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トンネルは続く

同日昼頃 ハイペリオン村


 村の近くの森に、つる植物で編み上げられた草木門が発生し、そこからルキウスが出てきた。ビラルウとモーニが、ルキウスの腕の中で足をプラプラさせていた。さらに赤いトラがゆったりと門より出ると、草木門はほどけて消えた。


 彼らは進んで道を開ける木々の間を進み、村に出た。

 ルキウスは子連れで警戒していたが、みずみずしい森は平常だった。


「さあ、お友達のいる村だぞ。楽しいな」


「楽しい」


 モーニが手を上げ、ご機嫌に繰り返した。


「やあ! ルキウス」


 銃座の近くの門番が威勢よく声をかける。


「ミタンゴ、また太ったようだな」


 ルキウスが快活に応じた。


「新鮮な麦がうまくてな」

「品目が増えるたびに太りそうだな」


 太ったといっても、健康の範疇だ。元が筋肉質で痩せていた。


 ルキウスたちは門を抜けて、村でめだっている太い樹木へ向かう。あれがクローリン家だ。

 多くの村人が外にいる。収穫は保障されているので、無理に森に入る必要はない。農地の管理に開拓、作物の加工や道具の手入れなどをする人間が増えた。


 村の外に広がるオオムギ畑で、中から突き出た木の杖が移動している。派遣したコココットが虫祓いでもしているのだろう。

 最初は臨戦態勢に応急の村といった印象だったが、今は牧歌的な景色だ。


 コモンテレイ一帯を落とし、帝国軍の脅威は消えた。コココットをコモンテレイの農地にやりたいところだ。しかし、ふらっと死霊レイスなどが飛来する可能性はある。荒野側からは、何度か魔物が侵入したと報告を受けている。不死者アンデッドは意識に干渉する幻術が効かない。


 ルキウスはうつむいて胸元を見た。ビラルウはぱっちりとした目でいい子にしていた。


「なんでこっち来ると静かになるんだ? お年頃か?」


 声をかけても、ビラルウは変わらず行儀よくしている。モーニは興奮して足をばらばたしていた。ルキウスがきょろきょろと村を見渡す。


「アイア父の襲撃がないな」


 彼が村にいれば、すみやかにルキウスの潜入を察知し、物陰から人間味のある視線を送ってくる。


「コモンテレイに行きましたよ」と声をかけてきたのは、家から出てきたレイアだ。遅れて駆け出てきたアイアが元気よく言った。


「こんにちは、ルキウスさん」

「こんにちは、アイア」


 ルキウスはビラルウとモーニをタドバンの背に乗せた。アイアがタドバンに抱きつき毛並みを撫でると、子供たちで今日の遊びの相談を始めた。

 ルキウスは村の車両が無いのを確認して言った。


「親交のある人から、移住者を増やすという話でしたね」

「ええ、なんでもコモンテレイでいろいろあったとかで。森に慣れた人も増えたのでー。それで、人はもっといたほうがいいと思うんですよ」


 レイアがゆっくり言った。


「愉快にやるには、少ないでしょうね。だいたいが自分の家のことやってるし」

「でもお仕事を用意しないといけないんですって」

「肥料用の作物が簡単かもしれないな。きっと町で不足する」

「肥料だなんて。どう料理したらいいのか」

「いや、売ってなにか買ってくださいよ」

「あらあら」


 レイアは困った顔をした。


「一般車両をなぎ倒す魔物もいるけど、無事に通行できてます? 森で地形が変わったし」

「危険を気にしていては住めないですからー」


 レイアは争いから縁遠い顔だが、ここに住んでいる以上は脅威に慣れている。布を繕ったり、料理をしている印象しかないが、拳銃ハンドガンぐらいは使えるはずだ。


「車両の出入りをできるように地形をいじる必要があるな」


 村が荒野から見えないよう木で覆い隠しているから、車両を出すには難儀しただろう。ハンターが興味を持つ立地だし、ここもゆくゆくは、外に経済に組みこむべきだ。そうなれば、やっとルキウスは休める。


