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思惑

 ルドトク帝国では未回収地の情報取集が行われ、事態が把握されつつあった。


 状況に対応するべく、皇帝センシオン・コート・アリュートア・ルドトク、軍務大臣にして参謀総長のポウル・ホルスト、心覚大臣フィリ・キセン・スターデン、首相ゲオルト・キセン・ラッシャーの四名が一室に揃っていた。


深聖堂ディープサンクチュアリめ、報告が遅すぎるわ」


 センシオンが軽く愚痴った。


「報告があったところで【モニター】の意味はわかりません。『緑』だけでは同じでしょう。絶影の時は空間、これは空間能力者と考えられた、と記録にあります。しかし、ほかに、遊戯、さざ波、穴、光目、ゴミ箱、四属、針通し、農家、などが記録されておりますが、何も起こりませんでした」


 ホルストが言った。


「意味不明なものばかり、あれらの管理は重荷にしかならん」


 センシオンがため息をつく。


「ゆえに死蔵品ですな。使い方がわからない、危険で下手に使えない、故障しているか正常かも判別不能。それでも貴重な切り札」


 ラッシャーは目を閉じ、枯れ木の気配だ。


「いくつかは動かせます」とホルスト。


「前回の叢生そうせいが、今回の神とやらの仕業かは微妙。基地にできた森と質が違う。植物読み取り用に訓練した者の報告ですから信用できます」


 スターデンは遠くを望む若い目つきだ。


「コモンテレイに現れた神とやらの続報はなし。ザメシハとスンディとの戦場に現れたものとは、大きさがかけ離れており関連は不明」


 ホルストが言った。


「財政を考えますと、未回収地を放棄していただきたいですな」


 ラッシャーが細い声でゆっくり言った。


「育った体は縮まらぬもの。それに戦わなければ軍の士気に問題が出る、そうだな?」


 センシオンが言った。


「無論です。国威に関わります」


 ホルストが言った。


「価値はなくとも広大な領土、喪失となれば季節のわからぬ腐れ種が芽吹きましょう」


 スターデンも続く。


「となると、こちらにできることは淡々と必要経費を計算するぐらいのものですな」


 ラッシャーはそう言うと、書類を眺めはじめた。


「いきなり道端で殴り倒されて、負けを認める帝国男子などおらんということだ。貴族からごろつきまで同じであろう」


「予定通り現地の第五軍を中心に、南方戦線から引き抜いた第六軍の半数、予備役から百二十万を招集、これで陸軍計百五十二万。空軍は第二、第四に巡行爆撃軍団、防空剣団を加えた千四百機を編成中。これらの運用のため未回収地の入口となるセーヴィデーレを拡張中です」


 ホルストが言った。

 首都からコモンテレイまでの道のりは、五千キロ以上ある。道も細く悪いため予備役はかなり減らしている。これが首都に近い北か東であれば、予備役六百万は動員している。


「閣下が万全を期するのは常であっても、奪還軍であるというのに籠城戦のような構え。災害に立ち向かうようですな」


 スターデンが軽い口調で言った。


「いかなる意味か?」


 ホルストが横目でスターデンを見た。


「敵を怪物してはならぬと言っております」

「強大であることだけが保証された未知の勢力だ。備えれば重い軍になろう」


「人の仕業です。それも社会性の強い。南の蛮族の作る幻覚は兵でも余裕があれば見抜けた。逆に我々も彼らの思想の分析を試みたが、多くは理解できなかった。

 しかしこれをやった者は、我々の信仰を理解し割り込もうと試みている。人外で人に合わせるタイプは社会に紛れる。この神の性質は我々と変わらない。戦争ですよ」


 機神を名乗りながら、典型的な姿をとらなかったところに独自性が見える。それが進みたい方向、つまり自然重視だ。これは帝国の対極。帝国のシステムを乗っ取り、同時に百八十度方向を変えようとしている。


「それであっても敵が弱くはならん」

「足元にいてもおかしくありませんよ。あるいは敵は帝国人の可能性すらあるのです」


 スターデンの言葉には快気が含まれた。


「小都市では噂が広がっておりましてな。救世神の降臨、神代の再来、正当な遺跡の所有者が復活した、などに、コモンテレイでは最高の映画が上映されている、これの写真、脚本が出回っている様子。影響された界隈はにわかに活況で、古い友人が闇演劇の脚本を頼まれたと言っておりましたな。私の地元では、植物が自動で管理する農園があるとの噂で、農業関係者は本気で気にしております」


