雨
エルは困惑した。これほどの力量の者が鉢合わせし、話すらせずに帰れ。
さらに、一方的に投げかけられる言葉はあった。
「王は王座にあるべきだと思わないか?」
これは自分のことではない。現在地からすると、相手は帝国軍かコモンテレイの人間。因縁はない。
エルは、多様にして過酷で享楽的な経験により理解した。どこかで試験を受け失格したのだ。
「王は王であるべき。そう、ならなくてもいいと言われても、なるべきだ」
一方的にしゃべらせるのが、知ることにつながる部類ではない。付近の影を探っても、他者は無し。歩兵ごときの接近を見逃すわけもない。対処すべき存在は一つ。
エルも口を動かす。
「なぜそう思うのかな?」
「正しい結果のため」
徹底して無感情な返答。
「ならなかったら、どうなる?」
「何が起きるかわかったものではない」
「なったら?」
「世界が大変なことになる」
「さっきと同じようだけど?」
「王は王でなくとも王である」
エルは意思疎通をあきらめ、自分の都合を優先することにした。
「タラッタ・ラッタラー知ってる? 〔死の軍勢/ノーライフフォースズ〕なんだけど」
「いや、プレイヤーと推定するが」
「そうだよ。言っとくけど彼のおかげで、僕はレイドボスだから」
エルの言葉に影はやや固くなった。
「クエストによってはさあ、ボス出すのに必要なアイテムをどこかに封印してこいとか言われる。つまりそういうことだよ。おかげで自由にやってる」
「帰るということでよろしいですね?」
動揺も威嚇もない。平坦だ。
「話聞いてた?」
「特定武器以外では傷がつかなかったり、別の場所にチャージがある即時リバース系でなければ、注意が必要な相手ではない。主たる魔王のように根源規則を曲げられる絶対の存在は、生まれからの絶対、例外は集合体のみ」
はったりの感はなくとも、この五百年、エルを圧倒する存在はない。正と負の属性を自由に反転でき、プレイヤーが達成できない基礎能力がある。勝てても圧勝はない。
本物の確信か、勘違いか、ここで探る。
「記録は大事だよ。だから、写真が撮りたいだけなんだ」
エルはカメラに触れようとした。
「許可しない」
言葉と同時に、右手の指に違和感。すべての指が曲がらない。変に皮がつっぱっている。
何かされた。判別できない何かを、力の発動すら探知できず。
反射的に影をまとって身を守ろうとしたところに、さらに一撃。
「余計なことは、すべきではない」
影に動作なし。
エルは左足に体重を移す。違和感は右ひざ。止まっていると何もないが、歩こうとすると痛み。ひざを構成する骨のどこかが減った。おそらく膝蓋骨、指も同質か。
(これは空間能力者。あの防御は空間ごと自分を隔絶させてる。だから影すらない。おそらく穏便な性格、しかし目的のためなら躊躇しない)
影を持たない敵、最も不得手な分類。
在りし日、彼女は尋ねた。
アトラスで最も強い職業は何か? ゲームでは当然の疑問。彼女だってゲームぐらいはやった。百年以上続きアカウント数が五百億を越える作品ともなれば、気にもなる。
ここが最高のゲームだろ? なんてのは笑えない回答だ。現実は刺激的でも、そう愉快じゃない。
答えは条件しだい。職業には役割があるのだから、万能はない。
しかし、決闘好きの意見は一致するらしい。腕のいい〔空間能力者/ディメンショナー〕だと。空間をえぐる単純にして致命の一撃は、中距離ではどこにでも出せる。大きくえぐるには蓄積が必要だが、爪ほどならノーモーション。脳幹をやられれば身動きできない。前頭前野なら思考を失う。
空間防御は可能だが、障壁は精密な集中攻撃ですぐに割られる。
体が炎であるとか、脳が複数あるような職業なら数発は耐えられる。それでも、致命傷を受ける前提の構成でなければ戦えない。敵は回避の名手でもあるのだ。
ただし力の操作は困難。これは彼女の現実と同じ。
