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神光臨 八か月ぶり、二回目

ゾト・イーテ歴 三〇一九年 六月三十日 二十二時


 ガルデンはひとりでいた。腕を組んで机に視線を落としている。机にある黒い板の上で、白い粒が象形文字を関節にした複雑な幾何学的魔法円を描いていた。


「何をやってやがる」


 声は部屋の入口から。開けっぴろげなそこで、スーザオはだらりとした鎖の先をつかんでいた。ガルデンの後ろ辺りには、ねじ曲がったドアが転がっている。


「塩絵だよ、これしかやることがない。塩は選りすぐりだ。大空洞の地下塩湖の上部で結晶化したものから一つ一つ選んだ。どれも同じ大きさで、極小の楕円形だ」


 ガルデンは板の上の塩をすっと掃いたように端に寄せた。


「できたんじゃねえのか?」

「終わったら最初からだ」


 塩がひとりでにさっと動き、瞬時にスーザオの顔を描いた。ガルデンは配置された塩に沿って板に精密な穴を空け、そこに塩の結晶を押しこみ固定した。完成した塩絵の板はすっと空中を滑り、壁に飾られた。すでに多くの板が壁を覆っている。


「それがお前のぎょうか」


 スーザオは喜びを溜めて見える。


「別に意味はない。この世に意味はない。立つ必要もないが……」


 ガルデンがここで初めてわずかな視線を送った。


「完全に射程内だぞ」

「やってみろよ」


 スーザオは自然体、攻めるより受ける気配だ。ガルデンはふーと息を吐く。


「しかし人はままならん」

「あんな所にずっといると思ったのか?」

「お前のことではない」

「あん?」


 スーザオが心外そうに眉を寄せた。


「司令め、たしかに部隊を出すことに合意したが。空間に圧を感じるから警戒能力者を置いておけと言ったものを、前線に出すとは。これではなんのために基地に待機していたのか。誰も自分が何をしているのか理解できない。欲望に従うことすらもできない」

「なんのことだ?」

「お前が道中で粉砕しただろう男の話だ。あれの気配は消えている。あの程度でも人を中心に巻きよせる引力はある」

「……特に強い奴はいなかったぞ」


 ガルデンはしばらく暗くなった窓の外を見ていた。疲れた中年の乾いた目だ。


「ここで会ったら、殺すしかあるまいな」

「ああ、そうしようぜ」


 両者に間はなし、動作なし。ガルデンの初手は腹部を貫く杭、それが現れようとした瞬間に弾けた。空間にかすかな波ができる。

 完全なタイミングでの相殺、無傷、過剰な力でもない。狭い独房には無限の思慮しかない。学ぶ時間を与えたか。


 スーザオがお返しに荒っぽく鎖を投げた。鎖が幅広く不規則に回転して空間を占有する。ガルデンは部屋のすみに転移した。そこを狙ってスーザオは駆けている。


 ガルデンは座った姿勢のまま、そこから立たずに崩れるように座り、小さくなろうとする。

 スーザオの拳が眼前に迫る。ドゴンッ、拳は壁を割った。


 転移したガルデンは書類棚と天井の隙間に収まっている。スーザオの切り立った頭髪の分かれ目がよく見える。それの中央、細く、鋭く、撃ち抜く。

 ザッ、スーザオが爆発を受けたように右へずれた。そして片足を振り上げながら打ち上がる。横から上、強引に押しとどめた軌道は、豪風の爆発となった。書類が部屋中を舞う。

 

 ガルデンは入口にいた。スーザオは軽く天井を蹴って着地した。


 ふたりの位置は最初とほぼ入れ替わった。

 気の爆発がガルデンの肩を破り、スーザオは太ももを切っている。


 ガルデンに焦りはない。空間能力者にとって見知った場所で戦う利は大きい。普通に歩くように壁をまたいでの移動が可能で、壁はないに等しい。一方的に有利。さらに常に退路がある。勝てずとも負けはなし。


 極限まで集中した精神は、より広くを正確に捉えた。空間にスーザオの呼吸が放つ波を感じる。動こうとする一瞬にとぎれる呼吸、その隙間を狙って一撃をそっと食わせる。


 狙うは連撃の終了直後。その思索の刹那、意識をそらされた。

 どうしようもなく目線が動く。なぜかは本人にもわからない。しかし違和感。スーザオの横の四角い小窓、そこに何かがあるのだ。何も存在しないはずのそこに、遠くに見える。


 誰かの肩と大きな赤紫の帽子が窓で見切れている。軍服ではない。波打ち先が巻いた赤い髪 華奢な肩。


(女……なんだ?)


