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収容所

生命の木 書類部屋


 マーヒー・グリンの人生は急変した。しかし、どこであろうと、仕事をしないなど考えられない。庭の散歩だとかは仕事に慣れてからのことだ。


 彼は取引者の財務状況を逐一まじめに確認するので、完璧な簿記ができる。ここの資料は混雑しており、非常にまとめがいがある。


 しかしすぐに難題に当たった。仕事机の書類には――

 エンバクの収穫量予測不明、ライムギ不明、トウモロコシ不明、コム芋不明、ニラ不明、カボチャ不明、ミニトマト不明、スイカ不明、ピーナッツ不明、ササゲ豆不明、ミレット不明、ゴマ不明、アプリコット不明、カキ不明、ミカン不明、リンゴ不明、プラム不明、クリ不明、デーツ不明、キャロブ豆不明。


「不明とはいうのは、魔道諸国では普通なのか?」


「予定なんて立つわけがない。実りはお天気しだいだし、町の人が適当に取っていくから自動的に無くなる」


 ルキウスはいすに座り、その足一本を軸にしてグルグル回っていた。


「彼は何を言ってるんだね?」


 マーヒーが、同じく書類を見ているヴァルファーに視線をやった。


「栽培初年度でかつ農地が復興拡大中の都合です」

「取って食べるのが一番おいしいんだよ」


 サンティーが父親の横でファイアーオレンジを剝きながら言った。彼女は両親が来てから機嫌がいい。母親は子供の世話の大戦力になっている。


「作付面積はわかるのでは?」

「果樹と畑がそこそこ混ざってるんだよなあ」


 ルキウスは、座ったままいすごとバク転を繰り返していた。


「なら収支は?」

「足りなくなったら、がんばって種まいて生やす」

「彼は何を言っているんだね?」


 マーヒーが書類を見たまま言った。


「新秩序の立ち上げの時期となれば、資源は外部からの取得や旧体制資産の取り崩しに依存する。つまり、ルキウス様の個人資産と労力の持ち出しです」


 そのほかは軍が放棄した物資だ。スクラップが大量に手に入った。


「これは黒字化可能なのか?」


「住民で、農業、警備、汚染除去ができるかにかかるでしょう。保存の魔法を使った倉庫はコストが高い。安定のためには通常保存の効く穀物を増やすべきですが」


 ヴァルファーが言った。


「料理できないのが多い。調理用の物資も必要になるぞ」


 ルキウスはそう言ったが、穀物も、もみ殻ごと食べられている。


「そう言いつつ、穀物の新種を増やしたはずですね?」

「モロコシとフォニオの畑は……まあまあの調子」


 未回収地は夏は非常に暑く、冬は寒く、その変化も急激。作物品種と作付け時期は熟慮が必要だ。ルキウスは魔道諸国の汚染地で栽培実績がある品種を植えるなど考慮はあるものの、植えたい気分の物を植えている。


「現状では、魔法植物を中心とした樹木と薬草を帝国に輸出し、工業製品を輸入が無難だと思います。帝国の生産力には余剰がある。技師をよべれば発電所も建設可能です。あのスクラップは使えるらしいので、動力源はあります」


