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パレード

 ローレ・ジン大佐は装甲車の上で愛想よく腕を掲げ、沿道の住民の歓声を浴びていた。勲章のついた軍服をきっちり着こんでいる。


 車のスピーカーがジンの経歴のすべてを順序立ててやかましく喧伝している。道路の真ん中を行く装甲車からは、沿道へ張り出したひさしがある建物の並びと、その屋根の上から、遠くにある風力発電の風車が見えていた。


 この町はこの風車が散在しているから、比較的平和だ。治安が悪いとあれほどの大きさでもすぐに分解される。怪しい廃材は、都市部の犯罪物流を通過すれば、一日で別の安物工業製品に化ける。


 ここは田舎なので内部で売り先を確保できないのだろう。ほどほどのインフラがあり、貪欲の騒乱から遠く、老後には悪くなさそうな小都市だ。もっともジンは老人には遠いし、老人になっても安いバイクよりは速く走る自信があるし、現在は困難に満ちた職務を遂行中だ。


「予定を消化したと思ったら、また追加されたパレードの予定もこれで最後だな」

「情勢が不安定ですので、また追加される可能性もありますが」


 ジンの隣の副官は、控えめな笑顔で手を振っている。軍務では絶対に出ない顔だ。すっかりいい所のお嬢さんに見えるし、実際にそうだ。

 ふたりは愛想を振りまきながら話していた。


「最前線の数倍疲れる」


 沿道には、前線では見ない痩せた顔が多い。立ってるだけで死にそうだ。軍は最低限の食事は出る。不健康なら退役になる。早死にしそうな顔などいないのだ。

 ジンは、闘志がない引き延ばされた顔を見るより、辺境巡りのほうがよほどいい。


 都市部の人間が低く見る、電力にすら事欠く辺境の人間のほうが豊かな場合がある。そういう所はまともに管理されていないので、町中の小さな畑で自前の食料が得られるし、魔物が出るならそれも食える。


 魔物の残骸は金になるので、意外と現金だけはあったりする。それを聞きつけた中途半端な無法者がつまらないことを企むが、集落の生業が盗賊狩りであったり、盗賊そのものだったりするので、襲撃するのは割に合わない。


 襲撃される側にとってはおいしい獲物なので、大都市に人を遣って、その襲撃を誘導する場合すらある。

 ジンも闘技選手として名を上げ日々の試合で稼いでいた頃、軍の戦技大会で優勝して入隊するまでは、同じような手で強盗を斬りまくったものだ。


 ただし人が少ない理由は、様々な汚染か厄介な魔物の生息域であることなので、かなりの子供が体を悪くして死ぬが、生きのびた人間はたいていタフだ。彼もそのような境遇だ。


「肉は食べられたでしょう」


 副官はそう言うが、ジンが自分で獲っていない肉に価値を認めないことを知っている。


「切り方も焼き方もなってない肉だ。ことごとく妙なものをかけやがって」

「話も聞かずにバクバク食べてていましたね」

「肉は肉だからな。おべんちゃらを噛み砕くよりいい」

「吐き返さない程度にお願いしたいものです」

「なんとかこなした……これが長引いたのも第五と第七が壊滅したせいだ」

「探ったかぎりでは壊滅まではいかないと思いますが」

「ここら一帯で兵の入れ替えの話題が皆無。安い酒場なら必ずでるものだ。補充しても、交戦できない程度にまではやられた」


 膨大な予備役を動員している。傷病者の入れ替えでかなりが動く。そして帰還者から前線の様子が知れるはずだが、話題に上らない。何かの理由で帰還できていない。そして送ることもできていない。現地は混乱しているはずだ。


「酒場というのは、そういうものですか」

「もう貧乏人でも勘のいいのはわかってる。さっさと情報を下ろせってな」

「作戦規模に対して、閉鎖が過ぎます。まともな戦場ではないですよ」


「そんな戦場こそ俺を使えというものだろ。一万の仕事をしてやる」

「カスカカウベの修理に時間が要るのは本当だと思われます」

「全体的にやられたからな……あれでも十万は斬れまいな」


 本物の鬼のことだ。未回収地の軍は、それ以上の何かと当たったことになる。


「でしょうね。あれは大佐が余計なことを言うので、報告書の書き方が面倒でしたね。一日寝込んでくれてよかったです。三日ぐらいが理想でしたが」


 副官が報告をかなりごまかした。説明困難な事柄を多く、どんな責任を被さられるかわかったものではなかったからだ。しかしカスカカウベの中破は事実であるので、その不安定性には言及せざるをえず、オーバーホールになり返ってこない。


