AI2
「金属反応が……射線も多すぎる」
日差しと砂避けのローブの兵が、あらゆる所にいる。サイボーグにでもしているのか、装備か、ほとんどから金属反応を感じる。人と兵器が識別できない。
弾丸の軌道は読めるが、誘導弾の軌道は変化する。弾を意識してかわすのは無理だ。
自爆を警戒すれば、直接接触魔法も使えない。死体、残骸に近づくのも避けなければならない。
(敵を捕まえて盾にするか? それでAIの挙動もわかるが、危険だな)
ルキウスが潜んだ空間に、壁をかろうじて超える低い軌道で榴弾が発射された。周囲に漂う攻撃の気配、考える時間はない。榴弾が迫る前に逃げる、その前に一手。
「「上位・遊ぶ幻影/グレーター・イリュージョン・トゥ・プレイ〕、〔防御蔓/ディフェンシブバイン〕」
複数のルキウスの幻影が愉快な足取りで四方へ走り、ルキウスの体をつるが覆う。さらに小さな陶器の動物を多数投げ捨て、陰から飛び出す。
機銃の砲火はいくらか幻影にいったが、小さな榴弾は正確にルキウスを狙って落ちてくる。
「熱つきの光学的幻影、ひっかからんか。動きが違うからな。しかしわかった。やはり小型榴弾砲はAIが統括してる」
後方では爆発が連続し、その中から日光の下でもきわだつ青い輝きが飛び出した。陶器が魔力でできた猛獣となり、敵兵に向かって荒々しく疾走する。この魂の獣は、命なき機械には触れられないが、純粋な物質である銃弾などはすり抜ける。
この対処に火力が分散、ルキウスが自由になる。
この機に目指すのは榴弾砲の群れの中心。小さな砂嵐を周りに起こし、身を隠し走る。たまに当たる弾の衝撃はほとんど感じない。防弾つるが軽減している。
十分に加速した頃、行く手を塞ぐよう、二メートルほどのローブが出た。露出した顔に大きな単眼、踏みしめられた砂は大きく沈む。その手にある大型ライフルが火を噴いた。
舌打ち、回転する弾頭をどうにか長剣で打ち払った。軌道を予知しての行動、弾はほぼ見えなかった。
「こいつ、八機の自律思考型の一機」
ルキウスはこの敵をやりすごすべく跳躍すると、即座に〈空歩〉で宙を蹴り、逆へ飛び、照準から逃れつつ横を抜けようとした。
この敵は、人型機械だ。人間と同様に思考し学習する。アトラスと同じなら、職業レベルを持っている。製造されてからの相当な期間、レベルを上げたはず。
つまり、戦技が使える。
大きな銃弾が鋭い弧を描き、ルキウスを追った。着地後すぐに加速すればかわせる。その計算をした直後、背に数十発の機銃を浴びる。ダメージはないが、空中で弾かれ、追尾してきた弾を切り払う。
(曲芸はだめだ。モーメントが見えている)
ルキウスは人間相手の動きが染みつき、視線、手足の振り、肩の傾きなど、軽いフェイントが入るが、これが無駄な動作にしかなっていない。直線的な動きを持続させるべきではない。
人型機械を接近戦で潰す。そうルキウスが考え、すきを窺うと、ローブの腹部がふくらみ、ゴボウと炎が噴出した。
「うおっ! 近距離戦用の火炎放射マン!」
ルキウスは何も考えず距離を空けた。いくらかあぶられ、背に弾を浴びたが防弾つるのおかげで無傷だ。
問題は――こいつは実弾しか軽減しない。
「ギッ」
ルキウスは足が焼ける感覚に声を上げた。遠距離からのレーザー。
狙撃したのは人間、ならばかなりの力量。そうルキウスが認識した時には、どこからか飛んできたソワラの魔法誘導弾のすさまじい連射で狙撃手が爆発した。
火炎ロボはさらに炎を噴く。炎が広く拡散し高層ビルのようになって迫る。かわすには範囲が広すぎる。さらに炎を目隠しにして、ライフルが来る。敵の視界は共有され、すべてが見えている。
「石壁」
ルキウスは巨大な石壁を作って火炎を遮った。
火炎放射が止まった瞬間、石壁をすりぬけて顔を出し、火炎ロボを視認した。
「〔幻影の覆い/イリュージョンカバー〕」
