転生
人
コモンテレイ市は晴天だった。どこまでも続くように思われた閉塞と、同時に何かが這いよる雰囲気は一夜の祭りで消えた。
替わって街頭には、得体の知れぬものに覆い尽くされた不安と変化への期待が渦巻き、もわっとした非日常感が継続していた。
「前のめりだな」
作業服をほこり混じりの油で汚したアルトゥーロが言った。
「すぐに軍が仕掛けてきてもおかしくないんだ。焦るだろ」
【赤のまなざし】のヴォルフ・ホーネッカーが答える。眺める先はへこみがある赤い戦車。
元軍基地の整備工場には、多くのハンターの車両が整列していた。ギルドの整備士も出張している。ガコン、ガコン、バンバン、ギリギリと生々しい金属の音が競っている。戦車の砲塔が吊り上がっていく。
「望遠監視体制ができて、いいレーダーも回ってるさ……どこに電子回路入れるか」
アルトゥーロは机に置いた名簿に目をやりつつ、車輪を外した。
「それ信用できるのかよ」
「あんたは疑り深いな。軍が死蔵してた標本を俺が修復したんだ。ほかの連中は喜んで取り付けてる、だいたいは」
アルトゥーロは戦車の接合部を見ながら、箱に詰まったビスを手探りしている。
「見たこともない装備を並べられれば、そりゃ使う。だが町の防御は問題だらけだ。あのピッカピカの神様が連日晩にこっそりやってきて、町の三方を囲ったが、ここには長距離砲があんまりないし、軍が本気になれば爆撃が来る。そもそも接収しても戦争向けの装備はないんだ」
ヴォルフが工場の外を覗くと、白い巨樹がよく見えた。
「なら母国に付こうとは思わないのかい?」
「これまでで一番の自由だ、捨てるかよ。神様は大戦前の装備の使用を原則的に認めた。掘り出した装備を手放さずに済むんだ。分析に回すしかない故障品はともかく、良品なら誰だって使いたいと思ってる。夢が叶ったんだからな」
ヴォルフの瞳はらんらんと輝いた。それは額のゴーグル以上だった。
「制限はあるがな」
「神代の広域破壊兵器に、呪詛やら隠密関連装備だろ。そりゃそんなもん持ってる奴がそこらを歩いていたら怖いさ。反発はしない」
「そうか」
アルトゥーロは小さな円盤を戦車に張りつけた。これは計測器で、材質が視界に映る。
「しかしまあ、東の魔術じゃ事件が起きても追う自信があるってことだな。一時間以内の特定の単語を吐いた人間が液体を垂らして見える魔法があるってな。変わってる。つまり道端の川を追いかければ本人様にご到着か。特定の人物が目に入った人間の瞳が光って見えるとかも聞いたな。……それ検査なの?」
ヴォルフが、アルトゥーロが様々な小道具を出して車体や部品の近くにやっているのを不思議そうに見ていた。
「故障個所を正確に理解しないと〈修理〉は発動しない。知ってるだろ?」
「知ってるがよ。さっき信じがたいことをやったよな」
アルトゥーロは、少し前に【砂嵐隊】に修理計画についてあれこれ文句を言われた時、無言で彼らの歩兵戦闘車をレンチの一叩きでカツンと分解した。彼はガチャーンと床に散乱した部品を、目撃者が硬直するなかでしばらく見渡すと、そこにいくつかスクラップを軽く投げ入れた。スクラップは何かしらの部品に成形され、部品が次々に動きだし一瞬で車体が組みあがった。
それから彼に文句を言う者はいない。
「あれは精密機器の欠けがなかった」アルトゥーロは視線を赤い戦車からヴォルフに戻した。「こいつは交換を勧める」
「中は酷いのか!?」
ヴォルフの声は若干裏返った。
「いや、これより上の車体が余ってる。戦車は少ないが上位の操縦者には支給するように言われてる」
彼が見ていたのは、戦車の部品の消耗具合や、傷の位置だった。
「愛着があるんだがな、自分で発掘したフレームだ」
「四世代更新だぞ。空も飛べるようになるぜ」
「……は?」
ヴォルフは困り顔で固まった。