 ラッシャーがぼそっと言った。


「お前の友人は妙な所にばかりいるな」


 センシオンが言った。


「早々と引退した者は、好き好きにやっておるようでしてな」

「たしかに人間的ではある。発掘品とみられる戦車を運用している」


 ホルストが言った。


「戦車?」


 スターデンが言った。


「威力偵察に出た第八機動戦車大隊八十一が、コモンテレイより西八十で戦車一と遭遇、交戦、損害五十八、敵戦車は途中で離脱した」

「要塞みたいな戦車ですか?」


 スターデンが皮肉的に笑い、ホルストは機械的に続ける。


「サイズは普通だ。おそらく現場指揮官は、威嚇して前線を上げようと試みたのであろうがこれだ。撤退支援に出た第二十五対地警戒中隊は未帰還」

「戦車に?」

「その戦車に。コモンテレイ市内に特殊な戦車が三台確認されている。コモンテレイ爆撃任務を帯びた第四十八空軍基地の航空隊は、離陸から五分で全機が故障により不時着。調査によるとすべてから電気部品がひとつ抜き取られていた」


「遊ばれておる。人の発想よな。でなければ、故障の悪魔か」


 センシオンが鼻で笑った。


「発掘品の出元は?」


 スターデンが言った。


「わからん。興味もない。わかったところで、敵の戦力は読めない」


 ホルストは固い表情だ。彼は確実な情報以外は信用しないし、信用できない前提で重層的な作戦を練る。市内の敵勢力は小勢であるのは知れた。ならば余裕を持って、ジェントリア指数が極限に達した神霊者六名がいても、圧殺できるだけの物量で攻める。あとはその組み立てを考えるだけだ。


「この敵は、享楽的か、さもなくば破滅的な性質が見え隠れしている……あるいは狡猾で意図的に足並みを乱しているのか」


 スターデンが指を擦り合わせ、やや思索に落ちた。ホルストはそれを無視して、皇帝に新たな意見を述べた。


「未回収地では警戒基地が点在しておりますが、それらを放棄、戦力を結集します。現状では個別に落とされる。大規模な仮設基地が必要です」


「届かぬか?」


 センシオンが尋ねた。


「東に対する前線拠点のコモンテレイを最初に失った。メツダッハ山脈基地、アダラマドレの空軍基地からでは、護衛戦闘機が帰還できない。近くに降りられる空港を造る必要が」

「随意にせよ」


「うちの特務をやるとはいえ、本当に五軍と六軍だけで対処できるのですか? 敵が籠るタイプなら、造営の邪魔はせぬでしょうが」


 スターデンは不安を感じていた。彼の森林での経験からすると、普通に攻めると危険な相手。一気に攻勢に出れば強烈な返しが来る。


 そもそも敵には混乱のうちに第五軍に損害を与える戦力があったはず、やらないのは戦力を隠すため。機を見て表に出た謎の組織、万全の準備で待ち構えているはず。まさか忙しくて手が回らないということもあるまい。


「モコシャンを遣る」


 ホルストは小さく発した。


「次期元帥と言われる俊英か」


 センシオンがやや目を開いた。


「はい、あれがおれば特殊な状況にも対処する」ホルストがスターデンを見た。「お前ならどう攻める?」


「距離を取り飽和攻撃で都市ごと壊滅させます。いち魔法使いとして、こんな森を呼ぶものとぶつかりたくはありませんので」

「馬鹿でなければ迎撃に出てくる」

「でしょうな。しかし敵が統一された意思で動いているなら、これはあきらかに誘いです。近寄るべきではない」


 スターデンが言った。


「ならば食い破るか、食いつこうとしたところを横から叩く。敵は軍の動きには敏感だが、商人の出入りは許しており、市内の状況はわかっている。教会の敵に対する態度はやや曖昧だが、神官は派遣される」


