ノープッシュ
同日 十三時 中央区 高層ビル屋上
ルキウスがソワラに連れられて屋上に転移してくるなり、アマンの悲壮な叫び。
「あっちもあっちもあっちもこっちもだ。ミランダの体力が厳しい! ああ! 地上から来たらどうにもできるか! 爆弾の転送もそうだ! そもそも全員に識別素子を渡せ、データ化してないものが多すぎるんだよ」
ルキウスは実に明るく、「アマン、一仕事頼みたい」
「仕事!? これ以上できるわけないでしょ、見ろ!」
市の北西ではロケット弾が連続して着弾、広範囲で爆発が起こり、白煙が高く舞った。北東の空からは戦闘機編隊が襲来。その対地ミサイルがきれいに整列して空を進み、迎撃レーザーを並んで受けて燃え尽きた。余裕が少ない低空での迎撃だ。ただし、北東市街地ではすでにうっすらと黒煙が漂っている。
南側では、空を刺すレーザーが、長くなったり短くなったりを繰り返す。
目の焦点が合っていないアマンががっちり握った操作器のモニターでは、数式の羅列が目まぐるしく変化している。小規模な落下物を迎撃するのをやめ、大口径砲弾に対しては出力を上げるための操作だ。
市内からも迫撃砲で撃たれ、敵も味方も同じ兵器で識別に苦労している。さらに増えた煙も阻害要因。
地球のように、装備、砲弾、人が識別信号を持っていないとAI利用に限度がある。
「いや、簡単な――」
「クライン通り、迂回路から突破されました!」ヴァルファーが通信でわめいた「すでに市内の機装兵は百以上です。また、南の塹壕線が極所的に突破され、すぐに奪還。軍は市内外で指揮統制を取り戻しつつある」
「事前に兵器識別を学習させておけば! 手動で学習させる羽目になるなんて。とにかくこれをなんとかしてもらわないと」
アマンが頭を押さえて止まり、恨みがましく言った。
「うるせえ! 同時にしゃべるな、すぐに解決する」
ルキウスは趣味の時間を害されたように不機嫌だ。
エルディンは、彼らの近くで二十キロほど離れた市内北部の路地を進む敵を矢継ぎ早に爆撃していたが、マナポーションを飲むと座り、瞑想に入った。彼は魔力を半分以上に保つ習慣がある。
無口な背中が、状況を示している。
「今すぐ解決してください!」ヴァルファーはいっそう興奮した。「発掘品の機装兵が止まらない。バリケードが二か所喪失。建築物の壁を抜いて侵攻しています。一般歩兵を囮にして精鋭が侵入、すでに自律兵器十二機を失いました。路地の固定砲は有意に機能していますが、今日中に弾切れです」
北からは、レーザーバズーカが二百以上持ちこまれている。
この物体を占術で追える利点もあるが、精鋭が使うと自律兵器を一撃で破壊しうる。さらに数が少ない未知の兵装、魔道具による損害もある。
百キロ以下の小型自律兵器約百機が北側に配置されているが、万を止めるには不足。兵器に奇襲された部隊は損害を出しているが、大半の部隊はゆっくり支配領域を拡大している。
「スーザオは?」
「北部中央で交戦してますが、彼も敵も建物内で捕捉しにくい。位置を通信で伝えるのも手間です」
「ふーん、切り札を前に出してきたか」
少々目算が狂った。これまでは予備役が前線でつぶし合いをした後で、精鋭が突入していた。
「これは占術です。適切な経路を選択している。これをせめて補給に追いこむ必要が」
あちらこちらに小さな戦場が発生して管理できない状況だ。敵部隊の動きも強度もまばらである。
「わかった。ソワラを遣る」
ルキウスの言葉で、ソワラが杖を軽く回した。
「では参りましょう」
「気をつけろよ」
何も考えず発掘品部隊の正面に立てば、ソワラも三秒でバラバラだ。
「初手で決めますので」
ソワラが瞬間移動で消えた。町に被害が出そうだが、手加減できる敵ではない。彼女も魔力残量が少ない。
ルキウスがひとりになるのを待ち構えたようにアマンが詰め寄る。
「南は迎撃負荷が大きすぎる。日が暮れる頃には、電池切れ。野砲の前進を阻止しないと、市内にさがっても同じだ。どうするつもりです!?」
「だからそれを解決するんだ。このスイッチがな!」
ルキウスが自信満々にインベントリから出したのは、手の平サイズの台座に丸いボタンがひとつの装置。ボタンにはでかでかと【NO PUSH】と書いてある。
「さあアマン! このスイッチを押すのだ!」
「なんで私が?」
「この装置には、君がロックを外した部品を大量に消費したからな。ほれ!」
アマンの眼前にスイッチが突き出される。
「はあ!? 押すなってありますよ」
「絶対に押してはならない物を押す経験ができるすばらしいスイッチだ。さあ押せ! ノープッシュ!」
「混乱するな」アマンはボタンに手を置いた「何か罪深い」
「とにかく押すのだ。ゴーゴーノープッシュ」
