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魔女狩り

ゾト・イーテ歴 三〇二〇年 三月 一日 十二時 南の森


 南のバロインファ集団は、中隊単位に分散して侵攻していた。

 戦闘員百名強からなる中隊は、一般部隊の戦闘力を保障できる最低単位だ。小隊、分隊では、ルガルと標準手榴弾しか無く、武装と判断力の両面で不安があった。


 大隊でないのは、敵との接触を避け南の防衛線に達するため。強固な敵に接触すればすぐ退き、引き込みに成功すれば包囲殲滅する。

 硬直的防衛線は、各所に散発的な攻撃を続け、ときに部分的に強襲する。それを繰り返し、敵の戦力を偏らせ、薄くなった所を突き抜く。


 死んだモコシャンが得意とした攻波戦術だ。彼が鍛えた士官が各本部に配置されている。

 集団司令部の壊滅は、前線部隊には影響していない。兵士は初日の命令を実行し、各隊の本部は事前想定に従って動いている。


 極めて強力な人型のうごめくつるの塊に襲撃され、退却する部隊がいるものの、組織的な攻撃は受けていない。

 そのおかげで、多くの中隊が深く侵入できている。


 今も、砲兵が迫撃砲の仰角を調整していた。軽迫撃砲では射程距離不足で、小型牽引器で通常の砲を持ち込んでいる。


 生い茂った木で標的は見えないが、とにかく飛ばせばいいだけだ。飛び過ぎても町に落ちる。この距離では、目標の直径五百メートル以内に落とせれば上出来。


 一分で十連射して位置を変える。それを繰り返す。守備隊は彼らの位置をつかんでいるようだが、命中精度は帝国軍と同じ。一斉砲撃でなければ、そうそう当たらない。


 彼らの直近の脅威は、隠密性の高い敵である。敵が接近すれば周囲の歩兵中隊が戦闘に入り、歩兵砲中隊はすぐに退く。付近で戦闘は起きてない、安全だ。


「遠いところをよく来たな」


 至近からの声に、砲兵が何気なく見ると赤い仮面の男。ルキウスだった。

 部隊のど真ん中に自然体で立っている。部隊の誰もが唖然として反応できない。


「イチゴやるよ」


 ルキウスは、呆けた砲兵が開けた口に音速でイチゴを突っこんだ。


 彼が硬直しているあいだに、ルキウスは牽引器の接合部を剣で切断し、片手で迫撃砲の砲身を抱え上げ、さっさと走り去る。急な事態に誰も発砲できない。


 彼はこの調子で次々に迫撃砲を回収した。両手で三個の迫撃砲を抱え、弾薬の入った箱は、取っ手につるを通し五個をぶらさげた。全部で三トンほどある。

 

