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基地の夜3

 耳を刺す警報のなか、歩兵部隊が基地内に展開する一方で、戦車兵は兵舎待機だった。


 ルドトク帝国陸軍未回収地方面区第四監視基地は、真っ当な戦闘は想定しておらず、その役割は未回収地東端の大都市コモンテレイ周囲の索敵と、基地の東、百キロの距離にある悪魔の森の警戒。


 基地内の建物、舗装路はコンクリートで建築されている。現地の砂利を使用したコンクリートは黒寄りの灰色。敷地内には兵舎、倉庫、司令部、その他の基地施設が並び、電線が張り巡らされている。


 基地の大きさは七百メートル四方に満たない。さらに基地は内部に敵を引き込んで倒すような造りではない。つまり、東西南北四つの門から中央に存在する基地司令部まで三百メートルの直線道路で直行できてしまう。当然、門を強行突破されればそれまでだ。


 基地内が戦闘状態なら即時撤退するべき、と思いながら、〔戦車長/タンクコマンダー〕のレブラ・キセン・デンテフ少尉は他の兵と、くたびれた電灯の下を戦車待機所へ走る。


 この辺境に配属された歩兵の練度の低さに対して、出動回数、戦闘回数の多い戦車兵の練度は低くない。戦車が運用しやすい未回収地で長時間任務に当たり、十分に実戦経験を積んで本土へ、そしてクロトア半島方面軍へ配属されるのが定番だ。


 少尉も数年経験を積んで転属になるものと思いながら、未回収地の荒野で不死者、悍ましき者、悪魔の機械を日々駆逐していた。


 それ以外の任務はない。いつ見ても気の滅入る黒い荒野が目の奥にまで住みつき、ここに来るまで見たことも無い奇怪な敵のやりようにも慣れた。そう思ったところで、この基地の誰もが慣れていないであろうこの事態。


 しかし待機命令が出たかと思えば、今度は出動可能な全戦車部隊に出動命令が下された。

 一体どんな状況かと前を行く兵の背中を見ながら少尉は考える。


 門を力で突破できる強大な魔物の侵入なら、基地を放棄しての撤退しかない。門を突破したなら、門に設置されているチェインガンのカッツー大型機関砲、戦車主砲と同型のテンドロイ95コルコッツライフル砲が効かなかったことを意味している。


 歩兵の武器で歯が立つわけがない。かといって、狭い基地で戦車の正常な運用は不可能だ。全速で走行できず、主砲も迂闊に撃てない。精々、機銃の付いた盾ぐらいにしかならない。


 陸軍の戦闘教義ドクトリンにおいて、目標に対する有効火器がないときは、いずれの場合も最終的には退却と決まっている。にもかかわらず、聞き慣れた歩兵の標準装備ルガル37の乾いた銃声と、聞きなれない音にかすかな揺れが待機中も継続していた。

 たまに死霊が壁を越えて入ってくるが、専用の対幽体弾ですぐに駆逐される。いまだに敵種が示されずに交戦中であるのは非常に奇妙だ。


「こっちの門は破れてないな」


 戦車に向かうの途上、門から司令部までの道を横切った際に少尉は警戒して左右を見て渡った。渡った先は目的地の戦車待機場だ。

 開けた空間には、四方からの照明で照らされた戦車十台が停車している。隣の区画を見れば、輸送用トラックに機動力を重視したバギーが多く並ぶ。


「そうですね」


 隣を走る部下の〔操縦者/ドライバー〕が合わせる。


「ここらでは戦闘が起きていないようでなによりだ。敵が複数であるとしかわからない、気を引き締めろ、お前たち」

「了解」


 少尉が三人の部下に声をかけた。ルドトク帝国陸軍の戦車は定員四名。指揮官の〔戦車長/タンクコマンダー〕、運転担当の〔操縦手/ドライバー〕、主砲を操作する〔砲手/ガンナー〕、機銃、通信に敵の発見、識別を行う〔索敵手/サーチャー〕が基本。


 少尉は戦車に乗り上から頭を出す。隣の銃座には索敵手が座っている。周りでも同じように戦車に乗員が乗車して起動中だ。

 この戦車、ホウブードは未回収地の荒野向けの装輪戦車。タイヤは四対、軽装甲で機動力を重視し、主砲一門、機銃一丁を備えている。


「おう、やっと来たか、待ちくたびれたぜい」


 男の声。

 戦車待機所の入口壁際、照明の影から鎧がゆっくり立ち上がった。幽鬼のような足取りでフラッと軽く揺れながら歩くそれの手にある長い刀は、近くの照明の光を反射して真っ白に輝く。