「ジャンプと表現するべきだが、崖越えはやれる。プルスオンブースターによる姿勢制御だ。より軽量で頑丈なフレーム、装甲は竜鋁合金に反発サイキックシールド。主な装備は、全方位モニターシステム、呪圧対応レーダー、レーザー自動迎撃、至近迎撃用衝撃波、貧弱だが小型対空ミサイル二基、自動索敵情報処理、重圧縮電池、モーターユニットは出力三千、思念隠蔽器、中型亜空間収納庫、砲塔は魔術式多段加速を足そう。全装備に三式対有害波魔法処理。隠密性はないが、まあいいだろ。運用時の重量で三十二だな」
「それ……どうやって戦う?」
ヴォルフがいくつか理解できた単語がすでに伝説級だ。
「お互いにブースター加速で砲弾を緊急回避しつつ、粒子砲は散らすかそらす。機銃の粘着弾や地形干渉弾で行動を阻害し、動きが鈍ったところに戦技を当てる。敵が前衛なら取りつかれないことだ。しがみついたら離れないぞ」
「戦車の話をしているんだよな。というか、今のを手づかみする奴が東にはいるのか!?」
第七世代までは、装甲と機動力で砲撃戦を行なう常識的な戦車だ。それは脚付きの多脚戦車でも同じである。接近戦用以外は、世代が上がると迎撃能力が向上し、通常装甲は薄くなる。
第十世代に行きつくと、戦う敵や状況に最適化されて質が分化する。
空間歪曲シールドを展開して自己を砲弾とし、爆発的に上昇して滑空し、ジャンプして上から敵戦車の上部を砲撃し、機銃でハリネズミのように体を覆い、小さな車体で歩兵と共に建物に入り、建物の壁をよじ登り、地中に潜って隠れる。
「戦車の配給者は少ないぞ、機装は山ほどあるんだが。ああ変わり種の戦車もあるな。紙製に、球形とか、足こぎの。こいつは勘定に入れてない」
冷静な整備士は、錯乱する車長を無視して事務的に勧めた。少ないといっても戦車を五台は手作りすることになる。大仕事だ。車体の加工はボックに頼まないといけない。
「赤く塗れるか?」
「カメレオン塗料でやれば、色は一時間ぐらいで自由に変えられる」
「なんでもありだな……活動時間は?」
ヴォルフはひとまず受け入れて話を勧めることにした。彼にとって最重要は色だった。
「走行だけなら継続して五十日」
「化け物かよ!」
「本来なら主砲も電気になんだよ。迎撃レーザーを撃ち続ければ、一日もたない。その前に装備がいかれるか」
「わかった、乗り換える」
「なら早く装備を決めてくれよ。一台一台かからねえとならねえ」
ふたりは話し合って条件を詰めていった。
「荒野を安定して走れ、壊れにくく、多くを牽引できるってのが一番大事だ」
ヴォルフが納得して言った。
「意図的に重めにしたほうがいいな。しかし。まだお宝を掘るのかい?」
「当然だろ? 俺たちはトレジャーハンターだぜ」
「仕事を受けているだけで、これまでと違う収入になると思うが。ああ、当面は現物払いだっけ、それだって割に合う。この換装だって、大戦前の最高品質にはなるはずだぜ」
「関係ないね。大地に埋まった物がすべて掘り出されるまで、いや、無くなっても終わりはしないのさ。大地には無限の未知が埋まっているからな」
「そうかい」
アルトゥーロは繰り返しうなずいた。そこに外から陽気な声がかかった。
「見ろ、アルトゥーロ! 運転だって完璧だぞ、できるからな!」
赤い不死鳥の仮面を着けたルキウスが、工場前を自転車で颯爽と駆け抜けた。
彼は駐車された長い車列の上をガタンガタンと走り、後輪走行に移行して宙返りしながら走り、さらに建物の直角な壁を器用に駆け上がり、屋根から屋根へ飛びうつる技を見せつけた。
そして華麗に道路に着地して――ボガンとトラックにひかれて視界から消えた。
「東の人は交通規則を覚える必要があるな」
ヴォルフが呟いた。アルトゥーロはいまいましそうに舌打ちした。
「いやあ、遅れた。ちょっと悪い奴にひかれちゃってっな」
ルキウスは機神教会の裏手の墓地に到着した。自転車のタイヤに乗ってその上で走って回す推進形式で。
レミジオがそれを複雑な表情で出迎えた。
「言われたとおりにしたぞ」
「よしよし、ここは土が無いからいちいち困る」
