攻勢
【赤のまなざし】のヴォルフは、座り慣れてきた戦車の座席にいた。エドガーが前の操縦席に深く座り、マリーはその隣で電子ヘッドギアをかぶっている。
戦車の前部はモニター画面で埋め尽くされ、周囲の視界を確保していた。
彼らの赤い戦車は、掩体壕に隠れて上部を守っており、前に少し行くと低い石壁がある。たまにそこに銃弾が当たり、ガガガガンと鳴る。
コモンテレイの東に唯一残った荒野は、大小無数のクレーターができて水たまりになっていた。荒野の各所で軍の戦車が擱座して炎上し、その部品が散らばっている。これは町から五~十キロの範囲で、その後方では塹壕から出た歩兵や、装甲車が接近してきている。
そこを大量の銃弾が飛び交い、双方の陣地で砲弾が炸裂して黒煙が上がり、さらに防衛陣地の近くでは、定期的に白煙弾の煙幕がわいていた。
戦車の残骸に身を隠していた兵が、その遮蔽をあてにして接近を図っているが、こちらの機銃掃射でどんどん倒れていく。これは赤外線センサーで捕捉している。
一部では、大きめのクレーターに身を隠した兵士が射線から逃れ、その安全地帯を拡大し、前進を試みているが、まだまだ距離がある。塹壕が町に迫るには、あと三か月は必要だったはずだ。
ヴォルフが無線を耳から離した。
「出撃命令が来た。防衛線の北側側面から来るのを蹴散らす。万単位で来てるらしい。その後はその場で側面防衛だ。砲撃部隊の仕事が終わったら出るぞ」
「やるなら早いほうがいいよね。また弾の補充しないといけなくなるじゃん」
マリーは黒いスティックを握って、そのボタンを押さえたり、離したりしている。戦車前の石壁の向こうにある機関銃の操作だ。この戦車ではすべてが中から操作でき、通信能力も高い。
「街中に機装兵が入ってるのはどうすんのよ? あんなもん接近されたら戦車でも終わりだぜ」
エドガーが言った。
「そっちが誰かがなんとかするんだよ」
ヴォルフが砲塔を動かし、煙の切れ目から遠方を確認した。敵陣地の野砲は絶えず砲撃している。ここの状況はずっと変化がない。
「最悪の場合、建物爆破して障害物っしょ」
マリーが言った。
「住人がやりたがらねえと思うけどなあ」
「砲撃開始するぞ」
無線から【更地】のハーデンの声がした。
「おお、やってやれよ」
ヴォルフが応答した。
【更地】の戦車はルキウスがここに持ちこんだ戦車で最大だ。全長は二十三メートルあり、巨大な主砲が一門だけある。
これの目標は敵陣地の中頃にある大口径野砲だ。帝国の兵器のほとんどがこの野砲以下の射程で、防衛線をまともに狙えない。
「弾に限りがあって試射してねえからな。見物だぜ」
「変な所に落としたら笑ってやろうぜ」
ヴォルフとエドガーはモニターを眺めていた。ひときわ大きいドンッという音が近くでした。砲弾は見えないが、その軌道はCGで表示されている。
「お、撃った」マリーが呟く。「軌道予測はちょっと外れ」
砲弾は低い放物線を描いて二十キロほど先へ落ちる。風の影響を受けて野砲の密集地帯からややずれた。
「ほら、外れ――」
着弾地点が強く何度かまばゆく輝き、巨大な火柱が立った。火柱は上から押さえつけられたように潰れ、火炎は大地で横に広がる。五百メートル以上の範囲がしばらく燃え続け、徐々に消えた。
「ええ! なんなの!?」
「おいおい、衝撃で誘爆しないだろうな」
ヴォルフはモニターを恐ろしげに見た。ハーデンの戦車はすぐ近くだ。
「どこに埋まってたんだよ、あんな弾!」エドガーが間を丸くした。「次から発掘は気を付けようぜ」
「ああ、重機はやめとこう……通信がこねえな」
ヴァルフが無線のスイッチを押した。
「ヴォルフだ。おいハーデン、絶好調だな」
「おお、びっくりだぜ」
ハーデンが言った。
「そいつが最高か?」
「いや、イフリート炎魔弾ってのだ。迎撃兵器の有無を確認するのにまず試射しろってな。次が最高のアニマ気化弾頭だ」
「景気良くいこうぜ」
「ああ、すぐにやってやるさ」
「心覚兵に潰されないといいけどね」
マリーが言った。
「だから同じところに落とすんだろうよ。焼き払った場所には迎撃兵器がないってことだ」
ヴォルフが言った。
