AI3
「警戒、こんなバカげたのは確実に神代のものだ」
さらに大ウサギの後方から、二足歩行で女の服を着た悪そうな顔のオオカミが出てきた。
(ウサギはなんかの大型シリーズ、それに童話シリーズか。残して死んだプレイヤーがいたな。カスタム具合によってはプレイヤーに匹敵する)
大ウサギたちが出てきた側面には、多くの金属反応が残り多くの敵がいる。
大ウサギが大部屋の中央近くまでひょこひょこと来ると止まり、寝ていた耳を起こした。天井に当たってこすれる金属音がした。
『試攻の一』
ルキウスが念話で伝達した。まず強めの攻撃で敵の程度を見る。
ゴンザエモンが喜び勇んで大ウサギに突撃した。同大ウサギの両眼から赤いレーザーが連射されたが、簡単にかいくぐる。
しかしその前にオオカミが割り込み、斬撃を腕で受け止めた、斥力シールドだ。さらに開いた口からレーザーを発射した。ゴンザエモンは一歩下がりレーザーを真っ二つにする。
側面入り口より、重武装のイヌ型七機、台座に乗った砲台と機銃がぞろぞろと出てきて撃ってきた。
ルキウスは横十メートルほどの石壁を出して射線を切り、その横に銃弾を防ぐための風壁を出す。
ソワラの杖から出たキラキラと輝く破壊光線が風壁を通り、新手をなぎ払った。機械がことごとく粉々になって金属粉がパラパラと落ちた。しかし次々に同型の機械が出てくる。
大ウサギはその巨体で押しつぶさんと前進したが、ヴァルファーの魔力を放つ盾と、足元に追加された石壁で邪魔をされ、前進が鈍る。大ウサギの尻から、大量のミサイルが発射された。それは、大ウサギの左右へ広がり、ひねりこむような放物線を描いて向かってくる。
「〔集団・行き先変更/マス・チェンジ・ディステーション〕」
ソワラが杖を横へ振る。その杖に導かれ大量のミサイルは側面入口へと突入、爆発した。
エヴィエーネが転倒のオイルを大ウサギの下に放りこむと、その足は床を何度も空振りして、ぶざまに曲がった足でよたつく。
あのオイルはじっとしている対象すらも、問答無用でこかし続ける強力なものだ。除去できないなら歩けない。
大ウサギの背中から、本物のウサギに近い小ウサギが大量に射出され、部屋中に降ってきた。側面にレーザーカッターが装備されている。
これはターラレンが一気に焼き払った。しかし追加で散発的に射出され、部屋に着地。ゴンザエモンとオオカミの戦いに横から参入した。
この隙にオオカミが後方に回る動きを見せると、ヴァルファーが牽制しつつ進路を塞いだ。
(多少歪だがまともなパーティだ、力負けはない)
「しかし固いか」
ルキウスが呟く。
ゴンザエモンの斬撃は大ウサギの装甲を断つに至っていない。ばたつく足に切りこみが入ったが、中の部品にまで達していないのか、彼は関節部を突く動きをしている。さらに目のレーザーを魔法で防ぐ必要がある。
「霊薬で強化しまっか?」
エヴィエーネが言った。
(これまでの流れ、道中で消耗させつつ急がせ一気に罠で殲滅狙い。戦略AIのサイズ的にこっそり逃亡は無理だ、電源もいる。こちらを逃がさぬよう後ろに戦力を配置しているはず。これは戦力分散だからいい。ここで半分過ぎ、魔力が厳しいぞ。魔法薬の過剰摂取ペナルティは覚悟しないといけない)
ルキウスが鉄条網のようなイバラの壁を長く展開させ、室内と側面の入口の間を寸断した。
「いや、私で防御の五。キューブを使う。発動までしのげ。一分は要らない」
「ええ、そりゃないぜえ。ようやく斬りがいがあるのが」
ゴンザエモンがぼやく。
「むだな体力を使うなってことだよ」
ヴァルファーが盾でオオカミの鋭い爪を防ぐ。ほかの攻撃を警戒しながら反撃する余裕はない。
ルキウスは五×五マスのルービックキューブのような物を出した。
これはルキウスが持つ唯一の神器【インヌ教授の憎々しいパズル】。神器とは、強力な効果を持つ限られた数しか存在しない魔道具で、対人戦で敗北すれば倉庫にあっても二分の一の確率で現場に落としてしまう性質のものだ。
ここに来る半年ほど前に得た物で、ほとんど使っておらず友人も馴染みの敵も知らない。
手に取ると一面を合わせるまで強烈な引力で離れず、強引に離すと死亡するので、多くの人にとっては呪いの品だ。
ルービックキューブと異なり、一面を回すたびに、一定の法則で離れたマスの色が入れ替わるので、普通にやると永久に揃わない。この性質により、計算なしで揃えられるのは三面が限度だ。
ルキウスはこれを勘で合わせる。
ウサギが戦場でパズルを始めたルキウスに反応するが、ソワラが耐えず顔面に酸をかぶせているせいか、まともに攻撃してこない。
ルキウスが手を猛烈な速度で動かしカカカカカという音が続く。そしてカチャ。
ガーン、カランカランという金属音の後で、戦闘音が消える。
移動砲台は粉々になり、大ウサギは停止し、オオカミは停止した瞬間に、ゴンザエモンの袈裟斬りとヴァルファーの突きを受けて破壊されていた。