ルキウスがやって来るなりしゃがんで触ったのは、ふかふかの土。白い砂利ばかりの一角が大きめの石で棺のように区切られ、その内に土がある。
「……同じことを言うな。で、明日はこれで奇跡を見せてくれるって」
ここでやっとルキウスはレミジオを確認した。
「あんたが銃司祭の人か」
「教会からは出た。司祭じゃねえさ」
「なら二丁拳銃? 普通の銃名人ではないよな」
「呼び名にこだわるな」
「気になるものな。その格好で、いかすね」
アトラスなら六連拳銃は無理だ。魔法で別の武器を引き寄せたり、無限装弾できるので必要もないが、ゆったりとしたトレンチコートを押し上げる銃、見た目的にルキウスが好きな側面に武器が多いタイプだ。
「そのなりで言うのかよ」
ルキウスの武器は杖ではなく、背中の長剣二刀流になっている。
コモンテレイの基準では誰よりも奇抜だった。先日までは。今では悪ノリした文化主義者が、希少な生地を消費して前衛的な衣装を製作していた。これはどんどん投入された神代の映画の影響で、参考元は宇宙系のモンスターであった。
「東じゃみんなこうだ。みんな……ここは人が少ないな」
ルキウスは周囲を見渡した。教会の窓からこちらを見ていた五つの顔が一気に引っこんだ。
「大半は出ていったよ」
「残った人もいるってことだな」
「この町に特別愛着があるか、生贄的献身だな」
例外的に声をかけてきたのはメルセンだけだ。彼はたまに遠くからこちらを覗いて引っこむ。
レミジオはそちらをあごでしゃくった。
「あれはこっちで出世するほうが上だと判断した人間」
「そいつは目鼻が効く」
「なあ仮面の人」
レミジオは横倒しになった古い墓石に座った。
「ルキウス・フォレストだ」
「あんた、マリナリと同じ口だろ?」
「なんのことだね? 私は常識人だ。それで同じ赤三ツ星ハンターだ、よろしく頼む」
ルキウスが自分のタグを持って見せた。
「絶対に同じじゃねえ。あの次の日にはいたじゃねえか。何をどうやれば東から一日で来れる? 森を突破できてもひとつきかかりそうだ」
「自然祭司は森が得意だ、問題ない。あとは荒野を走ってきた」
「おかしい事からおかしい事しかやってねえ。自然祭司はそんな化け物じゃねえ」
「帝国にいるのか?」
ルキウスは不思議そうにした。
「西部で畑見てるか、貴族の庭見てるかだ。でなけりゃ南北の自然地帯での敵だろうよ」
「へー、そんなものか。こっちは森の神の導きがあった。それで特別に急いだ。余裕余裕」
「あれは機神だということになっているがな」
「機神の森の神バージョンでいいだろ、そこに含んでるんだよ。配慮してるんだぞ」
「東に機神はいるのか?」
「いるわけがない。田舎の一つの神殿だけで、五、六は神がいるからな」
「そうか、そうだろうな」
「とにかく私は森の神を信仰する方々と協力する。できれば神父から教会にも口利きをだな。教会の中も見物したいし」
ルキウスが教会を見ると、また顔が一斉に引っこんだ。
「あのな、ラリー・ハイペリオンにあんな伝手があれば、もっと普通にやったさ。ハイペリオン家は代々篤志家で調和を好む。仲間も多かったし、各所に話を通しただろうよ」
レミジオが疑いの目を向けたところで、ルキウスは目の前の土にさっと視線を戻した。
「で、誰かさんは埋めたな。足がはみ出したりしてないだろうね?」
「エイス・ウォーカーだ。見てのとおり、十分な大きささ。本当にできるんだろうな?」
ウォーカー司祭の死体は浄化しての土葬になっていた。それを掘って、この土の中に埋めてある。
「金はかかっているぞ」
「そいつは機神教会でも直接言わねえぜ。森に、東もせちがれえ」
レミジオは軽く顔をしかめた。
「教会は偉ぶってるんだな。あっちの神殿は率直だ。奇跡には希少触媒がいるのでそちらで用意してくださいとか言う。まあ、転生のコストは復活に比べれば知れてるし、対象に適性があれば誰でも転生できる。その適正持ちが少ないが」
