元プレイヤー2
「そうですね、まず二四〇〇年の……一月はイベントで満載だったはずです。二月もイベントが続いて、豪華だったな。三月に大幅なアップデートが布告されて、四月に実装。私は二年目ぐらいで、どこから手をつけたものか困ったのを覚えています」
「へえ、アップデートが! そいつは最高だ。こうなる前に来てたらもっとよかった。ザ・クリエイターの皆さんには苦情を言いたいね」
ルキウスの機嫌は演技的なものだったが、アトラスの話ができるのは最高で間違いなかった。
「まず全体的に職業、スキルなどが増えました」
「既存の上積みはいい。ほかの変化は?」
ルキウスの言葉にアマンはやや思案した。
「大幅な魔法――特に魔術の改造システム、装備の拡張性も上がりました。全体的に自動調整型への移行ですね。準備されていたものの実装を終えると、基本システムは人の手を離れて、クエストも含めすべてがAI製作になるとの通知で、なりました」
「開発コストの軽減?」
「そうですね。十年で統計データを取ってシミュレーションして、狙ったものができるか見てたんじゃないかな。今後、人は一切関与しないというのは強調されてましたね」
意図したのは完全にAIに任せる世界か、それともその逆か。なにかしらの意図はあったはずだ。
「……つまりここのシステムは、物理法則はアトラスと同一? 知らない魔法が無数にあるのはシステムどおり?」
「拡張性も含めればそうです。拡張部をアトラスと考えないなら違うかと」
誰も調整していない。恣意的なのは、元時間が違うだけ。そして自分より前に未来の人間が来ている。
「わかった。そっちは細かい書類にでもしていただこう。ゆっくり考えないと差異を飲みこめない。それにアマンのすばらしい人生を知りたい。アマンの昔話でもしてくれないか。資料だと大戦前の雰囲気がわからなくてね。当時の戦闘がイメージしにくい」
「技術水準的に、魔法やスキルがある現代手前ぐらいの感じです。聞きたい分野は?」
そもそも知らないことが多すぎる。ルキウスがこんなとき、理解の起点にするのは人。
「我々には細かい差異があるかもしれない。順を追うとしよう。まず、どこに出てきた?」
「都市郊外の空き地です」
「千レベルで?」
「八百台です。プレイ時間はそれほどとれなかったので、ここで足踏みするんですよ」
やはり千レベル固定ではなかった。それでも八百あれば超人だったはずだ。
「身一つでした?」
「ええ、都市をさまよいましたね。インベントリの食料で八日生きてた」
懐かしそうな口ぶりから読むに、彼の中では完全に終わった過去らしい。アマンという人間の形成は地球で終わっており、その先の長い時間は順当な延長に過ぎない。
「サポートは?」
「出したのは落ち着いた後ですね」
「そういうときは、人の良さそうな通行人をカモればいいですよ」
ルキウスが笑いかける。
「いやあ、なかなかね。三日目の夜に、道端で吸血鬼と警察、といっても大剣振り回す人の殺し合いに遭遇してから、通行人の誰もを異様に感じちゃって。よほどの形相だったんでしょうね。そこをプレイヤーに話しかけられた」
「プレイヤーに!?」
ルキウスはおおげさに驚いてみせた。
「ええ、吸血鬼狩人のミラード・ハムリンと、アサレア・ペレス。私が会ったのはこの二人だけです。のちに見たハンターにそれっぽいのは何人かいましたが、話したことはないです。ちょっと文化が違う感じでね」
(偽名、協会員だな、同朋を探そうとしたんだ)
「どんな人だった?」
「中肉中背の人間男性で自然な青髪の短剣使いと、四角いサングラスをした赤と黒が交差した巻き毛の人間女性で、錬金術師ぽかった」
ルキウスが知っている人間ではないが、知り合いの姿が変化している可能性もありなんとも言いがたい。
「知っているプレイヤーとはいえないな」
「吸血鬼狩人を名乗っていたら、大きな仕事が来たから、仕方なくやってたとか」
「その人はどうなった?」
「最後は、何かの古文書を見つけたと言って、外海へ船出しました。それっきりです。あれは大戦のちょっと前ですね」