プレイヤーは、一指し指の示す先十メートルの位置を攻撃、というように事前登録して戦闘した。銃のような使い方だ。この集中手法も現実と同じ。
力を手にしても、発想は人体と文明の呪縛から逃れられない。
でも本物もいる。手足や肌感覚と決別し、空間をわが身とした者。上下左右を気にせず、現実空間から見ると体を分割したような挙動すらする。
総合的な感覚があってこその超能力者。件のゲームにもそういった思考ができるプレイヤーは少数いたという。
今、目の前に本物がいる。しかもこの解剖学的感性。人体は千差万別、神経も骨も個人で違う。それを正確にえぐった。今も無痛。影響の少ない骨を減らされても気付かない。
しかし代償はある。燃費は悪い。今も力を消費している。待たせれば致命傷が来る。
エルはゆっくりと後ろに重心を移した。
「わかった。帰るとするよ」
しかし、どのようなものでも収穫は欲しい。
「ひとつだけ聞きたい。知り合いに永く修行してる料理人がいる。とても長くね。彼はいくらやっても、肉一つまともに切れないんだって。せめて一きれぐらいちゃんと切れるまで死ねないってね。何かいい方法はあるかな?」
「ていねいに切ればいい」
この鋭利な無機質には、感情があるように思われた。
ゾト・イーテ歴 三〇二〇年 三月 三十日 六時 コモンテレイ西
「これで朝か」
ベリサリの吐息は、雨粒の掃射でズタズタになった。
空はのっぺりと広がる黒い雲でふたをされ、音は水と重力に管理され、大地では黒い水が生き物のように跳ねて波打ち道を求めていた。
三十メートル先の人影がかすれ、湿度で窒息しそうな土砂降りのなか、コモンテレイは輝いている。雨雲の中心だけが晴れているのだ。開戦当初の森の中央ぐらいがやや高く、そこが境になっている。
このわずかな傾斜のおかげで、水が大地を削って流れ、幾多の暴れ川となって包囲陣地を切り裂いた。流れは明るい雲の外にまで達し、各都市をつなぐ経路が寸断され、補給はできず、退却も円滑にとはいかない。
境を越えている最前線の陣地だけが無傷だ。その後方の森を切り開いた陣地の被害が一番大きい。流されるために物資を運びこんだようなものだ。
「神罰のつもりか。荒野で水攻めとは、自然崇拝者がやりそうなことを」
塹壕には大量の冷水が流れこみ、その中で多くの兵が凍える暇もなく物資を引き上げている。車両を高所に逃がしているが、一部はこの溝に転落した。
地上の建築物の一部も土台が崩れている最中だ。
幕僚が必死で豪雨のカーテンをかき分けて、ベリサリの元へ来た。
「被害状況があらかた!」
「物資は?」
「過半数の地下倉庫が土砂で埋まり使用不能。一部は底が陥没し屋根が崩壊。砲弾は七割浸水。ただちには問題ありませんが、この状況が続けば動作は保証できません。工作用の火薬、一部の特殊弾頭はだめです。電気類の損害は一割、優先的に救出されています。食料は十日はもつかと」
「続けろ」
「水没しなくともこの湿度は車両基盤の劣化を招き、森林戦用以外は危険」
「数日ぐらいでは壊れまいな?」
「大半は。埋設した地雷も流されております。足元に注意を。便所もあふれました」
「やれやれ。この寒さ、確実に傷病兵が増える。……一刻を争うな。緊急会議を招集しろ」
「各部隊の状況が掌握できておりませんが」
「そんなものはどうでもいい。会議だ。敵襲のみ知らせろ」
二十分で幕僚が集結し、会議が開かれた。
「判断を誤ったことを認める必要がある」
ベリサリはそう切り出した。コンクリートを打ちつける雨音がやかましい。
「このようなものは予測できるものではありません!」
幕僚が言った。
「そこではない」
幕僚の多くは、状況は困難である、で思考停止している。これは心理ダメージと同じく帝国軍が経験したことのない損害で、数値化できず確立された対処法もない。
