混沌
ギルドは破壊音で静まる。レミジオは飲んでいた水を噴いている。
マリナリは朗らかな顔、つかつかと強い足どりで外へ出る。レミジオが慌てて追った。
「どうしたってんだ?」
「主の意は察するのみ。機会を与えられたことに感謝いたします」
マリナリは前だけ見て進む。
遠近から銃声が響き、道路脇にはハンターの車両が並んでいる。遠くでは、暗んだ空に紛れる黒煙がのぼる。通りを照らすのは、建物から漏れる明かりぐらい。
マリナリは広い道路の真ん中で止まった。ハンターの区画は、彼らが防御のため閉鎖している。一般車は通らないし、活発な者は交戦の噂を聞くなり飛び出した。通りには監視の人員と不安な顔で様子を窺う者がいる。
彼女は大きく頭を振って、左右を確認した。左は街の外行き、右は内側。右にはバリケードや固定砲による防衛陣地がある。
「さて、どっちに行きますか。混沌の流れは内側、要になる軍基地は南西外側」
基地は外から接続できるが、兵舎などは内側だ。外側は防衛機構に倉庫が多い。
マリナリはきれいな動きで九十度回った。
眼鏡が向いたのは、こちらのバリケードから三キロ以上いった所。軍の装甲車があり、兵が並ぶ。すべての大通りは中央に向かう。どこに行くにもまず中央区だ。
「マリナ、おい、聞こえてるか?」
レミジオが大股で追う。マリナリは普通の歩幅でひたすらに足の動きが速い。
レミジオが彼女に追いすがり、後ろから両肩をつかんだが、まったくマリナリの速度に影響しない。絵面が女に逃げられた情けない男みたいで、彼は手を放した。
マリナリがハンターの区画を出た。レミジオが帽子を押さえ、並んで走る。
「そっちは軍の防衛線だぞ、わかってるよな?」
「ここには土が無いのでございます」
左の横道のはるか先では、あまたの光がまたたいていた。苛烈な銃撃戦になっている。
「危険だぞ。こうなるとどうにもならない。聞いてるか!」
「どうしましたかレミジオさん?」
マリナリが横を見たが、変わらず進む。
「だからお前がどうしたってんだ!」
レミジオが顔をしかめた。
「どういたしましょうか?」
「……急に馬鹿になったな」
マリナリはインベからワインボトルを出し、「まずこれでも飲むのでございます」とレミジオの口に突っこんだ。
「なんだこれ、渋い。……いや、どこから出した? 空間魔法か? なんか体が熱い」
「飲まないとやってられねえでございます」
マリナリは自分も飲んだ。熟成アトラリンは銃への強力な防御力を与える。
さらに進むと交差点だ。そこを車輪が転がって横切った。右から左へ少し下りだ。一つ、二つ、三つと通り、四つ目が倒れて止まった。
「なんで車輪だけ転がってやがる」
「やはり、まず土でございます」
マリナリはひとり納得した。交差点を越える。
「どこがどうやはりなんだ?」
「気分はひたすら直進でございます」
マリナリがインベから緑心岩のクワを出した。
「だからどこから出してる? 魔法は発動してねえよな?」
マリナリはさらに黒血ガーネットの腕輪と、トルコ石製の実りの首飾りを装備した。
「おい、戦争でも始めるのか?」
「土は下でございます」
マリナリは異端審問官系の職業しかない。この職業基本的に捜査、潜伏に向き、特定の状況に最適化されている。魔術師や僧侶ほど強力な魔法は使えない。
積極的に信仰を広める者、異端を狩る者、自己の信仰を追う者、組織を指揮する者、研究者などいろんなタイプがいるが、共通して自己の固い信条で行動する。
このような性質の多彩さは、野伏や盗賊と共通する。
彼女はそれなりに自然の魔法が使え、対超能力者向きだ。仲間を補佐したり、敵の行動を阻害する能力があるが、大規模に地形を変えたりできない。
マリナリがクワを道路に振りおろした。クワが深く刺さる。
「何をしようとしている!?」
レミジオの声が裏返った。
「うーん、わからないのでございます」
「はあ!? また?」
「ひとまず、舗装を剥がすのでございます」
マリナリはクワを引いてコンクリートの塊をぼこっとかき出した。
