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収容所6

 ルキウスは隠れた場所にとんでもどって報告した。


「ビンゴやってた!」


 カメレオン人間が舌を出して騒いでるせいか、ふたりは一瞬緊張した。


「なんですか?」


 ソワラは理解しかねている。


「ビンゴだ!」


 アブラヘルも固まっており、ルキウスは少し思い返し、マスクを標準にもどす。


「お前たちを連れていったことはなかったな。不思議現象ワンダーオブジェクト――WOだよ」

「それは……」


 ソワラが深刻な顔になる。


「【楽しいビンゴ】は、道具型の領域系だ。列がそろうごとに数字の総和に応じた景品がもらえる。強制的に。あれで状態異常をもらうと二十四時間とれない」


 確率は低いが、囚人が猛毒をもらったら死んでしまう。ここの労役の正体が一気に見えた。


「ルキウス様」


 アブラヘルが静かな警戒の声を出した。ルキウスの手元にはビンゴカードが現れている。


「遅かったか、問題ない。初心者向けで当たり外れが小さい。楽しく待たせてもらう」


 状態異常は耐性装備で相殺できる。基本的な道具から状態異常までゲームの初歩を教えてくれるWOだ。

 あれはプレイヤーが所持できるのものではないが、ここでは普通にあるらしい。


「距離か、ルーレットを目撃した時点で次回分にエントリーされたか。低レベルしか行けないクエストだったのに。で、そっちの仕事は?」

「隣の部屋に一時帰宅した人間を眠らせて催眠で尋問しました」


 ソワラが答える。


「影響が出ないようすぐに返しましたが」


 アブラヘルが捕捉する。


「それでいい」


 ルキウスはビンゴカードの数字を見ていた。


「彼らの職場はかなり限られています。共用領域以外は入れないのが基本で、進入禁止エリアだらけです。参考になりません」


「情報はできるだけ拡散させない。WOではな。地下にあった壁はむやみに頑丈だった。WOか、その力を受けた何かか。ほかは……ギルドハウスぐらいか」

「ほかのプレイヤーがいますか?」


 ソワラは神妙な顔だ。


「かなり騒いでるのに無反応だからねえ」


 アブラヘルが言った。

 キィー、車が角を急に曲がる音がした。狭い道をとばしている車が、遠くを走り、どこかへ去った。


「見当違いな捜索だ。相手が誰でも警戒すべきはWOだ」


 ビンゴカードの数字に印が入った。ルーレットは順調に回っているらしい。彼は電子デバイスを出した。地図も順調に埋まっている。


「無限に魔物を出し、必中の攻撃、即死効果、不死の怪物などもありますからね」

「永久に続く砂嵐、地形を変え続ける森、旅人を惹きつける噂の元はみんなこれさ」


「二択系の回避不可が危険だな。いきなり襲ってくるものはないはず。あったら、とっくに収容所が壊滅してる。屋内では、必ず事前偵察をやる」


「そのビンゴが核になるものなのでしょうか?」

「施設周りの警備は標準だった。つまり、ここでは些細なものだ。あ、無敵ハムスターを走らせれば無限発電できるな」


 電気なら遠くの都市にも供給できるが、大規模な変電設備は見てない。


「あれの見た目はハムスターで固定されてますから、大規模な発電は無理では」


 無敵ハムスターというのは俗称で、正式名称は【指数関数的存在】。最初はひどく鈍足だが、お気に入りの回し車で走らせ続けると、光の速さまで加速する。これを敵に向けて発射する戦法があるが、まず命中しない。


「とにかく慎重に動く必要がある。【命を盗むすり】のおじさんとか理不尽だった。それにキューブを使いにくくなった」


 最終兵器である【インヌ教授の憎々しいパズル】の機械破壊はここで有効なはずだった。必ず自分も影響範囲にまきこむため、使える効果は限られるが、どこかに隠れてゆっくりそろえればいいのだから、やらかす心配もない。


