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乱流4

ゾト・イーテ歴 三〇一九年 六月三十日 七時


「ご機嫌がよろしいようで」


 マリナリはアルトゥーロの陽気な連絡に困惑した。工業用アルコールでも飲んだのか。

 彼の機嫌は下がる一方のはず。機械に触らせないと必ずそうなる。生命の木の貴重な労働力でもあるし、必要な部品の入手の目がないなら、近いうちに戻すべきと考えていた。


「カードで大勝ちしてな。機械いじりはできんし、映画はあれだし、寮で同僚とやってんだ」

「異常、来客者などは?」

「誰も来ていないな。建物の外に怪しい気配はない。じゃあ部屋に帰るわ。運が逃げないうちによ」




「いやあ、ビギナーズラックにだいぶん持っていかれちまったな」


 ダグラスがカードをめくって確認する。


「まったくっすねー、俺、給料安いんでマジ困るんすけど」


 イナハがヘラヘラして言った。


「お前らは当たられてねえじゃねえか」


 クレッツォが言った。


 イナハは鋭い目つきで机の上に並んだカードを見た。

 イカサマに決まっている。呑気な連中だ。あれは悪魔の笑いだぜ。


 ピロシムというのは、五枚の手札と場に出た捨て札で役を作り持ち点を争うカードゲームである。


 最初に役を作った者が勝ちで点が得る。これを一定回数繰り返し、最高点数者が勝者。


 カードは百四十四枚。一枚のカードには、主属性と二種の副属性がある。中央に大きく剣、上に小さな盾、下に杖が描かれたカードは、主が剣で、副が盾と杖だ。

 同一のカードは存在しない。


 手札が配られた時点で自分の駒を選ぶ。駒は八種、騎士、魔術師、盗賊、衛兵、僧侶、射手、貴族、錬金術師。

 この駒で、狙う役が異なる。駒によって役に使えない属性や点が大きくなる属性がある。


 捨て札の副属性と手札の主属性が一致していれば、手札を出して捨て札とセットを作れる。セットは場に置く。同一の主属性二枚を出せば、捨て札と合わせて主属性で三枚のセットが作れる。


 そうやって手札は減っていく。役が完成すると手札は無くなる。


「どうした新人、腹でも減ってんのか? 珍しく静かじゃねえか」


 ダグラスが言った。


「いや、ちょっと負けちゃって。朝からおじさんが押し寄せてくるしー、まあ、ネガティブっしょ」


「わかってねえな。最初はまあ負けでいいんだよ」


 クレッツォが言った。


「ええ?」

「頭使えよー、相手は付き合いの浅い初心者なんだぜ」

「整備さんには小役で楽しく勝ってもらって、こっちは大役で最後に勝てばいいのさ。それで儲けていくんだろ」


 ダグラスが言った。


(そうな設定で納得するかよ、三連続で五巡以内に上がりだぞ。腕をアピールしてやがるんだ。自由に役を揃えられるって)


「いやあ、今のは狙えないっしょ」


 イナハが軽い調子で言った。


「いやいや、最初の以外はこっちが出してんだよ」


 ダグラスが得意そうに言うが、表情の動きからすると怪しい。


 ここはイナハの部屋だ。持ち寄られた椅子と、低い机で部屋はいっぱいになる。朝は日当たりがいい。


 それで同業のダグラスが、アルトゥーロと夜勤から帰った工場労働者のクレッツォを連れてきた。ピロシムは四人が基本だ。


 あの整備工は、連れられてきた時は知らないゲームだと言って、字がかすれたルールブックを至極面倒そうにぶつぶつ言いながら読んでいた。


 しかしいきなり三巡目で上がった。主属性で占術を象徴する水晶とナイフのセット、すべての副属性に杖。


 魔術師なら大役だが、盗賊ではナイフしか効いてないから中役。そう盗賊だ。盗賊の役に関わる属性が無かったのに盗賊を選んだ。ナイフは後から引いてる。素人でも杖を見れば、魔術師向きの手だとわかるだろうに。


 盗賊は忍者、透視はすべて見ているというメッセージ。しかもナイフの副が毒薬、これみよがしな選択。

 焦るな、必ずしも悪くない。確信がないのだ。マスクで当たりをつけたか、あれは支給品、五百人は使ってる。それで片っ端から探っているに違いない。


 役を揃えた本人はといえば、まだルールがよくわかってない感じで無邪気に驚くふりをしていた。恐ろしい早業だ。どこでカードを抜いたのか。


 カードシャッフルしたのはダグラス、連れてきたのもダグラス、ゲームの選択もダグラス、つまりダグラスが暗示などを仕込んでおけば可能。こうなるともうひとりも怪しい。迂闊に動けない。


 ダグラスの様子に違和感はない。直接支配はしていないか。なら操作のプロだ。


「うーす」


 アルトゥーロが戻ってきて、どすんと錆びた椅子に座った。


「整備さん、肩が破けてるぜ」


 ダグラスがアルトゥーロの肩を覗いた。ほつれのない一直線の切れ込みから、下の黒が見える。


「ああ、点検中に狭い所でどでかいネズミに噛まれてな」


(隠す気もないとはな、いや・・・・・・ネズミだと!?)


