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収容所10

 うねりはさらに大きくなり、坑道全体がじゃばらのように弾んで彼らを打ちつけた。その動きはやわらかく見えるが、当たると固い。


「潰される!」


 サンティーは動転して髪に電気を走らせた。


「威力はない。埋めにきている」


 ヴァルファーは後方を警戒しつつ冷静。


「奥しかないね」


 アブラヘルは頭を下げてそそくさと走る。


 敵とのあいだに厚い岩盤があり、占術が効かず位置もわからない。進んできた坑道は潰れた。だから戦域を離脱し射程外に退避する。妥当な判断だ。敵も無限にこれをやれるはずはなく、消耗していく。

 この現象の大きさを考えれば何度もできない。


 たまにある低い天井や突起した岩を避けつつ、ソワラが杖を光らせて照らした道を駆けるが、坑道ならば行き止まりがある。道はわからないし、下手をすると入口へもどりかねない。


 幸いにも それには当たらなかった。まだ坑道に入って浅い。太い道が多く、サンティーがある程度先の地形を認識できるからだ。

 一分ほど走ると岩盤が迫ってくることはなくなった。そこから少し歩いてからおちつく。


「一度上に離脱するかい?」


 アブラヘルがしずくの垂れる天井を見た。


「瞳は地下のはずです。敵の増援が来ると面倒です」


 ソワラは坑道の先を見すえた。

 ルキウスなら意味もなく坑道探検するところだが、ハエなので何も言わない。


 坑道内で反響している。

 ブオーンォーンと大きな振れ幅がある音だ。これが振動による索敵であるとサンティー以外は理解する。


「地下向きの魔法、もしくは魔道具が配備されている」


 ヴァルファーが言った。


「ここはまずいね。音はルキウス様に――」


 アブラヘルの声はソワラが消した。彼女は静寂の短杖ワンドを手にしていた。


「〔静寂/サイレンス〕」


 周囲から音が消える。音波攻撃は無効だ。

 もっとも虫かごはゴンザエモンの戦技に耐えるレベルの強度がある。


『そう悪くはない』ヴァルファーが状況を分析する。『敵は少数で、人ごみは避けた。ここで騒乱は起こしたくないし、囚人は彼らの味方ではないということだ。そして彼らもWOの暴走を恐れている』


『ここ、別の坑道につながるみたい』


 アブラヘルが壁を押すと、一部が向こう側に崩れた。坑道がぐわんぐわんとねじれた影響で、隣り合った坑道が接続されている。

 いくらか土を掘りぬく魔法を発動できる短杖ワンドはある。銃撃されたとき、竪穴に避難するのは有効だからだ。アブラヘルがその短杖ワンドを出した。


『どんどん掘って、適当な採掘者を捕まえましょう』


 ソワラが壁を押して破壊して進む。

 場所を動いて、音がもどってくる。彼らのかすかな足音が何度か響き、ボーン! 彼らの頭の中を轟音が抜けた。頭の中で数百のバスドラムが一斉になったようだ。


「ぐえ!」


 彼らは耳を塞いで走ったが、定期的に轟音が追ってくる。


「この距離でも捕捉されている!」とヴァルファー。

「揺れてるぞ」


 サンティーが言うなり、壁の中からつぶてが襲いかかる。音もつぶても威力は低いが、延々と継続してくる。敵の気配はない。それゆえ、反撃できない。


 ヴァーラがいれば、大量の土をそのまま押し返したし、マリナリでも一定の対処はできた。ターラレンなら土をマグマに変えて支配下においた。


 彼らがいないのは、ここに地中戦の担当がいるからだ。

 そのルキウスは、ハエの足先の味覚を試したりしていて、外には無頓着で、猛烈に揺られても虫かごから離れないハエの粘着力すげえなと思っていた。


 ついでに頭のすみのすみでは、音消しても、敵の認識範囲が広ければ位置はばれると思っていた。消音範囲が動くならその中心にいるし、敵に地の利があれば、どこから範囲外に出るか予測して、すぐに攻撃できる。