 気配は消しているが、空間にかかった圧力がどことなく渦を巻いてこの女に流れている。この世界の中枢になっている。化け物! 【世界一新】を思わせる。圧がないにもかかわらず引き込まれるような力を見た。


 ガルデンは意識した瞬間に転移した。スーザオは置き去り。自分が相手にするべきはこの野蛮な獣ではない。あの何か、至近への瞬間移動テレポートからの一撃でとる。


 出た先は建物の陰、あの存在からは死角。そこから静かにあの存在の直上へ出た。手を伸ばせば帽子の頂上に触れる距離。帽子の下方には肌がのぞいた。


 この体つき、やはり女だ。顔はわからない。

 帽子が傾き気だるげな口元がのぞいた。


「何!」


 何かおかしい。帽子を動かす時間などないはず。すでに狙った一撃を放っているはず。なぜ自分はこんな景色を? 女がこちらを見あげる。見られる!


 次の瞬間、ガルデンはどこでもない場所にいた。上も下もない。広くも狭くも重くも軽くもない。ただ自分と思えるものはあり、それ以外に何もない。


 これは【世界一新】との訓練で知っている。幻覚と認識しても逃れえぬ、現実が虚構だと確信しても、そこから抜けられないのと同じ。一つの世界に入った。


 濃い霧が世界を覆い、じょじょに華やかなピンクに染まりゆき、ゆっくりとあまたの渦を巻いた。

 そこからゆるりと両腕が出てきてガルデンの顔を優しくつかんだ。さらに遅れて女の顔が出てきた。誰かなど知るわけもない。しかし、子供の頃に死んだ妹に似ていると感じた。


「まあ、理由が必要なのね。かわいそうな人」


 無限の開放が来る。

 肉はほどけてとろけ、波と空気が混ざって、核の輪は加速する。油の臭いは甘くて白い。自分は抜け出して包まれ、ずっと成長して、どこまでも行く。暗い先により暗い塊を感じた。そこは自分の目指した、帰るべき場所なのだ。呼吸は要らない。

 永遠の夜が終わった


 アブラヘルの足元には三十センチほどのねじれた黒い炭が転がっていた。極限まで引き抜かれ骨すらも収縮したガルデンの残骸。


「こんなしみったれた場所で枯れてしまうなんてもったいないものねえ。まあ、おじさんはがんばったほうさね。これぐらいの役得はないとやっていられないわぁ」


 雷鳴のごとく散々にわめいてガルデンを探し回ったスーザオが壁を破壊して外へ飛び出した。そしてアブラヘルを発見すると彼女へ直行した。


「おい! あいつはどこに行った!?」

「さあ? 生きててよかったって思ったんじゃなーい」


 アブラヘルはかわいらしく言った。




 市内から軍基地へ通じる開拓者広場は、直径三百メートルの円型で、黒ではない立派な大型建築で囲まれている。

 第三映画館に発した反乱の流れと遅れて来たハンター部隊は、完全にここで止められた。


 ここには戦車と野砲に加え、機械の鎧に身を包んだ機装兵が八十配備されている。彼らは強力な装甲とリボルバーカノンに、砲の射線から逃れられる機動性を有している。


 すべてが歩兵の上をいく彼らの砲火により、広場の向かい側は、壁が穴だらけになり、部屋が丸見えになった部分もあり、千年経った荒廃ぶりだ。


 さらに広場に通じる道では、多くのハンターの車両が擱座していた。

 機装兵の役割は前線の突破と接近戦。装甲は大型の魔物の攻撃を想定したもので、車両の機銃では関節部に命中しないと効果が薄い。さらに機動の必要がないため、頭部には普段付けない装甲を追加している。つまり正面からの射撃ではまず死なない。怖いのは徹甲弾の直撃と火炎びんぐらいである。


