさか四神か!?」


 ルキウスは飛びかかってひっかき、隙あれば手足に食らいついた。ゾオの頑強な皮膚から血が流れる。

 ゾオは白いトラをつかんで投げ、上から殴り、強引に蹴って応戦する。


 ゾオの技の衝撃で、石畳は粉々となり、本堂の土台にもひびが入った。ルキウスのネコパンチは、ゾオの防御を上から砕くほどの威力がない。互いに軽傷が植えていく。


 秋の白虎ですら、格闘だけでは五分。気が尽きればルキウスが優位だが、そんなつまらないことはしない。


「やむをえぬ。猫猫拳最終奥義、猫分身!」


 ルキウスが叫ぶと、ゾオは警戒した。あらゆる攻撃に備えるカメの構えだ。


「うぬ!」


 ゾオが旋風に巻かれ、両足から血を流した。警戒しても、左右同時に襲い来る爪は受けるしかなかった。


「グオウ!」


 赤いトラが吠えた。つまりタドバンが召喚された。二匹のトラが巨人の足元を突かづ離れず走る。


「見よ! この完全なる分身を」


 ルキウスがクワッと牙のある口を開く。


「色が違うじゃろ!」ゾオがどなる。


「目の錯覚だ!」ルキウスは引かない。


「赤いほうが強い!」


 ゾオは懸命に応戦するが、連携するトラに翻弄され傷を増やしている。


「分身だから強さは同じだ」

「言い張る! ならば我が功夫クンフーを見せよう」


 ゾオの体は急激に縮みはじめた。通常時よりもさらに縮み、最後にぎゅっと縮みつつ変化して――現れたのはタヌキ。大きさからしても、まったく普通のタヌキだ。


 ただし全身にまとった気はすさまじく、輝いて見え、さらに蒸気が出ている。


 そのフワフワの毛の塊が、残像となった。影はルキウスの前足をかいくぐり、あごの下でグンと頭を上げる。


 ゴガン! とルキウスが打ちあがり、巨大な本堂よりもさらに上がった。タヌキも大地を蹴ってゴウと飛び上がって追撃し、ルキウスは空中を蹴って逃れる。


 ルキウスは本堂の屋根に着地した。そこにロケットのごとく飛来したタヌキと衝突し、もつれあい転がった。ルキウスが殴り返すが、おそろしく毛が固い。金属を叩いたようだ。そして重い。力が凝縮されている。


