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収容所5

 ルキウスは疾走していた。体力を維持する余力がある速度だ。それでも荒野を行く車よりは速い。


 その姿は、ザメシハの王都でキメラトラッカーと名乗った時と近く、マントが後方へはためいている。


 頭部を覆う合成獣覆面キメラマスクは、様々の動物の顔の特徴を備え、特定の動物の顔に変化させられる。その時は、動物に応じた特徴的な能力を行使する。今はウサギになっている。真剣な表情のせいか、人の体が機敏な動きで走っているせいか。かわいらしくはない。その耳は盛んに向きを変えていた。


 彼の行く先に、横道から人が出てきた。何かかごを持ったそこそこの歳の看護婦だ。


「無害」


 ルキウスは、ひょいと看護婦の頭上を飛び越えた。


「きゃあ!」


 看護婦が強風によろけて尻もちをついた。

 そのわきを、ルキウスに追随するソワラとアブラヘルが抜ける。ふたりはいつもどおりの姿、つまりその力を最も発揮できる装備だ。


 周囲には白い四階建ての建物が並び、中には患者らしい姿がある。事前に確認しているが、やはり医療用の区画だ。ここは重度の精神異常者用とかではないらしい。この騒動の話をしているらしい人影が屋内にある。


 彼らが走るのは、建物の裏手の比較的狭い道。大きな建物が多く、見通しが悪い。その分、隠れやすくはある。


 進行方向の小道からゆっくりと人影が出た。歩哨だ。戦争で見た歩兵より軽装、二人。それがルキウスの方向を見たときには、両者の服はがっちりつかまれていた。


「ぬふあ!」「べぬん!」


 ルキウスは、ふたりを上に放り投げた。三人が舞った体の下を駆け抜け、彼らは地面にドンと落下した。その衝撃でうめいている。その間にルキウスは走り去る。


「ここらで撒いて、また中に入ってふりきるか」


 ルキウスはインベから出した米粒ぐらいの物体を建物の隙間にいくつか投げ捨てた。病棟らしい建物の二階の窓が開いている。そこへ軽い跳躍で突入した。両脇に扉が並ぶ一直線の通路だ。誰も外にいない。人の気配はあるから避難してはいない。


「長距離を突き抜けたとはいえ、この鈍さはなんですかねぇ。かなり時間が経っていますけれど。出迎えのご予算が削減されたのかしら。さみしいこと」


 アブラヘルがあきれる。


「お客のことは頭になさそうだ。建物の配置は、脱走阻止重視。外側は、外壁と従業員家族の居住区、そして比較的普通の病院。ここはなんかの都合で入院させられてる。深刻な病人じゃない」


 プレッシャーから解放された顔と、不満を抱えた顔が多い。


「にしても、あいさつぐらいはありそうなものですけれど」

「この辺りはどうでもいいのか。戦力差を理解して守るべき建物に籠ったか。だとすれば、熱源になる。いずれ要所が見つかる。ほら行け」


 ルキウスが手のひらを開く。そこにあった米粒から羽がはえて廊下の奥へ飛んでいった。虫型探査機だ。


「本当にあれで見つけられるでしょうか」


 ソワラは、窓からルキウスが物を投げた辺りを見ていた。


「骨格ごと変わっていなければな。地図はできてきている。とりあえず、銃所持者の位置を確認しよう。リアルタイムではないが……」


 ルキウスが持った電子デバイスに地図が表示される。彼らを追ってくる部隊も包囲の動きもない。収容所に突入して一時間以上経過したが、いまだに右往左往しているようだ。


 窓から周囲を確認しても、人が集まる気配はない。逃げる気配もない。


 地図に表示された銃のマーカーは内側に多い。これは警備兵ではなく武装した看守だ。

 その監房に向かった探査機が、何機か潰されている。虫にしか見えないはずだし、ここは自然の虫も多い。虫嫌いでもいるのか。


「もう少し内側に入ってみては?」


 ソワラが言った。


「安全なあいだは、急ぐこともない」


 ルキウスたちは収容所の外よりを走り回っている。各所の監視塔は機銃が設置されているが、まともに撃ってこない。敷地の内側へは発砲しにくいのだろうが、そもそも戦意が低い。


