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猫猫拳

 緑の村の灯はわずかで、トンネルの中のほうが明るかった。


 定期的に青白い燐光をまとった壁面があり、そのまだら具合が美しい自然の景色のように乗客を楽しませた。


 それがルキウスの堀った部分であり、虫が嫌う発光性の苔と、猛毒のキノコを合わせて魔物の侵入阻止を試みているが、来る奴は来るという。


 高速の列車からではわかりにくいが、あれは遠大な区間に渡って存在していた。それだけ掘ったということ。一年以上かけたと彼は言った。


「五十年ぐらいですか?」とジウナーが追ってたずね、ルキウスは「コフテームに来てからだ」と言った。


 うその反応が微塵もない。トンムスは恐ろしい。この計画のためにコフテームに来たと言ってくれたほうが安心できる。しかも、ひとりで、ときている。


「できそうだったからやった」が彼の弁で、意思があれば、コフテームを地の底に送れる。彼の人間らしい部分は「働きづめだ。最近疲れやすい」これだけだ。


 トンムスはルキウスとヴァーラの力量に慣れたつもりだったが、「悪魔の森の西方と交易するから許可くれ」の話から急に底が見えなくなった。同時に、彼の秘密の衣が薄くなった。状況説明に情報を出す必要があったからだ。


 それまでの確定情報といえば、まず森好き。ピクニック感覚で森をうろつき、長期滞在もできる森の生活者だ。

 あらゆるものに興味を示していたから、マイペースで知的な個人主義者なのは確実だった。


 しかし、東西の経済協力がどうとか、技術交流による発展の可能性などに言及するようになった。慣れた受け答えは誰かの入れ知恵ではなく、本性の印象があった。

 しかしそれからも、うそ確実の空の星々と交信するような奇抜な魔道具や奇抜な工芸品を買いこんでいる。


 今のルキウスは、複数の人格が混ざった印象があり、わかりにくい。

 人助けに熱心なヴァーラとは対照的だ。彼女は信仰と善意でできている。


 トンムスはシュットーゼを思い出す。彼がどんな人間だったかは今も不明だ。持つ知識の多さと異質さが、理解を妨げる。


 ともあれ完全に夜で、乗客一同は村人が手配した食事にありつくとコテージで眠らねばならないが、彼らは希望と俗欲に満ちた話に熱中すると、途中で急に静まり、彼らの視線がルキウスを探した。


 すでにルキウスは外へ逃げ、トンムスもそれをそっと追っていた。ルキウスは、一回一回食事をよく味わう。特に新しい物はよく味を確認する。それがさじでスープを飛ばさずにすくう限界に挑戦していたので、対応は容易だった。


「彼ら、眠れやしませんよ」トンムスが言った。

「だから日暮れに到着させた」ルキウスは言った。


 トンネルを形成する掘削となれば、相当な遺跡を地下でくりぬいたと商人が気付いたのだ。

 少人数による発掘では遺構への進入路を見つけることが肝心だが、これは状態のよい品を効率よく得るためだ。


 悪魔の森では騒ぎを避けるために実地されないが、価値の低い集落の遺跡や古戦場跡などでは、魔法で広く網を張って、堆積物を透過する紐を垂らし、当たった物体を力づくで全部地上へ引き上げるような大規模発掘もある。


 この場合、古い建材、希少金属などが少量得られる。素材は、現在の技術で加工できなくとも、スキルや魔法による修理には使える。

 対応する壊れた品を保存しているのは、金持ちと決まっている。


 商人たちが外に出たが、ふたりは村の建物の物陰に隠れていた。真っ暗闇の村の外から、獣とも虫ともつかぬ音程が不安定で長い叫びが聞こえ、商人はあわてて中にひっこんだ。


 村の防壁を超えた先にある森の樹冠の影はかなり高い。悪魔の森のどこにいるかはトンムスにもわからないが、休まず夜を明かすべき深さなのは確かだ。


「私は、木の上で寝るかな」


 ルキウスは暗闇の中で生き生きしていた。


「ジウナー氏も消えた気が」


 村の中にジウナーの姿は見えない。


「ここの村長に捕まったようだ。というか……口説いてるな。本気じゃないだろうが、よくやる。彼は何歳だ?」


 ルキウスはなんらかの魔法で状況を認識していた。


「不明ですが、巷の噂では百はいってる」

妖精人エルフなら、元気がある年だ」


 ルキウスが息を吐いて落ち着いた。


「帝国側とパイプがあるとは想定してませんでしたよ」


 これはあまり聞かないようにしていた。詮索して悪魔の森の西に行けなくなっては困るからだ。しかし、村には帝国人も多いという話で、見張り台の上にも銃を持った守衛の姿がある。隠していない。


