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パレード2

ほぼ同刻 中央供給所を囲む治安部隊の待機所


 ジンは治安部隊の黒いボディアーマーを着ていた。腰には刀を差し、ホルスターに拳銃ハンドガンが収まっている。彼は、供給所の死角になる横道にできた警察と憲兵の臨時拠点に戻ってきた。


「だめだな。馬鹿は人の話を聞かない」

「大佐よりは賢いかもしれません」


 副官が言った。


「あいつは自分と話していた。空想に長い時間を費やしているにすぎん。そんな時間があるなら、町の外周を十周ぐらい走れ。そうすれば悩みは解決するものだ。それで運が良ければ国が興せるぐらいの落とし物を拾う」

「二百年ぐらい前の発想だと思われます」


 ジンは副官の言葉を聞き流して振り返り、さっきまでいた大通りを気にした。


「あそこの情報は?」

「あちらの方が」


 副官が示した先には、車両がいくらか停まっており、装備を整えた治安部隊が二十弱いた。テロリストの殲滅をやるだけでも犠牲がでそうな数だ。中央供給所は広大で遮蔽物が多く、待ち伏せできるだけの奥行きがある。


 ジンは警官の塊に近づき当然のように言った。


「よし! 図面をよこせ」

「無理です。そもそも軍の出番ではない。大佐の装備もないはずだ」


 ジンより大柄な中年男性が応じた。治安部隊の隊長だろう。


「よろしい! 君は実に勇敢だ。君の家を、我が特別機装部隊の演習地に選定してやる。多少は穴が空くと思われるがご理解されたし」

「本当にやりますよ、英雄なので」


 副官がぼそり。


「あれをどうにもできないでしょう」


 隊長が渋い顔をした。


「なら君がどうにかするのか?」


 隊長が鼻息をふかして返答を考えるあいだに、ジンは書類を奪い取った。


 地元の警察でどうにかできる状況ではない。彼らでは武装強盗団を追って潰すぐらいが限度だ。


 中の状況を知る魔道具も無ければ、心覚兵もいない。今頃、大都市から帝国憲兵団の急襲部隊が向かっているはずだが、到着してもよくはない。ここの帝国憲兵団は重武装で押し切る傾向がある。人質に大きな犠牲を強いることになる。なんなら人質も犯人の影響を受けていると判断しかねない。


 壁、天井をすり抜けられる者が複数必要だ。内と外の両方から奇襲をかけるべき。しかし、それができる者はこんな場所で安い危険に飛びこまない。


「人質の人数は?」


 ジンが供給所の設計図を見ながら隊長に尋ねた。


「不明です」

「大まかに割り出せるだろ」

「少なくはないでしょうが……」


 隊長は困っている。

 地元の最重要施設の利用状況も認識していない。ジンは気を悪くした。


「君! ヘルメットはしっかりかぶっているだろうな」

「は?」


 隊長がとまどったと瞬間、ジンは片手で隊長のボディアーマーのベルトをつかみ、ボールのように投げた。隊長がかすかに声を出し飛んでいく。


「うああ!」


 十メートル以上飛んだ。そして警察車両の屋根を滑って道に落ちた。


「機装が無くてもこれぐらいはできる。遠投最高記録に挑戦したい者はいるか!」


 ジンが堂々と周囲の警察に言った。彼らは驚愕で黙っていた。

 警察ごときはぶん殴って従わせても問題ない。急襲部隊は皇帝直轄で無理だ。ただし現場の隊員は友好的だろうから、中身を入れ替わるぐらいは可能だ。断られたとしても、屈強な急襲部隊の隊員が道で転倒して病院送りになるのはよくある。

 問題は、彼ら軽装甲高機動の機装鎧でもジンには重いことだ。最低でも発掘品でなければ、反応速度が遅く邪魔になる。


「テロリストに機装兵はいないな?」


 ジンが副官に聞いた。


「周囲のカメラを確認したかぎりではそこまでの大荷物は無いです。火炎放射器が敵勢力の要でしょう。しかし、物資に紛れて事前搬入された可能性はあります」


 副官が言った。火炎放射器は射撃したら爆発する。ほかの爆発物もあるだろう。


 南部では、このような事件が割とある。本気の分離独立勢力なら、旧式機装の所有を考慮せねばならない。機装は素人が使っても分厚い防弾服にすぎないし、適性がなければすぐに転倒して動けたものではないが、熟練者が使っていれば中に戦車がいるに等しい。


