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収容所7

 ガゴンと、まともな衝撃を感じジンは腕に力を入れた。

 交差した二本の剣が刀を受け止めている。しかし不自然な受け方。熱を避けてか、両手を伸ばしている。


 その腕はもりもりとふくれあがっていた。機装の腕よりはるかに太い。

 しかしジンの勢いは生きている。動物マンは押されて滑り、オオカミの顔がギリギリと歯を食いしばった。


 力で崩せる。そう思った時、ガクン。機装の出力がわずかに落ちた。


(なに?)


 かつて、カスカカウベが弱体を受けたことはない。

 さらに動物マンの足が強固に床を捉えた。なにか体を固定する能力を行使したのだ。


 剣二本と刀のつばぜり合い。どちらも引かない。機装がウーとうなる。

 強烈な炎が照らす狼の鼻先では、ひげがチリチリ燃えて先端が黒くなっていく。

 

(やれる。突出している。一気にとる)


 直進していた左のジョーカーと右のカラキリが、片手を床について滑りつつ曲がり、バックパックのジェットが対称になる弧を描いた。旋回を終え、向かうのは動物マン。


 基本戦術、突出した敵への横撃。

 ジンには無縁のもの。彼の場合、単独で、圧力をかけ、おとりになり、狭い隙間を抜けて敵の後方へ回りこむのが基本。敵が単独なら斬って終わり。

 今は強敵とみての常識的戦術の採用。初手で確実にけずる。


 動物マンに後退の気配なし。かわって盾を構えて突撃に備えていた牛頭が、右のカラキリを妨害しようと前に出た。挟撃のほうが早い。


 動物マンの太い腕がさらに盛りあがり、異様な形状となった。破裂しようとする筋肉を皮膚が必死に押さえている。

 刀がわずかに押し返される。


 さらに妖精人エルフの杖先で魔力光がまたたく。動物マンの背中から炎をてらてらと反射するものが現れた。液体の巨大な腕がはえたのだ。魔術なら手を増やすぐらいはできる。ただし前衛と後衛とは十メートルほどある。


 その腕が、ジンを押さえようと不規則にくねって迫る。彼は即座につばぜり合いをやめて、上に切り返した。重いが、問題なく弾きかえす。

 狼の目がかすかに広がり、両横を気にした。


(この強度の魔法を接触なしで使うか。だとしても、三人)


 部下は姿勢をかがめてナイフを握った斬りこみの態勢。

 ジンは完全にタイミングを合わせるべく、再度斬りこむ構えをとり――


「中止!」


 ジンは全力の横なぎで派手に炎をばらまき、バックステップした。動物マンはこの衝撃と熱で体勢を崩した。空中でなかば横になりながら、ガリッと床をこすって大きく剣を振った。


 ただし剣が届く距離ではない。


(斬撃は飛ぶ)


 受け止めるに支障はない。しかし、床が盛り上がる。

 大小複数の石の槍が、半放射状に突き出してジンを追った。彼はそれを簡単に切り払い、構えなおした。


「やはりそういうタイプか。仕込んでいたな」


 剣より魔法を警戒するべき。わずかな間隙で魔法を発動させる。


 だとしても、以前とは違う。ジン旗下の精鋭だ。

 部隊の大半はヘリで急行途中だが、最精鋭の二班と三班はすぐに到着する。それまでの拘束は可能。


 ジョーカーとカラキリは止まりきれず、突き出した石に衝突しバランス崩したが、後退中だ。

 そのすきを突こうとした牛頭へ、ジンが斬りこむ。盾がない右手側。いい形では受けられない。牛頭は手首を返し、剣を絶妙の角度に傾け受け流そうとした。

 

 その剣は非常に細い。こんなものは容易に切断できる。確信の刀が一直線、金属同士が衝突した。だが、折れない。確実に、まともに接触している。

 ただし機装の出力は牛頭を大きく飛ばした。ように思われたが、牛頭はすぐさまバサッと背の翼を開き減速、優雅に着地した。


(こっちもかなりだが、二刀流のほうが強いな)


「損害は?」


 ジンは力みなぎる置物となった石槍を叩き折り、再度動物マンを狙う。その背中から生えていた腕は崩壊し、水となってバチャンと散って床に波を作った。


「軽微」「軽微」

「俺はオオカミを狙う。ほかを牽制しろ」


 動物マンがジンから距離をとろうと動き、牛頭がそれを支援する。ジンはわずかに後退した。


 前に出るのは危うい。問題は、後ろの魔術師三人。普通は前衛から三メートルぐらいの距離にいる。それが連携できる距離。あの距離にいるのは、そこでも正確に狙う自信があるからだ。