「パイプ? はないが、森で繋がっているからな。超えたら行ける」


 ルキウスから、事前に用意した答えを読む気配がした。そして、もはやこの程度は驚くに値しない。掘れるなら余裕で行ける。


「ずっと森に籠っていると思ってましたが、帝国とは」

「あっちのほうが忙しかった」


 ルキウスは少々ばつが悪そうだ。


「言ってくれれば、伯爵が多少の都合はしたでしょう」

「だって百万人以上攻めてきたし、言ってもな」

「そ、そうですか」

「気にしなくていい。今から手を借りる」


 空では緑の月が大きな顔で、建物の隙間にいるふたりを覗いていた。


「この仕事が終わったら、刺毛飛毛スットスコスの生態研究でもやろうかと思うんです。野にある者らしく」


 白いクリのイガに手が二本生えたような姿の妖精だ。動物に近いが何を食べているのかもわからない。


「コフテームの北北西ぐらいにいるよな。ベリーやったら食べたが、ピーナッツは吐いて飛ばしてきた。恩知らずな生態だ」

「研究してますね」

「動物好きだったの?」

「いえ、ただ魔物は狩ってばかりですから。ちょっと別のお付き合いがあってもね」

「弱いと思っていると痛い目を見るかもしれないぞ。おっと、いい獲物の気配がする。私はやはり外で寝るとしよう」


 ルキウスはそう言い残し、平然と壁を飛び越えて、外に出ていった。


 翌朝、日が昇り村の概要が明らかになった。

 死んだはずの者が大勢いた。衝撃的なことだ。トンムスの知人はいないが、商人には、知己の者もいた。

 さらに巨大な六本足の肉食獣の死体が村の中央にあった。

 ルキウスが「肉が無いから」と夜間に獲った魔物だ。


 一同の緑の村への興味は増すばかりだが、すぐに列車に乗り込んだ。帰りにはゆっくり滞在できる予定だ。

 村を出る時、ジウナーの姿はなかった。トンムスは列車が動き出すと言った。


「いいんですか?」

「なにが?」


 ルキウスが聞き返した。


「ジウナー氏があの村に残ることですよ」

「戦力が増えていい。働くなら居住可能だ。それに森が恋しくなったって」

「真に受けてないですよね。探っているふうだった」

「敵意はなかった。妖精人エルフは自由人が多い。探究家なのさ」

「森の深奥にあるならば、神聖な村なのでは? 神の怒りなどが」

「村はどこにあっても村だって」


 ルキウスはつまらなそうに言った。


「森のなぞかけですか?」

「見てのとおりの村だって意味だ。生活の場だ」

「一般的な都市壁より高いのに」

「あんなもん、本気の魔物が来たら無意味だ」


 トンムスが、じゃあなんの壁だという顔でいるとルキウスが続けた。


「壁の外には罠があるし、鋭敏な者がいる」

「盲目の女性ですね。ジウナー氏の興味は彼女に移った」

「カサンドラが言うことは、カサンドラにもわからん。何もわからんよ」

「本物の預言者オラクルに会ったことはない。降霊術のようなもので?」

「感性が鋭いだけだ。それでも、自己の知識にない発言があったりするから不思議だが」

「それこそ神託では?」

「生き物は、周囲と無関係ではいられない。森では緑のささやきが聞こえている。それが認識できなくとも、聞こえている。わからんなら頭が閉じている」

自然祭司ドルイドっぽいこと言いますね」

「普段はぽくないように言う」

「普段は仕事以外遊んでるし、最近は楽して儲けたいと漏れてた」

「あれは失策、翌日から無限に商人来たし、カラファンがきれた」


 ここからルキウスはまた商人に囲まれたが、神の地に期待できる利益の話で気を引き、持ち込んだ肉食獣の肉を焼いてふるまいその味の論評などで茶を濁していると、深夜に悪魔の森北西駅に着いた。少し森から出た所にある駅だ。


 そこではコモンテレイから派遣されたハンターたちとその車列が出迎えた。

 東の住人と西の住人はこの出会いに興奮したが、長い移動に疲れていてすぐ寝た。そして起床は日が昇る前になった。それでもトンムスの目は、無限に広がる荒野を見てとれた。森を超えた実感と、未知なる場所に到達した若い感慨がある。


