畑
「この町はハエぐらいしかいないな。コバエすらいない」
ルキウスはひとり畑に佇み、長髪の毛先をいじっていた。青々とした葉を茂らせる果樹が規則的に立った地面は荒野のままだが、白い部分が散見される。
南にはちょっとした森、北にはコモンテレイの黒い街並みがある。
ルキウスは最初にもぎって食べられる果樹を植えた。そのまま食べられる性質を優先したからだ。いろいろ試した結果、アプリコットとミカンの割合が多い。
住民はこの実を平然と皮ごと食べる。葉っぱもかじるし、枝すらかじるやつがいる。サンティーがいっぱいだ。
これは主に貧民で、街中の方々は木が並ぶと怖いらしく寄ってこない。例外は文化主義者とカメラマンぐらいだ。彼らはどうも古典的な農民の生活を撮影したいようだが、全員アサルトライフルを担いで、派手な柄の頭巾をかぶっている。
それが正しいのか間違いなのか、ルキウスには判別できない。
ほかの侵入者もある。荒野から来る小型の魔物だ。町の東側を開けているのでそちらから来る。
これは貧民が勝手に駆除している。それ以上に食べている。ルキウスからすると宇宙を感じる圏外な見た目の魔物が多いが、鉄の棒を尖らせた槍でよってたかって突いて仕留めると、袋に入れて運送人がどこかへ運ぶ。
住民は元気があってよろしい。しかしルキウスは元気が出ない。
「千本植えたぐらいじゃ森じゃないってか。悪魔の森の周りに草生やした時はそこまで森だった。つまり周辺環境全体の問題か。それとも密度か、森林地形にならないと魔力が切れる」
襲撃された場合を考えると半分以上の魔力を残して作業しないといけない。効率が悪い。
「森だと根がある地下二メートルぐらいまで森判定だから、森林土壌にすればいいのか。岩が邪魔で邪魔で、全部のけてまともな土持ってきたほうが楽な気がする。でも全部世話してらんねえし。いや、天地返しは住民にやってもらうべきだな。でもそれだと汚染は地下に残る。汚染が地下に潜むのはだめだな」
ルキウスはしばし考え、とりあえず枯れた大地を草で埋めようと結論した。
「雑草の、強そうなのは……もっぱらニシキソウ属っぽい種。これでいいか。これ多年草か? まあ今はいいか。農作業の邪魔にならず人を襲わない草ならなんでも」
ルキウスはローブの中でインベを開けて、小分けした種が入った小箱を探った。そして種を手からあふれるほど握った。
「地道な作業は嫌いなんだ。嫌い嫌いと言いつつずっとやってんな、〔生命の吐息・緑/ライフブレス・ヴァーダント〕」
ルキウスは大きく息を吸いこむと、手の種を緑の息で吹いた。キラキラと輝く種が、ゆっくり宙を流れて気ままに広がり、ふんわりと着地した。ぽつぽつと芽が出だすと、一気に発芽が加速して一面が芽で埋まった。
「栄養は与えた。範囲最大、広く育て」
ゲーム時代からの〔集団・植物急成長/マス・プラントグロウス〕の発動用登録単語だ。
すべての芽がほぼ横へ伸び、地を這う草で荒れ地が覆われた。一面の緑に茎の薄赤が混じる。
「少し力の流れを感じるようになったが、時間がいるかな。世話がいらない無理のない品種を……この土に気候、キャロブとかか、豆は加工が必要だから駄目だ。うーん、とりあえず食えればいいか」
もっと根本的な問題もある。主食になる穀物の栽培がうまくいかない。果樹は効率が悪い、保存できる穀物が必要だ。