「アマンが宇宙投棄を叫んでいたな。ウリコのお店では、高値はつかなかった」

「駐留軍が縮小され、残存都市から秘密交渉は増えています。食料を供給できれば、いくつかは自ら支配下に入る。ここで切り崩すべきかと」


 未回収地は西のほうが水があって生活しやすい。しかし本土との結びつきを前提とした経済は、大打撃を受けている。逆に東は独立心が強かった。


「増産しようとして気合入れると作物が集団脱走とかするから」

「彼は何を言ってるんだね?」


 マーヒーが複数の書類を見比べる。


「魔法的な影響です」


 ヴァルファーが答えた。


「工場で生産するべきでは?」


 マーヒーが言った。

 本土の人間には、屋外農場は闇取引の印象が強い。事実、コモンテレイのスラムを支えていたのは、安い労働力を欲しがる農場主と、スラムのまとめ役との取引だ。


「あんな所で作ってるから不味くなるんだ、父さん」


 サンティーが、マーヒーの口にオレンジを突っこんだ。


「植物工場は拡大させたいのですが、設計・生産が本土ですので、なかなか」

「こっちの技術で作ると、機密物の塊になるからな」


 ルキウスが言った。マーヒーは口を動かしながら考え込んでしまった。


「で、セオはまだ発見できないのか?」


 サンティーが言った。


「はっきりしない、が正しいかな」

「軍資料と占術の両面で捕捉できず」


 ヴァルファーが言った。


「帝国に潜入して、人名と顔写真を使った占術のローラー作戦ぐらいしか」


 ルキウスが適当に言った。生家に行って髪を探すのもやるべきだろう。


「心覚兵が書類で行方不明にはならないと思います。極秘任務にでも就いているなら捕捉は困難です」


 ヴァルファーが言った。


「普通に死んでてくれれば復活させるだけで済むのに」

「経済事情は深刻の極みですが」


 ヴァルファーがくぎを刺した。


「広大な帝国内を探しまわるよりは安い」

「そもそも復活できないってどういうこと?」


 サンティーが聞いた。


「復活とは、肉体を去った魂を呼び戻す儀式だ。死にたては、魂がそこにいるから肉体を修復して定着させるだけでいい。最高位の復活魔法は、死後の世界へ旅立った魂を捕捉して呼び戻し、魂に傷があればできるだけ修復し、失われた肉体を完全に修復する。ただし魂が完全に破壊されたら終わり。なお、時間が経つと転生し、次の生を始める。そうだな?」


 ルキウスがヴァルファーを見た。


「同じ認識です」

「つまり魂が死後の世界で見つからない。基本的には死んでないってことだ」

「ふーん」


 サンティーは並べたオレンジを剥くのに集中している。


「確認するが、そのセオ・カットだけでいいんだな?」

「ああ、ほかにも能力開発機関時代の知り合いはいるけど、セオは家族もいないし、柔軟だし」

「大勢選んでくれてもいいんだぞ。むしろぜひ」

「普通に軍務に就いているのを誘拐したらどうなることか」

「私の努力で友達になれる可能性も……」


「無理だろ」とサンティーが即答し、「無理では?」ヴァルファーも言った。


「なんでお前まで否定するんだ?」

「ルキウス様の戦友は、特別な才能がある方々が多かったですから」


 ヴァルファーは言葉を選んだ。ルキウスが席を立つ。


「優秀な専門家が増えてよかったな。さて、私は別件がある。穴掘りとか」


 ヴァルファーも続いて立つ。


「グリンさんは、農業は気にせず、貿易傾向と必要物資量の予測を出してください。コモンテレイに追加資料も出させるので。私もしばし失礼します」


 ルキウスとヴァルファーは部屋を出て、別階の部屋に移動した。そこにはソワラが待っていた。


「アクロイドン収容所の情報はそろったか?」


 ルキウスが言うと、ソワラは写真を含んだ資料を渡してきた。


「まず、送られてきた情報に仕掛けは無いと思われます」


 この調査は未回収地外の鍵鼠衆に頼んだ。ルキウスが顔を合わせた者は、仕事ぶりが信用できそうだが、本土の組織はわからない。比較的面白い支部から支援する予定だ。里と交渉しても無個性で面白くない。


 国主である衙護がご将軍にとりつごうとしているから、友好を望んでいるのは間違いないが、本拠地のあるホツマ国を捨てるとは考えにくい。


「で、やはりか?」


 ルキウスが資料を受け取り、座る。


「ここはおかしいです」ソワラが言った。「カサンドラでも施設の外観すら視えず。首都の政治中枢や司令部のある軍基地に匹敵する妨害です。写真は外部から撮影されたものです」


「なるほど」


 ルキウスは大量の写真を机に並べた。フェンスに囲まれた町で、周囲は雪原だ。撮影時期は、吹雪いていたようだ。これに紛れて接近したと推定される。


「ここは入る物資より出る物資のほうが多いのです。特に食料は少ない」


 写真には畑が確認できない。農作業はさせていない。植物工場はありそうだ。


「悪魔の生贄にでもしているのか?」


 ここまで情報からして、アトラスのクエストなら最後に魔王が召喚されそうだ。


「さすがルキウス様。帝国の果てまでも鼻が利くとは。本土攻撃を想定した襲撃施設のリストに入っていませんでした」


 ヴァルファーが言った。


「あちらから引っかかってきただけだ」


 ルキウスは、コモンテレイを見たときからしっくりこなかった。より正確には、報告書の時点で不可解さはあった。 

 ザメシハの町と人々からは国全体を容易に想像できた。帝国は全体が奇妙にかみ合わない。からくり箱の内側に隠れた部品が欠けて変化した音を聴き取ったのだ。


 そこから人探しをしていたら、砂を噛んだような違和感に当たった。面倒なことだと思った。知らないふりはできないらしい。


 ソワラが続ける。


「公式には総合的な収容所で、戦争神経症者の療養、良家で非行者が出た場合の治療という隔離を行う病院、政治犯の隔離、長期刑務所、など多様な役割を兼ねています。療養者の一部は復帰を確認されています。

