元プレイヤー3
「森の外ですよ、星がよく見える成層圏です」
アマンが当然のように指摘した。
「あんたまでか。宇宙だって好きさ。子供の頃は宇宙海賊になりたかった」
「壮大ですね」
アマンがハハッと笑った。
「熟慮の結果、無理だと判断した。五年ぐらいならやれそうだったんだが。それでずっとアトラスやってる」
アトラスがなければもっと違う人生だった気がする。ルキウスは遠い過去を振り返ろうとして思い出した。
「それで私はなんで将軍なんだ? それも実装された?」
「ああ、そうでした! それです! あなたは将軍です!」
アマンはルキウスを強烈に説得するようだった。
「そうか! 将軍になりました、やってやったぜ!」
ルキウスは負けない勢いで返した。
「ええと……まずアトラスと人類連合が戦争になりました」
「意味がわからん。ゲームと国際組織がどう戦う?」
これは完全にルキウスの予想外だった。
「大規模アップデートは、VR基軸フォーマットへの移行を睨んでいたのでは、といわれていました。ビジネス面の拡張も多かったんです。外部企業向けの空間が用意され、モール化した。プレイヤーはさほど気にしていませんでしたが、それ以外の――実社会には大きな影響があった」
アマンの表情は現代的企業人のものになった。
「つまり複合娯楽産業の枠を超えて、VR全域を支配しようと?」
「それを人類連合は許容できないと、待ったをかけた」
「ふむ、理解できなくもない」
おそらく地球人の大半があのVRギアを標準で使うようになる。やろうと思えばゲーム内の思考をすべて収集できる。巨大すぎる優良企業なのも、ある意味悪かったかもしれない。支持者は熱烈で、あらゆるバランスを破壊したはずだ。
「じゃあ、アトラス内で戦争してすべての権利を誰が持つか決めようということに」
「なんでだよ? エキセントリック過ぎるだろ」
さすがのルキウスも納得しなかった。奇妙すぎる。
「それはそうなんですけど、ザ・クリエイターは何度も表彰された優良企業ですから、けちのつけようはないし、話し合いが結実するとは思えないし、彼らが全部渡すと宣言すれば破格の条件! 何より億単位の人はもうお祭り気分! 人類連合も乗るしかなかった。ゼウス・クセナキスも露出を増やしてあおってました、世界は一つ! 誰にも割ることはできないって」
アマンは熱が入って、世紀の大事件を伝えようと努力していた。
最大プラットフォームになっていたアトラスを、公的機関の管理下におこうとした。これは最終戦争前に近い流れ。
ここでのルキウスの視点は、サプライズ協会はいったい何をやっていたのか? だ。
アトラスは協会にとって重要な権益。協会が根回しすれば、人類連合も手を引いたはず。
やる前から勝算があったというのか。それともそこから起きる変革に利を見出したのか。
「そもそも介入の話が出る前に反対した国はなかったのか?」
ルキウスは考えてから口を開く。
アトラスへの介入には思想的な反動があったと容易に想像できる。つまり兵器への拒否感。協会は後戻りを嫌悪をしたはず。
「いえ、特には」
ない。反逆者の地元であるギリシャ、協会の影響が強い北米も動いていない。何か起きたはずだが、予想できない。
しかし事を起こした誰かにとっては、当初からの青写真でもおかしくない。アマンとの邂逅がルキウスの広い想定に収まっているように。そこを踏まえて俯瞰しても、時代の流れがまったく見えない。つまり、通常は予想できない意図・目的とわかる。
「ふーん、どんな形で戦争を?」
ルキウスはのんびり言った。
「人類連合が雇ったプレイヤーと、自由意思でアトラス側を選んだプレイヤーとでエリアの奪い合いです」
「金か。当然の流れとはいえ、そういうのは好かんなあ」
「そんな人がアトラス側ということですね」
「戦争……ここの復活、レベル低下とは別に、約一か月の能力低下がある。あれは実装された?」
「いや、それはないですね。そんなのゲームにならないし」
「こっちでの復活に関しては知っているか?」
「知識としては聞いていますが直接は。あれは大金持ちのやることですからね。それに国によっては禁止されてました。資源を消費して経済がやられるので」
