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収容所2

 ごつごつした足場の細い闇を、五分ほど慎重に進み、光に近づいていく。曲がり角を過ぎると、一気に明るくなった。大きな通路だ。高い天井が薄っすらと光っていた。


 そこには五人の囚人が待っていた。全員の上半身は裸だ。名札も無い。全員鍛えられた印象がある。地下は寒くないが、暑くもない。この姿は多少奇妙だった。


「数は合っているな」


 声は上から来た。中央のくぼんだ楕円形の物体が無音で浮遊しており、それから声がしていた。魔道機械の監視装置と思われた。

 そして通ってきた道が消えた。いきなりフッと消えたのだ。土と岩盤の混じったものが、周囲のすべてだ。


「彼らに従うように。受け渡し終わり。作業始め」


 浮遊物はそう言うと、浮いているだけになった。


「自分の荷物を取れ。自分で管理しろ」


 出迎えた中央の囚人が言った。

 囚人番号が書かれた袋が人数分地面に置かれていた。先住者が口々に言う。


「ここが貴様らの天国だ。従っていればそう悪くない」

「付いてこい」

「怠け者は飯無しだ」


 新入りが自分の荷物を探しはじめると、先住者は奥へ歩き出し、新入りたちは追った。

 管理された分厚い門をいくつか超えた。説明が少ないが、ここにいる全員で一房になり、複数の作業班に分かれるらしい。端っこにいた若い男がコナーの班長だ。特に凶悪な顔ではなく、むしろおちついた印象だ。


 新入りたちは、壁に定期的に大穴が開いている通路に案内された。穴の中は暗く、地面に人型のくぼみがありほつれた布切れが敷かれていた。土を掘りぬいただけのここが、永住する住処だ。


 その外の通路には囚人がたむろしており、新入りをジロジロと値踏みしていた。何事にも目もくれず読書に集中している姿もある。


 その区画を過ぎると、錆びた扉の倉庫があった。中には鍵付きの大きなロッカーがあり、その一つに荷物を入れ、班長がカギを閉めた。


 さらに生活感がある雑踏を進むと分かれ道が多くある。こちらは扉がない。完全に囚人の区画なのだ。道を覚えるのが難しいほど多くの部屋と通路がある。


 囚人たちには緊張が見られないが、壁は落書きで満ちている。やわらかい土も、そこに埋もれた巨石も同じように。今も、固い岩石に、ガンガンッと狂ったように幾何学模様を刻む囚人がいた。道具は金属片だ。なんらかの道具の残骸だ。

 

 精神を地底に癒着させひたすらに暗闇を覗くような目つきの囚人もいる。そういった者も仲間外れにならず似た者で固まって、何事かをブツブツ呟いていた。


 広大な部屋に出た。地下とは思えないほど広く、天井が高い。

 そこでは大勢の囚人が走っている。部屋の中心を軸にしてグルグルと走って大渦ができている。走者は百を超える。暴れる渦の周囲で休憩している者も含めれば、数千人かもしれない。


 圧倒されるべきはそれではない。老人だ。とてつもなくでかい老人、のような生物。走る人々の中心から突き出ている。人はそのひざ下だ。それがドタドタと激しく足踏みしている。


 目はくぼんだ穴か、瞳は無いのかもしれない。とにかく、顔にある二つのしわの集合の奥は闇だ。髪は無く、口はあっても唇は無い。手足は枯れ木のようで、たるんだ皮膚はやたらと伸縮性に富んでいる。

 人間的だが、手足の関節が多く、位置も不揃いで、バランスも違う。走るフォームに奇妙な揺らぎがあり、たるんだ皮膚が振り回されている。それでも、転倒することなく激しい足踏みを続けている。


