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一日

 シャッピ・キセン・グレーティ少佐は目を覚ました。


「……うぬ、あの化け物めえぇー」


 意識が覚醒すると同時に侵入者への怒りが湧き返る。

 この短絡性が彼の低評価の根本原因であった。そこから、怒り暴れようと試みたが失敗に終わった。緑のツルで全身をガチガチに縛られていたからだ。

 しかし横になった姿勢から立ち上がることはできた。本人の意思によるものではなかった。


「こんばんは、基地司令官の人、まあ、まずはあれを見たまえ」


 仮面を着けたままのルキウスが、テスドテガッチが片手でツルを掴み立たせている少佐に正面から話かけ、その場を横にどいた。


「なんだ、おま……」


 少佐はすかさず怒鳴ろうとしたが、途中で唇が空振りした。ガリガリバリバリと壊れる音がする。正面の約十メートル先にある基地のコンクリート製外壁が、ゆっくりひび割れていく。


 視線を上に向ければ、大きな影がうねりながら夜空へ上昇していく。基地内で巨大な何かが暴れている。建物が押しつぶされる破壊音と、何かがこすれる音が大きくなっていく。目の前の外壁がとうとう割れて崩壊した。


 壁を構成していた大小のコンクリート片が地面に散らばる。

 這いでたのはうごめく根。黒と紫でまだらの植物の太い根が無数、うねりながらに拡大し、壁を倒したのだ。この根は壁の残骸の上を波打つようにうねり伸び続ける。


 その先にはこの根の主が植わっている。常識的な植物とはかけ離れた赤と黒や、白と青の幹。虫に花粉を運んでもらうとか、実を食べさせて生息域を拡大させようという意志が感じられない棘を生やした螺旋形の花に、凶器のように尖り殺意を持った果実。この世ならざる森が基地内に出現した。


「とっておきのサプライズ、基地崩壊は楽しんでもらえたかな? 大きな物が壊れるってのは爽快だ。人の魂ってのは肥料としては最高らしい。この珍しい景色がせめてもの手向けってわけだ。

 サプライズで幸せになる人間もいれば、不幸になる人間もいる。それを繰り返し、再構築は成った。まあ、あんたにはわからん話だ」


 ルキウスが苦労して作品を作り終えた子供みたいな声を上げた。


「何をふざけたことを言っておるかあ! 放せ!」


 少佐はあまりの光景に黙って聞いていたが、すぐに復活した。この男は考えるのが得意ではない。対して、怒鳴るのは呼吸するに等しい。


「あんたは友達になれそうにないな」

「お前も化け物の仲間だな、叩き潰してやるぞー! さっさと放せ、その仮面、叩き割ってやる。グレーティ家の力を思い知らせてやるからな」


 少佐はとにかく憤慨して、言葉に力を込めた。対するルキウスはうきうきした軽さで応じた。


「未知を楽しむ心はないのか? 常識が壊れると心が躍るだろう? もっと先を見たくならないか」

「お前! 聞いてるのか! 凍える収容所送りにしてやる」


「元気だけは見習いたいものだ。そこだけは面白い」


 ルキウスはため息をついた。


「すぐに我が第五軍がお前達を滅ぼすぞ、砲火の雨を待つがいい」

「悪いな、君らの都合は斟酌できん。相性が悪すぎる。じゃあな」


 少佐の横にいたソワラが、魔法で少佐を眠らせた。


「これが出世する国か。退屈そうだ。もう少し違えばなんとか……」


 遠くを見て呟くルキウスの元へ、暗い空からヴァルファーが降りたった。


「ルキウス様、物資の回収と捕虜の輸送は完了いたしました。あとはそれとあの大型です」


 もう、ここに用はない。ルキウス・アーケインのこの惑星での一日目はもうすぐ終わりだ。人生で最も刺激的な最初の一日が終わる。


「あの森がどんな具合か確認してから帰る」


 森はまだ緩やかに成長し、ビキッギリッと幹がすれる不気味な音がしている。


「左様ですか、では私は大型の輸送を行いますので失礼いたします」

「ああ、頼んだぞ」


 ヴァルファーが再び空を舞った。それを見てルキウスは思う、あいつはよく働くな、今後は色々と仕事を任せよう、それで楽しよう。


 転移門で繋がった基地と生命の木を往復して物資を回収するサポートに、一部のペットたちを見ながらつくづくそう感じた。使い魔の類も合わせれば、生命の木の人員は五十を超える。