 この場合、消音効果を継続して、その中で絵しりとりでもやればいい。長くじっとして根競べをしていれば、敵が確認に来る。そこを叩けばいい。


 部下はそんな悠長なことはしないので、音の対策を優先していた。岩は防御すれば軽減できるが、脳を揺らす音は魔法を暴発させかねない。

 静寂サイレンスは場所にかけている。つまり土で押し流されると効果の範囲外に出る。その直後に狙ったように大音量が爆発が至近でおこる。

 状況の悪化にパーティーは苦い顔をする。


「そこらに観測機がないかい?」


 ヴァルファーが言った。


「機械は絶対ない。岩の中でもわかる」


 巨大な岩が押し寄せ、彼らを潰そうとしたが、速度はないのでかわした。ただしそれで道を塞がれてしまった。袋小路だ。アブラヘルが穴を拡張して進むが、別の坑道につながらない。


 道を封じられ、岩盤を突き抜ける攻撃が来る。さらに音響。一方的に攻撃を受けている。弱い攻撃とはいえ、危機的ではある。


「ここは帝国で地獄と呼ばれる収容所ならば、やれる」


 ソワラが何かを思い立ち反転した。ヴァルファーが察した。


「え? ちょっと待て」


 ソワラは聞いていない。彼女の杖が巨大な魔力を貯めていく。


「ルキウス様!」

『なるようになるだろ』


「身のほどを知るがいい地底を這う害虫が」ソワラの杖の先に、銀の輝きを持った円盤があらわれ、その中心が輝きを貯めていく。「くたばれ! 〔名所破壊光線/ランドマークデストロイビーム〕!」


 円盤から光があふれ、ボワッと空気が膨らみ、一面はひたすらの白になる。ソワラの前の岩盤が赤熱し、その赤が垂れつつ広がっていく。


 ヴァルファーが慌てて〔対光線盾/アンチレイシールド〕を発動した。盾の力場を坑道を塞ぐように展開して、ソワラとパーティーを遮断した。


 黒と白の混じった噴煙が沸きあがり狭い坑道を走った。光があっても何も見えない。大変に焦げ臭い。

 光が徐々に弱くなり、杖から出る光線も細くなっていく。そして消えた。


 ソワラの前に赤く溶けた外壁を持つトンネルが開通していた。どこまでも一直線に続いている。大魔法にふさわしい威力と、その光景にソワラは得意そうになる。


「やれやれ、知名度不足ですねえ」


 ソワラが足を浮かせた。トンネルの中を飛行で一気に抜けて敵を叩くつもりだ。


 しかしの爆音。ソワラの頭の中を四方から押しつぶすように音は響いた。ソワラが一歩よろめいた。個人を狙った精密攻撃だ。周囲にはほとんど音がしない。


 一拍遅れて、周囲の壁から石の槍が多数突き出した。それをゴンザエモンが切り払う。

 開通したトンネルは、入口側から崩れて塞がっていく。溶岩のトンネルが崩壊し、今度は溶岩を含んだ土石流が押し寄せる。

 ソワラは踵を返して奥へ逃げた。


「だからやめろと言ったんだ!」


 ヴァルファーが強く言った。彼も逃げる。


「頭が痛い」


 サンティーが頭を抱える。


「〔音属性保護・物体/プロテクション・サウンド・オブジェクト〕」ソワラは虫かごを音から保護して、厳しい表情で走った。「我慢しなさい。妨害系で威力は知れてる」


『多くの音を出してやれ。聞かれているんだから』


 ルキウスがぽつりと言った。

 アブラヘルがすぐに応じる。


「〔バカ騒ぎの足音/ノイズィー・ウォーク〕」


 洞窟を歩くのに似た音が、坑道のあらゆる場所から発生した。裸足からヒールの音まで非常に多様で、音が走り回っている。音の照準があまくなった。こちらを見失っている。ただし、押しつぶそうとする岩は変わらず壁の中から押し寄せて襲ってくる。地面の揺れと、岩の突撃がほぼ交互にきている。


