AI
「ほどよく流れる超電撃アタック!」
サンティーの声とともに、路地裏に雷光がまたたき、感電した男がぴくぴく痙攣して倒れた。
「お嬢、そいつも機械人間ってことで?」
そこに遅れてやってきたのは、緑化機関係にされたイナハ。アサルトライフルを持って、派手なバンダナとマスクで荒くれ物の風体だ。自警団に溶けこんでいる。
「いや、知らん」
サンティーはシックで動きやすいドレスにサングラスで文化主義者に偽装している。一応は生存がばれないようにしている。
「え! じゃあなんで!?」
イナハが驚き倒れている男をじっと見た。
「なんか持ってる物がおかしいから」
サンティーが男の背負い袋の中身を出した。汚れた日用品のほかは銃火器だ。
「これがルガルの弾倉……は正規品じゃないが、軍用も二個あるな。この拳銃民間用のラグ・アートだっけ、一。スファの新型が三。スファの弾倉が無い」
「ああ、なるほど」
「銃は足りてるんだろ。軍人なら慣れた銃を使うし、ハンターなら、値段、携行性、保守性を重視するって聞いた。これは分散して不便なだけだ」
「タグが無いし、盗賊か。諜報員代わりにされてんな。こっちは特別警戒しろとは言われてないが、なんでかねー?」
イナハはサンティーを横目で観察しながら通信機で応援を呼ぶ。そこにずいとサンティーがよった。
「忍術見せてくれよ」
「いや、見世物じゃないんで」
「なんでだよ、ケチってんの? 電気ショック体験する? ひとりでに動く指もあるぞ」
「いちおうこれも隠してるんでね」
「忍者だろ。忍術使わないならゴミじゃん。なんでだよー」
「とにかくもう帰って」
「忍者忍者! 忍者、なん」
サンティーが口を塞がれた。
「声がでかい。それ以上は言うな」
「忍者忍者!」
サンティーは塞がれてもなお言い続けたが、路地から押し出された。
「さっさと帰って!」
サンティーはしかたなく緑化機関のシェルターに向かった。地下に入りそのドアを荒っぽく開けると、室内の机で作業中のアマンが叫んだ。
「絶対に放電しないでくださいよ!」
彼はドアを見ず、握った黒いものに集中している。
「お祈りでもしてんの?」
机に両肘に突いた体勢はそう見えなくもない。
「集積回路ですよ。知ってるでしょ」
「電気流したら破壊できるのは知ってるぞ」
「文明人がルキウスしかいない……私は接触していればアクセスできるんです」
アマンはまったく動かない。
「あいつに文明の要素はないだろ」
サンティーは不思議そうに言った。
「とにかく動けないんで、絶対に余計なことはしないように」
「私の電気でもできないのか?」
「情報領域を展開して、四七九の一〇〇乗量子ビット単位の計算が暗算できるなら」
アマンがそっけなく言った。
「なんか無理そう」
「学習すれば……あなたは無理そうですね」
「ふーん、ナノマシンの力なんだろ。腕ちぎってもくっつく?」
「くっつくわけないでしょ。止血ぐらいはできます」
「夢がないな」
サンティーがやさぐれた様子で、シェルターの棚からドライメロンを取った。
「安いSF映画ばっかり見やがって、リアリティってものがわかっちゃいない」
アマンが小さく呟いた。
「え、なに?」
サンティーが聞き返す。
「いえ、なにも。こっちは軍の倉庫で眠っていた発掘品のロック外しが山ほどあるんです。あなたも暇なら仕事でもしてくださいよ、教育を受けた軍人でしょ?」
「ここに庭ないし、今日は出るなって言われてるし」
「当たり前でしょう。チャフトペリが仕掛けてくるかもしれない。敵の拠点を攻めるのは、攻め手を退かせる防御の手にもなる」