「でかけりゃ、肉が食えたのになあ」

「それが逃げられちまってよ。そりゃあでかいネズミだったぜ」


(わかっているのか?)


「あそこの裏って、どうなってんの?」


 クレッツォが言った。 


「壁部分の空間は中途半端に狭いぜ」

「そりゃ大変そうだな」

「ずいぶんスパッ切れてんな。これで怪我しねえの?」


 ダグラスが言った。


「よく見りゃネズミの歯型があるって。まあ、そのうち縫うわ」


(どう見ても鋭利な切り傷だよ! 下まで抜けてないとおかしいだろ。見せつけるつもりか)


「次は俺が混ぜますよ」


 イナハがシャッフルして、次の回が始まった。


「おおっと、こいつはとことんツイているようだぜ」


 アルトゥーロが四巡で上がった。

 主属性がネズミ――これは病気を示す、弓、血、ナイフ、死神の順。


(ネズミが、狙撃、血、ナイフ、ここまでは昨日の出来事、そして死の暗示、殺す? これは未来図か)


「ネズミってのはすぐに増えるよな。あいつらは回線をかじりやがるから好かねえ、だろ?」


 アルトゥーロの目がチラッとイナハを見た。


「そうなんすか。機械の事はわからねえもんで」


(やはり我らの正体まで知っている! いったいどこで!?)


「街中にまで出やがったらよ。徹底的に叩くしかねえと思わないか? こそこそやってりゃいいけどよ。全駆除だよな」

「さあ・・・・・・どうっすかね」


(いつから内偵している? これまでの活動は本土だけ。ここにはたどり着かない)


 イナハは手のうちに隠した静水丸せいすいがんを飲んだ。

 思考の表面をすくわれる可能性がある。ゲームに集中するべきだ。ゲームのことだけ考えていれば、大丈夫だ、大丈夫なはずだ。耳のきわを冷や汗がつたった。


 ここからしばらく無難なゲームが続く。


「こいつは昼までに取り戻さねえとなあ。ちっと稼ぎが減っちまう」


 クレッツォが言った。


「食品は高騰しすぎで誤差だろ。俺らは現物がもらえるんだから」


 ダグラスが言った。


「そっちも昼までやるよな? 外はあれで、回収もねえんだろ。昼からは凖夜勤の誰か引っぱってくればいいよな。一回確認に行くが、駄目っぽいしな」


 アルトゥーロが自然体で次の準備をしている。なんの緊張もない。休日の暇おじさんだった。


(お前ごときは見る価値もないということか!)


 イナハの動きが圧力でゆっくりになるなか、次のカードが配られた。手札は、主属性がすべてナイフ。全部の主ナイフが来ている。いい配りと喜べる状況ではなかった。


(お前が忍びだと・・・・・・どこで確証が・・・・・・もはや、刺し違えるほかなし)


 イナハは背中に手を回して、服の側面に仕込んだナイフに手をかけようとした。

 アルトゥーロが衛兵の駒を取った。


「おおっと、今度は鉄壁の守りで行くか。攻めてばっかりってのもな。守りは大事だよな」


 イナハは目線を下にしたままで硬直する。


「何? 図星だろ、ハハッ。でも今回は札がばらけたようだな、どうすっかな」


 心を完全に読まれている。


(クソ! いったいどうやってる。これからどうなるんだ。何が目的なんだ!)