「下水からは?」


 大規模施設なら、入口があってもおかしくない。


「人が利用できる施設との出入り口無し。静かな突入は無理でしょう」


 副官が言った。

 ガチャーン! 派手な音がした。供給所のほうだ。ジンたちが通りをのぞいた。

 道路には、マスクをつけ武装した男が転がっていた。起きようとしない。失神している。道にガラスが散乱し、供給所の窓に穴が空いている。


「あれはテロリストだと思うが、どうか?」


 ジンは一応確認した。


「ほぼ確実かと」

「勝機! 今しかない!」


 ジンは供給所へ駆けだした。支給されている多機能サングラスをつけた。


「待ってください大佐! すぐに――」


 ジンは言葉を振り切って加速する。馬鹿正直に正面から突入する愚は侵さない。きれいに跳躍、二階の窓を突き破る。設計図を頭に浮かべ、瞬時に周辺確認。

 衣服などの消耗品がある棚が並んでいる空間だ。遮蔽物が多い。


 近くにアサルトライフルのテロリストがひとり、四十メートル先にふたり。それ以外は見えない。ジンが刀に手をかけ着地した。近くがこちらを認識、驚きつつも銃を構えようとしたが、すでにその首は飛んでいる。


 遠くのふたりが銃を構える。

 そしてひとりがババッババと発砲、遅れてもう一人も。

 ジンはそれを横にかわしつつ、「〈空斬り〉」刀が振られ斬撃が飛ぶ。ひとりが首から血を出し、銃を乱射しながら倒れる。


 それに片割れがとまどい、少し射撃が途絶えた。ジンが加速、一直線に距離を詰める。


 猛烈な接近に気づいた片割れが驚愕の顔で引き金を引く。ジンは動きを変えた。

 斜めに走って弾を集めさせず、当たりそうな弾は刀の腹でそらす。アサルトライフルと防弾ベストごと切り裂いた。切り口は、肩から入り、心臓を通り、胴体を割っている。


 ジンはすぐに箱を運ぶ台車を使い身を隠した。銃声がない。足音も聞こえない。


 機装鎧が無いから戦えないということはない。腕力、火力、装甲、索敵と引き換えに、感覚は鋭くなり、軽快な動きが可能になる。彼が本気で走れば常人にははっきり見えない。

 そして、彼が知る最高の侍から腕と一緒に奪った雪波ゆきなみが、防弾装備を難なく切り裂く。


 彼が突入すれば、警察もどうにかして入るしかない。そしてむやみに発砲できない。英雄に弾を当てたら、組織が許しても民衆が許さない。


 バシィーン、遠くで轟音が聞こえた。爆発音ではない。知っている音だ。浴びせられたことがある。それよりは重い音だ。


「……電撃?」


 施設全体の照明が一斉に落ちた。窓から遠い、階の内側はかなり暗くなった。サングラスで明度が上がるので見えてはいる。とはいえ、銃弾が見づらいのは支援のない彼には致命的だ。


 ジンが姿勢を低くして慎重に進むと、焦ったテロリストが前を走りぬけた。彼以上にテロリストは混乱している。その近くに人質の集団を発見した。爆弾を付けられるようなやっかいな拘束はされていない。


 監視役一人に、加わったのが一人。一気に斬れる数。

 この施設でもっとも暗いのは、天井近くの中空だ。静かに人が飛べば、すぐに脅威とは認識できない。


 ジンがその跳躍のタイミングを考えていると、敵が追加されてしまった。順番に増え、九人になった。異常を察して集まったらしい。


 直径十メートルの円に収まってくれれば、混乱のうちに斬る自信があるが、ばらけている。銃で密集隊列を組むほどの素人ではない。相互支援をやる意思はある。

 位置がよくない。人質の近くの敵へ斬りこめば、そこを狙った弾が当たる。人質近くの敵を残すわけにもいかない。


 いいこともある。

 ここに敵が集まるということは、二階の人質はあそこに集中している。しかし全部ではないだろう。五十人もいない。


 ジンは判断に迷い、身を隠して監視を続けた。銃声がときおり聞こえるが、すぐにやむ。これは敵が意図したことではないようだ。何かが起きている。


 監視を続けていると、悪いことにふたりがジンの潜んでいるほうへ歩いてきた。ジンが斬った三人が応答しないことを不審に思って探しに来たのだ。


 このままでは見つかる。避けても死体は発見される。いい展開ではないが、近くに来た敵を一手で切り捨て、そのまま接近して斬るしかない。

 彼はしっかり身を隠し――バババッバババ! けたたましい銃声が連続した。

 