「なんでだよ」
マリナリは厚いコンクリートをアイスクリームみたいに掘る。大型削岩機を越える破壊速度で、五十メートル以上の道路を全部剥がした。
レミジオは、もうあきれているだけだ。
コンクリートがすみにのけられ、土が露出した。ほぼ砂利だ。さらに掘って、道路は一メートル以上陥没した。そこに時間をかけて指で穴を作り丁寧に種をまいていく。
レミジオはなんともいえない顔をしている。
「〔集団・植物急成長/マス・プラントグロウス〕」
規則正しい高密度のケシ畑ができた。立派なケシ同士が押し合っている。
「食えそうには見えねえな」
マリナリは満足そうに、錬金油を畑に撒いて火を点けた。一帯に爆発的な火が上がった。
「燃やすのかよ!」
「人々が素直で素朴になる煙でございます。効果は倍増しております」
「駄目じゃねえか」
レミジオが黒いマスクを付けた。煙は低くたれこめ、町全体へ流れていった。
遠くの軍がこちらを見て、何かを言っている。
「火なんぞ使うから軍の目を引いたぜ」
しかし動いてはこない。遠く、軍もマリナリが何をやってるか理解できない。それに悪化した視界不良の混乱状態で動きたくないだろう。
「ここはもう収穫できない。表面の土はやはり悪い、となると」
軍など眼中にないマリナリは、道路をクワで叩きながら進む。そして止まった。
「どうにもならないとおっしゃいましたね」
「今頃かよ」
「おっしゃいましたね?」
「ああ、ギルドの情報網が止まるぐらい混乱してやがる。お前がどうにかするのか?」
「私には無理です。何が何やら」
「ほかに誰がやるんだ?」
「さあどうなってしまうのでしょうか。ちょっと楽しみでございます」
「もういい。これまでで、だいたい言いたいことはわかってるんだ。何かやるなら言いやがれ」
「本当に何をしたものでしょう? ここでは何も聞こえません」
レミジオが困った顔をした。
知ったようで知らないふたりだ。両方とも自分のことを話さない。それお互いのことはあらかた予想がついている。
「とりあえず、割れよ」
中位魔法〔地割れ/クラック〕、道路が大きく割れた。
「とりあえずの要素が発見できねえ」
レミジオが呟く。
マリナリはできた割れ目へ飛びこんだ。深さ十メートルぐらいある。
上に残されたレミジオはやることがない。
近くの横道から軍の小隊七名が出てきた。探りに来たようには見えない。誰かと戦闘して離脱してきたのだろう。
「おい! 近づくなよ。俺は穏便にやってやろうと思っているが、それ以上近づけば始末する。勝てると思ってんじゃねえぞ」
レミジオが片手で静止した。かなり暗い状態で黒い服が見えていなかったのか、小隊は驚いて彼を見た。
「銃に触れるんじゃねえっ!」
レミジオが怒鳴る。マリナリが道路に頭だけ出した。
「ちょうどよいところに、でございます」
兵が銃を向けようとした。
レミジオが銃を抜く。トレンチコートが翻る。そして発砲できなかった。撃つ前に的が消えたからだ。
古き緑を信仰する者にとっての神聖武器である棘鞭が、ぐいっと長く伸び、一気に兵を絡めとり全兵が宙を舞った。十五メートルはいった。そして鞭が張った直後、地の底にグシャと叩きつけられた。
この鞭は【緑の手】。グレートオールドワン・ヴァーダントのドロップから作成された最高の品だ。
「〔朽ちる運命/クラプトフェイト〕」
マリナリは生まれた土の山から軍服などをのけ、ガジュマルの種をまいた。
そして幹を複雑に分岐させたガジュマルが、つかまる物を探すように道路に湧き出し、あらゆる方向に伸びた。割れ目を押し広げている。相当な巨樹だ。
マリナリがひょいと道路に上がった。
「ここは生育がよくないのでございます」
「いや、なんかすげえの生えてるけど」
「私の力では、もっと土が必要です」
「だからなんで必要なんだよ」
「ここでは緑の囁きが聞こえない。ところで、私の名前なのですけれど」
「なんだいきなり?」
「本当はマリナリと申します」
「あんまり変わらないな。どっちでもいい」