「雨が降りだした時点で総攻撃するべきだった。儀式か術者を妨害できれば雨は止まったはず。永久に降るわけもあるまい。攻撃準備があったというのに、それを警戒態勢にしたのは愚行だった」
雲に星光が遮られ、多くの電灯とたき火を失い、わずかな光で敵襲を恐れた。雨は続き、被害状況を確認できなかった。無線の一部が壊れ通信量が減ったこともあり、混乱は悪化していった。
水は砂利には吸われずあっという間にあふれ、水流で土が流されて砲の固定ができず、全軍の機動に支障が生じた。
自軍に着目するなら、攻める判断はありえなかった。
「痛みで敵から目をそらしたのがまずかった。これは狙いすました一発だ。いくつかあった計画の一つではない。無数の防衛計画のすべてが、この状況を作るために仕組まれていた。それを急所に受けた。
だがそこで敵は停止した。考えろ、なぜ敵がしかけてこないのか。夜、悪天候、統制の乱れ、奇襲には絶好だった。少数の手練れが最も活きる局面だ」
この問いに幕僚のひとりが答える。
「敵はこの術に集中する必要があり消耗している。好機はまだ終わっていない」
ベリサリは軽くうなずいた。
「荒野で溺死したくはあるまい。動かせる部隊と物資のすべてを前に押し出せ」
奪還軍全体が動き始めた。
同日 八時
ルキウスは森に潜み、西の雨雲を操っていた。森林地形の魔力回復で、大魔法でもかなり長く維持できる。
「三日ぐらい雨を楽しんでくれてもよかったが、そこまで馬鹿ではないか。水やりが足りたか心配だな」
ボゴーン! 近い木で榴弾が炸裂、破片が飛来した。彼はそれを拳で払った。
集中維持を要する魔法は二つ同時に使えない。
しかし魔法で索敵せずとも、大軍が森を来る気配がわかる。速い。
「昨日のは効かなかったか。手間をかけてきれいに首を落としてやったのに」
あれは趣向を変えて直接的に圧倒的戦力を示す狙い。
彼からすれば、鉄のヘルメットと頭は生卵ぐらいの強度。引っかけるだけでも殺せた。少し頭蓋を割るだけでもいい。そのほうがより多くを殺せた。
手間が報われなかったが、気落ちしている場合ではない。
彼は少し移動して枝葉の内に潜み、兵の顔を見渡した。覚悟と意思で精神が安定している。緊張にガリガリと研がれた刃ではなく、引き締まった鋼鉄だ。
「全員同じ顔になったな、おもしろい」
そこにヴァルファーからの通信が来た。
「全方位で攻勢。雨天維持は不可能。三人の魔力消費は中程度」
「迎撃に移行させていい」
発動した魔法はしばらくもつが、草が生えない荒野に大雨を降らす無茶だ。すぐに雨雲は消滅するだろう。
「敵の装備は不十分に思われますが、現時点で十八万侵入。動きから推定するに三十万は来ます。最大で六十万」
「タドバンたちを自由にしろ。ただし敵陣地への攻撃は禁ずる。狩りは森でやれ」
「北は確実に突破されるかと。ほかも帝国の士気によっては」
獣の檻を壊せば、彼らは自分で敵の弱点を嗅ぎ取りしかける。それが敵に最大の損害を与える方法だが、防衛戦力がいなくなった隙間は素通りだ。
「問題ない。中央地区まで後退した防衛線で一日は止められる」
「滅私の全力突撃です。この勢いでは本当に一日にしかなりません。ルドトクの男が強兵であるがゆえに帝国に至ったのをお忘れなく」
「中央の兵は少ないだろ。バリケードをぶっとばしそうな兵はできるだけ潰せ。マリナリはそちらの判断で出せ」
森があれば、軍は大量の野砲を市内に入れられない。地面の状態が悪い今日はまともに前進できないはずだ。
「了解。こちらは本部を放棄して、市役所近くの予備に移ります」
「ああ、そうしろ」
「それでは」
ヴァルファーが通信を終えようとした。
「ああ、待て。今後お前のレベルを戻すとしたらどうしたい? とにかく大量に経験値を積むか? それとも新職業にでも挑戦するか?」
「……今の洞察者のレベルが二十から四十のはずです。五十に戻せば最低限の仕事は。三十なら上げられるはず。狙って集中的に上げたいですね」
「わかった」