アブラヘルに巨大カボチャを出させようかと思ったが、採算取れないし不味いしカボチャの国にしたくないのでやめた。
イネ科にイモ類の栽培を試みているが、ルキウスがやっても弱々しいしなびた苗が生えた。水も栄養も壊滅的にない。カボチャも中を開けたら空きが多かった。それでも住民は喜んで皮ごと食べているが、住民に世話させるのは無理だ。
大魔法の〔神格天候制御/ディエティコントロールウェザー〕なら、タイプによった植生を展開し、同時に大地の浄化を同時にやれるが、こんなものを連発していては破産する。
それに大魔法は一日に一度。何かあったときに使えないのは困る。ここは森ではないのだ。
悩むルキウスの後ろから破壊音が歩みよってきた。
ゴガン、バギン、バギリ、そしてしっかり整った立派なとさかが視界に入る。
「足りん!」
スーザオが不満顔で通りすぎる。ライトアップで陰影がきわだった仏像みたいな顔だ。そして木を殴ってへし折った。
「おい、植えたそばから壊してんじゃねえ。こいつは食料だぞ、飢え死にしたいのか?」
「俺が殴れる物がねえ、岩すらねえ。ここの木が一番硬い」
スーザオは倒れた木からミカンをもぎ取った。そして皮を荒く剥ぐ、二口で食べた。貧民のせいでこれでも文明的に見える。
「話が通じない。おい、折っておいて食うな」
「ここのは美味いな」
スーザオが納得の鼻息を出した。
「だったら折るなよ」
「硬い物が無い!」
スーザオが悪漢を睨む目で見てくる。
「硬ければいいんだな?」
「あるなら出せ」
「なんで態度がでかいんだ」
ルキウスは、人間大で太い棒状の枝を持つ葉のない木を生やした。
「それは硬いから好きなだけ殴っていいぞ」
「ふん!」
スーザオが幹を殴った瞬間、木の枝がうなる一撃をぐいと放った。スーザオはとっさに後ろへ飛んだ。爆発的な勢いだ。彼は木にぶち当たり、大きく揺らして止まる。
「なんだこいつは!」
「カカシの木だ、殴った力で殴り返してくる。打撃以外だと壊れる。だから――」
「きえぇえぇぇっ!」
スーザオが話を無視して、木を相手に猛烈な連打でやりあいだした。
ルキウスは暇ではないので、仕事に戻り、気真面目に、集中して、計算して、きっちりと樹木を植えて、成長させた。
そして、ずっとしていた打撃音が聞こえなくなった。カカシの木を見に行くと、スーザオが地べたでもんどりうっていた。左腕が変な位置で曲がっている。完全に腕が折れている。
「喰らったのか? 戦技使っただろ。同じ力で返ってくるんだぞ、馬鹿なのか?」
ルキウスはあきれた。
「……全力でなくては行にならん」
スーザオが苦悶の表情でどうにか言った。
「そんなの頭に来たら死んでるぞ」
ルキウスはスーザオの近くに柿のへたが落ちているのを見とがめた。数が少ない究極柿を目聡く発見したらしい。
「お前、カキ食っただろ。それ食べると興奮するから、お前みたいなのは駄目だって」
スーザオは「ああ!」と叫びつつ折れた腕をつかむと、曲がっていた腕がどんどん真っすぐに変形して、腫れもひき治った。
「へえ」
「これはつまらん!」
スーザオが荒い鼻息を噴いた。
「訓練に面白さを求めるなよ。世の中は厳しんだよ」
スーザオがぎょろりとルキウスを見た。
「お前は強いな?」
「え? ああ、まあな」
