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調査

 拠点に帰ったルキウスは、マリナリに拝まれ終わると口を開いた。


「スーザオが畑に住んでるんだが、あいつはどんな立場だ?」

「非生産者、無職でございます」


 マリナリがはきはきと答えた。


「そのままだな。まあ、魔法も使えないしな。怪我を治せるはずだが、あれが治療に来たら怪我人がショック死してしまう」

「戦力になりますので、よろしいのであれば警備でもさせればよろしいかと」

「街中で暴れてないのか?」

「特に問題は起こしてございません」


(俺だけなのか!? 一般人なら千回死んでるっての) 


 しかしながら、スーザオはどんぐりのウォーカーには興味を示さなかった。最初に距離を取って、観察していたがすぐ興味を失った。彼なりの基準があり、安全だ。見た目が凶悪すぎて、街のチンピラも寄りつかない。子供にはそこそこ人気があるらしく、弟子もどきが発生している。

 そして森に連れて帰りたくはないし、戦車を薙ぎ倒せるレベルの戦力だ。


「わかった、そうしろ。あいつな、かなり強い。本気で殴っても生きてそうだな」


 ルキウスが明るい調子で言った。


「そうでございますね」

「しかし装備が悪いな。何かくれてやれ。筋力が上がるの以外で」

「お気に召しましたか?」

「面白くていい。とにかく殴ってくるが」

「そうでございましょう」


 マリナリがほほえんだ。


「それで都市機能はどこまで維持できる?」


 ポンプぐらいは材料さえあればアルトゥーロが作れる。地道に成形するのではなく、魔法的な瞬間形成だ。低難度の製作物は作成時間が短く、スキルで補正がかかると作業時間がゼロになる。それ以外は普通に加工して組まないといけない。


 これまでのように、ルキウスがひたすら食料を作っていればどうにかなる状況ではない。


「鉄の供給は止まりますので、関連製品は製造できません。生活用品はいずれ植物製で代用できるかと。弾薬の在庫はありますが、いずれは尽きます」

「ならどうする?」


「付近の都市も引き込みます。特に南西のクオセトレイエは火薬の原材料を精製しており、在庫もあるでしょう。議会が引き込みの特使を出すことになっています。駐留軍を追い出せば叶うかと」


「それは任せる。寝坊助の兵隊はどれだけ返した?」

「ほとんどは。残存希望が九百二十五名、元の割合を考えると内勤の割合が高いです」


 かなりを食事で釣った。サンティーみたいな食いしん坊が一定数いるんだろう。本気で食事に忠誠を誓う者たちだ。一生美食を求める美食の誓いを立てる聖騎士が発生するかもしれない。

 変化を嫌う者は帰り、投機的日和見主義で、こちらの戦力を高く評価した者はこちらを選んだ。本土から来てここで家族を持った者もいる。彼らは離脱しにくかったろう。


「そろそろ囚人の処遇を決めていただきたく」


 ルキウスが直接観察した人々を思っていると、マリナリが言った。


「見て決める」




 ふたりは暗い廊下を行く。冷たく乾いた基地の独房だ。スーザオがいた部屋は破壊されており、その隣の視窓のついた扉には、多重の魔法円が描かれている。


「厳重だな」


 ルキウスは顔を変えて、小さな監視窓から中を覗いた。

 中央に座る目元に青いくまを作ったやつれた老人。ゴス司教だ。独房使用者は、一個人に収まらない者だ。

 伏していた老人の眼がぎょろりと動き、監視窓に向かった。


「狡獪な邪教徒めが! たぶらかそうとしてもそうはいかぬ。私は騙されぬし、屈せぬ。必ず神罰が下ろうぞ」


 細く重く、それでいて不規則にぶれた声は、スーザオとは別の圧がある。それをルキウスは眠そうな顔で受けた。


「ミルセン司祭から、邪神討つべしと民衆を扇動しており騒乱を起こす恐れがあるとの通告がございましたので、収監しました。聴く民もございますので」

「あの神官か。変わり身が早いな」

「偉大なしゅを知れば、当然のこと」


(絶対違うと思うけど。係長みたいな顔してるし。あの人、財閥の契約採ってから恐怖するぐらい親切になったな)


