戦6
第三対魔突撃隊は、回より慎重に森を進んでいた。深く入る予定はない。
「財産を守る防具が必要だ。そう思うだろ?」
カース伍長が言った。突撃隊のプロテクターは、一般の部隊より頑丈で軽量化され汚れにくいが、形状はほぼ同じで胴体だけだ。
「股ずれをこさえたいのか?」
クライヴ大尉が軽く眉を寄せた。
東のノンド集団は、最後方で伐採を行う工兵部隊と、後方の地形探査部隊を守りつつ敵を減らす作戦をとり、奥への侵入を避けた。
彼らの前後には予備師団が展開しており、左右には正規軍がいる。
「いま上半身の防御が必要かというと、矢も弾も来ねえ。それに、カラチ社のは嫌いなんだが。ここぞってときに壊れるんで困る。バランスが気に入らねえのかな」
マップ軍曹は、スコープの付いた大口径ライフル、カアセ・フェンネを装備した。開けた場所で使う物だが、火力を確保するためだ。
「上に伝わってんだろうな。同志の中核資源がピンチなんですよ」
タクリエラ一等兵が言った。
「知っている。だから独自判断での後退は許可されただろ」
クライヴが言った。
「俺の玉を置き去りにしないでくれよ」
「玉無しで突撃するのか?」
マップとカースにはそれなりに余裕がある。
「玉はあったよ。大体の奴はな」
ラクセン大尉は、定期的に顔の向きを変え意識を森の奥へ集中していた。
クライヴはおしゃべりを止めない。いろいろとわかりやすい。
「補充がないから数が三百に減ったままだ」
マップが、ライフルで足元の草木をかき分けた。
「珍しいな、弱気とは」
クライヴが言った。
「気前よく武器が支給されたら、その二倍の脅威が来ると思うべきでしょ」
「いつもと違って散開してない。小隊同士で援護できる。ここで新入りは無理だ」
初日より小隊が密集しているが、十メートルほど間隔がある。ただし、火力を補うため二つの小隊が合同しており、彼らのすぐ後ろにも五人いる。
「そもそも、こんなノロノロやるなら俺たちは要らないだろ」
「聞いた話が正しければ、一日に百ずつ切り開くとよ」
カースが言った。
「百か、死人のお散歩の距離だが」
マップが言った。
「毎日、百進めば、一年で町に着く」
クライヴが言った。全力で工事すれば一日で一キロ分の木を伐れる人員はある。機材は足りなくとも爆薬を使えばどうにでもできるが、無防備な部隊を守れない。
「いいか、そんなことを言ってる奴は借金を返さねえ。覚えとけよ、カリエール」
カースが言った。
「半分ぐらいで町からの砲撃が来ますよ。おっと」
カリエール通信兵は何度も周辺部隊との位置関係を確認していた。
「だから、そこからが――」
クライヴが言いかけたところで、カリエールの通信機がやかましくなった。
「第七一二予備大隊から救援要請です。一二の三九五五に敵が集結しています」
「ほぼ進行方向だな。警戒しつつ救援だ」
クライヴが言うと、マップがぼやく。
「まだ三千も入ってねえのに」
第三対魔突撃隊は警戒しつつ足を速めた。ラクセンが小声で警告する。
「いる、三体、距離五十」
彼が示したすぐ近くに、前を行く小隊がいる。すぐにそれを避難させる。
「全隊停止、警戒、敵を発見しだい駆逐」
クライヴが言うと、カリエールがすぐに無線に向かった。
「どれだ!?」
カースが警告された方向を注視するが、普通に木が並んでいるだけだった。すぐに一部の木がゆらりと動いた。
「いやがった!」
各小隊の近辺にも木の老婆が出現し、発砲を開始した。初日のように混乱はしていない。撃破に必要な火力はわかっている。
木の老婆たちが不気味に体を揺らして加速した時、全員が一斉に消えた。
「消えたぞ!」
「不可視化だ!」
これは情報にない。それでも、即座に全員が牽制射撃しつつ敵を探す。地面の葉と草の動きが敵の位置を告げる。おおまかな位置がわかれば十分だ。そこに強風が吹いた。木々が激しく揺れ、落ち葉が舞い、索敵は困難になった。