「音使いをやるよ」


 アブラヘルが巨石をやりすごして最後尾に下がり、息を吸いこむ。ソワラが彼女を外してに静寂サイレンスを発動させた。


 魔女の口から、表現しがたい不愉快な高音が飛び出した。〔死の絶叫/デス・スクリーミング〕だ。




八十二番坑道 入口近辺


「ははは、は」


 ペラーヨの乾いた笑いが八十二番坑道の入口でしていた。白服の中でも浮いている彼は、普段から異様な言動で近づきがたく感情表現も総じてそのようだが、今は単にのどが渇いてる。マジックポーションを飲み魔力を回復させる。


 八十二番坑道は管理されていないので入口には人が少ない。

 それでもなんらかの出来事を察知しての見物客がいくらかいたが、岩盤をぶち抜いた光が生んだ高熱が部屋を覆うと、すぐさま逃げた。あの光は数百メートルは突き抜けた。多くの区画で混乱がおきているが、彼は興味がない。


 彼がここに来たのは気まぐれだった。

 彼がいつものように制作した砂山を、近くを通った集団が足を引っかけて破壊した。


 別に特別なことはない。

 彼は制作中の砂山や彫刻を破壊されると、彼自身が何をやったか覚えていないほどに暴れるが、作りあげた直後に破壊されてもなんとも思わない。作った時点ですべては終わっている。終わった物には、垢ほどの価値もない。


 それでも、破壊したのが非魔法使いで、起きてから目にした壁を構成する岩塊の模様がどことなくしっくりこず、踏みしめた石の感触にも納得できず、すこぶる気分が悪いときなら、気まぐれに破壊者を叩きつぶしたかもしれない。


 今日はそうではなかった。破壊者が囚人でないのは気配でわかった。独特の強力な気配をしている。彼らがどんな石でできているのか気になった。それだけだ。


 そしてふらふらと尾行していくと、侵入者らしいと教えられた。誰に聞いたかは覚えていないが、危険な相手の可能性があるのは認識した。


 それでも追跡対象に、敵という感情は持っていない。

 興味の対象を岩に包んだり、突き刺したりすればどんな感触なのか、気になるだけだ。


 それだけに集中しているので、近くで頭を押さえて転がった地獄耳のゴーンにも興味はない。それを心配しているセオ・カットにも。

 さらにあのすさまじい光線を受けた囚人と看守との連絡係にも。


 上から来たシンダネン心覚少佐は、壁際で体を小さくして防御体勢になっている。彼の連れてきた部下二名は、あのすさまじい光線が運悪くかすめた。どちらもなかば炭化して死んでいる。


 シンダネンがここにいるのは事態の重大さを語っているが、ペラーヨは坑道入口の岩をぺたぺた触り続けた。


 セオ・カットは不気味な気配で立っているペラーヨを無視して、ゴーンの介抱をしていた。ゴーンがいきなりギョエと聞いたことのない声を出して卒倒し、眼球をけいれんさせているからだ。


「ゴーン、どこをやった?」

「う、あ」


 ゴーンが化け物を見た形相で胸を押さえた。フ、フと呼吸もおかしくなっている。


「心臓か!」


 セオがゴーンの胸に耳を当てると、心音が無い。彼はすぐさま手を心臓に押しつけ、自身の力をゴーンの体の中に入れ、心臓を活性化させた。すぐに鼓動を再開した。どうにかゴーンの呼吸は治ってきた。それでセオはようやくシンダネンを気にした。


