表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
267/359

終戦

同日 十四時すぎ コモンテレイ市西門付近


 落とし穴より前に進み被害を免れた部隊は、農地を突破して市内に突入していた。


 これに対するアブラヘルは、視界のいい農地での戦闘を避けて後退し、敵に接近できる市街の家屋に潜んでいる。装備に火器耐性があるとはいえ、大口径ライフルを浴びれば軽くない傷を負う。防御系魔法にまわす魔力はない。


 街に入った兵たちは、警戒しつつ大通りの両端を急いでいる。見える範囲だけでも二百以上。それが順に建物内を確認し確保している。マーキング済みの相手であれば、彼女の幻を自由に見せられるがいない。


 足止めするだけなら、静寂サイレンスで音を奪ってもいいが、発砲音も聞こえなくなる。敵の準備がないなら火薬を爆破する呪術も効果は高いが、とにかく敵が多過ぎる。


「こうなると一人や二人呪い殺したところでねえ。あとを考えるなら、バリケードや市民兵の幻影でも作って固定しておくべきだけど」


 そうすれば警戒で足が鈍り、それに慣れれば本物への警戒心が薄らぐ。攻撃するなら敵が疲労した夜。しかし、ヴァルファーの指示は、一秒でも長く足止めしろ。

 敵集団に突撃して、まとめて範囲魔法で魅了して攻撃できなくしつつ壁に使う手があるが、次から次へと新手が来る。味方ごと掃射しそうな勢いだ。ヘリの飛行音もしている。安全を確保するのが難しい。


「まったく足がとまればいいんだろ?」


 彼女が窓から顔を出し大通りを見る。


「〔禁足地の呪い/カース・オブ・タブードランド〕」


 大通りの建物の根元の四か所に印が刻んであった。それらを頂点とする四角形の中の兵の足が石化し、多くがおののき転倒した。百人弱を止めた。

 彼女は窓から離れると、ガガガガッガガと大量の弾丸が部屋に飛びこむ。


「熱心でうれしいこと」


 彼女はスカートの裾をつまんで走り、建物の反対側の窓から飛び出した。同時にさきほどの部屋が爆発した。さらに何度も爆発が続き、建物が倒壊した。


 彼女は建物の陰に入り姿勢を低くし、建物の粉塵の彼方を警戒した。

 逃げる途中で幻灯桜の花粉をまいた。これを吸わせると眠りと幻覚の威力を強く受ける。追ってきた集団をまとめて叩く。


 しかし、彼女の意識は粉塵の上方に逸れた。

 ルキウスが西の入口としてわかりやすいように造った巨大な石の門が見える。その上に人影があった。


「やっと来たかい」




 マリナリは、西門の上に立ちはるか下を見下ろしていた。


 帝国の切り札とおぼしき、十メートル以上ある人型ロボットが地面に横たわっていた。六機が投入されたようだが、全身がべこべこにへこみ、手足がちぎれて全機大破している。強引に門を突破しようとしたのか、輸送トラックや装甲車も相当数が破壊されて転がっていた。


 門を守る巨大な二体のウッドゴーレムは、レベル千二百相当になる。誰かが操らずとも強い。二体とも、焼夷弾を受けて体の一部が炎上しているが、炎をまき散らしながら足元にいる歩兵の群れをすくうように払い、高く飛ばしている。


 そこから少し離れると、戦車がウッドゴーレムから逃げながら砲撃を繰り返しており、確実に損害は膨らんでいた。ゴーレムを無視して門から離れ、遠くから市内に突入しようと機動している車両部隊も確認できる。


 しかし最大の問題は門の正面だ。陥没から残された一直線の断崖の道は、帝国軍で大渋滞だ。大量の車両が二車線になって進み、その間を降車した歩兵が前進している。十キロ以上が帝国軍で満ちており、その流れは門まで到達していた。