「しかしこちらは否定だな。今のところ利益しか与えていないのに。魔法薬ポーション配って病気治したし、街で数十本は手足生やしてきたぞ。食料状況は良くなったし、正に救いの神だ」


「苦難は耐え忍べば、必ず機神の救いがある。尊き神の護りが破られた時、緑の月より帰還した悪魔を機神の光が払うであろう」


 独房の中からは、ゴス司教の聖典を暗唱する呟きが聞こえている。


「話して、どうにもなるまい。あれはどう解釈すればいい?」


 ルキウスのうんざりレベルが上昇している。


「利益があるからといって、それを都合よく受け入れられない。彼は相応に知識を溜めております、あの降臨はどう考えても辻褄が合わないそうで」

「気楽に流せないのか? もしくはまずは逃げればいいものを。信仰する側の考えはわからん」


 ルキウスはマリナリを見た。


「虚偽は耐えがたい喪失、信仰は自身よりも世界よりも大切なものでございます。誰にとっても必然の死などは恐れるに値しません」


「現実の否定にしか見えん」ルキウスは大きく息を吐いた。「彼もいい人だったんだろうね。熱心な信仰だ。ちょっと眼が乾燥しているもので涙は出ないが」


 ドングリと同じいい人。


「本人は善良でございますよ」

「信仰魔法も使えるんだな?」

「はい、維持、冷気、審判の傾向があります」

「つまりどこかしらの神、あるいは力で満ちた領域に繋がっている」

「はい、そこから引き込んだ力を行使してございます」

「それで、機神だけを信仰している」

「そうでございます」

「……無意味によその神ともめたくないが、本人が自分の神を否定しているとは。私が本気で機神の一部になれば認めるのか? そうなると私の性質も変化するかも。そうなったらどうする?」


しゅの望まれるのであれば、すべてが正しいと決まっております」


 ルキウスは唇を尖らせて笑った。


「うんざりだな」

「哀れな方でございます。いかなる神にも報われぬ」


 マリナリが涙を流している。


(こいつは理解できるんだな。虫に見えるが。創作という点において、熱烈な映画ファンと同じだし。ここの信仰は実用品のはずなのに。人は進歩しないって気分になる。サプライズ協会は夢を追う。この夢はどれだけ遠大でも、実現可能な領域にある。今も追っているかもしれない)


「処分しておけ。街には出せないし、本土にも戻せん。あれが本土の宗教観に影響すれば、和睦の目が消されかねん」


 ルキウスは踵を返して、歩き出した。


「では肥料にいたします」マリナリも追う。


「結果的にだが、機神と主張したのはよくやった。どんな無理でも、一度知らしめれば通る可能性はある」

「帝国が認めるでしょうか?」

「崇めてくれるとは思わない。しかし帝国が和平を考えた時に、相手が機神であるという名分は使えると気付くだろう」


「兵を生かして返したことで、帝国の反攻が早まるかもしれませんが、よろしかったので?」

「全員に混沌のオーラを当てたから、四、五日は病んでるだろ。軍が後送して人員を入れ替えるのを期待する」

「やはり、帝国とは穏便に済ませたいのでございますね」

「彼ら、本土の面倒を見るとしても、相当にあとだ。今はここの浄化を優先する。いいか、ここを優先だからな」


 ルキウスは強く言った。またやらかされると困る。


「では奪還軍は威嚇でもして返しますか? 集結を妨害すれば、作戦を中止する可能性はあります」


 マリナリ案もネズミと同じで戦闘は回避、それが常識的な考えらしい。ソワラは本土で行軍途中を狙えばいいと言った。これは帝国に安全地帯はないと宣告するに等しい。追いこまれた相手は何をやってくるかわからない。相手を安心させておくのは、ルキウスの基本的な戦法だった。


「いや、いろいろと理解してもらわないと、付き合えないからな。私も相手を知らないし」

「帝国は情報収集ののち、大規模な軍の再編を行うでしょう。その場合は、秋以降の可能性があります。十万は来ます」

「歓迎の準備を万端にやるぞ。私は友人を求めているからな」


(味方を作るってのは得意じゃない。自分より相手を優先しなくちゃならない。利害を合わせる必要がある。自然と俺に付いてくるのは愉快な連中だけだ)