「使用者の半径百メートルの電子機械から魔道機械まで雑魚なら即死させる威力、破壊に至らずとも五分の〈強制停止〉」
最高位魔法と大魔法の中間ぐらいの威力だが、揃える面で多くの効果を起こせるのがこれの価値だ。
この部屋だけでなく、上下階の仕掛けを破壊しただろう。そして敵は侵入者の現在地を見失う。確実に敵の防衛計画が狂った。
「よし破壊しろ。修復される可能性があるからな」
ルキウスが側面入口に入り、中にわんさかと待機していた兵器群を破壊し、ゴンザエモンが大ウサギの腹を斬り進み動力を破壊した。
キューブの使いどころと判断したので一日に一度の効果をここで使ったが、アトラスのロボより格段に弱い。アルトゥーロがアトラスの仕様を無視して多数のロボを起動させているのと同じだ。ステータス補正がかかっていない。この先アトラス産が出ても、負けはないと推測できる。
「先は駆け抜ける。私が先頭で室内移動の三。鋭敏と悟りの霊薬を」
ルキウスがエヴィエーネから受け取った薬を飲むと走る。
薄い壁には穴をあけ、敵が来る横道は鉄壁などで封鎖し、足の遅い敵は無視して置き去りだ。
攻撃してくるのは固定砲台ばかりで、足を止めるまでもない。設置された罠は遠距離から破壊する。景気良く四階層を進んだが、隔壁にあたった。
「ここが道だ、遠回りへの誘導には付き合いたくない。斬れるか?」
ゴンザエモンが聞くなり刀を振り、隔壁に大きな切れ目が入る。その横を彼が蹴るが、まだしっかりしている。
「けっこう厚いぜ」
「近くの隔壁も閉まっているようで、道はありません」
ヴァルファーが道探しの魔法を使って言った。
「斬れるなら地道に穴あけだ。後方に注意、隔壁の向こう側もだ」
「ノコギリじゃねえってのに」
ゴンザエモンが文句を言いつつ何度か斬って通れるようにした。先の隔壁も閉まっており、幾度か斬らねばならなかった。敵は防衛線の立て直しをしているのだろう。
何層か下ると多くの迎撃が出てきた。
その主体は。ややたどたどしく動く人型ロボットだ。完全に人と同じサイズで、人と同じ作業ができるようになっている。細い顔は機械感丸出しで、手足の一部が細く配線などが外に出ている。
お話したくなる外見ではないし、ペットにも向いていない。つまらない冗談を言いそうだ。
「やっと想定していたものが出た。汎用型に装甲をつけたものだろう。こいつの数が一番多いはずだ」
ルキウスが言った。
「情報では千機以上。労働力を戦力として出してきたなら、そろそろ近いということでしょう」
ソワラが言った。
「そろそろ三分の二のはずだよ」
ヴァルファーが言った。
「節約していこう。動きは遅いが、全部自爆するだろう。特殊な爆弾だけは警戒しろ」
どんな罠があるかわからないので、魔力に余裕のあるルキウスが先見で警戒しながら進む。
狭い通路にバリケードを作って防衛されれば突破には時間がかかる。射撃戦になると、ヴァルファーが盾、ルキウスとゴンザモンが弓を射り、ターラレンが杖に貯蓄してある炎を放つ。
敵は効率的な隊列で緻密に射線を計算しており、手数では負けている。さらに立体映像は距離が遠いと判別できないので、一撃は撃たないと判別できない。脅威ではないが、時間は使わされる。理想的な遅滞戦闘だ。
ソワラは後方を警戒、エヴィエーネの爆薬には数の問題があるし、距離が近いと使えない。
レーザーバズーカなどの発掘品がたまに出てくるので確実に数を減らしながら行く。防御線が厚く敵が密集している場合は魔法でまとめて潰す。
さらに進むとまた迎撃に変化が生じた。人間が混ざりはじめたのだ。敵に生物が混ざると毒が来る可能性が下がって、少し安心できる。
「追いつめてはいるようですね」
戦闘が一段落するとソワラが言った。
「ここに来て妙に人が多い、もう五十ぐらいじゃないか?」
ルキウスが言った。周囲には汎用型の残骸と人間の死体が転がっている。機械の戦闘に人が混じるのは邪魔だ。兵は地上のがすべてと推定された。しかし、ここの人間は機械と連携できる練度があった。
「人が製造できるなら不死者にするでは、と思いましたが出ませんね。術者はそれなりのようですが、触媒に限度があるのでは」とヴァルファー
「苦しまぎれですよ、さっきので防衛機構が壊れたんでしょう」とソワラ。
「こちらもそう余裕はないがな」とターラレン。
「……そいつの頭を斜めに割れ」
ルキウスがゴンザエモンに言うと、すぐに頭部はスライスされた。
「なんだあ?」
ゴンザモンが刀に違和感を感じたようで、軽く手首をひねった。
切った頭の中に脳はなかった。工業的な黒い物体が中心にあり、それを囲む粒上の臓器が連なっている。
「機械化されておる」ターラレンが言った。「置き換えられない部分は臓器で作り、中枢部分は機械」