通信が終わった。
「人は元に戻りたがるらしい。そんなに元がいいか? ……さあ、やるか」
ルキウスは剣を抜いた。
帝国の攻勢をまっさきに浴びたのは、南の防御陣地だった。彼らは五日前から野砲の射程内に位置している。
砲弾の炸裂音はもはや日常となっており、誰もそれを気にしない。迎撃レーザーは砲を優先して守っており、塹壕の辺りは普通に着弾する。
トーチカや塹壕の機関銃は長く休まず撃ち返しており、けたたましい金属音が連続していた。砲弾を気にして退避することもない。
「いつ突撃が来るかわからんぞ」
レミジオは塹壕の壁にもたれていた。その隣でフロストウィーターが塹壕から頭を出し、ナシ園のほうへ発砲しすぐに頭を下げた。すぐ近くを銃弾が通りすぎたからだ。
少数の兵がナシ園まで接近してこちらを探っている。伏せていればそうは当たらない。
塹壕の後方にある高い建物からの狙撃で減らしているが、敵は増えている
「いよいよかね、神父」
「とにかく撃て」
レミジオは銃の調子を見ている。
「言っても、近くに降る弾が増えてきてるのさ」
「歩兵砲が前線に届いたんだ。弱気の所に突撃が来る」
レミジオが言った。歩兵用の小型迫撃砲がナシ園背後の森まで進出してきている。こちらの砲はそれを狙っているが、砲の総数が違う。まだ敵の砲は移動中のようだが、いずれ二千以上の砲を相手にすることになる。そうなれば塹壕から頭を出しているのも難しい。
「だろうね」
「フォレストに当たる可能性があるなら撃てと言われてる。特に視界が悪くなったらとにかく撃てとな。嫌というほど言われてる」
レミジオもアサルトライフルで弾をばらまく。
「兵は少ないが弾は山ほどあるってね」
フロストウィーターが言った。
「軍の戦闘教義とは逆だが、軍隊あがりも従うようだ」
「軍は引きつけて撃てだろ。敵が固いからね」
二万の兵が線状の塹壕の一点に集中すれば確実に突破される。都市側にも防御はあるがそこから崩される。
大勢が突撃体勢になったら終わりだ。匍匐から頭を上げられないように徹底的に弾をばらまいてやるべきだ。地面が愛しくなるほどにやってやる必要がある。
「おっと」
レミジオは回転式拳銃を抜き、ゆっくり飛んでくる物体を撃ち落とした。手榴弾だ。投射機ではなく遠投専門の兵がいる。飛来物の軌道が不規則に曲がり、確実に至近に落ちる。物体に道筋を付加する超能力者だろう。
レミジオが有線の通信機で後方の建物の狙撃手に連絡をとる。
「心覚兵は来てねえか?」
「部隊付き以外はいない。今のところ弾をそらされてる感じはない」
「数は?」
「増えている。五千離れた果樹園に集結中。こっちの砲撃はそこを狙っているな」
ゴウーン。まとまった大爆音がして、大地が揺れた。一斉砲撃だ。さらに数十秒後、同じ爆発が起きる。
左方で爆炎と煙が上がっている。
「わらわら出てきたぞ、突撃だ! そこそこいる!」
通信機から大声がした。
「正確な位置は?」
「二千五百西、アイリーン通りぐらいだ」
レミジオはアサルトライフルを捨て、塹壕の前側に立って頭を出して銃を構えた市民兵の列の後ろをジグザグに走り、西へ急いだ。
途中で顔を出して戦況を確認すると、遠くで突撃してきた多数の兵が機関銃の掃射でバタバタ薙ぎ倒されている。塹壕手前の畑は、溝が何重にもあり走り抜くく、さらに鉄条網もある。
彼は走り続けた。進む塹壕の上に見える空は、湧き立つ爆炎で満ちている。
その途中で守備兵が少なくなった。攻撃地点の応援に行ったらしい。
塹壕には定期的に分かれ道があり、外側へとまっすぐに伸びた塹壕の先端に機関銃の銃座があり数人が配置されている。この部分だけが塹壕前の林より前に出ている。
その機関銃は限界まで左を向けて撃っていたが、急に正面に戻った。
レミジオは軽く跳躍して塹壕の外を確認した。森から走り出た集団がこちらへ殺到している。ここは森まで二キロほどの距離。兵は途切れず森からどんどん出てくる。その奥には伏せて機関銃でこちらを狙う兵が伏せている。
