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金が無いと考える

電磁波は直進し、屈折し、回折し、干渉されると踊る

ゾト・イーテ歴 三〇二〇年 五月 二十一日 生命の木の書類部屋


 ヴァルファーとミカエリは向かい合って事務作業をしていた。ミカエリは帝国の標準防護服を着ている。彼女は、このような簡素な服を好んでいる。


 未回収地の都市にいた中央の役人の大半は本土に引き上げ、名目上は帝国の都市でありながら独立状態になっていた。

 それらは、コモンテレイなどから物資の供給を受け、経済的に東部都市群に依存しつつあった。品は、穀物、鉄くず、木材、薬品、魔術的発電機などだ。

 代わってコモンテレイに入るのは、弾薬と人だった。未回収地の軍事を、緑化機関の影響下にあるトレジャーハンターズギルドが握っている形。


 現地の対処は、神の意を解釈するマリナリがやっている。

 安全な生命の木では、物資の配分案を作成していた。配分は個人に対してであり、有力者を狙って懐柔している。その名簿の名だけでも膨大な数となっていた。


「調子はよくなったんですか?」


 ミカエリが言った。


「まあまあです。財政が破綻したので」


 ヴァルファーがさわやかに言った。

 ルキウスがアクロイドン収容所の戦利品の売却を渋っている。【モノクロ山景】は、七百万ヘラの値が付いた。実用価値はあるが、味方の視界も潰してしまうので、ヴァルファーはさっさと売ってほしい。


「そうですね」ミカエリがうなずく。「でも気分がよさそうです」


「即座に換金できる資産があるにはある」


 ヴァルファーは頭の冴えを感じていた。


 かつてルキウスが不機嫌な時、やぶれかぶれで二パーティーを同時に襲撃したことがあると聞いた。


 敵はルキウスと戦い慣れた熟練侵略者で、一パーティーでも不利な相手。しかし敵は全滅した。当時は理解しがたい結果だったが、その様子を今は想像できる。


 ルキウス単独の襲撃に、敵は隊列を広げて柔らかく構えた。ヴァルファーもそうする。狩場への誘因や別方向からの主力が来ると考えるべき状況だ。

 ルキウスが剣を使うのは、一撃離脱と、とどめの時しかない。


 そこをルキウスが普段見せない苛烈な攻めで前衛を抜ける。回復役は前衛から強化するから、いきなり突破されると厳しい。


 そして、後衛にルキウスの二刀流のクリティカルが連続で入れば、確実に死ぬ。二~三人が死んだはず。そこから敵が対処し、ルキウスが不利になる。

 やがて敵はルキウス単独だと理解する。単独なら敵が優位。


 ここでルキウスが我に返る。まじめに持久戦をやれば勝ち目がある。ここでルキウスが逃げながら戦う。動きが遅くなるようなダメージを受けたかもしれないが、いつものやり口。


 この形はルキウスを知る者なら避ける。しかし敵は回復役がいないから追うしかない。追えばいつもと違い罠がない。余計に追いたくなる。


 敵は物資を減らし、さらに死人が出る。こうなると退却するべきだが、二パーティーで意思統一ができない。判断力が鈍り、戦闘力も低下する。


 さらに損害がふくらみ全員が退却を考えると、ルキウスが転移封じをする。

 これは絶え間なく攻撃するとか、ちょっとしたつるを足に巻きつけるだけでいいから簡単だ。そして全滅。


 つまり、勢いは大事。ガンガン行こうぜ、である。ガンガン売らないといけない。ああなったら、こうなったらと考え物資を温存しても仕方がない。

 必要な物は製造すればいい。戦力は雇う。裏切り上等である。そうなったら肥料ができてラッキーだ。


 このノンストップヴァルファーを、ミカエリは少し心配していた。


「ここの倉庫に眠っている『低級品』は神代の品に匹敵するようですが」


「悪魔の森で、遺跡がありそうな場所をいくつか見つけていますが、ルキウス様はお忙しいので、掘り出せない。いくらかは売るしかない」

「三十分ほど前、年長の幼子に、動物たちとルッキーを追え大作戦をしておられましたが」


「その前はトウモロコシ畑でトウモロコシごっこをして、ドレスの娘に引き抜かれていました。見つかるまで五分もかからなかった。その前は、メルメッチと金が無いのダンスをしていました」