「細かいことは聞いてない?」
「ええ、秘密主義者で、風のように現れて消えていくふたりだった。このふたりのおかげで就職できました。今だって感謝ですねえ、本当に」
アマンはしみじみと言った。
「それでずっと生活してたと?」
「比較的普通の生活で、家族を持ち、六十年は生きた」
もしプレイヤーが大勢いたなら、彼のほうが標準的なのだろう。ルキウスみたいのが多数派なら、きっと大々的に研究されてるし、記録にも残る。
つまり神代以降のプレイヤーは、現地社会になじんで暮らした。あきらかに自分とは違う。
「家族は?」
「さあ。アマンの家族であって、私の家族ではないですからね。もう昔の話です」
「当時、神代のことは伝わってました?」
「私は技術系に興味があったので、歴史はあまり。しかし一般常識だと、大洪水はゾト・イーテ歴九九九年、ここで一度文明は終わる。その後、生存者は古代文明の復興を試みたが、大規模な戦争に陥り、神の怒り――破滅級の魔物の出現が相次ぎ文明は崩壊した」
「知ってる情報とさほど変わらないな」
「そうですか、以降で歴史がはっきりするのは、一四〇〇年代からで、それ以前は説が乱立します。記録はあるんですがね。なんせ神とか実在してますし、本当かうそかは判別困難です。しかし神代の技術は仕事で多く見ていますよ」
「それが会社?」
「ええ、当時はコンピュータ産業があったので、そこに。トレジャーハンターギルドと連携していた大企業の子会社で、最初は開発でしたが、いろいろあって、神代のものに詳しいと判断されて、発掘品解析・再現の部署に」
「何か革命的な技術とか開発した?」
「いえ、ここの技術に対応するのに時間がかかったし、目立つのは避けたかった」
「つまり世界に対して大きな干渉はしていない?」
「そうですね。あなたと違って小市民なんで」
ルキウスはこの回答に何度もうなずいた。アマンは懐かしいものを目の奥に宿して続けた。
「それに研究はどれも簡単に成果が出るものではなかった。根源への接続で伝説の領域、これはアトラスにはなかったな。そこに魅力を感じたけど、どうにもね」
「アトラスにないってのは、私も気になるな」
「神代にシステムの読み取りと干渉に成功したという話があって、私の会社もそれを探していたが、それ自体は発見できなくて」
「システム? 総体的な、機神のような概念ですか?」
ここでは真理の探究といった研究テーマは普遍的なもので、哲学、宗教、魔術、政治あたりでは特に盛んだ。つまり珍しくはない。
「システムは絶対神、というかすべての根源です。哲学や魔術のほうの概念で、何ができるかはっきりしない。記録はけっこうあって、というかそれらしいのが多すぎて。大規模な破壊能力、物資を生み出す、情報を解析、つまり魔法の完全判別、物品の鑑定、召喚、たいていのことはできる。真なる神器と呼ぶ場合もあります。根源に触れると神の怒りを買うという言説も多かった」
「ほーう」
ルキウスはおおいに感心した。
「でも原理は共通している。特殊な粒子を発生させるジェネレーターを搭載していて、その粒子に対するシステムの反応を解析して、システム情報を復号するらしい。細工したファイルを読ませて任意の命令を引き出すのと同じ、と理解していました。これをやってみたかった」
「へえ」
ルキウスは感嘆を込めた。
「最適化されたシステムが、兵器に乗せられたとか、存在しないとか。大洪水以降の復興期に戦闘で使われた、という話もあります。基本的に電子機械の形をとっていますが、魔術も使用されているとか」
「さすがに曖昧だな。それが実在すると?」
「一つは確実にありますよ。単に動力として使っているだけの兵器で、システムの読み取りはできていませんが、強引とはいえシステムへの干渉には違いありません。個人見解ですが」
「システムへの干渉……いまひとつイメージできないな」
魔法、スキルは特殊な現象を起こしている。これこそ干渉だろう。しかしアマンの言うものは違う。