 過去、鍵鼠衆はこれに注目、百年前に重要調査対象に設定。人員を送るも、中心部には近づけず。療養所の様子は比較的正常。収容所の中心区画の調査を試みた人員は誰も帰らず。警備の兵士も中に入りません。外と中で別管轄です」


「百年前にはあったんだな?」


 ルキウスが言った。


「王国から帝国への移行期にあたる二百年前には人がいます。最初期にあったのは、近くの針葉樹林を利用する製材所です。それがいつのまにか刑務所になり、周辺施設も拡大しました」


「ここは事実上の帝国の北限といえます」


 ヴァルファーが言った。これより北には、小さな哨戒所しかない。


「最終的に上忍からなる強行偵察部隊を送るも、施設内の通路で遭遇した看護婦を突破できず撤退。ネズミなどの獣の潜入工作も失敗、奥には入れず」


 ソワラが言った。


 先のコモンテレイ戦での特殊部隊、ルキウスの感触では約四百レベル。転生回数が多いなら、実際のレベルはより低いかもしれない。

 まったく同じ部隊から、平均とは別次元に強烈な一撃を受けることもあったが、天与能力アビリティだろう。


 そこから上へ抜けた特別な者は、名を持つ存在となり社会に認識されている。厨頭鼠ズズソは、瞬時に顔と服を変えて集団に溶け込める。習得した術の多くが潜伏向きで計りにくいが、高齢もあり五百はある。半島の上忍も同じぐらい。それでも、諜報より戦闘向けの人員を送ったはず。


 囚人の逃走阻止にしては、過大な戦力がいる。


「看護婦ね。ここをなんとかするのがお仕事か……」


 ルキウスは病院の写真を見た。五階建てで奥行きがなく、特別に隔離向けではない。軍人なら、素手で格子窓を破って逃げられる。窓に魔法の仕掛けがあるのを警戒したほうがいい。


「病院特化職には、施設内限定の超能力者などもいましたね」


 ヴァルファーが言った。


「収容所というからポツンとあるかと思ったが、これは都市だな」


 周辺地図には、収容所を終点とする鉄道があり、何かのパイプが並走している。これを南東へ七十キロさかのぼると、大規模な化学工業地帯がある。


 これを見て刑務所のたぐいとは思わない。敷地には工業施設らしいものもある。計画都市のようだ。


「推定でコモンテレイの四分の一ほどあります」


 ヴァルファーが答えた。小都市ほどの大きさだ。


「囚人や隔離者が近くの工業都市で労働しているということはありません。物資のやりとりだけです。古い時代はあったようですが」


 ソワラが言った。

 刑務所は囚人を働かせるためにある。労働させないと赤字を垂れ流す。これだけ大型化させるなら利益がある。


「一番奥にある建物はなんだ?」


 収容所の真ん中にかなりの敷地を消費した建物がある。中央供給所に似ている。軍基地なども含め、横に広い帝国の大型建築の基本的な形だ。ただしこちらは中央に高い建築がある。


「管理棟かと。所長室もそこにあるようです」


 軍事施設なら指令所は最奥だが、刑務所では違和感がある。

 管理棟を直接囲むのは倉庫に見える。機能性を求めるなら、看守の控え場所の隣に囚人棟がありそうなものだが、囚人は別区画だ。


 病院は総じて外側にある。外の景色を見る配慮ともいえるが、壁上の建物を内外の遮断に利用しているともとれる。これは帝国の都市でよくある区画配置だ。


「この中で一番多いのは囚人だな?」


「はい、入所から十年生存すると仮定すると、二十万います」


「そう考えると狭いな。監房に詰め込んだ感じだ」

「そうですね」

「これはやっかいかと」


 ヴァルファーが目でやるのか? と問うた。帝国の最北部、場所は森ではなく市街、不審情報過多、敵戦力不明。


「ダンジョンアタックになるな。しかも捜索クエストと逃走クエスト付きだ」


 メルメッチが万全なら、まず単独で警戒網の手前まで潜らせるところだ。しかし無理だ。彼以外の索敵役も大半が死んで弱体化した。となると索敵役はルキウスしかいない。純粋に野伏レンジャーとしてのレベルなら、ザメシハの上位陣のほうが上だろう。プレイヤーとしての嗅覚がどこまで通用するかにかかっている。