(何も起きないなあ、踊るかなあ)


 小さな忍者がいた。メルメッチである。頭の頭巾から足先の足袋まで黒一色の忍び装束だ。黒い建物の壁と一体化して寮を監視してるが、周囲に不審な気配はまったくない。彼は黙ってじっとしていられる性格ではない。


 メルメッチは監視位置を変えるために、近くの建物の屋根に上った。その時、遠方の集合住宅の高層に輝きを見た。


 メルメッチは目を凝らした。八キロほど先。暗い部屋の奥に動かない人がいる。

 レンズの反射? こっちのほうを見てる? 位置的に寮の前の通りかな。


 メルメッチは屋根を駆けて、部屋の近くの建物の上に移動した、男は望遠鏡から離れ、何かを探す動きをしている。

 メルメッチは集合住宅の壁に張りついて登り、男の背後に立った。男は気配を察したらしく無造作に振り向いた。


「うお! な、え」


 メルメッチが狼狽している男の頭を指一本でこつく。


「ガッ」


 男は床に白目をむいて倒れた。


「この人なんなんだろ? とりあえず薬盛っとこ」


 メルメッチは気絶した男の口に粉末の薬を流しいれた。


「でおも、おっかしいなー」


 久しぶりの出撃で、隠密向きの霊薬エリクサーを大量に飲んでいる。気配を消して不可視化、完全な隠形、妨害されてはいない。軍人の目の前をうろうろしたが見えていなかった。


 なぜ、隠密が抜かれるのか? 強者にしてはあきらかに鈍い。目線ははっきり顔だった。つまり、音やオーラ、生命力などでぼんやり認識しているのではない。


「もしかして」


 メルメッチは頭巾をとって、眺めた。


「まちがえちゃったな。これは【藍屋敷潜り】じゃなくて【月光のあかし】だった」


 ヴァルファーは書類仕事に忙しく、鑑定できるウリコを外に出ている。ルキウスは子供の世話をしたり、森をうろうろしている。

 それで装備を確認する人間がいなかった。来る時も、事情がわかっていないソワラに送っての一言で来た。


「ま、いっか。仕事は護衛だもん。見つかっちゃたけど、護衛とは思ってないよね。これならこれでやりようはあるっもんさ。超能力には有効だし、要は守れればいいんだ」


 メルメッチは部屋をキョロキョロ見回した。壁一面にポスター、古い物から比較的新しいものまで多彩だ。画材が多く、ラフ画がある。画家だろうか。家財道具が揃っているから、そこそこ金がある住人だ。


「出る前にメルメッチのお部屋探訪でーす。映画ポスターがいっぱいありますねー」


 メルメッチがポスターをさっと数枚剥がして裏を見ると、裏は落書きや何かのメモで塗りつぶされている。


「むむ、これは、やっぱりありました。何かの情報を送るものですねー。これは魔術じゃないっぽいなー」


 さらに部屋を漁って散らかしたが、これの仕組みがわかるものはなかった。


「人生行き当たりばったりさ」


 罠を探ってから陣に気を流す。落書きの一部にあった鳥が動く。何かと繋がった。


「ニンニンですかー? ニンニン? ニンニン?」




 取次は通信を感知して応答しようとしたが、異様に明るい子供の声にとまどう。しかしすぐに警戒心が復活した。

 何かしら誘惑を行うには、女子供の声が使われる場合がある。


「ニンニンニンニンニンニンニン!」


 とにかくやかましい。


「ハッ!」


 取次は急ぎ通信を切断した。占術であの音声を探査すれば、ここが引っかかる可能性がある。空気を振動させていないが、専門の探査術式ならできないとは言いきれない。広域探査は難しくとも、狙った個人の思考は読める。


 別の忍びに通信をつなぐ。


「式神を遣って、【写し】の監視地点を確認せよ」


 ――そこから一時間経っても連絡がない。二十分は要らぬ仕事。


 式神は使い捨て、性能は低いかわりに気付いても放った者は知れない。

 異様な事が起きている。これまでにない。


「出るか」


 取次は一時的に通信に応じられないリスクを覚悟で腰を上げた。


 取次とりつぎというのは、誰にも知られていない。宿頭ですら知らない。ホツマの頃の記憶を消し、元の名も覚えていない。

 妻も子供も何も知らない。


 今は廃品回収業を生業として生きている。従業員は貧民が多く、自然と町全体の情報が耳に入る。潜むことが最優先だが悪くない位置だ。


 そして自分が死ねば、半島から次の取次とりつぎが来るだろう。敵が取次に到達することはまず無理であり、到達しても被害は街ひとつ分の諜報網にとどまる。


 視線も送らず現場前の道を通るだけの一通行人。明確な異常が起きていないかぐらいは確認するべきだ。映画館に撤収を勧めるべき状況の可能性もある。


 治安の悪化に気をつけつつ散歩するだけ・・・・・・だというのに、目の前を子供がおちつきなく道を横切り跳ね回っている。なんの悪ふざけか、絵に描いたような忍び装束。ここではまったく隠密性がない。走る車に飛び乗り、道路の中央で踊り、看板を揺らしている。