 その影より出でる黒い全身甲冑、つるっとした金属の質感ではなく鎧全体に段と溝がある。肩周り腰回り側面には非常に巨大で長い盾状の板があり、腰の物は地面にまで達する。何より特徴的なのは兜、人の怒りの表情を強調した仰々しい面、その上では螺旋状の角が左右に伸びている。


 少尉はしばしそれに目を奪われたが、それが何か看破した。士官学校の教本の絵と同じような存在が目の前に居る。


「ホツマの侍だ! 前進してから距離を取れ」


 なんでこんな所に侍? 疑心を抑え、少尉は仕事に徹した。まず車列から出す。本来ならギルイネズ内海の向こうにいるはずの侍がここにいる。基地に不都合な状況であるのは間違いない、この戦闘が大規模な作戦に関わるものかもしれない。


「目標はどこです?」


 外があまり見えない操縦手が戦車を操縦しながら尋ねる。


「入口だ、入口のほうにいる」

「機銃照準終わり、標的に動きなし」


 隣の索敵手が侍を見ながら言う。周囲の戦車はこの侵入者を認識しているがまだ誰も攻撃していおらず、この場を指揮する者も存在しない。戦場では見ない間だ。


「距離を取る、発砲待て」


 ホツマの侍は、精鋭であれば戦車を斬る。少人数の襲撃者、間違いなく手練れ。その手練れに接近する判断は愚劣極まる。


 それに戦車待機所は約百メートル四方しかない。目標がなんであっても距離を取るべき。強引に壁を壊して距離を取るのもありだ。相手はなぜか動かずこちらをじっと見ている。その様子は非常に不気味で、少尉は言葉では言い表せぬ強烈な不快さを得ていたが、とにかく距離を取るのが正しいと信じた。


「主砲を向けろ、右方、急げ」


 静かな緊張感に満ちた間が過ぎ、少尉の戦車が移動、いくらかの空間を手にして戦闘態勢に入った。戦車の半分ほどが待機所内になんとか展開し、残り半分は動きが鈍い。無線からは何か指示が来ているが気にしている場合ではない。


 ズドドドドドドドド、機銃の発砲音が待機所に響いた。二十メートル離れた戦車の機銃が発砲したのだ。機銃から侍に視線を戻すとそこには誰もいない。


「上です!」


 横からの声。視線を上げると、侍が空から落下してくる。侍は長い刀を着地点にある発砲した戦車へ振り下ろす。その斬撃に音はない。戦車は綺麗に二つに割られ、ずれた車体はガランと金属音を鳴らした。


「まず一つ、やっぱりでかくないとなあ、斬り応えがないものなあ」


 侍は何かを味わうように、自らの斬った戦車をじっくり眺めている。


「なんだそれはー!!」


 五十メートル以上の跳躍からの一刀両断。育ちのよい少尉が人生で出したこともない声で怒鳴る。しかし怒鳴っても意味はないので命令を下す。


「近いが有効距離! 主砲撃て、撃て」


 戦車の砲塔を急ぎ回転させ照準する。目の前の存在の危険度はもう測定不能だ。一刻も早く基地から排除せねば。そのために使える手段は戦車の象徴たる主砲しかない。少尉は軍人としての義務感を発揮して戦闘に徹した。


「発射!」


 轟音、火、侍は跳ばなかった。そもそもこちらを見ていない、当たる。

 すると侍は振り向きざまに片手で刀を振り下ろした。直後、その後ろで二つの爆発が起きた。

 少尉は弾を斬ったのだと理解した。教本よりはるかに上だ。


(ふざけてやがる、あれで同じ人間か!?)


「次弾急げ!!」


 少尉は焼けつく焦燥で額から汗を垂らした。目前の侍に集中しながら、戦車を後退させすぐに次弾。


「発射!」


 砲弾の発射と同時、自ら砲弾の軌道へと侍は駆けた。

 残像が砲弾とすれ違う、その姿はぶれて消え、一陣の風が吹き抜けた。少尉はその強烈な風で吹き飛びそうな帽子を手で押さえようとした。


「はっ?」


 それが最後の声だった。少尉は戦車と同時に縦にズルリと分断された。さらに戦車の下部は横に切断されている。




 ゴンザエモンは走りながらに砲弾を斬り払い、戦車を縦に割り、側面から斬りつつ走り抜けたのだ。彼は残った戦車のほうを見て大声で吠える。


「二つ目、次はどれだ? 選べるってのはいいもんだなあ、おい!」


 待機場は鬼の檻と化した。

 その後は、それぞれの戦車が機銃、主砲を撃てるだけ撃った。元よりここには指揮官がいない、各自で応戦するしかなかった。

 待機所に轟音が轟く。砲声は一分もしない内に聞こえなくなった。


「やっべーな、全部斬っちまったぞ。まあ一番でかいのは残ったからそれでなんとかしてもらうか……」


 戦車待機所でゴンザエモンは、明日には忘れているだろう後悔をしながらつぶやいた。


 司令部では深夜にもかかわらず、ヘッドホンを着けた数人の〔通信士/オペレーター〕が、並んで椅子に座り口を動かし耳に神経を集中している。しかし、通信士の献身があっても何一つ好転しない。