 さらに後方の基地近辺にはトーチカ群がある。小規模な部隊がわき道から後方へ回っても、トーチカを突破できず、広場の守備隊から挟撃されることになる。


 群衆が突破できる場所ではない。軍基地を背後にして補給も容易。貴重な魔法薬ポーションも十分ある。


 しかし、ここの部隊長たちは通信車の周りで困っていた。


「なぜ基地司令部は応答しない?」

「通信妨害では?」

「いや、ノイズはない。それに歩兵旅団司令部のほうは大丈夫だ。ほかの戦線も落ち着いてきているはず」

「なんでもいい。左の駐退機が死んだ。交換を要求してくれ」

「ハンターの戦車部隊が中央区を入ってからの続報がない。こっちへ向かっていればそろそろ来る。煙で視界が悪いんだ。いきなり出現するぞ。斥候を出して位置を報告させろ」


「ひとり出てきます」


 軍人の視線が広場向かいの道の一つに集中した。数人が、建物に張り付いている。

 そこからいそいそと買い物をする調子で来る女はマリナリだった。ライトが照らす建物に潜んだ敵の鈍った気配からして、敵も困惑していると判断できる。


「なんだあの格好? 神官か?」

「違うような、それにここの司祭に女はいない」

「実体か? 測距、測距」


「魔力反応小、腕の辺りです」


 魔力望遠鏡で見ている部下が、計器の距離を調整しながら報告した。


「攻撃は?」

「魔法使いか? この距離では何もできまい。まず警告。連動する動きを警戒せよ」


 マリナリは何も聞こえていない感じで、広場の中央手前に来ると壺を開けた。

 広場のど真ん中に、こんもりした黒い小山がいきなり出現した。

 それを見た誰もが硬直した。小山のすそは広がり、広場全体が土で満ちた。


「何かやばいぞ! 攻撃」


 軍の射線が広場の中央で交差した。敵側も応射する。戦闘は完全に再開、多才な発砲音がけたたましく鳴り、広場を囲んで輝いた。


 マリナリは山頂に種をすえると、緑のボトルチューブを抱え、その中の液体肥料を撒いている。弾幕などまったく気にしていない。


 そして頭上で鞭をクルクル回して空中に輪を作り、その中に入って祈祷の踊りをしながら種の周りを周回しはじめた。


「魔力増大! こんなの見たことがない。心覚中隊と同じぐらいの魔力! 確実に実体です」


 一帯は緑のオーラに満ち、赤い腕輪はいっそう赤い輝きを放っている。そして緑の魔力は、色濃くなり土に満ちた。


 小さな芽が山頂から顔を出すと、すぐに細く白い幹へと変わって空へ向かい、うねった根が土をかき分けて広がりどんどん成長していく。


「何が起きてる!?」

「砲を使え、急げ! とにかく撃たせろ」


 軍の陣地の砲が次々に火を噴く。

 マリナリが鞭で榴弾を複数まとめて絡めとり、そのまま鞭を使って投げ返した。軍の陣地の一角で榴弾が炸裂、炎と悲鳴が上がった。

 木の近くに着弾する弾は阻止されている。マリナリに直撃した弾もあるように見えたが、彼女の体で止められボトンと落ちると、土山を転がり落ちていった。


「銃に対する魔法防御だ! 特殊弾を! ある物を片っ端から!」


 最も一般的な特殊弾頭は焼夷弾である。魔法が掛かった砲弾などは通常配備されていない。せいぜい幽霊ゴーストなどに向けた浄化弾ぐらいだ。当然、目の前に幽霊ゴーストはいない。彼らは焼夷弾を使った。  


 着弾と同時に散った高熱の粉末が、煌煌と輝きマリナリに降りかかった。そしてそれらはマリナリの近づいたものからすっと消えた。彼女を外れた炎は白熱して強烈な光を放っていた。山頂は円形の光に囲まれて照らされている。


 黒血ガーネットの腕輪は、かつて神が神になる前に使用していたものだ。短時間、火属性に対する強力な障壁を展開させる。まさにこのような焼夷弾や火炎放射器に対して効果を発揮していた。