「二段構えか」
そして耳をつんざく轟音。塹壕から見上げる空を爆炎が覆い、破片が塹壕に飛びこむ。
機関銃を撃っていた市民兵がゆっくり倒れた。頭に血が付いている。
「銃座に着け!」
レミジオはほかの兵に叫ぶ。自らは回転式拳銃に強い祈りを込め、同時に二人、三人を撃ち抜く。距離があるが体には当たる。弾込めと連射を繰り返す。
空から無数の砲弾の影が近づき、強烈な衝撃波と熱が起き、圧力が塹壕を上から押さえる。塹壕内にも着弾、彼は瞬時に伏せた。帽子のつばに破片がかすめる。
「いてえな」
彼がよろよろ立つと、近くにいた兵が全員倒れていた。急いで銃座に着き、しばらくガガガッガガガッと撃ち続けた。誰もが口を開けて走っている。死にに来ている。やがて弾切れ、両手に回転式拳銃に握る。手の感触は、命の感触だ。
十二発の弾丸は瞬時に手元から無くなり、二十人ほどが一斉に倒れる。再装填して祈る。続く爆音で耳がおかしくなる。
敵が徐々に近くなる。走りながら発砲する敵もいるが、恐れることはない。それで当てられる距離でもなければ、当たっても死なない。しかし多い。何度も砲撃に頭を押さえられる。そのあいだに来る。もう三百メートルもない。
兵が走りながら手榴弾を投げようとピンを抜いた瞬間を狙い、頭を撃ち抜く。地面に転がった手榴弾が爆発して人がこけるが、その後方からすぐ新たな人波が現れる。倒れた者もすぐに起き、あるいは伏せたまま銃撃してくる。
足音が聞こえる。これは塹壕までとどく。砲撃はなくなった。
彼は銃座から離れ、塹壕を分かれ道まで後退し、姿を見せた瞬間を狙うことにした。
呼吸を整え――バン、ヘルメットの下の肌色が見えた瞬間、消える。バン、現れ、消える。人の足音が、気配が増えている。
手探りで銃を塹壕に入れたところを撃つ。転がって跳ねる手榴弾を撃つ。滑りこむところを撃つ。離れた場所で塹壕に飛びこみ、あるいは落ちてくる敵を撃つ。
突撃してくる兵は前に走っているだけだ。銃座に人がいないのを理解してここに殺到してはいない。
それでも発砲音は途切れない。六丁の銃を撃ち尽くした。即座に六発を装填する。それが終わるなり、一人の兵が土を蹴って塹壕へ降ってくる。
レミジオが早撃ちで放った弾丸は、確実にその眉間へ向かい、急激に曲がり、頭部の横を抜けた。兵士は落下しながら、アサルトライフルを連射した。これを横っ飛びでかわす。そこを強烈な風。レミジオは後方へふき飛んだ。
さらに一人の軍人が塹壕に飛びこんだ。心覚兵だ。着地しない。浮いている。
(風能力者)
最初の兵士が塹壕に着地し、体勢を整えた。その連射が浮いたレミジオを捉える。
ひるがえったコートがこれを難なく受けとめた。彼は壁に背中をぶつけて止まる。
コートの下には最後の回転式拳銃がある。特に祈りを込めた弾だが、飛び道具である以上は風でそれる。手榴弾などは持っていない。
(退くか? だが、これを塹壕に入れるのはまずい。このまま制圧される)
風で帽子が飛び、太陽光が目に入った瞬間、彼は光の中に白鳥の姿を見た。初めてはっきりと神を感じる。
「我が太陽よ。黄金の矢で死を告げよ」
自然に引き金が引かれ、二発の弾丸が風を切り裂き頭部を撃ち抜いた。さらに新しく塹壕へ飛びこんできた兵を続けざまに撃つ。敵はこれが最後になった。
頭上を対空砲の水平射撃がいく。市街地側の部隊が来たのだ。
塹壕の外は折り重なった兵の死体であふれている。あれ自体が障害物にもなる。
落ち着きを取り戻した塹壕の一室には、負傷者が並べられていた。
レミジオもそこで一休みしていると、どこからともなくダボダボ白衣のエヴィエーネがやってきた。
「まあまあやられたねえ」
「ミニ医者。ウォーカーと魔法薬で血は止めたが」
レミジオが言うと、彼女は眼鏡をいじって、寝ている患者をみた。