 しまった、人質が処刑された。彼はそう思った。しかし違った。全員が同じ方向に撃っている。人質の集団は伏せていた。


 そして撃たれている方向からだった。

 暗い二階を太い電撃が突き抜け、猛烈に明るくなった。心覚兵なら大佐以上の出力。その電気を浴びた数人が倒れ、悲鳴をあげて転がった。


「中に心覚兵がいたのか?」


 ついてる。だが、遠くに見えた電撃の発射者は目出し帽だった。しかも、闘技選手の覆面でも見ないような派手な絵柄で、いかにも犯罪者的だ。


 それは銃弾の嵐の中を平然と走ってくる。弾を磁界でそらしている。

 敵なら危険だ。今のジンにあれが直撃すればダメージは大きい。

 しかし、目出し帽はあきらかに人質を避け高めを狙っている。ひとりがそれを認識し、人質に向かおうとした。


 輝きとともに彼の銃にまで伸びた電撃が、ロープを引くようにその銃を引っ張り、そのまま引き倒した。彼がさらに引き寄せられ、電撃を受け動かなくなった。


 しかし、残った敵が人質の少し後方に下がると、目出し帽は周囲を警戒して歩みが遅くなった。防御にも力を割いているらしく、正確な攻撃と両立できないのだろう。あるいは爆発物を匂わせる要素があったのか。


 魔法使いには距離をとる。素人にしては上出来だ。

 しかし、それはジンへ接近したこと意味する。彼らの首が立て続けに落ちた。


 目出し帽は、ジンを見て一瞬身構え、すぐに一階への階段へ消えた。


「カウンターの奥へ隠れておけ!」


 ジンは人質に避難をうながし、視界に収めたすべての敵を斬った。さらに別の役割か、隠れていたのか、遅れて倉庫から顔を出した敵を斬り捨てた。 


 二階の敵を完全に掃討できたかわからない。しかしまず一階に向かう。入り口の周りの敵さえ排除できれば警官と憲兵の数で制圧できる。


 彼が一気に階段を飛び降りると、目出し帽の背中が見えた。銃声は大きくなっている。その音のほうを探ると、遠くに変な仮面を着けた奴がいて、素手でテロリストを粉砕していた。


「どうなっていやがる」


 ジンは状況判断に迷ったが、まずは目出し帽の背中を追った。


「待て! おい」


 目出し帽は呼びかけに応答せず、逃げた。

 テロリストグループとは毛色が違うが、友軍ではない。


 妙な状況だが、放置はしたくない。視界に収めておかないと、攻撃されたときに死ぬ。ジンは目出し帽を追いつつ、周囲の状況を把握していく。かなりの数のテロリストが倒れ、避難しようとしている人質がいくらか見えた。目出し帽との距離はどんどん詰まる。静かだ。