 アイアがルキウスのそでを引いて言う。


「ルキウスさん、的当てやろうよ」

「弓ならやるぞ」

「銃、下手だもんね」

「軌道が違うから難しいんだ」


 ルキウスは遠距離戦では曲射を好む。


「あんなに高く上げたら、落ちてくる前に逃げられるじゃない」

「見える場所じゃやらないさ。姿を見せないのが弓の利点だよ」

「つまんない」

「仕事があるんだ。じゃあ、帰るよ」

「もう帰られるんですか?」


 レイアが意外そうにした。


「タドバンがいますから。また来ますよ」

「まあ、架空の仕事ばかりして。ずっと遊んでいるじゃないですか」

「いやいや。将来遊ぶために、働いているんですよ」

「本当に?」

「すごくですよ。すごく」

「まあ! そうなの」


 レイアは意外な事を大発見をしたようだ。家を生やすところを見たはずだが。


「いそがしくっていそがしくって死にそうです」


 ルキウスがおどけた。


「そうですか。私も毎日毎日いそがしいの」


 レイアの反応は、わかっていないように思われた。


ゾト・イーテ歴 三〇二〇年 九月 二十三日 アリール神国 首都 王宮


 ホツマより遠路を来たアトランティス武士団は、緑でむせ返るアリール神国の街道を驚きとともに進み、無事に神の都に到着。

 それから神王マウタリとの謁見と数日の交流を終え、花々で満ちた新たな魔術の都を出立するところだった。


 この外交使節団の代表であるヒサツネ・ライデンは、自らでまたがるウマの管理を行い、出立の準備を終え、アリール神国のことを考えていた。


 単騎で軍団に匹敵するといわれる英雄ドテンはほぼ寝ていた。鎧で顔は見えなかったが、頭が揺れていたから間違いない。しかし、巨大な戦棍メイスは、小指と薬指だけで支えられていた。その剛腕に疑いはない。


 大宰相コロが召喚生物なのは魔術の国ならではだったが、そつない対応で国政を操っており、内政官の信頼を得ていた。


 不安定な国ながら、動乱の気配はしぼみつつあるようで、地域は安定に向っている。


「先頭を出してもよろしいか?」


 とライデンに確認するのは、ザメシハ騎士団長のレメリ・レヌ・ホウエン。 


 ザメシハの騎士団が、道案内を兼ねて使節を護衛していた。道中には荒れた地域もあったが、彼らの仕事はなかった。


「出していただこう」


 ライデンが言った。レメリが号令を発し、長い列が動き出した。


「若き王はどのような方でした?」


 レメリが言った。


「揺らぐことがない剣のような方だ。友好を維持したい」

「そうですか」


 騎士団長は政治的なことに興味がない。ザメシハがいらぬ欲を出すのは半島には不都合だ。しかし、森の神は非常に重いらしく、戦争に出た者は、誰もあれと戦おうと思わない。


「気を払うべきは別に」

「ほう」


「最近はたびたび月の雫がこぼれている、とシノエラン殿は言われた。ここ数か月で初めて感じたことだと」


 シュケリー・シノエランは、若くして高位の占術師が務める国読くによみとなっている。政策に影響しうる重要人物だ。彼女は純粋な魔術好きという印象だった。俗世の感がないのは、月見の巫女と似ている。


「それは非常に楽しそうに言われて。感性の方ですな。特別な者だけが才覚を受け取るのか」

「月が象徴するものは多い。女、夜、海、繁栄と衰退、あまりに広範」

「占いの心得もあられると。美女を遣わせてもらいたものだが、真剣に受け取っておられる」


「無論のこと。この地で月に関わるものは? 特に緑の」

「もちろん吸血鬼ヴァンパイアどもですが、それ以外は、まあ人狼ライカンスロープとか。探せばどこかに大集団がいるかも。しかし緑には限定されませんな」


 道中も夜の魔物を特に警戒した。緑の月は陸、青の月は海の性質で語られることを考慮すれば、そのまま森の神の挙動を示していると解釈できる。この世に顕現した神となれば、鋭敏な感覚に干渉するのは当然だ。