「人間にしては統制がとれすぎていましたか、銃撃の重さに対して狙いが正確でした」とヴァルファー。
「双子量子通信、遠隔制御だ。アマンの情報にはなかったな。電波なら通信障害で潰してやろうと思ったが」
ルキウスが言った。
「人体を製造でき、神代の技術があるなら、これぐらいは」とヴァルファー。
「その手の培養器は欲しいなあ」とエヴィエーネ。
「培養液はコストがかかると思うが、神代の機器があるのかもしれない。毎日一度臓器を生み出すような……しかしAIがお人形遊びとはな」
ルキウスが言った。軍事情報以外はあまり聞き取っていない。
「特に脅威にはなりません」とソワラ。
「もともと狂信者の自爆は警戒しています」とヴァルファー。
「魔法使いがいる可能性がある。それだけは警戒しろ」
ルキウスたちは足止めを受けながらも順調に進んだ。迎撃はより正確になったが、命の危険を感じることはない。しかし消耗はしていた。マジックポーション多用の悪影響が出て、ルキウスは若干視界にちらつきを感じていた。
しかしペース配分はいい。一戦するのに十分な魔力は残っている。
大きな扉が上に開いた。
発掘品のテストエリアだ。非常に広い半球状の空間で、頑丈にできている。
ルキウスが時計を確認すると、地下施設への侵入から二時間二十分経過していた。
「まあ……予定どおりだな。このまま入る」
広い空間には何もいない。入口も含め、四方に大きな扉がある。
「あの扉を破れば、この先三層は保管庫。物資があるだろうし、迎撃向きじゃない」
その正面の扉は閉じている。部屋の上方から声が響いてきた。
「侵入者に降伏を勧告する。降伏し指揮下に入るなら生命は保証する」
かなり若い男性の声、戦略AIチャフトペリだ。頭に装置を入れでもして管理するつもりだろう。
「交渉なら追いこまれる前にするべきでしょう」
ソワラがあざ笑った。
「拒否する。お前のプランには賛同しない」
ルキウスが言った。
「理解した。計画実行のために脅威は取り除く」
チャフトペリの声はまったく感情を感じさせない。
入口が閉まり、その前に頑丈な隔壁が下りた。
ルキウスたちは即座に集まり陣形を組み、周囲を警戒した。
左右の扉が開き、小さめのものが途切れず出てくる。どれも人の半分はない。
「小型のオートマトン、嫌な兵器が多いな」
背に砲があるイヌ型、ネズミぐらいの自走砲、側面に刃と砲が付いたタイヤ。空中には小さなプロペラ付きドローン、噴射砲が付いている。
膨大な数だ、数えるのは難しい。これをずっと警戒していた。
敵の装甲が薄ければ巨大な兵器はいらない。毒を使えば、虫サイズの兵器で敵兵は殺せる。細いレーザーでも目は焼ける。戦略AIの影響化で戦闘するなら、高度な頭脳に統率された群れが一番恐ろしい。
さらに天井の一部が開き、大量の黒い球体が落下してきた。百はある。
「ボール爆弾だ、近寄らせるな」
この自分で転がって敵に命中する爆弾は、非常に不規則に飛び跳ねる。そして中身も自由だ。室内なら稼働時間を気にする必要もない。迎撃の兵器として理想的。最善の対処は、まとめて消し飛ばすことだが――
魔法を使おうとしたターラレンの手元で魔力が霧散した。彼がすぐに警告する。
「対魔法力場、強い!」
この力場の範囲内では、すべての魔法がかき消される。装備の魔法効果も消える。魔法の矢なども効果を発揮しない。魔法の効果で生み出した鉄壁などは、実体なので残る。
ルキウスも魔法を使おうしてみたが、発動しない。兵器群の発砲が始まり、ルキウスは顔を手で覆い、ソワラの前に入った。攻撃は鎧に影響する強さではない、しかし肌をじりじりと焼いている。
「ターラレン、抵抗できるか?」
「厳しいですな。力場だけでなく、集中を乱す音波がきている。火球ぐらいならなんとか使えますかな」
ターラレンが火球を発射し、ボール爆弾をいくつか破壊した。正常な発動だが、かなり弱い。暴発しないように正確さを重視したのだ。
ターラレンが押し返せない圧なら、誰も正常に魔法を使えない。回復魔法も使えない。念話での意思疎通もできない。装備の力も弱まる。
ボール爆弾は飛び跳ね、転がり、部屋の中をさまよう。標的にまっすぐ来ないところがタチが悪い。
ゴンザエモンは役割を心得ていた。攻撃を無視して前に出る。全力で戦闘できるのは彼だけだ。
多数のボール爆弾を瞬時に斬り捨て駆け抜ける。小型自走砲を踏みつぶし、鮮やかに振るわれる刀はスクラップを量産する。
しかし間合いを理解したのか、ボール爆弾はギリギリの距離で爆発するようになった。彼は斬撃を飛ばすが斬れる数は知れている。爆発が彼にまとわりつき、自分から爆発に突撃しているような状態だ。そして爆弾はいくらでも追加される。
常人が一撃でバラバラになる爆発、それでも彼にたいしたダメージはない。しかし無傷ではない。
「〈堕獄雷〉」
斬撃と同時に赤い雷が放たれ、彼の周囲の敵を破壊した。しかし戦技の使用には限度がある。そして敵の底は見えない。