 タドバンも屋根に上ってきた。二匹のトラとタヌキが、寺院の屋根の上を駆けながら殴りあう。屋根が破壊され、瓦がバラバラと落とされていく。

 三匹がいったん距離を開き、にらみあい、また衝突すべく駆けた。


「そのへんにしたらどうじゃ」


 戦場のど真ん中から落ち着いた声がした。三匹が停止した。


 腰の曲がったしわくちゃの老人がたたずんでいた。小柄に見えるが、腰が曲がっていなければルキウスぐらいあるだろう。

 タヌキが大老人に戻った。


「老師」


 昭霊寺の最高位になる老師ラオ・グァイだ。切り立ったやや細い頭髪は、誰よりも高い。


「寺が壊れてしまうぞ。のう」


 ラオがゆっくりしわを動かし笑いかけると、ルキウスが着ぐるみ姿に戻る。 

 ゾオが全身の傷を確認しつつ言う。


「看板はやらんが、客人として歓迎しよう、野性と絆を築く強き者」

「看板なんぞ要るわけがないだろ。なんの価値があるんだ? まったく」

「おぬしがよこせと言ったんじゃ」

「いちいち正体不明の言う事を真に受けるなよ、小僧さんかい?」


 ゾオと全力の笑顔が表示されたルキウスがにらみ合い、タドバンは毛づくろいしている。


「茶でも入れようの」


 ラオが屋根を警戒に飛び降り、道を歩いていく。離れた庭にある石造りの東屋に向かっている。


「一番いいのにしてくれよ」


 ルキウスも彼を追い、タドバンも続いた。


「一番味がよいものは毒があってな。常人にはなかなかのお」


 ラオが困った調子で言った。


「毒は効かない」

「なるほど、森の者か。鍛えておる」

「やはり獣ではないか」


 後ろから来るゾオが、しげしげとタドバンを観察する。


「長く分身を維持する技だ」

「まだ言い張るか」

「飲食もするぞ、すごいか?」

「お主の人格がな。それ服? 鎧か? 魔法か?」

「ネコ強化装備服だ」


 彼らは東屋のいすに落ち着き、ラオはマグカップに茶を入れて出した。

 ルキウスは着ぐるみのまま茶を飲んだ。


「じいさん、プレイヤーか?」

「いかなる意味かな?」


 ラオはぼんやりとしている。


「まあ、仙桃せんとうをあげよう」


 ルキウスが手を背中に回してインベを開き、仙桃せんとうを出して、机の上に置いた。


「不老不死になれるあの?」


 ラオのしなびた目元が、わずかに動く。


「どこから出しよった」


 ゾオがルキウスの背後を気にして、タドバンにネコパンチの牽制を受けた。


「不老不死にはならんだろうな。多少長生きしそうな気もするが」

「そうそう不老不死になっては、世が乱れる」ラオが桃を持って鼻を押し付けた。「ええ匂いじゃ」


「そうか、違うか」ルキウスが呟いた。


「なんぞ、ご期待に沿えんかったようじゃ」ラオが桃をかじり、「おぉ、力がみなぎる。たしかにの。力ある果実に違いない」


 ゾオも大きな手で桃をつかんでかじった。


「スーザオの話だが」

「賠償でも請求するつもりか?」ゾオが食べながら言った。


「そんなもんは要らんが、定期的に殴りかかってくるのはやめさせてもらいたい」

「へえ」「ほお」「にゃおー」


 ふたりの年寄りが何事かを思った。


「要件はそれだけか」ゾオが苦笑いした。


「まずはだ」ルキウスが言う。


「それは難しい。あれは最強の誓いを立てておる」


 ラオが言った。


「だろうな。ほぼ私に向ってくる」

「お前さんが一番強いということ。わかっておったか、その気配」


 ラオが言った。


「ああ」

「あやつは至強を知る。その場所もいくらか知る」ゾオが言った。


 最強に対して敏感なスーザオが、森のルキウスを最強と感じている。つまり、彼がどうにかして感じ取っている範囲内にルキウスより強い者がいないということ。


 スーザオの存在は、森の中にいれば安心と伝える意味がある。

 これを森の中にいるべきと解釈するか、それとも積極的に森を増やせと解釈するかは難しいところだ。

 確実なのは、あの強さ探知機には使い道があり、警備員として優秀だということ。


「ならば、ここは最強をめざす寺か?」


 ルキウスが言った。


「違う」ゾオが答えた。「ここの者なら誰でも強きを目指すが、そこに理屈が入ろうな。生きていくのに必要だから、帝国、魔物と戦うため、人に評価されたい」

「人とはそのようなもの。不純よのお」ラオが言った。

「スーザオに理由はない?」


「あれは、強さ以外の価値観を持たぬ。味方だからといって、自分より強いことを許容する理由にならぬ。誰よりも強くありたい」


「何か理由があってか?」

「最初からそうあった」


 ゾオが答えた。


「へえ、ならばここは帝国と戦うための寺か?」

「もともとはそうではない。今はそのような時というだけ」ラオが言った。「大戦後に山間への避難民が増えたという。帝国の拡張によっても増えた。それだけのこと」


「言い忘れたが、未回収地は帝国から独立し、いくらか緑が回復した。私の努力で。つまり私は帝国人ではないが、あいつは敵視してくる。味方なら強いほうがよさそうなものだが」

「身内でも関係ない」ゾオが言った。「むしろ、仲間を守るには最強ではなくてはならぬ。お主の力量からして、片手間にあしらっておろう」


「いや、最近はそうもいかなくてな」

「ほっほ」ゾオが目を丸くしてかすかに笑みを浮かべる。「私が参らねばならぬようです」


 ラオもうなずいた。


「戦力ならいくらでもいる。なんなら、寺を出す土地も用意するし、飯もある」

「それはまず現地を見よう」ゾオが腕組みした。


「まずはそれでいい。君ら、代々ここなのか?」

「この寺は古い悪神の封印を守っておる。修行もそれを討つため」

「それは聞いても?」

「至極の演武を鑑賞させていただいたでな」


 ラオが言った。ゾオが語る。


「神代でも特に古き時代、古神は神々ですら滅ぼせず、封印するしかなかったとされる。無論、我らもそれを見たことはない」


 レイドボスやWOなら、何かしらが残る可能性がある。そんな設定の存在が多い。


「なるほど、それに干渉しようとは思わん。古い話はいくらでも聞きたいが、まずは邪悪の森の中心にいるジジイだ。知ってるか?」


徨然君こうぜんくんに会ったか?」

「いや、スーザオが邪悪の森でやばいジジイに会ったと。それが私より強いと言い張る」

「会ったか……本心ならば、森にとどまっておるよ。よほど手ひどくやったらしい」


 ゾオの言葉には確信があった。


「あのお方は邪悪の森と時を共に過ごしているという。森の誕生を見たと」ラオが言った。

「つまり四百歳以上?」

「であろうな。わしは見たことがあるが、景色のようなお方だ。聖も邪もない」


「それ、人間か?」

「歳はとっておるよ。昔は若かったという。人がたどるべき一つの道を行く方であろう」


 事実ならWOではない。ただし、プレイヤーの可能性がある。

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