「ふむ」


 ヒサツネが考えこむ。月見の巫女とシュケリーの発言は質が違うが、当代上位の読み手が月へ言及している。

 大事があると考えるべき。

 次に向かうのは、神の地。森の神は敵かもしれない。


「俺のような無粋者にはなにも。侍の方は占術を重視されるのですな」

「未知と戦って勝てるほど強くないもので」


 ヒサツネが言う。


「帝国との最前線を張る方が謙遜を」


 死すら経験した歴戦の騎士であるレメリには、ヒサツネも若者のひとりにすぎない。それはヒサツネも理解するところ。


「父ならばまだしも、私には」


 ヒサツネの頭にあるのは、ローレ・ジンだったが、本当に未知のものと戦ったことがないと気づく。魔物と違って、帝国軍は常識的だ。そして警戒するべき未知の一つの解決に失敗したことを、思い出し言った。


「なんとしても神の使いと会いたかったが」

「我が国も接触できていません。」

「言伝ならばアリール王に頼めとのことですが」

「そう簡単にはいかぬでしょう」


 神に伝えるべき内容を、他国に漏らすことはできない。それも付き合いの浅い新興国となれば。つまりアリール神国は神との窓口を独占している。そこが絶対の強みとなる。

 となると、それ以外の国は動きにくい。ホツマは離れた半島だからいいが、森に面したザメシハは、情報入手に必死になっているはずだ。


「神の地に期待する。それしかない」


 ヒサツネは覚悟を決めて言った。


「あちらのこととなると、我らにはどうにも」

「神の地には広大な森が出たとのこと。なれば、それに近い悪魔の森のことをうかがいたい」

「ふむ、ならば詳しい者を探しておきましょう」

「しかし、これほどの動きがあっても、神の使いは興味を示さぬとは」

「自然に親しむ術者となれば、悪魔の森深くで、自然と一体となるべく祈りを捧げているものです」


同日 コフテーム 臓物の豆包の店 【歩く胃袋】


「これは確かに西部の特色が出ている。野生と発展と開拓と復興の折り重なった重厚にして湿潤で新鮮だ」


 陽気に言葉を紡ぐ眼鏡をかけた妖精人エルフは、カラトリエル・ジウナーだった。彼は臓物の豆包を買ったところで、店の中に立っていた。

 これに隣のルキウスが応対していた。


「よかったなら、けっこうなことだが」


「いやあ、光栄ですねえ、名高いハンターと知り合いになれるとは。しかも偶然に会って、ええ、久しぶりに訪れた町を急いでいると街角でおっとというふうにね。これはいかなる神の思し召しか」

「騒ぐほどもない。よくあることでしょうね。とりあえず食ったら? 五個ぐらい奢りますよ。ここのは、ほかじゃあ買えない」


 ルキウスが、ジウナーの臓物の豆包を見て言ったが、彼はキツツキが木をつつくように小刻みに食べ、その言葉は止まらない。


「ここが森の淵となれば、噂の森の神でしょうねえ! だとすればなんたる導き!」


 これを横で見るトンムスの意識は、ジウナーのオーラに集中した。トンムスは店の奥側から外を窺うようにして、二人を視界に収められた。この位置は、ルキウスが普段自然といる場所だったが、今日は店主と話していたから中央にいた。

 そして、ルキウスがいるときは必ずいるヴァーラがここにいないからだ。


「いや、出会いの神ではないと思いますがね! そんな生活感のある神じゃない。きっとね! 自然神ですから」

「そうですか! とにかく感謝しなくては。ならば知るすべての神に正しく祈っておきましょう。これは時間がかかりそうだ。祈りの所作リストを確認しなくてはならない。まったく覚えていないもので。よろしければ、あなたの祈りの作法も知りたいものです」