火炎ロボの姿がルキウスになった。その直後、一部の機銃は火炎ロボを狙う。
火炎ロボは装甲で止めているようだが、砲に直撃すれば問題あるはず。やや動きが鈍った。
この隙に、ルキウスは目的地点に到達。
ここが使い時と出したのは、どうやって作ったのかわからないほど複雑に曲がりくねった金の歯車。それを指先で押しつぶす。
「壊れろ」
限界まで範囲拡大した〔機械破壊/マシンデストラクション〕。大量の機銃と小型榴弾砲が一気に停止した。
しかし火炎ロボは健在。さらに停止した兵器はせいぜい周囲二百メートル。その外の兵器がルキウスに集中した。
「距離があれば威力は落ちる。そして石壁の遮蔽で山なりの榴弾が落ちるまで五秒はある」
ルキウスは火炎放射をかいくぐり、インベから弓とレジェンドボクトーを出し、火炎ロボを狙う。
「〔神銀木/ミスリルウッド〕〈剣矢〉」
木刀が火炎ロボの腰に突き刺さる。貫いてはいない。ただし上体の回転は止まる。
ルキウスはさらに木刀を連射した。木刀が金属装甲の背に多数刺さり、最後に強烈な蹴りが木刀を押しこみ貫通させ、停止させた。
ここで耳元にひそひそ声がした。
「死霊術師発見、黒い杖が立ててある地下入口の先。いつでも始末できるよー」
メルメッチからの通信だ。彼は戦闘の開始直前に中に入っている。
「位置だけ確認しておけ、重量センサーに気をつけろよ」
「ほいほいのほい」
この区画の敵は減ってきた。
戦況を見ると、ゴンザエモンはとにかく斬りまくっている。問答無用の前進。彼の行った道には、ごつい多脚戦車の足が散乱している。
そして今は阿修羅を叩いている。これは人より大きい円筒形の兵器で、一見するとただの立った金属筒だが、円に沿って走る刃物や腕が、下から上まで多数あり、圧倒的な手数で切りつけてくる。
これは腕を破壊して、接合部から攻撃するのものだが、ゴンザエモンは普通に上部を叩いて叩いて叩き切った。その勢いで隣接区画へ突撃した。
エヴィエーネは小柄な体格を活かし、遮蔽物の間を走りながら爆薬を投擲して、見張り塔、固定砲台、塹壕を跡形もなくバラバラにしている。
ソワラは遮蔽物の陰に潜んだ敵を正確に潰している。
多少くらっているが、実弾は魔法で軽減しやすく、光線には少し耐性がある。直接攻撃を避けていれば安定している。
ターラレンは燃え盛る炎に身を隠し、空を覆いつつある小型飛行兵器の大群を焼き払って寄せつけない。
ヴァルファーは、ルキウスと同じく集中砲火を受けているが、慎重にすべてを盾で防ぎつつ、一体一体敵を減らしている。
となると、ルキウスが一番ダメージを受けている。
「つき合う必要もない」
ルキウスは足元からすっと砂に潜行した。中位魔法〔砂泳者/サンドスイマー〕。
砂の中にはクモ型ロボが潜んでいるが、金属探知で避けるのは簡単だ。気配を絶ち砂中を泳ぐ。これだけ派手に戦闘していれば、振動の判別は難しい。
目標地点へ直行するのは避け、いくつかの区画を静かに越え、砂を巻き上げて作ったいくつかのダミーと同時に浮上した。
ダミーを力がなでると同時に、ルキウスは横へ跳んだ。砂が派手に散った。
十メートルほど先で、髭面の男がこちらに手をかざしていた。少し浮いている。同時に周囲から射撃が来る。
(念動力者、そこそこ強い)
ルキウスが至近に発生した力場をかわし、矢を速射した。胸に命中したが、刺さりが浅い。力場で減殺された。ここで男の気配に気付く。
(不死者か、情報にない。人向けの矢を使っちまった)
「ふははは、どうだ。復活して強化された我が力は。これこそ神の祝福であるぞ」
男が高笑いしながら、見えない力場を打ちつけ砂塵を起こした。この程度は押し切れる。
「復活はしてないだろ、顔色を見ろよ」
ルキウスが前進の気配を見せたところで、周囲の建物の陰より集中砲火。ルキウスは頑丈そうな建物を利用して回避に集中する。