 ルキウスはそこから囚人の顔や気配をさっさと覗き見して進んだ。


「次の人は最初から独房にいるんだな?」ルキウスが言った。

「クラウゼ・キセン・デーニッツ中尉、スラムの民衆が蜂起した際、ほとんど戦闘せずに部隊を無断退却させました。上官の命令無視で一時的に独房入り。それがそのままでございます」


「退却の判断は、全体の状況からするとどうだった?」

「正しい判断だと思いますが、明確に命令無視でございます」

「つまり優秀? で独断専行」

「士官は足りません。電気を〈補給〉できる人間は好待遇で九割引き抜きましたが、士官は能力と最低限の信用が必要です。自警団は善悪だけ見てとりあえず権限を与えましたが、指揮ではそうも」


 ルキウスはそこを監視窓から覗いた。軽薄でどことなく甘く見える壮年の男が、だらりと座っていた。彼は姿勢を変えずに言った。


「おーい、出してくれよ。俺はそこそこ使えるぜ」


 ルキウスはすぐに覗くのをやめた。


「あれは最大限にいい物を食わせてから送り返せ」

「こちらの宣伝をさせるのですか?」

「信用できんだけだ」


 ルキウスは困った感じでほほえんだ。


「私の判定ですが、うそはありません。敵意はゼロでございます」


 マリナリはルキウスが彼を気に入ると思っているのだろう。


「たしかに本気で降る気だろう、今はな。しかし、余裕があれば逃げそうだ」


 ルキウスはなんとなく気配であの男がわかった。直観的に逃げ足の速そうな顔と感じたから、当たっているだろう。


「それほどにおわかりになる?」

「普段はぼけっとしているが、いざというときにやる気を出す人間ってのはいるんだ。そんな利己の柔らかさの中に、利他の芯がある。追いこまれないと見えない。そんな善意的な人間は、育った国や仲間を捨てられん。それよりも自分の身を切る。さっき聞いた判断もそんな傾向を感じた。逃げ道を確保しておいて、部下が損耗してから、それを名分に逃げてもよかったわけだし。言い訳もうまそうな顔だった」

「おお、それはもっともで……なんと偉大なしゅよ!」


 マリナリが中途半端な体勢で固まってしまった。よくある信仰機能障害だ。


「まあ、お土産をいっぱい持たせてやれ。特に食料の充実をアピールだ。お前の検査を通っているなら、ほかの士官は使っていい」

「承知いたしました」

「ここは終わったな。食料工場を視察したい。手配してくれ」




 翌日、ルキウスは食料工場に入った。視察を取り付けてあるので、案内の職員が付いた。彼は忍者だ。


「これがライートです」


 職員が言った。


「たしかにイネ科といえばイネ科だが」


 液体肥料が染みた細いシートに根を張った作物は、完全に横倒しだった。原因は頭の重さ。実の一つ一つが非常に長い筒状で、二十センチ以上ある。それがびっしり実っているのだ。


 職員は、一列に並んだライートを、鏡面状の金属台の上ですべて同じ方向に倒し、一房ごとに揃え重ならないようにしている。この状態で正常らしい。


「工場用に最適化されたもの。外では生育できない」

「ええ、病虫害にも弱い。台には弱い浄化効果があります。出荷後も保存には必要です。普通の倉庫では腐ります」


 ライートの葉は光へ伸びていない。光をよく受けられるよう全体が寝そべっている。

 栽培種を越えて、栽培特化種だ。人が介在しないと芽を出すことすらない。


「病気に対抗する力が不要なだけ生育が早いのか。それで通年同温で六期策。薄い外皮はそのまま粉末な。味が悪い原因だろうが、栄養はあるし、工程は減る。茎は繊維で、あの服に紙、よくわかった」


(帝国を見誤ったか。汚染地が少なく野外農業が可能な西部が要と思ったが、基本は工場。電力の限界はあるにしても、西部の農地は使えるから使っているにすぎない。魔物に盗賊で輸送コストが高いし、都市内で生産するのが合理だ。工場は自由に動かせる、必要なのは水源だけだ)