 ここが軍基地なら組織的な索敵網がしかれ、効率的に編まれた網にぶつかっているはずだ。おかげでやりやすくはある。


「たしかにここもあれの範囲内ですが」

「あんなものがあれば警戒もしますよ」


 アブラヘルはルキウスに同意した。


「あの地下のやたら頑丈な壁。あれが無ければ、地下から忍び寄って虫を放出したが」


 収容所の周囲の地下には壁があり破壊できなかった。音響で探ったが、これは収容所の敷地とは一致していない。壁はかなり余裕をもって収容所を囲む大きさで、壺状だ。


 この異様な構造物の上になる陸上でも、その範囲内に踏み入ることがためらわれたが、何度か出入りしても収容所に動きはなかった。防壁・警報ではない。


 そもそも、規模からして帝国の建築物ではない。

 何かの遺跡の機能を利用して収容所を運営している。コモンテレイと同じだ。大戦前の地図では森林だったから、遺跡ならかなり古い。


「迎撃は脆弱だが油断ならん。敷地全体で占術が無効化されている。落とし物をしたら返ってこないし――」


 長い廊下の先から階段を上がる小さな音。非常に規則的な足音だ。現れたのは若い看護婦で、その目は感情が薄く、三人を認めても驚かない。かすかに黒いオーラがある。


「出た。警戒」


 ルキウスが廊下を走り、後方のふたりは左右を警戒しつつ進む。


「三名とも未登録者ですね。敷地外に退去してください」


 看護婦が機械的に呟く。通常なら聞こえる距離ではない。告げるつもりはないということ。自分に必要な手順を踏んでいるだけだ。


 看護婦は自分に迫るウサギ人間がいても無表情で、黒いオーラをふくらませた。その瞬間、ルキウスが背から抜いた剣が、完全に胴体をとらえる。斜めに剣が振りきられる。しかし浅い。致命傷だが両断に至らない。鉄より硬く、ゴムのような弾性がある、


 看護婦の傷から、ブシュッと黒い霧が噴き出した。ベンゼンのにおいがする。看護婦の目がギョロッと動き、ルキウスを見つけると、黒い霧がルキウスを取り巻こうと動いた。

 ドン! ルキウスの裏拳が顔面を打つ。看護婦は頭から壁にぶちあたり、いくらかめりこんだ。その目はルキウスを捉えている。霧がいっそう噴き出し、廊下の見通しが効かなくなった。


「本気で殴ったが」


 ルキウスが霧をかわし下がる。それと入れ違いに、魔法誘導弾マジックミサイルの群れが看護婦へ進み直撃、連続で爆発した。


 看護婦は形を失い、黒い霧になって霧散した。


「追加なし」ルキウスが剣をさやに収める。「物理に強いが、打撃は特に効きが悪い。このレベルが普通にいるのが怖い。そのくせ、追ってこない」


「これまでと同一の召喚体ですね」


 ソワラが言った。


「長く働いてるなら、何かえさをもらって契約したんでしょうね。きっと病院の仕事しかできないんですよ。錬金生物っぽいですねえ」


 アブラヘルは特徴的なにおいを避けている。


「風通しをよくしては? 建物の壁天井をかたっぱしから破壊すれば効率が上がる。虫の探査機を使っても、ここは広すぎます」


 ソワラが言った。


「魔法使い用の区画はそう多くないはずだけどねえ」


 アブラヘルが帽子であおいでにおいを遠ざける。


「特殊隔離病棟っぽいのには穴を開けておいたが、あの中にはいなかった」


 単純に壁をぶち破って侵入し、壁を破って出た。あきらかに危険な目つきの患者が頑丈な個室に入っていた。彼らが脱走したなら、困っているだろう。今もルキウスと無関係の銃声が遠くでしている。

 ただしその病棟も比較的外側だ。


(おい、大丈夫なのか? 私が探してやるぞ)


 このサンティーの声は、ルキウスの頭の中でした。


(必要ない)


 ルキウスは明確な思考で返す。


(ちょっと出してくれないと、感覚がよくわからなくなるぞ)

(憑依は一度解けば終了する。ここで儀式はやってられん)


 ルキウスの体にはサンティーが丸ごと入っていた。物質を霊体に変換して重ねている。最高位の魔術で、他人の体を乗っ取るのに使うものだ。


(私を見ればセオが出てくるかもしれない。きっとそうだ)

(気が散るから黙ってくれ。思考が混線する。下手すりゃ体も動く)

(ケチ! ケチ!)