マップがライフルを肩に押し付けて、銃口を左右にさまよわせた。その首筋にラクセンが触れる。彼に魔力を見る力を与えるためだ。マップのライフルの動きがゆっくりになり、止まる。
「枯殺弾だ、アバズレめ!」
強烈な銃声がとどろき、マップが反動に上体をのけぞらせた。何もない空間で木の破片が爆発し、細長い木の体が姿を現した。恐ろしい形相は、より引きのばされて死のイメージに近づいている。
その胴体の中央には、大きな穴が空いていた。単発であるため、複数の戦技がのった一撃が深く刺ささった。それでもまた歩き出そうとした木の老婆が、一歩目の途中で倒れる。マップは続けざまに次の標的を撃ち抜いた。
各小隊も、強引な連射で標的を捕捉し撃破している。かなり近くまで寄られたが被害はない。隊員たちは動かなくなった木を念入りに撃っている。
「やれてるな」
クライヴが安堵した。
「調査も兼ねてお高い弾があるんですから」
タクリエラが言った。
「……なんだ? なにか」
ラクセンが大きく頭を振って、何度も樹上を確認した。
「ラクセン?」
クライヴも上を気にした。まだ浅いせいか、光が十分に差し込んでいた。
「何か気配があったような。いや……確認できない」
「報告、ラクトアコン集団で伐採部隊が大規模な襲撃を受けました。全域で伐採中の木に殴られたとのこと。死者八十以上。遅れてこちらの伐採部隊も木に攻撃を受けました。被害は少ない模様。こちらの木はすでに排除済、木を警戒せよと」
カリエールが言った。
「できるかよ!」
タクリエラが近くの木を蹴り、少し警戒して離れた。しかしどこも木だらけだ。
「おいおい、木の逆襲かよ。それに、後ろに敵がいるってことじゃねえか」
カースが後方を振り返る。
「あいだに一個師団と調査部隊がいるだろ」
マップが納得いかない顔でライフルを見ている。
「妙だな。生きている木は魔力反応があるはずだ。見逃すとは思えんが」
ラクセンが言った。突如、マップが目の色を変え、ライフルを森の奥へ向けた。
「女だ! あの赤い女がいるぞ」
この声を聞いた周辺の小隊にも緊張が走った。
「どこだ!?」
クライヴがマップの後ろに張り付いた。
「あそこだ!」
マップが軽くあごをしゃくる。
「見えねえぞ。何もだ」
カースが森の奥を凝視する。
「何言ってんだ!? 五十もねえぞ。あの赤! 目立ってるだろ!」
マップはたしかに森の一点を照準していた。しかし、誰も森に赤を見つけられない。森にはたまに赤い花があるが、それすらない。ここには、深い緑と黒みのある赤の葉と、黒から黄土色の木の幹、地面の枯れ葉の朽葉色だけだ。
「逃げやがるぞ!」
マップが発砲した。その先に隊員が注目するが、何も見つけられない。彼はライフルを下ろした。
「俺は確認できなかった」
クライヴが頭を動かし、重なり合った木々のかなたを探る。
「くわされたんじゃないのか?」
「通信兵でなくとも幻術は来ますよ」
カリエールが親切に言った。
「だとしても術者が近くにいたはずだ」
ラクセンは何かを読みとろうとしている。
「確実にいたぜ、足跡を探るべきだ」
マップは不満そうだ。幻術の可能性があるのは、彼もわかっている。だから、逃げた瞬間に味方ではないと判断して撃ったのだ。しかしその標的は彼以外誰も見ていない。さらに彼が示す位置を探ったが痕跡はなかった。
突撃隊の近辺では散発的に戦闘が続いている。
彼らの至近にも新たな個体が出現し、すみやかに撃破された。
「ほれみろ! びびってるから出やがった」
カースが弾倉の長さを確認する。
「楽しいことを考えるんだな」
クライヴがぞんざいに言った。
「無茶を言うぜ!」
マップが手元でカチャカチャ音を鳴らしている。
「この密度は救援に行ける感じじゃない。何やってる?」
クライヴは部隊の残弾を確認させていたが、途中でマップを気にした。