 基地中心の司令部は約二十メートルの高さで、基地の状況は直接見えている。

 侵入者との戦闘は続いてるが戦果は報告されていない。わかっているのは侵入者が人型と精霊のようなものであることだけだ。


「軍司令部との通信はまだ繋がらんのか!」


 基地司令であるシャッピ・キセン・グレーティ少佐がずっと怒鳴り散らしている。これだけ怒鳴っていられる体力は尊敬に値する。

 この男は上層部から同期からも部下からも評価が低いがゆえにこんな僻地にいるが、すぐにコモンテレイの司令部に救援を求めようとする程度の能力はあった。


 しかし通信は遮断されていた。内部では通信可能だが、なぜか外部とは通信できない。少佐以外の士官にも、できることは何もない。


 その時、下の階から発砲音が聞こえた。発砲は止むことなく、断続的に聞こえ、時折、男の悲鳴が混じる。下の銃声と悲鳴は、じりじりとじりじりと近づいてくる。


 とうとうここまで侵入者が来たのだ、誰もがそう思った。銃声は司令部のドア前まで這いより、やんだ。ドンッとドアを叩く音がした。全員がドアを凝視した。


「警備兵! なんとかしろ」


 少佐が、司令部内に配置された十二人の歩兵に曖昧な指示を出した。

 鍵のかかっているドアが、外へスッと開いていく。警備兵全員が腕に力を入れてアサルトライフルを握りドアを照準する。


 兵が一人倒れていた。それだけだ。その兵の安らかとは程遠い死相が、緊張を上乗せするが、何も入ってこない。重圧が司令部に巻き付いていく。


 どれほど時が流れたのかわからない。緊張が狂気に至りそうな頃。それは姿を現した。


 体はメタリックシルバーのローブに覆われていて見えない。胸部と袖がふくらんでうねっている。唯一の露出部の顔は灰色で髪はない。黒で占領された眼球は巨大で吊り上がり、小さな鼻と口、頭部は不自然に大きく人間とはかけ離れている。


「化け物だ、撃てい!」


 警備兵が一斉に発砲した。銃声と薬莢が硬い床に落ちる音が持続する。化け物は銃弾の嵐を浴び続け、スウッと薄くなっていき完全に消えた。ドアの向こうの壁には穴が空いて夜空が見える。


「やった、やってやったぞ、化け物め」


 室内に少佐の無駄に大きな声が響く。


「〔魔法誘導弾の嵐/マジックミサイルストーム〕」


 その声は、ドアの対角線上、部屋の角から聞こえた。

 そちらを振り向いた警備兵を、空中に弧を描き尾を引きながら飛来する青の光球が襲った。数十の青い光弾は全警備兵に直撃、次々と青い爆発を起こし、その体をえぐる。これにより警備兵はバラバラになって壊滅した。


「〔睡眠/スリープ〕」


 呆気にとられる通信士と士官たちは、魔法でさらに追撃された。通信士は机に突っ伏し、士官はその場で崩れ落ちた。立っているのは少佐ひとり。これは佐官以上に貸与されている機神記章の効果だ。


「なるほど、階級が上がるとまともな装備もありますか、指揮官が精神をやられるのは問題ですからね」

「なめるなよ、化け物がああああああ!」


 少佐が拳銃を抜き侵入者に向けた。その瞬間、拳銃が弾かれ飛んだ。

 床には、銀色で吸盤の無いタコの腕のような触手がだらりと伸びている。触手の根元は侵入者のローブの隙間。だらりと伸びたそれは五メートル以上、この触手に拳銃を払われた。


「がっ、なんなんだ、お前は?」


 答える代わりに床の触手が跳ね上がり首に巻き付いた。


「ば、けも、の」


 そのままヌルヌルした触手に首を絞められて、少佐は意識をなくした。


「そつなく片付きました。ここを押さえほかを待ちましょうか」


 非常にリアルな宇宙人グレイ型マスクを被っているソワラは、司令部の窓から基地を眺めて言った。

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