 そのまま南へ走り、果樹畑を越え畑に入る。撃たれた、というより、空中に浮遊した弾に衝突した。守備隊が塹壕から顔を出して発砲している。

 彼は気にせず畑を塹壕へと走る。射撃はすぐにやんだ。


 ルキウスは塹壕を飛びこえると、迫撃砲を誰に渡せばいいのか考えていたが、重くなり地面に転がした。砲弾の箱も置く。


「あー。痛って」


 彼が服をはらっていると、レミジオが回転式拳銃リボルバー片手に駆け寄ってきた。


「いきなり前から出てくるんじゃねえ! 撃たれたいのか!? そもそもどんな状態だ」

「問題ない、全部かわした」


 ルキウスは頭を振り、長い髪の中に残った弾を落とした。防衛部隊は、それを見てなんとも言えない顔をしている。彼らは、酒を飲みながらカードをやっていた。


「迫撃砲奪ってきた。平和的に」


 ルキウスがしたり顔で言った。その時、森から小さな破裂音がした。


「遠いな」


 レミジオが森の彼方を見た。


「木でも伐ったんだろう」


 ルキウスは音の方角を見ず、防衛線を確認していた。


「爆発音のようだが。誰だやってるのは?」

「誰もいないさ」


 レミジオはじいっとルキウスの顔を見ると、ルキウスが続けた。


「木の中に余った爆薬と毒薬詰めてるからな。さぞ困っているだろう」

「そこの木に入ってねえよな」


 レミジオが塹壕の前の林を気にかけた。


「白煙弾は無いんですか?」


 言ったのは、弾薬の箱をあさりに来た砲兵の男だった。


「使うか?」


 ルキウスが言った。


「木が密生してるんでしょ? 悪視界は相当な緊張ですよ、きっと煙が見えれば退避する」


 砲兵が言った。


「あったら持ってこよう」


 そこに人が集まり、迫撃砲をどこかへ押していった。砲手不足で、目標を固定して使うようだ。


「普通に盗れる前提か、余裕だな」レミジオが言った。


「踏んだら毒霧を出すキノコもいっぱいはやしたぞ」

「確認するが。そこには入ってないな?」


 レミジオは林を指差し語気を強めた。


「蹴り飛ばしてみたらどうだ?」


 ルキウスが笑うと、また遠くで破裂音がした。


「後処理どうすんだ?」

「あとを考えてるとは、余裕があっていい」


 ルキウスがかすかに馬鹿にするように言った。


「塹壕の連中は退屈してるぞ」


 レミジオは顔をそらし対応を避けた。


「そりゃ大変だ! 退屈死してしまうかもしれない。足から根っこが生えて木になる」


 ルキウスが大げさにやると、レミジオは額にしわをよせた。それをルキウスは気にしない。


「ここの戦況はどうだ?」

「まとわりつかれている印象だ。遠いが近く感じる」

「へえ、きまじめそうな連中だったからな」


「軍はよりつけてないが、勝ってるのか? マリナリは、神を信じよとしか言わん」

「味方が減るより敵が多く減っているという意味では勝っている」

「兵力が違う」

「あんたもだな」

「何が?」


 レミジオは、何のことかわからずとも心外そうだ。


「勝とうとしている」


 ルキウスは、ポン、ポン、ポンと森から上がる砲弾で暇をつぶした。


「お前は違うのか?」

「負けるれば負けるほど、勝ちは近づく」ルキウスは得意気に笑った。「勝てば勝つほど負ける。重要なのは勝つことであり、勝つことではない」


「森でもそんな問答があるのか?」


 レミジオは手慣れた顔だ。


「常識を説いてる」


 ルキウスは何も考えていない顔。


「……剣を捨てよ、勝利のために。黄金を捨てよ、黄金の道を敷くために。王冠を捨てよ、栄光となるために。持てる者には持てる物しか与えられない」

「宗教か?」


「古文書から外典になった話だ。元は迷宮の解法だが、王権の話だといわれている。ほかの解釈もあるが、おおむね、限界、無欲、正道、戦略。転じて長大な道の歩き方、視点を変えろという示唆」

「何言ってるのかわかったもんじゃないな。それらしいこと言ってるだけだ」


「お前ほどじゃねえよ」

「勝つための勝ちは必要なく勝ちだけでいい、負けはすべて必要の負けであり、不要の勝ちはいらん。今は……」


(勝ってしまっている。軍は大戦力を粉砕したことを認識してない。超困る)


「……それがお前の勝ち方か? つまり優勢か」


 レミジオはそれなりに考えてから言った。


「さあ? 負けるのはいいが、勝てないのは問題だ。気がつけば勝っているのが理想」

「とらえ方の話か?」

「単なる手順だ。正しい勝ちがやってくるのを待っている。そもそも、勝って勝って勝つって、一番退屈じゃないか? それは多分負けだ」


 ルキウスは、なんとなく地面のがれきを蹴った。


「お前は何やってるんだ? 本当に余裕があるのか?」

「召喚ぐらいしかやることがない。それも、やりすぎると敵が森から逃げる」

「追い払うつもりはないんだな」

「ずっと包囲されちゃ困る。それでは勝てない……そう勝てない」

「それはない。恐ろしい予算がかかってる。一年ほどで終わらせに来やがるだろうさ」


 彼の意見は、元軍人などと同じ常識的な意見だったが、ルキウスは、一年後に全軍の突撃があると確信できない。むしろ、強めの攻勢をかけ、それがとん挫すれば包囲を解いて退却しそうだ。一年あれば、敵はこちらを理解するからだ。


(こちらの損害以上に、中央から来た将が死んだのが大きな損害だ。参謀が消えて軍の思考が読めない。メルメッチが死んで、調査にも行けず、敵の士気の上げ下げ工作ができない。調整ができない。目と耳と手を同時に失った)


