収容所8
ふたりの刀が当たるたび闘気が高まるが、まだ前ほどの圧力はない。ジンが軽く斬りかえし、簡単に払われた。小手先の技では軽すぎる。
両者がわずかに離れて構えを変え、鋭い剣閃が行き交った。
ジンは斬りこみを完全にしのいだ。機装に負担がかかって、ずしんと重さを感じる。
前回と違う。やれている。前回は片腕が大破していた。
さらに、その剣は想像の中で幾度も見た。単独で抑えうる。牛頭と姿が消した敵が問題だ。彼の意識がそちらに割かれた時、
「泥虻」
鬼の軽い斬撃と同時に刀から泥が散る。泥が広がってジンに迫り、彼はとっさに避けようと頭部を傾けた。泥の一部がベチャッとヘルメットに付着する。カメラはやられていない。そこに低くから迫る首刈りの一閃。
ガギィンという音は縦になった鬼切がギリギリで受けた音。しかしそのまま押しこまれた刀が振りぬかれた。ジンはかすかな振動を腕で感じた。腕装甲に切れこみができている。ジンはすぐに構えなおす。
ここまでなかった妨害系戦技。
「本気になったか」
鬼の前のめりな攻撃は続く。
「戯楽」
刀の軌道が強引に曲がった。切っ先がひょうたんのごとき曲線を描き、ジンは受けるのを諦め、前に出る。刀同士が軽く当たっただけですれ違い、全力で斬りこむ。鬼の斬撃はジンの胸部に入り、ジンは肩に一撃を入れた。
互いに前に出たため 胴体装甲を抜かれたが傷は浅い。胴体は致命傷にならない。ジンの能力が以前より高まり、機装が頑丈になっている。
そして肩への攻撃は肉に達した。勝てる。どうしようもなく思えた化け物に勝てる。
「熾盛。獄不動。冥府送り」
炎をまき散らす斬撃が視界を塞ぎ、次を受けた瞬間に全身に衝撃が走り、最後の技は黒紫の色を帯びていた。斬撃と同時に放たれた負のエネルギーが平然と機装を突き抜ける。
「ごああ」
受け太刀に成功したが、全身の筋肉にこわばりが残り、一瞬意識が遠くなった。
前回は戦技はなかった。激烈な斬りあいで余力がなく出せないのだと思っていた。あれは鬼が殺しにきていなかっただけ。
今のはいずれも超級の戦技。切れ味の増加、武器強度、身体能力向上といった剣技の延長ではなく、特異な現象を起こす技。
達人がその生涯で三つ修めれば上々の妙技。しかもそれぞれ別系統。さらに来る。
「腸絞」
完全に刀で受けたにもかかわらず、全身を内からひねりあげたように苦痛。呼吸が乱れる。
鬼が大振りをする構えをとり、ジンは身構える。
「死生不知」
鬼が呟く。なにも起きない。一瞬の間が生まれ、鬼の体がぶれ、残像が残った。ジンが反射的に鬼切を振る。それが何かに当たり、強烈な衝撃が襲う。
しくじった。
身体能力向上系、それもこの鬼が力みを要するほどの。
鬼が動くたびにぶれる。それが体を上下に振って、カメラのやや狭い視界の外側から斬りつけてくる。
ジンも応じて戦技を発動する。
〈超人機一体〉〈超機装強化〉〈心眼〉〈超力〉〈極集中〉〈超反応〉
それでも鬼が圧倒する。何度も刀が機装をかすめ、頭、腕を中心に装甲が欠けていく。機装の駆動音がおかしくなってきた。これはそう長時間はもたない。鬼も自分もだ。何度も使えるレベル戦技ではない。ここを耐えなければ。
「大佐! 右です!」
副官の声が耳に入る。
確認する余裕などない。バックステップしながら、体を縮めて関節部を保護する。
ガンと頭に衝撃。右側から複数の何かが当たった。頭、肩、腕に痛み。
左に見える壁に蒼く輝く剣が刺さって光っている。側面から複数の剣が飛んできたのだ。やったのは牛頭。剣が粒子になって消えた。
(魔法! あいつもか)
ジンの体勢は乱れている。鬼が大きく踏み込み、美しい動作で刀を振りぬいた。
「一文字」
破壊音はない。腹部に熱を感じる。
「ぎい」
ジンが歯を食いしばり斬りかえすと、鬼が軽く下がってかわした。
ジンの腹部に横一文字の傷。浅くない。
これを見た二班の隊員が鬼に射撃を開始した。それが甲冑に命中して、鬼が顔をかばうやや防御的な姿勢をとった。
風の守りが消えている。いや、鬼には最初からない。しかしこちらの射撃でも甲冑を抜けない。ジンが削った場所に当たればあるだろうダメージを嫌っている。