 ルキウスには全員がある種の初対面。知らない奴らに適切な指示なんか出せるか、とちょっとすねた。


「テスドテガッチも仕事は終わりだ。今日は問題はなかったか?」

「なーんもねえ。たまには自分の足で歩くのも悪くねえと思っただ」


 巨人は眠たそうに答えた。


「そうか。じゃあ手元のそいつを持って帰ってくれ」

「んだ」


 テスドテガッチはツルを引っ張り、重い体で地を鳴らし、荒野に設置された転移門へ歩いていく。


「私もお供いたします」


 ソワラは常に近くにいたがる。パートナーとはこういうものだろうか、タドバンの方はとっくに寝ている。


「そうか、あの森は本来攻撃用だ。完全に制御できているかわからん。警戒はしておけ」


 ルキウスが基地に使用した大魔法は〔生贄の森/サクリフィシャルフォレスト〕。


 一定時間内に殺傷した敵の魂を糧にして生贄の森を発生させ、使用した魂の数に応じた状態異常を、同じく魂の数に応じた範囲にばら撒く攻撃魔法。本来なら生贄の森は効果を発動してすぐに消えるが、予定どおりに残存した。


 基地は悪魔の森に攻撃されたとでも思ってもらいたい。

 なお、アトラスでは準備に対して効果が少なく使い物にならないネタ魔法である。しかも大魔法は一日に一回の使用制限がある。


「ルキウス様の森ですから何も心配しておりません」

「ここは汚染地で、普通ではないからな」


 ルキウスは圧力を背に感じながら、地球の植物とは隔絶した進化をした植物群の上を飛行して、百メートル超になった紫色の怪樹の渦巻く枝の上に立った。


 黒の大地は見通せぬ彼方まで広がっている。酷い汚染だ。


 何が原因でこうなった? だがこの惑星が本物なら、荒廃した大地を復活させ、まともな文明を再構築するために森の神、ルキウス・アーケインが遣わされたのでないだろうか?


 ならば使命を果たすか? アトラス内の力を十全十美に振るえるのならば、緑化だけは可能だ。


「これを緑化するなら手段は選べんな」

「森の外にうって出るおつもりですか?」


「散歩にぐらいは行きたいものだ。それに汚染は誰の得にもならない」

「まったくです。ルキウス様の大地を誰が穢したのでしょうか。愚か者はことごとく殲滅せねばなりません」


(大地まで俺の領分に追加するのは勘弁願いたい)


 ルキウスは帝国のある西方を見る。荒野しかない。

 基地で確保した新しい情報からして、帝国はどこまでも森が嫌いだ。

 大戦争後に湧き出した魔物の森を恐れるのは理解できるが、それだけなのか。自然への敵愾心は強烈、これは教育されたものだ。何かの裏付けを持つ可能性もある。


 くわえて、彼らに科学信仰があると確認できた。特に本土の都市部育ちはこの傾向があるらしい。すべてを人間の管理下に置くべきだとの考え。


 資源の限られた世界ならば、効率的に資源を循環させるのは合理。自然環境の大半が破壊されているとすれば人工的にやるしかない。宇宙船と同じように。

 こいつらの信仰の源泉はなんだ? ただの政治的都合か、あるいは……。


「さすがに疲れた、帰るかソワラ」

「はい、帰りましょう」


 月光の下で輝くソワラの非人間的な笑顔に惹かれながら帰途についた。考えるのはいつでもできる。




 生命の木の四階にはイベント会場用の広間がある。広大で部屋が無駄に多い生命の木を活用するため、ルキウスが間取りを設定した部屋では使われているほうだ。


「とっとと配って、とっとと食べるです」


 ウリコにその他の者が部屋の中を走り回っている。


 現在、窓から光の差し込むこの部屋では、多くの丸いテーブルが並び、一つのテーブルにつき五、六個の席がある。そこへ料理が配膳されている。席には生命の木の住人のすべて、あらゆる種族に小鳥や犬猫、ハリセンボンにハルキゲニアまでもが座っている。この部屋がこれまでになかった独特の喧騒に包まれている。


 二日目、十分な安全を確保していないのに、宴会が行われるのは食器確保のためだ。


 料理アイテムは作成時に器や箸なども同時作成される。生命の木で足りないこれらの品を補うために、仲間同士の親睦も兼ね景気よく宴会を開いた。


 ルキウスの右隣では、タドバンがだらっと足を伸ばし腹を出し、虎にあるまじき姿勢で椅子に座り、左隣には友人になった〔電気能力者/エレクトロマスター〕サンティー・グリンが座る。この友人のおかげでソワラとアブラヘルに挟まれずに済んでおり、その二人はルキウスの前方にいる。