 誰もこのチョロチョロ動く子供を見ない。嫌なものを感じた――子供が足元にいた。


「ニンニン? ニンニン?」


 無視して歩く。子供がいる正面へ、そのまま足を出す。視線も下げない。子供には接触しなかった。

 何かの術式だ。答えてはいけない。ふたりはこれにやられた。おそらく反応するとそれに応じた現象が起こる。


「この頭巾はねー、斥候系に見つかりやすくなるけど、それ以外には超隠密だよ! つまり斥候無しの敵を強襲する装備なんだよね。でも忍者だけ特別で、見えるんだ。忍者同士で連携するためのものだからだよ! ほかの諜報かもしれないけどーいま全力だからさ、普通の人はおいらを認識できないんだよー」


 振り切れ、惑わせに来ている。こちらに思考に反応しているのだ。


「ちょっと! さっき目が追ったの見たからね」


 ひざカックンされた。結果、無様に屈んだ。通行人の視線を少々浴びた。


 本物、実体がある何かと認めるほかなし。

 失態、そのような装備があるとは。

 不思議、子供はまとわりつくだけで何もしない。

 解決、子供の正体しだいだ。


 まずはこの場、どう反応するのが正しい。まだ知らぬふりができるか?

 取次は慌てふためき、何が起こったのかわからないという動きで後方を確認した。目は徹底して子供を見ない。


 怪訝な顔で横道に入る。子供はずっと付いてくる。


「ねーねー、お金あげるからー、ちょっとちょっと、泣くよ、泣いちゃうよ」


 離れそうにない。覚悟するほかなし。人目のない場所で消す。装備はないが、殺される分には問題ない。

 しかしこの辺りは住宅街、人が多い。


 取次は瞬時に動く。建物の屋上に出るべく、クモのように壁を這って登る。振り切れるならそれでもいい。登る速さは戦車を越える。付いてこられるか。


 しかし四歩も進まぬあいだに、目の前に足があった。

 壁に対して垂直に立っている。体のぶれがいっさいない。


「どこの誰か教えてくれないと怒るぞ。怒ると怖いんだぞ」


 子供が壁に座って、壁をばんばん叩いた。


「知ってどうする?」

「え? 特に聞いてないけど、あっ! やっぱりニンニンでしょ!」


 この子供忍者には、真剣さというものがない。

 子供でこれほどの力量、信じがたい。しかしよく顔を見ると、若いが幼くない。しかし大人を縮小したには違和感がある。骨格は華奢だ。


「お前は・・・・・・まさか小人ハーフリングか?」


 この大陸に存在しない人種、帝国でも用意できまい。何かの拍子に帝国に入ることがあっても間諜にはしない。目立ちすぎる。しかも忍者・・・・・・彼方より来た忍者。


「そうだよ!」


 取次は逡巡した。そして・・・・・・言う罪よりも言わぬ罪が大きい。


「四番映画館へ行ってくれ。そこに求めるものがある。言えるのはそれだけだ」

「それどこー?」

「あっちの方角だ」取次は腕で示した。「軍が包囲している。すぐにわかる」




「待たせたな! この触手戦士スパイ・プロミスが来たからには好きにさせんぞ」


 小さな忍者がスクリーンを突き抜けて出てきた。と思ったが、すり抜けたようだ。スクリーンに傷がない。


 追加の客が入ったので、映画館はより盛況。まったく利益はないが、騒ぎは順調に広がっていた。


 訓練の賜物だ。厨頭鼠ズズソはいっさい表情を変えなかった。


 忍者は上映室の座席の背を走り抜け、そのまま、壁、天井を走って一周した。

 それでも満足せず、ハムスターみたいにグルグル回っている。これに客が反応しない。


 映写機とスクリーンの間に入っても影が映らない。光が透けている。

 幻術を受けたと考えるべき。軍が発掘品の魔道具を稼働させたのか。


 映写機が作る光の道を横切る埃が舞い上がっている。上映室には風が起きている。ならば実体? 本人は見えなくとも痕跡は残っている。

 隠遁の術の類であれば極まった力量。人の認識と物理現象の両面で隠密状態。


 しかしならば、なぜ自分に見える? そこに意図がある。これは何かおかしい。


 厨頭鼠ズズソは、口の奥でチチチチと音を鳴らした。


「認識しているか?」という意味だ。

 部下から「はい」と返ってきた。


 忍者が熱狂する観客で満ちた上映室から消えた。通路のほうから声がする。


「忍者の人は誰ですかー? それとも別の人ですかー!」


 通路では疲れた客が大量に寝ている。しかし騒ぎにならない。子供の声だけする。

 映写室の扉が荒っぽく開いた。


「なんだ!」


 映画館占拠グループの男が驚き銃を構えた。銃口がさまよう。この男には見えていない。軍の攻撃が来てもおかしくない状況。その男の震える指が引き金にかかった。厨頭鼠ズズソは気の波で男を昏倒させた。