サンティーは、アマン用だったドライメロンを食べ終えた。
「電気を出すな!」
アマンの鋭い声が飛んだ。彼の姿勢は変わっていない。
「……何もやってないよ」
サンティーが硬直した。
「指こすりながら電気を出してる。感じるんですよ」
「ああ、こうすると汚れがぽろぽろ落ちるんだ」
「次やったら、電気が全部出るように放電管を全身に刺しまくりますよ」
「怖いこと言うなよ」
「ここは電磁パルスにも耐えますけど、中に電気がいたら意味ないんですよ」
「ああ、暇だなー」
「仕事しろよ」
ルキウスは座って大きくのけ反っていた。ぼけっと見る空は青い。どこまでも青い。
「軍のおかげでかなり遅れた。もう完全に秋だな、景色は変わらないが」
「指揮官は変わっていません。やはり参謀が入ったようです」
ソワラが言った。
「二十七の基地を気前よく放棄するとは。しかもそこそこ物資を残しやがったおかげで、盗賊が大発生だ。しかも追い込み漁でそれをこっちへ流してくれた」
最初に潰した基地の司令官、ルキウスが嫌いなタイプだった。ほかの上層部の情報にも目を通したが、同じ印象だ。あのタイプは絶対にこれをやらない。
頭の固い人間は、一歩引いて陣地を譲り、そこに進出した敵を叩くような捨てる戦術を避ける。この戦術、理屈はわかりやすいが、しくじれば相手に利益を与えただけに終わる。固いタイプが見るのは、相対した敵より批判してくる味方の顔だ。
つまりこの敵はルキウスを見ている。
やった奴はこの未知が多い状況で周囲を説得できるか、気にしていないかのどっちかだ。説得なら、圧倒的な情報の積み立てか、詐術的弁舌だろう。帝国軍の流儀を考えれば、きっちり話を通して作戦を採用させたと考えるべき。
(真面目に考えて突飛な事をやるタイプか。与える情報で制御できるといいが、やり方で動きを読まれる可能性もあるか。このタイプは考えまくって極端をやる、小学生の時にそんなのいた)
盗賊は統制がなく各地でばらばらに暴れた。その襲撃がAIの仕業の疑いもあったので、動けなかった。
それの一掃をやっとこ終えて、未回収地の南西部、邪悪の森近くにある邪教徒の町ヒルベーヌ、その地下施設に座す戦略AIチャフトペリの破壊に向かっている。
彼の乗る空飛ぶ絨毯の影が荒野を駆ける。地中の罠を避け、低空を移動するためこれにした。
その上でくつろいでいるのは、回復補助のルキウス、速攻魔法のソワラ、大火力魔法のターラレン、魔法と盾役のヴァルファー、物理攻撃のゴンザエモン、薬物攻撃・支援のエヴィエーネ。フルパーティーだ。
敵が機械の室内戦なら、ルキウスとターラレンを抜いてヴァーラとテスドテガッチが入るべきだが、様々な都合でこうなった。
ルキウスは、拠点増加で自由に動かせる人間が減ったのを実感した。
最重要拠点の生命の木、最前線のコモンテレイ、比較的安全で表に出せる森の拠点の緑の村、世話が必要なマウタリは何かあればスンディが制御不能になる。どれも失うと不都合、主力が誰か滞在する必要がある。
森で何かあれば、ヴァーラが瞬間移動でカバーする。復活役の戦闘は望ましくないがやむをえない。
ハイペリオン村の戦力は少ないが、あそこは人も危険な魔物も来ない。
かなりギリギリ。ほかにプレイヤーがいれば、確実に悪魔の森か邪悪の森を疑う。もし強襲されれば、生命の木を守りきれるか怪しい。一方で、ルキウスを知っていれば森に入らないとも推測できる。今回はこっちに賭けた。
「ルキウス様が森にいてくれれば、もっと外に戦力を出せるんですが」
ヴァルファーが言った。
「AIに慣れてるのが私だけだ、機械を壊すのは慣れてるかもしれないが」