「それで勝ってもらわねばな」


 センシオンが言った。


「万全を尽くしております」


 ホルストがまっすぐ皇帝を見た。


「半島との和平も考慮に入るかと」


 寝入りそうなラッシャーが言った。負けた場合の話だ。


「和平な……」


 センシオンが難しい顔をした。


 もし未回収地にこの反攻を退けるほどの国家が誕生したなら地政図が変わる。空白だった大陸中央北部が強力なエネルギーで満たされる。それを囲む帝国と魔道諸国は対処を迫られ、半島との停戦、同盟すら選択肢に浮かぶ。


 さらに大陸南部にも影響する。今は荒れ地だけで南部から人は来ないが、まともな経済活動を行う地域があれば、二つの森の接合部を抜けてくる価値はあるかもしれない。


 もし、帝国が南部のセーザデ森林の蛮族以外と停戦状態になるとどうなるか。

 最大の問題は敵がいなくなることだ。半島は最善の敵だった。国家に適度な緊張を供給し、都合のよい時期に戦争でき、攻め落とせば確実に果実を得られる国民が納得する目標。


 しかし未回収地は距離の問題で継続的に戦闘できない。そして大量の資源を消費して攻めとる場所ではない。荒野攻略では軍の士気が上がらない。となると境界を固めることになる。


 つまり戦闘が起きなくなる。軍の規模は縮小され、質も下がる。

 これは経済にも問題がある。兵器開発を中心とした科学技術研究は、最上流であり、国営企業、民間へと順に流れる。これが発展の基本だ

 軍人には様々な技術の訓練を行い、その技術を持った退役軍人が各地で産業を起こし、経済をけん引する。つまり教育の役割。

 軍事はルドトク帝国の骨格、この建国以来のシステムが崩れる。


「すべては戦の勝敗しだいです」


 ホルストが言った。スターデンが続く。


「敵の考えにもよりますが。何を考えているのやら」





 ルキウスが言った。


「帝国はどうでもい。まずは急ぎでAIだ」


 生命の木の会議室だ。ルキウス、ソワラ、ヴァルファー、カサンドラがいる。


「付近の軍は完全に戦闘体勢ですが、よろしいのですか?」


 ソワラが言った。


「たまにつついてくるやつが、鉄クズになって助かるがどうでもいい。戦争はまだ先だ。とにかくAIの話だ」

「人に余裕はありません。こちらにつく町、農園が増え、防衛圏の拡張が必要です」


 ヴァルファーが言った。


「次に大きな衝突があれば、作戦元の基地にフルアーマースーザオ置いていく。あいつは使えるし、まだ強くなる。ほかのハンターもだ。ほどほどの戦闘機会はマイナスとはいえん」


 スーザオも多少は機械の反応がわかる。人に偽装した機械の探知に使える。

 問題は定期的にルキウスを襲撃してくることだが、彼が襲撃してくるとルキウスは安心できる。


「人の成長は戦争後でいいのでは?」

「先に備える。何が起こるかわからない」


 ルキウスの言葉にヴァルファーはまったく仕方がないという顔をした。


「わかりました。コモンテレイの警戒はこのままマリナリに任せていいでしょう。前回と違い、機械マシン不死者アンデッドの検知器は大量にあります。要所は守れる」


 ヴァルファーが言った。探知機能は、銃や頭装備、アクセサリに付随していることも多い。そして異端狩りはマリナリの専門だ。


「しかしご友人が行く必要があったのかは疑問ですが」

「あんなのでも知った町だから歩きたいんだ。変装してるから問題ない、それに機械マシンの探査精度は、我々を越えている」

「カサンドラなら確実ですが」


 ソワラがカサンドラを見た。カサンドラは占術だけではなく、微弱な電磁波も見えている。カサンドラは黙ったまま聞いている。


「占術はどうもな」ルキウスが言った。「無自覚の情報を意識できるとはいえ、正解か間違いかも判別できない。誰かに操られているようにも感じる」


「それもひとつの対応」カサンドラが言った。「占術師には自分を占わぬ者も多い。自分を軸にした占いは、あとの行動で結果が揺れてしまうと。つまり事態が複雑な場合は凶の道へ進みうる。訪れぬ未来は幻覚に等しい。私としても、静謐の森に留まっているのが望ましいと感じます」