「何か参考になりましたか?」


 職員が、ぼんやりして見えるルキウスに言った。


「もちろんだとも。自然食品に切り替えると栄養補助の添加物が無くなるから、土壌の性質から主食を考えないといけない。だから主食の現物を確認したかった。なんとかするさ」


 ルキウスは快活に答えると工場を後にした。


「明日から必死に畑だ。ずっと農業やってる気がする」


 最初に村と生命の木を耕した。しばらくハンターをやって、カサンドラに任せた緑の村を作った。戦争の死人を回収して村が拡大した。次にはマウタリのアリール神国を必死に浄化して、ひたすら草を生やしてた。


 その実績で、食料供給能力なら帝国に圧勝できると思っていたし、農地を増やせるという意味ではそうだったが、流通と保存、農地の維持まで考えるとルキウスの抱える人員では惨敗だ。


 さらにここの周囲には汚染が多すぎる。一度浄化した所にも汚染が再侵入している。清掃員が必要だ。それは住民を訓練すれば済む。雇用にもいい。


 魔物の駆除をハンターに頼むとしても、戦力不足だ。質はいいが、数が足りない。

 町の周囲に農地を広げるほど、防衛すべき場所が増える。


(マリナリと住民にがんばってもらうか、俺の仕事じゃねえや。食料工場は維持できる、実を直接配れば餓死者は出ない。俺はいくらか農地を増やしたら、本題の汚染除去に回ろう)




 数日後、ルキウスの姿は町から離れた黒の荒野にあった。ターラレンが付いている。


「悪魔の腕の、手部分から南南西に百五十キロ。平均的な汚染だ。一般人は気分が悪くなるという」


 ルキウスが言った。大地から立ち昇る不浄なオーラは五十センチから一メートルまでを揺らいでいる、


「情報は少ないので、多少のずれはあります」


 ターラレンが汚染土を採集しながら言った。


「化学物質を無視すると、この汚染の基本性質は二つ。餌があると増殖する。そして一度燃えるとそのままだ。つまり薪は無くともずっと燃える炎だ」

「実際には人間に触れた際、抵抗力、生命力と相殺するので、生物の生活圏にあれば減ります」


 ターラレンが補足する。


「まず実地で確認しよう。〔緑の聖地/ヴァーダント・ホリダム〕」


 ルキウスの足元から生命力に満ちた緑のオーラが広がり、大地に付着した黒いオーラが消し飛び、土はかなりの部分が白くなった。黒色はほぼ残っていない。白い砂地と灰色の砂利が大半だ。


「ここは問題なく浄化できる。ただし呪詛が消えただけだ。あらためて尋ねよう、この汚染の元である呪詛とは何か?」


 ルキウスが尋ねた。


「呪詛とは、魔力波でできたウィルスです。波形で、魔力的質量を持ち、情報構造体として存在しております。情報構造の中に最低限の術式情報があり、それが燃料を得て機能しているのです」


 ターラレンは浄化された土の標本を採集している。


(波で、魔力的質量があり、情報構造体。よし、何度聞いても意味がわからん。しかしできる事はわかる)


「つまり、何かを取り込んで自己増殖する。ものによっては、指向性、粘性などの特徴がある、だな?」

「そのとおり。通常は術者が与えた燃料――魔力や負の感情が消費され終了します。ですから感染させたのち、呪い続けるなどして継続させます」


 ターラレンが胸を張った。


「この呪詛は粘性があって重い。へばりつく性質のせいで、やたらと飛び散ったりはしないし、侵攻も遅いが、代わりに浄化に力がいる」

「それは固定的な性質を付加されたせいかと。この呪詛は物質に付いています。固定された呪詛は、呪物を呪いたい相手の近くに隠して用いられるものですが」


「こいつはミサイルか何かに燃料と術式を込めてぶちまけた。それからずっと広がって、これ。進行が遅いといっても、主戦場になった大陸中央部は枯れ果てた」

「いやはや、ですな」


 ターラレンが楽しそうに肩をすくめた。


「スラムでは糞を集めて畑を作ったが、多くは失敗したと聞いた。途中までは雑草ぐらいは生え、それが一年ぐらいで土は枯れ、白いものが混じりだす」


 ルキウスが言った。


「別の物質に置き換え、同時に呪詛を拡大させている。あるいは養分自体が燃料として消費されたかでしょう」


 ターラレンが言った。


「森に汚染が入れないのは、土が生命で満ちているからだ。汚染が飛んできても相殺して消滅する」

「ですな」


「呪詛優位と生物優位ではっきり境界線ができる。さておき今は町で困っている。荒野のほうが大きいから次から次へと汚染が来る。土が、微生物が死んでしまう。壁作ればいいんだろうけど」