「終わらせるのはこっちからだ。じゃないと全部殺せないし、包囲が解かれたら敗北」


 ルキウスが退屈そうに言うと、レミジオは少し表情を変えた。


「本気か、いや本気なんだろうな。たしかにそれでなければ、町に籠る軍をこちらから攻める必要があるか。だが、そこまでやって何を成すつもりだ」


「この荒野・砂漠を全部緑化する。あ、ほぼだった」

「それがお前の大望か?」


「いや、ほかにやることないのでとりあえず、嫌々ながらに」

「本気かよ……本気で言ってる? マジで?」


 それから、ふたりが少し黙っていると、大砲のような声が飛んできた。


「敵が来ん!」


 いつも以上に頭髪が切り立ったスーザオが、目を開け放った凄まじい形相で立っていた。彼の服はいくらか立派になったが、かなり汚れている。

 彼は敵歩兵の突撃時に車両の死角を補うため、東側に配置されていた。


「明日は来る。石でも投げとけ」


 ルキウスが言った。


「本当だろうな?」スーザオは意表を突かれた。


「来るのか?」レミジオが軽く森をうかがった。


「知らん」ルキウスは適当そうに言った。


「おい!」スーザオが、ルキウスの肩をがっとつかんだ。


「お前、ここから北の畑までどれぐらいで走れる?」

「あん?」


 スーザオは鬼のような顔で困惑した。


「北の畑までだ」


 ルキウスがくり返すと、彼は正拳突きを連打しながら考えた。


「全力で三十分」


 建物の屋根や電線を走って、時速百キロぐらいの計算だろう。


「そうか。頼むぞ」


 スーザオはこの言葉に三秒悩んだが、たまに降ってくる砲弾にがれきを投げ始めた。


「このままでいいのか?」


 レミジオが言った。


「当面は、このままだろうな」


 ルキウスは当初、早く総攻撃を誘いたかったが、今は二人のペナルティが消える一か月を待ちたい気持ちもある。

 彼らは単独で軍団を相手取る戦力ではなくなったが、狭い市街戦なら大きな戦力になる。

 しかし理想は短期決戦だ。長期戦をやる人員も物資もない。


「どこかで仕掛けないと勝てない」


 レミジオが言った。


「軍もな。五月頃になれば、緑が濃くなり、森に入るのも嫌になる」

「冬季決戦が伝統だが、南方戦線の連中もいるぞ」

「無理だな」


 暖かくなれば虫が使える。殺人蜂の群れを、銃で相手にするのは難しい。森の外にも差し向けられる。さらに灼熱の荒野で水不足となれば、決戦を誘える。しかし次善の策だ。


「そこは自信があるのか」


 レミジオが言った。


「そこは余裕。しかし、第六軍の大将が指揮官だが、これの性格がわからん」

「ベリサリか、柔軟とされる。マリナリが情報を集めていたが」


 柔軟では何もわからない。若い頃からなら、反応性の高い頭の回転がいい人間だ。きっと周囲を信用していない。

 経験で獲得した性質なら慎重な人間だ。ゆっくり変化してくる。


「核心情報はなかった。辛党甘党、睡眠時間、好きな娯楽、着替える時に服とズボン、どっちから着替えるか。何もわからない、権力志向ではないようだが」


(いつもなら軽くつついて探るが、委縮されてはな。今の仕掛けに無反応なら、このまま夏をまたぐ。判断力がないパターンが一番困る。あえて何もしない奴は、やりようがあるが。こちらが次の動きをさせられてはいけない。だが我慢比べもな)


「さて、どうやって負けるかな」


 ルキウスは呟き、森へ消えていった。


ゾト・イーテ歴 三〇二〇年 三月 三日 十七時 未回収地奪還軍司令部


 各戦線から司令部に届く情報は、ある程度まとまってきた。

 ベリサリはこの司令部会議で、次の指針を定めねばならなかった。


「南にみられる起爆樹木は、ほかの森では発見されていません。野砲で一撃してから伐採していますが、非常に非効率です」


 幕僚が報告した。


「生きた木を自由に加工するか、任意の形状に成長させる技術があるということだな」


 ベリサリが言った。それは、この戦争で入手すべき技術に数えられる。

 幕僚たちが話し合う。


「さらに神出鬼没の自然祭司ドルイドによる、手頃なサイズの果実を食べさせられる被害も止まりません」

「優位性の誇示か?」

「一切の悪影響がないとは。奇怪な」

「本気で離反を誘っているのでは? 敵はコモンテレイで一定の支持を得ている」


(意味がわからない。なんの損害も出ていない。魔術的な意味でなければ、信仰による行動か? しかしなんでも『信仰』で済ませる痛い目をみる)