ここの区画は人間、不死者が多い。つまり、銃の威力に【器用さ】がのる。無理はしない。周囲の敵が、ルキウスの隠れた場所へ詰めよる。
(ひとりずつやるか、〔食らいつく緑/バイティンググリーン〕〔奪う拘束/ロブバインド〕)
ルキウスの左手から大きなハエトリグサ、右手からはネナシカズラが伸び、地を這って近くの兵に近づくと、かみつき、巻きついて拘束した。
それを引き寄せようしたところで切られた。途中で落っこちた敵を斬りつけようとしたが、レーザーライフルの牽制を受け、建物の陰に戻った。引き際、とっさに投げた麻痺針は力場で弾かれた。
「攻めは面倒くせえ。〔重力反転/リバースグラヴィティ〕で空に落とすかな。でも自動機銃は落ちないし、後が長い。節約しないと死ぬ」
大きな連装ランチャーを担いだ男が物陰から出て、四つのミサイルを発射した。
白い筒が白煙を噴き出し、器用に空中で旋回、ゆっくり追ってくる。速度はないが正確な追尾だ。さらに様々な場所でミサイルが発射され、時間差で次々に来る。
「ここで対人ミサイルか」
火の嵐でミサイルを減らし、残りは集中して避けた。中身が粘着物だと固定されてしまう。対帝国用で通常の火力戦向きのはずだが、油断できない。
交戦中だった敵は、この機に金属製の小さな四角い建物へ消えた。最後に逃げこんだ兵が、ついでとばかりにミサイルを発射したが、落ちていた石をぶつけて落とした。対戦車ロケットも飛んできたが、命中せずどこかへ飛んでいった。
この建物の入口に杖がある。メルメッチの言っていた入口だ。
中を覗くと、通路が緩やかに下って地下に続いている。
「下手くそな引きこみだ。行くけどな」
ルキウスはマジックポーションを飲んだ。魔力は空に近かった。
通路の先の横道から男がすばやく顔を覗かせ、レーザーガンを撃った。
「〔水鏡による反射/リフレクションウォーターミラー〕」
空中に発生した水鏡が、レーザーを反射、男の顔面に直撃させ絶命させた。
「光線系は一方向なら怖くないんだよ」
ルキウスは慎重に通路を進んだ。閉所の迎撃はよく火がくる。しかし普段使いしていた区画らしく、いくらかの部屋からは生活していた痕跡があった。
ルキウスは何事もなく長く進み、大部屋の入口で足を止めた。部屋の奥には五十を越える黒ローブの集団がいた。ほとんどの顔は緩みのない戦士のものだ。しかしその余裕と慣れには、薬物中毒者に近い現実からの浮遊感があった。
そういった特殊性で結ばれた集団だ。不死者の不吉なオーラ以外に多様なオーラが渦巻いている。手練れの魔法使いが多い。敵は射程内だが、なんらかの防御魔法を展開している。
集団から、がっしりとした黒人の男が出た。全身に石と骨のアクセサリを付け、怪しい気配を漂わせている。こいつが死霊術師のシファ・トゥメン。
「よくぞおいでなされた、神を知らぬ客人」
太くねばりつく声。何か精神系の魔法を乗せている。
「客でもないので、さっさとやろうか」
(よりにもよって神に言うな)
「そう急ぐでない。お前がここに来ることはわかっていた。我が神はすべてお見通しの事よ。だから待っていたのだ」
「言うだけ言ってみろよ」
ルキウスが軽く返した。
「お前が我らを敵視していることは知っている。しかし完全なる死を見て考えるがいい」
「そこの連中か」
「腐肉にあらず。これが人間の到達するべき場所なのだ。死してなんの欠けもなし」
何人かが勝ち誇った顔をしている。トゥメンは力強く続ける。
「人は汚染に生命力を奪われるが、不死者は力を得る。汚染に含まれる憎悪により自我を失い狂暴化するのが問題だが、制御できるようになった。負の力のみを抜き出すことができるのだ」