 じつに持つべきは友である、ルキウスはしみじみとそれを実感している。


 部下の、神に友人がいない説を粉砕する目的で、強硬手段によって強引に確保したこの友人とはちょっとばかり不幸な出会い方をしたが、会った日がどうであったかなど、これからの長い友人期間では些事であろうとルキウスは勝手に考えていた。


 明るい青緑の髪が肩に付かない程度の長さのサンティー・グリンはまだ若く十六歳の女性だ。服は軍服のままであるので、まともな装備品を見繕わなくてならない。


 彼女のことを、当然にルキウスはまだ理解していないが、彼同様にここに馴染んでいないのは理解しており、そこに勝手に共感している。苦労を分かち合う相手だとすら思ってもいる。


 もっとも彼女は当然にして自分の命を心配をしているので、相当な温度差があった。朝からルキウス仕様の目覚まし人形に叩かれて腕を骨折したばかりで、ハッハッハと息を吹きかけてくるイヌと呼ばれる化け物などと、未知の料理に包囲されていて絶体絶命の心持ちである。


 その青い瞳は部屋の景色から逃げ、目の前の皿だけを見ている。おそらく何かの肉だと推定しているが、高待遇の心覚兵であっても、新兵である彼女は肉など見ないので判別できない。


 配膳が終わり、ルキウスが立った。部屋中の者が静かにルキウスを見つめる。


「まずは、皆大義であった。いまだ予断を許さぬ状況だが、当座の安全ぐらいは得られたと考えている。正式に組織化が終われば、各々に役職が割り振られる。今後も職務に励むように」


 部屋の者が、にわかに湧いた。いずれ神から下される命令に期待を膨らませているに違いない。


 言ったほうの認識は、部下が何の仕事をしているかも知らないが、とりあえず褒めておく、技術的な事柄はさっぱりわからんが、徹夜で仕事していたからなんか大変だね、ぐらいの認識だ。


 何か適当に仕事を与えておかないと猛烈に見られるので、その視線から逃れるために、現在は必要な仕事を自分で探して実行せよとの適当な命令が出されている。

 さらに隣に目をやり続ける。


「それから私の新しい友人を紹介しよう、サンティー・グリンだ。彼女はまだここに慣れていないので、何かあれば彼女を助けるように。今となっては貴重な料理だ、それでは皆、美食を楽しむがいい」


 ルキウスが着席した。すぐにタドバンが目の前のうな重に食いついた。各々のテーブルで食事と談笑が始まる。


「そんなに急がなくてもよいだろう」

『貴重なうな重だろう、絶対に逃がさんぞ、主よ』

「逃げはしないが、ウナギを発見できなければ最後には無くなるだろうな」

『それ見ろ、急いで食べなければならぬ』

「ウナギを探す努力をしてくれよ」


 タドバンは何も聞こえないようにひたすら食いついた。この様子では遠からずうな重が枯渇するに違いない。


「友も楽にしてくれたまえ、面倒なら皿にかじりついても構わないぞ」


 ビーフステーキを前にフォークとナイフを同じ手で持ち固まっているサンティーに声をかけた。


「……ああ、楽にしている、友よ。別に私を気にしなくてもいいぞ、大丈夫だからな」


 サンティーの表情は警戒、怯えがない。料理のほうが気になるらしい。


「今後はどうなされる予定ですか」


 マガモのローストを食べているソワラが尋ねる。彼女はよく予定を尋ねる。ルキウスは目標を決めねばならない。


「私がすぐにでもぉ、国の一つぐらいは落として見せますわぁ」


 アブラヘルが続いた。サンティーがギョッとしたがガチャガチャとステーキを切り続けた。


「まあ少しずつ緑を増やすさ、この森の周りだけでも」


 予定とは言いがたい回答だ。優柔不断なルキウスはこの状況で大きなことを決断する性格とは遠い。


「私に任せていただければぁ、ルキウス様のお手を煩わせる事もありませのにぃ。ソワラと違ってぇ広域を相手にするのはぁ得意ですからぁ」

「ルキウス様よりも前に貴方がしゃしゃり出る必要はありませんよ、アブラヘル」

「あらん、言われるまでもなく気を利かせておくのが、良い女というものですわぁ。そんなことも分からないのかしらぁ」

「貴方はただの部下ですからね、アブラヘル」


 二人がいつものように険悪になるが、挟まれていないのでルキウスには圧力がない。幸福を実感しながら目の前のカレーライスを口にした。


 まだ明確な目標はない。汚染はよくないよね、その程度の認識。しかし、荒野を見て以来ずっと頭に浮かぶものはあった。


 必然、再構築後の世界を生きる人間として、汚染された大地を見れば再構築が頭に浮かぶ。再構築、それに必要なものはわかっている。秘密結社サプライズ協会によるグレートサプライズプラン、かつて一世紀を超える時間と百人を超える大驚愕士マスターアスタウンダーの活躍、おびただしい人命の消費によってそれは成された。