 そこは、水をたたえた高さのない器の中であり、足が水に踏み入っても、まったく波立つことがない。


「なんなんだこれは!」


 邪悪な儀式としか思えぬ。走る囚人の熱気で蒸して、部屋の反対側はぼやけている。


 「三五八房休憩、七二二房入れ」と拡声器の呼びかけが部屋に響いた。上からだ。部屋の壁である断崖のはるか上に、こちらを見下ろせる階層があり、看守らしい影がある。


「聞いたな! 全員中で走る。全員だ!」


 班長がコナーたちの背を強く押して、走者集団に入れた。人間が次から次へとコナーの目の前を横切る。流れに乗らねばぶつかる。班長は自らが先頭になって走る。


「ほら! 走れ!」

「射殺されたいのか!」


 渦の中で多くの囚人がひたすら走っている。いやでも中心の老人に目がいく。

 コナーはここ数日めだちすぎないようにしていたが、感情の爆発を抑えられなかった。何も知らない、耐えられない。


「俺はコナーだ。国を憂いて訴えを起こし捕まった。これはなんなんだ!?」

「……また面倒なのをよこしやがって」


 班長は走るのに集中している。コナーがなんとかついていく。


「なぜ走っているんだ?」

「とにかく走れ! 渦の外に出るな」

「なんなんだ! どうなってるんだ!」


 ほかの新入りも言った。


「しゃべっているとは余裕だな! 先は長いぞ」


 班長の言うとおりだった。渦は、運動しない者にはきつい速度で回っている。遅いと他人にぶつかる。ほぼ故意にぶつけられる。


「虫が出たぞ!」


 渦の外側から大きなどよめきが起こった。


「かまうな! 走れ!」


 班長が大声を発した。


「虫ってなんだ!」

「問題ない! 走れ!」


 コナーは渦の中頃にいて、渦の外ははっきり見えない。数十人分の走行ラインがある。よく見ると、走行位置と外側を区切る小さな溝があった。その外側では、一か所に集まる流れと逆に逃げる流れが混在している。人だかりの向こうで何か起きている。


「走れば問題ない。走れ!」


 班長はこれだけ。彼は渦の外を気にしていない。コナーもそれに従った。後を考えると、従わないのは致命的にまずい。それだけは確かだ。


 一時間は走った。そえだけあっても考えるのが難しい。コナーの体力は尽きている。歩くよりは速いといった程度の速度でなんとか前進する。

 班長に十回以上追い抜かれた。彼はそのたびに止まると死ぬぞと気軽に言って消えていった。


 誰もがいつまでも元気ではなく、渦全体の速度が遅くなった。疲れていたが、外は見れる。【虫】の正体がわかった。五メートルほどある足の多い青の節足動物だ。それを囚人がどうにかして殺したらしく、解体され、バケツで運ばれていた。


 そして交代の号令がかかり、コナーの房は走り終えた。

 コナーは息も絶え絶えで吐きそうだった。それでも新入りの中では走ったほうだ。彼は、情報屋時代のトラブル対処と、あの事件のために体を鍛えていた。


 班長はさっさと渦の外に出て、壁に背を預けて座り、自分のコップで水を飲んでいた。水は部屋の岩石の隙間から沸いている。


「これはなんですか? 俺はバレリアン・コナーです」

「クラウゼ・デーニッツだ」


 班長はようやく名乗った。


「あれはなんですか?」

「じじい様だ」

「魔物? それともまさか魔道具?」

「知らん」デーニッツはそっけない。「渦が速くなるとあれの足踏みも速くなる」

「それになんの意味が?」

「知らん。一定距離走る前に止まったり、距離をとった人間は攻撃される」

「看守に?」

「じじい様だ。口から酒を吹く。ロケット砲なみだ。足踏みをやめると襲ってくるという話もあるが、実際に見ていない」

「これをずっとやる?」

「そうだ、午後もある。交代で二十四時間だ」

「これは――あなたは何で、何を知ってるんですか?」


 これは、ここのすべてに関する問いだった。あまりに異様で、噂話でも聞かぬ景色だ。とても普通にしていられる場所ではない。


「俺はただの囚人だ。そう歳くって見えるか? ただし役付きは扱いがいい。特別なのは白だけ」


 腕の袖が無い真っ白な服を着ている男が部屋に複数。彼らは走らず、石製の台に座っていた。ただし同じ服で監視らしいことをしていない者のほうが多い。囚人とカードで遊び、座って土をいじくり、説法しながら歩き回っている。