再び発射音。次も同じ軌道。ただし爆発は上空――青い炎だ。空間の一点から、揺らめく青い滝が周囲へ噴出し球体を作った。勢いには波があり、それが色の波長と濃淡を変化させ青い太陽のようだ。前回の数倍の範囲を青い揺らめきが覆っている。
やがて噴出が止まり、円の中心から空白になって消えた。
青が覆った場所は、沈黙しているように見える。
「うっひょー、派手だぜ」
エドガーが目を丸めていると、ヴォルフが言った。
「すぐに出せ」
「おうよ」
エドガーがアクセルを踏み、戦車が前進する。そして車体を揺らして前にあった壁を乗り越えた。ほかの戦車部隊も続き、荒野に多くのタイヤ痕が刻まれていく。
一方で、軽装甲の車両部隊は町側に機動している。防衛線の後方からも敵が迫っているのだ。しかしコモンテレイは広大だ。距離を考えればまだ余裕はあった。
「掃除機は……全部ついてきてるな」
ヴォルフが後方を確認した。
彼らの戦車には、平たく低い車体に兵器を載せた単純な車両が六機ついてきている。無人機で、掃除機と呼ばれている。車体に載っているのは、二つの機関銃と、一つの擲弾発射器。歩兵の掃討や、近距離の対空迎撃をやってくれる。
それぞれの戦車に似たような無人機が護衛として配置されていた。強化された戦車七台と、無人機四十八台の集団が北へ向かう。
彼らは機銃で牽制しながら敵陣地へ直進した。
「伏せた兵を近づけるなよ」
ヴォルフが言った。
「あいよ」
マリーが威勢よく返事をした。しかし彼女は機銃を操作しない。迎撃は掃除機がやる。
戦車部隊は順調に進み、正面から接近する歩兵の勢いをくじいたのち、左旋回ですばやく北上する。
バーン! いきなりすぐ前の荒野が爆発した。いたる場所で砂利が飛び散っている。
「二時方向、戦車多数!」
マリーが告げた。方角で北東になる。
「距離は?」
ヴォルフが砲塔を回頭させる。
「七千五百」
そこには大量の戦車が密集していた。全速でこちらへ向かっている。
彼らの目の前に現れたのは、タングリフ中将が直接指揮する戦車部隊である。中将は、自らの機装兵が市内に到達したの確認すると、戦車を後方で待機させるのは無意味と判断し、東から突入させるべく残存戦車のすべてを機動させていた。
「なんでここまで接近されてんの!?」
エドガーが叫んだ。
未回収地で一般的な装輪戦車ホウブードのテンドロイ七五コルコッツライフル砲は、有効射程二・五キロ。腕利きなら、動かない防御陣地内の野砲や機関砲を外すことはない。
あの集団が防衛線まで三キロ以内に来たら、一気に損害がふくらむ。そして穴が空けば、そこから大量の歩兵が入って終わる。
「〔蜃気楼/ミラージュ〕ってやつか? 探査機飛ばせ」
ヴァルフが言った時には、戦車後部から円盤状の小型探査機が上がっていた。
「やってる……七百三十二台」
マリーが報告した。こちらの戦力では、三百までなら勝てる。それ以上は未知。
「三師団ぐらいか?」
ヴォルフの声がこもった。
「数が違いすぎるでしょうが! 後退するか?」
エドガーが不足に戦車を走らせる回避運動をする。
「後方に大型の多脚がいる。こっちは二十二」
マリーが言った。さらに分が悪くなった。
ヴォルフは砲塔を回し、先頭の戦車を照準していた。回避運動のリズムを考慮し――発射。砲声がとどろき、目標が爆発、しばらく走ってゆっくり停止した。
ずらっと並んだ敵戦車部隊の主砲が一斉に火を噴く。わずかに間があって、周囲で土が飛び散った。弾着は散っている。
「無理じゃね?」
エドガーが気軽に言った。
「馬鹿を言え。奴らが町に接近すれば、こちらの砲の支援も厚くなる。潰すぞ」
ヴォルフが言うと、無線で戦車部隊を足止めするように命令が来た。
周囲では榴弾が絶えず爆発し、何度も黒煙がモクモク上がる。
「適当でも当たるぞ」
エドガーはハンドルをきり、横方向へ戦車を逃がす。ブースターを使った強烈な加速。それが終わった瞬間、ヴァルフは主砲を撃ち返して命中させた。彼らの戦車砲は敵と同一のものだが、魔術で加工され砲弾初速が向上している。
「無視しろ。この距離とこいつの装甲ならダメージはない」
さらに大型対戦車ミサイルが飛来したが、掃除機の機銃が一掃した。