自然祭司ドルイドは、東の防衛線にも姿を見せています。周囲の反応から本物と断定」


「試験的に集中砲撃をした地域の森は再生していました。一部の道は残っています」


(当然だな。樹海を作る術者。やはり、ぬるい攻めでは魔力に余裕を作らせた)


 議題は、彼らの目前に広がる西の森に移る。


「魅了を受けたり、森の奥に引き込まれる被害は確認できず、ただし悪の気配が漂っています。やはり森全体に薄い魔力があり、精密な魔力検知は困難」


「敵に動きが見られた時の化学物質を分析したところ、複数の部隊で共通のパターンが検出されました。魔法触媒として何かを散布している可能性があり、解析を続行」


「魔女の目撃頻度が増えています。いずれも小隊から中隊の一名のみが目撃。近くの兵には見えていません」


「陣地内で見たという話も出始めました」


「一部の兵にはすでに神経症の傾向が見られ、思念波もこれを肯定。攻撃参加部隊は、入れ替えを強く希望しています」


 森に入る部隊を限定しているせいで、ずっと同じ部隊が出撃している。同一師団内での入れ替えはあるが、負担が大きい。全兵士に最前線級の負荷がかかっている。

 のちの総攻撃を考えるなら、多くの部隊を戦場で慣らす必要もある。

 しかし、この森に多くを入れるのはためらわれた。


「何かの刻印か、暗示と思われますが剥がせず。精神を探っても、どこに術の核があるのか不明。巧妙に隠されています。この強度は、術者が儀式を繰り返して維持しているか、被害者が特定の行動を繰り返していることによるものです。森から距離をとれば弱まる可能性があるとのこと」


「汚染者を隔離するべきでは?」

「それは弱気に見えるぞ」

「目撃者の数は?」


 ベリサリが口を開いた。


「千に達するかもしれません」

「どう隔離する? 後送するか?」


 ベリサリが言った。


「町で問題が広がる可能性がある。ここで隔離するべきでは?」

「異常者集団に加えられるとあっては、目撃しても言わなくなる者が出る」


 ベリサリは、これは過去に経験している。その時は幻覚を見せる花の開花時期だった。


「可能な範囲で休暇待遇にしては」

「偽の目撃者が連続しよう」


 ベリサリが言った。これも経験している。小部隊なら対処可能だが大軍だ。


「それは……」


 幕僚たちが思案顔になる。今の被害者を隔離しても、次の被害者は出る。根本的解決にならない。


「ああ、これが目的か」


 ベリサリは少し姿勢を正した。


「と言いますと?」


 幕僚たちが司令官に集中した。


「魔女はわざわざ無数の幻影を生み出し、最初に姿を見せた。私はこれを欺きと判断した。本人は地味な姿で森に溶けこんでいるとな。しかし違う。有名になることで隠れた。自分の姿を広く知らしめ恐怖の象徴にした。