「わざわざ上から来られたところなんですが、これをなんとかするのは難しいですよ少佐」

「そうらしいが……侵入者の対処も君たちの仕事ではある。希少例とはいえ」


 シンダネンは顔色がもどり、どうにか体裁をつくろった。


「侵略者では?」


 セオが厳しい目を向けると、シンダネンは手で制した。


「言いたいことはわかっている。一時間もすれば本部の特務が来る。それまで捕捉できていればいい。君が復帰する時には、確実に階級が上がるはずだ」


「復帰ね……」

「……聞かなくては」


 ゴーンがゆっくり半身を起こし、耳の領域を展開した。


「ここを離れたほうがいい。下りてきた戦力があのざまだ」


「人はひとりじゃ喋らん。独り言は信用するな、あれは酔っ払いの虚言だ。知ってる奴は話さない。知ってる奴同士も。大事なことをペラペラ語るのは寂しがり屋だけ」


 ゴーンの聖典を読むような口ぶりに、セオはため息をついた。ゴーンはもはや聞くことしか頭にない。


「距離をとっても位置はわかるだろ」

「知っているか?」

「何が?」


「散らばった断片。これこそが世界、世界とは割れている。けして連続していない」


 ゴーンはより感情をこめて続けた。


「もどかしい。いじましい。ああ、想像で埋めているあいだのほうが楽しかったりする。つながったら、納得したら終わりだ。そんなものに何の価値があるってんだ。ええ! たどりつけぬ。答えはいらない!」