 コナーの近くでは、新入りが疲弊して端で休んでいた。班長たちには日常のようで、多くが知人と話しに行った。渦は変わらず回っている。落ち着くと周囲がよく見える。


 囚人に紛れて僧侶がけっこういる。奇妙な文様の服ですぐにわかる。耳に入った説法は「活力をもたらす熱の風を称えよ」

 機神教ではないようだ。教会と信仰戦争でもしてここに来たのか。この様子では邪教とされた者もいる。

 土中から突き出た奇妙なオベリスクは珍しくない。ここでも雑誌を読んでいる者がいる。


 生活は窮屈ではなさそうだ。丸ごと地下に隔離され、完全に自由になっている。


「班長の罪状を聞いても?」


 デーニッツは善良そうに見える。コナーがカモにするタイプではない。貧乏人でもなさそうだ。


「軍にいたが、知るべきでないことを知ってしまった。話しすぎたのがまずかった。お前も聞くべきじゃない」

「実に不幸なことだ」


 白服の若い男がデーニッツに声をかけた。


「飯はいいがな」


 デーニッツは慣れた様子で答えた。この白服は知り合いらしい。


「今日は誰も死ななかったようだな、けっこうなことだデーニッツ」

「四人も同時に死ぬのがおかしいんだ」


 デーニッツは言った。


「こちらはどういった方ですか?」


 コナーは慎重に接触した。白服が絶対者なら、敵に回したら終わる。答えたのはデーニッツ。


「こっちは囚人じゃねえ、軍療養者だよ」

「え?」


 コナーはとまどった。


「バイトをしてる。隔離されてるのは君らと変わらん。なんせ呪われてるんでな」


 白服が笑った。


「ここは全員そうだろうよ、奇妙なものを隠していやがって」


 デーニッツがじじい様を見た。


「俺はセオ・カットだ。まあ、気楽にやれよ。なんせ天国だからな」


 白服が名乗った。


「バレリアン・コナーです」

「慣れれば意外と楽な所だ」


 デーニッツが立ち、軽く体操を始めた。


「白服は優秀な囚人か、隔離者のバイト、もちろんバイト先の状況は知らなかった」カットが言った。「看守はほとんどいない。看守が来るのは、物資の受け渡しぐらいだ。ずっと魔法で監視されてる」


 カットが言った。


「永久勤務の連中には看守気取りもいるが」

「なら、あなたの役割は?」


 コナーが尋ねた。


「お目付け役だよ。いい暮らしがしたいなら余計なことはやるなよ見習い。ここで恨みを買えばどうなるかわかるな?」

「今のところまじめにやらせていただいてますよ」


 コナーが当然の回答をすると、カットはハッと笑った。


「すでに細工をされている。むだだ」カットは自分のこめかみをこついた。「上に出る時、ここの記憶は自動的に消される。全員の頭に輪っかがはまってる。お前もだ。それと――」カットはつま先立ちして、コナーの頭を除いた。「やはりな。頭に鳥の足跡が付いてる」


 コナーたちは自分の頭髪を探ったが何も感じない。


「むだむだ。とにかく、ここであったことは外に影響しない。そう心得ておけ」


 新入りたちはここらで体力が回復してきた。自然と班長たちと話になった。

 お目付け役が仕事を放棄していないなら、この状況を探っているのだ。


「俺は上官殺しだ。あまりに使えない奴だったんでな」


 別の班長が言った。

 これにカットはまゆげを上げ下げして「軍的には言い逃れようのない」


「それでもまあ、同じ軍のよしみだ」

「殺されねえように努力しねえほうが悪い」


 別の班長も軍人だった。五人のうち四人だ。

 初仕事を乗り越えた新入りは、囚人と認められたらしく、生活に使う部屋にひととおり案内された。


 そして、食事は一日二食だ。食堂の岩盤のテーブルで房ごとに順番に食べる。食事係の囚人が台車に使い古された大鍋を載せ分配する。皿に入ったスープが出た。さじも付いている。かなりの量がある。外でこれほど食べられることは少ない。