 三人の中では妖精人エルフがやや前にいる。接近戦に対処できるか、罠をはって誘っている。

 その後方の心覚兵もどきが動いた。その全身がわずかに光を発した。


「注意」


 バシン! 鋭い電撃がジョーカーを襲った。

 さらに妖精人エルフから大量の光弾が放たれる。それは曲がりくねりながらジョーカーへ向かう。後衛三名が即座に応射、すべて落とした。


「電撃、やはりか。回避優先」


 発掘品の機装ともなれば、電撃でもシステムダウンはしない。だが、ジョーカーの動きからして、中にダメージが通っている。

 また心覚兵もどきが再び電撃を放った。これはヘビのような動きでジョーカーの腕に巻き付いた。


「引きはがせ。援護」


 ジョーカーはジリジリと敵方へ引き寄せられている。


 敵の弾よけは見慣れた風の壁ではない。器用に味方の矢を加速させたりする。

 あの風の鎧、機動戦にはいいが、遮断性は低い。それを部下はわかっている。


(呼吸はしているはずだ)


 こちらの後衛が擲弾グレネードを撃った。敵後衛の直前で着弾し、紫色の煙を噴出させる。扱いやすい催涙ガス、それでも吸引すればただではすまない。


 心覚兵もどきが少しむせている。彼女以外はやや身構えただけ。しかし電撃はとまる。ジョーカーが逃れる。


(立っていられない威力のはずだが)


 このすきに動いていた動物マンが、ジョーカーと軽く切り結ぶ。即座にジンが援護に走った。


 ジョーカーは帝国最高水準の機装兵。簡単に負けることはない。

 ナイフと剣が何度か衝突する。

 動物マンは機装の力に押し負けているが、ジョーカーよりはるかに俊敏だ。その連撃を受けた腕装甲に傷がいっている。

 さらに連撃が首に入った。ジンは思わず鋭い声を発した。


「ジョーカー!」

「中破、中破です」


 中まで傷は達していない。手加減したように見える。カスカカウベなら首装甲程度は割る。それと同等の力があるはず。


 ジンがジョーカーの援護に入ると、動物マンが離れた。


「逃がすか」


 ジンが追撃、その直上で何かが爆発した。来る、と感じた時にはすでに飛びのいている。直前までいた場所に、滝のように液体がザバンと降り注いだ。床から煙が立ちのぼり、消えた。


「酸か」


 敵側では魔女が手ぼうきを振り、煙が散った。

 魔女は攻撃してこない。いや、もうしているかもしれない。見るのも声を聞くのも危うい。それだけで呪いを受ける。防御型と判断するには早い。

 そこに計測器を使っていた副官の通信。


「魔女の魔力波照合できました。記録地コモンテレイ。未回収地です。機密レベル五、詳細不明」

「越境奇襲だ。第四軍司令部に状況を通達。前線はなにをやっていた」


 牛頭が前に出てきた。これ見よがしに盾を構え、あきらかに盾役。各自が魔法で弾に対処するなら、魔法使いの前にいる必要はない。敵の目前で圧力をかける形で後衛を守っている。ジン以外を脅威と思っていない。


 ジンが盾に乱雑に斬りこんだ。軽い感触だ。割れそうにない。盾と接触していない。なにかの力場がある。防御に徹する相手は相性が悪い。しかし敵と密接していれば、強力な魔法は使いにくい。


「こいつはジョーカーとカラキリが当たれ」


 ジンの相手は、こちらの動きを警戒する動物マン。二人がジリジリと距離をはかる。


「密集するな。距離をとれ、敵後衛を前進させるな、強力な魔法を浴びる。風の鎧は個々にかけている。維持に魔力を使うか、更新に五回発動させる必要があるはず。消耗させる」


 こちらの後衛は、まとめてやられないように互いの距離を少し開いた。


「施設外への通信不可。受信は可能かと」と副官の通信。


「ここの管理者は最大級のぼけだ! 通信妨害を切らせろ。施設を落とされると言え。二班はまだか!?」


「近いはずですが、迷っているようです。案内させますか?」


 特別機装部隊は塹壕など狭所戦闘にも対処可能だが、市街の捜索は慣れていない。信号弾だけでは難しかったらしい。


「いや、仕事に集中させろ」


 動物マンの前に、太い石の柱がせりあがった。


「残存型だ。石壁を作らせるな。遮蔽物になる」


(地形をいじるのは、魔力の消費を抑えるため。電力、弾丸と同じ。消費していいことはない)