森関係、推理系のクエストはサポートを連れてのソロが多かった。それ以外はプレイヤーとやる場合が多い。そのほうが成功率が高かった。
彼らにそこらの記憶がないのは確認済だ。知識として知っている場合はあるが、サポートはやっていないクエストの経験がない。
「このまま北から侵入します。よろしいですね」
絨毯を操作しているソワラが言った。
風で砂がわびしく舞う進行方向に、もこもこした白っぽい断崖がぽつぽつとある。
あれはマンションのようなものだろう。
近くで見れば、劣化した素材、ほこり、ざらざらの砂がこびりついていて、触れば崩れる。
アトラスで知っている景色だ。
ルキウスは起きて言った。
「ああ。アマンによれば、各AI同士は直接接続されておらず、戦略AI【チャフトペリ】はプレイヤーを完全に理解してはいない。だから彼は逃げられた。しかし逆に彼もチャフトペリ経由の情報しか知らない。身内の裏切りに備えるのはコストがかかるが、ダメージコントロールぐらいはやる。未知の迎撃は来るだろう」
「全部斬ってやるぜい」
ゴンザエモンが言った。
「それでかまわん、速攻だ。学習で極度に成長する場合がある。生産力が乏しい間に叩く」
現時点でAIの人心掌握能力はかなりところまできている。特に社会から弾かれた人間のサンプルは多い。だから組織を拡大できている。死霊術師は利害が合っているらしいが、うまいこと丸めこまれた可能性もある。
「特に想像できるようになるまえに」ルキウスが呟く。
「愉快な想像でっか?」
エヴィエーネが言った。
「予測、推測、仮定、ではなく想像だ。必ずしも論理的ではない思考跳躍」
「そりゃ、うちみたいな研究者に欲しいもんやなー」
「人の考える想像とは違う。宇宙は誰かの夢だとか、惑星の核は砂糖、耳小骨が大きい人間ほど優秀、など荒唐無稽な仮定から、どうすれば整合性が取れるか思考する試みだ。予測では初見の敵への対処は鈍いが、もし過去に想像した敵なら早い。これは予知に近い。ときに人がAIを越える分野でもある」
「頭からニンジンミサイルタワー出すお薬の調合を閃いた時は、夢でニンジンマンが脱皮して、ニンジン神父になって「償え、罪は吸血鬼、行くのだ、行くのだ」言うの見たなー」
「精神病的ですね」
ソワラが言った。
「ニンジンはともかく、AIにとっても無駄が多いがやってないとは言えん。我々を正確に想像せずとも、仮想演算から何か独特の――術式だとかのヒントは得られるかもしれない」
人とは想像できる数が――演算速度が違う。それがAIの利便性。
AIに意図的に偏った判定基準――ライオンは宇宙と相似であるとかの虚偽の前提情報――を与え、神話を創造させる試みが過去にはやった。そんな神話は、未知の文明を理解するために参考にされ、創作の元にもなった。
物語など極めて限られた情報からすべての整合性が取れる世界創造、これはゼウス・クセナキスの相棒だった菱木丹の得意分野だった。
緑野は彼の講演を聞いたことがある。アトラスの魔術体系も近いやり方で製作されたはずだ。つまり、アトラスもAIの想像に人が手を入れたもの。
「まあ、想像ができたら自分が統治するとはならない。自己評価が高すぎる、比較するべき統治者の情報が欠落してる。結果だけから逆算して埋めたんだろう」
ルキウスが言った。
「大戦以前の政治状況の情報はあるのでは?」
ヴァルファーが言った。
「社会の構成員ひとりひとりの情報がなければ、正確な予想などできるものか」
(とにかく情報は与えられない。AIが知らない土精を警戒してくれるといいが)
「廃墟群の先端まで三十キロ切りました」