「作られればよろしいのでは」

「景色が悪いから嫌だ」


 ルキウスは笑った。ターラレンはやれやれという顔。

 壁を作ると敵が身構える。突破するにせよ避けるにせよ、敵は限られた行動を取り、要所で対処しようとする。攻撃に適した地点も制限され、それ以外では攻撃しにくい。


 森に罠を仕掛けるとき、安全区域と危険区域が識別しにくいのは大きな利点だ。ルキウス自身も、正面攻撃、奇襲、待つ、追う、退却と自由自在だ。彼の気分で、特に意味もなく戦闘中に離脱して壊滅寸前まで追いこんだ敵を放置したりもする。

 攻撃を受けるプレイヤーにとって非常に厄介な存在だった。


 ルキウスは白い砂を手に取って、滝のように垂らした。


「地表部には三フッ化窒素と、少量のペルフルオロアルキルカルボン酸。これが化学的な汚染だ。地下には白いフローライトが散らばってる」


「それも増加していると考えられます。しかし実験環境ではまだ確認できません。この土壌全体で一つの術式、といった性質が見られます。分断すると機能しません。相互補完して解呪を防いでいるのやも。それを確かめるには大規模な調査が必要ですが、人が足りないもので実験もなかなか……」


 ターラレンが上目遣いでルキウスを見た。


「予算はないからな! アリール神国の支援に集中せよ」


 ターラレンは残念そうだ。


 三フッ化窒素の性質を考えれば、発生し続けている。

 フッ素は直接窒素と化合しない。つまり合成された物だ。呪詛の中にそれをやる機能がある。

 汚染という能力を与えるのに、フッ素を起点にしたのはわかる。安定している――分解されにくい。ここはずっと白いままだ。


「あとは……なぜかちらほらとあるタンタル。かわいそうなタンタロスのタンタル」


 ルキウスは銀灰色の砂粒をつまんだ。これはこの荒野中に転がっている。


「愚か者でしょう。それの由来は不明です」


 ターラレンが言った。


「その見解もある。こいつは自然物ではなさそうだ」

「貧民はそれを拾って売るとか、報告書にありましたな」

「そうか、帝国では使っているのだな」


(タンタル、どこであっても貴重物のはず、荒野の砂粒を全部集めれれば大量だ。人為的に生み出すスキルがあったのか。まあ自然的ではない兆候の一つだな)


 ルキウスが全景を見渡した。足場以外は真っ黒だ。今日は空の雲も煙みたいに見える。


(大陸中でこれとは、処理が重そうだな)


「私が最初にこの景色を見た時、炭素の黒だと思ったが、見当はずれだったな」

「炭素化合物はここでは希少です。黒はまとわりつく呪詛が光を吸収しているためです。それで温度が上がりやすい。なお確認した範囲では金属に付着しにくい」


「なんでイモを育てないのか不思議だったが、育たない。地中の炭素が少ない。私が魔法ではいくらか栄養が足されているから生育するが、土が悪ければいずれは枯れる」


(表土の炭素量が〇・〇一%以下、これでは何も生えない。下層土では三・一%、ここは炭酸ガス濃度まで低い。地球なら砂漠でももっとあるはず。

 悪魔の森の表土では一一%。さらに樹木として貯蓄されている分が大半。その代わりか、ここには酸化カルシウムが比較的多い。これは熱源であり、汚染の一要素でもある)


「ここは森の近くと大差ない、推定されたとおりだ。お次はもっと西に流れて、最重度汚染地域だ、飛ばせ」

「では参りましょう〔機動飛行/ニンブルフライ〕」


 ふたりは浮き上がり高速飛行に移行した。重度の汚染地域は強烈に魔法を阻害する。ターラレンなら問題ないと考えられるが、転移事故の危険は避けたい。

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