「さすがにずっとトンネルにはなりませんか」

「ここから森が無いからな」


 ルキウスはコンテナをトラックに積む作業をしていた。


「あったらやったんですね?」

「そりゃ、悪魔の森に道を通すのは無理だ。魔物来るし」


 気を抜いているのか、うそなのはわかった。が、トンムスにはどううそか判別できない。木をよけるだけならできるだろうが、魔物を寄せつけないことは彼でも不可能だ。


 彼が脅威として認識するものがあるのか、働きたくないのか、コストの問題か。あるいは森の神に関わることか。

 まとった背景が複雑になるほど、答えは二択であらわれない。


 ルキウスは最後のコンテナをトラックに固定した。


「積み替えが早いですね」トンムスが感心する。


「人類の偉大な発明の一つが、スンディから流出した魔術師で作れたのは大きい」

「あのサイズは、川船ですか」

「そうそう。水運は、河川ギルドが管理してるから話が早いし」


 荷物の状態が確認され、戦車などの先頭車両を前にした車列が走りだし、東の客はバスでガタガタガタガタ揺られた。

 黒の荒野はどこまでも続くと思われたが、やがて左手側の地平線に緑が見えてきた。


「道らしいものはありませんね」


 トンムスは振動でイスの上ではねていた。商人は、イスから落下しなければ上出来といった様子。


「かなりとばしてる。戦車が先頭だからな」ルキウスが答えた。

「騎兵隊の護衛があるということですか」

「そうだ。警戒しながら行くと、馬車と変わらん。一日じゃ着かん」


 車内に、ピー、ピーと電子音がなった。


「魔物だ。問題ない」


 ルキウスがバスの窓から出ていった。車列が停止する。

 トンムスは窓に顔を付けた。荒野で良視界だが魔物を確認できない。


 前方にいたトラックの対空砲が、ガガガガガと火を噴いた。空だ。

 人よりは大きい影が複数飛来している。鳥の形状ではない。何かごちゃごちゃとしたもので、形が一定ではない。

 そこに戦闘部隊の火力が集中し、近いものから墜落していく。


 ルキウスはそちらへ走っているが、空を意識していない。しばらく走ったルキウスが足を止め、腕を前に出すと、その五十メートル先の荒野が赤く輝きうねった。


 ルキウスの〔火の嵐/ファイアストーム〕だ。炎を地面にこすりつけるように伸ばしている。そこで何かがあぶられて、跳ね、あがく姿が見える。


 ルキウスは何度か魔法を使うとやめ、前に歩き、焼いたものを確認している。

 トンムスもバスを飛び出し、ルキウスの近くへ走った。


 汚染地にふさわしい不気味な魔物が焼かれ、大地の一部を占拠していた。

 人より小さいそれは虫に分類すべき残骸だったが、体は不自然にねじれ、いたる所から足が生え、上下が不明瞭だった。


 バスに戻るとルキウスは真剣な顔で言った。


「最近多くて。着いたら説明があるが、悪魔の手には接近しないように」


 そこからもイスに尻が付いているほうが珍しいほどにとばし、日が暮れる前にコモンテレイに到着できた。


 町は、農地と透き通った巨大な湖に抱かれ、その外側には若い森が広がっている。

 トンムスたちが見慣れぬ黒いコンクリートの街並みだ。町中にはちらほらと木が生え、棒が立っている。


 ここでも対空砲の音がしていた。


 商人は緑化機関で現地の商工業者と引き合わされ、ハンターはギルドに送られ交流会がある。本格的に説明があるのは明日からだ。


 ルキウスがかつてのお返しに町を案内してくれるので、トンムスは同行した。


 ふたりが歩く大通りには多くの車が走り、道によっては渋滞気味だ。歩道も荷物を運ぶ人が多い。


 トンムスが目線だけで辺りを観覧していると、ふたりの子供が、廃墟の前に向かい合って座っていた。彼らは物を地面に並べて遊んでいるようだ。


 彼らが転がしていたのは、放置された薬莢だった。そこに空き缶や壊れた部品などを並べていた。大きなスクラップもある。


 トンムスは、ルキウスの背を追いつつ、耳を子供に集中させた。


「おい、正規の弾は入荷したのか?」


 小さな子供は声を低くしている。


「払いは現物限り」


 大きな子供が堂々と言い、知ったふうにうなずいた。

 小さいのが大げさに自分の頭を押さえ、考えた動きで豆のさやを前に出した。