「鬼が出たので、鬼が出ましたと報告したまでだ」

「余計なことを言ってくれたので、すり合わせに困りましたが。現場は大混乱で、未知の現象は敵のせいに、心覚兵の大半が死亡したのも後押ししました」


「数合わせか知らんが出世したし、成果ということで固まったんだろ」

「拒否していた大佐ですね。報告書の出来には感謝していただきたい」


 副官が事務的に言った。


「もちらん感謝してるよ。ぶん殴っていい奴が増えた」

「司令部送りにする準備かもしれませんが」

「机との戦いになったら、すぐに両断してやるさ」

「今日で終わりですし、カスカカウベの調整に呼ばれますよ」

「ルセールが機能を解析できているといいが」

「あの人はどうでもいいのです、どうせ、いじりまわしたいだけです」

「あれで専任技官、仕事はたしかだ」

「技量と人格は関係ありません」

「新機能に期待するとしても……部隊は鍛え直す。化け物を確実に殺せるように」

「そうですね。この好機に発掘品の配分を大きく増やしていただきましょう」


 彼の部隊には厳しい訓練の命令が送られている。あの現場を知らないジンの直下部隊からは、全隊員をローレ・ジンにするつもりか!? という苦情が来ているが、副官が訓練の実施を厳命している。


 ふたりはこのまま無難に機械人形役をこなし、市役所まで戻った。

 周囲の役人の動きが慌ただしい。イベント中だが、やや奇妙だ。周囲の軍人にも動きがある。


「どうした?」


 ジンが近くの若い役人に言った。


「いえ、何も」

「嘘をつけば首が落ちますよ。この人だって肉を斬れれば誰でもいいんですから。これまでに十三人の役人が首を落とされました。首を掃除するのも大変です」


 副官が澄ました顔で言った。


「確認してまいります」


 役人はギョッとして、逃げるように去った。


「人を刃物みたいに使うな。あの顔を見たか」

「正しい使い時ですよ」


 混乱は人伝いに広がっている。職場が混乱すれば、部外者など相手にされない。ジンが待たずに誰かに聞こうとした時、そこそこの年齢の役人が飛んできた。


「中央供給所がテロリストに占拠されました! ここも襲撃の恐れがあります。地下シェルターに避難を!」


 ふたりは顔を見合わせた。


同日 十七時 中央供給所


 ルキウスとサンティーは座ってゆっくりしていた。


『いささか予想外だが、楽しくはないな』


 ルキウスは、非常に広い中央供給所の各所にあるカウンター奥の品目を確認していた。メインの品目がカウンターの後ろの棚にあり、それ以外の多くは奥の倉庫にある。


 物資は未回収地ほど切迫していないが、ここも生活物資は配給式だ。月末に受けとれる配給券があれば、合成固形食、服、電池、電球などの生活物資と交換できる。

 現金を足せば同一品目内で、別の物に変えられる。食品なら、穀物の加工食品、固形食用調味料、塩漬け肉・油漬け魚の缶詰、干し肉などだ。

 つまり食べられる量は名目上同じだが、グレードアップする。


 培養肉は意外と高くない。魔術で殺菌できるから、製造工程で一番厄介な無菌化ができるからだろう。これなら金持ちは普通に食べられる。むしろ果物のほうが貴重らしく配給所には無い。野菜も無い。


『余裕だな。奴らは鈍いようではあるが』


 サンティーが念話で言った。

 現在、中央供給所はマスクをつけた武力集団によって占拠されていた。


 帝国には一般食品の個人店は無い。小規模な店は都市に一つある中央供給所の下請けである。小麦粉などは一般外の物資で、事業者向けに供給されている。


 つまり、ここは都市の物資が集積された重要施設で都市の一角を占めるほど広いが、完全に制圧されている。マスクは、三十人以上はいる。


 施設内を巡回していた警備がそこそこいたが、あっさり刃物で奇襲されて死んだ。入り口に金属探知機らしいものがあったが、どうにかしてすり抜けたらしい。大きな物にしか反応しないのかもしれない。その後、軍用武器を装備した連中が搬入口から入ってきた。


 装備は、拳銃ハンドガン、アサルトライフル、短機関銃サブマシンガン、手榴弾ぐらいが基本だ。ほかは、爆薬やライフルに、火炎放射器が一門確認できる。あの戦争用に増産したものが流出したのだろう。