ソワラが言った。
「さて、長距離迎撃があるかどうかが一つの分かれ目だが」
ポンポンと、非常に小さな発射音がした。
「迫撃砲、来ます」
ヴァルファーが空を警戒した。
「直撃は避けろよ」
ルキウスが言うと、ゴンザエモンが剣を、ヴァルファーが盾を構えた。
そして彼らの上の空で爆発が起き、しばらくすると緑色の鋭利な石が雨のように降った。
「情報どおり瞬間加熱した魔電鉱ですね」とソワラ。
損害はない。魔電鉱は魔法的な力で電気回路を破壊する。妨害意図。
「あいにくと、機械なんて使ってない。とはいえ……上がったな」
迫撃砲に加えて通常の実弾砲、ロケット弾が大量に空を来る。
目の前の廃墟群からではなく、後方の邪教徒の町ヒルベーヌからだ。
ヴァルファーが前に出て、ソワラが絨毯を操作し左右に回避する。ルキウスは磁結晶を握った。
「〔終末の磁気砂嵐/マグネティックサンドストーム・オブ・カタストロフィ〕」
磁結晶が崩れて砂となり散ると、一帯の砂が巻き上がり壁となっていく。壁は前方のすべてを覆うまでに巨大化し光を遮り黒くなり、疾走する絨毯を先導するように廃墟群へゆっくり押し入った。
初手は、潜入してしまえば使いにくい大魔法。
しかし敵の砲撃は変わらず近くに着弾し、絨毯の回避運動が続く。
「見えているようです。狙いが正確すぎます」
ヴァルファーが砲弾の破片を盾で受け止めた。断続的に破片が飛来する。
「アマンは斥候役とは別に広域を認識する能力があると言っていた」
ルキウスが言った。近辺の機械は根こそぎ磁気で壊れたはずだ。
「狙いは不正確、それに火力は知れています。私が盾の突撃でいいかと」
ヴァルファーが言った。
「いや、砂嵐を大きく迂回して……来たぞ」
適度にばらけた小型ミサイルの群れが、左右の空からえぐるような軌道で向かってくる。
「〔誘導弾返却/リターンミサイル〕」
ソワラが左のミサイルに杖を向けた。しかしそのまますべてのミサイルが来る。
「対策されています」
「こちらで落とそう、〔火の嵐/ファイアストーム〕」」
ターラレンの火が連続、すべてのミサイルを遠距離で爆破した。さらにミサイルは飛来し、彼はひたすら焼き続ける。光学迷彩で見えないミサイルが一発、直上より来たが、これも漏らさず焼いた。熱は見逃さない。
「やはり衛星ですか」
ソワラが言った。
「目を使えるらしい。アマンの推測と同じだ。すべて同じなら衛星の通信を傍受しているだけで、制御権は有していないはずだが」
ルキウスは空の先を見つめた。小さな黒い点、あれが神代からの衛星。あれが高高度のものを迎撃するおかげで、大戦前の文明は宇宙進出できなかった。
当時の文明の工業力を結集すれば、手数で突破できただろうが、衛星は星に近づく隕石を迎撃している。頭の上を守ってくれるありがたい存在なのだ。
「変わらず正面突破ですね」
ヴァルファーが確認した。
「ああ、第一防衛線の廃墟前で引っかかると、周囲から袋叩きにされる。嵐の中に入って同化してしまおう」
暗い砂嵐に紛れ、廃墟群への突入に成功した。やがて魔法は切れ、舞っていた砂も落ち着き始めると、周囲に廃墟が現れ、そこにちらほらと武装した人々が見えた。
「浮足だってやがる。素人だぜ」
ゴンザエモンはつまらなそうだ。
「説明しただろ。外側にいるのは、邪教徒が連携している盗賊だよ。たいした相手じゃない」
ヴァルファーが呆れた。散発的な射撃はまったく当たっていない。
としても油断できない。ルキウスならこの雑魚の中に手練れを仕込む。
「油断するな。ここも一気に抜けるぞ。敵は全部駆逐だ、犯罪者しかいない」