「無駄金使っていやがんな。このまま接近するのか?」
エドガーが言った。
「距離千五百でやり合う。突撃だ。掃除機は車体の陰で守れ」
「掃除機の擲弾でやる気?」
マリーが言った。
「ああ、町に接近させるのはまずい」
――ピピー。戦車のOSが注意音を鳴らした。これは味方の砲撃だ。
砲弾が高い軌道で敵部隊へ向かい――消失。高空で火がボッと燃えた。高出力レーザーだ。
「だめだな。迎撃車両がいる。低い軌道なら前のほうはやれそうだが」
ヴォルフが言った。
「奴らは塹壕の隙間の道を抜けなきゃならん。そこで擱座させて道を狭くする」
ドドン、また大量の着弾。さらに空から炎の川が降ってきた。ビチャと音がした。
「上までは見れねえからな」
エドガーがぼやいた。
戦車の後方が燃えている。炎は黒煙を吐きだし酷く視界が悪い。
「冷却には限度があるぞ。整備のおっさんが前のより精密だって言ってたろ」
ヴォルフは気にせず主砲を撃った。また命中。しかし敵の前進は止まらない。多少つっかえているが、強引に前の車両を押してでも前進している。
「これの迎撃は無理だって。着弾まで二秒ないんだから」
マリーは言いつつつも、空に見えた砲弾を自動捕捉で撃っている。
「敵が多過ぎる。もっと接近すれば、前衛が邪魔になって撃てないはずだ」
「被弾二、損害なし。表面温度三〇七」
マリーが言った。
「こりゃ脱出できねえな」
エドガーが言った瞬間、連続して軽い衝撃が襲った。胴体側面への命中だ。
「おい、直撃したぞ、エドガー」
ヴォルフがどんどん主砲を撃っている。お互いに直進しているので外さない。
「無茶言うな。煙で右がまったく見えないんだよ」
「探査機の上からの映像があるだろ」
「こんなものでってな! 敵が見えねんだよ」
エドガーが画面を見ながら操縦する。
「消火する?」
マリーが言った。
「あれは一回きりだ。できるだけ擱座した戦車の陰に入れ」
ヴォルフが言って、すぐに主砲を撃ち返す。こちらへ向いていそうな戦車を連続で撃ち、簡単に車体を貫通させた。
ガン! また被弾した。装甲は抜かれないが、外の武装は壊れるかもしれない。
友軍は健闘しているが、敵戦車部隊は塹壕間の狭路を抜けて広がり始めた。
「先頭との距離三千」
マリーが言った。
「このままだ」
さらに近づくと焼夷弾を浴びて、炎と煙がまとわりついてきた。それでも彼らは前に出る。彼らの赤い戦車が的になるのが、全体の戦力を維持するにはいい。
「ほぼ見えねえぞ」
エドガーが不満を漏らす。
「こっちは見えてる。心配するな」
ヴォルフが見ているのは、主砲の照準だ。
さらに接近し、距離千五百。ここまで来るとお互いに回避は難しい。
掃除機はポッポッと山なりに擲弾を発射し、その多くの戦車の上部を直撃し、砲塔の屋根に穴を空けた。弾速は遅く回避は容易なはずだが、敵もごちゃごちゃしているせいで周囲が見えていない。
しかし敵の反撃も苛烈だ。分厚い装甲で三人は守られているが、掃除機の武装は少しずつ破壊されていく。
「距離維持しろよ! 近過ぎると味方が撃てねえ。それとできれば安定させろ」
ヴォルフがエドガーに注文した。
「だから、敵も地形も見えないっての!」
「掃除機が足回りやられた。二機目」
マリーが言った。二機の掃除機は動きが鈍ったところを狙われ破壊された。
「しかたねえ、一回消火するか」
ヴォルフが言った。
エドガーの運転も限界に近付いている。後方の味方に衝突したり、突撃してきた戦車に体当たりされかねない。
その時、モニター画面の過半数を埋めていた赤い炎が消えた。
「なんだ? 消火してねえよな」
「いやあ、ここはいい火加減ですなあ」
三人の声ではなかった。
「ちょっと! 後ろに人乗ってんじゃん!」
マリーが叫んだ。
戦車車台後部に赤い魔術師が屈んでいた。ターラレンである。
「これは見えておりますかな?」
画面にターラレンの顔がアップで映った。
「レンズを覗かなくても見えてる」
ヴォルフが外部スピーカーを起動させた。
「誰だよ爺さん! 精霊かなんかじゃねえだろうな。お宝のお願いが! もっと落ち着いた時にしたいもんだぜ」
エドガーは必死に周囲を確認している。