これならやりようはあるとジンは斬りこんだが、鬼は離れた。
鬼は追いこんだジンを無視して牛男の支援に向かったのだ。
牛男の風の守りも消えている。おそらく黒くなった時にはなかった。それでまともに銃撃を受けている。盾は強力だが、こちらの射手は多い。跳躍なども利用した多角的な射撃に押されている。その無理な状況でこちらへ魔法を撃った。確実に決まるタイミングで魔法を出したのだ。それにより彼の状況はさらに悪化した。
「下がれ!」
ジンの警告で部下が鬼から距離をとり、鬼と牛頭が合流した。
「治療を頼む」
ジンが言うと、二班の隊員が来て、機装の割れ目にポーションをかけた。痛みは引いたが、体力は消耗している。それでも再び鬼の正面に立った。
「援護は?」
と副官の通信。
「無理、火力はあちらに集中しろ」
ジンが前に出て、鬼と切り結ぶと同時に牛男と部下との戦いも再開される。
今度は銃撃だけではない。銃撃で盾を拘束し、一名が斬りこみで崩しに行く。
牛男は突撃を待たず前に出た。そして盾を手放した。盾は自動的に動き、銃撃を遮断する。
完全に一対一だ。ただし接近戦用の機装には盾がある。相手の盾がない分有利。両者が接触に備え武器を構えた瞬間、牛男は両手で剣を握った。刺突剣が一気に伸びた。それは五メートル以上伸び、ヘルメットを貫通した。突撃した隊員の額を突きぬいている。
伸びた剣がすぐにもどる。ための一瞬を狙われた。
しかしこちらも攻撃に出た瞬間を逃さない。射撃者は盾の性質を理解して位置を変えている。ガガガガ、一斉に多角的な射撃が行われる。牛男にいくらかが命中し、血を流す。すぐに盾を引き寄せて、膝を突いた。
ジンは残った力を振り絞り、鬼と斬りあっている。さらにカスカカウベが壊れ、鬼の甲冑もいくらか部品が落ち、面が割れて、少し顔が見える。
鬼はあきらかに牛男のほうを気にしている。
ジンが尋ねる。
「ほかはどこにいった?」
「さあ、用あってな。つねのことよ」
うそではないと思える。
意味のない撤退をするとは思えない。目的を果たしに行った。
「ここらでいい」
部屋のすみに追い込まれた牛男が言った。これまでにない動きに、こちらの攻撃が緩んだ。
「つっても、取りこぼしが多すぎるぜ」
鬼が首をゴキッと鳴らす。
「不利だ。何が出るかわからないことを忘れるな」
牛男はそう言ったが、こちらは残弾が乏しい。歩兵ひとりにここまで弾を使うことはまずない。射撃が減っているのは感じているはずだ。
「仕方ねえな」鬼が後退し、通路に近づいていく。「あばよ。また来るぜ」
ゴンザエモンは笑うと悠然と背を向け、通路へ消えた。牛男も盾で通路を隠すようにして去った。地下は静かだ。
「待機だ」
ジンの呼吸はやや乱れている。
「反応は遠ざかっています。敵性反応焼失。場の魔力値低下。ここの兵が接近中です。侵入路に展開中とのこと」
副官が報告した。
「損害報告。俺は戦闘可能だ」
ジンは各員の状況を聞きつつ、ポーションをかけた。体が重い。そこに意外な報告がくる。
「急行中の輸送ヘリが撃墜されたようです。原因は不明」
「なんだと。乗員は?」
「ブースターで降下に成功した模様、確認は……やはり通信妨害です」
「突発型起床即降下の訓練が生きたな」
「あれのおかげで、コブン少尉が入院中ですが」
「許容範囲だ」
「三班もすぐに来ます。追撃を?」
「あれほどの術者で、あの性格。罠を仕掛けている。それにこの場所、管理者の協力がなければ追えん」
「了解」
床にはゴンザエモンの甲冑の破片が散っている。
「残留物を確保撤退する」
そこに大勢の足音が響いてきた。中心部の警護軍だ。彼らは訓練のように走って部屋のすみに展開すると銃を構えた。
「ここは我々の管轄である。従わないなら攻撃する」
ジンはそれにうんざりして大声を発した。
「まず銃を下げろ。皆殺しにするぞ!」
誰も命令は出さなかったが、自然と警護軍の銃口が下を向いた。
ルキウスたちは単純に前進していた。変わらず地下におり、周囲はむきだしの岩盤になっている。先ほどの部屋より空間で、通路は三つあった。