ルキウスが答えた瞬間、軽い手刀が来て、彼は軽く避けた。スーザオは強烈に目を引っぱり上げた。
「お前がいい」
スーザオの首を刈る蹴り、それをルキウスはたやすく腕で受けた。
「その顔で言われたくない言葉だな」
スーザオが極限の踏み込みでフックを放った。
ルキウスは瞬時に開脚しつつ姿勢を低めた。完全に開いた脚を地を掃くように半回転させる。
敵の視界から瞬時に消える足払い、〈風車〉だ。ルキウスが接近戦で好んで使う。五メートル以上の巨人がすっころぶとすっきりする。
スーザオももろに空中で回転した。払われた以上に。つまり綺麗に一回転して、その勢いでルキウスを蹴ろうとしたが、ルキウスは造作もなく下がった。
(懐かしい挙動だな。スキル的に可能で上手いプレイヤーはよくやる)
スーザオの連撃をルキウスは的確に受け続ける。
装備による強化がなければ押し負けるぐらいの強さ。ルキウスは掌打を受け、強引に前に出る。その勢いをのせた蹴りが胴を捉えた。バギ、あばら骨は折った。スーザオが数十メートル飛んで落ちる。しかしスーザオは即座にはね起きた。
「人がぽんぽん死ぬ世界では死を恐れぬ方々が多いが、お前はそもそも命に頓着がないな」
「俺が最強だ!」
スーザオの体に気がみなぎった。
「それ、いい大人から本気のを聞くとはびっくりだよ。何歳だ?」
「二十六、死ねい!」
スーザオの手に気が集中した。あれで前回、体が爆発したのだ。
「死ねってお前な」
受けるとさすがに痛い。腕の防御を狙ってきた突きを潜るようにかわし、その腕をとって全力で投げ飛ばした。スーザオが空の彼方へ飛んでいく。
ルキウスはその間に逃亡した。
そして翌日、畑作業中のルキウスの横から、スーザオの顔がぬっと出てきた。
「カニだ」
こいつの顔は常に威嚇的に見える。
「カニ? 水中のか?」
「違う。逆さになるカニだ」
「お前は言葉が少ない」
スーザオが真っすぐに逆立ちして、空中に足を残して、「ふん!」と上体を内に曲げ、腹筋するような動作をして、立った。
「ぶら下がって逆さになれる、訓練道具な」
「カニは横にいろいろ付いてる」
「いろいろを言えよ」
ルキウスは木を曲げて、何に使うのかよくわからない構造の多い訓練器具を作ってやった。スーザオはそれで回転したり、地面と平行になって腕立てをしたり、手足が入り組んだ体勢になっている。掛け声が「殺す、殺す、殺す」なのが気になる。
「負けたから訓練に移行したのか? まあ仕事だ」
そうしていたら、終わり頃にスーザオが来た。
「岩をよこせ」
「なんの岩だ」
「持ち上げる岩だ。黒くて重い」
圧縮した鉄くずをくれてやった。
その翌日、ルキウスが出社すると、割れたスイカを持ち帰る貧民たちを目にした。運ぶのに割る必要はない。ルキウスはこれをなんの現象か理解しかねたが、割れ方を見て途中で察した。拳の跡がある。
案の定、スーザオが正拳下突きでスイカを割っていた。無限に割れたスイカが転がっている。
「セイッ! セイッ! セイッ! セイッ!」
「スイカを割るんじゃねえよ、カラスかよ」
「これの形がちょうどいい」
スーザオはちらりとルキウスを一度見て、すぐにスイカ割りに戻った。
「とにかくやめろ。本当に頭を割るぞ」
その翌日、畑に出ると作業をする前にスーザオが立ちはだかった。こいつはここに住んでるのか?