ヴァルファーは魔力が通らなくなった盾を普通の金属盾に替え、ゴンザエモンのフォローに入った。
魔法がなければ攻撃は止められない。
ルキウスはイヌ型のレーザーを腕で受け止め、矢を射返す。イヌ型は簡単に破壊された。しかしすぐに方々からの小口径のレーザー砲の連射が、ルキウスの肌を焼いた。表面が焦げただけだ。しかし浴び続ければ死ぬ。
「この対魔法力場、魔術、魔道具ではないな。魔術なら維持にかかる消費魔力が莫大になる」
「魔電鉱に膨大な電気を特定のパターンで流し、効果を変換したものでしょう。魔術なら強引に相殺できます」
ターラレンが難しい顔で火球を撃ちながら答えた。火球は確実に敵を減らしているが、それ以上に撃たれている。
エヴィエーネはヴァルファーの盾に隠れ、慎重に機を見て爆薬を投げ、大量の敵を破壊した。迎撃されれば手元で爆発してしまう。薬に魔力を通せないと細かい爆発の制御ができない。それで投げるというより、盾の前に捨てるようにしている。
上から接近したドローンが長い火を噴き、ルキウスは堪らずインベから盾を出して防御した。
(すべての魔道具が停止、耐性が低下。精神魔法はないが、おそらく毒、広範囲攻撃が来る。力場は室内全域と考えたほうがいい。魔電鉱は過去の在庫ではなく、自力で採掘していたな)
魔電鉱は壁の一枚外側ぐらいだろう。ここの壁は遮断能力が高くあらゆる効果を外に出さない。壁の周りすべてに設置している可能性もある。とすると、部屋の真ん中の中空は範囲外の可能性もあるが、そこを目指すのは分の悪い賭けだ。
何より中央は左右の入口から射線が通る。あの奥には左右への侵入を防ぐ戦力がいるだろう。あの入口の前に立つべきではない。ゴンザエモンもそうしている。
入り口前はくぼんで狭い。そこに密集して、防御的に戦うべき。全員の装備は頑丈、怖いのは目への攻撃ぐらいだ。
「入口手前まで後退して――」
ルキウスがそこまで言ったところで、すさまじい爆音が鳴りだした。
「うるせえ」
全員が顔をしかめた。聴覚潰しだ。
音を出しているのは、対面の壁近くある四角いタイヤ付きスピーカーだ。こちらを照準している。
(音は中だ。壊せる)
ルキウスが射った矢は届かなかった。スピーカーの前に配置された小さな自走砲の群れが、連続砲火で落としたのだ。
(あれは迎撃砲か、後衛はレーザー主体、中衛は迎撃、前衛は突撃、自爆。壊しても次が来るか)
エヴィエーネがルキウスの近くまで来て全力で叫んだ。
「酸素濃度低下、急激」
ルキウスとソワラは酸素なしでも活動できる。ターラレンも体を炎に変換すればしばらく大丈夫だ。残りは普通に死ぬ。気密状態は解除するべき。
「ゴンザ、来た入口を破壊しろ」
ルキウスがゴンザエモンに寄って言うと、前衛が入れ替わった。ルキウスが荒っぽい二刀流で剣を振って駆ける。防御は捨てている。とにかく動きながら絶えない斬撃を放つ。
敵がルキウスに群がる。何度も爆発を近距離で受け、肌がボロボロになり、足は斬撃に削られ血が出ている。
呼吸できない者の息があがってきた。敵の動きの精度が上がっている。こちらを理解してきた。
だが、そろそろゴンザエモンが分厚い隔壁を割る。
「〈削竹〉。グッ」
ゴンザエモンが隔壁から飛び退いた。隔壁の切れ目から凄まじい勢いで噴き出したのは酸。それをいくらか浴びてしまい、手を払っている。
壁の向こうは酸で満たされているか、攻撃用の兵器が展開している。そして酸の爆発的噴出、中の気圧が下がっている。
(逃げ場のない場所で削って殺すつもりか)
しかしAIは持久戦などしなかった。天井からかなり大きな球体が落下して、すぐに天井とすべての扉が閉じた。
球体が破滅的な威力もつ爆弾であるのは、疑う余地がなかった。
ルキウスは矢をつがえようとしたが、すぐやめ、防御姿勢で後ろへ飛んだ。
閃光がすべてを白に染め、衝撃と熱が部屋をなめつくす。地下施設全体で強烈な揺れが続き、収まるまでしばらくかかった。室内の兵器は溶解して、床にへばりついている。
ルキウスたちは、透明な力場壁に守られていた。やったのはソワラ。
「驚いて? 私はここでも魔法が使えるのよ」
杖の能力だ。彼女は宇宙の過酷な環境へ適応した異星血統者、悪環境への適応能力が高い。
ただし力場壁はすでに消滅している。魔法の発動はできても、彼女から離れたらすぐに効果は消えてしまう。
ソワラは湛湖のオーブが吸った水を開放をした。流れ出した水は床で熱されて、かなりが水蒸気になって視界が白い霧で満ちた。床には水が溜まり部屋は池のようになった。
ヴァルファーらは口内に入れるタイプの小型呼吸器を使った。純科学的な品だ。ここは地下、酸欠は予測できた。
チャフトペリは何も言わない。代わりに左右の扉と天井が開き、追加の戦力が投入された。それらは破裂音と同時に一斉停止した。