「空軍が出張ってくると危険度が大きく上がります」


 帝国が収容者の脱走を嫌うなら施設ごと消し飛ばす。自爆装置がある可能性もあるが、整備が必要な危険物を、反乱のリスクがあり戦力が少ない場所に継続配備する可能性は低い。そもそも敵襲を受けない位置で、警備軍の装備も軽火力だ。


「エルディンを外部に配置しよう。困るな。誰と行くか」


 ルキウスは考えこんだ。

 器用な盾役のヴァルファーが弱体化した。ヴァーラが欲しい場面だ。

 しかし、彼女は一度死ねるとはいえ、彼女が死亡する状況だと全員が危機的。そんな状況なら全力で逃走するべきだ。復活役は安全圏におくべき。


 コモンテレイ防衛の時と違い、現実的に全滅が起こりえる。あらゆる状況に対応できないといけない。最低でも、突破力と離脱力が必要。しかも、成功すると帰りは荷物が増える。


「私がご一緒いたします」


 ソワラが当然のように言った。


「戦力が減った未回収地で何事かが起こらぬとも」


 ヴァルファーが言った。


「急所を攻められた瞬間に攻勢で返すほどの胆力があるのはルキウス様ぐらいのものです」


 ソワラが言った。


「困るな。帝国を刺激したくないし、遠い」


 ルキウスが呟く。


「首都を一撃しておけば、目をひけますが」


 ソワラが言った。


「和平をするなら追いこみすぎでは?」


 ヴァルファーが言った。


「こんなときこそ決定打です」

「魔術での【帰還】を警戒して射程が短いが、弾道ミサイルがある。未回収地の西側は射程内だよ」


 帝国が通常の長距離ミサイルを使わず、大型ミサイルは必ず弾道ミサイルだ。これは高く上げてから落とすため。高速で落下軌道に入れば、送り返されない。


「短射程は、神代に誰かが配置した衛星に頭を押さえられているせいもあるな」


 ルキウスが言った。


「以前にもお伝えしましたが、帝国北部上空には、彼らが守護星とたたえる【帝国の星】があります。帝国はこれを制御できている可能性が」


 ソワラが言った。


「それは施設内に入ってしまえば関係ないと思われます」


 ヴァルファーが言った。


「はあ、困る」ルキウスがため息をついた。「ダンジョンアタックなら、荒野の大規模遺跡でやったほうが実入りがあっていいんだが」

「まず鍵鼠衆に押し付けるべきです。彼らは信用を得たがっている。こちらの装備を供与すれば支援と同時に力を示せます」

「いや、目に入ったってことは、行け、だ」

「急ぐ理由はないはずです。むしろ捜索対象の正確な情報が必要です」

「急かされてるんだよ」

「誰に?」


 ヴァルファーが怪訝な顔になる。


「さあ? セオ・カットがいなかったら、創造主級の神々に苦情を入れないと。クエスト報酬の設定ミスだって」


ゾト・イーテ歴 三〇二〇年 五月 三日


 鉄道の揺れとは慣れないものだ。車両全体がうねりながら、ガタガタとなり続ける。このような奇妙なものが、一般的にならないのは理解できる。


 バレリアン・コナーは、北へ運ばれていた。

 彼はフエーホブ中央供給所占拠事件の主犯である。彼はもともと中央の行政官で、緩慢な政治と関係各所の個人的利益を源流とした不合理な要求にうんざりして職を辞すると、土地を流れ職を転々とし、各地で地下組織と関係を持ち、情報の売り買いをするようになった。


 彼は放浪中に、問題を抱えた者を嗅ぎつける能力に気付いたのだ。初見でかすかな不快さを覚える人間は、家庭、借金、出世欲などの問題を抱えていた。つけこみやすい人間だ。それぞれの階層の酒場で、客と仕入れ元を判別できた。