 捕捉しても本物か幻覚か区別できん。部隊の全員が目撃しても、誰も口にしないかもな。本物と確定すれば、それはそれで恐怖が生まれる」


 同時に士気に影響を与える。兵の心の中で、敵はどんどん強大になっている。


「さらに魔女に仲間が殺される夢を見た、が四例。うち二例では、実際に同じ個所に刺し傷を受けて殺されています。いきなり苦しみ倒れたとのこと」


 幕僚が言った。


「少し……面倒だな。魔法を受けた者が敵視される。部隊が分解する」


 ベリサリは目を鋭くした。目の前の敵を幻術で翻弄し殺すのではなく、大軍を弱らせる術に長けている。このような術者は過去に例がない。自軍の損害を見積もりにくい。


「放置は危険かと」

「魔女め。早めに狩らなくて被害がふくらむか。本体の目撃例はまだないのか?」


 ベリサリが言った。


「どの目撃例も本物と確定できず」


 隠れるのに徹している。発見されたくはない。


「魔女の位置の予測は?」


 ベリサリが言った。


「魔法行使の推定位置が短時間で動いています。確実に転移しています」

「転移を阻害するだけでも、かなり有利になります」

「大群を操る場合は近くにいるはず。部隊を監視できる安全な位置、つまり、木の老婆の大群の後方、索敵済の地域、事前に用意した退避所、巨樹の上方も距離があります」


 敵は町を防衛している。突破を優先して町に迫れば、魔女も部隊の進路に現れるしかない。

 策とするには、あまりに危険で非常識。町の近くには確実に防衛線がある。未知の戦力と、未知の地形の悪条件だ。


 周囲からの自由な攻撃を許し、混乱した部隊が位置を見失い、情報は錯綜し、指揮は執れない。森の中で野営が続くと、敵がいなくとも同士討ちが始まる。


 それは森で最も忌避するべきことである。


 少しずつ前線を上げて拠点を作り支配地域を増やす。これが森林戦である。しかし、この常識とは違う戦いになっている。そもそも特別に自軍の数が多い。


(東は少し近づけば砲撃が来る。塹壕が町に寄るには時間が必要。北はニワトリで混乱中。南はほぼ素通りだ。町の防衛線は十万で抜ける。しかし単独で行かせてどうなる。おそらく側面を突かれる。増強するか? しかし階級の問題が、新指揮官ではかえっておかしくなる)


「解呪と悪化の阻止方法を模索。調査用の人員を強化。憲兵でトラブルの悪化を阻止せよ」


 ベリサリはこの日の判断を避けた。


 十日後の三月十三日には、どうやって広がったのか、他集団でも魔女の話が聞こえ始めた。魔女の目撃談を語ることが流行と化し、兵は乗り遅れないように努力していた。


 伐採部隊は逃げ腰になり、作業効率が落ちた。護衛を増やしたが、いきなり木に殴られる被害は続く。これは、部隊を深く入れずとも被害が変わらないことを意味した。


 幕僚の所感は、兵の軽率さへの怒り、不気味な敵への畏怖、事前情報の不足への不満などに分かれたが、対処が必要であることでは一致した。


「魔女の目撃は指数関数的に増加しています。このままでは、五月には全軍が目撃者になります」


 幕僚が計算すると、ベリサリは明々と言った。


「明日、魔女狩り作戦を発令する」


 最低限の地形情報が出そろった。こちらの動きへの反応から、敵の反応速度、迎撃部隊が待機している位置がある程度しぼれた。足りない部分は人で埋める。

 手慣れた手法を捨てることになるが、常に戦法が更新されるのが森林戦でもある。その最新手法が、のちの常道に至ることを期待しての判断。


「敵の行動が変化する前に一撃する。突破が目的ではない。強力な圧力で、敵を引きづり出す。敵は寡兵だ。ここで主力を落とせば、伐採部隊の被害が減る」


 三月十四日早朝、帝国軍が動く。計二十三万が、四方から同時に町を目指した。

 ルキウスはこの動きを認識、西の森に入った。そして通信する。


「アブラヘル、魔力と駒は効率的に使え。夜戦もありえる」

「心得ております」

「そっちのカバーには行けない」

「対処しますのでご心配なく」


 森に流れこむ兵は、警戒の歩みではない。大軍が何も考えず速足で前進している。奇襲を許し、あらゆる場所で血を流すも止まらない。


「投入戦力は総軍の一部だが、できちゃった、ぐらいの感覚で突破されかねん」


 ルキウスは、土の大精霊を森の奥に配置した。魔力の自然回復量で維持できる限界数の二十だ。南の森に〔緑の使徒/ヴァーダントディサイプル〕を配置しており、管理できる数には限度がある。


 町寄りに召喚した精霊は制御しておかないと町に入りかねない。精霊はさほど強くないが地中から奇襲を繰り返せば、一体で三百人は殺せるだろう。


 彼が準備するあいだにも、兵は森を流れる。餌へ続くアリの列を思わせる動きだ。

 前の兵が倒れれば後ろの兵が前に出て、前の旅団が構成を維持できなくなると次の旅団が前に出る。

 強烈な迎撃に当たった部隊は潰走するにまかせ、周囲の部隊は救援には向かわない。ひたすら前進する。


 森が荒れる五時間が経過し、森の中頃に達した軍は少し動きを変えた。迎撃に遭わず突出した複数の部隊が、お互いを求めて移動し接続された。さらに、戦闘による足止めで前進できていない後方の軍ともつながり、ドーナッツ状の陣形になった。