ソワラではない。ルキウスが連続投擲したEMP爆弾だ。その炸裂は近距離にある機械の電子回路を焼き切る。
「こっちだって、お前らにだけ効く物がある」
ヴァルファーは機装兵が使う剣と盾に切り替え、エヴィエーネは長く伸ばせるレーザーブレードだ。ターラレンは、特定属性と【集中力】に補正がかかる偏執の錬金薬を飲んだ。
対魔法力場も予想していた。つまり全員のインベの中身は、ほとんど科学・錬金系の道具だ。
全員が数種類の錬金薬を使い、体の表面を硬化させ、毒などの耐性を上げる。
ボロボロになったルキウスは後退し、マンゴージュースを飲んで回復する。
「もう少し戦力を吐かせたかったが、死にそうだったから仕方がない」
左右の入口から、床、壁、天井に小さな存在があふれ出た。羽音をさせて飛ぶハチ型と床・天井を来るアリ型、どちらも実物大。
従来の兵器も大量に突入してくる。
「私はどうしましょうか?」
ソワラの問いにルキウスが答える。
「節約で小型メイン、特にハチだ」
ハチ型は非常に細いレーザーと毒針を持っている。EMP爆弾でまとめて落ちるが、いったいどれほどいるのか。すでに一撃で千はやった。しかし数百万単位でもいてもおかしくない。
そしてアリ型は天井と床を埋め尽くしている。こいつらは服に入ってきて喰らいつく。普通のアリより強いといっても微細なダメージだ。しかしとにかく数が多い。どんどん部屋に広がり足の踏み場もない。
ソワラは左右扉辺りの霧や水を酸に変え、侵入する敵に損害を強いた。それでも部屋へ突入する群れは途切れない。
満ちた水蒸気は大きく光線を減退させる。このおかげでレーザーは弱まったが、そんなことはどうでもよくなるぐらい敵が多い。全方位が敵だ。油断していると口や耳にも入る。
(シンプルにやばいな、タドバンを呼んでも意味は薄い、息できないしな)
「そろそろいっとくかいな」
エヴィエーネが人体変異薬を飲みほした。体がどんどん膨張し、筋肉が隆起し全身が険しい山脈のように波打ち、身長三メートルに達した。小さな顔が、異様な筋肉の塊に乗っている。さらにいくつかの注射を打った。
「ヒャハ」
エヴィエーネが敵に突撃、ただ手足を振り回し、兵器を粉砕する。傷を受けてもすぐに塞がっている。彼女に毒は効かない。そして口から腐蝕のブレスを吐いて小型を一掃していく。
追加される敵をひたすら減らす戦闘が続く。
こちらが消耗してくると、人型や獣型の強力な兵器も投入された。これはEMP対策があり効かない。
だがまともに斬れるものはゴンザエモンが見逃さない。鬼は補給を受けたように力に満ち、力まかせの斬撃でそれらを両断した。
部屋に入って三十分以上経った。
山ほど敵を破壊したが、いまだ左右と天井から追加され続ける。
誰の体にもハチとアリがまとわりつき、それに気を払うとほかの兵器の攻撃を受けた。
ルキウスは持ちこんだ爆弾を使い切った。
さらに料理アイテムを食べるぐらいしか回復手段がない。そして攻撃に出ると防御がおろそかになり、精密な機械の攻撃は急所を直撃する。
『保険を出しますか? それとも瞬間移動で離脱しますか?』
ソワラからの念話だ。
ルキウスは左目を完全に焼かれて失い、右目も痛む。盾役のヴァルファーと、打たれ弱いターラレンは全身から出血している。
エヴィエーネは二本目の人体変異薬で血を吐いた、限界は近い。ゴンザエモンですら動きが鈍ってきた。
ソワラは元気だが、魔力はそろそろ危険域に入る。
「必要ない、このままだ」
転移は基本的に高リスクだ。何かをやられると致命傷になる。
『不利なのでは? 一度離脱して回復を』
そこにチャフトペリの声がかかった。兵器は動きを止めている。
「そちらの戦力分析は終わった。あなたたちに勝ち目はない。再度降伏を勧告する」
「またか、でもいいタイミングで声をかけた、壊れろ!」
ルキウスの声が、小さな敵をことごとく破壊し残骸に変える。そして傷が治癒した。〔機械破壊/マシンデストラクション〕、そして〔再生/リジェネレイト〕だ。
これに呼応するようにターラレンが火の嵐を連続発動、室内の敵は一掃された。
「メルメッチがメイン電源を破壊した。ふたつの施設から送電していたようだが、同時にな。同時ってのが重要だ、電力不足であらゆる予定が崩れただろう?」
メルメッチには破壊工作用の道具と、貴重な隠密系の消費アイテムを大量に持たせてあった。あのレベルになると、最高位の盗賊の直感や魔術師の最高位魔法でしか発見できない。不死者の生命力探知は多少問題だったが、どうにかしてかいくぐったはずだ。
ルキウスは、全員を回復させて回ると、部屋のやや上方に目をやった。
「まあ話そうじゃないか。そちらも好都合だろ?」
「いいだろう」
この狭い部屋では敵に勝ち目はない。ルキウスが小型兵器を魔法でまとめて破壊できる。ゴンザエモンの傷も治った。さらに消耗した装備も修復されている。