「生贄だろ? くたばってるのにリスクなしで格上げだって? 夜の王たる吸血鬼ですら、日光に弱く、吸血で他者の生命力を吸収せねば力が落ちる。自分がリスクを負わないなら、負ったのは別の誰かだ」
「御明察だよ」
トゥメンはかすかな笑みを浮かべ、生徒の回答を喜んでいるようだった。
「人さらいが、ふんぞり返るなよ」
「偉大な神の力により、ここではほかのやり方もある。それがなければ俺もこの術を発展させはしなかったさ」
「生体培養でヒトを作る。しかし中身は必要だろう。術との相性に、術の対象者と生贄を結び付ける属性が必要なはずだ」
「そのとおりだ。復活対象の同属性か反属性、生年月日、星座などを結びつけ、魂の道をつなげる。個人に合わせて術を調整せねばならん。しかし勘がいいじゃないか」
「勤勉だからさ。畑を耕しながら勉強してる。そして適合者は簡単に見つからない。本人すら自分を知らない場合が多い」
「だが量産の可能性はある。それができれば全員が正しき道に進めるのだ。お前のほどの術者であれば、興味を持たぬはずがない。その力は研鑽の果てに得たもののはずだ。永遠の生だ。欲しかろう?」
「死んでるじゃねえか」
ルキウスは素でつっこんだ。
「食わずとも眠らずとも満ちあふれる力、すばらしいぞ。この汚染された世界で文明の主となるべきは、不死者よ。人にとって苦難である汚染は、不死者には恵みなのだ。この世界こそが天啓なのだ。
人は次の段階に進む時がきたのだ! 我が神に帰依すれば、力と永遠が同時に手に入る。さらに神は天国も用意してくださった。この肉体を失っても天国は永遠だ!」
トゥメンは鬼気迫る顔でまくしたてた。
「遠慮しておく。それに吸血鬼のほうがましだな。面白ポイント的に考えて」
「本気で言っているのか? その力量、意味は理解しているはずだ。術が人以外にも使える。つまり果てには永遠の静謐が訪れよう」
「死後を語りだしたら人間は終わりだって」
ルキウスは我慢しきれない様子で笑った。
トゥメンは口を結ぶと体を大きく傾け、顔が地につきそうなほどに下げ、低くからルキウスを凝視し、驚愕に目を見張った。
「お前、理解しているな、理解している! 呪われたぞ! 永遠の呪いをいくらまとっているのだ!? なぜ苦しまぬ! そんなことが……狂っている」
トゥメンが恐れおののき、その恐怖は集団にも伝播し委縮の気が漂った。
「いまさらだな」
ルキウスが平然と言う。トゥメンがバネのように姿勢を戻し、やや斜めに床に向かいピンと直立した。
「ならば、俺は正しき生へ旅立つ。異なる信仰より来る正の力を反転させてな」
「勝手に生贄に勘定するなよ。しかし……勝てると思っているわけだ」
「当然。呪われた道は終わらせる。我らには神の使いが付いている」
集団から少し出たのは、完全に人間に見える人型機械だ。彼らの指揮官であり、戦力なのだろう。
(そんなわけない。AIは俺だけなら勝てると判断した。ひとりけずって死ねということだ)
「舐めすぎだろ、そうはならん」
ルキウスがニイイィと口を引きのばして笑うと、部屋の入口で分厚い隔壁がドンと落ちた。
閉まりきっていない。ルキウスが出した石壁が床からせり上がり、隔壁を押しとどめている。さらに後方の隔壁も落ちているが、同じように石壁が挟まっている。
そしてゴーという音がゆっくり迫ってきた。これに黒ローブは少し乱れた。
「なんだ!」
人型機械は状況を察したのか、俊敏な動きで跳躍、天井を蹴ってレーザーブレードで斬りかかってきた。それをルキウスは正面から受け、押し返した。
(速いタイプ、どうにもできまい)
閉じきれなかった隔壁の下から液体が入ってきた。その流れはじょじょに増え、ある時、一気にドバッと噴き出し、荒々しい水流が部屋に満ちた。
黒ローブたちは異常を察し、防御魔法を展開したが、液体は奥まで入り、ジュッと数人の足を溶かした。部屋に絶叫が響く。