ルキウスが言うと、ソワラが赤い弾頭を持った。炎の悪魔の目を合金にして彫刻にしたものだ。
「〔魔法誘導弾の嵐/マジックミサイルストーム〕」
連射されたのは、普段の光弾の群れではない。半透明だが、しっかり赤い弾頭の形をした弾。それがおのおの敵を定め、複雑な弧を描く軌道で廃墟の隙間を縫い、ほうぼうで炸裂、炎上した。
さらに廃墟群を進み、終わりが近づいてくると、敵が組織的な防衛行動に移行した。普通の銃は当たっても効かないが、ヒルベーヌからの砲撃も再開した。
ターラレンは、精巧に作られた炎の風車の置物を人差し指の上で回転させた。
「さて、ここらでやろうか、〔火炎災害/フレイムディザスター〕」
置物がボオッと燃えつき、周囲の景色が赤に染まった。
これは大魔法。紅蓮に明滅する灼熱の竜巻が強烈な勢いで砂を吸いこみながら発生、廃墟の一つを分解し巻き上げた。
この天まで届く竜巻は一つではない。サイズの揃わない九つが、周囲の廃墟を破壊しつつ散っていく。それらはコマのように迷いながら、全体としては南下し、進路を掃除していき、視界が開けていく。
すると遠くに延々と続く土壁が見えた。あれがヒルベーヌだ。土壁は魔法で強化されており、下手な鉄より固い。そこへ竜巻の一つが向かうが、直前で一気に弱まり、ふらつきながら霧散した。
「魔法か?」
ルキウスが言うと、杖をかざしたターラレンが答えた。
「振動波で分解されたようですな。残りはほかに回します」
気流操作はAIの得意分野だ。残りの竜巻は、ヒルベーヌをやや避けてその周囲を焼き、そのまま南方の廃墟へ流れていく。これで周囲の戦力は掃討した。
「己の仕事がねえぞ」
ゴンザエモンがこいつはどうしたことだ、という構えをした。
「寄ったら壁を斬れ。予定通り中に入ったら散攻の六。こちらの力を伏せつつ、手足からもいでいくぞ。頭だけでは何もできない」
ルキウスの選択は、散開して敵を削りつつ印象づけ、最後に結集しての一点突破だ。
人間が敵なら少しずつ解析し、情報が集まったら一気に詰めるが、AIには分析戦で勝てない。チャフトペリのユニットは二メートル以上の大きさだ。こっそり逃げられない。確実に迎撃してくる。
いよいよ壁が近い。見張り塔、壁の上、大型建築の上などに銃を構えた人影が射撃を開始した。
そこでルキウスは絨毯の前に立ち、腕を上げ人差し指を立てた。
「はーい、皆さん、この指に注目だよ」
ルキウスの声は風で敵まで届いた。ルキウスはさらに腕を動かして目立たせると、ゆっくり腕を前方に倒した。それに呼応して、壁の人影が指と同じように全身が倒れ、何人かが姿勢を維持できず壁や塔から落下した。
同調の暗示、これは人にしか効かない。つまり不死者と機械を識別できるのだが
「半分以上残ったな……」
「あれは全部斬っていいんだな」
ゴンザエモンの兜の奥の瞳が猛っている。
壁からの猛烈な射撃で、シュッシュッという風切り音が続いていた。
「ああ、行け」
ルキウスの号令をやや追い抜き、鬼が駆ける。地雷が連続爆発しているが、本人は上がった砂柱の先にいる。まともに照準などできないし、当たっても効かない。
そして分厚い土壁に張りつくなり、壁を上から下まで両断。近くに門があるが無視。さらに少し離れた壁にもう一撃、これで二本の切れ目が入った。そこに後ろから来たヴァルファーが、盾で壁にぶち当たり倒した。
絨毯から飛び降りた六人が侵入、絨毯はそのままの勢いで塔に衝突した。壁の中にはさらに壁があり、いくつかの区画に区切られている。ここは工場、倉庫が多い。