 ゴーンの声量はいつもより小さいが、感情は籠っていた。


「悪い癖が出てやがる」


 セオはあきらめるしかない。


 ペラーヨはとぼとぼと歩き、坑道入口付近の岩を触り続けている。

 これは石の言葉を聞いているのだ。ただし魔法使いが動物と話すような行為とは違い、ほかの土使いはできない。

 彼だけの超感覚で、芸術的な感性だ。それで大地に加えるべき力を決めている。

 ペラーヨは何かに納得し、壁に力を込めた。見えてる範囲では小さく岩盤が動いただけだが、力は長距離を伝って大きな現象となっているはずだ。


 この力の使い方が無理があると周囲の超能力者全員がわかる。脳と血管に負荷がかかって、力が体内で弾ける。脳や心臓で大きな爆発があれば即死もある。

 天井からポロポロと小石が落ちてくる。




 この衝撃はルキウスたちを襲っていた。坑道全体が一気に崩壊し、すべてがなかば形を保った状態で押し流されている。全員の下半身が土の流れに埋もれてしまった。


 さらに流れる土は少しずつ彼らを圧迫してきている。

 幸いなのは、硬い岩盤に押し付けれられるのではなく、すべてが緩くなっていることだ。

 広大な範囲の岩盤が流体化し、いくつもの坑道を巻き添えにして、どんどんつながっては崩れている。


 ヴァルファーが盾を掲げ空間を維持しているが、ゆっくり下へ下へ流されてもいる。


『友よ、生物が密集している場所がないか?』


 ルキウスがサンティーに語りかけた。彼女はすばやく周囲を確認して答える。


「ハエは小さすぎてな」

『そうじゃない。十センチ以内の爬虫類や虫が密集している場所を探せ。この近くにあるはずだ。ここは不自然にハエが多い』


 彼らの周囲には数匹のハエがいる。新たな坑道を巻き込んだどこかで、ハエが大量にいたはずだ。ヴァルファーの盾の裏にもハエがいる。


「ここになんたらがあるって?」

『動いたり止まったりしているはずだ。つまり電磁波の強弱が変化している』


 サンティーが少し集中してから指さした壁には、わずかに隙間があった。


「あっちかな。小さな塊を感じる」


『ソワラ、かごを開けて、音波保護だけくれ』

「ここでですか!? 潰されます」

『万全を求める段階でもない。ここに攻撃的なWOをけしかけられたら終わる。お前たちは杖があっても大雑把にしか土を動かせんだろ。近くにある』


 ソワラがしぶしぶかごを開け、〔上位・音属性保護/グレーター・プロテクション・サウンド〕が発動し、ルキウスを保護した。


『じゃあ行ってくる』


 ルキウスハエが飛び立った。崩れた坑道の天井近くにある隙間を飛んで隣の坑道へ抜ける。人には認識できない隙間でも造作なく通るサイズだ。


 無論、危険でもある。この暗い回廊でコウモリにでも出くわしたら終わり。

 しかしそのようなものはいない。外とつながっていないせいだろう。


 いるのは虫だ。地下でも小さな甲虫がいるようで、羽音がしている。

 子供が捕まえて喜ぶような虫は脅威ではない。大人が殺虫剤を使いたくなる虫も。それらはハエより大きく鈍い。だから襲ってこないし、来てもかわせる。


 すばらしいハエの目で視界は広い。はっきりとは見えないが。


 脅威となるものを避けて空間の中央を飛行し、お仲間のハエを見つけた。壁にもけっこうとまっている。


 ブーンと飛来した何かを機敏にかわした。気流は影響は強いが、進む。

 ハエの密度が高まっている。視界内に二十匹はいる。ブンダの瞳へ近づいている。ハエがより増える。もう数える気もない。


 そして見つけた。ブンダの瞳ではない。横穴だ。そこからは次から次へとハエが発生して、それを食べにきたヤモリがそこら中にいる。


 さらにヤモリを狙っているのか、大型のムカデやクモも付近にいる。

 空中で機動し、横穴を探ると中では無数のハエがさまよっており、ヤモリが球体に張り付いて、ハエをむさぼっていた。ムカデで撒かれているヤモリが一体。


 大量に繁殖させた虫の中に潜んで敵を待ち伏せする彼でなければ、絶叫しそうな光景だ。


(おお、こいつはヘビ―だな)


 彼は狭い空中を行ったり来たりしながら、周囲を探った。球体は黒い虫の死体まみれわかりにくいが、ブンダの瞳に違いない。表面からハエが発生している。


 しかし、多くの虫とそのブンダの瞳しか見つけられなかった。


(こいつは予定外に予定外だが、ひとまずは)


 ルキウスはレジャー感覚でブンダの瞳へ突っ込んだ。全速で行けば一秒の距離。とはいえ、接触地点は選びたい。ヤモリとて食いつく速度は速い。運悪くヤモリは反応した。ハエが多すぎてどれを狙っているかなどわからない。しかし、開いた口の中がよく見える。そして――