「全然違います。レミジオさんには失望いたしました」
「本当になんなんだよ……」
「いいですか、マリナは海、マリナリは草です。名前の意味は重要でございます。どっちでもいいと言うなら、海水を飲ませるのでございます」
「そいつは遠慮してえ、呪われちまう」
魔法使いなら、誰でも意味が重要なことは理解している。名前に込められた意味を告げるのは信頼の証でもある。
「で、草だから草生やしてんの?」
レミジオが尋ねた。
「いいえ、レミジオさんが望まれるすべてが得られないものかと思いまして」
「なんにも望んじゃいねえ、望める世界でもねえ。せいぜい説明をしてほしいぐれえだ。……要はお前の神の話だ。そうなんだろ?」
「何をおっしゃられる。神は一つでございます。レミジオさんと同じ神でございますとも」
マリナリは真面目に返した。
「しらじらしいな。そっちの話なんだろ?」
「今より良くなる話でございます。信じるのでございます」
「どこの神でも無理さ」
「とりあえずご飯には困らないようになります」
迫撃砲が近くの金物屋に着弾した。飛んできた破片をマリナリが鞭で払った。
「無理だな、汚染汚染汚染だぜ。本土は不安定、まともになるには二十年はかかる。さらにここはその本土に依存してる。俺は経済も勉強して、役人の試験に受かったこともあるんだ。これは初めて言う。誰にも言うなよ恥ずかしいからな」
少し離れた所のマンホールがガタガタと開いて、下から子供たちが顔を出したが、お目当ての場所でないらしく引っこんだ。
「ですから、若き日に諸問題をどうにかしようとされたのでしょう? それがこんなにやさぐれてしまって、かわいくなってしまいました」
レミジオが嫌そうな顔をした。
「神でも、科学でも、政治でもこれはどうにもならんとわかった。結局は大戦をやった馬鹿どものせいだ。過去の失敗は今からではどうにもできない。すべては汚染だ。教会の浄化作戦に参加したが、浄化専門家二十人がかりでも重汚染はまったく手が付けられん。そこを見えないふりをして、なんとかなる場所だけをやってる」
ガタン、横道に入る所に朽ちた看板が落ちてきた。『パン工房 ファインバーグ 光より速くおいしいパンをお届け』、食糧統制以前の物だ。
「開拓だって汚染土をよそに移動させただけで浄化してない。夢のような手はない。大戦からの技術復興でよくなった錯覚があるが、完全な清浄地域は半島だけ、大陸の東西南北どこも汚染はある。ここは極めつけで、浄化不能の汚染が広がりいずれ大陸全体がやられる。例外になる二つの森近辺への移住はすべて失敗。あれは人の領域ではない。詰みだ、先は見えてる」
重なった砲声と、猛烈な機銃の連射音がした。どこかで一斉射撃があったようだ。音が長く空を揺らす。
「それでもあきらめになられない」
「あきらめてんだよ。何もよくならねえ」
レミジオは軽く笑う。
「それが全部解決できるとしたら? 過去を塗り替えるほどの力があったとしたら?」
「……しねえって、お前の力がなんであっても無理だ」
周囲を警戒するレミジオの瞳では、小さな輝きが明滅していた。
「私がうそをついたことが?」
「今本当の名前を名乗ったよな? 俺の聞きまちがいか!?」
「まちがいを訂正しただけでございます。元は言いまちがいでございます」
「……それをうそっていうんじゃねえの?」
「信じるのです。これこそ信仰なり」
マリナリが前進を再開した。横合いから出てきた兵が慌てて発砲した。レミジオはその銃口が下向きから水平になる前に、脳天に撃ちこんだ。
「おいおい、やっちまったぞ」
「これぞ混沌。私と一緒に参りましょう!」
マリナリが加速した。
「速いんだよ! 目的を言えって!」
「考え中でございます」
「最悪だ!」
中央区が近づいてきた。途中、レミジオが銃を向けてくる兵を、撃つ前に撃った。マリナリは撃たれても無視している。眼鏡がずれた時だけは直した。
大きな交差点にさしかかった。中央区までの道のりで一番大きい。