 彼はやがて、国家を改革する【目覚めの号砲】を組織した。組織は下請けで、使われている感はあったが、実地の力が手に入れば良かった。


 そして彼は治安部隊の突入で敗北を理解した。驚く必要はない。通る見込みのない要求だ。事件を長期化させて注目を集め、突入で施設全体を爆破する。官憲が死ねば体制の失敗になると同時に、治安要員も上に不満を感じる。改革に近づく。


 しかし中でトラブルが起きたかと思うと、爆破装置は無反応になった。どっちにしろ爆薬の設置は途中だったが。

 

 彼のいた保安室で手元の爆薬を点火しても、二、三人殺せるかどうかだ。効果が薄すぎる。それならと、彼はすんなり投降した。


 コナーは、取り調べでよどみなくしゃべった。捜査官に議論をふっかけたり、しゃべりすぎた。多くはダミーだし、犯罪に関わった業者がどうなろうが知ったことではない。本当に重大なことは知らない。


 終盤には、くたびれた読心能力者マインドリーダーが出てきた。口先のうそは通用しない。

 しかしうまく読ませた自信がある。超能力者は素人をなめている。読めるのは意識だけだ。彼は事前に知り合った心覚兵を利用して訓練をしていた。


 思考の表層と表情を操り、仲間に関する開示情報を絞り、ついでにこれまでに知った告発を押し付けておいた。


 そして早々と収容所送り。そちらでも尋問されるのだろう。

 過去に思想犯を奪還するために軍基地が襲撃された例があり、逆に恨みや口封じに消しに来る場合もある。都市においておくのはトラブルのもとだ。


 今目の前にあるのは、何も器具の無い車両に詰め込まれた囚人たち。

 政治犯だけではない。全地域の犯罪者が詰め込まれている。一部の頑固な黙秘者以外は、己の罪状、身の上話、傷病自慢、所属などの話題でなわばりの探り合いをしている。まったく話がなりたたないほど非社会的な者はいない。


「お前さんは何をやったんだ?」


 隣の男が、気になっていただろうことをようやく尋ねた。

 コナーも自分の罪状を決める必要がある。安い武勇伝はやめるべきだ。彼はチンピラには見えない。


「俺は国の腐敗と戦う者だ。国家に主張を突きつけるために公共施設を占拠したが、面倒なのとやりあうことになって、このざまさ」

「面倒なのってのは?」

「あのローレ・ジンだよ」

「吹いてんじゃねえぞ。前線じゃねえのか」


 男はまったく信用していない。


「ちょうど町でパレードをやっていた。もちろん、現場に現れるなんて思ってもいなかった。仲間の多くが戦ってやられ、あの英雄と対峙することになった」

「直接?」


 男は興味を示した。


「彼は生身だった。俺はとまどったよ。まさか先陣をきって突入してくるとは」


 すべてうそだ。出てくる予測はできたし、注目が集まるなら好都合と考えていた。


「へえ」


 男は聞き入っている。


「それで一瞬とまどっただけで銃を切られた。鮮やかな切り口で、部品が落ちたときの音を覚えている。ガンと落ちて転がった。だが俺にも告発がある。とっさに距離をとってナイフを抜いた。どうにか三合斬りあった。生きた心地はしなかった。奴の剣が割いた空気だけが見えていた」


 周囲も英雄の名前に聞き耳を立てていた。


「さすがにどうにもならないと覚悟した。そこでジンは言った。悪くならようにしてやるから降伏しろとな。おとなしく降伏したよ」


 男はコナーに興味を示し、ほかにも話を求めた。コナーは起きた反乱事件をよく知っている。そして語りは求人でよくやったことだ。彼は男にとって娯楽であるだろう話を続けてやった。


 このような鈍い男は彼の軽蔑対象だったが、自分より下がどれだけ無能でも気にはならない。彼にストレスを与えるのは、立場あるものだけだ。


 帰れぬ地といわれる最果ての収容所へ道のりは長い。彼らはぽつぽつと話しながら刑罰の一部かと思われる揺れに耐えた。やがて、半日以上走った電車は減速し、完全に停止した。