 ペラーヨは大きく壁から離れた。さらに後ろ歩きで三歩下がった。


「ハア!」


 ペラーヨが力をこめると、彼の足元を含め、部屋中の床、天井が、彼の見すえた壁に吸いこまれた。流砂が横になったようだ。

 その流れが急に減速し、静止した。そしてその中央が爆発した。部屋中に土と石が降り注ぐ。特に壁の中央が、大きくえぐれて巨大な石がいくつも飛び出し、大穴が開いた。


 そこから飛び出したのはルキウスだ。ペラーヨがそれをにらみつけた。


「カアァァ! お前大地を吸う! 動かすな! 動かすな!」


 ペラーヨの叫びは一目で狂人とわかるものだった。その腕はルキウスを向く。


「待て! そいつは!」


 ゴーンが警告したが、ペラーヨは力を行使した。ルキウスの周囲の地面と天井がルキウスに襲いかかり、一瞬で包みこんだ。それがどんどん圧縮されていく。


 これにペラーヨは目の下に影ができる不気味な笑顔になったが、かすかな違和感に表情を変えた瞬間、顔面を強打され倒れた。彼は鼻が折れて出血しており、意識を失っている。


 岩石に化けていたルキウスが彼の近くまで転がっていた。そこから変化を解いて攻撃したのだ。


 ただし、シンダネンは読んでいた。岩石だった時点で彼の操る水がまとわりついている。この地下には水も多いのだ。


「溺れろ」


 ルキウスの体にまとわりついた薄い水の層が、するっと口から肺に潜り込む。手慣れた早業だ。

 人が水中でもつのは肺の中に空気があるおかげ。水で肺胞を塞がれれば即座に溺れる。

 シンダネンは敵が窒息するまでの数秒を耐えればいい。彼は決死の覚悟で身構えたが、ルキウスがブッと鼻から水を噴いた。


「呼吸は趣味だ」

「ばかな」


 シンダネンは驚くも、すぐに肺の中の水を操る。やわらかい体内に兵器がある。多少のダメージは通せる。しかし――水が無い。体内に送った水が消失している。


「水分補給にはいいタイミングだった」


 なんの工夫もないルキウスの右ストレートがシンダネンに顔面にさく裂した。シンダネンがその場にくずおれる。


 ただし、ルキウスの右肩と左足が動かなくなっている。シンダネンの体から突き出た思念の糸が、接近した際に二つの部位に刺さっていた。


「なるほど、〔概念刻み/コンセプトカッター〕。手練れ」


 セオは糸のように伸ばした思念の剣で、【動き】の概念を切断した。それも直接ではなく、剣をシンダネンの後方へ迂回させ、シンダネンごとルキウスを貫いた。


 これは、魔法の破壊にも使える。火魔法から熱の概念を奪って、いくらか冷やしたりする。

 敵が少数の魔法戦ではかなり有利になる能力だった。


 しかし、ルキウスはなんの不具合もなくセオのほうへ向き直った。潰れたはずの右肩と左足は普通に動いている。

 これは傷ではないため、普通の回復魔法では治らない。攻撃の性質を知っている。


「降伏したほうがいいかもしれんが」


 ゴーンは穴から別の音が来るのがわかっている。彼は座ったままで戦意がない。


「お前は何者だ?」


 セオがいかにも怪しい覆面マスクに言った。


「救世主だよ、多分な」


 ルキウスがけだるげに言った。


「お呼びじゃないな。ここには多すぎる」

「悪いが急がせてもらう」


 ルキウスが軽く体を左右に振って、セオへ走る。

 セオは単純に速く強い敵を苦手としている。思念の剣は変幻自在で極めて魔法的な力を行使するが、物理的に接触させる必要がある。


 多くの超能力者が対処可能な銃撃戦などは特に不得手である。運よく銃弾を切りつけ速度を奪っても、無機物は効きが弱くほとんど減速しない。そんなことをするぐらいなら避けたほうが賢い。


 セオは右手で限界まで太く長い思念の剣を作った。これで【生命】を斬る。これは接触した細胞に死をもたらす。

 左では網のような剣を作る。これには使い慣れた【動き】封じ。防壁のようにはしない。遠距離攻撃が一番不都合だ。

 接近してきたところでを薄く広げた網で減速させ、頭を割る。思念の剣は普通の武器では触れられない。防御できないということ。


 ルキウスの突撃にはなんの工夫もない。速いがほぼ一直線。彼はもろに網に触れて、一時停止する。セオの剣がルキウスの頭を割った。ルキウスが頭をひねって回避動作をとったので、非常に浅いがこれで十分。一センチも入れば動きは止まる。そこにもう一撃入れればいい。