 部下が牽制射撃をするが、いぜん風の防御は有効だ。

 ジンは再び前に出ようとして、足元のわずかな摩擦の違いを認識した。床が濡れている。


「水を警戒しろ。増えているぞ」


 床の水はあの腕の分量だけではない。部屋の床全体が、刀の炎に照らされた光を返してくる。


「気圧低下。八割ほどです」


 副官の報告。

 ジンは収容所側の関与を疑うが、ここには換気口すらない。

 緊急時の避難場所か何かなのか。にしては誰もいないが。


「進入路に異常は?」

「いえ、魔力反応はおおむね敵側から」


(風、石、気圧。自然系の術者? しかしコンクリートだぞ)


 機装は気密されている。ジョーカーの傷も補修材で応急措置できる。呼吸装置もあり、毒霧などの攻撃はあまり効かない。


 そこにもわっと足元から霧が湧き出した。それは短時間で天井までせりあがる。

 魔法で瞬間的に発生したものではない。時間をかけて実体の水を増やしていた。消えないということ。


「なめられたもの」


 彼らの機装は、夜間戦闘用の熱探知と奇襲対策の音波視覚が標準装備。


 ジンは一気に加速し、動物マンに斬りこんだ。それは受けられた。あちらも当然見えている。


「なんだこれ? 見えないんだけど」


 という苦情は部下ではない。おそらく心覚兵もどきだ。戦場とは思えない気の緩んだ調子で信じがたい、とジンが感じた瞬間、ゴガーン!! 雷鳴がとどろき、霧が光で満ちた。


 強烈な電撃がジンを打ち抜いたのだ。全身が過熱され、筋肉がけいれんする。熱で蒸気が発生し、ブワッと霧にトンネルができる。


 しかし、動物マンも巻き添えになっている。むしろ、敵のほうがまともに電気を受けている。そのおかげでジンのダメージは軽減された。


「お前も……じゃねえか」


 ジンはかってに震える唇で言った。


「問題ない。鍛えている」


 そういいながら、むこうも肩から手に震えがある。


「ぜひ練兵に取り入れたいものだ」


 ジンが刀を押しこむ。体がしびれて動きが固くなったが、機装はほぼ無傷だ。エリクはいくつか不良個所を報告しているが、自己修復している。


 動物マンがまた距離をとろうとし、離れ際、ジンは刀の腹で払った。これまでない動きは、動物マンの肩をかすめた。


「あっつ!」

「そいつは悪いな。自分じゃわからん」

「その剣、ゲームバランスおかしいだろ。ぬお」


 動物マンの肩から炎が高くあがり、彼はそれを剣で払って消した。


(なるほど、遊戯者か。しっくりくるが)


 動物マンがジンの斬撃から大きく逃げる。


「わざわざ待ち構えて、なぜ斬りあわん」


 ジンは刀を振ると、動物マンは一歩逃げた。


「酷い物を振り回しやがって」

「その力量、並みの研鑽であるまい。この時のための技のはず、魂を削りあう時のための」

「それが何かわかってないな」

「知ってるなら、教えてもらいたい!」


 ジンの斬撃に、また動物マンは下がった。軽く剣を当て、距離をとる。そんな戦いが続く。


「永続版だろ! そっちの気配がするぞ。大魔神アークデヴィルとかのやつだ。人が持っていていいもんじゃない」

「その顔のほうがよっぽど化け物だが……」

「なんで使っている装備のことがわからん?」

「……この火か?」

「あんたは知らないほうだな」


 動物マンには少し呆れがある。


「どれのことだ!」


 ジンの目の前で吠えるオオカミは、なにか帝国の深部について知っている。狙いをつけてここに来たのだ。


「一般人は引っこめ」

「ならば遊戯者とはなんだ?」

「……はあ!? どういう意味で言っている?」

「それがさっぱりわからん」

「また余計な悩みを増やしやがって」


 動物マンがもごもごと言った。


「ここには何がある? 何が目的だ?」

「こっちが知りたい。用事が済んだらさっさと帰る。あんたもどっかに行ってくれ。仕事が山積みなんでな」

「ならば俺を斬っていけ!」

「その卑劣剣をなんとかして言え」


 軽口をたたくも、ジンに余裕はない。後方で爆発音。こちらの後衛の擲弾発射機グレネードランチャーがいきなり爆発した。この部屋の中は完全に魔法の射程内だ。機装が少しずつ破壊されている。