「まずこいつだな」

「固形食なんて食っていられないぜ。バクグウ農場のムギのほうがマシってもんだぜ」

「おいおい、混ぜもんだらけのと一緒にしてくれるなよ」

「は! 時代は変わったのよ」

「ならこの鋼鉄を売るぜ」


 小さいのが空き缶を投げた。


「まだ鉄くず拾いなんてやってるのか? そんなものは、子供のしのぎだぜ」


 大きいのが、偉そうに腕組みした。


「ったく、文句ばかりよー、若いと思ってかましてんじゃねえだろうなー」

「時代は、濃縮肥料と修理用の超金属だぜ。樹脂は扱ってない。鑑定が難しいからな。線石樹脂バクラなんてのは劣化すると銅に見えやがる」


 大きいのが持っているのは、溶解して結合した鉄くずだった。溶けるさいに何かをまきこんだのか、緑系の色がついていた。


「へえ」

「手堅いのが電池バッテリーだ。朽ちても軍製だ。うちは高く買うぜ」

「へっ、その手は食わないぜ。ヴェレルのおじきがあれで火傷したのよ。おかげでひどく叔母さんに叩かれたってもんだ」

「ここで惜しむ奴は稼げやしねえのよ」


「言ってろよ。こっちには切り札があるぜー」小さいのが、ポケットに手を入れ、中身を地面に転がした。「どんぐりだ。今やどんぐりのほうが価値があるのだ」


 大きいのが、多くのどんぐりから太い物を手に取る。 


「こいつは希少品だ! 邪神召喚儀式に使うという噂だぜ」

「おいおい、マジかよ」

「しかしこれはかえって扱いにくくてよ……」


 子供のいる廃墟が建物の陰になった。


「いささか剣呑なようですね」


 トンムスがぽつりと言った。

 これはルキウスの手法だ。彼はコフテームの子供たちの家庭を把握している。「内部にいる部外者に話を聞くのがいい」という理由だった。


「たまに流れ弾が来るぐらいだ」

「治安はともかく、王都以上の活気です。不足があるとは思えない」

「本当は商人より農民が欲しい。とはいえ、先陣はあの手の連中だろ」

「貴族を使っては?」

「貴族は使うものなのか?」

「今なら使われたい方々がおられる」

「うーん……まずは塩害に対処できる魔法使いが欲しい」

「塩害はザメシハでは聞きませんが」

「塩が上がってくるんだよ。害虫も増えてきた。どこから来たのか」


 ふとトンムスは速度を落とした。ルキウスとの距離が近い。彼の速度が落ちている。トンムスは周囲を警戒したが、ルキウスは前だけ見て呟いた。


「化けるのも上達したが、電線の意味はわかってない。電気使うのに」

「なにか?」

「道に沿って柱があるだろ」


 ルキウスが電信柱を見た。


「ええ、かなり大きい」

「電気を流す線を敷くためのものだ。灯りもあるが」


 トンムスは電線が通ってない電信柱を見つけた。それは電信柱の列から少しずれており、歩道に寄っている。


「しかたねえ」ルキウスが肩を回し「相手してやるか」とそのまま妙な電信柱の横を通り過ぎようとし、ゴン! 電信柱に殴られ、いなくなった。


「え?」


 トンムスはかたまった。電柱から筋骨隆々とした腕が出ている。


 すぐに電信柱全体が縮み、変化する。

 怒っているのか笑っているのかわからない上半身裸の男だった。頭髪は、特異な形状に刈られ、天を突かんばかりにまっすぐ伸びている。


 スーザオである。


 ルキウスは道路沿いの空き地にいた。ガードの姿勢をとっており、砂利にできた二つの溝を追っていくと、彼の両足がある。


「逃ガサン!」


 スーザオが独特の腕の動きで流麗に構え、全身を躍動させルキウスに飛びかかる。


「通ってやったろうが!」


 ルキウスが蹴りをギリギリでかわした。スーザオがさらに一回転して蹴りを放ったが、ルキウスが足の裏で受けた。


 そこからは双方が受ける殴るを繰り返す凄まじい殴打技の応酬だ。バンバンパンドンと音が続く。

 ふたりの戦いで、足元の砂利が周囲へまき散らされ、拳が振りぬかれるたびに大きな音がする。


 スーザオは、トンムスが知る最高の武僧モンクアッキよりはるかに強い。


 ルキウスがスーザオが攻撃した瞬間、腕を両手で抱えた。スーザオはすかさず空いた腕で目を突こうとしたが、ルキウスはスーザオの脚を刈って回避しつつ体勢を崩すと、頭からスーザオを叩きつける。