そして彼らの足元では多くの兵が倒れていた。すべて普通の兵隊だ。全員寝ている。アブラヘルが目を閉じて座っていた。サンティーは通路を警戒している。
「機装兵は後退したな。こいつらはまだかかるかな?」
ルキウスは電子デバイスを見ていた。あの部屋に虫型探査機を一機残してあった。
「多いですから」
集中しているアブラヘルの代わりにソワラが返答した。
ルキウスは装備を確認した。かなり焦げている。
狭所で機装の機動性を奪えば、魔法戦にもちこみ制圧できると考えていたが、高くまで燃える炎をぶんぶん振り回されて裏目に出た。近くにいるのもきつい高熱だった。
それで戦闘場所を通路に移そうとしたが、進む先の安全確認に少々とまどっていた。それを解決してくれたのが、倒れている彼らだった。
彼らの接近をオオカミの嗅覚と音で認識したルキウスは、兵が展開できるなら危険なWOは無いと判断しさっさと離脱した。
ルキウスは警戒しつつ一息つき、自分の頭をこついた。
「死んだと思った。が、死んだと認識しているということは生きているわけだ。実に貴重な体験をさせてもらった。つまり脳が無くても思考はできる。超発見!」
ルキウスは覆面があってもわかる笑顔。
「笑いごとですか!」
ソワラが彼をにらんだ。
「そう怒るなよ」
「あの剣、絶対に〈焼失〉付いてました」
「そうだなー。植物系の特攻もありそう。まとも斬られたら、一発で死んでたな。でも灰になっても意味ないし」
「何を他人事のように。あれが出た時点で総攻撃するべきでした。最低でも部屋ごと崩壊させるべき」
「斬られていないのだから問題ない」
これにソワラがフーと息を吐いた。
「ここ最近は森の外だというのに妙なことばかりなされて。いえ、森でもたまにやらかすではないですか。ずっと以前よりむしろ危険な、前のように死ねないと言われているのはルキウス様ですのに」
とうとうソワラが森の行動にまで言及した。
「こんな所で死ぬ予定はないから心配するな」
ここでアブラヘルが目を開けた。
「いくらか知っていますが、使われている側のようです」
「わらわら包囲してきてるから、本命のお出ましかと思ったが、また下っ端か」
「しかしこの地下が活動領域です。やはり収容所は地下。中に心覚兵もいるようです。侵入路は複数あります。地下でも管轄が分割され、彼らは中のことは知りません。入る直前までが管轄です」
「WOは?」
「かなり先の収容所入口に【鳥使い】らしいのが、ほかの情報はあいまいで……信用性が」
「ああ、鳥使いか。対処できるな」
ルキウスが通路の先を見た。通路にも虫型探査機を飛ばしている。
「あちらは途中で迎撃があるかと。防衛設備があります」
「数がいるのはわかっている」
「彼らは? このままですか」
「寝かしておけ。ビンゴの景品があるなら、〈昏睡〉は確率で起こせる。人の出入りがあるなら嗅覚でいける」
ルキウスの覆面をゾウにした。屋内では嗅覚が一番使える。もし匂いがいきなり消えたら危険な兆候だ。痕跡を消せる脅威の待ち伏せが想定される。
「合流したら進む。あれがどうなってるのか知りたかったが、それどころではなかった」
反射撃ちは特殊装備であったが、マニュアルで可能な技ではなかった。彼もあんな曲芸を現実でやられるとは思っていなかった。
「赤い奴のことですか?」
ソワラが言った。
「ああ」
「全力で叩きつぶして調査されればよかったではないですか」
「そんなことしたら壊しちまうよ。おちつきなよ」
アブラヘルがたしなめる。
「しかしですね。あれは危険な存在です」
「今日は目的がある。それにあれが機装の力なら、引き出せる人間がいない。アルトゥーロは装備できるだけだし」
「バカが頭の中で騒いでいなければ、格下二機を二、三秒朦朧にするぐらいはできましたが」
アブラヘルが言った。
「あの剣、大型イベントの特賞級。下手をすると神器級。それを召喚した。さすがにおかしい」
「なにかプレイヤーとの関連が?」
「彼がここの意味を知らないのはたしかだ。なにかもめているし、混乱させてくれるかもしれない」