「これは?」


 コナーはさじでスープの中の物をすくった。黄色で平たい物体だ。


「きのこだ。知ってるか?」


 デーニッツが言った。


「きのこはわかるが、大きい」


 彼が知るのは、塀の隙間に隠れて発生する非常に小さな森だ。さじに乗っているのは、手の指二本ほどある。

 慣れない味に多くがとまどったが、悪くなかった。


「明日になれば、皮が食える」

「きのこの?」

「いや、何かの獣だ」


 今日の虫ではないのだろうか、知るべきことが多すぎる。しかし、目立つべきではないので、コナーは同じ立場の新入りたちと親交を深めることに終始した。


 コナーは翌日もひたすら走った。休憩はあるが、そう余裕はない。昨日の運動で疲れている。

 走るのが基本刑だ。ここは健康で若い者が多い。信用を得た者は、きのこ採取や生活物資の運搬などができる。ほかにも奇妙な仕事があるらしいが、経験者が少ないので詳細は不明だ。役割配分は囚人が決定している。

 重要な扉は、魔法で遠隔制御されている。


「よう、新入り。何やらかしたんだ」とほかの房の者も興味でちらほらと寄ってくる。

 コナーは自分の罪状を知らない。とりあえず公共脅威罪が適応されているが、実際にはもっと重罰のはず。だからここに送られている。


 彼は自分が国のために戦う者であると説明し、軽く意気込みを述べておいた。これはほとんど囚人には理解されないことで、彼の計算どおりだ。


 彼の罪状は囚人のランク外にある。一般刑務所では、犯罪組織の一種とくくられるが、ここでの分類は珍獣だ。魔法の実験でむやみに公共物を破壊する手合いと同じで、警戒も嫌悪も尊敬もされていない。殺人者がざらにいるここでは、まっとうな人間に近い。


 これは自由で不安定な立場だった。おかげで誰とでも話しやすい。そもそも犯罪者とは話し慣れている。


「ペラーヨの土遊びを邪魔するなよ」というのはよく聞いた。白服に気難しい土使いがいて、関わらなければ安全らしい。ただし、最悪の場合は一撃で圧殺される。


 数日経った。いまだコナーには謎が多い。重力が反転する部屋などは意味不明だ。ぼけっとして反重力ゾーンに突入すると、天井に落ちて痛いめをみるのは見学で理解した。

 拘置所の中には、守るべきルールが書かれた新しいノートがあったが、ここには最初から何もない。

 コナーは慎重に学ばねばならなかった。


 まず平然と通貨が流通している。見たこともない金貨だ。地下を掘っているとたまに出るとか。持っていても問題にはならないらしいが、確証はない。見せびらかすものでないのは外と同じ。


 生活区の壁はずっと明るい。おかげで時間感覚がなくなる。時間がわかるのは調理係だけらしい。試験には料理方法もあった。


 皮は虫ではない、たぶん。理解しがたいが、皮を切り取れる肉の壁があるらしい。皮を切っても無限に再生するとか。肉もあって、上位者に割り振られる。

 虫の部位は討伐に関わった者に分配される。ちなみに四足獣でも虫と呼ばれる。怪物はすべて虫だ。


 じじい様は走りの神とも呼ばれていた。ほかにもマイナーな呼び名が多くある。


 コナーは、地下の権力構造がすぐにわかった。 

 ほかでも班長には軍経験者が多い。実力と指揮能力を考慮すれば当然こうなる。多くの刑務所で地位がある犯罪組織の者はいち囚人にすぎない。外部から隔絶しており面会がなく、腕っぷしで軍人集団には勝てない。それに勝てるほどの民間の超越者は、よほどの破綻者でなければ取引で前線送りだ。


 白服は、武力と看守への従順性で選ばれている。誕生数を考慮すれば超能力者が比較的多く、三割になる。僧侶クレリックも一人いる。人数は百人までと決まっている。


 寝るときは必ず監房でなければならない。ほとんど自由に囚人が生活しているが、これは重要だ。誰が決めたルールかは不明。監房では、壁を削るなと強く言われた。水が出ると困るのだという。