 ジンがなんとなく確認したのは、銃声がしていたほうだった。

 仮面だ。ほんの少し前には、アサルトライフルを当てるのが難しいぐらいの距離にいた。それが十メートルぐらいにいる。走ってきている。ジンに衝突する。


 ジンの手は無意識に、理想的に動いた。

 迎撃の一閃。仮面だけを割る完全なタイミング。仮面が速すぎいくらか深く入る。それがきれいな空振り。かつて、本気の空振りなどあったか? ジンはすぐに向きなおった。


 仮面は、頭をやや後方に下げただけだ。わずかな差でかわしている。

 右手には剣を持っている。明らかに研がれておらず、物理的には切れない。材質は木であるように見える。魔道具かもしれない。


「なぜ向かってきた? お前はなんだ?」


 ジンは刀を構え、この異様に話しかけた。


「昼夜問わぬ不退転の衛視にして、無慈悲と冷徹の弾丸で悪を討つ者こそは、鋼鉄の獅子なり」


 仮面は芝居がかったポーズをとった。


「……知らん」

「なぜ知らんなり? 腐敗役人を成敗する人気者なり。四作も出ているなり」

「ここにいるのはテロリストだが、つまり、そっち側か?」


 ジンは周囲を気にした。戦闘の気配は感じられない。人質たちがここから距離をとろうとしている。


「不測の事態で予定が狂ったなり」


 仮面は頭を傾けて落ちこんでいる。


「だからお前はなんなんだ? どこの組織の者だ?」

「よくぞ尋ねた! その正体は皇帝のご落胤なり」


 仮面は急に元気になった。


「空想の産物だな」

「実物だったらどうする気なり?」

「本物なら斬れる」


 ジンがもう一度斬りかかった。仮面は体を横にしてかわしたが、仮面の周囲についたいた髪の一部が切れた。


「苦労して作ったたてがみが台無しなり」

「そもそもそんな目立つ物を持ち歩く奴がいるわけないだろ」

「ここにいるなり……ここにいるなり!」


 仮面が不服をあらわにした。

 奇天烈な相手だ。こういう目立ち方をする奴はとんでもないバカだ。試合であればそうだった。見掛け倒しで弱い。


 とにかく異様だ。そもそも、最初に見たとき装備は無かったはず。いや、確実に丸腰だった。鞘が無い。紐が無い。あれを携帯できない。


「不審者なのは理解した」


 ジンが小細工なしの袈裟斬りを見舞い、仮面が正面から受ける。


 刀と刀が触れた。ゴリッ、やはり金属ではない。

 両者が刀ごしに押し合う。腕力は五分。ただし相手は後から受けた。それは筋力的に不利だったはずだ。超人の領域。


 得体が知れない。軍人とは思えない。民間にも手練れはいるが、自分と斬り合えるような人間は知っている。

 ジンは全力で斬りこむと、仮面は後退した。


「突入に協力してやったなり。仕事時間は終わり、帰宅させてもらうなり」


 仮面は当然の権利であるように言った。


「協力に感謝して俺が肉を食わせてやろう。来てもらえるな?」

「断るなり」

「ならばやはり不審者だ。肉を食いたくない奴は存在しない」

「偏見なり」


 斬りあうこと数合。やはり強い。しかし途中で仮面は距離をとった。


「視界が悪いなり」


 仮面は、わずらわしそうにずれた仮面を直した。緊張感がない。


 周囲では走る音や話し声がしているが、銃声はない。テロリストはおおむね排除されたのだ。やったのは、目出し帽と眼前の仮面しかいない。


「誰だお前は?」


 いくら考えても思い当たらない。


「知りたいのか? ならば教えてやろう」


 意外にも、仮面は自分の仮面に手をかけた。ジンはその動作に集中した。そして現れた顔はジン。鏡で見る彼の顔だ。彼は怪奇な形相で言った。


「俺はお前だ」


 ジンはその顔を全力で斬りにいった。

 偽物はかなりあわててこれをかわした。


「うお! おい! 自分を斬るのかよ」

「俺はもっと端正で若々しく、それでいて渋さと鋭さを併せ持っている!」

「いやいや、欲張りすぎだ、実現できん」

「ところで」

「なんなり?」

「それの視界はいいんだろうな?」

「もちろんなり」


 ジンは魂をたぎらせて連撃を放った。偽物もその剣技で受ける。息をつくも間もない。どちらにも傷はつかない。


 千に一の手練れ。だとしても、あの鬼には遠い。ジンのほうが技で勝っている。


 しかし武器は異様。斬るにも携帯にも適さない。鍔もない。よほど特別な理由がなければこのような武器を使うわけがない。ジンには想像もできない技術や都合、めぐりあわせによってこの状況が生じているに違いがない。

 しかし、そんなことはどうでもいい。斬り勝つ。それは何よりも優先する。一撃入れないことには話もできない。


「おお、不利とは、なり」


 偽物が感心していた。


 ジンはそれを気にせず斬りこんだ。とにかく勝つ。彼の斬りこみは、偽物の剣をその腕ごと大きくはじいた。防御ががら空きだ。


 軽い! あまりにも軽い。偽物は力を入れていなかった。そして逆の腕に剣! その突きがジンの肩をかすめた。


「ぐっ!」


 さらにもう一本の返す一撃。ジンはそれをどうにかやりすごした。

 偽物は二本の剣を持っていた。同じ物だ。そして二刀流の構え。


(やはり携帯手段がある。引き寄せではない。何か動作をしている)


 偽物はまともに切り結ばなくなった。足を使って距離を自由に操作して戦っている。しかし、片手で持ったそれぞれの剣は、両手持ちと同等の威力がある。


(スキルだ。こいつは二刀流のほうが力がある)


 半島には二刀流がいない。すくなくとも戦争では見ない。忍者が短い刃物を二本持つことがあるが、作業に使ったり投げたりするもので、斬りあうものではない。

 機装兵のアクチュエータの出力に対抗し、装甲を両断するには腕力がいる。


 偽物は、安い機装鎧より力がある。

 斬りあいを前提とした剣技。これほどの手練れと斬りあうことはもう一生ないだろう。千載一遇の好機にジンの全身が熱くなった。


 しかもこの敵は剣の道を歩む者ではない。剣とは基本的には棒。いかに正確に速く振り、攻防にすばやく転じるには、ある程度の型がある。だが、この敵はたまに鋭い足払いをやり、踊るようなステップで剣を体の一部のように使っている。一撃に全力を込めていない。これは機装を用いるジンと通うものがある。


 これほどの希少、気が猛ってしかたがない。

 極限の集中が彼の力を高めていき――疑問が生じた。


(こいつ、戦技を使っていないのでは?)