「こいつの接触が悪いんだ」
マップは弾倉を換えようとしてまごついていた。巨大な弾が五発入ったものだ。それが銃にはまらない。普通はないヘマだ。
射撃に集中していたカースが妙に感じてマップをちらっと見た。
「おい、どうした!?」
「……見ろよ」
マップは渋い顔で弾倉を手からこぼした。
「そんな余裕はねえぜ」
周囲では戦闘が起きており、警戒を緩められない。
「石だ。弾倉が石になってる! 全部だ。枯殺弾もだめだ!」
マップが腹に力を入れて言い、手持ちの弾倉をすべて地面に捨てた。灰色の石になっている。
「どこかで罠をくらったか」
「普通、石になるのは人間だろうが!」
マップが苦々しく言った。
「そりゃ無事で何よりだな。……なんだこりゃ! なんだ、おい!」
笑っていたカースの景気が急激に悪化した。彼が射撃をやめて立つと、ポケットのすべてにバナナが突っこまれていたからだ。彼は動転して逃げるように走り、木にぶつかった。カリエールがバナナを片っ端から引き抜いて遠くへ捨てた。
木々がどんどん変化は始め、恐ろしい顔が浮き出てきた。精神状態が悪化している。
クライヴがラクセンを見た。
「わかってる!」
ラクセンが周囲に思念波を放った。人の精神を強化するのでなく、周囲の思念をかき消す。
マップは予備の短機関銃メルデヴァーン・ゼストルに持ち替えた。人間には効くが固い敵には不向きだ。
至近に多くの敵が発生し、部隊の連携が乱れたが、それでもなんとか敵を抑え込み、小隊が接近される前に撃破できている。このまま行けばしのげる。
しかし、クライヴは、近くの戦闘を無視して森の奥に注目していた。
「……まずいぞ」
前面では、あらゆる所で木が揺れている。大きく揺らぐ細い影が、太くなってくる。
新発生した個体ではない。別の場所で生まれたものが、徒党して押し寄せている。
「後退しつつ集結だ。もっと集結させろ、火力が足りん。本部に敵の位置を!」
「前はどうなったんだよ!?」
タクリエラが状況に気付いた。
「どこかを突破されたんだ」
「第七一二予備大隊の一部が突破されたと。指揮隊も壊滅」
カリエールが顔が通信機を耳に押し付けている。
「またかよ。その一部が真ん前じゃねえか!」
「遅いんだよ! 弾がもたねえぞ」
カークが、ガガッガ、ガガガと小刻みに機関銃を撃つ。
「応援が来るまでもたせろ! 節約しろ、足を潰せ」
木の老婆が、群衆になって殺到している。見える範囲だけで五十はいる。無数の草を踏む音が来る。
多くの手榴弾が炸裂したが、足を止める個体はいない。枝に当たって届かなかった手榴弾も複数あった。
発砲しつつ集結した突撃隊が、相互支援できる隊形をとった。地形の問題で多少射線が切られているが、連携は可能だ。
しかし、近くからも新たな木の老婆が静かに出現して、忍び寄り、あるいは飛びかかる。正面だけに集中できない。
一部の小隊が接近を許し、各自で後退射撃を始めた。隊形が崩れてきている。そしてゴフィーナのときと同じ断末魔の悲鳴が聞こえた。
「退却は!?」
タクリエラは、隣の小隊の至近に迫った木の老婆を撃破した。
「ここが抜かれればこの一帯で分断されちまう。戦線が食い荒らされるぞ」
走ってきた木の老婆の一体が、群れから急加速して抜け出した。足に弾を受けてバランス尾崩すとスライディングしてきた。初日の同じだ。すごい形相で笑っている。顔が飛んでくる。
「散れ! かわせ」
クライヴたちは即座に左右に割れた。あれの突撃はかわせる。しかし周囲はあれだらけだ。隊列が一度乱れれば、潰走を覚悟するしかない。下手に動けば味方の弾を浴びる。
しかし、まずスライディングした個体が起きる前に殺す。小隊員たちは、それを意図して仲間の射線を避けつつ、銃を構える。
笑った老婆が着地することはなかった。