 ジウナーの勢いは増すばかりだ。


「祈りなどは、森に身をひたし自然にしていればいいだけのこと」

「なるほど、もはや自然と一体となる境地に達したと。これは聖人の誕生ですな。ならば王都で盛大な祭典を開きましょうぞ」


「いや、必要ない。自然ではないし、自然の怒りに触れるだろう」

「なるほど、ならば国中の祭りを取りやめるように訴えかけておきましょう」


「……ジウナーさん、妖精人エルフといえば、南側の印象だが、どちらの出身か?」

「もちろん南ですとも」

「つまり邪悪の森ぐらいかな?」

「そう! だいたいその辺りです。といっても里を出て長い。案外、何かの脅威に出くわして、移動ぐらいはしているかもしれない。大戦後に産まれた森は生きている。あなたもそう思われるでしょう?」


「ええ、まあ。妖精人エルフの文化などもうかがいたいものだが」

「それはこの先でいくらでも。そういえば、かなりの長期間森に入られるとか」

「ええ、いようと思えばいくらでもね」


「私は若い頃から森でならしたつもりだが、そこまで修められるとは! いやはや妖精人エルフとして敗北感を感じますな。妖精人エルフとしてね! とても!」


 ルキウスに顔をよせたジウナーがどこまでも明るく言うと、一気に臓物の豆包を消費した。ジウナーが続ける。


「しかも! しかもですよ。たいそうおもてになるとか。私も若いことは、いや今もけっこうなものなんですがね。この歳となるとさすがにね」

「いやいや、ちょっと派手なハンターに、物珍しさでたかっているまでのこと。一過性のものですとも」

「どうでしょうね。仮面があってもわかります。そのただならぬ緑の瞳、さぞ人間離れした造形をしておられるのでしょうな」

「とんでもない。凡庸で凡庸で誰にも見せられたものではない」

「またまたー。その歳で、富も地位を得て、信仰の頂上に達するとは。いや! いくつなのかも読めませんな! 卓越した術者となれば、長寿の法に精通する。実は年上ということもありますな!」


 トンムスはこの会話に混ざろうとしていたが、入りそこねた。

 うそ、うそ、うそ、うそ、驚くほどうそが多い。これは故意的だ。受け確実と思ったジョークを連発する気配と似ているが、会話内容は普通だ。

 珍しく、ルキウスの応対にもうその気配が強く混じった。


 ルキウスは、百回死んでも百回復活して鍛えれば強くなれるものですよ、のような無茶な話に無反応なときがあり判断に迷うが、ジウナーに対する彼のオーラはすぐに落ち着いた。精神を安定させ、乱れを外に出さない技術だ。これは普段の会話ではない傾向。

 ジウナーを警戒している。それはトンムスも同じだ。


 著名な学者が唐突に動くとなれば、何かの意図がある。彼の場合は、中央の依頼を受けて西部を探っていると思ったほうがいい。


「さて、もう食い終わったし、時間だ。ここは新しいのが多くていい。最高だった」ルキウスは店主に言って店を出る。


「おう、来いよ」店主が鍋の灰汁を取りながら見送る。


「また来る」

「私もまた!」


 ジウナーがルキウスを追い、トンムスが続いた。


 外では子供たちが待っていて、ルキウスは、魔法でふわふわと浮く口をくくった水袋を投げてやった。子供たちは、半日ほど浮くこれで遊ぶ。


 彼らはコフテームを出て、森に入り、ルキウスが木を移動させて作った道を歩く。老成した自然祭司ドルイドには、動植物に知性を与えるというが、彼は林ごと動かして簡単に道を作った。

 

 この道を数キロ行くと、地下へ降りる石のスロープへつながっており、今も積み荷がない荷馬車が出てきた。その近くにあるネココのお店には、商人が列を作っている。

 店の近くにはコフテームから派遣された衛兵がいる。


 ネココからはなんの情報も得られない。彼女は常時うその気配がある。常時だ。この店は森をさまよっており、必要な時だけこの場所に出現する。


 ルキウスはネココのお店の横口から中へ話しかけた。これは正面の果実を求める列とは別の要件だ。


「切符だ。三人分」

「金貨千枚なのでーす」


 ふたりの動きが完全に止まる。ふたりは二秒ほど微妙に頭を傾けた状態で動かなかった。永久に停止していそうに思われたが、ルキウスが残像になり、バガーン、ジャラジャラと金属的な音がさく裂した。