「だからどっち?」
「ノゥ――プシュゥゥゥ」
ルキウスは唇をすぼめ、アマンに顔を寄せた。
「ふざけてるんですか!?」
アマンが裏声で叫んだ。
「何をやってる? 緊急だぞ、早くやれ。押すんだノープッシュ」
こうしているあいだにも、レーザーが空で落下物を焼いている。
「さあさあノープッシュ!」
ルキウスがでかい声を出した。
アマンは彼を心から消去して、難しい顔でスイッチを強打した。
「あー、押しちゃった」
ルキウスが至極残念な表情になり――ドドドン。間違いなく爆発音だった。どこからかはわからない。遠く、多重に響き、さざ波が混じった。大規模な何かとはわかる重い響き。
立派な建物の多い市の中心部でもなく、戦闘中の市街地でもなく、町を囲むの農地の外側。森があった場所、つまり東以外の三方で、黒い壁がもわっと地面から突き上がっていた。三方を囲む壁で農地より先が見えない。
壁は、より高くへ伸びながらぼやけていくと、散り散りになって農地の陰へ沈んでいった。あれは土砂だ。地面が爆発したのだ。粉塵や葉っぱが空を漂っている。
「ぴゃー!! やってやったぞ! 勝てるとでも思ったか! たわけ!!」
完全に音程が破壊された絶叫。その主はルキウスだ。
「バカバカバカバカバカめがぁ! 雨が降ったらおとなしく家に帰れ、水で穴が見えないからなあ! 囲んだ時点で負けてるっての! 素直にあけてた東から来い! 正解は用意してあるんだよ!」
ルキウスがバタバタと両腕を上げ下げした。そのまま不格好で異様な足取りで屋上を一周し、その場で千回ほどバク転した。これを終えると彼は長髪を整えた。
「さようなら、我が労働半年分」
ルキウスは目を吊り上げ、口を限界まで引き伸ばして不気味に笑い、ずっと西方を見つめている。エルディンも立って外を見ている。
怯えた様子のアマンが口を開いた。
「……何が」
粉塵が薄くなり、農地の先が見えてきた。黒色の土に白色と茶色の層が点在し、多くの木がまぶされた景色だ。
土砂が不均等に積もって地層模様の小山がいくつかできており、そのもとにごろっと土塊や岩石が転がり、半ばまで埋まった砲身や裏返った車両も散見される。
この景色は農地部より低い。東以外がぐちゃぐちゃに混ざって大きく陥没している。
「落とし穴だ」
ルキウスが力を抜いて言った。
「いや、爆発では……」
「農地の外側、つまり森とその外五キロぐらいだ。地下二十から七十メートルを掘り抜いた。第一帯水層と第二帯水層のあいだを。水が出て出て苦労したな。そのふたと柱を爆破で抜いた」
砲声は途絶えており、近くの銃撃音だけがかすかに聞こえている。
「これ、なんで私が押す必要が?」
アマンがそろりとスイッチから離れた。
「レベル上がるかなって。飛べないのは全滅だし、生きてても埋まるし」
「……魔力が増えた気がする」
アマンが自分の手を見た。
「よし、三十万はやったぞ! やった! 私が知る一番の殺人狂だ」
ルキウスが両手を力強く掲げた。
「なんてことさせるんだ! この悪魔め!」
「おめでとう! 英雄の誕生だ」
ルキウスがパチパチパチと拍手を送る。ついでにエルディンもそうした。
アマンは言い返そうとしたが、何かに思い当たりゆっくり言葉をつむいだ。
「部品……使ったって?」
「感度のいい圧力センサーと、タフで確実な起爆通信装置に、適応型AI集積回路の統合システムだ。爆発をリアルタイムで調整しないと地面に穴が空いて圧力が抜けてしまう。事前に地盤の強度を計測するのは無理だし、できてもわからない」
「けっこうな貴重品だったのに爆破したって!?」
「だいたいはやれたなあ」
ルキウスがしみじみ言った。
完全には地表を粉砕できなかった。すべてが混ざりあった土の海に、木の生えた孤島がいくつ突き出している。
そして西の森の真ん中を行く道と、その周囲は残っている。
それを確認したルキウスがうなずく。
「これで正攻法で帝国軍に大打撃を与えたぞ」
「ええ……だまし討ち気味なような」
「何がだ? 防衛機構を造って押し合うのが陣地戦。これで帝国もこっちの文明水準を知る。国家間は面倒だからなあ。プライドの高い奴には、わかりやすく勝ってやらないと全部破綻する。誰も得しない結果が訪れる」
市内南東部で廃墟のひとつがズーンと倒れた。さらに近辺の廃墟群がつられるように足元から崩れ落ち、黒い粉塵が上がった。
「ああ、地下構造から衝撃が来たか」
ルキウスはそれをちらりと見て、すぐに北に目線を移した。
「あそこ味方がいるんじゃないですか?」
「戦闘員だから大丈夫だろ」
「味方巻きこんでるじゃないですか!」
「仕方ないだろ! 地下を塞ぐ努力はしたが、複雑なんだ」
「なんてことさせるんだ!」