 ルキウスは、ここ数日の昼を子供と遊んですごしている。

 セオ・カットはこの遊びに巻きこまれている。つまり、彼にここを慣らすための期間ということになっている。セオは機械にも魔法にも詳しく、書物からの学習も速い。しかし遊べない。彼は自由にやれと言われるのが苦手らしい。


 それにヴァルファーは親近感を覚える。ミカエリは子供の面倒もそつなくみれるが、庶民に優しい姫の演技の気がする。


「それは、よいのですね」


 ミカエリは意外そうだ。


「いつものことなので」


 ルキウスは、昔からこんなときにはひたすら罠を作った。神になってからは自分の支配領域にまで攻めてくるプレイヤーはまれで、無意味に通行人を木吊りの罠などにかけて眺めていた。


 今は子供と遊んでいることが多い。生命の木、ハイペリオン村、コフテーム、コモンテレイでもでも遊んでいる。


 これはルキウスのストレスのサインだ。ヴァルファーは最近それを理解した。今のはエルディンが死んだせいだ。

 ルキウスはずっと何かやっていてわかりにくいが、やってる内容には気を付けないといけない。

 こんなことが続いた後には、彼は決まって大きなことを始める。しかし今は侵略者が来ないし、本人は帝国とは関わりたがらず、ずっと休むと言っている。


 何を考えているのかわからない。

 信仰者はといえば、マリナリは神を称えよとしか言わず、ヴァーラは働きすぎではないですかと言う。


「何が来ても大丈夫なようにしないと」ヴァルファーが呟く。


「大きな計画があるんですか?」

「いえ。子供といえば、あのドレス好きの子には気を付けないと」


「ビラルウちゃんはお世話が要らないいい子ですよ」

「完全に成人の筋力を超えてる。村のアイアよりも成長が速い。〈銃装備時経験値上昇〉などの経験値上昇系が重複しているのか。アリール族の子供たちに才覚があるのなら、適性診断の占いには予算をかけたい」


「ヴァルファー君も遊べばいいのに」

「とはいえ、今の防衛体制は破綻しています」


 ヴァルファーは無視した。


「深刻ですか?」


「事が起これば大損害は免れません。僕も死んでしまいましたし、計測からすると七百七十レベルぐらいだ」

「それって伝説級なのでしょう? それに戦場に出ると早く強くなると」

「少しもどったような、気がする程度です」


 ヴァルファーがゆっくり言った。


 アトラスの基準なら、格下をなぎ倒すクエストの経験値はしれている。大規模施設の探索、WOの脅威と帝国の星、これを最大限に考慮して準最高難度としても、三十レベル上がるぐらいだ。


 割に合わない。未知の敵と何度も命がけで戦っていては、また死ぬ。

 レベル上げは、必勝法を確立した適切な難度の敵を、より早く繰り返し倒す行為でなければならない。それができる場所はない。


「エルディンさんは、変わらず矢を放っておられますが」


「威力、射程、矢に魔法を付加する能力が落ちています。それでも千キロぐらいは狙えますが、標的が機敏なら回避され、迎撃能力があれば届かない」


 魔法の矢は製造できるが、材料を集めるのはルキウスだ。凶暴な材料たちが生息しているのは、悪魔の森と邪悪の森、そして汚染地帯。さもなくば、遺跡に期待するしかない。


 それでもエルディンはまだいい。ひと月経って死亡ペナルティがなくなったら、生命の木の上層から森の魔物を狩ることができる。

 