 装備からして強盗ではない。思想的テロリストのたぐいだ。


 施設内にいた客の多くが逃げそこねて人質になった。人質の大半は倉庫部分に入れられたが、ふたりは客が歩く通路にいる。受け取りカウンターが並ぶ広い空間だ。通路にも安い物資の入った箱が多く積まれている。


 彼らの周囲には同じ境遇の住民が三十ほどが密集していた。つまり治安部隊の突入を妨げる壁にされている。フロア全体は見えないが、この壁はほかにもある。


 テロリストは無線で連絡を取り合い、施設内の状況を確認していた。侵入路になりそうな所にトラップを仕掛けている。


『魔力探知は、軍のよりさらに鈍い、問題ない』


 ルキウスが言った。

 近くでは、監視役の赤マスクの男がアサルトライフルを持って暇そうにぶらついている。彼はたまに腰にぶらさがった筒状の道具を見て、魔力を警戒している。

 それで、ルキウスとサンティーは完全に気を静めている。


『魔法が近くでさく裂すればわかるぐらいの精度だな。お守り程度だが』


 魔力検知器は、魔力で振動する物質が入っており、それで外に出た棒を揺らして知らせる簡単な作りだ。品質がバラバラだし、移動しているとわかりにくい。


『突入はあるのか?』

『遅かれ早かれだな。こうなると早いほうがいいな』

『突入が成功したとして、本気で客の身元調査をされるとごまかせん』

『情報部が出てくるかも。なんとかできないのか?』

『動作なしで見つからずに、混乱、錯乱、狂気にはできるが』


 音声による命令でかける魔法でも、対象の耳元だけを狙える。天井付近に監視カメラがあるが、ルキウスからすると骨董品だ。まともに監視はできないだろう。


『それはダメだろ。何か、人質を守れないのか?』

『無理だな。多すぎる。施設内の状況も不明だし。敵は弱いが』

『本当に森を出ると無能だな』

『魔術師じゃないんだ。煙幕系の道具は持ってきているが。なら……どこからともなく人食い虎が乱入とか。しかし、距離があるからどうかな』

『あれが出たら爆撃されてもおかしくない』


 供給所には日持ちする食料が多い。長期戦も否定できない。そっちはそっちで困る。こんな所に長居する価値はない。なにより帝国に注目されたくない。

 ルキウスは、慎重に足元を音波で探った。土と違ってわかりにくい。


『少し離れた地下に大きめの空間がある。下水道か、整備用の空間だろう。突入してきたら適当に穴を開ける。どさくさに紛れて逃げるぞ』

『わかった』


 ふたりの方針は決まったが、座っていることしかできないので、不安そうな人質たちと同じように目を伏せていた。


 すると、施設内を確認したらしい二人組のマスクがやってきて、でかいほうが「俺たちは死ぬ覚悟だからな!」と威嚇してきた。小さいほうは、「お前ら妙なことを企むんじゃねえぞ。人質は邪魔なほどいるんだからな」


「肉はねえのか!」


 でかい男が従業員をつかまえて、カウンターの奥から倉庫の中に行った。しばらくすると、干し肉をかじりながら出てきた。


「お前らも食っとけ、先は長いからな!」


 でかい男はそう言って、人質集団に食料品の入った箱を投げて別の所へ行った。人質はほかにやることもないので、それを分配することにした。

 ここの監視の赤マスクは、少し離れたカウンター席に座り、軽く警戒しながら小さなものをつまんで口に入れている。


『あいつがポリポリ食ってるのなんだ?』


 ルキウスが言った。


『エンバクとかコムギを固めたやつ』


 サンティーも食料を受け取った。


『シリアル的な品か、美味いの?』


 口の動きからすると、シリアルより固そうだ。


『嗜好品だ。なんだって一番安いのよりうまい』


「我々は【目覚めの号砲】である」入口のほうからスピーカーの大きな音が聞こえてきた。「まず道路を渡っての接近を禁ずる。もし確認された場合、一人の人質を射殺する。我々の行いは、政府の失政を糾弾し抗議するものである。各種優良企業枠の撤廃、電力市場の自由化、積極的浄化による都市接続、教会の価格決定権の撤廃、先行者の地権制限を要求する」