 ウッドゴーレムは健闘しているが俊敏ではなく、彼らを避けて大量の歩兵が門から市内へ突入している。

 さらに、渋滞した車両の後方に歩兵の大軍が進んでおり、さらに後方では陥没した穴の向こうで、南北からこの道を目指す大軍が来ている。


「推定しますと、足元に三千、残った道に五から七万と車両。その道に入ろうとしているのが、十万はいますか」


 マリナリはよいことを数える顔だ。


「これより御供の儀の開始いたします」


 マリナリが大地を抱擁するように構え、門から飛び降りる。


「異端者の心臓を我がしゅに捧げん」


 マリナリが目を閉じて祈り、静かに落ちていく。そして括目。その鞭がビュッと振るわれ、二十メートル以上に伸びた。

 彼女がトッと進む兵集団の中に降り立つ。同時に数十の兵が首から血を噴いて倒れる。


 マリナリに、濡れた緑のオーラがまとわりついた。それはすぐに散り始めるが、それ以上を鞭から供給され、オーラがふくらむ。〔御供の儀/リチュアル・オブ・オファリング〕、〔緑の瓶/ヴァーダント・ジャー〕を発動している。


 大勢が倒れたにもかかわらず歩兵の反応は鈍い。ゴーレムの巨体に目を奪われているのだ。その隙に鞭が何度も兵の首筋の高さで踊った。そして数百人が倒れる。同時に彼女は次の集団へ駆ける。兵が目視できる速さではない。鞭は絶えず空を切り、しなる音を鳴らした。


 彼女の動きはより俊敏になり、鞭はより伸びていく。さらに鞭が空を切る音が広く聞こえるようになった。何度も何度も鞭の音が聞こえ、その間隔も狭まった。


 そして、彼女は門の前の数千を食いつくし、断崖の道へ突入する。

 走行車両の窓を破った鞭が、車内で瞬時に暴れ、乗員を荒く破壊する。車両の横を歩く兵は、不気味なほどすがすがしい笑顔になった彼女のラリアットで、高速のドミノ倒しとなった。ただし、このドミノはすべてが二つに分かれている。


 彼女を攻撃する者はいない。逆行しているが、まったく認識されていない。異様な音が聞こえるだけだ。気付いた時には、残りわずかな命だ。


 今の彼女は森のルキウスに匹敵する。そして異端を滅ぼすたびに生命力と魔力が回復し、わずかだが全基礎能力が上昇する。衝突は彼女にもダメージだが問題ない。どんどん加速し、断崖の道が赤で染まっていく。


 彼女が断崖の道の半分を過ぎた頃には、車両が丸ごと鞭でみじん切りにされた。より加速し、残り半分はわずかな時間で過ぎた。強烈な赤い風が断崖の上を吹き荒れている。


 ただし、狭路への入口から離れると敵兵は減った。侵攻しようとしている兵は密集しているが、守備兵や状況を調査している兵は広範囲に散っている。三秒以内に次の異端を滅ぼさねば術が解け、彼女の能力は元に戻り、魔力がかなり減る。


 彼女の鞭が、素早く、鋭利に、それでいてふんわりと、数十人をまとめてからめとり束にして捕まえた。彼女はそれを右手で担いで走り、進路の敵を手足の打撃で粉砕していく。そして、異端者不足になるとキープした兵を数人殺してコンボを維持した。


 彼女はそれを繰り返し、溝となった塹壕を飛び越え荒野を西へ進もうとしていたが、直角に曲がった。進路は南だ。ひとりも漏らさぬように、几帳面に南下と北上を繰り返す自動掃除機のような動きで、ゆっくりと西へ進んでいった。何かをかたずけている兵、ただ歩いている兵、異常を認識しわめく兵、本部、物資集積所、通信所、誰も残しはしない。