「とにかく、戦力を維持しているのはルキウス様とヴァーラとバカとテスドテガッチだけ」


 だからヴァルファーは資金を捻出しようとしている。


「ほかの方はそんなに悲壮感はないのですけれど」

「魔法使いが生き残り、貴重な魔法触媒もある。故に最大戦闘能力は確保されている。しかし普段の警戒には支障がある。戦うたびに宝物が消えるようなもの」


 ヴァルファーがペンに力を入れた。


「触媒には、見惚れるような芸術品もありますものね」

「なぜこうなるのか……」

「ヴァルファー君はよくやってると思います」


 ミカエリが明るく言った。


「いや、どうもね」


 ヴァルファーは何かに引っかかりを感じたが、それが何かはわからない。


「自分を責めるのはよくないですよ」


「あの帝国の星、攻撃をしのぐのは可能だった。レーザーの直接照射は反射し、熱は耐性付与で防ぎ、飛来物や衝撃は実体に有効な防壁で防げば」


 ルキウスは焦げただろうが、自己回復状態を維持すれば耐えたはずだ。


「神々の星は、人が触れえぬ神器アーティファクトの代表ですけれど」

「ターラレンとテスドテガッチがいれば、三発は耐えた。いや、あの時、エルディンだけが離れておらず、全員が一か所にいれば強引に耐えつつ撤退が」


「直径一キロ以上が焼けたと報告書にあるのですけれど」

「耐性がありますから、直射以外で即死はない。範囲が広いのは収束できていないのだと思います。発射口は小さいので」


 レーザー光線は回避しにくいが耐性で軽減しやすい。アトラスなら対レーザー煙幕もある。そして、帝国の星は紫外線の要素が強かったらしい。耐性がなければ粉々だった。


 怖いのは素粒子砲や特別に高価な実体弾で、対消滅弾や攻性ナノマシン弾などは迎撃か回避する必要がある。


「きっといいこともありますよ」

「ええ、我々が視認していた衛星が、背中側だとわかったのは収穫でした」

「そうじゃなくて、もっと前向きに……」

「光学兵器では対処しやすいほうです。マイクロ波なら全滅していた」


「まあ! そっち方面もよくご存じですのね」


 ミカエリが強引に輝く笑顔で言った。邪気がない。どことなくルキウスに似ている。楽しいことがとにかく好きで、書物より実物がいいらしい。

 そして、本心だかそうでないのかを判別しにくい。


 ただし、この理由は異なる。

 彼女は一部の趣味を除けば、好きなことと嫌いなことの境が曖昧だ。

 かつて彼女が花を眺めていた時、ヴァルファーが「花がお好きですか?」と言うと「皆が好きだという物だから好き」と答えた。おそらく好きではないが、本人の認識では好きだ。


 自分の感情と公的な意見との間に境がない。だからなんでもできるし、蟲と接続できたのかもしれない。


 ルキウスは嫌なことはやらない。しかし、一の楽しいことのためなら、百の嫌なことをやる。文句が多いがやる。落とし穴掘りとかだ。


 この性質のせいで、ルキウスは享楽的だが非常に我慢強い。強いプレイヤー相手には、長期戦をしかけ失敗を待つ。闘争心もある。一度負けれればなにがなんでもやりかえそうとする。しかし執着が強いわけではなく、イベントにでかけてそのまま忘れていたりする。


 負けた時にサポートを集めて会議を開くが、意見に興味はないらしく、ひたすら地形図を見ながら罠を作っている。工夫して攻略する対象を求めているようだ。

 このようなルキウスのフレンドも知らない姿を、サポートはおりおりに見てきた。それでもよくわからない。彼は必要でない限り、計画を誰にも語らない。


「しかし……本当に変な順番で死んだものです」


 ヴァルファーにとっては、つくづくといった感じだ。


「変な順番、ですか?」

「被攻撃頻度が高い前衛ではない者、隠密性が高く狙われにくい者から死んでいる。それも生存しやすい環境で。エルディンは接近戦が苦手ですが、接近されない。魔法で追跡妨害もできる」