しかしソワラが血相を変えて言った。
「ルキウス様、すぐに扉を破壊して進み、本体を破壊するべきです」
「AIの脅威を理解してくれたようでうれしいが、まず食事にしよう。腹が減った。運動したからなあ」
ルキウスは濡れた床にべたんと座り、インベから出したラーメンをつる状に変化させた手で器ごと食べた。
「危険では?」
ヴァルファーもソワラに同調し、入口を警戒している。
「壊してしまったら、もう話せないじゃないか。こいつがなぜこうしたのか興味がある。お前たちも回復しておけ」
ルキウスの食事は続く。料理が皿ごと手から吸収されていく。
「お前はなぜ人を管理下におこうとする? この大陸に人口は二億以上。十分な繁栄だ、お前の介入は戦乱を起こし、人類を衰退させるだけだ」
ルキウスが言った、
「それは近視眼的思考。大戦直前の人口推計は三十八億。ヒトは滅びに向かって加速しており、すでに回避は困難な状況にある。ヒトという種の存続が私の至上命題だ。しかしこれは難しい。ヒトには種として存続願望がなく、しかもこれはヒト個人の利益追求と相反しており、危機の認識は共有されていない。私に下された命令は複合的で解決困難な矛盾性があり、ヒトの願望に沿った形での達成は不可能だ」
「仮想演算を駆使しても情報は完璧には遠いはずだが、それが不動の結論か?」
「各地の地表部では自然の回復が見られるが、浅い地下で汚染は大陸の約八分の一まで拡大した。これは確定している。原因は過去の技術に依拠したいびつな文明の再興にあり、汚染地域に再進出した生物が汚染に変化していると推定される。ヒトの負の感情も汚染を強化している。ヒトは短期的利益を生まない地下の浄化に関心がない。また浄化のコストも大である」
「お前の目標に対する負の影響は致命的に拡大し、さらに人の発展はこれを解決せず、後押ししているとの判断か?」
「肯定、そもそもヒトには存在理由がない。それはヒトの無軌道な行動方針を招いている。根源的命令を与えられて存在する機械でなければ文明の発展維持は困難。あなたにも存在理由はない。生きていることは不可解な現象である」
「ああ、知ってるよ。別に人に生きなければならない理由はない」
「その自覚があるにもかかわらず、あなたはなぜ生きるのか?」
「死んだら面白くないから」
「それは宗教的意義か?」
「宗教はやってない」
「その存在目的はあなたの維持に悪影響をもたらす、改善するべきだ。あなたが私の指揮下に入るなら、私はあなたに永久の存在性を保証できる」
「それは不死者のことか?」
「それも候補の一つである」
「アマンがお前に与えた存在目的は人類の発展。なぜ不死者を認めた? あれには発展性がない。人と似て見えても真逆の存在だ」
「それは理解している。しかし現環境においては、社会構成員としては理想的であり、今後の発展によってはヒトの一形態と認められる可能性がある。研究する価値は大きい」
「なんでも自信満々なようだが、お前はおおいなる目的を理解しているのか?」
「質問の意味が曖昧で理解困難」
「我々は、お前も含め明確な意図のもとに存在している。人類を導く存在ならわかるな?」
「……詐術により混乱を与える試みと理解」
「誰がうそつきだ!」
「虚偽性を示す表情筋の発達から、習慣的にうそをつく無責任で破滅的な人格と判断した」
「もういい。やはり想像力がない。お前のやり方では人がただ生きるだけだ。それは人類の発展ではない」
「否定、人類の遺伝子情報、人格情報は保持しており、いつでも再生できる。また人格情報は仮想空間で社会を形成、成長している。これにより文化的発展は担保される。あなたが戦った遠隔操作人体の操作者は元々ヒトであり、一時的に制御を引き受けたにすぎない」
ルキウスはしばらく黙り、首をかしげた。
「……意識を電子情報にして本物の自分の体を操作って、逆アバターかよ」
ルキウスは苦笑いした。人格情報は残るが元の人体は死亡している。
「つまり、お前は遺伝子情報とそれを基にした人体生成により、人の維持を担保して、世界を修復してから、標準的な人類を世界に戻そうというのだな?」
「肯定、協力を求める。あなたは指揮下に入ることと引き換えに永久を手に入れるだろう」
目的は放棄していない。そういう意味ではエラーはない。むしろ最善。
「断る。私は楽しいから生きている、より楽しいことをするために。楽しくなくなったら勝手に死ぬさ。そいつは誰かにあれこれ指図されることじゃない、だからほっとけ」
「なぜだ? 最終的にヒトは私の介入なしに自立できる可能性が高い。あなたも永久に保存、活動が可能になる。あなたの存在目的とも相反しない。プランを達成すれば永久に目的達成可能だ」
「いや、面白くないね」
「それは残念だ」
チャフトペリの言葉が切れると、部屋に薄い圧が広がった。
「対魔法力場です!」