「毒ガスは?」

「駄目だ! 風向きが不安定だ。町が燃えてるせいだろう」


 木の成長はゆっくりになってきた。

 神秘的な白い樹皮をまとった枝の無い幹が長く続き、上部で一気に枝分かれして広がっている。セイバの木である。高さは二百メートルを超えた。


 ライトは下部しか照らせておらず、上部は影となっていた。

 自然と両軍の砲火は途切れる。なんらかの出来事はもう完了したのだと、確信したのだ。




「あー。やっと子供寝たわ」


 ルキウスは生命の木のシアタールームにいた。十万を越える映像コンテンツがここにある。

 アトラスと無関係の外部コンテンツでも、購入したものは中で使える。アトラス内でクラシックゲームをすることもできるし、模型のような電子化されていないものでも連携できれば持ち込めた。アトラス内で仕事のデータを作る者だって珍しくない。


 ルキウスは映像の入ったブラックディスクを取り出していく。

 この映像はどこでも見られた。それで獲物を待ち伏せする際に、虫に埋もれた状態、土の中、木に化けた状態でよく見ていた。


「ホラーに忍者もの……忍者は悪くない選択だな、低レベルで変わり身が使える。あれはゲームだと微妙だが、現実なら緊急回避の利は大きい。子供向け修行格闘ものもいっとくか、強く育つように戦闘に慣らさないと。森で自然番組なんて見ても、ん?」


 マリナリから連絡が来た。


しゅよ。おお、絡み合う法典よ。移動に使える大樹を用意いたしました。青三五のハチドリの印を刻んでございます。偉大な御姿みすがたでお越しください」


(なんでマリナリから……どっかの武僧モンクを回収するんだったか。これは俺が会わないといけない)


 ルキウスは悪魔の森の木をいくつか取り込み、大きなうねるツルの塊と化すと、〔大樹の道/パスオブビッグツリー〕を使い、大樹へ沈んでいった。


 そしてマリナリが目標記号を刻んだ樹木へ転移して、浮き出る。

 木はかなり大きいようだ。空しか見えない。マリナリはかなり下にいる。


「おお神よ! 皆さん、偉大な神が降臨されたのです。祝うがいいでしょう」


 マリナリは音程を壊して叫び周囲へアピールしている。マリナリはこうなると会話ができない。


(ひらけている。皆さん? どこだ? 街中、どこ?)


 ルキウスは困惑した。カサンドラの緑の村の近くか、悪魔の森西の帝国寄りぐらいに出るのだと思っていた。


 しかし周囲に木が無い。自分が出てきた大樹だけだ。土の上で火が燃えていてギョッとした。木の上方でもぞもぞとしていると、木が揺れてセイバの綿毛が飛んだ。


 ルキウスは状況を確認しようとした。木々のあらゆる場所からうねるツルが湧き出し、白かった樹皮はのたうつ緑に覆われ、枝先はしなって垂れた。


「さあ機神の導きに従うのです! さすれば安寧が下されましょう! 尊べ、機神が哀れで困難なりし雑雑ぞうぞうを救難に参られた」


 マリナリの叫びは聞き取るのが困難なレベルに達した。


 周囲では遮蔽物に隠れている者も含め全員が顔を出し驚愕していた。かなり人がいる。


(どういう――機神だあ? あっ、こいつ帝国の信仰を総取りするつもりか。さすがに無理筋では。そもそもなんで説明がない?)


 この体の視界ではわかりにくいが暗い。周囲の人間にははっきり見えていないはずだ。


(気持ち、機械に寄せとくか)