『やはり楽しくないな』


 ルキウスが言った。


『ああ、何言ってるかわからんし』

『すぐに窓から逃げるべきだった。二階で状況の把握が遅れた。現金に興味がないようだし、玉砕だ』


 テロリストは爆薬を施設の柱や入口付近に設置している。人質の至近には無いが、動くのに邪魔だ。


「帝国の剣ローレ・ジン大佐である」今度は外からスピーカーで拡張された声が飛び込んできた。「このような決起は無謀である。このような行いでは、世に影響を与える見込みはない。もしも君たちが人質を害すことがあれば、私自らが君たちを斬ることになるだろう。罪が軽いうちに降伏するべきだ。そうなれば私がその名にかけて君たちの処遇を善処させる」


 この英雄の登場にも、テロリスト側はひるまず返しだした。


「我々は正当な要求をしている。南部都市の子供たちを見るがいい! 学校にもいかず、町中でたむろする者が大勢いる。しかしそれをどれほど責められよう! 彼らは身を処すには役立たぬ事ばかりを吹き込まれ、家庭では堕落した両親の消費財となっている。それなら家を出て、不法業者の下で日銭でも稼いでいたほうがマシなのである。それも、多くは二十になる前に劇薬や汚染により命を落とす!

 このような貧民には入隊して一旗揚げようとする者もいる。しかし驚くべきことに、軍の志願者の六割以上が一次検査で虚弱により失格となった。これは二十年前の二倍である。しかし愚かな市民は配給で命をつなぎながら映画や競技会にうつつぬかし、文句を垂れるばかりだ。認識せよ! 我々は日々衰弱しているのだ」


 スピーカーに息を吐くノイズが何度も混ざった。


『現環境での発展限界だと思うが。とはいえ、本土も虚弱そうな人間が多いな』


 ルキウスが言った。


『同級生に体が悪いのは結構いたよ』


 本土では子供も働いている。コモンテレイは失職者であふれていたから子供の労働は土堀りに洗濯ぐらいで、ほかは組織間抗争の際の見張りなどのお使いだった。

 本土では子供でもできる仕事があるのだろう。


 ちなみに帝国で貧民の一般的仕事は運送業だ。電力には限りがあるから、都市内の流通は人力で、荷車を引いた人間はどこでも見る。トラックが運ぶのは、重量のある鋼材や精密機器ぐらいだ。


 まだスピーカーの調子はいいらしい。


「このままでは誰もがアベリコにすらならぬ未来が待っている! この惰弱と腐敗を打破するために、我々は犠牲となることをいとわない。たとえ皇帝が出てきても変わらん」


『アベリコってなに?』

『競技場で観戦前後に酒飲んで暴れる連中だ。アベリコは派手な色の小鳥で、群れで来て、外部農場の作物をつつく。それで逃げ足も速い。それが似ているから』


 二人が暇なあいだも、スピーカーはそれなり考えたらしい政策を連呼していた。とんでもないバカではないらしい。インテリ系の過激派だ。


「――以上が失政を糾弾するものである。目を覚ませ市民たちよ! このままでは南部は廃棄オイルの中に沈むことになる」


『こいつらの中にお父さんがいる可能性は?』


 このルキウスの心配は本物だ。


『ありえないな。どう変わってもああはならん』


 サンティーは言い切ったが、娘が戦死すれば変わってもおかしくない。


 スピーカーを持っていた男が一通り言って満足したのか黙った。そして今度は内に引っこみ、中にスピーカーを向けた。


「諸君には悪いが、どこまでも付き合ってもらう。せめて地方政府が賢明なら穏便な解決となるだろう。諸君の尊い犠牲に感謝する!」


 意気揚々とした若めの男がリーダーのようだ。彼は仲間になにやら指示を出し、供給所の奥に消えた。

 それからはどうも電話でやり取りしているようで、人質も見張りも何もしていない時間が続き、外は暗くなってきた。


 ルキウスは少し離れた所に集まったテロリストの会話を聴いていた。


「誰か殺せばいいのによ。どうせ突入はできない」

「犠牲が怖いだろうしな。罠は示しておいたほうが後々有効ということも」

「殺すべき人間をどうやって選ぶつもりだ。身分もわからん」

「誰だっていいだろ」


『人質は……二、三百いてもおかしくないしな』


 ルキウスは、選ばれると非常に困る。撃たれても死なない。


『情動を感じる』


 サンティーがキョロキョロしだした。


『なに?』


 サンティーはルキウスを無視し、その目線は人質集団の中頃で止まった。母親にくっついている五歳ぐらいの少女だった。その近くの食料の入っていた箱が、バチバチ鳴って振動しており、近くの人質が不審そうな顔でそれを見ていた。