「どうにもここは嫌です」
ソワラがまゆを曲げた。
「帝国にはプレイヤーの関与がある気がする。もしくは神代の神々の情報が少しはあるんだろう。ここにも手がかりがあるかもな」
「制圧してしまえばいいのに」
ソワラが言った。
「遠隔地すぎて押さえるのは無理でしょう。わかっていると思うけど」
と言ったのは通路から来たヴァルファーだった。
「斬りそこねたぜ」続いて来たゴンザエモンは残念そうだ。
「赤いのは殺すなと言ったのに」ルキウスが言った。
「言ってもわかりませんので」ヴァルファーが言った。
ルキウスはゴンザエモンの壊れた甲冑を見て、やはり異様だなと思った。あれの中身はそこまで強くない。かなり特殊な機装だ。武器の召喚は魔法には見えなかった。
ソワラが分厚い鉄壁を生み出して、彼らが来た道を塞いだ。
「すぐに敵が来ます。まず進みましょう」
ヴァルファーが自分の損耗を気にするなと言った。
「ああ、だが穴を掘ってな」
ルキウスが壁に触れると、岩盤が粉末になって崩れていく。新たな通路ができた。
「行先はわかっているんでな」
ルキウスは戻ってきた虫型探査機をしまった。
「敵は避けると?」
「WOをくらわされる可能性がある」
ルキウスは作った道を進みだした。
「なんかいろいろ埋まってるな」
サンティーがぺたぺたと断面に触る。
「うかつに触れるな」
「お前が掘ったんだぞ」
サンティーは不満そうだ。
「WOはどこにいるかわからん。自分のつばで溺れ死んだり、逆に渇水死したいか? 愉快な死に方リストには入れてあるが、おすすめじゃない」
「警戒の仕方がわからんぞ」
「気をひく物をじっと見るな。形あるものだけじゃない。水系、泉とかやばいからな。近づく、話しかける、入る、物を入れる、水を飲む、全部やばい」
「へえ」
「石もやばいから」
「周囲は全部石だが」
「質問系は無視だ。過半数はこれでいける。へたしたら一生質問され続けるが」
「そんなの無理じゃないか?」
「金貸してくれたら十倍にして返すとか、ただで物くれるとか言う奴にはついていくな。知らない人にはついていくな」
「うーん。難しいかも」
サンティーとは明らかに危険を共有できていない。ルキウスは反転した。
「灰になりかけて疲れた。帰るか」
「帰りましょう」
ソワラが間髪入れず賛同した。
「セオは? 絶対この先にいるって!」
サンティーがひどくあわてた。
「仕事が終わると思ったら増えるし、いや、この影響はあちらさんのためかな」
ルキウスがまた前進する。
「なにが?」
「出会いには意味がある。俯瞰的に見て、あれの意味がこうだったと位置づけることはできる」
「ふーん」
「つまり君は友達になるために生まれた」
「絶対に違う」
「君には私の友達以外の価値がいっさいない」
「急にひどくないか?」
「警戒してくれよ」
「この先を警戒しておられるのですね」
ソワラが言った。
「そうだ、と言えばそういうことになる。まあこの部屋にあるものは怖くない」
ルキウスはそう言って通路から部屋に出た。天井の高いドーム状の空間で、通路一つと扉がある。
「なにも無いぞ」
サンティーが辺りを見回す。
「友は索敵する気がないときはまったくしないな。定期的に索敵する癖をつけろ」
「そんなこと言ったって」
彼女以外は上を気にしていた。サンティーはそれに気づいて上を見た。
ここを通過するすべての人間が見ている巨体が吊られている。
「なにあれ!」
「鳥使いだ」ルキウスは気にせずこの部屋にある扉に向かった。「こいつ自体は無害だが。召喚された鳥は普通に野生、攻撃してこないのは平和鳥がいるからだ。あれがいるとダメージを受ける攻撃はしなくなる。うまくやったものだ」
「加圧鳥を使いたかったのでしょうね」
ソワラも上への興味を失った。
「あれは踏みつけという特殊なスキルがある。このマーキングをやられると、下からあれに接近できなくなるんだ。真下を通過するとやられる」
ルキウスは扉の様子を調べている。
「受けてますよ」
ソワラが言った。