ソワラの大魔法〔酸惑星の洪水/フラッド・オブ・アシッドプラネット〕だ。ルキウスにも酸が直撃しているが、気にせず直立している。彼は酸耐性が高く、装備でさらに引き上げ無効化している。
水位はどんどん上がる。
人型機械は跳躍すると壁を蹴って、ルキウスを再度襲ったが酸の中に叩き落とされ、そのまま溶けていった。残りの連中も足から酸の中に沈むように消滅していく。飛行する者もいたが、ルキウスは無視した。酸はきっちり天井まで満ちるのだから。
ルキウスは酸の中でやることがないので、洗浄とでも思い目をぱちぱちしていた。
魔法が終わり、室内にあったものはすべて消え去った。床・天井はそれほど溶けていなかった。
「完璧なクリーニングだ。あいつの得意分野からして、死んだらパワーアップして不死者だったんだろうが、儀式場ごと溶けた。まったく生贄なんてとんでもない奴らだ」
ルキウスが地上の手前まで上がるとソワラが待っていた。入口の隔壁が内から破壊されている。つまりルキウスを奥で、ソワラを入口近辺で隔離しようとしたのだ。
「こっちは完璧だ。侵入路は?」
「地下施設の入口は事前情報どおりです。地上にはアルカヌ・アルマミをはなっておきました。作動している機械、そのほかの攻撃者を排除します。兵器の隠れている出撃路の封鎖も完了。簡単には開かないかと」
地上では、ターラレンが召喚した巨大な火の精霊と、エヴィエーネが薬で改造した建物と兵器の残骸が合体したスクラップゴーレムが暴れていた。
「よくやった。上はここらでいい。本丸を落とす」
ルキウスたちは結集し、チャフトペリが設置されているはずの地下に入った。少し進むと、入口の隔壁が落ちた。
「閉じこめられたでえ」
エヴィエーネが楽し気に笑った。
「念のため破壊しておきますか?」とソワラ。
「警戒して急ぐ。自立思考型は何機やった?」
ルキウスが止めた足を動かした。
「目につくもんは全部爆破した」とエヴィエーネ。
「全部斬った、そいつはわからねえ」とゴンザエモン。
「近くに来た敵はすべからく焼きましたぞ」とターラレン。
「攻撃してきた個体は確実に破壊しています」とソワラ。
「私を撃ってきていたのは、途中で見なくなり、それっきり」とヴァルファー。
「戦略AIほどではないにしても、残したくないから優先破壊対象にしたよな?」
「追加で生産された可能性もあるでなあ」
エヴィエーネが言った。
「逃がすつもりなら、すでに一機は外に出しているでしょうから」
ヴァルファーが言った。
「そうだがな……神代級と推定される兵器はいたか?」
ルキウスの問いにヴァルファーが答える。
「未確認。奥の隔壁を下ろさないなら引きこんで殺すつもりかと。敵に持久戦の利はありません。なんなら我々は今から帰って休み、明日また来てもいいが、破壊された兵器は修復されない」
つまり、いるならこの暗い無機質な通路の先。
「そうだな、帰ってもいい。意識的に距離をのばした散歩で健康維持する歳でもないのでこのまま行くが」
全員が同意したが、誰もそうは思っていない。AIが聞いている前提の会話だ。
拠点を留守にし、ここまでに物資を消費した。さらに時間が空けば反撃が来る。
大戦前の兵器が作れるなら、汚染を考慮しても中型ミサイルで三百キロ以上先からコモンテレイを狙えるし、無人輸送車で近くまできて小型兵器をばらまいてもいい。
対空迎撃レーザーを設置し、周囲をアルトゥーロの機械に警備させているが、絶対に突破されないとはいえない。町はかなり掃除したが、銃弾ほどの大きさの機器でも偵察には使える。虫のようなロボでも工場などの施設を破壊できる。
敵が動く前に終わらせる必要がある。そしてルキウスは誰よりも学習と対処を恐れた。
ターラレンが歩きながらマジックポーションを空けた。
「何本目だ?」ルキウスが言った。
「二本目です」
「私もです」ソワラも言った。