逃げまどう哀れな人々はいない。全員が武装している。戦えない人間は地下施設に避難しているのだろう。
銃撃は遠くから。近い戦闘員は距離を取ろうと動いている。統制された動き。
ルキウスがところどころにある黒い土を見た。住民の健康と農業のためなのだろう。ここには正常な土が多い。その土がいくらか力をくれる。侵入地点逆の南方には、農地があるようだ。
六人が散る前に、近場の兵、自動型固定機銃をなぎ払った直後、ゴウッという噴射音がした。大きな影が低空を飛んでいる。
大型兵器が隣の区画の壁を飛び越え、弾をばらまきながら突っこんできたのだ。ヴァルファーが即座に盾になる。兵器は六人へと加速する。
上体はほぼ人型で、前後に対応できる四本の腕があり、手はレーザーブレードだ。
下部は履帯を思わせる形だがホバーで、少し浮いている。
体の各所に迎撃機銃、ヒートブレード装備の小さな腕がある。
掃討者と呼ばれる近距離の歩兵を掃討するための兵器。
「いきなりか、こいつが門番だ」
ルキウスがこれを言い終えた時には、ゴンザエモンが咆哮を上げ、自分ほどもある頭を割っていた。しかし刀はそこで止まっている。胴体は斬れていない。
バンッ、胸部の散弾と衝撃砲を受けたゴンザエモンが弾かれた。さらに掃討者は追い討ちしようと、腕を振りかぶりホバーをふかした。
しかしガクンと止まる。下部はやや地面に沈み、岩と化した砂で固められている。下に大きな穴が空いたのだ。追加で穴から緑のつるが伸び、機体を絡めとった。
さらに覆いかぶさる酸の爆発と、金属腐食ガス爆弾がさく裂、装甲がダラッと溶け、小さな腕がふにゃりと曲がり、機銃は銃口がなくなってしまった。
ここでゴンザエモンがやっと地に足を付く。掃討者に反射的跳躍で飛びかかり頑強な胴体を割った。
直後、その割れ目から火球が入り内部が爆発、兵器は停止した。
仕留めた、という感慨はない。
壁の内側には、地下に隠れた防衛線がある。それは防壁ではなく、膨大な自動型機銃の隊列である。それが地下からせり上がっている。カチャという起動音、けたたましい発砲が始まる。
それと同時に六人は散る。
ルキウスは壁沿いに走り、壁に張り付いていた兵を切り捨てていく。気配でなんとなく人間かどうかわかるが、正確に判別する余裕はない。軽く剣を振り、走りぬける。
足は止めない。機械の認識は正確でも、認識、照準、発射、命中までは時がある。走っていれば命中弾は減る。
しかし機銃が多すぎる。絶え間ない発砲音の中、ルキウスを無数の輝く線が追い、土壁はどんどん削られている。
「こいつは厳しい。石壁」
ルキウスは近くの兵を一掃すると、作った石壁と土壁の隙間に隠れた。
地面、草陰、建物の上、あらゆる場所に自動型機銃が設置され、掃射はやむことがない。
単独で作動している機銃が多いが、AIとリンクして統制されている機銃もあり、こちらとほかの機銃の動きを計算して、移動経路を潰すように射撃している。
彼が次の策を練っていると、至近距離の前後右の地面から、ウィンと機銃がせり上がり、ぐるっと回りルキウスを照準した。
「コメディか!」
しゃがんだまま、剣をぐるんと振り回し三つの機銃をぶち壊す。
左にある石壁の下からも機銃が頭を出そうとしているが、重くて上がらないらしい。その隙間に剣を刺し破壊した。
「怖いな、もう……やべ」
空からは大量の小型榴弾が降ってくる。それを操った風で遠くに落とした。
脅威は機銃だけではない。町の内外に設置された固定砲台には、かわいらしい砲身の小型榴弾砲が多い。可動域の広いそれが射角を上手く調整して、ポンポンポンと撃ち出した砲弾を山なりの軌道で降らせている。