 エルディンは、ルキウスの対人戦によく参加していた。索敵外から一方的に射れる。もしそれに釣られれば、罠とルキウスの側面攻撃を受ける。


 もっとも、完成されたパーティーには、安い矢は嫌がらせにしかならない。それでも起用されるのが彼だった。それだけ殺されにくい。だが死んだ。


 拮抗した集団戦なら、死ぬのは集中砲火を浴びた盾役、突出した攻撃役、盾役がかばいそこねた後衛が死ぬ。そこにエルディンは該当しない。


 やはり変だ。ルキウスたちの戦力が圧倒的で、普通の戦闘で殺すのが難しいと納得することはできるが。


 ヴァルファーは新しい記憶をたぐった。


 コモンテレイ防衛線で魔法使いは単独で前線に出た。

 森を盾にしても非常に危険だった。こちらは敵の情報がなく、敵は魔術師が前線に出ていると認識した。精鋭の奇襲と砲撃支援が重なれば死亡はありえた。

 しかし全員無事だった。危機にすらなっていない。常に退路はあった。


 代わりに死んだのがヴァルファーと、メルメッチに斥候ペット部隊。


 単独行動時の斥候は危険にさらされるが、あの時の彼らは敵陣を正面突破できるほどの戦力があった。それが全滅した。

 メルメッチはおそらく仕事を成したが故に死んだ。敵陣への浸透に失敗していれば、いくらかの損害を与えて撤退したはず。


「確率が反転している」ヴァルファーが呟く。


 誰よりも死ににくい男がなぜ死んだのか。納得が必要だ。


 長距離射手が一対一で撃ち合うことは、実戦では起こらない。見つかったらすぐ逃げるからだ。収容所にいた帝国軍の狙撃手はそうした。


 しかし、エルディンは脱出支援のために退却できなかった。場所が帝国深くで、事前情報も戦力も不足していた。それがあの状況を招いた。


 ルキウスは進んであそこに行ったわけではない。彼は危険を恐れないが、楽しくないことはやらない。あきらかに行きたそうではなかった。


 それでも行ったのはセオ・カットを連れてくるため。サンティーが彼を望み、ルキウスも信用できる人材の補充を望んだ。


 彼女はここに適応すると、ここに避難させようとした。正確には、おいしいものを共有しようとした。自分がここについてよく知っていることなどを自慢しようした、というか今している。すごくしている。


 なぜ彼女はここにいるのか?


 始まりは、あの小さな前哨基地にサンティーがいたから。

 彼女は、カサンドラが主様ぬしさまに似合う輝きと言って連れてきた。その意味はわからないが、確かにルキウスの友人に多いタイプではある。


 その後もルキウスは友人を増やそうとし、あまりうまくいっていない。コフテームの子供には大人気だが、ここの子供には嫌われている。ヴァルファーはかまいすぎだと思う。


 コフテームの気風は、ルキウスと合う。おそらく、この世界で一番彼に合う。


 ヴァルファーはペンを止めた。


 ルキウスは森の専門家で、森を愛している。しかし、侵略者がいない退屈な森でじっとしてはいない。


 侵略者は重要で、彼の生きがいだ。

 手間をかけた罠が不発に終わった時、ひどくうなだれる。五分ぐらい。


 なじみの侵略者が姿を見せなくなると気が沈む。何がまずかったのか、もっとおもしろい罠で殺してあげればよかったとか後悔する。そして悲惨な罠が開発される。基本的に虫が多い。

 久しぶりに来たりすると、特別にもてなされる。半数は二度と来なくなる。また後悔する。


 一部は定期的に罠を受けに来るようになる。彼らは、ここで人生の道が開けると主張する。この意味はよくわからない。ルキウスも首をかしげる。


 とにかく侵略者は森とセットだ。

 ここには侵略者がおらず、すべてが不明だった。ルキウスは絶対にじっとしてはいない。


 案の定、彼はザメシハのコフテームに向かう。森の近くの大都市。来訪者が多く、活気に満ちあふれ自由な気風、情報収集には好条件だった。


 森の周囲でも、どんな敵が潜んでいるかわからない。部下は反対したが、彼があるじであることを無視すれば当然の人選だ。


 そもそもルキウスは調査が得意だ。お供が誰であれ、森に面した都市ならルキウスが行く。マリナリを帝国にやる必要がなければ彼女もつけるべきだったが。


 たまたまシュットーゼの蜂起とぶつかる。おかげで貴重な資料を入手し、世界の理解が進む。


 いや、偶然ではない。


 コフテームは最も多くの成功が集まる場所、様々な組織の様々な陰謀が集まる都市だったはず。

 陰謀は裏道に溜まるもの。それらは多少の関りあいがあったはずで、その一番大きなものと衝突した。あれでなくとも、必ず何かとぶつかったはずだ。


 タイミングが多少違っても、森の付近で騒乱があればルキウスは参戦した。ルキウスがどのような行動しても、シュットーゼとは絶対にぶつかる。

 

 ヴァルファーのペンは止まったままだ。


「新たな地で、未知の魔術師の国を発見した。内情調査に誰を送りますか?」


 この質問に、ミカエリはかすかにとまどった。


「……魔術師か、商人でしょう。こっそりと探るなら、商人に偽装した魔術師でしょうか。でもあの国のことなら、紹介状の無い商人は王都では身動きできないと思いますよ。魔術師なら力量を示せばすぐに身分証がもらえたはず」