「棒を出せ」
スーザオが言った。
「こっちは珍しくもずっと真面目に働いてんだよ。お前は何をやってる?」
「修行ができん!」
こいつは常に自分が正しいという調子でしゃべる。
「お前は私をどう認識している?」
「木の人」
「……じゃあお前はなんの人だ?」
「照霊寺が勝空羅天、スーザオ!」
張った声が木々を騒めかせた。
「あんまり説明になってねえ。その寺にはお前みたいのがいっぱいいるのか?」
「そうだが、俺が最強だ!」
こんなのが大勢いたら社会が成り立たない気がする。ルキウスは仕事があるので放置したい。
「なんの棒だ?」
「真っすぐだ、これぐらいの」
スーザオは筋肉質な腕で長さを示した。
「ああ、棒術の棒か」
ルキウスが棒を渡してやると、スーザオはしばらく触って力を掛けたりこすったりして頷いた。その次には強烈な突きを放った。
「死ねい!」
ルキウスが絶え間なく放たれる突きをかわし続ける。事前に、魔法で目と敏捷力を強化している。ルキウスでも普通に素手では相手にできない動きだ。
「恩知らずってレベルじゃねえ」
(素手特化ではないのか。となると強さを、レベルの評価を上げないと)
「言っておくがその棒は乾燥してない。木を変形させただけだ」
「問題ねえ、気は通る」
「生きてるって言ってんだ。拘束しろ」
スーザオが握っていた棒が、いきなり大きくしなった。そしてスーザオの上体を巻く輪となり腕ごと締めあげた。
「なにぃぃ!」
スーザオが力づくで輪を外そうとしているが、軋むだけだ。
「私は触れなくともちょっとがんばれば植物に干渉することができる。生だとやりやすい」
「足は動おぉくわ!」
スーザオが頭から突撃してきた。ルキウスは簡単にその頭を押さえ、下へぐいっと押した。
スーザオは足からどぷんと土に沈み、完全に土中へ消えた。土は滑らかに波打っている。そこから勢いよく「ゴハッ」と顔だけを出して落ち着いた。顔は乾いた土まみれだ。
「そこは普通の土を入れておいた。泥沼で泳ぎでも覚えてろ」
ルキウスが手中に泥団子を生み出し、スーザオにポンポンと連続して軽く投げた。
「ぬう!」
顔だけ出たスーザオが泥まみれになり、足でばちゃばちゃやっている。
「こいつは魔法か! ならば、コオウッ」
気が放たれると同時に、泥は波打つのをやめた。固い土に戻っている。
「馬鹿、お前、解呪したら普通の土だ」
スーザオは、波打つ形状で固まった土から顔が出た状態で固まっている。顔の泥は消えた。
「ハッ」
地中がバンッと爆発して、土をまき散らしながらスーザオがロケットみたいに打ち上がった。足元で気を爆発させたらしい。枷だった棒は取れている。
「降りてくる前に逃げよう」
ルキウスは逃げて畑を変えながら農作業を続けた。
翌日、ルキウスは真面目に暗いうちから畑作業を始めた。
「今日はいないのか」
見回してもどこにも誰もいない。それはそれで落ち着かない。
「そもそもなんであいつはここにいるんだ? ああ、全員が仕事にかかりきりで聴取が後回しになってんだな、ん?」
木陰に茶釜があった。普通の茶釜ではない。黒と黄のぼさぼさの毛の尻尾が出ている。
「この尻尾は……」
茶釜は一瞬でスーザオに変形して立った。しかしやはり尻尾がある。
「来やがったな、勝負だ! 昨日から気を練ってきたぞ。今の俺は最強だ」
「尻尾生えてるぞ」
ルキウスは熱が釣り合わないだるい調子で返した。
「何を言っている?」
スーザオの胴着の後ろから尻尾がのぞいている。
「お前のけつから出ている尻尾だよ」
スーザオは尻を確認して、自分の尻尾をつかんだ。
「なんだこれは!?」
驚愕の表情だ。何度も引っぱっている。
「自覚がないのか? お前の尻尾だって」
「尻尾、尻尾? うむ……どうでもいい。勝負だ」
スーザオは後ろを気にしていたが、考えるのをやめ、力を入れて構えた。
「お前タヌキだろ。お前の一族もそうじゃないのか?」
タヌキはキツネより筋力、体力に優れ、同じように幻術と変化術の素養がある。そして休憩モーションが茶釜なのは、この種族固有の茂林霊僧だけだ。尻尾以外には特徴が出ていないが、戦闘力を上げようと意識した結果、この形態になっているのかもしれない。
「何を言っていやがる?」
「お前の寺、体を大きくしたり、一部を物に変える技があるんじゃないか?」
「なぜ知ってる!?」
スーザオが強烈な不審を表した。
こいつと話すのは疲れる。反応からして、ほかにもタヌキがいっぱいいるようだ。一族の血筋が維持されているなら、ネズミのように古い伝承が残ってるかもしれない。