「その戦争用のペナルティではないのか? 死者が数日で復活したら戦争にならない」
「ああ! そうかもしれませんね。しかしはっきりとはわかりません」
「わからない? 戦争になったんだろ?」
「これから、というタイミングでした。二四〇六年からです。どちらも準備期間で人を集中です。ルールは多少出ていましたが、私は誰かに聞こうと思っていて」
アマンは戦争のルールを知らない。しかし見当はつく。エリアの奪い合いは、イベントの大規模戦闘やギルド戦である。それを基にして、現実的にした。
ルキウスの中で一か月のペナルティは「戦争のものが残っている」で確定した。
アマンは続ける。
「あなたはナワケ密林地帯防衛軍の最高指揮官で将軍でした。そこの副官に決まったのはリコリスとバッフォで、私はバッフォとは面識があって、そこからアトラス側で参加する予定で」
「バッフォはわかる。ほぼ私の罠を見つけるのが生きがいになってる人だ。几帳面に罠を積み上げて帰るのに恐怖を感じた。もう片方がわからん」
「おかしいな。情報では両方とも初期からの知り合いで、敵だったと聞いた気が」
「ええ? 名前が記憶にないけど」
「大型銃を使う強化歩兵系の――たぶん軽魔装兵だと思います。普通の服を着ているから」
「敵はほぼ銃装備だし、密林は、機装兵より魔装兵が多いからな」
ルキウスは必死に記憶を探った。
「敵、リコリス、リコリス…………リコリス・ヒヤマ? スカーレットのことか?」
「そっちは逆に知らないですけど」
アマンは完全に他人事の顔だ。
「赤いドレスを着ているか、赤いコサージュを付けてる。それでそう呼んでいた。向こうの識別コードだったっけ、それをそのまま採用した気が。五年ぐらい森で見ていない。彼女用の罠が壮大に無駄になって悲しかった記憶がある」
「やはり知り合いですか。記憶は正しかった」
「ああ、よく殺してやるって言われた、懐かしいな」
アマンは微妙な顔をしたが、ルキウスは気にせず話す。
「戦争の形式は想像できるが、規模は?」
「参加希望者全員、億単位です。予想ではあなたの下は二百万。これでもほかよりかなり少ない」
「密林は地形的に多いとかえってやりにくい。拠点も防衛線も作りにくいから、少数精鋭のほうがいいんだが……」
「きっとひとつの戦場の同時接続者は常に万を越える、少数精鋭は無理でしょうね」
それはわかる。烏合の衆をうまく操らないといけない。確実に緑野茂はイラついていただろう。
「楽しくなさそうだな、嫌なイメージしか湧かない」
「あなたの所は代理人が募集してました」
「誰かがやってくれたんだろうな」
ルキウスは話しつつ外を気にした。
「ふむ、聞きたい事は無数にあるが、ほかの仕事を片づけないといけないな」
「ああ、そうでしょうね。町は情報より活気がありましたし」
アマンは気を使うそぶりをした。
「科学魔術の知識は今もある?」
「ええ、レベルは低いですが、科学術者です」
「ナノマシンは体に入れてる?」
ルキウスが視ても金属反応がない。機械化されていない。生身だ。
「ええ、逃げる時に神代の備蓄を。魔力と思考力を装備で補えば、高位の魔法でも使えるでしょう」
「そういう仕組みか。いきなりレベル外のも使える?」
「術式の知識、魔力、精神領域への術の読み込みが揃えば使えますよ。魔法の失敗とは、魔力不足、魔力が正確に練れてない、思考・実行手順の失敗ですから」
「おお、知識あるなあ」
「こちらに来てから短いので?」
「それもあるが、神だと気合で魔法出るから」
「便利でいいですね」
アマンが笑った。
「あとは……汚染をなんとかする手段に心当たりは?」
彼のAIが何百年も汚染と向き合っていたなら、これは汚染に対する最終回答になる。
「分析した結果、地道に分解するしかないというのが結論です。浄化専門の神官でもいれば別ですが、その情報はありません。理想的な対処としては、まず汚染された表土を一か所に集めて埋めるかして、これ以上の拡散を防ぐべきです」
「無理だな。私でもすぐには無理だ」
「そうですか」
「まあ、汚染はおいおいなんとかする。それが決まっただけでもいい」