 ネココのお店の中に金貨が散乱しており、壁に当たった金貨は潰れて割れている。ネココはブギャ! という声を出して壁にぶつかっていた。

 ルキウスは何かを投げた体勢になっていたが、すぐに元の姿勢にもどした。


 衛兵がどうしたものか困惑している。おそらくルキウスの動きが見えていない。トンムスもこれほど速いルキウスは初めてだ。


「枚数はあとで数えてください」


 ルキウスが普通に言った。

 ネココがむせている。のどに直撃をした金貨がめりこんでいる。彼女はそれを取ると、恐ろしい速度で懐にしまい、シャーと威嚇音を出した。


「痛いのです!」

「切符」


 ルキウスは無感情だ。ネココは緑の野菜をふん! とルキウスの手にたたきつけた。

 彼はそれを握り、消耗した様子で戻ってきた。ジウナーが聞く。


「知り合いですか?」

「ええ、まあ。金の亡者です。関わるべきじゃない。これが切符だから」


 ルキウスが、キュウリをトンムスとジウナーに渡した。


「あの……お金は?」


 トンムスがとまどった。


「金はゴミ箱に捨てただけだ。気にしなくていい」


 ルキウスが完全に本気なので、トンムスはそれ以上言わなかった。


「これをどうするんです?」


 ジウナーが不思議そうにキュウリを掲げた。


「ゲートを通過時に持っていればいい。無いと警報が鳴る」


 彼らは長いスロープを下っていく。底までの深さは三十メートル以上ある。


「遅れてきたやつは乗せないからなー」


 ルキウスが衛兵のいるゲートの前で、スロープの上へ叫んだ。それからちらほらと、急いでスロープを降りる商人がいた。


 スロープを下りゲートを超えて冷気を感じると、地下鉄のホームである。ルキウスが作ったもので、地下に埋もれていた大陸横断高速地下鉄道グラキッティーの足りない部分を繋いで悪魔の森の地下を走っているという話だった。


 天井からは、筒状の大きな一輪草がびっしり生え、花の中心が光って灯りになっていた。


 ホームには長い列車が停車しており、各車両がわずかに上下しながら浮遊していた。これを牽引するロケット状の先頭車両も浮いている。


 客車はただの荷馬車でへりの低い箱だ。客車より多い貨物車にはコンテナが積まれ、これも浮遊している。ルキウスがホームにあった最後のコンテナを持ち上げて空中を滑らせ、空いていた貨物車の上に魔法で固定した。


 ここにいる乗客は、悪魔の森の地下を超えて、帝国の未回収地にできた神の地へ向かう人々の第一陣だ。客車は商機を求める商人と、恐れ知らずで埋まっている。


 ルキウスたちも客車に乗った。ルキウスはホームへ「出るからな」と叫んだ。


「これは私も知りませんでしたね」


 ジウナーがしみじみとホームを観察している。


「深い所に埋もれているからなあ」


 ルキウスは思い出して疲れている。


「後学のためにうかがいたい」ジウナーはまじめな顔になった。「どうすればこれほどの遺構を簡単に発見できるのか? 埋蔵物があるのはわかっても、性質の判断は困難なはず。遺跡には失われた歴史も埋もれている。人種すべての失われた歴史が」