「おっと、ノーダメージのマーキングは抵抗しにくい」ルキウスは自分の頭の頂点を触ったが、すぐに扉に興味を戻した。「召喚されているのは、平和鳥、加圧鳥、教導鳥、仮面鳥、無視していい」
ルキウスは扉から離れて床の匂いを嗅ぐ。
「そして大勢の体臭があるぞ。囚人が通ったな。危険度は低め」
ルキウスが扉を開けると、道らしいものは何もない。扉だけだ。
「隠された道ですね。あの集団は鍵は持っていませんでした」
アブラヘルが言った。
「隣に別の隠された道を作ろう。他人が管理する門は怖い。かといって、普通に掘っていくと隔離できなくなる。何かをな」
「隔離物があると考えるべき。正当な手順が望ましいですが」
ヴァルファーが言った。
アブラヘルが一度後方を気にし、その扉の隣にさっさと別の道を作った。
「問題なく開通です。先も通路かと。ご注意を」
全員がさっさと隠された道に入った。急いで抜けて道を閉めるべき。
「とりあえず、踏みつけを解除するか。〔全除去/フル・リムーブ〕」
ルキウスは速足で行きながら自分の踏みつけを解除した。
「なんか虫が多いな」
サンティーが先を見て言った。
「土食ってる奴がいれば、それを食ってる奴もいるものだ。ここはまともな土がある。生態系はまあまあ豊かだ」
ルキウスが言った。
「いや、なにか、飛んでるけど」
サンティーの目線が空中をさまよった。ハエが数匹飛んでいた。道の先から来ている。
「まあ、羽虫だって、ハエかな。こいつ、音が――」
ルキウスが簡単に飛んでいるハエを手の中に収め、急に転倒した。
「何やってるんです?」
ルキウスは仰向けになって倒れており、覆面の変化は解除されていた。その目は死んだように感情がない。そして細かく振動している。
「ルキウス様?」
ソワラが立ち止まった。
「なんだい?」
アブラヘルも止まる。
「まさか……まさか!」
ソワラが深刻な表情でかがんでルキウスによった。そしてルキウスを抱えて起こしたが、また倒れた。彼の倒れているすぐそばの地面をハエが歩いているのを発見した。彼女はそれをしばらく見つめた。さらに手ですくって凝視した。
「ハエを殺せ! これ以外をすべて!」
ソワラは叫び、自分を透明な力場の球体で覆って防御した。さらに叫ぶ。
「急いで!」
アブラヘルは迅速に動いていた。風が巻き起こり通路を吹き抜ける。それに独特の匂いがあり、軽度の殺虫効果があった。数匹のハエが風でどこかに行った。
「ハエを斬るんだ。接近させるな」
ヴァルファーがゴンザエモンに言った。
「小せえが」
ゴンザエモンが刀を振った。空中のハエが真っ二つになった。
「何が起きてるんだ!?」
サンティーは右往左往している。ルキウスは肘を立てた妙な体勢で四つん這いになっていて、それで歩こうとしているがぎこちなく倒れた。
「あんたは電気出して。あたしらごと通路を焼くんだよ」
アブラヘルがサンティーの肩をつかむ。
「本気か!? これはなんなんだ!」
「いいからやって。すぐに! どんな小さな生物の接近も許してはいけない」
ヴァルファーも警戒しながらせかす。
「ええい」
サンティーが全身から周囲に電撃をぶっぱなした。ソワラ以外の全員が電撃を受けて耐える。全員が黙っている。
「……大丈夫か?」
サンティーが心配した。
「異常は認識できないけど」
ヴァルファーはそこで黙った。
「ここに虫はいないよ。いや探知妨害があったかい」
アブラヘルは鋭い目でソワラを見ている。
「気配は感じねえぞ」とゴンザエモン。
ソワラが警戒しつつ、力場を解除した。そして手の中のハエと見つめあった。
「え、ハエになっても考えられる、そりゃそうだ? あるいはハエは新人類だったのか、超発見だ? 言ってる場合か!!」
ソワラが腕をぶんっと振って、ハエが上に飛んだ。ハエがゆっくりと空中を落ちてくる。我に返ったソワラがあせってハエを受け止めた。
「どうした? 何が起きてる」
サンティーはどうすればいいのかわからない。その間にソワラが空気を吸いこんだ。
「ルキウス様があぁあぁぁ、ハエにいぃぃぃ!!」
ソワラのすさまじい金切り声が響いた。