「これはあかんあかん。肝臓がバラバラやがな。体内が血の海やで」
彼女がそう言って太い針を腹部に刺した。
「はい、超万能細胞注射なあ」
彼女は、次に壁にもたれて座っているハンターに目をつけた。
「あーいかん、これは弾が筋肉に残っとるがな」
「えー、手術かよ」
ハンターが嫌そうな顔をした時には、すでに腕に注射針が刺さっていた。
「はい、一生痛みを感じんようになる注射、じゃあ切るで」
「一生!? 一生はだめだろ!」
そこにまた轟音が響いた。また塹壕のどこかで爆炎が上がってる。
「次が来やがったか」
レミジオは乱れたコートをなおし、狙われた箇所へと走った。
同日 十二時
ルキウスは地上を駆け、正面から敵部隊を襲撃していた。
斬り、殴り、蹴り、休まず人体を破壊する作業を行う。求めるのは徹底的な効率。思考を削り、認識した塊に襲いかかり薙ぎ倒す。たまに銃弾にぶつかるが、気にしない。魔力の隠蔽もしていない。これで心覚兵は力の大きさを認識した途端に目がくらんだように鈍くなる。ぼんやりと感じられる魔力をまとう人影は、必ず粉砕する。
移動中は木に触れ、覚醒させた大樹をけしかけ、木を倒して道を塞いだりしている。
「――様、ルキウス様!」
ルキウスはヴァルファーの通信を受けた。しばらく呼ばれていたようだ。
「なんだ?」
「北の森が東西で二か所突破。約五千が第五カボチャ畑を侵攻中。市の端まで三十分ほど。エルディンが大型野砲を破壊していますから、森をまたいでの砲撃支援は些少。それでも発掘品でかなりの火力です。メルメッチたちが備えていますが、日が暮れる頃には市内北部に敵の拠点ができるかと」
中央区へ通じる大通りには、アルトゥーロが搭乗した大型兵器がいる。小さな道も封鎖しているが、精鋭なら少数でもどこかを突破しうる。市民兵で発掘品の相手はできない。
「全体の様子は?」
「南は火力では完全に負けていますが、防衛設備でしのいでいます。東は優勢ですが、北から側面を突かれるでしょう。合わせて一部は後退するべきです」
全体的に下げれば守る範囲は狭くなり、近距離戦闘では数の差が生まれにくくなり、防衛側が有利だ。ただし射程の長い野砲の差がどうにもならない。迎撃レーザーだけでは耐えられない砲撃にさらされる。つまり、この段階に至る前に敵陣への襲撃を繰り返し、野砲を減らす必要があった。
ヴァルファーからすれば、それができなくなった時点でルキウスが何を考え何を狙っているかわからない。
「まかせる」
「そちらは?」
「アブラヘルは、敵を減らしているが遅滞できていない。二時間はもつが、いずれ農地に抜けられる」
ルキウスが南西、アブラヘル北西を担当しているが、何度も彼が助けに入っている。
幻術をかけても、全部隊がそれを警戒せずに前進すれば誰かしらが前に進む。その漏れを繕うのに無理をしている。〔狂愛の鬼婆/ハグ・オブ・クレイジーラブ〕はすさまじい勢いで減っており、今日中に壊滅するだろう。
森の中央の道を来る部隊は、門番のウッドゴーレム二体が止めている。
「あ、今、北のやや後方に主力の機装兵部隊を確認。これにいったんマリナリを当てます。自律兵器群は予定どおり市街地で迎撃。で、ここからどうされるつもりですか? 北だけで五万は抜ける。明日には十万。市内全体で二十万は帝国軍が展開、遅れて野砲も。叩いても叩いても減らない。この状況で徹底的な市街防衛戦を?」
「中央の戦意は?」
ルキウスの声は、営業を終える準備中のように落ち着いていた。
「反乱などが起きそうな気配はありませんが、やや士気が空転」
「反乱さえなければいい」
「ルキウス様はそのまま敵を掃討するので?」
「一時間したらソワラを迎えに寄こせ。叩けるだけ叩いて下がる。まだどんどん森に入ってきてるからな」
「……策は?」
「タイミングを計っている、一時間待て。戦力と戦線の維持に集中しろ」