大きな影が空中の木の老婆と衝突し、ボコンと乾いた木の音が響いた。銃声の嵐にはなじまない音。
部隊の後方からロケット弾のごとく飛来した大男が、クライヴとカリエールのあいだを抜け、強烈なストレートを打ち込んだのだ。木の老婆は、不規則な回転で地面を派手に転がって跳ね、木の枝に引っかかった。大きくひび割れている。
「近いのは俺がやる。部隊を立て直せ!」
叫んだ大男は、治安部隊の防御面が広いヘルメットをかぶっている。軍服は、胴体も、手足も、パンパンにふくれて窮屈そうだ。
クライヴたちは、状況を理解できないが、とにかく敵を銃撃する。
さらに二体が迫る。男はちゅうちょせずに前に大跳躍し、二体の顔面をつかみ、押し倒した。木の老婆は、牙をむいて手にかみついたが、男は何も気にせず、細い体を地面にぐいと押し付けてへし折った。その次には、折れた残骸を振りまわし、接近する木の老婆を打ち払った。
隣の小隊でも動きがあった。
「あいにく応援ではないが、撃ってくれるなよ!」
その小隊の前では、青い金属が木漏れ日を受けて何度もきらめき、使い古されたマントがその光を追うようにねじれた。
敵が倒れると、マントは落ち着き、それをまとう魔術的印があるマスクをした男の姿が確認できる。彼が新たに群れに向かうと、踊るように身を回転させる連撃が、木の老婆二体の片足をそぎ落とし、次には伸ばされた枯れた腕を落とした。
「標準脅威度は六十から七十だ。五つ星四人なら普通の火器でやれる。だがやはり、魔法に弱いな」
こもった声は後方からした。大きな木の枝に見慣れないシルエットがある。
防護マスクに様々なセンサーが付いたスマートなフルフェイスで顔は見えず、軽装甲の全身スーツで肌は露出しておらず、すうっと長い筒状の銃を構えている。その銃身から発射された青い光線が、木の老婆の額を撃ち抜いた。彼は撃つたびに銃の何かを調節している。
「この数、これをやった術者は化け物だね」
さらに部隊の後方から、ストーブパイプハットをかぶり上品なコートを着た片眼鏡の老人が、興味深げに周囲を窺いながら歩いてきた。
「じいさん、敵を褒めるのはやめろよ」
毛皮の外套を着た屈強そうな若者が吐き捨てた。頭の側面は刈り上げてあり、上部に残った長髪が編まれて数十の束となって垂れている。
彼は老人を隣で守っているようだったが、木の老婆が二人に接近すると、老人より後退した。
そして細い木に触れる。すると、木は大きくしなって倒れ、木の老婆にグルグルと巻き付いて拘束した。
片眼鏡の老人が、指先から火の光線を撃ち、拘束された木の老婆を動かなくなるまで焼いた。
さらに老人は距離がある木の老婆の集団へ手の平を向ける。
「火球、三連」
彼の前に出現した小さな三つの火球が、小枝を避けながら飛び、炸裂した。この衝撃で炎と木片が飛び散った。
全員の胸元にとってつけたように階級章があり、似合わない階級章がういている。
「か、彼らは!」
カリエールが目を丸くして絶句した。
片眼鏡の老人が、定期的に足を止め火球を放ちながら、クライヴへと歩いてくる。
そのあいだにも戦闘が続く。接近されて必死に逃げる隊員の姿もあるが、それを追う木の老婆は、そのあいだに飛びこんだ二人と、木の上からの射撃により排除されていく。
「どこの部隊ですか!?」
クライヴが尋ねた。
「帝魔研のギオレグ・キセン・スヴィタン大佐。今は、司令部直属の第一特技大隊。調査に来たのに森に入ってくれるな、じゃあ困るというわけですがね」
片眼鏡の老人は、にこにことしている。
「救援感謝します、大佐殿。しかし連絡は受けておりませんが」
クライヴがかしこまった。
「数段後ろで魔物を調査していたが、少なくてね。彼がここらに力が集中していると言うので前に出てきた。お前さんはやらんのかね?」
スヴィタンが会話の途中で毛皮の若者に話をふった。
「ボンクラめ。見られていたぞ」