 その輪をすぼめていく。ただし、元の位置にも索敵の兵を広く散らしていた。これは敵をすくう網だ。森の中に同時に多数この陣形ができている。


「いたぞ!」


 叫んだ兵が見たのは巨樹の上方だった。枝が集まり、葉が密生する中に少しだけ赤紫が隠れていた。兵が即座に発砲する。


 アブラヘルは、すばやい身のこなしで木から飛び降りて逃げた。


 発見した部隊は疲労を忘れて必死に追った。必ず殺す。この局面の重大さは新兵でも理解できる。発砲音を聞きつけ、周囲の部隊も走って集結する。


 しかし圧倒的にアブラヘルのほうが速い。視界の悪い森で、チラチラと赤紫が見える。距離が空くと、むやみに発砲はできない。味方がここを目指して集結しているのだ。


 さらに近くの木が、木の老婆に変化する。無視するには圧倒的な恐怖。それでも遠い部隊は援護より追跡を優先した。


 薄い包囲が数枚抜けられた。しかし何重にも包囲の部隊が展開している。アブラヘルが急減速して方向転換することが増えた。


 包囲に成功しつつある。魔女に逃げ場はない。兵士たちがそう認識しはじめた時、その姿はいきなり消えた。それを目撃した全員が一斉に停止する。


「外れぇ」


 ボゴン、と鈍い音。包囲の外周にいた通信兵が倒れた。アブラヘルの振るった棒切れが、頭蓋を砕いたのだ。

 彼女が現れたのは包囲の外。幻影を出しての不可視化。


 そして一般兵を撲殺するぐらい造作もない。大ざっぱに振るわれた棒が、その場の数十人を撲殺する。


 さらに彼女は包囲網へと突進した。そのまま包囲の輪に沿って駆ける。


 打撲音は連続し、兵は頭を激しく動かし、白目をむき、銃を乱射する奇怪な踊りをしながら倒れていった。


 軍が事態を認識するも銃声はまばら。この位置は狙いにくい。

 包囲網は輪になっている。輪とは人の密集地帯、彼女を撃つと近くの友軍に当たる。赤紫しか見えていない兵が発砲し、同士討ちが少なからずおきた。


 森を走り、木から木へ飛び移る赤紫。照準するのは困難だ。さらに彼女は手榴弾を奪い、追ってくる集団へ投げた。

 それでも歩兵たちは懸命に彼女を追った。


 周囲の部隊配置を理解し戦術的に機動した精鋭部隊が、彼女を捉えかけたが、後方から木の老婆の大群に襲われ恐怖の中で壊滅した。

 各部隊は全力で追撃したが、派手な色に魅せられたのか、立つ者より倒れた者が増えたことには気づかなかった。


 やがて彼女は止まり、首を鳴らした。三千を超す兵が息絶え、どこを見ても死体が転がっている。


 しかし終わりではない。この戦闘の間にさらに大きな包囲が形成され、その外にも動きがある。


 彼女がじりじりと寄ってくる包囲へ警戒を向けた時、近い位置に砲弾が降った。

 爆炎は起こらない。青い煙がぶわっと広がった。空を目指さず横へ伸びる煙だ。単発ではない。次々に砲弾が爆発し、辺りは青い煙で満ち、暗くなった。


 アブラヘルはすぐに違和感に気付き、幻影を出した。形は半ば崩れ、とても人間には見えない。魔法を減退させる魔法妨害の煙である。転移するには危険。


 ひどく視界が悪い。包囲した部隊がむやみに発砲し、銃弾が煙をかき混ぜた。

 彼女は遮蔽物になりそうな形の大木に登った。煙が去るまで身動きがとれない。 


 銃声は競いあうように響き、懸命に彼女の位置を探るようだったが、近くに飛来するものはまれであり、軍に有利とはいいがたかったが、一分もせぬ間に、二メートルある太い人影が煙へ突入してきた。


 何も恐れぬ機装兵マシンアームズの精鋭、第二対魔機装大隊である。


 発掘品を装備した特殊部隊の次の練度、つまり数を揃えられる兵では最強。

 戦闘員は六十名、同数の戦車を壊滅させる力があるとされる。


 多くの帝国の技術は、過去の技術の模倣と再現だが、彼らの機装は帝国の技術水準を考慮して、歩兵を強化する鎧という元の設計思想から離れ、着るロボットと呼ぶべきものになった。搭乗者はロボットの不足を補う部品である。