「魔法、スキルなどを無効化します。おそらくすべてを、ステータスも含めてすべてをです。我々を普通の、リアルの人間にするということです。神金なんかの魔法金属はもろくなります」
これを聞いたルキウスは、意識的に温和な顔を作ろうと努力した。そして楽しそうに言う。
「そいつは大変だ! それらしいのはあなたの会社にあった?」
「いえ、探していたんですがね。政府は保持していたかもしれない……政治的なやりとりはわからないので。あれさえあればね……何かはできた気が、ちょっと心残りを思い出してしまったな」
「確実にあったというのは、実物を知っているということで?」
「昔、警備能力付き自動販売機、といっても兵器級が暴走して、都市が壊滅した事件がありましてね。事件の後で、それが神代の動力、イジャシステムと呼ばれる形式のものを積んでいたと判明しています。ただ軍に回収されたらしくて」
「それって、変形後はレーザー官が二本のやつ?」
「ご存知で?」
アマンは意外そうだ。
「足が六本あって、エネルギーシールド張って変形する?」
「それです、それですよ!」
アマンは顔を紅潮させて、全身をふくらませた。緊張が取れて血が巡っていた体は完全に活性化した。
「ああ、そいつの在庫に地下遺跡で襲撃されて、じつに酷い目にあったが、壊した」
「まともに戦ったので? さすが神だ! 理論が正しければ、接近戦なら誰でも殺されるのに」
「そうか、あれか……攻撃力が高すぎると思ったよ。やっぱり盾が即死するのは異常だったな」
「おお! 体験されたのですか?」
「いきなり腕を落とされてねえ、頑丈だし。いやあ、酷い目にあったものだ、あれ。苦情を言いたいから、受付窓口を教えてもらいたいね。そのシステムがあれば言えると思う?」
「腕、いや、腕って……いやあ、通信機じゃないので」
アマンは困った感じで笑った。
「そうか、つくづく残念だな。苦情が山積しているのに」
「聞くからにオリジナル、拝見したいですね。オリジナルのありかは不明だった。量産型はイジャシステムではないから、きっとオリジナルですよ」
「完全に破壊したから、状態はわからないな。部品はあるはずだが、そのイジャシステムの……イジャってなんだ? 人名?」
「イジャ星人だと思います。完全防御無視攻撃が同じだから、過去のプレイヤーが付けた名前かと。これが発展した先に真なる神器があると思っていました」
「……そんなのいたか?」
星人と呼ばれるのは、文明がある知性的な異星人だ。数が少ないから覚えている。
「あれはちょうど大規模アップデートのやつですね。初の複数種族族限定イベントで、よく覚えています。あれは六種族でしたか。種族違いの六人パーティーです」
「六種族? 半妖精人以外?」
「いえ、魔族以外です。半妖精人は三種族のどれでも都合よくカウントできました。半妖精人上げの効果もあったな」
「変な指定。メンバー集めが面倒だな。種族拠点で募集すれば、異なる魔族で六人のほうが楽そう」
ルキウスが少し思案して言った。
「そうですね、サポートも組み込めないので」
「そいつは開発者の強い意志を感じるね。異種族で交われってな」
「意図はあるかと、防衛イベントでひたすら敵を叩けばいいので、面倒な連携はいらなかった。とにかく大人数で特攻です。防御無視攻撃が来るので、壁役も何もない。砲座に就くか、飛行してドッグファイトです」
アマンは気分がほぐれたのか、表情は柔らかくなってきた。
「防衛な。どこに攻めてくるんだ?」
「巨大な円盤型宇宙船、都市よりでかいやつ――がシン・スピンを目指してきます。そこに大規模な航空艦隊に乗って突撃するんですよ。新世紀にふさわしい熱いクエストでしたよ」
「シン・スピンは、全種の魔族が連合して、新たに築いた楽園。辺境の植民地だ。なら魔族が参戦しないのはおかしい気がするが」
「魔族は都市防衛で、地上戦になります。降下部隊の相手です。宇宙船迎撃戦には参加できません」
「ああ……なるほど、そういうことか。もう、終わってしまったろうな。遊びたかったよ」
ルキウスはしみじみと言った。