スヴィタンはこの返しに含み笑いをして、数が少なった敵にくいついているほかの三人へ視線を送った。
「ふーん? あまり奥に入ると上に怒られる。すぐに離脱するぞ!」
三人はそれに答えず攻撃を強めた。
「この感情はなんだ。期待でも失望でもない。不満? いや、怒りと喜びが混ざっている?」
毛皮の若者は、オオカミのような目で森を警戒している。
「北の術者にも興味はあるのだがねぇ」
スヴィタンは毛皮の若者に顔をよせた。
「見るんじゃねえよ」
若者はにらみ返した。
「力は消えたかね?」
スヴィタンはいっそう笑みを深くした。
「あっちだ。巨大な何かが動いている。森が激しく波うっている」
毛皮の若者が森の奥を見つめた。その視線は少しずつ動いている。
「ふーむ」
「見えてねえのか? あれほどのものがよ。……興味が通りすぎていくな」
「私の占術感知術式は無反応だがね」
スヴィタンが言った。
こちらに向かっていた敵の気配が消えた。木の老婆たちは森の奥へ引き返したようだ。スヴィタンたちは、それを確認すると去っていった。
突撃隊が負傷者の治療にはいった。木の老婆に殴られて骨折した者が多い。
「見ましたか?」
カリエールの目には、ただならぬ力が入っている。
「何がだ?」
クライヴは、顔に驚きが出ないように抑えた。
「帝国魔術研究所の自動魔術理論室長スヴィタン。戦闘魔術の使い手としても研究者としても一流。魔術不遇の時代を耐え復権した、スヴィタン家の先代当主。魔術の補助に最新機器を使っている。思考を安定させたり、ずらしたりできるとか」
カリエールは喜々として続ける。
「両手がサイボーグの神鉄男こと、ファーマ卿。神鉄って言われるけど、実際はそれ以上の神鉄系の魔道合金です。でも着こんだパワードスーツも相当だ。元々は医療用らしいですけど、見ました!? あのパワー! あれも十分に兵器ですね!」
「よくしゃべるじゃねえか」
カークは疲れた様子だ。
「知らないんですか?」
カリエールは、人生最大の敵襲のように驚いている。
「同じ重さの黄金よりお高い体だろ」
カークが呟いた。
「知ってはいるぜ。貴族関係に、民間、普通は戦場に出ない技官からなるのが二百ほど来てるのは」
マップが言った。
「軍時代に侍の斬りこみを受けた際、侍から奪った短刀でとっさに侍三人を突き殺し自身の才能を自覚した、戦場の彫刻家チョウサイ。レーザーも効かない金属でも、少しずつなら削れる。それは侍の刀や神代の素材ですら例外ではない」
カリエールの口はより滑らかになっていく。
「重汚染地帯の魔物の駆除を専門とするハンター、掃除屋ベネット。極地用スーツによって、索敵と、柔軟な運動性を確保している。遺跡から確保した多くの武装を持ち、任務によって使い分ける。ただし、装備には頼らず、獲物を分析し、それに合わせたな罠を考案して狩る老練の技術者です。彼が広めた魔物対処法は多い。噂では格闘戦もかなりやるとか」
「そりゃけっこうなことだな」
マップは、遠めを警戒している。
「化け物対策に、そういう連中を集めたということだ」
クライヴが言った。
「彼らはその中でも上位ですよ!」
カリエールの興奮は収まる所を知らない。
「あと一人いただろ?」
タクリエラは話を待っているようだ。
「そうですよ! でも彼は情報が少ない。北の森に住むカララト族から追放されたというブブダック。ペグレブで、窃盗団の用心棒をしていたらしい。ごろつき同士のトラブルの際に、出動した治安部隊を軽くあしらい、エリケヴェサウ社の素材調達部門にスカウトされた。その知識で製薬にもに携わったとか」
「たしかに普通じゃねえが、どれほどかね?」
マップが言った。
「来ているのでは、第一機装の【夜盗の手】や第二総合心戦の【三階層隊】と同格ぐらいだろう」
ラクセンが言った。
「個人戦なら彼らが上に決まってますよ!」
カリエールが機関銃並みに唾を撃った。