 全身は、八センチある重装甲のせいであまり角ばっておらず、手足や関節が目立たない。どことなく土偶を思わせる。


 手で持つ装備はない。振動ブレードは肘の外側に沿うよう折りたたまれている。肩のリボルバーカノンは、手と連動して動く。


 機体によっては、腕自体がショットガンや盾になっている。

 継戦力と人体的動きを犠牲にして得た重魔法装甲に守られ、標準装備に幻術阻害機能がある。関節の動きには癖があり、魔術機能により微妙に浮いて移動する。


「捕捉した」


 部隊長であるブリスト中佐自らが、最前線で部隊を率いていた。

 彼の熱センサーは、煙の中に人型の熱を捉えていた。さらに煙で魔力が乱射しているが、濃度が濃い魔力が見える。確実にいる。


「追加で魔力拡散煙をお見舞いしろ。完封するぞ」


 複数の擲弾グレネードが地面を転がり、さらに青い煙を噴霧して視界を悪くした。

 そして対人複合センサーにより、この視界でも戦闘できる。


「いかに強力な術師でも、外部へ発動できる魔法を妨害されればそれまでだ」


 横に広がっていく彼らへ、残った木の老婆の群れが来る。彼らの銃器が一斉に火を噴いた。ドガガガガガ、発砲の圧で、彼らの前の煙が晴れる。

 発砲時間は五秒ほど、圧倒的な火力で化け物はことごとく枯れ木の断片となった。


 複数の小隊がアブラヘルの側面に回る。強烈な十字砲火を展開し、正面からは振動ブレードを展開した小隊が斬りこむ。


 アブラヘルは大木の背に隠れた。ブリストの集音センサーが、トッ、タッと木を蹴る音を拾った。


「上!」


 ブリストは、反射的に大木の上方を掃射した。

 木の裏から飛び出したアブラヘルが衝撃で吹き飛ぶ。そこをさらに部下が撃つが、彼女はすぐに太い枝をつかみ、部隊の上方へ飛び射線から脱した。


 アブラヘルが彼らの上方を越えていく。確実に当たったが、出血が確認できない。


(煙の前に展開した防壁が残っていたか)


 森林用の改装により背に追加された直上向け散弾銃が、連続して発射された。強烈な密度の散弾がアブラヘルを打つ。それでも、彼女は身を小さく丸めて回転し、きれいに着地した。


(この付加の中でもあの程度なら防ぐ防壁を張る。とてつもない手練れ)


 だとしても、アブラヘルがいるのは部隊の中。上を越えられた隊員が一斉に向きを変え、後方の隊員はそのまま加速して斬りかかる。巨大な機装に囲まれ抜ける隙間はない。


 隊員の突撃でブリストからは標的が見えない。彼は標的が上方へ逃がすの阻止するべく、隊員の頭上を照準する。その刹那、とてつもない破壊音を聞いた。同時に熱を持った液体が空中に噴き出している。


 彼が視線を下に戻すと、機装の腕が空を舞っていた。さらにこちらへ背を向けた隊員がとんでもない速度で、のけぞりながら彼の横を抜けていった。


 これで隙間が空いた、中心のアブラヘルが見える。

 それはコマ送りのような赤紫の残像だった。センサーカメラの反応は裸眼より鈍いが、おそらく裸眼でも見えない。速すぎる。


 包囲していた五人が、錆びた鐘を鳴らすような轟音と同時に、機装鎧の一部が粉砕され血を噴いた。機装鎧が自壊したように見える。さらに挟むように突撃した二人は、剣を振ることなく通りすぎた先で倒れて起きない。


 それでもブリストは、隊員の飛ばされた方向と損傷部位から理解した。


 まず至近に入り、やや斜めから右アッパーで頭部を粉砕、その反動で後ろステップしてから跳ね、右へ振り向きつつ浅めの肘打ちで次の首をへし折り、その腕を伸ばした裏拳で次の後頭部を粉砕。その隊員を肩を左で蹴り、宙返りしながらの右蹴りで次の額を陥没させ、最後に着地して手刀で腕を切断し、上段回し蹴りで頭部側面を破壊。


 回転軸を自由に操る流麗な動きだ。格闘戦の心得がある。


 ありえない。幻術使いが召喚術に長けるのは理解できる、幻術で敵を欺き混乱させ、自分は隠れ戦闘は召喚体に任せる。後方に潜むタイプの戦い方。

 あれほどの動き、極まった変化術で肉体を強化している。また、前に出る術者は、直接的に敵を破壊し、防御できる力術を使う。

 矛盾している。


(金属を破壊する魔法でも手足にまとっているのか? 銃器を呪う術者?)