「汚染が予知の邪魔になるとしても、機械よけがいるだけでも安心できるのだけど」


 ヴァルファーが言った。


「私が変化へんげして行ってもいいのでは? 手は空いています」


 ソワラが言葉にルキウスは即答した。


「敵に手札は見せない。それに緑の村の防衛に問題がある。あそこは戦力が少ない。警報機がいなくなったら、大戦力を常駐させないといけない」


「コモンテレイのほうが危険に思えますが」


 ヴァルファーが言った。


「予知を行動のあてにしたくない。触媒は葬死帝鳥の羽根が三百枚以上あるが」

「三百など常用すれば一瞬で尽きます。そもそも最初はいくらですか?」

「五百ぐらいかなあ」


 ルキウスは記憶を探り探りだが、最初に数えてないのでそもそも知らない。


「一年経たずに五分の三ですよ」


 ヴァルファーがあきれた。


「蟲の時にかなり使ったからな」


 あの時は予知しか当てがなく、かなり依存していた。最初から予知の手札がなければ自分でなんとかしようと頭を使っただろう。予知が手の届く所にあると判断力が落ちる。


「とにかくカサンドラは緑の村の運営に集中するように」


 ルキウスがカサンドラに言った。


「御意、つつがなく運営しております」


「あの貧民らが少しは上品になったなら結構なことだね」ヴァルファーが言った。「どっちに対処するにしても、コモンテレイ周囲の森を厚くするべきです。できればあの海も埋めて緑化するべきかと、あの海の魔物があふれればあの荒野は壊滅しますよ」


「これ以上働けないって。そもそも、森で穴掘って育児、荒野にその土を運び、浄化、種まき、生育、コフテームにたまに顔出し、穴掘り、畑、穴掘り、畑、穴掘り、畑、植樹」


 ルキウスがうんざり顔だ。


「育児はドニの妻に任せていいのでは?」

「多いし、動きまわるのが増えてきたところだ。ペットがいるが、言葉も教えないと。バウバウと吠える子供になってしまう」


「そうですか。畑は人口分で終わりですから、あとは森を、できればコモンテレイの周囲の三十キロぐらいを」


「仕事多くない? 百年経っても終わらないぞ」


 町を野戦砲の射程外にする意図はわかる。しかし大魔法なしだと非常に仕事量が多い。


「私も多いですよ」


 ヴァルファーは鉄壁の自信に満ちている。


「まあ、ヴァルファー君若いのにすごいのね。こんなに働くなんて!」


 ルキウスがミカエリの声色で言った。


「あの女を信用してはいけません」


 ソワラが眉をひそめた。


「彼女は理想的な事務員です。あれはちょっと城から出たかっただけさ。今は外で自由にしていられるんだから、敵にはならない。あと、彼女がいても十分に忙しい。詳細な名簿の作成だけで数千です」

「まあ! ヴァルファー君素敵ね」


 ルキウスがまた薄絹のような声を出し、ヴァルファーが心底嫌そうにした。ルキウスは手の平であおぐそぶりをやって言う。


「人間がいるほうが緑化はしやすい。だからあとで効率的にやる」

「そうですか」


 ヴァルファーは意味を理解して黙った。


「ああ、とにかくAIだ。AI」

「そうしてください」


 ヴァルファーが言った。ルキウスは説明を始めた。


「アマンはチャフトペリを補う助言者の役割だった。つまり彼の影響力は大きく設定されていた。しかし最高権限はチャフトペリで、意見が割れた」

「壊れているだけでは」


 ソワラが辛辣に言った。


「学習データが偏っている。目の前が悲惨な汚染地帯と魔物まみれの異様な森だった。長く秩序はもたらされず、AIは人間に任せられないと結論した。人への積極介入の経験を積んだのがまずかった」