 

 あまりにも強いので適時何かを発動していると思ったが、力み、ためがまったくない。


 ゴガーン! 爆発音がした。破片が床を転がる音が聞こえる。壁が爆破された。

 治安部隊がどこかから突入したのだ。もう時間がない。


(〈空斬り〉で足、次に指をとばして無力化する)


 ジンは二歩下がった。この敵に迫るには加速がいる。

 戦技未使用はジンも同じ。彼の気合に対し、偽物は気楽に言った。


「帰らせてもらうか」


 ジンは嫌なものを感じ、全力で飛びのいた。「乱れよ」瞬間、偽物を中心に力が爆発した。ゾワッとする波が広がる。


 魔法使い! それもいきなりまともな攻撃魔法を発動できるほどの。


 放たれた波がジンの全身を抜け、中がかき回されたような感触と痛みを感じた。


 しかしダメージは少ない。魔法に気づき、手持ちの対魔法装備を起動している。

 ここで引きはしない。全力で斬りこむ。その覚悟と同時。


 様々なものをなぎ倒し、何かが突入してきた。

 やたらと重装甲の機装兵マシンアームズだ。戦場でこれほどの装甲は見たことがない。追加装甲を全部乗せたような形状で横に広く、重機関銃と盾を装備している。

 その機関銃が火を噴き、偽物は施設の奥へ逃げていった。


「邪魔をするな!」


 ジンは思わず怒鳴った。


「邪魔だなんて」


 副官の声だ。


「お前か。なんだそれは?」

「不採用になったミレオラ社の試作品です。不採用博物館にあったのを取り寄せていたんです。それを待っていただきたかったのですが」


 副官がジンの盾になり、周囲を警戒した。

 治安部隊も突入してきた。ジンはそちらに命令を飛ばした。


「施設内の敵はわずかだ。警戒しつつ索敵し人質を守り脱出させろ! 次に順次部屋を確保。負傷者の治療と、転がっているテロリストの拘束を急がせろ、生きているぞ」


 治安部隊が中になだれこみ、その後から警官隊も来ている。ほとんど発砲音はない。


 ジンと副官は、偽物が逃げた方向へ歩いた。

 床に大きな植物の種が散乱していた。尖った部位が複数あり、ひとつは上を向いている。まきびしだ。ただの植物だが、何かしらの処理がされている場合が多い。踏むと針が出たり、爆発したりする。

 彼らはそれを慎重に避けて追う。


「さっきのは忍者ですか?」


 副官が尋ねた。


「いや、俺と斬りあって、意外とやるなどと言ってくれた」

「へえ」


 副官は次の言葉が出なかった。彼を知っていて、そんな発想になる人間は北半球に存在しない。


「展示品がよく動いたものだな」

「不採用博物館は、通には人気の観光名所ですよ。展示品の状態はいいんです」

「まともに動けるのか?」

「平坦な場所なら推進に支障なしですが、転倒すれば起こしてもらうのも困難です。とはいえ、拠点突入の壁役には悪くありません」

「よく俺を撃たなかったな」

「服装が異なります」

「幻術キャンセラーは?」

「ありませんよ。前線を平らにするための兵器です」


 単純な突破と防衛しかできないだろう。しかし重すぎて稼働時間が短かく、コストも高い。防衛なら陣地に機関銃並べればいい。不採用は当然のロマン機装だ。


「俺の顔をしていただろ?」

「絶妙に気持ちの悪い中佐が――大佐がいたのでつい」


 副官が悪びれず言った。


「いい勘だな」

「兵装なしで交戦するべきではない敵に見えましたが」

「そうかもしれん」


 ふたりは足を止めた。

 供給所の床には、きれいに切り抜いたような穴が空いていた。


「あの下は下水道です」


 副官が言った。


「俺がバカだった」

「洗脳されてないでしょうね?」


「魔法使い相手に腕力で負けたんだ」

「強化していたのでは?」


 防御を発動したこともあり、ダメージは大したことがない。しかし、あれと剣を併用されれば負けていた。


「発動したそぶりはなかった……帰るぞ。追跡は無理だ」

「人質の救出は?」

「やれることはやった」

「パレードが追加されないといいですね」

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