「戦場でそんなお遊びはねえ」
「ミーハー野郎だったとは」
「助かったのは事実だ。譲ってやれよ」
ルキウスは樹上世界を駆けていた。曲芸的な機動で、ときに髪を地面に擦りそうになりながら、木を蹴り、つかみ、かわし、森の風となっている。
「あいつらバナナ撃ちすぎだろ。みんなで囲んで撃ちやがって、儀式かよ。せめて一本は標本として持ち帰るべきでは? せめてものたむけにとあげたのに」
彼は後方に忍び寄り、有線通信を片っ端から切断した。もっと後でやる予定だったが、だらだらと伸びた線を見ると、切らずにいられなかった。敵が有線の敷設をやめても、無線は傍受できるから問題ない。
もっとも、帝国が本気で動くなら魔法的な通信を使う。森に入る心覚兵が少ないうちは攻撃は来ない。
「本気で来ねえ。現場は必死だろうがつまらん。とはいえ、誰かが爆弾を抱えているかもしれないと思えば楽しくいられる」
静かに降り立った先には、アブラヘルが中空を見つめて集中していた。森のどこかと意識をつないでいるのだ。
「アブラヘル、調子はどうだ?」
「まあ! ルキウス様」
アブラヘルはすみやかに仕事を放棄して彼に駆け寄った。
「軽く見てきたが、問題ないようだな」
「完全にやりとげております」
アブラヘルが胸を張った。
「敵は奥を目指していないからな」
「もちろんー、下ごしらえですわぁ」
アブラヘルが、策略の愉悦が渦巻く笑みをうかべた。
「完全に任せていたから、何をするつもりか確認していなかったな。敵の動きも定まっていなかったし」
「最初に私の姿を知らしめておきましたの。この美しい私の姿を!」
「それは……防御だな」
アブラヘルは防御に魔力を割いていない。運悪く砲撃が直撃すれば傷を負う。手練れの狙撃でも負傷するだろう。使い魔がいれば壁になったが、ここにはいない。
「ええ、肌に傷をつけたくないですもの」
「効くまで半月ぐらいはかかるかな。やはり単独では苦しいか?」
「そうですね。魔力に余裕はありません。急に襲撃されたら死んでしまうかもぉ」
アブラヘルがルキウスにしなだれかかった。
「ひとりでもつなら、当面はそのほうがいい。私は南で姿を見せておく」
アブラヘルがルキウスにへばりついて、首筋をそっとなでる。
「まあ、悪いお人」
「悪いが当面はお前に任せるぞ。空爆が来たら逃げろよ。危険なら助ける」
敵の航空戦力は二百以上残存している。町を避けて森を爆撃されるのが一番不都合だったが、大損害を被った印象が強いのか、偵察機が遠巻きに飛ぶだけだ。
ルキウスは助けを期待するアブラヘルを置いて、森の見回りに戻った。直接観察しないと戦闘の感覚がつかみにくい。
「やはり各戦場の後方を乱すか。意識を分散させたい。新しい手を考えないとな」
ゾト・イーテ歴 三〇二〇年 二月 二十六日 七時
「現場の感覚的にですが、金属片は拾う前より増えています」
タングリフの腹心が報告した。
「このゴミ野郎が!」
タングリフが大声を出した。
「それと、昨日仕留めた獣の一次分析が出ました」
「おお、何かわかったか!」
「おそらく七匹とも普通のウシで、調査部の検査では元人間と考えられると」
「……はあ!?」
タングリフの期待は裏切られた。戦果の報告から攻略の手がかりが得られるはずだったが、
腹心は言いにくそうに続けた。
「その、行方不明になった小隊のひとつかと」
「そうきたか、そうきたかよ。俺の前を獣で統一しているのはそういうことかよ」
彼は声を抑えた。それに反比例して心の中に怒りの炎が大きく燃えた。
仲間に撃たせるように仕向けられた。幻術や、精神干渉をせず、あえて撃たないという判断が可能な状況で撃たせた。そうなると、仲間を攻撃する可能性とされる可能性を心配しないといけない。
彼は状況を考えているあいだに冷静に戻った。
「有害な効果は一定時間で終了するものだろう? 特殊な魔法か?」