「あまり余裕はないな、害なく使えるのはあと一本」
ルキウスが足を止めた。先の通路に毒が充満している。
「停止、毒気体、この匂いは……耐火防御」
先の通路が光りながら波打ち、一拍あって空間から揺らめき押し合う炎が湧き上がり、爆炎が壁をなめるように来た。
ターラレンが前に出て、炎を宿した杖を掲げると、押し寄せた炎がすべて杖に吸収されていく。さらに吸引を強めると、劇的な速度ですべての火が杖に収まった。
ルキウスは火耐性を上げられないが、ターラレンが壁になれば関係ない。
「オゾンだな」
毒による攻撃と認識させての爆発。何かと混ぜて燃やそうとした。
(最初からガンガン来る。火に過剰反応したのを見られた。すげー狙われてる)
「この先もありそうですな。材料は無限にある」とターラレン。
「印象付けただけで、無いということもあるよ」とヴァルファー。
警戒しつつ一行は急いだ。だいたいの道筋は記憶している。
いくらか地下へと下ると通路は低くなり、水で満たされていた。
「水攻めですか」とヴァルファー。
「回収だ」
ルキウスが言うと、ソワラがインベから透きとおる泉の青を宿したオーブを出した。この湛湖のオーブがすべての水を吸い上げ回収した。
「小細工ですな」とターラレン。
「保存庫兼シェルターで要塞ではないからな。その分、道は狭いが」
「穴を空けて進んでもいいですがね」
ヴァルファーが言った。
「移動経路の増加はこちらにも危険がある。AIは危険だが信用できる敵だ。やぶれかぶれで自爆なんて馬鹿げた気まぐれを起こさない。恨みで復讐とかもしない。普通に行けば普通に迎撃してくる」
ルキウスが言った。
先に進むと、現れたのは動死体だ。さっき邪教徒のような知性はない。とにかく大量で道を塞いでいる。しかし武器に水中銃を持つ個体もある。正当動死体だ、単純な作業ぐらいはできる。
不死者は水中でも活動できるから、これで迎え撃とうとしたのだろう。
ゴンザエモンが動死体をがんがん斬って進む。この程度は水があっても関係ない。
そしてまた水が満たされた通路に出た。
「またか」ルキウスが言った。
「水やないで!」
エヴィエーネは液体のうねり具合を凝視した。
後退しようと後ろを見れば、壁に穴が出現し同じ液体が注がれていく。そして点火、パーティーは火の海に挟まれた。
ターラレンが杖を高く掲げ、前回のように炎を吸う。
「完全に吸いきれませんな。ずっと火が生まれ続けている」
「なんか毒も出てるぞ。耐性強化しとけ」
ルキウスが熱から逃げ這いつくばっている。熱いので両側に石壁を出して、上を開けてた。火は燃え尽きそうにない。ゴンザエモンがひたすら火を斬っている。
「底に穴を空けて流しますか?」
ソワラが言った。
「それやったら、下で火が来るだけやろ。ちょっと待っとれ」
エヴィエーネが薬品を取り出した。
「そこそこ酷い目にあってるな」
ルキウスは這いながら軽食を取る。ソワラは熱避けということで、その背にへばりついた。ターラレンの杖が天井付近で炎を吸い続け、ヴァルファーは、大地の喜びあふれるポークソテー秋風を添えてを、優雅に食べている。
ルキウスがいなければ、全員に火耐性を付与して進める局面である。
「もうすぐ調合が終わるでな」
エヴィエーネがビーカーの液体を撹拌し、それを試験管に移すと、集中して魔力を込めた。
「終わったで、ほい!」
試験管が火の海に飛びこむと、見る見る間に燃えていた液体が丸ごと固まって、ぶよぶよした物体になった。炎まで固まっている。
その上を普通に踏破し、先に進み階を下った。
広い空間に入ると、側面のドアが開き、かわいらしいウサギ型ロボットが出てきた。全身はデフォルメされた絶妙の曲線を描き、赤い目はまるっとして、口から歯が覗き、耳がぱたぱた動いている。
ただし、ブラキオサウルス並みにでかい。