「友軍ですとも」
ターラレンはひょうひょうとしている。
「掃除機が撃ってねえなら事前に登録されてんだろ」
ヴォルフが言った。
「いやはや、足場と盾があると大いに楽だ」
「とりあえずそこから少しのけ、その足元が開いてミサイル発射すんだ」
ヴォルフが言った。
「これは失礼」
ターラレンが少し位置を変えて座った。
「うるさくなるから降車を勧めるぜ」
ヴォルフが主砲を撃つ。
「重要なことは熱があるということでしてな」
ターラレンが杖を掲げた。周囲で榴弾が爆発するたびに、空で焼夷弾が炸裂するたびに、その炎が杖に強烈な力で吸われ、吸収されていく。
そしてターラレンが杖の中身を出すように振ると、十メートル以上ある炎の塊が出現した。
「君には魂を燃やせる戦場を提供しよう。灰に帰すべきはあちら」
ターラレンが杖で帝国軍を指し示すと、炎の塊は火力をメラメラ強め炎の巨人に姿を変えた。巨人は戦車部隊の突撃し、戦車を巨大な腕で持ち上げ横転させていく。
「極アツジジイを乗せちまって焼けやしないだろうな!?」
「超魔術じゃん」
エドガーとマリーは興奮していたが、ヴォルフが必死に砲を照準していた。
ターラレンはさらに小さな火の精霊を召喚し敵へけしかけ、自信も魔術を駆使して戦闘に参加した。
これは戦車&魔術師、アトラスの野外クエストで定番の一つになる攻撃重視パーティー。戦車は物理壁役兼足場となり、魔術師は戦車を魔法で強化し、あとは攻撃に集中する。
軍は火の精霊の出現で動きを乱したが、戦力的にまだ防衛側は不利だ。
さらに大乱戦となり町からの見通しが悪化しで、軍の歩兵がこの戦闘に混ざろうと接近している。
コモンテレイ北東部手前で押し寄せる波は衝突し、互いに一歩も引かない。
追加されていく火の精霊と双方の戦車が入り乱れ、それに両軍の支援砲撃も加わり、そこに塹壕から出て突撃する歩兵も入る。そして、南北から東に移動してきた部隊と市内の軍が、防衛線の両端に圧力をかけ、東全体が加熱されていった。
同日 十三時三十分 コモンテレイ 北部リンゴ園
そこでは様々な恰好をした者たちが地に伏しており、立つ者はひとりだった。
リンゴ園に入る手前では、大量の機装兵が倒れていた。その機装には大量のボルトが刺さっている。相当数の歩兵も、ボルトによって絶命しており、多くは背を上にして倒れている。
ここにヴァルファーが送った戦力はマリナリだけ。彼女はここに侵入した機装兵部隊に襲いかかり、機装兵の前進を支援しようとした第一特技大隊と戦闘に入った。
戦闘魔術の手練れであったスヴィタン大佐は、マリナリの強を見切り後方で高位呪文の詠唱に入ったが、その直後に伸びた鞭が隊員たちの隙間を縫って彼の首の半分を切断、失血死した。
彼を護衛していたカララト族のブブダックは、そこから隊形内で踊るように暴れた鞭によって胸を大きく裂かれ、血を噴いて倒れた。
神鉄男のファーマ卿は、着こんだパワードスーツの強度で何度か鞭に耐えたが、体に絡みついた鞭によって振り回されて味方にぶつけられた挙句、引き寄せられて首を折られた。
戦場の彫刻家チョウサイは、機敏な動きでマリナリに接近し、その後方を突いたが、大ざっぱな回し蹴りで頭蓋骨を粉砕された。
掃除屋ベネットは、気配を消しての狙撃を行ったが、マリナリはギリギリで勘づき回避した。最大出力の二射目を放とうとしたが、その前にボルトの乱射を受けて致命傷となった。
呪術をかけようとした舞踏家は、三ステップを踏む前に鞭で足先を潰された。
額に目を描いた奇術師はなんらか視覚能力があったのだろうが、マリナリが連射する連弩はかわせる物量ではない。
蓄積型の魔道具を抱えた者は、その力から目立ち、最初にボルトの集中射撃を受け、何もできなかった。
さらに多くが大地にある。武闘家風の女、修行僧風の老人、古典的な鎧を着こんだ重戦士、なんの意味があるのか全身を原色で染めた男、体の一部を機械化した者。
魔道具であろうサーベルを握った腕、死亡後呪術によって不死者となるも、それに気づかれず再度破壊された残骸。
死屍累々といった有様だ。
そして、この損害を軍に強いたマリナリは猛スピードで地面を転がっていた。