ハンターが建物裏の小道を行き来している。負傷者が引きづられて後送された。ここらはハンターが建物の陰や中に潜んでいて、発砲光が見える。
ここで勢力の支配地域が分かれる。
目の前が爆発して、ハンター数人がふっとんだ。榴弾、左から。レミジオが曲がり角に寄ってそちらを覗いた。
「戦車だ、走り抜けるか」
二つ隣の区画を軍の戦車部隊が抑えている。さらに奥では、スラム側と軍が戦闘しているようだが、暗くて状況はわからない。
ハンターたちが叫ぶ。
「砲を持ってこい急げ」
「どこに敵がいるかわからねえって、身動きできねえよ」
「とにかく火力だって、グレネードでもいい。戦車を黙らせろ」
「接近すればやれる」
「誰がやるんだよ。歩兵は多い! そこらじゅうにいるぞ」
マリナリはそのまま歩く。
「おい、戦車だぞ。砲塔は完全にこっちだ!」
マリナリは戦車の機関銃を浴びているが、気にせず進む。そのまま渡りきる。とまどっていたレミジオは、砲の発射音を捉えとっさに屈んだ。
「ぐお」
烈風が抜けた。右から左へ。そして戦車が派手に爆発した。
交差点の右、一区画先、平行する道を赤い戦車が走り抜けていく。【赤いまなざし】だ。
「ひゃっはー! やっただろ! 市街戦だってお手の物よ。とろいんだよ軍なんてのは、ホウブードの紙装甲なら大隊単位でまとめて抜いてやるぜー」
ヴォルフの声が聞こえた。
「いやいや、このエドガーの適切な減速のおかげだぜ」
「正面、正面に野砲陣地だって! 煙の中!」
マリーの叫びが聞こえた。赤い戦車は道の先に消えた。そしてそこから爆炎が空に上がる。追加で噴き出した横降りの輝く雨は機関銃だ。
「ありゃ、なんか付いた。前が見えねえな」エドガーの声。
「徹甲弾装填急げ!」ヴォルフの声。
「急いでるって」マリーの声。
通りすぎた赤い戦車が砲撃しながら後退してきて、交差点で横に曲がって射線から逃れた。
「右側面、車輪を二つやっちまった、まともに回ってねえ」
ヴォルフが上に出てきた。
「こいつは動きにくいな。かってに曲がっちまう」
エドガーも顔を出した。
「装甲はちょっとへこんだだけだ。交換タイヤを要請しろ。まだまだやれる」
マリナリは彼らを気にせず進む。やがて中央区が見えてきた。かなり明るい。街の電灯に加え、サーチライトがある。軍の陣地が構築され、入口を閉鎖している。完全に戦闘態勢、これ以上寄れば一斉射撃が来る。
「横道から行かないか? どこに行くのか知らねえけど」
レミジオが息を切らして追いついた。マリナリが彼に触れた。
「〔神銀弾の迎撃/ミスリルバレットパリー〕」
レミジオの周囲を神銀の弾丸が滞空した。
「こいつは防護系? 分割自動発動型だな」
マリナリが背中にあったクロスボウを持った。
「雪解けによって春の姿を現せ」
マリナリの弩弓が、表面から溶けおちるようにして連弩に変化した。彼女は弾倉を上部に装填した。
「直進でございます」
そして引き金を引いた。異様に高いキキキという弦の音とガガッという機構音が連続する。引き金は引きっぱなしの掃射。風切り音が続く。
マリナリはそのまま前進。発射は途切れない。防御線の軍をなぎ払う。反撃の発砲は十秒しないあいだに絶えた。
「何それ」
レミジオにはどうしようもない弾幕だったので、帽子を押さえて伏せていた。
「一分当たり三千連射。ボルトは無限にありますが、復活に時間が必要でございます」
「……動作は安定するか?」
「故障しない魔法がかかっております」
「そりゃあ便利……」
陣地内の戦車がわずかに回頭した。生きている。レミジオが拳銃を向けた。
「神の前では鋼鉄は柔肌となる」
軽い一発の銃声。かすかな間、戦車が爆発した。レミジオが、魔法と多数の戦技を併用した一撃で、内部の榴弾を撃ち抜いたのだ。
中央を守る陣地が連続しているらしく、何度か増援が来たが、マリナリが掃討した。
陣地があった場所まで来ると、大量の死体が転がっている。それらはすべて体から赤く細い木を生やしていて、多くは内側に張った根によって裂けていた。