 頭髪が地面に触れたぐらいにスーザオから衝撃波が起こり、ルキウスは弾かれ、スーザオは地面に衝突する前に止まった。


 武僧モンクは気を消費することで、純粋な格闘家グラップラーより多彩な動きが可能。


 見物人が集まってきたが、さほど騒いでいない。この町では電信柱が殴ってくることはあることらしい。


 そして、初めて見るルキウスの本気の格闘。トンムスは口を開く気にならない。そして、その本気のルキウスが押されている。


「成長したというか、なにかスキル取ったな。勘がよくなった」


 ルキウスが距離をとった。


「ハアァァァッ! 俺が、最強だとわかったか」


 スーザオが拳に力を入れて、体を開き気を発散した。その圧力が見物人をのけぞらせた。


「いや、全然本気じゃない」

「だろうなぁ」


 スーザオは険しい形相でルキウスをにらんでいるが、どこまでも楽しそうだ。


「わざわざ服を脱いできたか」

「敵の施しは受けん!」

「暑いから脱いでるだけじゃねえか」


 両者が引かない打撃戦となり、最後にルキウスが顔面に肘打ちをもらった。さらに強烈な一撃が顔面に迫ったが、砂利が爆発し地面から突き出た棒状の岩石がスーザオを突き飛ばした。


 殴り合いの最中にまともな魔法が発動するのは異様だが、おそらくわずかに空いた時間に発動準備を済ませている。

 スーザオは距離を離されたが、防御しておりダメージはない。


「いいだろう」ルキウスが呟き、手を半開きにし、怪しげな構えをとる。「猫猫拳五千五百年の歴史を見せてやろう、アチョー」


「ムウ!」


 スーザオは警戒し、小さく構える。


「こいつは神々より前の時代、真なる神々がネコと遊ぶために編み出した技だ!」


 ルキウスは自信に満ちている。


 トンムスはまた適当なこと言ってると思った。

 判断するまでもなくうそ。しかしその感覚が一切ない。本人が本気だとこうなる。本人が心からどうでもいいと思っても同じ。


 負けじとスーザオの体が膨らんだ。迎え撃つ構えだ。

 見物人が湧きかえる。


「猫猫拳が奥義をご覧あれ!」


 ルキウスが瞬時に縦横に膨張し、変化した。白い毛をまとった大猿だ。建物の三階まである。凶暴そうなサルが、スーザオを見下ろすが、彼は一層気をみなぎらせた。


「ネコじゃない!」


 トンムスはつい口走った。

 ルキウスは巨大な腕を思いっきりスーザオに振り下ろす。グワンと大地が震えた。

 スーザオはかわしていない。歯を食いしばり、両腕で受けてきった。

 そして腕の下から抜け出て、がら空きの広い胴体に襲い掛かった。連打連打連打。


「ハアァー! ツァツァツァツァ、ザァァーイ!」


 最後の掌底でルキウスの巨体がふっとんだ。

 ルキウスの姿がまたねじれて変化する。短時間化ける魔法だったのだろう。

 スーザオはかまわず追撃を打ちこむ。


「死ねえ!」


 ゴウ! スーザオの正拳突きは空振った。正確には毛皮を撫でるようかすめた。

 ルキウスは白虎に変化し、体をくねらせていた。さらに空中で体を器用にひねり、生み出した力で前足が振りぬかれる。

 白虎の爪と肉球がスーザオのみぞおちを完全にとらえた。


 ゴフ! スーザオが口から若干の血をこぼし、そのままはるか彼方へ飛んでいった。

 ルキウスはすみやかに人に戻って帰ってきた。疲弊している。


「……ここではよくあることなので」

「彼はなんです?」

「彼は、俺が最強だ、の人です。最強じゃない人には関係ないから安心です」


 トンムスはこの説明に、なんとも言えない表情を返した。よくいる武芸者だ。しかし、じつがともなっている。

 ルキウスは今あったことがどうでもいいようで、平然と歩きだし言った。


「明日は留守にする。急用ができた」

「そうですか」

「数日は案内するつもりだったが。特別ガイドをつけるから」

「いえ、ご心配なく」


 慣れぬ地だが、調査計画はある。ただ、ルキウスが誰かと連絡をとった様子はない。疑念を察したのか、ルキウスは言った。


「いい加減、あれを保護者になんとかしてもらおうと思って」

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