『念動ではないな。振動能力者シェイカーっぽい』


 子供の超能力者だ。物理的に振動を起こし、人の精神を揺らし乱す能力。子供の精神の不安定さで、どんな現象が起こるかわからない。


『あの子、よくないぞ』


 サンティーが言った。

 一番近い赤マスクは気づいていなかった。が、すぐに魔力検知器を気にしだした。無線で連絡している。不安だが意味がわからないのだろう。すぐに近くにいた集団が来た。テロリストが七人になった。

 彼らの一人は少しは魔力がわかるらしく、少女を見た。


「その子だ」

「超能力者だ! そいつは危険だ!」


 黒マスクがおびえて叫び、銃口を向けようとした。それを避けて人質が割れた。


「おい、子供だぞ!」


 別のが止めた。


「何をするかわかったもんじゃないだろ! 子供だってひとりぐらい殺す力があるんだ!」

「落ち着けよ」

「まだわからんぞ。ほかの誰かのかもしれん」

「ここで決めることじゃない」

「そもそも、子供かどうかもわかったもんじゃない!」

「落ち着けっていってんだ! 何も起きてねえだろうが!」


 テロリストたちがもめだし、さらに人質まで騒ぎだした。

 テロリスト同士でも言い合いが急に白熱した。


『周囲の精神まで振動させているのか』


 ルキウスが言った。


『そういう問題じゃない。そんなことは関係ない』


 サンティーは自分に言い聞かすように言った。


「まずその子を別に分けろ。ここはよくない」


 テロリストが言った。


「この子をどうするんですか!?」


 母親が少女の前に出た。


「隔離するだけだ。あんたもこればいい」


 テロリストが言った。


『悪化するだけに決まっている。こういうときは、何もない場所でひとりにするべきなんだ。刺激は暴走を加速させる。自分の部屋すら異様に見える』


 少女が母親にしがみつき、離れようとしない。


「とにかく集団から出す」


 テロリストが少女の肩に触れた瞬間、その手をバッと放した。振動を感じたのだろう。


「ちょっと待ってください。きっと落ち着きますから」


 母親がテロリストの手をつかんで懇願した。


「銃に触れるな!」


 母親が銃で突き飛ばされ、少女が泣き出した。強烈な振動音がして、複数人がうめいて頭を押さえた。テロリストの銃も強烈に振動しガチャガチャ音がしている。


「殺されるぞ!」


 叫んだ人質が少女から逃げた。


「やられる前にやるんだよ!」


 超能力を恐怖する男が銃を構えた。


「外に出す! 外に出せって命令だ」


 無線を受けた男が言った。


「誰も出さない決まりだったはずだ!」

「おいといてどうするんだ。面倒ごとが起きるだけだ」

「親ならなんとかしてくれよ!」


 今度は人質だ。叫んだ中年の男は摩耗した顔をしている。

 これにかかわる全員が興奮してきている。人質の半分ぐらいも、自分も帰るだとか、あれこれ好きなことを言い出した。引き金が引かれていないのが不思議な状態だ。


「おかしな奴は殺せばいい。どうせみんな死ぬんだ」

「なんでもいいから、よそでやってよ! なんなのよこれはあぁ!」


 人質の若い女が絶叫した。


『無理だから』


 サンティーが小さく言って立った。髪先がわずかに帯電している。


 テロリストがそれに気づき、「座れ!」と強く発した瞬間、サンティーの全身が発光した。バチンッと鳴り、太い電流がテロリストの胴体を貫通した。


 ルキウスはサンティーにすばやく【手軽に強盗目出し帽】をかぶせ、自分はお手製の金属製ライオン仮面をかぶった。


『一分で離脱する』


 ルキウスが仮面を調整しつつ周囲を確認した。テロリストには見られていない。ただし足音がこちらに向かっている。二階からだ。


「ああ、全部やる。こんなものを恐れることはないんだ」


 サンティーはちらりと少女を見て少し目を合わせると、すぐに顔の向きを正面に戻して姿勢をよくした。やわらかい青の輝きが均等にその体を覆っている。

 耳障りな振動はほとんど消えていた。サンティーが相殺しているからだ。


 電撃を浴びていない六人も倒れている。全員ののどに褐色の針が刺さっていた。この六人は目を開けたまま表情を硬直させて固まっており、人質はどうしたものかわからず右往左往している。