「そもそもお前は何しにこの町に来た?」
「緑のニョロニョロを倒すためだ。無限にある塊だ」
心当たりがありすぎる。ルキウスは関わりのないふりをする。
「あー、そうですか。なんで倒すんですかね。一族の宿敵だとか?」
「違う。夢で見た。負けた。強かった。倒す」
(なんの関わりもねえ)
「あれは森の神らしいぞ。東でも顕現したんだ。よろしくやるべきじゃないか?」
「神でもかまわん。勝つまで殴る」
「いや……なんでここなんだ? あれは森の神だから森だろ?」
「イカレジジイが北に行けって言ったからだ」
「いやいや、森の神は森にいるんだよ。そうだ! 邪悪の森に行けよ。あそこは強いのが山ほどいるぞ」
「たしかにいた。だが、なんとなく、お前から倒していくのが正しい気がする」
(この世界は、勘に従うが意思決定手段として定着してるな。これは反論のしようがないから困る。このタイプは詐術が効かん。別の糸口を)
「お前の敵は帝国だろう。そういう流派と聞いたぞ」
「帝国は全部殴る、ほかは強いのだけ殴る」
「なんでだよ、帝国だけ殴れ」
「照霊寺は最強でなければならん」
「私も帝国と戦う予定だぞ。味方が強い分にはいいだろう?」
「照霊寺は最強だ」
「だから会話にならねえ」
ルキウスが目をそらしたとたん、スーザオが来た。
しかしルキウスに達する前、大地から鋭い枝が数本突き出た。スーザオがぎりぎりにのけ反って足を止めた。ふたりの間は、どんどん突き出てきた枝の格子で分断された。
「お前は近距離で正面からやり合うなら強いが、場の支配者との戦闘には向いてない。広域破壊手段がないからな」
スーザオは突き出た枝を蹴りでなぎ払った。
「触れることもできんよ」
「それはほかにも言われたぜ」
スーザオは前に出た瞬間、横からの攻撃で吹き飛んだ。全身をしならせた木の体当たりを受けたのだ。
「お前が折るから、木の皆さんが怒ってるんだよ」
スーザオが体勢を立て直そうとしてが、別に木に上から殴られ、歯を噛みしめた。
「私は自然祭司だ。森で上をいく人間はいない。ここの土も少しばかり良くなってきた。そしてここの木は死角のない行間で配置してある」
スーザオが次から次へと枝に襲われる。ルキウスはゆっくり後退して距離を取る。枝は少しずつ折られているが、ふたりの距離は開いていく。
「お前、植物に効く技もってないだろ?」
スーザオの手をわずかに揺らぐ火のようなオーラがとりまいた。赤い腕が振り抜かれると、炎が上がり黒炭となった枝が折れた。さらに枝の接触面から爆発的に火が広がって木の全体に引火した。
(こいつは幻術だな。気の変化を通して、感情やらを現象にしている。やはり純粋な格闘型の武僧ではなく、霊僧。心覚兵に負けたと聞いたが、この腕力、装備のぼろさを考えると、霊僧ならレベル八百以上だぞ。計算が合わない。帝国は心覚兵向けの武器の思念石を生産できない。材料になる生物がいないから。それで軍服の装飾の術式を代替としている。つまり上のほうで六百ぐらいだ。こいつが負けるのは違和感ある)
スーザオが猛烈な勢いで炎の腕を振り回し、木を焼き払い、ルキウスに迫った。
「とはいえまあ、気の量は知れている」
根で歩き出した木がスーザオにのしかかる。さらに一本、二本と木が増えて、がっちりスーザオを固定した。木はどんどん燃え尽き炭になるが、次々に木が追加される。
「ぬう、くそ!」
スーザオの全身が赤い気で覆われた。スーザオを押さえた木々から白煙が立ち昇っている。それでも木は動かない。
「……熱くないのか?」
スーザオが押さえ込まれた状態で、唯一自由な頭だけを上げた。
「言っておいてやる! お前よりイカレジジイのほうが強い」
「誰だよ? さっきも言ったか」
「邪悪の森に住んでるジジイだ」
「住んでる?」
ルキウスは何度か邪悪の森を探査しているが、外周部にしか人は住んでない。これは悪魔の森と同じだ。
「そうだ。真ん中にいる。あれにかなり鍛えられた」
「真ん中? お前の寺の人か?」
「寺は山だ。あれは人間じゃねえ」
「鍛えてくれたのではないか?」
「鍛えられた、が、あれは普通にしてただけだ。いや、息もしてたかどうか。行雲と同用。意志ってものが感じられねえ。石みたいにじっとしてかと思えば、奇声を発して走り回る。いきなり視界から消え、気が付いたときには足元にいる。かなり長い間、ぶつぶつと独り言を言って、会話が成り立たん。だが強い。誰よりも強い」
(不思議現象か?)