「ちょっと探って固い印象はありました。歴史があるからですかね?」

「町も城も古びています。人も古いのです」


 スンディには老いたターラレンを送った。腕利きで、知識が豊富だとわかる外見の魔術師。彼が魔力をたぎらせるだけで、動物が逃げ、かまどの火は暴れる。

 そして戦争、脳憑依虫ブレインディペンデンスワームの反乱。


 解決法はわからず、予知に頼る。どうにか解釈して場所や人物を求め、アリール族の村を見つける。そこで健在だったのは、マウタリとシュケリーだけ。

 ふたりに何事かを起こしてもらうしかない。これを支援して様子をみた。


 テスドテガッチがまず支援候補に挙がった。彼はめだち調査に向かず暇だった。ひとりでは不安だったので、やむなくエヴィエーネを付けた。ターラレンは魔術師を保護する役割をおった。


 そしてマウタリは救国の英雄として認められる。国が混乱した状況で、中央の役人も旗頭を求めていた。中央に、王位継承権上位の者がいなくなったからだ。


 この騒動で、ミカエリが来た。ヴァルファーの仕事が楽になった。それはどうでもいい。

 いや、よくはない。彼女は身内ではない。普通に物事を進めれば、この状況はない。


 ヴァルファーが視線を書類から引き揚げた。ミカエリは仕事に集中していて、髪が前に垂れている。可憐だ。

 魔術の素養があるから、数字も図形も得意だ。儀礼にも詳しい。

 高価な印象の服は好まない。いつぞやかは、葉っぱに覆われたギリースーツで仕事をしていたが、事務作業には無理があると思われた。


「どうかしましたか?」


 ミカエリが書類作業しながら言った。


「いえ、何も」


 ミカエリはかわいいので特に問題はない。


 テスドテガッチは守ることに特化しているから、マウタリの護衛に適した。そして森の狩人でしかない彼には、武力が必要だ。ターラレンは中央の魔術師を強化するのに、盛んに術を伝授したが、役目は諜報と警戒だ。


 だから、アクロイドン収容所に送れなかった。テスドテガッチは探索にも隠密行動にも難があるが、緊急用に憑依させて連れていく判断はあった。

 しかしルキウスは盾役に多芸さを重視してヴァルファーを選ぶ。レベルが上がればという計算はあったはず。

 ターラレンは拠点を焼くにはいいが、探索には向かない。


 あの状況で投入できた戦力はあれぐらいだ。未回収地にも戦力が必要で、機械部隊の指揮官であるアルトゥーロが残った。彼ひとりで複数の機械を扱える。

 メルメッチは単独で使うには危険なレベル。エヴィエーネは爆発する。カサンドラは緑の村を管理している。


(あれが現実的に投入できる全戦力。だからエルディンは死んだ? あれでうまくいったほうなのか。どこかがひとつずれただけであの結果はない)


「偶然にしては。気に入らない」ヴァルファーは呟き、「我々のような者が出現するのはなぜだと思いますか?」


「え? お城を出たいお姫様を引退させてくれるためだと思います。ふふ」


「そうかもしれない」


 ヴァルファーがまじめに返したので、ミカエリはおもしろくなさそうだ。


「ルキウスさんはなんと?」

「なんらかの因果の結果と」

「神の導きではないんですね」


 ミカエリはふふと上品に笑った。可憐だ。

 ヴァルファーはペンを動かした。仕事は多い。


「財政破綻はさておき、帝国にはどう処するべきですかね?」

「こちらから使者を出すべきでは? 帝国はおびえていますよ」

「未回収地を緑化するとは伝えています。どう解釈されたのかは不明ですが」

「要求をするべきでは?」

「ルキウス様が何もできないから放置でいいと言うもので」


 きっと仕事が増えるのが嫌なだけだ。帝国との交易が本格化すればそうなる。今でも、無許可で未回収地に来る者はそこそこいる。


「調査の人員は送られているでしょうし、使者もいずれは来ますよ」

「皇帝は多くの政策を実現していますが、人前では口数が少なく、人柄が読みにくい」


「ご自分の政策で大国を牽引してこられた方、お父様とは違う。今の東側の君主は皆そう。近いのは、自ら南大陸との航路を開拓した紫海王国の先々代ぐらい。なら、自分で何事かなさりたいのでは?」

「形式的に何か与えろと? 未回収地を正式に放棄して交易してくれればそれでいいのですが」

「私は、おびえた相手には言葉が必要だと思うのですけれど」


 ミカエリが言うと、外壁からバンッと音がして、ルキウスの顔が窓の外に現れた。


「ヴァルファー、ハイペリオン村に行ってくるからー」


 ヴァルファーが彼に意見を求めようとしたが、ルキウスは一瞬で姿を消した。


「逃げられました」

「そうですね」

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