(言っておくが、私が死んだら一緒に死亡するからな)


 病院内が騒がしくなってきた。兵も動いている。


「少しは集まってきたか。不可視化して場所を移す」


 ルキウスの顔はカメレオンに変化した。


アクロイドン収容所 西側監視塔


 バーカー・ストルナー大尉の腕はきれいに切断されていたので、改造人間と間違われない腕を取り戻せたが、しびれが残り確実な動作は困難になった。

 機装戦における近接戦闘をこなせないのは自明だった。


 彼に薦められた仕事は、アクロイドンの警護軍。立場は第二警戒所警護長。いちおう、そこに機装鎧があるが、旧型でメンテナンスもしていない。世間話でもしながら、景色を見る仕事だ。


 書類仕事などしたくない彼にはよい配置だ。多くの僻地と違って生活環境が整っており、正規軍ほど規律が厳しくない。


 運がよければ、収容所に近づく野生生物を狩猟できる。消費財は、腹に収めて問題ない。毛皮は軍の備品。これは娯楽ではなく仕事である。危険な魔法生物が哀願を誘う姿で人前に現れるのは町中ですらあることだ。


 なお、現在は正門が爆発炎上中だが、数キロの距離がある。銃声もしているが、最前線が長い彼には平和なものだ。少し早い隠居生活だが、悪くないと思っていた。


 しかし過去はどこまでも追ってくる。彼は強敵と向き合わなければならない。


 少し体を傾けて立っているのは狙撃用の機装鎧だ。大口径エネルギーライフルを装備し、両肩に奇妙な箱が乗っている。連装ロケット並みの大きさだ。バックパックの狙撃用の望遠レンズが無く、変わりに目の部分に特殊なレンズがはまっている。背中には鏡のようなものが多数ある。

 発掘品の中でも希少なものだ。


「こんな所で悠々自適とは、いいご身分じゃないっすか」


 彼の部下だったツポレ・ナーエルエル中尉だ。


「昇進おめでとうございます!」


 ストルナーはにやけてしまった。ナーエルエルはしばらく無言だったが、すばやい動きで彼の両肩をがっしりつかんだ。


「機装でつかむな! 死ぬ!」

「わかって言ってるでしょお! わかってるでしょうが!」


 ストルナーは激しく体を揺すられた。


「あぎゃぎゃ、やめろ」


 彼の部下もいるが助けてくれない。


「給料上がっただろ! 喜べよ」

「割に合わんでしょうが!」

「年金額がかなり違うだろ。生涯収入をご覧あれ」

「死んだら関係ねえよ! 訓練で死ぬ。なんでいまさら機装を背負って走る必要が!? 新兵か! 特殊士官ってなに!? そんな階級いる?」

「戦技大会上がりにはありがちな出世ルートだろうが!」

「配属希望だって出してないのに」


 両者はしばらく争って、落ち着いた。


「外的侵入阻止がここの役割とはいえ、動かないのはおかしくないっすか」


 ナーエルエルが言った。この監視塔近辺だけで三十人ほど兵がいる。


「標的が速すぎて狙えん。人にあるまじき速度で走ってやがった。必要なら中央の連中が何かするだろ」


「うちの指揮官が、それとかなりもめてる最中ですけど」


 ナーエルエルは通信を聞いていた。

 大佐となったジンの権限を利用した副官によって再編成された特別機装部隊の一部が先行して到着し、三つの特別戦闘班に分かれて索敵しているが、進入禁止地域だらけで警護軍と争いになっている。

 

「そいつは頼もしいが中佐でも入れんだろうな」

「もう帰投していいかな」

「来たばかりじゃねえか」

「だって敵性勢力は無通達。案内は機装の足に合わないからなし。足もくれない。ここの配備戦力も不明。地図は過半数が真っ白。同じぐらいの高さの建物だらけで視界不良。あと大佐っす。どうでもいいけど」