アトラスには不思議現象――WOが存在する。
後ろから肩を叩かれるが振り返ると誰もいない、とか、急に一定時間歩行速度が落ちる妖怪赤足みたいな怪現象。
ある種の地形、建築物もある。物を投げ込むと、別の物に替えてくれるアイソーポスの泉など。(呪われた物体でも必ず受け取らないといけない。泉から出てくるおっさんが地味に顔芸を仕掛けてくる)。
物体や生物の姿である場合もある。
ほぼクエスト内でしか出ない動く肖像画のようにどうでもいいものから、一度見た場合、一定時間視界に収めていないと大ダメージを受けるストレンジャードッグのように対処方法を知らないと即死するものまで、山ほどある。クエストで使える、あるいは障害となる特殊なギミックとしての性質が強い。一部にはコレクターもいた。
そのたぐいかもしれない。とすると普通に倒せる相手ではない。
現象であって生物や物体ではない。つまり非破壊オブジェクトだ。特殊な手段で消滅させるか、ある種のハメ技で行動不能にするか。
しかしこの世界では普通に壊せる可能性もある。
「ふーん、へえー」
ルキウスは考えていたので、曖昧な言葉を出した。
「あれはお前より強い」
スーザオはいっそうムキになった。
「言っておくがな、お前なんぞ本気で戦えば、裸で勝てるからな」
ルキウスはちょっと不機嫌に言った。
「最強は俺で、俺が最強だ!」
スーザオが怒鳴った。
「その格好でよく言う。まあ、がんばって外してくれ」
ルキウスは煙がくすぶるスーザオをおいて農作業に向かった。いろいろと考えつつ、作業しているが、画期的な解決策はない。
(あれ、人格傾向的に、自分よりレベル・ステータスが高い敵に対してステータスアップ系のスキル積み上げてるんじゃないか? 〈野放図〉〈果てなき闘志〉〈千引砕き〉〈最強への挑戦〉〈格上殺し〉〈旋盤に真理あり〉〈道中の極み〉とかの)
日々のスーザオを挟んだ農作業だが、思いつくことは大体やった。しかしよい結果は出ない。
「食えるものを片っ端から植えたが、不安定過ぎて取れ高が計算できん。市政もまだ混乱してるし、一度マリナリとしっかり話すしかない。そもそもここの食料はどうやってやり繰りしてたんだ。貧民と軍人を引いても無理に思える」
ルキウスは軍基地に戻った。ここは緑化機関の本部になっている。仕事は農地の管理、浄化、緑化で、従業員募集中だ。機神、森の神部門の信仰者も募集している。
彼がここで育てた大樹を変形させた生きている家が、名目上の住居でもある。ちなみに市民に家を造る仕事も残っている。定期的に帰って子供の様子も見ないといけない。死ぬほど忙しい。スーザオしか娯楽がない。