 目の前の動物マンはまともな斬りあいを避けているが、強引に突破し後衛を狙えば、燃えながらでも突破を阻止するだろう。しないなら、しなくても問題ない仕掛けがある。


 予測されたが、戦力不足だ。それでもやれているのは、敵が自軍に損害を出さないように慎重だからだ。このままでは、ゆっくり封殺される。

 ただし、戦力不足はこの部屋内の話。ジンの横を光が通り抜けた。


「ゴッ」


 動物マンがかすかな声をもらし動きを止めた。目が完全に固まっている。

 その後頭部からわずかに血を噴いた。右目の上からも血がにじみ垂れた。


 確実に頭部を撃ち抜いた。ジンが斬りふせたい相手だったが、終わりだ。完全に脳が破壊されている。


 すべての敵が硬直した。その影響で牛頭がカラキリの斬撃を浅く受け、舌打ちして後退した。


「とびぬけた腕だな、中尉」


 ナーエルエルの狙撃だ。

 彼女はこの地下への入口にいる。そしてここに至る経路に、複数の狙撃支援ポッドが浮いている。これは特定の電磁波を反射する。つまり二度の反射を経て命中した。三連射した一発だ。もう一発肩の深い所に命中している。


 ナーエルエルの故郷は東部の山岳地帯で、飛行する魔物が非常に多い。そんな場所に祖父母と彼女だけで住んでいた。


 僻地にしても、あまり人が住む所ではない。ジンでも難しい。

 そんな所に住んでいるのは、罪人の血筋か何かなのかもしれない。


 彼女は五歳から古いライフルを扱いはじめ、十歳の頃には狩猟で家族の食料を得るようになった。

 獲物は普通の鳥ではない。

 死鳥しちょうとして有名な疫病の魔法弾を連射する鳥。一羽は町に訪れただけでパニックになる脅威。


 それを、彼女は祖父母が亡くなるまで八年以上に一日三羽とった。あまりうまくはないらしいが。


 僻地育ちでも異常といえる実戦経験。ハンターが避けるレベルの魔物を八千羽殺していることになる。今や、そこで死鳥しちょうを見るのは難しくなった。

 この狩猟者は新たな獲物をしとめた。


 動物マンがゆらりと体勢を崩して倒れゆき、途中で止まった。四十五度以上傾いている。おかしな体勢で止まっている。

 霧が晴れてきて、標準視覚でもその姿ははっきり見える。


 動物マンの顔は、オオカミから覆面マスクになっている。その頭部が奇妙にうごめいている。ボコボコと頭の中で何かが暴れ、それは激しくなっていくようだ。


 全身からも何かが飛び出した。うねっている。体中からうねるワームのような物が出ている。それが体を支えて転倒を防いでいるのだ。

 そして、ぽたりぽたりと床に垂れていた血が止まった。


 恐怖が機装の装甲のすきまから侵食してくる。自分はいま、非常に恐ろしいものを相手にしている。ジンの額を汗が伝った。


「いてえな……」


 声はたしかに前の生物から。ジンは驚愕しつつも、すぐにとどめに動く。


「本物の化け物か!」


 炎の一閃は、透明な力場の壁に阻まれた。妖精人エルフだ。血相を変えてかなり前に出ている。動物マンは後方へ跳躍し、やや不格好に着地した。そして頭の調子を気にするように撫でた。かなり長く撫でていた。


「いやあ、悪いかなって、思っていたんだが」そこでフーと息をつき「いや、いつもな、思ってはいるんだよ。ご迷惑かけてすいませんってな」


 動物マンはうなだれていた。やはりジンに興味がない。


「でもまあ、そんなに戦いたいなら好きなだけやりあえ、黒染めだ」


 動物マンがボソッと吐き捨てると、その足元から上へと黒く染まっていく。

 ほかの敵もだ。それよりなにより、床も壁も天井もすでに黒い。黒はすぐに敵の全身を覆い、白目も、装備も黒になった。完全な黒だ。光が照らしても純然たる黒しかない。影もない。

 漆黒。


「敵喪失!」「こっちも捕捉できず」


 ジョーカーとカラキリが不安そうに周囲を警戒する。

 ジンは床を切りつけた。いくらかえぐったが、そこもすぐに黒くなった。


「しまった」


 水は霧のためではない。錬金術製の特殊な塗料などを混ぜて広げていた。

 背景と自身を完全な黒で覆って視覚から消えた。

 機装のライトと刀の炎だけがある。


「魔力反応はある。敵は後退した。動きを見逃すな」


 ジンの魔力センサーでは、動物マンらしい影と牛頭の盾を捕捉している。温度を消すのに魔法を使っているはず。近ければ魔力はもっとはっきり見える。


 しかし部下に魔力センサーは無く、魔力探知は不正確だ。魔術師戦も想定し、魔力を感じる訓練などもあるが、機装越しではわかりにくい。


 ただし副官の機装には魔力視覚がある。彼女にも盾が見えている


 副官が擲弾グレネードを発射した。不可視化した敵に使う特殊着色弾。オレンジの塗料が飛び散って床に広がる。


 あの盾は物理的に接触しない、そのおかげか盾に塗料はついていないが、高そうな靴にわずかな色がついた。戦闘時には見ていられない。それでも、部屋の色が変われば隠れられない。