「そうですね」


「施設の破壊は控えるべきだ。特定の行動で挙動が変わったり、拘束が外れるものがある。再起動時、低確率でおかしくなるのもあった」


 しかし、WOもおそらくあの掃除機で破壊できる。WOの大きさにもよるが、瞬間回復しないものはできるはず。あれを持って出なおすのも選択だが。


「どうされます?」


 アブラヘルがルキウスの顔をうかがう。


「変更はない。重大なお仕事になるかもしれないな」

「完全にこのままで?」


 ソワラは変化を期待している。最悪の事態を想定しているのか。


「少し急ぐぐらいだ。あせると死ぬ。ビンゴ」


 ルキウスのビンゴカードが一列そろった。特に声に出す意味はない。

 ルキウスの前に、一枚の丈夫な紙が現れた。


「練達証明書か。基本料理、ドニにでもやるか」


 消費アイテムだ。スキルポイントを消費して基本的なスキルを上昇させる。職業クラスを無視して上げられるが、あまり意味はない。


「種類が膨大ですから欲しいものは出ない。これで国力強化とはいかないのでしょうね」


 アブラヘルが言った。


「せいぜい、いくらか体を頑丈にして、射撃がうまくなるぐらいだ」言いつつ、彼は気になった。「……使えるかな?」


 とルキウスが練達証明書に触れると、紙に書かれた文章が輝き、紙は消えた。


「スキルポイントはないはずだが……一回分ということかな」

「なんのです?」


 ソワラが小首をかしげる。


「転生一回分のポイント」

「私たちの知らぬ間に転生されてないでしょう」

「そうだが、消費できてるからな」

「またなにか黙っていらっしゃるのですね」

「いつものことじゃないか」


 アブラヘルは平然としている。


「料理の腕が上達したらしいし、十分に時間をつぶした。地図はかなり埋まったが、探査機はまだまだある。最後の追い込みだ」


 ルキウスが電子デバイスを操作して、窓の外をうかがう。


「探し人は死んでるってことはありませんか?」


 ソワラが言った。


「死んでたら、探しに来ないですんでる」


 ルキウスはやや冷たく返した。


「そうですが……」


 ソワラが言いよどみ、そこにサンティーが話しかけた。


(どうかしたか?)

(なんの問題もない)

(いや、こっち揺れてるんだが)

(仕事の機会を探っているだけだ。黙ってて)

(外の様子はわからないんだぞ)

(まだ友人だか助言者だかは未発見だが、探索は順調だ。当たりがついたら索敵の手を借りるから)

(本当か? 本当だな?)

(本当だって。わざわざ連れてきたんだから。巻きぞえくらったら悪いし)

(なにが?)

(とにかく問題ない)


 考える時間があったせいか、ソワラは急いで口を回し始めた。


「やはり危険です。これまでに確認できたWOの情報はありません。つまり過去に誰かが破壊するか拘束した。残ったのは使えるものと、破壊できなかった危険物です。きっと少数の者が独占した」

「わかっている。ここは危険物の宝庫だ。帝国がきっちり管理できているならいいが、無理だろうな」


「なら遠くから大量の召喚体を差し向けるか、総力で当たるべきでは?」

「戦力が多いほど不利、そんなの現象を平然と起こすのがWO。知っているはずだ」


 逃げだしたら取り返しがつかなくなる存在もありえる。もともと帝国をできるだけ刺激したくなかったが、WOがあるなら荒業は使えない。


「中央を探る前に、誘因もかねて南西の建物に行く。収容所ではないから避けていたが気になる」

「人通りもないようで。さあ、行きましょうかね」


 アブラヘルが窓を開けた。


「わかりました。早く終わらせて帰りましょう」


 ソワラが言った。


 彼らは、姿を隠さず大通りを突き抜けた。途中でほどほどに軍の車両などを破壊し、小道で姿を消して敷地南西の工業施設に近づいた。そこから近くの建物の裏に隠れ、虫型探査機を直接操作で送りこんだ。


 ルキウスの顔はゾウになっており、長い鼻が自由に動いていた。かつて鼻芸ができるまで訓練した鼻だ。


「この匂い。原油に近い物質……」


 電子デバイスには、様々なパイプと排気口が接続された施設の内部が映っている。

 中には大きなパイプがあり、その一部には中身を知れる穴があった。その中では、黒い液体が流れている。


 中の作業員は設置された計器を見たり、黒いドロドロしたものを検査している。

 この大きなパイプは外側からでも見てとれる。線路を並走し最寄りの都市まで続いている。


「【生命の残骸】だっけ。発生元は……」


 ルキウスは登場クエストの記憶をたぐったが、名称は覚えていない。地下にある、非常に巨大なもので、大半が土に埋もれており全体像は知らないが、とにかくでかい。


 そこから流れ出ているのが生命の残骸で、処理すれば希少金属なども得られた気がする。


「あの看護婦に近い匂いのような」


 ソワラも匂いがわかったようだ。作業員が出入りしているせいか。


「生命の残骸からはまれに生命の素子が抽出できる。あれを加工すれば、上等なものができるが、召喚に使う物もあったな」

「無限に召喚を?」

「いや、製造物が残存していると、次の抽出ができないはず」


 クエスト内限定の話で、ここではどうだかわからない。しかし、帝国の戦力が無限増強されてはいない。


「この管をたどった地下にWOがあるのは間違いない」


 その時、遠くの空に光る物を見つけた。ゆっくりこちらへ動いている。小さな飛行物だが、光を反射していてはっきり見えないが、大きさからして攻撃兵器ではない。

 