 ルキウスが指の間に挟んで隠していたのは複数の植物性麻痺針、物が残るので使いたくはないが、やむなし。


 サンティーが二階があるほうへ普通に歩きだし、ルキウスは別の方向へ走る。


(動くなら、こちらから仕掛けたかったが。内部の状況がわからん。勘で、早く動く)


 それでもそう悪くはない。一階で自由に動けた配置のテロリストがあそこに集まっていたはず。残りは人質と出入り口の監視で自由に動けないはずだ。


 ルキウスは〔先見/フォアサイト〕を発動した。近くの敵はサンティーがどうにかする。彼女に金属の銃弾は当たらない。


(しかし、人質全部は厳しいな)


 人質がいた場所に幻影を出しておけば、短時間は視覚的に偽装できた。しかし、そのレベルの魔法を行使する存在がいると認識されると付近の全軍が町を包囲してもおかしくない。こちらの命にかかわる。


 ルキウスは走る方向のカウンターの奥からテロリストが出てきた。静かに駆け寄り、そのあごにに裏拳。テロリストは昏倒した。


 小さな電撃の音が聞こえた。まだ発砲音は聞こえない。


(魔法は使いたくないが、爆弾は潰すしかない。遠隔起動されると困る。いや、まずは監視カメラの記録を消さないと)


「壊れろ」


 ルキウスが呟いた。

 〔機械破壊/マシンデストラクション〕だ。彼を中心に発生した波長が広がり、 昏倒させたテロリストの無線がガチャと音を出し、いくつかの電灯が消えた。施設中の機械を破壊する必要がある。


 そして気配を殺して進み、曲がり角で止まる。曲がり角の先から話し声。通信中だ。ルキウスは壁に張り付いて、クモのように天井まで上がり、角の先へ飛び出した。


 すぐ下に火炎放射器の男だ。すぐさま〈空歩〉で空中を蹴って真横に降り立つ。男の正面に回りつつ、その両腕の手首を同時に握り、強引にひねって折った。男が悲鳴を上げようとした表情で殴られ、ブゲと声を出して倒れた。体がビクビク痙攣している。


 一番やっかいなのを潰した。彼がそうそう思った瞬間、遠くから怒鳴られた。


「なんだお前は!! 誰だ!」


 人質の監視役だ。つまり近くに人質の集団がいる。積まれた箱の隙間から、その集団が見えた。少し遠い。五十メートル以上ある。


「動くな! 人質を殺すぞ」


 監視役は集団のほうに銃を向けた。この仮面ではなんなのか判別できないはずだ。


(遠いな、こっちに銃口を向けてもらいたい)


 ルキウスは手の中の針を握りなおした。麻痺針は投げるのに適しておらず、長距離は飛ばない。


 そこの騒ぎを聞きつけたテロリストの二人組が、横道から走って出てきた。こちらは十メートルほど。ルキウスは一瞬でその距離を詰める。片方の顔面を裏拳で砕き、もう片方を後ろから片手で拘束し、持っていた銃を奪い取った。そして、拘束したテロリストに銃を突きつけた。


「強盗だ! 手を上げろ!」


 ルキウスは大声を出した。


「え!? は?」


 監視役は混乱した。それでも銃口はしっかり人質に向いている。


「手を上げろと言ってるんだ! 仲間がどうなってもいいのか!」


 ルキウスは銃口を人質型テロリストの頭に押し付ける。するとかなり暴れたが、ルキウスの筋力をどうにかできるわけはない。人質型テロリストが叫んだ。


「撃てえ! こいつを撃つんだ!」

「そんなことはできねえよ」


 監視役が悲壮な目をしている。


「かまうな、撃つんだ! 俺の命はあの夕日に捨ててきた」


 ルキウスは面倒くさくなり、人質型テロリストに麻痺針を刺すと、両手で持ち上げ全力で監視役へ投げた。ルキウスはその陰に隠れて走る。監視役はそれにあわて、なんの判断もできない。そのまま近距離。そこで監視役へ麻痺針を投げ、首筋に当てた。


「仲間を撃つ覚悟はないらしい」


 ルキウスは魔法で追い風を起こし減速せず加速。投げた物を追い抜き、監視役へ針を投げ、さらにダイブ。手を伸ばし。監視役の銃の引き金を指でねじ折り、硬直が始まった監視役を抱えた。そして天井まで跳躍、視界を確保し、持っている物を新たに捕捉したテロリストへ投げた。

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