「ここには植物になりたいなんてやつはいねえよ」
「畑を耕してる人なら愛着はあると思うがね」
「いやあ、ないだろうな」
ルキウスも本当はわかっている。帝国には自然がない。農作物は食べ物としか認識されていない。パンになりたいとは、子供でもなかなか言わない。
それに、植物になりたいとか石になりたいは、人間社会と縁を切りたい心理状態だ。普通はそうならない。特別な人格、願望か、単に世の中が嫌いだったのだろう。
ルキウスは話しながら、セイバの枝でドルイド文字を土に書いていく。
「転生ってのは秘儀だろ。そんな安くやっていいのかよ」
「だから安くないって」
ルキウスはそっけなく言った。
「金額の話じゃねえよ!」
「人手が足りない、畑を見れる人がいないっていうから植物と話せるものを作ろうというんだ。こんな機械だらけの場所に妖精は呼べない。大惨事だ」
「ずっと話しているが集中できてんのか? 本当にそれで発動するのか」
「なんとなくそれっぽい言葉を書いてるだけだ」
聞いたレミジオは無反応だ。
「作り変えるイメージだよ。読んでやろう。まず肉を筋に沿ってまあまあちょっとに切って、塩と黒胡椒と薄力粉を揉み込む。毒がないキノコに、ニンジンなどの野菜を切る。肉と野菜などをそこそこ焼く。鍋に焼いたのと、タイム、ローリエ、味噌を入れて、強火で肉が柔らかくなるまで煮込む。子供が食べられるぐらいまで。煮るのに飽きてきたあたりではちみつを入れる。鍋から中身を出して皿に置く。食べられる葉っぱを添える。これでルキウス風鹿肉煮込み。絵も描いとこ」
ルキウスは皿に載った料理の絵を描き加えた。次に亜空間袋から農作物をぽんぽん出して、空白部分の土の上にどんと置いていく。一部に農作物以外もある。
「感性に従えばいい。季節に合いそうなカボチャ、乾燥した地質に向いたスイカ、立てるのによさそうだったトウモロコシ、今日食べたい気分だったシカの味噌漬け。それに再生とか生命は得意なほうだ。あとは本人の自主性を尊重」
ルキウスは愉快そうに笑った。レミジオはまったく信じていない顔だ。
「術式は緻密に意味が重ねられ相互に支え合うものと認識してるが」
「私の気が乗りやすいように工夫している」
「昔、作物もそれなりに調べたがこいつは知らない。ほかは図鑑で見たな」
レミジオはこの儀式の理解をあきらめてスイカを見た。
「スイカはここでも生育するのを確認している。主食にはならないが、なんせ土が悪いから育つものを優先。カボチャ、トウモロコシは当面の主食候補だ」
ルキウスは立ちあがった。
「下準備は終わりだ。このまま丸一日、野良犬が掘り起こさないように見ててくれよ」
「そんなもん、ここにはいねえ」
「野良豚が掘る可能性も――」
「いねえって」
ルキウスが去ったあと、レミジオは酒を飲みながらそのまま座っていた。
ルキウスは自転車のタイヤを運転して市役所に向かう。時速五十キロぐらいだ。
彼はだいたい何がどうなっているのかをこの三日で理解した。偶然の重なりだ。さもなければ、何かの因果。
確実なのは、マリナリがルキウスを騙したことだ。彼女はあの時間に呼べば、スーザオの件だと思うことは知っていた。
マリナリだけは完全に従うと思ってたルキウスは、いささかショックを受けた。彼女は制御不能なところがあったが、ルキウス崇拝だけが生きがいだと思っていた。
容疑者は「神の意を察した」と供述した。手を出しあぐねていたコモンテレイを、いくらか民衆を支持を得て奪取。文句のない成果である。
しかし一年あとでやってほしかった。そうすればいろいろと落ち着き、子供の世話ぐらいに集中できる状況だったはずだ。今は東がまだ不安定だ。
ルキウスは市役所に着いた。中に向かう人は多い。ルキウスは一瞬で一般人に変化して流れに溶けこむ。
「急いでるのかね。しかし本当に何もない街だな。料理店がなければこうなるか」