「どうでもよくねえよ」


「そうっすか」ナーエルエルの目のレンズがウィーンと伸びる。「あれは?」


 円盤が低空飛行していた。シチューを入れるには足りない大きさだ。下部がわずかに青く輝いている。


「わからん」

「まったく?」

「ああ、味方の兵器か敵の物かもわからん。敵の侵入とほぼ同時に空に現れた。初見だ。教会が言うところの悪魔の皿かもしれん。なら神様が落とすだろ」

「電波出てるっすね。落としても?」

「落とすなとは命令されていない」


 ナーエルエルは聞くなり円盤の中央を撃ち抜いた。円盤はフッと落下していく。

 ライフルは発射時にわずかに光ったが、弾はほとんど見えなかった。可視性の低い光だ。


「そっちの命令はどうなってるんすか?」


 ナーエルエルがライフルを下ろし、複合センサーを起動させ周囲を見る。


「各自で規定したがって対処。追跡の際に管轄を越境することを、司令部は裁可する場合がある。だそうだ」

「それ、命令?」

「寒いと口が開きにくくなるもんだ」


 遠回しな言い方で、全力で追えだ。どれほど伝わっているか不明だが。


「砂漠を内部冷却なし機装長距離走をやらせてやりてえ」

「敵の性質が割れるまで待機したほうがいいぞ。目的不明だが、それほど攻撃的ではない。野生動物みたいな動きだな」


「ふーん。ところで、ここの職員に爬虫類っぽいきてれつグリグリ目玉怪人います?」


 ナーエルエルの目のレンズがゆっくり伸縮した。


「……会ったことはないが、持ち場と公共施設以外は入れん」

「くさい場所っすねえー」

「侵入者の外見はまったくの未確認で?」

「黒いのと白いのと赤いの。黒いのは頭に棒が二つあった」

「……とりあえず、足にしますか」


 ナーエルエルが機装の関節をロックした。ライフルを構え、連続して引き金を引いた。

 銃口が輝いた瞬間、バチン! ナーエルエルの右肩で電気がさく裂した。強烈な光が起こり、足元まで電気が流れる。


「なんだ!」


 ストルナーが叫び、彼女から離れた。


「わ!」 


 ナーエルエルも驚いている。ロックされ動けないが。


「反射された。いやー怖いな。自動防御シールドさまさま」


 ナーエルエルの肩の箱が開き、放射状に金属棒が展開され、それがエネルギーシールドを発生させていた。


「やるならやると言いやがれ!」


 ストルナーは彼女からいっそう距離をとった。




「狙撃防御! 壁抜きだと」


 ルキウスはマスクをタカに変え、獲物をにらむ眼光を窓の外を探った。

 廊下ではソワラがぶざまに転倒していた。太ももを撃たれたのだ。二発目はルキウスが反射させた。彼は建物の隙間から見えるかなり遠くの塔に人影を見つけた。


「……機装か。危険な相手だ」


(距離三千ぐらいか? それ以上に――) 