「ひたすら掘ればいいよ」


 ルキウスが言いきると、ジウナーはやや苦い感じで口角を上げた。

 やがて列車がなめらかに前進を始めた。ゆっくり加速して、彼らが体験したことのない速度に達した。そして各車両に設置された灯りが点灯した。


「これで一息つける」


 ルキウスが座った。代わってジウナーは、青い輝きを放っている先頭車両を確認しにいった。商人も先頭に群がっている。


「運転士はいませんよね?」


 トンムスが言った。


「運航は、牽引車両の機械が考えてやってくれる。トンネルが完全に直線なら、一日で森を横断できるんだが。トンネルに入った魔物と衝突したら死ぬけど」


 ルキウスが機械を取り出して床に置いた。


「なんですかそれ?」


 トンムスがたずねた。


「便利ですよ、電気コンロ。火がでないから目立たない」


 ルキウスは、鍋に水を入れ熱し始めた。さらに亜空間袋からクリを取り出し、鍋に入れた。


「さっき食べたのにもうですか?」

「ずっと暗いトンネルだ。ちょっとずつしか茹でられないし、緑の村駅まで半日退屈。運がよければ、トンネルを破ってきた魔物の襲撃があるけど」

「稼ぎになります?」

「属性持ちアリの殻は神金オリハルコンより硬いから、使えるだろ」


 ルキウスは本気で言っている。そしてジウナーは満足して帰ってきた。


「おや、大きなクリですね」

「和栗系だろうね」

「ワグリ系?」


 トンムスが聞き返した。意味が理解できなかった。


「ザメシハのクリと違う種類だ。実が大きい。ザメシハのは煎りやすい品種」


 微妙にルキウスのオーラが揺らいだ。


「それも森の奥にはえているんですか?」

「いや、西部と中央の境にあるでかい農場にあった。あそこは知らない品種が多いな」

「……盗ってないですよね?」

「ひどいなトンムス。買ったに決まってる」

「カトー家の大農場では? あそこは王侯貴族と契約で枠がないはず。生産量も品質も別格ですが、全然足りていない。かつては魔術王国にも送られていた」


「知らんが、いい設備で、でかかった。あそこは変な奴には最優先で売ってくれるんだと。まったく失礼な」

「なんです? それ?」


「最初は売らねえって言われて。農場に愉快な雑草が生えてきて、とどまらぬ口上で文句を言い続けるようになっても知らんぞとか言ってやったんだけど」

「ルキウスさんが言うと本気にとられますよ」


「そんな感じで愉快にごねてたらな」

「最近いそがしくて手足が増えそうって言っていたのに」

「いそがしいよ。で、メロル一万で売ってやるってな」

「さすがに高いな」


 ジウナーが言った。


「悩むところですかね。焼き栗の百倍じゃすまないですけど。直接買い付ければもっと安いか」


 トンムスなら貴族の物品入手の仕事でも買わない。


「で買うって」

「売る気がなくて言ったのでは?」

「言ったら、さらにメロル百万で買うのか? っていうから、買うって」

「それでも買うのか」


 ジウナーはにやにやして、トンムスは愕然とした。クリに平均年収の十倍だ。ルキウスは有名ハンターにしては慎重に金を使っていた。魔道具は実用的な物でもあまり買わなかった。奇抜な安物は買って、何かに使えないかと工夫していたが。しかし思い返せば、苗木などには金を出していた。


「そしたら、安くなって。なんか種もくれた。発芽しないんだと」


 ルキウスが小さく細い種を取り出して見せた。


「これは見たことがないが、魔力ありますね」


 ジウナーが種を様々な角度から観察した。


「魔法で発芽させるタイプだと思うが、私も知らない」

「芽吹いたら、何か教えてほしいですね」


 ジウナーが言った。


「かまわんよ。先は長い。カーブで減速するし。クリをつまみながら行こう。長旅にはつまめる物が出ないとだめなんだ」

「そういうものですか?」


 彼はたまに変なこだわりがあると、トンムスは思った。


「とにかくゆっくりと食べながら長距離を行くんだ。これが旅なんだよ」

「これ以上ないぐらい速いのに」


 ジウナーが笑う。ルキウスがクリを剥いて食べた。


「こりゃいいな」


 商人の相手などもしながら。彼らが話すことがなくなるまで話していると、日が暮れた頃に緑の村駅に着いた。ここで泊まることになる。

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