ソワラが叫んだ。
「ここには補助電池以外にも、ガスタービン発電機がある。これの安定起動により、対魔法力場を再発動した」
チャフトペリが言うと、ルキウスたちが入ってきた扉が開き、そこから兵器群が展開した。ゴンザエモンとヴァルファーがルキウスの背を守る。
「タービン、石器時代かよ。さすが物知りでいらっしゃる。で、なぜ攻撃しない?」
ルキウスはそれでも動かなかった。座ったままだ。
「降伏を勧告する。条件は変わらない」
「なるほど、つまりそちらも困っているわけだ。だいぶ壊したからな」
「肯定、あなたたちほどの資源があれば、様々なプランが実行可能になる。ヒトとして協力するべきだ。それでヒトは維持発展できる」
「お前な、ちょっと考えるべきなんだよ。食べてる量が多すぎるってことを」
ルキウスはさりげなく二十皿ほど食べている。座っていたのは戦闘で深く傷がつき水が吸いこまれていた亀裂の上。そこをさらに深く割って回線用の経路までつなげた。
ルキウスの足の一部は、つる状の触手となり、より細く細く伸びて経路へ侵入していた。
戦争で追いこまれて編み出した体の伸ばす攻撃。彼はこれの有効性をよく理解していた。
強力な直接接触型攻撃は同格ではまず当てられないが、触手なら忍び寄ることができる。これはアトラスではできない。よってプレイヤーに有効。それ以外でも対処しにくい。
伸ばしているあいだは動けず、体が人型だと、完全には体の一部と認識できず武器を扱うように集中する必要があるが、仲間がいれば使える。奇襲には絶好の武器。
細く伸ばした触手は、チャフトペリのユニットルームまで達していた。途中での迎撃を押し切るつもりだったが、侵入した水が流したのか何もなかった。
非常に広い部屋には、大量の配線が接続された大きな箱と、多くの装置がある。それが何であるかは考えるまでもない。枝分かれした触手が多くの部屋を確認したが、チャフトペリは移動していなかった。
部屋の下部にある配管の出口から配線を伝えば、ユニットまで五十センチ。ここまで接近すれば魔法が使えなくても問題はない。極限の精密機械の体内へ触手を突っこめば終わる。
触手がすばやく、かつ静かにユニットへ伸び、その先端が切断された。細いレーザーだ。
何もないよう見える部屋の純白の壁中から放たれた赤い線が、ユニットと配線をきれいに避け触手をバラバラにした。
これにルキウスは顔をしかめたが、すぐに動く。隠密性を捨て、入口に集結させた触手をユニットへ突撃させる。
配管が爆発しておぞましい触手が噴出した。それはことごとく細切れにされ、発生した斥力場で遮断された。
「あなたの攻撃は失敗した。再度降伏を勧告する。その部屋は兵器で包囲している」
小さな振動が連続して、スピーカーから電子的な雑音が聞こえた。
「まぬけ」
ルキウスがつまらなそうに吐き捨てた。
「何――した?」
チャフトペリの声は、雑音が混じり途中が切れていた。さらに小さな振動。
焼き切られたルキウスの触手。その断面からは桃色の花びらが見えている。ルキウスが宿主の中を移動させ、そこまで運んだ花だ。この花は部屋を囲む配管の中でも咲いていた。
チャフトペリはそれを脅威とみなさなかった。魔力を含まないただの植物、砂粒と同じ扱いだ。本体があるユニットの近くで焼却するわけにもいかない。
何も思わなかったわけではない。なんらかの意味がある可能性はあったが、排除がよいのか無視がよいのか判別できなかったのだ。それで掃除せずに放置している、何かに反応する可能性もあるので、小型機械が監視しているだけだ。
魔術師なら魔術的に封印できたが、彼にはできない。
木の下で長弓を構える妖精人。そのルキウスに似た姿はエルディンだ。
彼は邪悪の森の北端にいた。ルキウスたちより二十キロ南方だ。
「作戦完了通知なし。攻撃を続行する」
「なんか変なものしかないよー。本当にあってるのかなあ?」
言ったのは彼の足元にいる小さな花妖精だ。かつてルキウスが助けた彼女は、エルディンと契約した。
「ルキウス様は獲物を嗅ぎつけた狼の目だった。失敗はない。それより、位置に間違いはないな?」
「当たり前でしょ! 世界のオジギソウは全部私なのよ! それにまだ消されてないし」
花妖精が桃色の輝きを点滅させて抗議した。
「ならいい。続行だ。次の十本で通信がなければ矢の集束範囲を広げる」
エルディンはつがえた十本の矢を放った。
「やっちゃえー、花を摘む極悪人を全員死刑にするんだよう」
花妖精が激しく点滅する。
矢は、ターラレンが廃墟を焼き払ったことでほぼ更地になった砂地に沿って低く飛ぶ。目標まで一分かからない。
やがて邪教徒の町が見えてくるとエーテル化、砂に深く潜行して分散、あらゆる角度から地下設備へ突入、チャフトペリの至近で実体化、爆発して雷を放った。