 ルキウスは体色をメタリックシルバーに変えた。そこにライトが照射される。複雑なルキウスの体は凄まじく光を乱反射した。きらめきうねる物体が天まで続いている。


 少なからず大小の悲鳴が漏れ、人々は強烈な光にやや目をそらした。




「撃つんじゃねえぞ、死にたくなければな」


 レミジオが戦車に上がってヴォルフの肩をつかんでいた。


「おい神父、どうすんのあれ? なんなの? 軍は?」


 煙が視界を遮っているが、木の上部のうねりはヴォルフにもよく見えた。


「ええ……機神だって」


 レミジオは渋い顔で言った。


「機神はあれだろ、機械だろ!?」

「機械の姿で降臨するのであって、神界での姿は語られていない。すべてを照らす光ともいわれるし、人の姿ともいう。ついでに渦や紐のような形ともな」


「うねってるぞ、どこが機械だ! 化け物だぜ」

「悪属性じゃねえ、悪ってのは肌に刺さる。この距離でもあれほどの格、悪なら見逃さん。とにかく無線を飛ばせ、攻撃禁止だ!」

「だとしても……機械ではないだろうよ」

「メタリックに輝いてるぞ。完全に機械だな」


 レミジオの目に力はなかった。


「いやいや、正気に戻れよ!」


 ヴォルフはレミジオを揺さぶったが、ぼけっとメタリックの中のうねりを眺めるだけだった。




「定命ノ者ドモヨ、何ヲ望ムカ?」


 低く多重に響くルキウスの声が、人々をいっそう驚嘆させ、その行動を奪った。長い沈黙が続く。


(だからどんな状況だ? 用件なしで神を召喚するな。大魔神《アークデヴィル

》なら暴れてるぞ)


「何よりも尊き御姿、この時だけの神々しき輝きと情景と混沌の内にある幸福」


 動きがないなか、マリナリだけはひれ伏してしまった。涙を流している。

 こうなると五分から三十分は話が通じない。だから直接会いたくない。よりによって神の姿、どれだけ拝まれるか。ルキウスは念話を飛ばした。


『アルトゥーロ、アルトゥーロ』

『へいへい、見えてますよ』

『正確な状況を報告せよ』

『町全域が混乱してます。完全にお望みどおりだと思いますよ』

『そうか……完璧だな?』

『それより、俺のディブマスカーの話』

『あー! ディブマスカーなんて、見たことも聞いたこともありません』


 ルキウスは念話を切った。次どうしようと思ったところで、体にかなりの衝撃を感じた。上部にかすかに傷みもある。


「ガッ?」

「出やがったな、化け物。こいつが帝国の最終兵器か」


 月を背にして空に近いルキウスの上に乗る者。信じがたい髪型、スーザオだ。


(まあまあ痛い。打撃耐性あるのに。こいつか、こいつは味方では……俺は機神か)


 ルキウスは上に声を送る。


『おい、やめないか。神であるぞ』

「しゃべりやがった! ぶっ壊してやるぜにょろにょろ野郎!」

『話を聞いているのか、私は善良な存在で』

「ハアッ」


 スーザオが太いつるをつかむと、その内側より爆発して両断された。ルキウスは周囲のつるで包み込み拘束を試みたが、これも内側から爆砕され四方に散った。


 ルキウスが手足を枯らすぐらいしないと止まらない、と判断した時、スーザオは頭に衝撃を受けたように白目を剥いて倒れた。


「これこれ、おいたが過ぎるよ」


 アブラヘルが頭上に現れてスーザオをつかんだ。


『アブラヘル、そいつは味方だよな?』


「これはただのアホなので、お気になさらずどうぞ。ああ、ルキウス様ーさみしかったですぅー」


 アブラヘルはつるの一本に抱きついてほおをこすりつけた。


(誰も状況を説明しない。こいつらがいる、ここはコモンテレイだ)


 軍人の恐怖で満ちた顔からして、自分は確実に望まれていない。逆側も硬直している。


(どうすんの? これどうすんの? 帰っていいかな? 神は出てきたら帰るものだし)


「惑わされるな、このような神があるものか! 暴徒を打ち払え」


 将官らしい軍人の声が聞こえた。広場に通じる道から、歩兵の大部隊が軍の陣地に入ってきている。

 ルキウスを挟んで戦闘が再開した。ルキウスは被弾しているが、ほぼ無視されている。


(俺を挟んで争うなよ。どうするんだよ。軍とやってる側は味方と判断していいのか、確実にマリナリが何かやってるが状況が。しかし遅かれ早かれ帝国は……)


 ルキウスは決断した。何か知らんが町を盗ると。それでどうなろうが知ったことではないのだ。


『アブラヘル、可能なかぎり軍を眠らせよ』

「はいな」


 アブラヘルは精神を長く集中すると町の南西地域へ照準した。


「〔永遠の眠り/エターナル・スランバー〕」


 軍はすぐにふらついて倒れ、静かになった。電灯すら眠って消え、炎は固まった。

 自然と民衆側も発砲をやめた。


(大魔法でまた赤字だ。それに、放置したら永久に寝るやつじゃん。誰が起こすんだよ)


「映画、映画、求む映画」


 メルメッチの気配が木の根元にある。こいつは何を言っているのか?