同日 十五時過ぎ


 タングリフの戦車部隊は、コモンテレイ北東部の防衛線を破壊し、市内への入口を確保していた。


 防衛軍の強力な戦車も多脚戦車相手には無傷といかず、さらに弾薬が尽きて後退するしかなかった。


 さらに防衛線も市内からの挟撃を避けるために無理せず撤退し、小さくした防衛線を後方へ敷き直す動きをしていた。


 これにより、帝国軍ははじめて外部から市内への安全な経路を確保した。


 しかし、タングリフはここで退却の命令を下した。自軍が勝負を決めようとしているのではなく、敵が完全に息の根を止めにきているとの判断。

 道路を走るしかない戦車部隊では、効果的な侵攻はできず、頻繁に奇襲を受けることになる。


 さらに、予想されたことだが、機械に対して有効な攻撃を受けた。

 射程範囲内の火薬を問答無用で起爆させる魔法が籠った札や、火器の威力を減じたり、機械不良を起こす場を作ったりするものだ。これはここまで受けていない。つまり、防衛側が市街戦用に用意していた兵器。ほかにもあるはずだ。


 しかし致命的な問題は、奪還軍司令部が一時間以上応答しないことだ。大雨からの強引な攻勢である上に、司令部とは距離がある。通信を遮断するのは難しくない。しかし、西の部隊が誰も応答しない。北にいる彼の軍の監視部隊は、西で動く人影が確認できないと言っている。異常事態だ。

 タングリフは強烈に嫌なものを感じた。


 このままでは慣れない場所で夜戦。しかもコモンテレイの東は帝国本土の逆側。もしも主力が壊滅していれば、敵は容易に補給路を寸断できる。大雨で失った物資はどれほどかわからない。


 タングリフはせめてもの損害を与えるべく市内を砲撃すると、自らのラクトアコン集団と市内に入った部隊に呼びかけ、彼に従う部隊を守りつつすぐに退却した。


 ルキウスたちはこれを追撃しなかった。コモンテレイ市内に万単位の敵が残存しており、主力全員が限界まで消耗していた。

 これにより、日が暮れる頃には市内外での戦闘は鎮静化した、


ゾト・イーテ歴 三〇二〇年 三月 三十一日 六時 


 幸運で賢明な第三対魔突撃隊は、数台の輸送トラックにぎゅうぎゅう詰めになっていた。南東の遠くにコモンテレイ市が見えている。彼らはタングリフに従い、どうにか市内から離脱することに成功していた。


「帰りの車両も確保できたのは幸運だった」


 クライヴが言った。


「ここから尻を追われることになるってもんだ」


 マップが眠そうに言った。


「油断するなよ。いまが地獄ってこともある」


 カースは荷台の場所を確保するのに力を入れていた。


「死後の世界ってのはこうですかねえ」


 タクリエラはひどく感心していた。


「こんなに美しいものを見るなんて」


 カリエールの目はどこまで輝いている。


 荒野はどこまでもオレンジに染まっていた。一種類の花が荒野に咲き誇っているのだ。これは夜間のうちに芽を出していて、朝日が昇るとつぼみが生まれ一斉に開いた。

 彼らはそれぞれの顔で花に見とれていた。この景色で、彼らの戦争は終わった。




 ルキウスは市内の戦闘には加わらず、西の断崖の道が荒野に出る所に立って花畑を見ていた。そのはるか先に鎮座する戦車部隊も当然目に入っている。


「なんとか成功した。どうなることかと思ったが、よかったな」


 彼が話しかけるのは、横にいるヴァルファーだ。彼は真剣な表情だった。


「勝ちではあるでしょう。しかし、まだ決定的とは」

「いや、この景色だ。見ればわかるだろ?」

「なんですか?」


 ヴァルファーは意味がわからず聞き返した。


「戦争は確実に勝つと言ったろ。心配していたのはこの花畑ができるかどうかだ。五月が気温的に最善だったが、今日は暖かかった。種は荒っぽく撒いたが、そこそこの労力がかかっている」