「ルキウス様の存在を理解すればかしずくのでは」

「存在はある程度認識されていますよ。出費が痛い状況ですが。あとに帝国も控えています。敵拠点の周辺調査が終わりしだい片づけてしまいましょう」


 ヴァルファーの優先順位は完全に帝国だ。


「そう軽くない。動員可能な全員を動かす」


 ルキウスは真剣だ。


「ルキウス様、財政状況をご存知でしょう?」

「知らん」

「知ってください!」「知ってるでしょう!」


 ソワラとヴァルファーが言った。


「残金は五千万です。魔法使いを万全の状態にするには一千万は必要です。普通に戦うにも二百万。ペットにも分配していますし、すでに全力で戦えるものはいません」


 ソワラが言った。大魔法に、広範囲を対象とする魔法を使わなければ節約できるが、戦争になれば使う。そこで使うべき性質の魔法が多い。準備も必要だ。


「森作って、薬配ったりしたからな……なんとかしろ」

「なら、倉庫の不活性物資を売りますか」

「まあいくらかは仕方ないな」


 ルキウスは頬杖を突いて窓の外を見ながら言った。


「え!? 一度売ったら手に入らないと、あれほど渋られたではないですか! どんなゴミが使えるようになるかわからない。あんなに鉄が不足するなんて思ったか? と」


 ソワラが驚いた。


「相手はAIだからな」


 ルキウスは独り言みたいに言った。


「特に警戒するべき相手ではないのでは?」

「万全に越したことはない」ルキウスが言った。「とはいえ、できるだけ売るのは避けたい。間違いは避けたい」


「ならどうされます?」

「金貨は確保したうえで、触媒を使う。消耗品も」

「それらは基本的にボスドロップや珍しい採取品、かなりの貴重品では? 単純な威力・射程強化はまだしも、付加効果などは代用できません」


 状態異常確率の増加、大ダメージと同時に瞬間的な麻痺、回復と同時に障壁を展開、攻撃成功時に能力上昇、ぎりぎりの対人戦で勝敗を分け、強大なボス討伐を容易にする品。

 アトラスの感覚では、惜しい触媒。


「それぞれ複数はある。触媒を売ってアトラス金貨にして、それを万能触媒として消費するよりいい。まったく、ウリコが経費を引くせいだ」

「ウリコのスキルが、ですが」


 ヴァルファーが言った。


「とにかく! 使う。敵は戦力不明だ。アマンはすべての軍事情報を知らない。何が出てくるか。これは帝国にもいえる。手加減無用、本気でやる」

「手加減無用ならなお不足。今回を乗り切っても今後は? 勝っても帝国は残存するでしょうし」


「帝国が落ち着いたら、みんな汚染土でも回収するしかないな、十年ぐらい。なんせ山ほど――大陸ぐらいあるぞ」

「森の外では何かと触媒が必要な状況が発生する。地道に掘っていては赤字かもしれません」


 ヴァルファーが難しい顔で言った。


「先の先なんてどうでもいい。黒の荒野から帝国を追い出せれば状況は安定する。考えるのはそこまででいい」

「ですから、その後はどうされるので?」


「退屈な千年を生きたいか?」ルキウスの澄んだ声は部屋によく響いた。「もっと早くに確認するべきだったな、お前たちはこの先どうしたいんだ?」


「まず、すべてを森にするべきでは」


 ソワラが優等生のように構えた。残りのふたりも特に異存はない。きっとここにいない者も同じだろう。全部が森なら安全で、動植物から触媒も得られ、生活はできる。


「その先は?」


 間の空かない返しになった。三人は考えようとしているが、きっと思考は進んでいない。


「私はな、消えてかまわない。それが自然で、つまらない人生を長々と送るより、短く派手に行こうってことだ」


 本心だ。衝突を気にして、部下と向き合ってこなかった。組織の運営に問題が出ては困ると避けた。


 最初、まず安全を確保しようとした。そして柄にもなくその流れに乗ってしまった。 

 そもそも長生きしたいなんて考えたことはない。それどころか、ずっと人生設計すらなかった。それを反省して真面目に考えてみたが、設計なしが一番しっくりくる。死んだらそれでしょうがない、がルキウスの流儀だ。