「チャフトペリのこと、一方的に頼むつもりもありません。ここで協力させてください」
「それなら働いてもらいたい。払うものが農作物しかないがいいか?」
「こちらこそ是非!」
アマンの表情がぱっと明るくなった。
「なんなら汎用型OSでも製作してもらいたいものだ」
「AIの支援なしでは、城を立てるぐらい大変ですよ」
「帝国は業務用しかなくてね、たまらない」
ルキウスは肩をすくめた。
「大戦前でも大差ありません。個人向けは戦闘用の探査デバイスとかです。そもそも自由なネットワークがない。なんせ魔術的な攻撃がきます。操作者が錯乱する、目が焼けるのは日常で、頭が破裂する件もあったかな。だから重要情報は直接運送」
アマンの目が輝き、緩んだほおは鋭くなった。技術者だ。アルトゥーロと同じだ。
「なら機械の調整ぐらいからやってもらうかな。固定兵器の設置とか」
「これでやっとあなたの陣営で参戦できる」
アマンが大きく息を吐いた。
「そいつはまたずいぶんと遠くから放たれた矢だ! 宇宙で最高の技術者を得た可能性がある。しかし仕事にいかねばならない。時間が空いたらもっと話しましょう」
ルキウスが立つとアマンも立った。
「ええ。今の景色を見ると思うところはあります。昔は栄えていたんです。私は確かにその社会の一員だった。脳があると悲しいですねえ」
「まず部屋を用意させよう。あとで私が家を建てますよ。木か石でね」
ルキウスはマリナリを見た。彼女はまだ再起動しない。
「再起動までちょっとあるかな」
「人間ですよね?」
アマンが苦笑いする。
「そうですよ。最後に一つお尋ねしたい」
「なんです?」
「生まれてくるってどんな気分です?」
ルキウスは興味深げに言った。
「再現した自分の体に移行しただけですからね……気になりますか?」
「あまり大人で生まれる人間などいないものですからね」
ルキウスは探るように笑いかける。
「そうですね……私はAIで長く無感情でした。久しぶりの肉体は奇妙です。でも、ここに来るのに必死でした。思い返すと懐かしい、子供の頃を思い出しました。この体の子供時代はありませんがね。家から少しあるジャンク屋へ走った記憶がよみがえります」
彼は郷愁の念にとらわれていた。ルキウスはしばらくアマンを窺ってから言う。
「アマンがそう感じるなら、それはほかの誰のものでもない。あなただけのものだ」
「ありがとうルキウス。でも気にはしませんよ、私の基礎は科学にある」
「あなたのことはよくわかった。地下に安全な部屋がある。とりあえずそちらへ」
ルキウスがアマンをシェルターに送り部屋に戻ると、マリナリは復活していた。
「マリナリ、彼はその目にどう映った?」
「情報が少ないですが、挙動に違和感はありません。魔法の支配などもなく精神は正常。根本的に弱い」
「作られた人間が信用できると思うか?」
「最初から偽の記憶を与えられた可能性を疑っておられるのでございますね」
「そうだ」
脳内にチップのような物はなかった。となると、疑わしいのは脳しかない。そこに問題がなければ、彼は全面的に信用できる。すべての挙動は誠実さを示していた。
「その場合、それを彼から確かめるのは困難かと。途中からの洗脳と異なり、あれが正常になりますので」
「そうだな、突き合わせる外部情報が必要だ」
「まだ町に潜伏していた邪教徒の認識と極端な差は感じません」
「なら、まずはいい。お前は自分をどう思う?」
「主が神秘の力で我々を生み出された。その事を仰られている」
マリナリがルキウスをじっと見た。
「ああ」
最初から一定の年齢で発生したサポート。それでいて、スキルという形で、〈山育ち〉〈潜入者〉〈研究の鬼〉など設定された背景を持つ。それは実在していない。彼らの認識だけだ。
それはアマンと同じ状態だ。彼はオリジナルではない。
「どのような生まれであっても、いま主に仕えるのになんら支障はございません」
「元々は違う人間だったかもと考えないのか?」
職業で人格が決定するなら、転生するたびに別の人格になる。基準がどこだったのかはルキウスにもわからないが、どこかに正しい――あるべき人格があってもおかしくないと、なんとなく思っていた。