 ゴン! ルキウスのきれいなアッパーでセオが宙を舞う。彼は天井に軽くぶつかって落ちた。あごが潰れ、意識は完全にない。


「脳すら致命傷ではないと知ったところでな」


 ルキウスは頭の調子を確認するように首を振って、セオに近づいて彼の近くにしゃがむ。そこにゴーンの声が飛んだ。


「そいつがセオ・カットだぞ!」

「知ってる」


 ルキウスはテオのあごに触れると、粉々になったあごを治療した。


「なんだ、つまらん」


 ゴーンは感情の読めない表情でこれを見ていた。


「お前はなんだ?」

「俺は聞きたいだけだが?」


「ああ、聞いていたというわけか、なるほど」ルキウスはゴーンの顔をじっくり見て「なら、体を頼むぞ」


 ルキウスはその数秒後、四つん這いになってすばやく歩き出した。


「ルキウス様!」


 岩石をかき分け穴から追ってきたのはソワラだった。彼女はまたハエが入っているルキウスの体を目撃した。


「なぜ、これは……しかし、つまり!」


 ソワラは自分が来た穴へ急いで引き返した。


 そして十分後、ルキウスハエが言った。


『でかいクモだったな。伝説になるレベルだった』


 ルキウスがハエの体にもどったとき、クモの巣に引っかかっており、巣の主が接近中だった。あのままいけば、糸でグルグル巻き体験ができたはずだ。


「ルキウス様が小さいだけです」


 ソワラは無感情に言った。

 彼らはブンダの瞳があった穴の前にいた。ゴーンとセオも引きずりこまれている。セオは意識が戻っておらず、サンティーが電気ショックをやるか迷っている。


 そこにルキウスの説明だ。これまでは状況を理解させるのに時間を要した。


『二つある。瞳だからな。一個壊したら、三時間に一度一分もどれるようになるんだ。この穴には一個しかない。もう一個はどこだ?』


「ああ、あんたらが言ってるのは多分な」とゴーンが言いだしたところで、サンティーにむやみに揺すられたセオが、うっすら目を開けた。

 セオは怪訝な顔で一同を見渡し、横に座るゴーンをより怪訝な顔で見た。


「これから脱獄するぞ」


 ゴーンが簡潔に言った。


「お前はどういう立場なんだ?」


 セオは身動きひとつしない。


「脱獄したら町で音聴いてていいって」

「致命的な報酬だ」

「しかもいろんな人が来る予定だって、魔道諸国も来るってな」

「もういい」


 セオはうなだれた。闘志はない。


「よかった! こんな辺鄙な所に配属だなんて、一体どんな希望を出したんだ。まったく」


 サンティーは帯電しながらセオを背後から揺すったもので、彼はあわてて振りほどいた。


「誰だ!」セオは戸惑って何度も顔と豪華な服を確認した。「サンティー・グリンか?」


「ほかの誰に見えるんだ?」


 サンティーは心から不思議そうだ。


「どういう状況なんだ……」

「かなり探したんだぞ」


 サンティーがセオの腕をとって、無意味に揺らした。


「さっきの連中だな、どういう……あの覆面……がいないような」

『ここにいるぞ』


 セオはすぐに念話の主がハエだと察した。


「意味不明だが」

「お前はいうことをきいていればいい。出たいだろ?」


 ゴーンが無責任に言った。


「とにかく助けにきたぞ」


 サンティーが胸をはった。


「助けは求めてないが」

「助けないと滅ばされるんだからな」


 サンティーは真剣そのものだった。


「君は定期的に話をきかない……おそらくその助けに来た奴に殴られたが」


 セオは思考をまとめようと努力していた。


「よくあることだ。気にするな」


 サンティーが明るく言った。


「わかった。わかったよ。とりあえず話を聞かせてくれるよな」


「帝国は滅ばされるかもしれないから、その前に助けにきたんだ」

「滅ぼされる? ハエに?」

『滅ぼさねえと言ってるだろうが』


 セオは自分の予想が当たったことを後悔していた。


「出たら美味い物が食えるぞ。肉だぞ」


「あまり食事に思い入れはな……」


「要求があるなら今のうちにはっきり言うんだぞ」


 サンティーが先輩風をふかした。


「なんつーの、こう……欲望ってものがねえのよ。元帥が言ってた、君の感情は無機質だねってな」


 セオは猛烈にソワラににらまれていた。彼は思念には敏感だ。


「いや、行くよ。行けばいいんだろ? 別に行かないとは言ってない。特別に行きたくはないだけで」


『普通は未知があれば喜んでいくだろ』


 ルキウスは常識を教えてやろうという調子だ。


「そうだ、何言ってるんだ?」


 ゴーンは少しばかり責めるような目だった。


『彼女は、君をすばらしい人物で、自由で理解があるというが、説明がよくわからん』

「だろうな」


 セオはハエに同情した。


『とにかく脱獄する。よろしいな?』

「できるなら付き合ってやるよ」


『よし平和的に説得できたぞ』


「おお、すごいな」サンティーが拍手した。


「あごに強烈な衝撃を受けた記憶があるが」


 セオは不満を示す元気がなくなっていた。


「とにかく脱獄だ」


 ゴーンが元気に立ち上がる。彼は誰よりも乗り気だった。


「ちょっと待て。頭の輪っかはどうする? こいつは正しい手順で外さないとすべての記憶が飛んじまうぞ」


 セオが自分の頭をコツコツとやった。


「知ってるよ。そんなものはどうとでもなるのさ」


 アブラヘルが言った。


「ならば力ずくで突破か? まあ入ってきてるわけだしな。このアクロイドン収容所の底にまで」


「しかし、外すのに万全を期すなら、ブンダの瞳を先にやるべきでしょう」


 ヴァルファーが言った。


「とにかく順番に説明してくれよ」


 セオが非常に深いため息をついた。

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