「見られていると思うか?」


 ルキウスが言った。


「そう考えるべきかと」


 どうもソワラは慎重になっている。いつもなら、落としましょうかぐらいは言う。


 遠くの建物の陰から赤い機装が道に出てきた。後続も数機いる。彼らは建物の陰に身を隠した。


「あれはゴンザエモンと交戦したものと同一かと」


 ソワラが言った。つまりローレ・ジン大佐の部隊。

 彼らはあたりを見回しこちらを探しているが、発見できていない。


「穏便に済ませたいが」


 正面門はノリノリで爆破した。ひそかに接近し、死人が出ないように火薬を配置したが、どうしても警備兵が空高く飛んでしまうので、直接キャッチして解決した。カエルの舌で。


 ジン大佐は帝国の主力だ。これを殺すのは非常に衝撃的な出来事になる。収容所の軍と連携できていないようだから、無視して中央に突撃したほうがいい。


 それがルキウスの考えだったが、ジンたちはほぼ同時にこちらを向き、すぐに走り出した。


「やはり捕捉されています」

「離脱する。あの部隊はここの守備兵と練度が違う」


 ルキウスはできるだけ細い裏道を使って逃げた。視界から消えているはずだが、ジンは普通に走って追ってくる。背部ブースターを使わないのは、こちらを警戒しているか、長期戦を考慮しているかだろう。


「追ってくるなら、どこかに引きつけて奇襲で撃破しては?」


 ソワラが言った。


「狙撃手の位置が不明だよ」


 アブラヘルが横目で周囲を探る。


「機装兵部隊の総数もわからない」


 別の方向からも囲みに来ていると考えるべき。そして開けた場所では狙撃の射線が通る。


「速度でふりきる。外側でふりきったら、不可視化して中央へ行く。探すべき所が特定できたという意味では、地図はできた。監房を破壊して囚人を脱走させ、混乱したところで中央の建築群に潜入する。重要な建築物の中では、あれは暴れられない」


 三人は全力で狭路を駆け抜け、空の監視を振りきった。やがてジンたちは姿を消した。そしえ中央部へ走ると、長く続くフェンスが見えてきた。その向こうにたむろしているが囚人であり、近くにある建物が監獄だ。


 フェンスを飛び越え、進入する。出くわす看守をほどほどに打ちのめし、ボカンボカンと壁をやぶり、フェンスを引き倒す。


 囚人はひたすらに混乱しているが、さらにボカンボカンと壁に穴をあけまくる。そしてさっさと逃げる。それを何棟か繰り返し、離脱する。


 その退路を数匹のイヌが道をふさいだ。


「ほっとけ」


 三人は簡単にイヌを飛び越え、走り去る。彼らは圧倒的にイヌより速い。

 そして混乱の中で、中央に突入する予定だったが……二十分後。


 イヌの群れが追ってくる。十三匹だ。一匹も吠えない。たんたんと追ってくる。途中で何度か匂い消しを使っている。距離を離しても見失わない。しかも彼らの移動した経路ではなく、最短距離で追ってきている。どこかにマーカーでもつけられたかと解呪ディスペルなども使ったが、この追手を剥がせない。

 