市役所内では多くの人々がああだこうだとまとまりようのない話をしていた。そこを抜けて議会がある三階へ向かう。
そこにはマリナリとラリー・ハイペリオンがいる。
マリナリはラリー・ハイペリオンの依頼で派遣されたことになった。これは予定どおりで、そもそもそうやって有力者に潜りこむはずだったが、レミジオに拾われたので予定が変化していた。
ラリーは作物の生育状況、収穫量の記録を付けていたところを、ルキウスの「町盗ったから」の一言で引っぱりだされた。
つまりコモンテレイの古い有力者であるハイペリオン家の帰還。
議会ではラリーが自らが経験した神の恵みについての演説をしている頃で、マリナリはその流れで神の代理人として市の相談役になる予定だ。今は出番を待っているだろう。
ルキウスは傍聴席に向かう流れからはずれて図書室に入った。ここまでとうってかわってひとりしかいない。人の良さそうなおじさん――厨頭鼠だけだ。彼も普段と顔が違う。
「町の状況は把握できたか?」
ルキウスが厨頭鼠の隣に座った。
「状況からすると治安は良好。あなたが追加で大量に運んできた神代の映画を見る権利を協力者に分配したおかげで、奉仕者に手を挙げる者は尽きない。アピールのためにやりすぎる心配があるが、彼らは必死で治安を維持しています。無論、各部隊に人を入れております」
厨頭鼠は淡々と答えた。
「軍事力の確保が最優先だ。不正はあとで調べればわかる。しかし映画は大衆向きで使いやすいな。未知の娯楽を死ぬまでに見たい気持ちはよくわかる。普通はどれだけ金を払っても無理だ、つまり大金を得たに等しい。私も千年後の文明が見たい」
「映画館が役所化したことには少々困惑していますが。力づくで押し入ろうとする者もいるので、もっと警備が必要です」
「でかいゴーレムを入口に設置する。戦車を一撃で粉砕できるのを」
「使える映画館が七館ありますので、そちらも使えば奉仕者を増やせます」
「上映装置は複数あるが、まだ安定したとは言いがたい」
形式は異なるが、仕事部屋、客間に一つずつある。二十ぐらいは外に出しても問題ない。
「そうですな」
「それで、返事はあったか?」
「里は混乱しており、説明を求めております」
「そりゃあ、そうなるだろうな」
「しかし、帝国と敵対する勢力の出現は歓迎するでしょう」
「それもそうだろうね」
ルキウスはこうしているとアトラスでのNPCとのやりとりを思い出す。アトラスで情報を得る手段は、自前の観察・実験調査、人へ聞き取り、書物などの記録。
ルキウスはアトラス内の書物を読まず、野外で魔物を尾行して習性を調べたり植物を観察して効率的な採集時期を判断することが多かった。特殊な狩り方や採集手法では特別な素材が得られる。普及していない知識で彼や森の仲間が知っているものは多い。
彼が目を付けておいた採集場所で、他プレイヤーが中途半端な時期に採るのは彼を怒らせる原因の一つだった。
そして人の相手は苦手だ。受け答えで意図と違うクエストを発生させたり、事前の説明から想定した状況からかけ離れた状況で戦闘になることもしばしばだ。
厨頭鼠はオーラに揺らぎがなく感情が読めない。動きがないから、積極的に騙しにきてはいないともいえるが、彼から情報が外に出る前提で話すのが無難だろう。
「あなたが行って一発かませば、非常に友好的になると思われますが」
「嫌だよ。関わる場所を広げたくない。この周囲だけでも広すぎる。質より数なんだな、軍は警備として優秀だった。大勢は一万死んでも変わらない。死んでもいい人間って大事なんだな」
正直なところ、市民を食わせるだけなら都市を放棄して、森の近くに移住させ、土のいい森を農地にするほうが楽だ。しかし、それだと工業力を失う。今なら技術者と設備がセットで手に入る、捨てれば次の機会はないかもしれない。
となれば、ここが勝負所だ。
「帝国軍は数を考えれば訓練されているほうですが」
「そんなのは全歩兵にレールガンと運動補助装甲を配備してから言ってくれ」