「単に戻る前に動物として射殺されたものと。術者本人が化けていればたいていは解けますが」
「部隊同士が近いからな」
タングリフはうなった。
「いかがされますか?」
「情報は漏れていないな?」
「はい。しかし発見部隊はうすうす。装備が散乱し、腹に認識票が付けられていましたし」
「時間の問題か……悪魔だ! 敵には悪魔がいるぞ」
普通の戦死とは違う。兵にためらいが生まれる。
「それと、発見した部隊は肉の分け前を非常に楽しみにしておりますが」
「中止! 中止だ!」
「相当な不満が出ると」
「猛毒があって食えないと説明しろ。それからわかるように埋めろ」
ゾト・イーテ歴 三〇二〇年 二月 二十七日 三時
「動物が減ったら……」ルキウスは華麗に跳躍して回転した。ガラガラジャラジャラと金属音がする。「増やせばいいじゃない!」右へ全力の笑顔を向ける。次はばっと左。「神の力で」最後はバレエの構えで着地した。
夜の森には彼だけがいて、その鼻歌が続いていた。帝国陣地の照明が森を向いているので、多少は光がある。
「やっぱりだ! 死にかけないとやる気が出ない、メルメッチも休暇喜んでるしな。新発想はピンチからやってくるのだ! これが戦争だ!」
ルキウスは、手足を伸ばした中途半端な態勢でぴたっと停止し、金属音も途絶えた。
「そうだ! ニワトリを買おう、金の力で。森に放してやるぞ。世界初のチキン戦争だ! 十万の男がニワトリに恐怖するのだ! いや……面倒だな。金置いて、勝手にニワトリ取ってくるか。でもザメシハはもう日が出るし、まあいい。買うか。急ぐのはよくない」
また金属音がジャリジャリと聞こえ始めた。
「こっちにも食料を提供してあげた。いいことをしたな。そもそも、果樹で補給点作ってやってるのになー。元気に町まで攻めてきてくれるようになー」
ルキウスはせっせとゴミをまいていた。亜空間袋にありったけの金属片を突っこみ、その口をいくらか狭め、左右に振り回しながら森を走る。
落下音がして、視認できる距離で爆発が起きた。彼は空を見て止まる。さらに爆発が連続する。彼の周囲に砲弾が降っている。
「なるほど、ゴミまきの人員がいると思い大雑把に砲撃してきたか。金属音は拾えるだろうし。北は力押しの傾向がある」
ルキウスは踊りながら爆発の隙間を縫ってゴミをまく。回転しながら顔面に飛来した破片を、少し首をひねってかわす。
「おお怖い」
ルキウスは転移して少し位置を動き、さらにゴミをまく。
その近辺にも砲弾が降り、絶え間なく炎の花が咲いてはしぼんだ。彼は走る速度を上げた。
「引っかかったか。これだけ撃つのは、的が多いと認識している。徹底的にまいてやる。千人分ぐらい。今日が勝負どころだな」
金属を森に散らしたのは、センサーを誤魔化すためではない。センサーは破壊されてもかまわない。あれはいずれ撤去されるだろうものだ。
ゴミを拾わせ、まきなおす作業をすることが目的だった。
魔法的監視により三十ほどの地点が覗かれていたが、すべて遮断している。
砲撃は激しさを増した。北の森の浅い領域に満遍なく砲弾が降っている。多くの枝に火が移り、火の粉が落ち始めた。
ルキウスはそれを魔法で火を消化しつつ、作業を続けた。火が激しく燃えても、気分を盛り上げるものにしかならなかった。
「榴弾の破片は地道に回収するのか? それなら、またまく。夜、すげー暇だ。お前ら夜何やってんの? 寝てんのか? 人生無駄にしてるな。もし金属反応を無視するならそれでいい。機雷を回収する必要もないし」
朝になり帝国軍が森への侵攻を再開しても、森の奥ではジャラジャラと金属音がしていた。粘体の誘引薬が塗られた金属もあり、それにより迂回して後方へ行く道が作られ、金属にうんざりした兵たちは、回りこんだ粘体に後方を分断され、包囲された一部の部隊が粘体の餌になった。