 この先の大ごとを終わらせたら、あとは自由にやる。


「そのような!」


 ソワラが血相を変えた。


「いつか、の話だ。先の話をしている」

「神は本質的に不滅です。意図的に滅ぼされるか、司る領域から追い落とされない限りは無限に復活します」


 ヴァルファーが抵抗を見せた。


「滅ぼされる可能性はあるし、ここから消えるのは難しくないってことだ。なあ、無意味に長生きしたいのか?」

「無意味など、ルキウス様は大地のすべてを支配される方です。それが最もふさわしく、人々も求めています。永久に崇拝されるべきです」

「それ、面白いか?」


 ソワラは困った顔で黙ってしまった。


「面白くないことはやらん。ソワラは何がしたい? 楽しいことを考えよう」


「……私はルキウス様とご一緒したいです」


 ソワラがかなり考えてから言った。


「次は連れていく」

「本当ですか!」

「ああ、カサンドラは?」

「私は流れを眺めておりますゆえ」


 カサンドラがかすかに目を開いた。


「趣味があっていい、ヴァルファーは?」ルキウスが言った。


「休めるようになってから考えますよ」


 ルキウスは苦笑いだ。


「ルキウス様は?」ソワラが聞いた。


「仕事が終わったらおいおい考える。とりあえず森でゆっくりするにしておく」

「では仕事を急いでください。とにかく森を増やしてください」


 ヴァルファーが言った。




「朝も夜も働けって言われるんだけどどう思う? 酷いと思うよな」


 ルキウスは庭に出て、唯一の味方であるモーニ・トニトレンを頼った。


 ドニと同じ栗色の髪の毛が一直線に切りそろえられた、無邪気そうな女の子だ。巨大なウミガメの背に乗っている。最近は学習したので誰かを追って走らなくなったが、この甲羅の上がお気に入りになっている。


「夜、遊びたい」


 モーニは屈託のない笑みで返した。


「仕事なんだよ、夜遊びはだめだ。ろくな大人にならないから」

「働けば?」


 モーニの横にいたビラルウは子供らしい適当さで返した。彼女はタドバンの背に乗る、というよりぴったりと抱きついている。


 モーニが亀に乗るようになったのは、ビラルウの影響だろう。真似するのが逆な気がする。モーニのほうが年上だ。


「働いてるだろ? そこらの花も全部植えたんだぞ」

「もっと働け」


 ビラルウがタドバンの毛並みを丁寧に撫でた。モーニも「働け働け」と言った。

 ルキウスは子供に失望して、座ってタドバンにもたれた。


「AI怖いなあ」


 タドバンがのどを鳴らした。


「AI?」


 ビラルウが言った。


「完璧だからな、ルッキー負けるかもしれないな」


 子供に言っても仕方がないが、ほかには言えない。


 サポートとの温度差、埋めようと思ったが、顔色で無理と判断した。

 アトラスのAIといえば、人間と変わらないもの、魔法や道具の解析に特化した補佐的なもの、狂っているもの、など魔物や魔道具と大差がない。


 これは当然で、本物をゲーム内で出せるわけがない。計算力が足りないし、本気の戦略AIが指揮する集団は、プレイヤーより劣った戦力でプレイヤーを圧倒するだろう。


 アマンが育てたのは本物。単純ミスはしない。迎撃の手札を完全な組み合わせで出す。手札の技術水準は大戦前。全滅、という可能性はゼロではない。


 対人戦闘の学習していれば、不可視と複合的な隠密でセンサーを完全に無力化しても、それまで行動傾向から正確に位置を予測されるかもしれない。


 すべてを予測され先手を打たれれば、完封される可能性がある。

 AI相手では心理戦もできないし、大きな音への驚きのような生理反応もない。

 三十万の敵兵より、一機のAIが怖い。しかも敵の指揮官の大半も機械ときている。さらに指揮下に手足となる下位AIが配置されている。ゲームのように都合よく判断はミスはしないし、攻略法のない完璧な配置のはずだ。


 戦力的には有利だが、アマンが逃げた時点で防備を強化する。それがどうなるか読めない。


「怖いの?」


 ルキウスが珍しい顔をしていたせいか、ビラルウがタドバンの背で起きた。


「怖いな」


 ビラルウが二カッと笑顔になって、モーニと顔を見合わせた。


「……なんで笑うの?」


 子供の考えはわからない。


「面白いから!」「面白い面白い」


 ビラルウが明るく言うと、モーニも続いた。さらにビラルウがルキウスを指でつんつんした。


「AIなんて、よゆうのよゆう」

「AIが何か知らないだろ」

「ルッキーはばか」「ばか」


 ビラルウがタドバンの背を足で叩くとタドバンが歩き出した。亀もふんわりと浮いてそれについていく。


「君らの将来が心配だなあ」

「ばーかばーか」


 トラが去り際に言った。


「お前は言うなよ。子供は楽でいい、AIも子供段階ならいいんだが」

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