 ネイディアガザニアの花だ。クエストの副産物でやたら大量にあった。観賞用以外には肥料にするぐらいしか用途がない。


 タングリフが率いる戦車部隊に加え、車両部隊二千台が、二十キロほど先でしんがりとなってこちらを睨んでいる。機械化歩兵を含む精鋭だ。森では機動力が活かせず、後方にいたため損害が少ない。


 ルキウスにはわかる。タングリフは諦めていない。こちらの迎撃レーザーは大半が破壊された。それは昨日ヘリが自由に活動できたことで露呈している。空軍を本土から追加し、その支援と共に東から再侵攻する戦略は有効だ。となると、こちらの状態を探る攻撃をしかけてくるだろう。


「さあ終戦だ」


 ルキウスは近くに転がった兵士の死体を見た。首に深い傷を受け、口を半ばまで開けて死んでいる。ほかにも似たような死体が大量に転がっている。マリナリはきれいに殺した。必要なのは人の死体であって、肉塊ではないのだ。


「〔正しい循環・緑/グレートチェイン・ヴァーダント〕」


 目の前の死体の肌を突き破り緑の小さな芽が出た。同じような芽が、次々と全身から生える。その近くの死体でも一つが生え、それは増殖してすぐに全身を覆う。この現象が、死体から死体へ感染するように広がっていく。


 死体はびっしりと緑で覆われると、それはさらに死体の間の荒野にも広がっていった。黒い荒野に緑が広がり、その背も高くなっていく。荒野でざわめきが広がっていく。


 花畑は草原と混ざり、ところどころで若木が現れて伸びる。草原と森が同時に生まれている。この緑の大波は、特に西部で高くうねったあと、南北へと走り、最後に東で小さくなりつつ合流した。そこからも、ゆっくりと成長し、止まった。


 コモンテレイから見渡せるすべてが多様な緑の森に変わった。陥没した大穴の中までもが緑で埋まっており、市内にもいくらか草原ができた。


「偉大な御業です」


 ヴァルファーが敬服した。


 神格者が使用できるタイプの超大魔法、効果の神格の性質に応じる。

 ルキウスの場合は、人間ヒューマンの死体を普通の緑に変える。この魔法は、なぜか人種生物全般ではなく人間ヒューマン限定。地味に使いにくい。

 もっとも、最低十万の死体が必要で、アトラスで発動されたことはない。


 現れた森に遮られ、戦車部隊は見えない。しかし、相手の動きはわかる。


 ルキウスは、すでにヴァルファーの進言にしたがって、未回収地の入口にして第五軍司令部のあるアダラマドレ市を襲撃させていた。

 動物チームに、ソワラ、ターラレンの襲撃により陸軍、空軍基地の双方が大規模な損害を被ることになり、タングリフはこの報で全軍退却を決定した。

 未回収地への狭い入口を閉ざされれば、未回収地の軍は渇き死ぬ。


 ルキウスは退却の気配を感じると、どたんと花畑に寝っ転がった。

 それをヴァルファーがたしなめる。


「まだ終わっていませんよ」

「中はすぐに降伏する。そしたらさっさと帰ってもらえ」


 現在の帝国軍の戦力は誰にもわからないが、市内の敵はある程度わかる。北部には点々と二千、南に四万はいる。大軍だが、補給なしでは十日も戦えない。


「簡単に言いますが、市内だけでも敵のほうが多い。損害が出ます」

「また金欠だなあ」


 ルキウスはぼけっと空を眺めた。青空のすみに緑の月がある。

 完全には帝国軍を滅ぼせなかったが、夜間にゴンザエモンに追撃させればもっと数を減らすだろう。これで雑事は終わり、というのが彼の認定。


「ですから、休みなどはありはしないということです」

「花でも見てゆっくりしよう」


 ルキウスはごろんと転がって肘を突き頭を支えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