「違うと申されましても、私たちは最初からこうでございます」
マリナリにはなんの揺らぎもない。彼女は考えなしではない。彼女の中で整合性が取れており、それは確固たるものなのだ。きっと信仰を達成できればそれでいいのだ。
「そうか、軍が動くまでどれぐらいある?」
ルキウスは考えても不毛か、と窓に寄った。
「どれだけ早くとも二か月は。元士官は、帝国の大規模な作戦立案は半年以上はかかると。さらに情勢の急変を鑑みるに、一年かかかってもおかしくないそうです」
「そうか、外を見てくる」
「主自ら行かれるので?」
「私は都市が特別に苦手なわけではない。大地があれば地属性はそれなりに有効だ」
「そうでございますが、外では常に呪われておりますし」
(こいつも言いようが酷いな)
ルキウスは外に向かった。その途中で呟く。
「イベントトリガーは帝国側の都市占領……いや、帝国側で動くのは初めてだから反応があるのは当たり前か。図ったように確定。やはり以後。なら先は長くないか。しかし要らないものも来る……あるいは要るのか? わからん、なんにせよ仕事は早いほうがいい」
ルキウスは外に出て速足で歩く。そこに若い男が声をかけた。
「あの、緑化機関の方ですか? 募集を見て――」
「それは無理」
ルキウスは背の剣を抜くと同時に若い男の首を落とした。一閃だ。
「――だな。手の温度が二八度、胸部が五〇度なんだよ。緊張したって、夏にそんな冷え性ないだろ」
首の断面には、白い人工筋肉の束、金属の骨格、細い配線があった。残った体がふらつき、落ちた顔の目がルキウスを見る。顔を即座に両断した。
同時に嫌な圧を感じた。胴体、その熱。
「埋まれ!」
頭と胴体が瞬時に地面にしゅっと吸いこまれた。低位魔法〔沈下/サブサイデンス〕。
爆発音が響き、地中から火柱が高く上がる。穴に押し込められたことで爆風は直上に集中している。
ルキウスは伏せている。無傷だ。
「自爆でドロップゼロか、能力を証拠隠滅に寄せすぎだろ、爆撃級だぞ」通信魔法を使う。「アルトゥーロ」
『でかい爆発音ですね、すぐ直せないですよ。そろそろバイクはあきらめては?』
「人に偽装した機械が侵入した。コンパニオンメカを――犬でも出して警戒しろ。中身は金属で高温、すぐわかる」
『了解』
爆発音を聞きつけ、人が集まってきた。ルキウスはその中のひとりに目を付け、一気に駆けた。
基地で見た覚えがある顔、おそらく転向した兵士の男だが、躊躇はない。男の胴体が真四角に切り抜かれた。ふたつの剣が胴体の左上と右下から入り切り抜いたのだ。その胴体の中央を蹴り抜く。四角い塊がポーンと飛んだ。
間髪入れず、頭、手足を切り落とす。飛んだ塊が誰もいない空き地で爆発した。
ルキウスはその風を感じながら、転がった多くの切断面を見た。一体目とは違う。強い人の匂いがある。
「人の皮を剥ぎやがったな。血の匂いがない。専門の溶剤、でなければ魔術師もセットか」
周囲にほかに怪しいのは見あたらない。近くに寄れば機械の駆動音を捕まえる自信があるが、集まってきた人が多すぎる。
「観測されたと考えるべきだが、標本は手に入れた」
魔法を使わず普通の望遠鏡で見られていれば、検出には限度がある。ここは開けているのだ。
「まあいい。これで敵の技術水準がわかる。早く告知させよう」
ルキウスはその後、アマンと知らない四年の話を幾度もした。時事の話や、技術、アトラス内の動きについて。二四〇四年の世界は違和感なく彼の予想とかみ合う。多くの者が予想した部分はともかく、ルキウスと世間の予想が合わなかった部分まで。
AIによって演算された記憶とは考えにくかった。WOについても尋ねたが、当時の社会では問題になっていなかった。少なくとも、見られている間に動くと即死する【僭越の顔】みたいなものは存在していないと考えられた。
そして彼は現実の情報技術者であり、職業は銃器を使う科学術者。この職業は魔術と工学の技により、機械の修理、破壊に、ハッキング、通信などの情報支援能力を持ち、あらゆる機械に補給ができる。
ルキウスたちと同じく世界の不足を補える存在で、ルキウスの不足を補えることも意味した。情報系の機材が本来の性能を発揮できることだろう。