 ここでの生活期間と役割によって点が付与され、看守に注文を出せる。生活用品はそうやって得る。ここで買う雑誌などをうまくコミュニケーションに使うと、そこそこの信頼が得られる。


 これは影響力の増加を画策するコナーには重要だ。ただし、囚人の趣味に合わせるのは難しい。


 なお、所持品は自分で守るしかない。ただし盗みは少ない。嫌がらせや気分で壊されたりすることは割とある。

 コナーは手癖の悪いのが、撲殺死体になっているのを目撃した。その罪が事実か不明だが、なんらかの合意による処分だ。恐ろしい場所であることは事実だ。


 上からの指示は非常に事務的で、時間ごとに指示をするだけだ。個別に指導したりしない。さぼっている囚人は、たいてい同房の者にボコボコにされる。刑務はせねばならない。


 それ以外は本当に自由だ。けんかは止めるのか煽っているのか判別できない空気で止められるが、懲罰はまずない。脱獄の試みすら止められない。それを試みた者は過去にも多くいたらしく、生活区から離れた場所には無数の暗い横穴があり、迷路と化している。ここから地底の魔物が侵入してくる。

 興味はあるが、コナーが入れる場所ではない。


 非文明的なここで、彼の思想を広めるのは不可能と判断していい。行政知識と組織に割り込む技術はほぼ無価値。誰も社会に出る見込みがないのだ。


 安全のために白服と親しくなっておくのがコナーにできることだ。しかし、これもやはり軍の絆が強い。自然と縦社会になっている。


 白服の僧侶クレリックは戦闘能力は低めだが、ここの魔法使いで最も治癒能力に優れ、彼に害なす者はすぐさま血祭りにあげられ、そのありがたみを知る。当人は布教を使命と思っており、熱心な信者が多い。ここに入るのは容易だが、親しくなっても一信者としてしか認識されない。


 ただし組織ではある。コナーが影響力を発揮できる可能性があるが、奇跡が起こせないと地位を上げにくいのが問題だ。


 この宗派以外にも宗教は乱立している。断食など強烈な自己節制を伴うものから、カード勝負のまじない程度までどこでもある。


 人の趣味にケチをつけないのは、ここの重要ルールで、神の奇跡と魔術は、身体鍛錬に並ぶメジャーな趣味だ。

 地道に岩を削って、神像を彫りだそうとする者は多い。熱心だと素手で削って掘っている。

 多くの修業が無意味だが、むやみに呪文を唱える生活で、実際にちょっとした力に目覚める者もいる。素人のコナーには、この収容所だけの魔術体系が発生している気すらした。


 ただし、幻術は女の裸を作ることにしか利用されていない。


 ここでは食うに困る者はいない。調理係の印象が悪いと食事が減らされる羽目になるが、それでも外の貧困層より食っている。


 それでも耐え難いという層はやはりいる。

 完全に自暴自棄になった者は、監視機を襲って始末される。監視機に攻撃能力はないが、とにかく固い。監視機は常に巡回しており、球戯場から調理場、トイレにまで現れるが、景色と同じと思われている。


「生きてりゃ金はもらえる。外に出られる見込みはねえが飯には困らん」


 言ったのは八十を過ぎた長老だ。これが先住民の一般的な意見。

 ずっと走って休む生活だ。体力がつくと暇で困ると先住民が威張っている。コナーは食事や洗濯などの時間に道がないかと探しているが、まず記憶消去が本当かは確認できない。脱獄して帰還した者が存在しない。


 あれが事実なら、ここで過ごす今は『無い』。何も外に持ち出せない。

 もっともそれ以前に、土を掘って上にも行けない。天井に近づくと、力場に頭をがっと押さえられるという。

 人生を奪われている。無産の日々である。


 二人一組で受ける仕事があるというし、身を守るためにも、新入りの中から特に信用できる相棒を探しておく。というのが今できることと思われた。

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