 新たに斬りかかった隊員六名が瞬時に斜めになった。けつまずいたのではない。地を這う渦に足を払われた。そして首がへし折れている。倒れたところを下から荒く打たれた。手でやったのか足でやったのかわからない。とにかく死んだ。


 ブリストは射撃しつつ後退した。隊員もそれにならう。


「離れろ! 距離を取れ、散射隊形! 認識を戦士に切り替え、飛んだら回避運動」


 アブラヘルが掃射を回避して、木の裏に入った、その次には瞬時に切り返し、裏を射撃しようと機動した隊員に突き刺さる。最も分厚い胸部装甲を突き抜いた、その足。


 出血だ。肩とふくらはぎに傷がある。返り血ではない。敵の体は冷えていて、体の内から出ているのがわかる。木から飛んだ時に当てた傷だ。攻撃は通っている。


 アブラヘルは、走りで射撃をかわしながら、わずかに顔の向きを動かした。その顔の動きで、彼は次に突っ込む位置を理解した。目標はその一点。


「最大加速」


 彼は背部のジェット噴射で加速する。

 予測通りだ。アブラヘルは銃を撃つ三人を立て続けに破壊し、近くにいる最後のひとりを殴るべくブリストに背を向けた。そこを斬りつける。


(とどく!)


 隊員の頭部が装甲ごと爆発し、標的がブレ、右腕に衝撃が食い込んだ。的確に内肘関節部を破壊する攻撃、右腕は表現しがたい感覚に襲われる。


 おそらく腕が飛んだ。ブリストは止まらない。このままぶち当てて動きを止める。


 さらに隠し振動ブレードが、背中から股の間を回って、下から至近の敵を斬る。

 アブラヘルは、下のブレードに気付き一瞬迎撃が止まった。


 そこにしがみつかんと残った手を伸ばす。簡単な動作でありながら、決死で行なえば回避は困難。

 俺ごとやれ! 彼は叫ぼうとし、ゴガン! 頭が割れるような金属音。

 彼の視界が白に一瞬染まり、戻った時には体が弾き飛ばされていた。視界にアブラヘルの姿はない。彼は地面を滑り、すぐに戦況を見る。


 アブラヘルは、両手で倒れた隊員の足首をつかんでいる。それを棍棒にしてブリストを殴り、衝突の反動で接触から逃れた。それでもブリストの意図を理解した隊員の強一斉射がアブラヘルをはじき飛ばし、彼女が転がる。


 そこを追撃する弾が銃口から半分出た時、アブラヘルは大地を手で打ちつけ、高く跳ねた。それを、しなった木の枝が完全なタイミングで打つ。彼女が隕石のごとく隊列に突っこむ。


 それから五分。息を吐くのは魔女だけ。


「実体があるから本人ともかぎらない。障害が一つなら摘みたくなるよな」


 声は明らかに男性のものだ。

 ルキウスである。顔しか変えていない。手足の細い体だが、ごつごつしている。

 硬い物を強引に殴ったもので、指を何度か骨折した。それが最大の負傷だった。


「水はまだ早い。あれは夏の熱砂でこそ渇く。精神攻めが予定より効いてる? いや、さすがに早いよな。兵は取り乱してなかった。正常な顔だ。余力ができた? 強行偵察か、それとも予防的判断か。とすれば、恐れ、慎重、合理、投機のどれか」


 周囲の軍は遠巻きで、接近の気配がない。遠距離から監視されている。


「ソワラ、状況は?」


 ルキウスは、煙が比較的少ない木の上で通信した。多少ノイズが混じった。


「北でターラレンが心覚兵部隊を押し返しましたが、少し減らした程度。ひとりで連携する超能力者集団の相手は無理があります。特に火を防がれると。東と南は激しい砲撃戦になっていますが問題なし。北の支援に回れますか?」


「無理だな。単独行動の魔法使いを魔法妨害下で捕捉。わんさか来ている。削り時だ。必要ならターラレンは休ませろ、入れ替わりでお前が入ってもかまわない」

「わかりました」


 帝国軍は退いていない。機装兵が包囲を狭め、その後ろを森を埋め尽くす歩兵が追っている。さらに周囲三キロに軽迫撃砲が配置されてきている。

 突撃をやめ、投射量で圧殺するするつもりか。


「早くなるかな。春になったら、懐かしき虫の海でも見られるかと思ったが、総大将はバランス型か。人の話を聞くか、聞いた振りをして決断する。優秀で偏りがない。突撃馬鹿や臆病者じゃなくてよかった。ならまずは普通にやる。捨てるには早い」


 この日、帝国軍は温存していた主力に一定の損害をこうむった。

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