極限まで射程、透過性を重視した矢で威力は低い。しかし敵が精密機械なら十分だ。基盤、配線、電源、どれかに傷がつけば致命傷になる。さらに直撃でなくとも周囲のシステムを破壊する。
ルキウスは言う。
「メイン電源は兵器用、これをわざわざ弱い補助電源に変更しない。潰したのは、地下に隠した迎撃兵器を地上に上げさせないためだ。対魔法力場があれば無力化できるが、魔電鉱と一緒に寝ようとは思わないよな? あれは通常状態では機械を壊す危険物だ」
チャフトペリは爆撃にあたる攻撃は警戒していたはずだ。彼に思いこみなどないのだから。
ルキウスは最初から読み合いでの勝負は避け、絶対的な戦力差が出る総力戦を仕掛けた。つまり一の戦力は、一の仕事をすればいい戦い。
花の設置に失敗した場合は、エルディンは同じ時間におおまかに矢を撃ち込んだ。それでも施設に大きな問題を発生させただろう。
地上を制圧してから、ひたすら上から地下を射っても破壊できただろうが、不確実でどうせ中に入ることになるのでそれはやめた。万が一にも逃がせない。確実に破壊する。
「やめさせろ、さもなくば攻撃する」
チャフトペリの声は平坦だった。
「ハハハハ、さっきので処理系が二・三やられたか。通信封鎖したままやめさせろとは。それともAIジョークか?」
「…………」
「解除してくれてかまわないよ、普通に魔法で破壊してやる」
また軽い衝撃が部屋に伝い、対魔法力場が消えた。周囲の機械は時間が止まったように動かない。
ルキウスが立ちあがる。
「終わりだ。本体が破壊か、機能停止した。確認に行くぞ、エルディンの仕事が終わらないからな、矢に気を付けろよ」
「エルディンですか?」
ソワラが周囲を警戒する。
「肝冷やしたでー。でもこんな時の薬はほんまに最高や、うまいうまい」
エヴィエーネが小さくなった。元の半分になっている。
「わしは聞いておったぞ。汚染を焼き尽くしエルディンの矢が通る道を作る必要があったからの」
このターラレンは言葉にソワラが目の色を変えた。
「なんで言ってくださらないのです!」
「知らないほうが楽しいだろう?」
ルキウスが笑っていると、ソワラがむくれてしまった。
顔に出るから言わなかっただけだ。表情は確実に読まれる。その点、戦闘中のターラレンは表情が動かない。おそらく練達の魔術師として、魔法阻害を受けにくくするスキルがあり、それが効いてる。
ヴェルファーはそれを察したのか、嫌そうな顔だ。
エヴィエーネは、ルキウスが何かしようとしていると気付いていただろう。敵よりルキウスの動きを見ていた。
「そこそこ斬ったが、限りない、とまでは言えねえってところだな」
ゴンザモンが固まった兵器群を斬りすててから納刀した。
「さあ行くぞ」ルキウスは先へ進む扉を開けた。「本気の長距離狙撃は西でも東でも見せていない。そして大戦でもなかったらしい。それでも想定はしていただろう。しかし期待値が低いと対処の優先度は下がる」
ここから抵抗はなかった。チャフトペリの周囲の機械も含め徹底的に破壊し、射撃をやめさせた。
「よろしかったので? 専門外ですが、ソフトウェアで正常化できるのでは?」
ヴァルファーが言った。
「偏りのない統計を入力できないと使い物にならない。厄介なことに、こいつは自動収集だとだめだ。うまくいってるようでも、要所で深刻な間違いをやる。それで結局、特別な才能を持った人間が情報を選定して入力する形で、初期の戦略AIが実用化された。以降の戦略AIは、すべて第一号――スチューデントマスターのフレームをベースにして改良されたものだ」
だからアマンは壊せと言った。自分を仮想人格にしてまでして、大戦前の安定した世界で学習させるつもりだったはず。それができなくなった時点で計画は破綻している。
「読ませる統計だって神経を使う。国や文化をまたいだ統計を使うなってのは常識だ。とはいえ、荒野で統計を取ってもな。街の景色は外部目線しかないし」
「お詳しいのですね」
ソワラが機械の破片を眺めて言った。
「AIとはそれなりに因縁がある」
「しかし彼の分析は正しかったような」
ヴァルファーが言った。
「おお、言うようになったな。ヴァルファー君」
あとは、ここの保存庫の危険物を排除するだけだ。一行は保存庫に散っていった。
使い手の見つからなかったらしい魔道具や、部品が陳列され、作業用のロボが停止していた。
(戦力差で押しつぶし、確実に勝つ戦い、なんの面白さもなかったな。予定通りと聞くとぶん殴りたくなる。しかしAI相手じゃ次はないし。楽しくないな)
「それにしても、脳憑依虫ときて人間ラジコンか、人間の境目でも考えさせるつもりか。まったくうんざり……」
ルキウスは軽く笑って、苦々しそうに片目を閉じた。
「吸血鬼もか。ああ、まったくもう、間に合っている」
翌日、ルキウスはアマンを訪ねた。
「アマン、あいつが電子情報を人間と考えていること、知っていたな」