 あきらかにおかしい。いや、不思議だ。


「やりますか?」


 ソワラが言った。


「やれ」


 ルキウスの指示と同時に、光り輝く魔法誘導弾マジックミサイルの群れが容赦なくイヌの群れにさく裂した。


 しかし、一匹がゆっくり立ち上がり、また、次の一匹が立ち、やがて全部が立った。


「手ごたえはありました」

「こいつは……」


 復活したイヌの群れがまた走って追ってくる。


「単独迎撃だ」


 ルキウスが一人で群れへ走り、イヌたちに何もさせず斬り捨てる。イヌの群れは血を流して倒れ、間違いなく死んでいる。


 しかし、受けた傷は逆再生するように急速に治っていく。切断された頭もや腕もきっちりくっつく。


「これもWO。【囲い犬】ですか」


 ソワラが気づいた。囲んだ範囲から出さないことを目的にしたWO。不当な道筋で内側から外側に出ると攻撃してくる。


「普通に外にいるとは。低脅威だが、あいつは永久に追ってくるな」


 ルキウスは、どうしようかと思いつつまた全部斬った。そして、復活が始まる。


「イヌに追いかけられても楽しくないですものね」


 アブラヘルが言った。


(WOの対処は、はめるか相殺。しかし、こいつは正しい経路なら逃げきれるはずだが、経路はあるのか? 無い気がする)


 地形もなければ、それを想定した道具もない。


「何か固い物で拘束しますか」


 ソワラは普通に言ったが、ルキウスには意外な意見だ。WOは特定の手段でしか対処できないと学習している。しかし、囲い犬程度ならいろいろ試してもいい。


「良い案だ。埋まれ」


 ルキウスが発すると、すべてのイヌが足から大地に吸い込まれた。ただし、頭だけは出ている。


 囲い犬は吠えたりせず、無表情でルキウスを見つめている。ルキウスのその頭を撫でてやった。


「普通に埋まったな。なるほど、クエスト時の前提がすべて維持されてはいない」


 ルキウスはちゃんと埋まっているのか探ろうと、足元から音響は放った。そして思案し、また音響を放った。さらにモグラの手をかたどった鼻歌モグラの杖を取り出し、地面をコンコン叩く。


「地下に空洞がある。大きい」ルキウスはさらに何度か地面を叩いた。「すべてがコンクリートで固めた感じじゃないな。本丸は地下だな」


「入口は中央のどこかでしょうね」

「致命的な脅威が待ち構えている所は避けたい。こいつはついてる」

「直接潜行ですね」


 三人が潜行する位置を調整していると、また、遠い低空に光を反射するものが現れ、すぐに遠くの道に赤い機装が姿を現した。


「ちょうどいい」


 ルキウスは近くにあった建物の陰に石を投げた。そこには扉が一つだけある小さな建物があった。




 ジン大佐が直接率いる特別機装部隊第一班六機は、三人が足元からストンと大地に消えたのを見た。

 彼らは普段と異なる編成だが、六機で特殊大隊相当になる。戦車五十台に相当する戦力だ。もっとも、接近できればジンだけで戦車の五十は斬って捨てる。


 彼らは、警護軍が非協力的なため、自力でここまで来た。単純に警戒用の定点カメラを増やすことで監視の目を増やしていた。

 

 ジンの背中に引っついている鏡で造った柱のような二つの物体は、ナーエルエルの狙撃型機装に追加装備された狙撃支援ポッドだ。これの索敵能力は有効に作用した。もっとも、高く飛ばした物が、収容所側に撃墜されたことには怒り心頭だ。


 しかし、その怒りも急激に冷えた。彼は敵に集中している。


「誘いだな。これまでずっと逃げていた」

「そう思われます」


 副官が言った。


 彼らが行くのはコンクリートの細い地下道。副官の索敵型も簡易的音響探査能力がある。地下を探ってすぐに構造に気づいた。そして敵が石を投げた意味も。そこにあった投石で破壊された扉の向こうへ、地下へ降りる階段があった。


「ここの警備はなにをやっているのか。誰も来ないとは」

「半壊したか、逃げたのでは。このままですか?」


 副官が言った。


「すぐに二班が来る。あれほどの手練れ、道を潰されかねん。魔法罠を警戒」

「罠は確認できず。やや魔力濃度が濃いです」


 副官が告げる。


 細い道の先にコンクリートで固められた大きな空洞がある。そこに接続された通路が三つ確認できる。今進んでいる通路を合わせて四つ。これは緊急用の隠し通路かもしれないが、灯りすらない。機装の暗視を使っている。


 中に五人。立ち位置からして前衛二、後衛三。その後ろに道が一つ。


 顔がいくつかの動物に変化する奴、動物マンはオオカミになって腕を組んでいる。

 さらに動物が増えた。刺突剣と変な盾の牛人間、翼がある。盾は電磁シールドに近い。


 人形みたいな顔の金髪の女、杖持ち、耳が長い。伝説の妖精人エルフだと思えるが、ジンには判別できない。

 深く三角帽子をかぶった赤い服の女。立ち姿に色気があり不気味だ。

 青緑の髪の女。優雅で洗練された長袖の黒い服は、上級心覚兵に見える。

 