「貫通したか?」

「そのようです」


 ソワラはポーションを傷口にかけていた。もう治って立っている。病院の壁と床が焼けていた。穴が空いたのではなく焼けた感じだが、殺せる威力だ。

 アブラヘルは、取り出した手ほうきをサッと振って、廊下に散った血の痕跡を消した。


「エルディンに排除させますか?」

「いや、狙撃手ひとりに伏せたカードを切るのはな」


 ルキウスの弓が届く距離だが、正確に当てる自信はない。走って近づけば逃げるだろう。なにより、敵に動きを制限されたくない。


「ならティンダロスの猟犬でけん制を。うまく奇襲になれば仕留められます」


 ソワラが杖を軽く回した。


「いや……そうだな。やってみろ」


 ソワラがすぐに召喚にかかるが、何も起きなかった。


「これは……」

「完全な転移阻害だな」

「こんな場所では深入りしたくないことですねえ」


 アブラヘルが言った。


「ああ、対象を発見するまで中央に入りたくない。まずあの射線を切る」


 彼らは病院を抜け、近くの洗濯場に移動した。さすがに人は避難しているらしく、誰もいない。安全だ。


 次に、ルキウスはひとりで別の病院の屋上に上がり、周囲を確認した。

 狙撃手は姿を消していた。次の狙撃まで時間がある。


 そして遠くにさっきの病院に向かう機装兵部隊がいる。これは五機。スマートなフォルム、すべてが特殊な型だ。


「特殊部隊、外から来たか。おとりを増やそう」


 ルキウスは円盤型無人航空機を八機飛ばした。貧相な自爆機能がある。

 メイン索敵は虫型探査機で、あれは補助だ。敵が上を警戒していると動きやすい。森と同じ有利。設置しておいた円盤を遠隔で上げれば、現在地の偽装にも使える。


 ルキウスが屋根からもどるとソワラが言った。


「距離と路面状況からすると、最寄りの大隊が来るまで三時間はかかるはずですが、線路はわかりやすく壊しましたし」

「ヴァルファーはなにか言ってる?」

「増援が来ているほうが安心できると」

「それはそうだが……」


 多くのは看守は普通に仕事をしている。囚人は放置できないが、敵襲だというのに索敵に人員を回さない。囚人が逃げたときの捜索ルールがあるはずだ。


 このような奇妙な反応をされると、状況を計りにくい。


「このまま隠密移動。潜伏して休憩しよう」


 収容所内は占術無効。つまり敵も魔法的索敵ができない。施設内には、隠れられる場所は無数にある。やろうと思えば数日でもいられる。

 彼らは無人の住宅に入りこんだ。おそらく今出払っている兵士の住居だ。


「捜索部隊は引き離した。少し単独で探る」

「私も魔力はほとんど消費していません」


 ソワラが心配した。


「敵の索敵は鈍い。ひとりのほうがやりやすい」

「そうですが」

「お前たちは近場の看守を無力化して、出入り禁止場所を調べろ。中央以外にも、不自然な建物がある。そこに行く」


 ルキウスはふたりを置いて、何も看板がない建物に入った。魔法を強制解除するような仕組みはない。警報機なども無く、敵襲に備えていない。

 中に多くの従業員がいた。白衣の目が悪そうな人が多く、魔術師らしい姿もある。


 クロマト、質量分析計に、フラスコや遠心分離機など見慣れた実験器具が多くある。ビンに入った魔物の標本もある。


(刑務所というより研究施設だな。なるほど、機密を隠すにはいい立地)


 このような場所の研究員なら所在を秘匿されている可能性がある。しかし捜索対象のセオ・カットは若い心覚兵だ。彼の能力は実践向きだと聞いているし、警護軍や看守の籍は隠されていなかった。何か特殊な業務か、問題があって隔離されている。研究系の施設にはいない。


 次は、側面にまったく窓がない特異な建物。その代わりに上部には窓があり、覗くにはちょうどよかった。部屋には多くの囚人がいる。


 大部屋の前部に立てかけられたルーレットの中で玉が重力を無視して勢いよく回っている。そして番号が表記されたマスに玉が落ちる。大きな機械音声で番号がコールされた。


 ビンゴゲームだ。囚人が大勢いる場所ともなれば、暴動を阻止するための娯楽も必要。しかし、この状況下でもやるとは、よほど平常どおりに仕事を進めたいらしい。

 囚人がきっちり列になって並び、真剣に顔をしていた。


(人相からして、ごろつきだがまじめだな)


 奇妙なことに、室内に看守がいない。囚人が密集して床に座り、ビンゴカードを持っているだけだ。

 その代わりか、監視カメラが大量にある。


 観察しているあいだに次の番号がコールされる。

 ある囚人が軽く動き列が乱れた。その前に細い壺がある。中身は緑の液体。


 ルキウスはそこを凝視した。カメレオンの目が一回転してから落ち着く。確かに何も無かった。見覚えのある物体がある。耐性強化系の霊薬エリクサーだ。


 ルーレットはまた回っている。次の番号がコールされる。各人の前に物体が発生する。

 ネズミの糞だ。シルクの生地に、カラスワイン、絡み草の服、ミア羊毛。そして一人が立ち上がり暴れ始めた。列が乱れる。


(やべえ!! ビンゴじゃん!)


 ルキウスは心中で絶叫した。


(え? なに?)


 それはサンティーまで届いたが、彼はそれどころではない。

 音が出るのも気にせず走り、すぐに屋根から飛び降りた。

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