「ココニ映画ガ必要ナノカ?」


 ルキウスが下へ声を出した。これに反応したのは別の人々だった。


「映画の神よ! どうか映画を、神の映画を! 民は映画を求めております」


 派手な女が一歩出て叫ぶと、続いてわらわらと百人ぐらいが出て騒ぐ。彼らは口々の映画の何かしらを語りながら。血相を変えて土山を登り、足元まで来た。


(お前誰だよ! 設定が多いんだよ! 映画感はでねえよ! 子供を絶対泣かすホラー集と笑えるホラー集に、忍者隠葬伝しかねえ)


『メルメッチ、映画はこいつらに渡していいのか?』

『みんなで見ればいいと思うよ、楽しいよ』


 メルメッチは気軽に答えた。


「良カロウ、切ナル求メニ応ジテコレヲ与エル」


 ルキウスはインベの中にあったブラックディスクを浮遊させて、映画人の手元に届けた。


「これはブラックディスク! まさに神代の映画」


 受け取った女は、少し間があってからすっとんきょうな声を上げた。口から泡を吹いて騒いでいる。


「これどうやって見んの?」

「一番映画館の特別倉庫に再生装置がある。五十年前に本土のお偉いさんが来た時に使ったのを知ってるぜ」


 映画の人々はこそこそとしばらく相談すると、急いで走り去った。かなりの人数がそれについて離脱していく。神の扱いが酷い。


『メルメッチ、彼らは何で、どうしてこうなっている?』

『ルキウス様が元気にやれって言ったから元気にやったよ』

『……なるほど、なるほどな、それはすばらしいぞ』

『でしょ? えへへ』


(まったく意味がわからん。わからんが動きがあって、何かしらの好機だ。最高に注目されている。そして待たれている)


 民衆の無言の構えは、彼にとって何かやってくれという声援である。ちなみに悲鳴も怒りも声援である。気分がゆっくりと上がり、ぼこぼこと泡立った。自然と体がうねってくる。


 ルキウスはその高い視野で、西から町に接近する軍の車両部隊を認めた。百台近くあり、さらにこの町から出たらしい車両とも合流している。


「神ヲ神ト認メヌ愚カ者ドモメ、性懲リモナク我ガ領域ニ侵入ヲ図ルトハ」


 ルキウスがわざといかめしい声を出した。そしてその体をわかりやすく西へと伸ばす。


「我ガ力ヲ知ルガイイ」


 空が変わる。煙で薄っすらと隠された空は全面がほとんどが緑に染まって見えた。そして緑の輝きとなって降り注ぐ。緑は荒野に次々にモコモコと巨大な塊を生やしていった。


 荒野に出現したのは接近すると破裂するアシッドサボテンの群落である。それは次々に爆発して車両部隊を粉砕した。すぐに部隊は止まり西へ撤退していく。


「我ニ従ウ者ニハ恵ミオ与エヨウ。従ワヌ者ハ不毛ノ汚染ニ飲マレルデアロウ。欺瞞ニヨッテ恵ミヲカスメ取ル者ハ枯レ果テルデアロウ」


 ルキウスは足元の土に生やせるだけの果樹を生やした。さらに多くのつるを伸ばして軍人の死体を引っぱりだすと土に変えて見せた。

 人々は興奮して上に銃を乱射している。ルキウスにもちらほら当たっている。


『マリナリ、マリナリ』


 ルキウスが五分以上呼びかけつつ揺すり続けると、マリナリは反応した。


「おおしゅよ」

『仕事だ、軍と対する者をまとめよ、アブラヘル、メルメッチも手伝え、ほかに人が要るなら回す』

「にんにんがいっぱいいるよ」

『……とにかく人をまとめて軍を町の外へ弾き出せ。寝たのは回収してやれ』


(マリナリめ、やってくれた。しかし不思議と機が合った。ウリコの買い取りからして、即刻にでも汚染を除去するべきとの結論にいたったところだ。状況によっては一秒を争う。杞憂ならいいが)


 ルキウスは未回収地の黒の荒野を眺めた。町から遠ざかるにつれ、汚染は濃くなっている。それは無限の深みに達するように思えた。

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