「大戦前でも無理でしょうな」
「それに知ってるんだろ? 金が無いんだ。一気に深刻になった」
大魔法の消費は大きい。
「それを具体的には理解しかねますが、なら軍の集結前に峡道を崩そうとは思われないので? あの細道を崩せば帝国は未回収地に入れない。かつてはギルイネズ内海の水運と、浜辺の道があったといいますが、魔魚が狂暴すぎてとてもとても」
「ああ、魚か、海の魚、食べてないな。半島は魚食べないの?」
ルキウスは平然と話をそらしたが、厨頭鼠は普通に応対した。
「魚は外海物が普通です。内海の魔魚はまさに砲弾のように飛んできます。討伐はしても漁とはいえない。毒がないものは食べられますが、ハンターなら赤星以上の仕事です。でなければ大規模な術式を用います」
「食料要るし取りに行くか。ずっと畑作業は飽きた」
「猛烈な勢いで木が増えていますが、あれに何かしらのコストがかかっているということでしょうか?」
「あれは一本一本普通にやってる」
「……普通の基準がわかりかねますが」
「一本を成長させるのは魔力消費だけだ」
「驚異的ですな。神代ならば普通ですか」
「誰でも得意分野なら消費触媒省略での標準発動ぐらいはできる」
「理解できませんが、覚えておきます」
「あとな、戦争をやるなら引き込んでやる。それに限るだろ」
ルキウスが視線を送った。
「そこは定石ですが、防衛機構はありません」
「……家財を売り払えばなんとかなる。それに半島はこっちで争ってほしいんだろ?」
「私はこちら側です」
「同朋が住んでいるはずだが、無視できるのか?」
「別に危機的な状況ではありません。それに彼らも遅れて理解します」
ここまで厨頭鼠の表情には動きがない。ルキウスは話を変えた。
「土精は、名前も容姿は伝わっていないんだな」
「伝わる話では、非常に派手で明るい銀河のような毛並みと聴かれておりますが、不確かですので、これを回答とはできかねます」
「土精の髪は、派手で多彩が基本だから、普通だな」
「これも普通ですか」
「ああ、それで行く先々で違う名前を名乗ったってな……ああ、そうだ、地下構造の地図くれ。土を掘ったらすぐに構造が出てくる。畑作るのに邪魔で邪魔で」
「用意しておきます」
「あとは何か……醤油知ってるか?」
「ええ、要りようで?」
「私は要らないが、トラが食べる」
「東部なら普通に輸入できますよ。北と関わりのある商会があるはずです」
「そうか、知らなかったな。私は畑に戻る。とにかく食料を生産しないと」
ルキウスは立った。
「畑に泥棒が出ているという話が来ていますが、警備を配置しますか?」
「不要、食わせるために作ってる。分配の手間が省けていい。それより畑を越えて外の森に入らないように徹底させろ。警告はあるが、死ぬからな」
ルキウスは窓から図書室を出ていった。
「ふむ」
厨頭鼠から視ると、メルメッチの上司として紹介されたルキウスは、隔絶した上位にある。一つ上とかではない。
ルキウスを紹介された時、メルメッチは彼の体の上をグルグル這いまわっていた。
完全に甘えている。それはメルメッチの性格にしても、ルキウスは寛容で、度量が広い。メルメッチが土足で頭の上に着地しても怒らない。耳にぶら下がった時は逆さ吊りにしていたが、メルメッチは喜んでいた。
寛容という気質は、ある序列の頂点か、一匹狼だけで許される。上の要求に追い立てられ、顧客にせっつかれる立場の振る舞いではない。
(いまひとつ、どんな方かわかりにくい……目的が読めないからか。帝国への敵対心は確認できず。非戦的でもない。自然崇拝も感じなかった。慈善的でもなく世俗の欲もなし。それに積極的な性格なのに、受動的に行動している感がある。何かの準備を待っているのか)
翌日、ルキウスは教会の裏手にやってきた。レミジオ以外の神官も揃っている。ルキウスは祭壇を確認した。
「誰もつまみ食いしてないだろうな」
「こいつが食べ物だと知らないしな」