(現在、俺の手にあるもの……緑化能力、それなりに高いと推測される武力、それだけ。再構築には足りない。最低でも優秀な支配者が必要だ。地球なら戦略AIがあったがここには無いだろう、他にも無い無い尽くしか、厳しいな)


 特に有名な大驚愕士マスターアスタウンダーを思い浮かべる。


 間違いで人に生まれた男、ナチョ・パリシオ、革命家。

 十億人以上を殺害し、適切な国境、適切な民族分布の地球を造った。再構築後の世界の原型を造ったとみなされる。批判は多いが、この革命家無しで再構築は語れない。


 宇宙の代表、ポンペオ・セラフィン、宗教家。

 科学と超科学の間をいく統一的全宇宙観による宗教論によって、宗教間、その他の思想間の対立を和らげたが、その一方で多くを敵に回し暗殺された。


 制限者、シメオン・アブラモフ、思想家。

 多くの国家が教育にコストを費やすなか、逆にそれを一定まで制限する事を説いた。当初は見向きもされなかったが、予算不足の新国家群がこれにより短期間で安定した発展段階へ移行し、風向きが変わった。のちの地球では、制限された教育と戦略AIによる支援で安定的に運行されている。


 裂曲宇宙物理学の父、マヌエル・ヴェッシャー、科学者。

 彼の提唱した跳躍理論により外宇宙への扉が開かれた。混沌とした当時の地球の目を宇宙へ向けさせた事は、戦乱の終結にも影響した。


 ルキウスにとっては身近、反逆者、ゼウス・クセナキス、ゲーム開発者。

 アトラスによって、再構築後の世界に残ったトラウマ主義を駆逐した。再構築の閉めを担当したといえる。


 そして師、大驚愕士マスターアスタウンダーよりさらに上、惑星持ち帰り、モトジロウ・ハットリ、探検家にして企業家。

 新種生物の一つ持ち帰れば莫大な富が得られる惑星探査において、個人分だけで百を超える生物を持ち帰り、莫大な富を手にした。戦利品が地球に与える影響を制御するために経営に専念した。結果として、探検家にもかかわらず一度しか宇宙探査に行っていない。


 ルキウス・アーケイン、森の神の力はこれらの偉人に劣りはしない。しかし一人では無理だ。

 昨日得た友を見る、友、友邦を増やしていけば何とかなるか? わからない。

 まずは先よりも今だ。


「友よ、その牛肉、元々は通信士なんだが満足してもらえたかな」


 うそである、まだ捕虜にはまだ聞く話が多い。最終的には人類の発展のために有効活用される予定だが。


「……美味しいぞ」


 サンティーは口の動きを停止したが、すぐに咀嚼を再開した。


 この友人、なかなかにてごわい。それとも、うそとばれたか。


 まさか人間でもオッケーとは思ってないよね? という疑問が生じたが聞かなかった。問題ないと言わればルキウスの方が泡を食う羽目になる。


「そ、それは良かった、友に喜んでもらえてうれしいよ」


 ガチャンと音がしたかと思えば、既に酔っぱらったゴンザエモンが暴れている。もうこいつがやらかすのには慣れた。別にいいさ、皿は直る。


「酒だ、もっと酒を持ってこいー」

「黙って寝ていなさい」


 ゴンザエモンが、後ろから聖騎士パラディンであるヴァーラの蹴りを食らった。小さな窓をバキッと突き破り、外へと消えた。


 ターラレンは火を噴き、メルメッチはリュートを奏でる。足の生えた皿が走り回りそれを黒猫が追う。あの皿はエヴィエーネが何か薬を使ったに違いない、だからあいつは呼びたくなかった、ルキウスはそう思いながらも、楽し気にそれらを眺めた。


 サンティーは据わった目でそれらを見ながらひたすら食べている。


 ゾト・イーテ歴、三〇一八年、十月十九日、ルキウスの二日目が始まった。

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