 護送官が外から車両のドアを開け、出ろと命令し、彼らはホームに出た。


「意外と寒くないな」

「北でも夏は夏らしい」


 ホームは囚人に絶望を植えつける場所ではなかった。何もない。どこまでも続く線路と威嚇的に彼らを包囲する武装看守がいるだけだ。閉所からの解放で快適だ。


 ホームを出ると、建物の隙間の通路を通り、刑務所の入り口を超えた。道は舗装されておらず、雑草が元気に生えていた。土は悪くない。刑務所に入ると、魔道具の棒で検査を受けて六人組で狭い監房に入ることになった。

 

 刑務所とほかの区画は、フェンスで区切られているだけだったが、外側にはイヌがいた。イヌは珍しい。獰猛そうで、いつ休んでいるのかわからないほどいつもフェンスの近くにいて、軍人のような整然とした足取りで警戒していた。囚人の肉を餌にしているのではないかとささやかれた。


 刑務が始まる。一般刑務所なら、鋳物、廃材処理、塗装、清掃などから入って、腕のいい整備士になるのが更生の道だ。アクロイドンともなればそういくものではない。


 彼は、銃の部品や爆薬でも作らされるものだと思っていた。機密の仕事に永久の囚人は使いやすい。そんな工夫がなければ一般的な切断作業。でなければ、まったく想像できない危険な仕事だろう。魔術絡みの作業は事故が多いと聞く。


 そして、やってきたのは筆記試験。三日続けて試験。全員が困惑した。内容は、心理、超感覚、基礎学力、法律が多い。文句を言って、刑務官に警棒で殴られる囚人が相当にでた。


 それから三日経った。刑務はない。先住の囚人との接触もない。コナーは看守に呼ばれ、どこかへ移動になった。


 問題は起こしていない。選ばれたのだ。幸か不幸か、死刑台ということはない。ここからが本番だ。再起にかけるなら、囚人内で影響力を持ち、看守と意思疎通できる程度の立場にならねばならない。


 ほかの監房からも囚人が選ばれ、二十人ほどが列になった。重武装した大勢の看守が遠まきにした状態で移動する。


 彼らは刑務所から離れ、大きな建物に入った。正門ではない妙に狭い入口だ。そこは一本道で窓がなく、古びた電灯の数は少なく暗い。行きついた広い部屋の中央には、床がなく大きな空洞がある。


 深い立坑は、白いコンクリートで、深さ五十メートル以上。電灯が弱いせいで底は見えない。この下へ向かう。壁面にある鉄のらせん階段を下っていく。かなり長い。この段階で誰もが尋常ではないと思っていた。

 

 底に達すると、人が通るに十分な横穴が一つ。岩盤は堅そうだ。

 鉱山跡だろうか? 採掘仕事とは思えない。鉱石を運んだ痕跡がない。だとすると遺跡ぐらいしか候補はない。


 その穴を進んですぐ、ドーム状の空間に出た。岩の空洞で、反対側に鋼鉄の扉があり、まだ道は続く。


 コナーはこの地の底で羽ばたきの音を聞いた。

 上からだ。暗く、非常に高い天井、闇の中から巨大な人型が浮き出ていた。それが両手を広げて足をそろえ、十字になって天井から吊られている。


 頭には羽根が頭髪のように生えており、顔には数重の白い皿が折り重なっていた。それが顔なのか仮面なのか、目や口はない。体はボロボロに朽ちた人形のようで傷だらけで、ねじくれた病的な翼が多く生えている。全体的に鳥の印象がある。

 

 その体を、鳥が止まり木にしているようだが、遠くてはっきりとしない。

 わずかに揺れており、指が動いた気がした。


「なんだあれ!?」


 囚人たちがざわめく。

 何かのまじないにしては、趣味が悪いものだ。コナーはひたすら見入った。ほかの囚人もそれにならった。


「止まるな」


 看守に警棒で突かれ、何度も突かれ、彼らはやっと進む。それでも視線は上に釘付けになった。


「まともじゃない」

「あれはお前たちを逃がさぬように監視しているものだ。あれにかみ砕かれたくなければ、脱走など無駄なことはやめておけ」


 看守が言った。看守たちは仕事に集中していたが、やや伏し目がちで上から圧力を感じているようだった。あれは穏当ではない何かなのだ。


「そのまま道なりに進め」


 囚人が扉の先に進むと、看守はそう言って扉を閉めた。地底に閉じ込められた。細い道は電灯がなくかなり暗いが、遠くにかすかな光がある。囚人たちは不安から逃げるようにそちらに進んだ。

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