エルディンは、争うふたりを無視して足が止まった的を射る作業を再開した。
未回収地奪還軍臨時司令部
帝国軍の偵察機は、コモンテレイ付近の様子をつぶさに捉えていた。
町を囲む幅十キロ以上にわたる谷は、巨大な蹄鉄で踏みつけたように見える。その足跡に周囲の泥水が流れこみ、滝になっている。
ベリサリは転送されてきたその写真を見ていた。
「この穴の内側に残された兵はどれほどいる?」
臨時司令部は静まりかえっている。
あのぐちゃぐちゃの切れ込みに、数十万の兵が飲みこまれたことは疑いがない。想像を絶する損害である。同時に侵攻路が失われた。唯一健在である東のオウェー集団は、敵の出撃を防ぐための意味合いが強く攻勢には向いていない。
大雨の損害すら確定していない段階で、前線が乱れている段階で、この異常事態。
ベリサリは自然体で続けた。
「大まかでかまわん」
「直前の位置から推定して、我々側では農地に一般歩兵を中心に一万二千以上、道を進んでいるのが第三・四機械化歩兵連隊。ラクトアコンは農地と市内に二万はいるはず。南のバロインファは農地に五万以上」
最大の損害を受けたのは、彼らノンド集団だ。兵の過半数、二十万が消失したのは確実。先端部が森を抜いて農地に達した頃に、森がごそっと陥没したのだ。
前線の戦闘員以外にも、後方の部隊本部、物資が壊滅している。指揮系統が物理的に失われた。短期間で再生できない。
「心苦しいですが、南北を救出することは困難です。我々側は数が少なくあの細い道から退却できるかもしれませんが」
「馬鹿野郎!」
ベリサリが見せたことのない剣幕でどなり、幕僚たちは驚愕した。
「絶好の攻め時だ。敵は限界まで粘って最後の罠を使った。それに見ろ! 内側に退きつつある。こちらが麻痺している間に戦線を下げ、後方の防御を固めるつもりだ」
南の塹壕線にいた守備部隊は、市街地の防御陣地に後退しつつあった。
「農地部にいては無防備なところを攻撃されるぞ。前進だ。前進させて密着させろ。それに市内の建物を占拠するのが身を守る手段だ」
ベリサリは軽く息を吸う。
「我々はルドトク帝国軍陸軍である。大陸最強の軍だ。その総力をもってして、破れぬ敵はない。通信は生きているな?」
「妨害はされておりません」
幕僚が答えた。
「邪魔な森は消え失せた。内側に残された兵は町の中央部を目標に侵攻、拠点を確保しろ。余力があれば東の後背を突け。血路を開く。
空挺部隊を北部市街へ。攻撃ヘリに支援させろ。輸送ヘリを往復させて戦力を投入。時との戦いだぞ!」
この言葉で、幕僚たちの空気が変わった。
降下部隊はここまで温存していて無傷だ。数少ない無傷の精鋭になる。そして大前の混乱により後方に控えていた精兵もまだいる。
「さらに空軍に爆撃支援を要請。物資を空中投下、特に重火器だ。戦車も入れろ」
爆破から十分後 中央区 高層ビル屋上
一気に砲声がうるさくなった。ルキウスは軽く一回転して周囲を確認した。
「実に優秀だな。楽でいいが、かなり中に入れてしまったな。欲をかいたか。ヴァルファー、状況は?」
この状況で緻密な作戦は不可能。総攻撃か退却。退却なら西に残った狭い道をめざすか、東の防衛線を後ろから突破するしかない。
「状況って、説明がないから……」ヴァルファーは悩んでいる気配。「西は、残った道に軍が殺到して強引に前進。穴の外側では、南北からもこの道を目指す動き。もう門番のウッドゴーレムだけでは止めきれない。東は……おそらく攻勢準備、南をこの隙に下げていましたが、猛追され食いつかれそうです。北は市内の部隊が東西に分かれる気配」
中に残った敵は多いが、彼らだけで市内制圧は不可能。東西からの敵の侵入を阻止できるかどうかが勝負の分かれ目の状況となった。市内の敵は、防衛線を
「攻めか。南は私が農地にいる間に叩く。マリナリは西の入口にまわせ。今日で終わるぞ。ゴンザはすぐに町から出撃させ暴れさせろ。あっちの軍も同時にやる。ほかは任せる」
ルキウスは南に移動しようした。
「無理です。マリナリはリンゴ園で特殊部隊に止められています。戦闘に集中するとの連絡が最後。それから応答なし」
返答でルキウスの足が止まる。ふんわり浮いた長い髪も、完全に止まった。
「それは困る、離脱させろ。タドバンたちがいるだろ」
「動物チームは、北西部の農地で、歩兵、小型多脚戦車と交戦中。機甲部隊を中に入れるのは非常に危険です」
「手が足りないな」
「市内に復活組を出しますか? 確実に味方から撃たれますが」
「いや、やめとけ。マリナリは変わりなし? 農地なら、強引に撤退していい。自由になった敵が前線に来るまでラグがある」
「……応答なしです」
ルキウスはこれを聞き、眉をぴくっと動かした。