「少しは緑の囁きが聞こえる。しかし弱い」
「いったい何を撃ちこんだんだ?」
どこからか音楽が聞こえている。暴徒がレコード屋にでも侵入したのだろう。明るいパーティー音楽だった。人々の合唱も混じって聞こえる。
マリナリは死体をまたぐ。大通りを直進して越え、小道を行く。
中央区に入るとかなり混乱しており、暴徒が商店の窓を割り、扉を壊していた。
軍の組織的な抵抗がなくなった。見かける軍は小隊単位で、退却するものもあれば、寄せ集めの部隊で拠点に籠る部隊もある。
配給所では窓から入ったのか、子供たちが満足そうに固形食を食べているのが見えた。略奪から逃げまどう人とすれ違った。
爆発の衝撃に驚いたのか、地下につながる溝からドブネズミの大群が湧いている。
「よりにもよって面倒なのが来たな」
小道を抜けると、レミジオがあからさまに顔をしかめた。神官と衛兵の一団が接近してくる。マリナリは目もくれず進む。
一団からメルセン司祭が走ってきた。
「レミジオ神父、これはいいところに!」
「俺はちょっと忙しい、後にしていただきたい」
レミジオはマリナリを追う。
「これは反乱ですぞ。今なら我々が仲介して収めましょうぞ。ニコリーニ神父も協力を! 神父がおられればハンターはなんとかなる。こちらは軍に働きかける」
「ほざくなよ。軍がスラムに入ったのは、お前らの要請だろうが!」
「ですからとにかく和平を! これはよろしくない」
メルセンの熱にレミジオがたじろいだ。
「このような時にこそ神の力が必要になるのですぞ。司祭としての責任を果たさねばならない」
メルセンがつばを飛ばす。
「珍しく本物の信仰をやっていらっしゃるな。貪欲とも解せますがな」
「なぜ足を止められない? まずは安全な場所に」
メルセンが言った。
「そりゃ、マリナリが進んでいるからな」
「これはどこに向かっているのです? そちらも止まれ!」
メルセンがマリナリをつかもうとして空ぶった。彼女が一瞬振り返る。
「汝を破門する」
「破門だと、何をほざ――」
メルセンがふらついてうずくまった。慌てて衛兵が駆け寄る。
〈裁定〉のスキルがのった低位魔法〔審判/ジャッジメント〕、実際に破門されたりはしない。単に精神状態を悪化させる。
メルセンはその場で少し座っていたが、やがて全力で追ってきた。レミジオがそれを振り返る。
「何をやったのか知らんが、意外と耐える。すまねえな、一番に逃げそうだと思ってたよ。神も捨てたもんじゃねえな、メルセン神父」
マリナリがピタッと止まった。レミジオが後ろから衝突した。
「今度はなんだ?」
「そう! 機神が人々を救うべく降臨するのでございます」
マリナリは、明らかに思いつきの顔だった。
「ここまできて機神とくるのかよ」
レミジオが言った。
「もちろん、状況にふさわしい御姿で降臨するのでございます。なにせ、すべてを内包する機神でございますから。さあ喜びましょうレミジオさん!」
メルセンとほかの神官たちも追いついた。メルセンが不調とは思えぬ勢いで怒鳴った。
「貴様、主がそんなにたやすく降臨すれば苦労はないわ! 神代以来交信もできんのだぞ。そもそも全なるエネルギーが顕現すれば、世界は壊れるとも。つまり、兆候と膨大な解釈をもってしか神は語れぬ。ゆえに信仰は難し――」
「その口を閉じろ、でございます」
メルセンの口に緑のつるが巻き付いて、ギュッと締めあげた。
「それ俺も使える? ああ、こいつは特に問題ないからな」
レミジオがほかの神官に言った。
「〔口結び/タイ・マウス〕でございます」
メルセンは口をなんとかしようともがいている。
「教会の皆さんと機神の降臨を見届けましょう」
マリナリが歩く。
「どうやってだよ?」
「ええと……」
マリナリが長く考えこんだ。
「今考えてるのか? また急にアホになったな」
「まず機神の降臨には土が要るのでございます」
「絶対違う。というか最初からずっと土じゃねえか。ゴーレムか何かなのか?」
レミジオが言った。
「要るのでございます」