レミジオが答えた。ほかの神官は顔を引いて位置が遠い。
「すぐに始めよう」
ルキウスは土に手を突いた。
「善き人、エイス・ウォーカーよ。新たな生を与える。芽吹け」
土からぼこっと右手が出た。人間的な構造の腕だが、色は植物的ですべすべした緑。同様の左手も出る。そして緑の上体が起こされた。土から現れた頭は大きなクヌギのドングリだった。
「……なんで顔がドングリになった?」
ルキウスは困惑した。普通は編まれた草玉だ。
「おい、大丈夫なのか?」
レミジオがルキウスに寄った。
「機能に問題はないはずだ。これが草束人だ」
「はじめまして」
ドングリマンが立ってあいさつした。人に近い両足は筋肉の流れを模した茎の束で、足の裏は白く細い根が厚く茂る。
「よし、君の名前はウォーカーだ。君の仕事はこの町の畑を管理することだ」
「わかりました」
ウォーカーはフラフラと歩きだした。
「ほら完璧だ。じゃあ、ニコリーニ神父、これの面倒みて」
「俺が? 面倒ってなんだよ」
「こんなの、街を歩かせたら確実に銃撃される。それともほかがやるのか? 見るからに警戒してるけど。ほれ、祈りだしたぞ」
神官たちから、おお神よという嘆きが聞こえる。さらに女性が失神して倒れた。衝撃が強すぎたようだ。
ウォーカーは教会の敷地を出ようとしている。一歩一歩を強く踏み込む、左右に大きく揺れる歩行だ。
「まだ畑は教えてないが、わかるのかな」
「記憶はないんだろ?」
「そもそも脳がないが。人格と能力傾向は引き継ぐから、面影ぐらいはある」
ルキウスとレミジオは道へ出ていくウォーカーに随行した。大通りを進むと、通行人の視線が集中して、すれ違う人間は逃げた。
ウォーカーは歩みはなんの考えもないように思われたが、方向を変えてある小道に入った。
そこではやや大きめの子供たちが、鉄パイプで殴り合う流血の乱闘を起こしていた。
「おお、ここの子供は元気がいいな」
ルキウスは感心した。
「腹がいっぱいになったからな」
ウォーカーは争いを認識すると、ふらつく小走りで、静かに騒乱へ接近した。そしてすみやかに間に割って入り、鉄パイプをつかんだ。
「こら、子供たち。けんかはいけませんよ」
「化け物だ!」
ウォーカーは両方から総攻撃を受けている。
「うーん、顔? に顔って書いとくか。名前もな。それなら愛着がわくのでは」
「本気で言ってんのか?」
レミジオが不安そうにルキウスの顔を覗いた。
「いや、帽子だな。まず帽子が必要だ」
「俺の帽子は余ってねえからな」
「偉いとわかるように、将官の帽子をかぶらせよう」
ふたりが話している間に、ウォーカーはもみ合う子供たちからすべての武器を腕力で奪いとった。
ルキウスが本気で作ったから、こんな打撃ではまともなダメージはない。ウォーカーが顔をぬっと前に出して「やめなさい」を繰り返している。子供たちは恐怖して逃走していく。
一部の子供はレミジオに助けを求めようとしたが、隣のルキウスが瞬時に大樹に化けたので、絶叫して逃げ去った。
ウォーカーは子供が逃げた前後をゆっくり確認すると、鉄パイプを捨てて前進する。なんとなく哀愁を感じる動きだ。
さらに進むと道端にへたりこんだ幼女がいた。
「どうしましたか?」
ウォーカーが幼女を上から覗きこんだ。
「お母さんとはぐれたの」
幼女は見上げるとびくっとして、おそるおそる答えた。
「これをあげよう、おいしいよ」
ウォーカーが手にレッドベリーをいくつか出現させた。幼女はそれを一粒口に運んだ。気に入ったのか、全部食べた。
「さあ、お母さんを探しましょう」
ウォーカーは幼女の手をとって歩き出した。
「これ成功してるんだろうな? 安全か」
レミジオが銃の位置を気にしながら言った。
「大丈夫だって。どうも子供に関心が強いな。まあ畑まで連れていけば問題ない」
「あれも俺が処理するのか?」
レミジオは小さなため息をついた。
「いい人だったんだろうね」
ルキウスは気楽に言った。
「まあな」