 動物マンが後退し、魔力反応が消えた。どこから来るかわからない。上もある。

 しかし牛頭しかいない。オレンジの玉模様になった床の上で盾を構えている。その構えは、攻めの構えに変わったように感じられる。


 防御隊形。ジンは言おうとして声が出なかった。


 声が出ない。違う。音を消された。普通の静寂サイレンスではない。耐性を持つカスカカウベの中まで通り、さらに通信機能を潰されている。

 おそらく領域全体で音を殺した。すぐにしかけてくる。


 しかしジンの後退でその意思は伝わった。全員が入口に近づき少し密集する。


 ジンは熱い風を感じた。機装の中に風などない。それでも身を焦がすような気配が流れてくるくるのを感じた。それで横を見た。


 赤いものが噴出して、床を染めていた。音はない。

 何も見えないが、確かにいる。

 赤いものはカラキリの血だった。腹部の装甲が飛び散って、床で血と混ざっている。カラキリが前に倒れる。

 

 影の気配はぬらりと動いた。きらりと反射したのは、刀。


 黒い影は猛烈な速度で迫り、さらに後衛一人の腕が宙を舞った。


 ジンは走った。黒い影へ。そして影は、赤く変わっていく。忘れることのない赤い甲冑。武士であり、そして――鬼!


 両者が真正面から衝突する。


「ハハハ、また会ったな。覚えているぞ、お前!」


 地獄の鬼ゴンザエモン、強烈な気配。ジンは正面からそのか顔を見据えた。面の奥の瞳は、ギラギラと輝いている。先ほどまで戦いの痕跡を塗りつぶす圧倒的な闘気。 


 ジンも自然と笑えてくる。互いの斬撃が鎧をわずかに破壊した。その瞬間、ジンを覆う炎がふくれあがり、鬼にまとわりつく。


「いい火加減だな。わはははは!」


 さらにジンの全力の斬撃を鬼は気合で押し返す。


「やろうぜ! 経験値にしてやる!」

「奇怪なことを!」声が出ていると気づく。「装備切り替え! 鬼切」


 ジンは大きく後退した。手元から野火が消える。「ふはは」そこを待つ鬼ではない。深い一歩と同時に放った斬撃はジンに届いた。


「ぐおお」


 太ももに浅くない傷。しかしこれでいい。右手にはすでに鬼切が握られている。これは傷を力に変える。

 さらに距離を詰めた鬼が、強烈な追撃が来る。


「おおお!」


 ジンの渾身の一撃が鬼を弾き飛ばした。バゴン! と鬼が壁に打ちつけられる。彼は平然と壁に手を突いて離れ、ひどく気分がよい様子でジンへ駆け出した。

 そしてまたぶつかる。大きな金属音が天井でこだましている。

 そして部屋を覆っていた黒がサッと消える。鬼と牛頭しかいない。


「騒ぎすぎだよ」


 若い声がした。牛頭の細い剣がジョーカーの喉を貫いていた。牛頭はきれいな動きを剣を抜き、ジョーカーを捨てた。ジョーカーはまったく動かない。脊椎を突き抜かれている。

 前衛がいなくなってしまった。それ以上に敵もいない。


「ほかの敵は?」ジンが言った。


「確認できず」副官が答える。


「隠れた? いや意味がない。離脱しただと。どこに」


 出口は複数あるが、意味がわからない。狙撃を嫌ったなら、ナーエルエルをやりに行った可能性もある。


 どっちにしろ狙撃はできない。ナーエルエルは今頃位置を変えているはず。彼女は支援があっても反撃のおそれがある場所を避ける。彼女なら逃げている。


 ジンが状況を理解できないところに、部屋に飛び込んできたのは第二班の六機。


「二班、牛をやれ! 警戒おこたるな。ほかにもいるぞ」

「そうはさせるかよ」


 鬼が牛頭の横に並ぼうとする。


「お前の相手は俺だ!」


 ジンがジェット噴射でそこに割りこんだ。足がやられて走れないが、機装の骨格は壊れていない。


「しかたねえ野郎だな!」


 鬼の強烈な打ち下ろしをジンは受け止めた。

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