「つねに三人だった気――」

「対星の子モードを準備、発動可能状態」


 カスカカウベのOSエリクが落ち着いた声で告げる。


「あいつら」


 ジンは大空洞に入る直前で停止した。体だけでなく心まで。戦闘領域での停止は大きな危険。それでも完全に止まった。むしろ引き返すべきかもしれない。


(星の子の検知は距離五十ぐらいか。近すぎるぞ)


「異常ですか?」副官が言った。

 エリクが「対象五、装備を選択してください」


「星の子、検出、召喚する装備の選択を求めている。選べと言われても」

「離脱しますか?」


 ほかの部下にはあの鬼の脅威がいまひとつ伝わっていない。今もジンと副官以外の四人は反応が鈍い。


「国内の化け物を放置できん。距離を維持して警戒」


 ジンが大空洞に慎重に踏み入り、二つ狙撃支援ポッドを軽く空中に投げた。ポッドはそのまま浮遊している。腰のヒートブレードに右手が振れたが、離した。

 敵はまったく動かない。何も言わない。こちらの挙動が不審なせいか。


「対象に関する暫定情報を詳細一から――」


 エリクは仕事を続けており、何かのログが視界のすみに積もっていく。


「簡略一」


 ジンがエリクの通知を遮った。もっとも簡略化された情報報告だ。


「遊戯者型、一、補佐型、四」 


「どうも、ゴンザエモンと同じのが四人いる。別のが一人。それしかわからん。簡略二」

「遊戯者一、〔古き緑/グレートオールドワン・ヴァーダント〕。補佐型一、〔洞察者/ペネトレイター〕、補佐型二――」

「遊戯者一用装備を選択」


 動物マンが動いた。歩幅の小さな数歩だが、合理的な位置変えではない。手練れの意図不明な動きは怖い。

 何より、聞いても意味がわからない。テストなら敵が単独時にやる。


「了承。対星の子モード起動。名称、野火。属性、対神――」

「省略、精密魔力視モード。俺が右から迂回突貫する。援護しろ」


 前と同じように空間に黒い穴が空く。そこにつかが見えた瞬間、ジンは手を穴に入れ、刀を引き抜いた。刀身全体で美しい火がくねっている。


 間髪入れず突撃する。そう考え、つかを握る力を入れ――ジンが燃えた。猛烈な炎が彼を取り巻き、刀はいっそう赤く輝いている。

 彼の視界も火がかかったが、敵をにらむ目は開かれている。


「大佐」


 副官の声がわずかに緊迫してこもった。


「熱は検知していない」

「こちらでは検出してます。活動不能レベルです」


「おおう……」


 と感情の読めない声を漏らしたのは、二刀流だ。動物マンが、いつのまにか奇妙な二本の剣を握っていた。彼はわずかにのけぞっていた。

 ジンの記憶を想起するには十分だった。


「……長剣ロングソードの二刀流、最近会ったな。そうだよな」

「いや、まったく知らない人ですね」


 野性の顔で流ちょうな返し。声はカウンセラーのように温和。前回とは違うが。


「よし。会ったな」

「変な人だなあ。ここの精神科は充実しているようですね」


 カスカカウベとにらみ合って緊張感なし。性別も不明だが、確実にあの二刀流魔法使い。ローレ・ジンという存在に興味がないのだ。


「遊戯者か……正面突撃に変更する、的は狼男」


 この通信に部下が全員が了承をコールした。

 燃える刀は悪くない。使い慣れたヒートブレードに近い。


 そして知った敵。

 ジンがバックパックのジェットを噴く。爆発的な勢いの飛び出し。両脇を散弾銃装備の近接戦闘型機装のジョーカー軍曹とカラキリ中尉が追う。


 残った標準装備の二人と索敵型の副官がチェーンガンを軽く掃射し、密集した敵集団を直撃した。


 幻覚と見まごうほどに敵に乱れなし。

 当然のように弾はそらされている。風だ。全員が体に風をまとう。中位以上の防御魔法だ。相当に魔力を消費しているはず。そして幻術は使われていない。


 戦況はよく見えている。動物マンが二つの剣で受ける姿勢をとった。一瞬で距離が詰まる。もう止まることはできない。

 ジンは燃えさかる刀を振り下ろした。

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