「すいませんね。上映中に銃は遠慮願いますよ」


 銃声は軍の突入を招きかねない。しかし最大の問題である子供忍者が、普通に扉を閉めた。


「何者か? それ以前に、実在しているのか?」


 行動が意味不明過ぎる。敵にしてはおかしい。遊んでいるようだ。


「ここに行けって言われたんだけど、忍者の人たち?」


 子供忍者は無邪気に言った。敵意は感じない。ほほえましくすらある。しかし理性では恐怖してしかるべき相手だと言い聞かせる。

 この無邪気さは危険な罠だ。


「誰にかな?」


 厨頭鼠ズズソは温厚な老人のようにふるまう。


「忍者の人」

「そいつはどうなった?」

「さあ? 知っらなーい。ほかの二人は半日は笑ってると思うけど」


 厨頭鼠ズズソはチッと合図を送った。部下が袖から暗器の針を飛ばす。

 部下が一瞬で倒された。動きが見えない。さらに手加減している。普通にやっては負ける。


「何を話してここに行けと言われたのかな?」

「〔小人/ハーフリング〕かって聞かれたよ」


 厨頭鼠ズズソは粗方察した。つまり子供ではない。


最終職業ラストクラスを尋ねたい。我らには特段に重要な事」


 この言葉自体、一般には通用しない。

 最終職業ラストクラスはそれより上がない極地の職業クラスだという。伝説では最終職業ラストクラスを複数もつ者もあったらしい。自らには――ほとんどの者には関わりなき境地の話、そもそも果てなど想像もせずに生を終える。


「おいらは〔油釜義賊/ゴエモン〕だけど?」


 回答は、映画の好みを答えるのと同じ調子。

 厨頭鼠ズズソはすみやかにひざまずいた。


「我ら鍵鼠衆かぎねずみしゅうを傘下に加えていただきたい。この地の諜報においては何者にも劣らぬ」

「いいよ!」


 子供は食い気味で言った。


「・・・・・・理由などを聞くべきでは?」

「なんで?」


 本気で何も考えていないのかもしれない。〔小人/ハーフリング〕とは、陽気で勇敢で、鋭敏で奔放で、同族とは言葉を交わさずとも結束すると伝わる。


「我ら鍵鼠衆かぎねずみしゅうは、ネズミの資質を持つ血筋」

「ネズミの人にしてはおっきいね!」

「長き時は血を薄めた。それにここで小柄な者は目立つ。そのような者は半島で斥候を務める場合が多い。しかし私も、暗闇を見通し、病に強く――」


 厨頭鼠ズズソは尻からネズミの尻尾を生やして、自分の体を少し持ち上げた。


「これぐらいはできる」


 厨頭鼠ズズソは頭を下げたままで、尻尾で呪殺の札を握った。神代の品、発動すればこの小さな部屋では回避できない。全員が死ぬだろう。


「見て見て、宇宙人と地底人の戦いが始まるよ」

 

 小人ハーフリングは小窓から映画を見ている。小人ハーフリングはこういうものだと理解した。


「いや、まだ理由が」

「あ、そうだったね」


 小人ハーフリングは映画を見たままだ。


「記録に残らぬほど古き時代、我らの祖先、小人ハーフリング土精ノームなど小柄な種族は、奴隷として人間に酷使されていた。そこに大海を越えて〔愚賢者/トリックスター〕の土精ノームが率いる一団が現れ、奴隷解放戦争を仕掛けた。自由を尊ぶ人間たちも彼らに加わり、大陸を動乱が覆った」

「へー」


 まったく興味がなさそうだ。


「その一団には小人ハーフリングの忍者がおり、祖先は彼女に忍びの技を習い戦った。戦争の末期、海が汚されたことに怒った海の女神が海中より現れ、大陸を沈めると言った。その前に、土精ノーム小人ハーフリングは大陸から去った。彼女は最後に言葉を残した、いつか同族の忍びが必ずやって来る。その者は〔油釜義賊/ゴエモン〕、〔豪傑忍者/ジライヤ〕〔霧忍者/サイゾウ〕〔猿忍者/サスケ〕のいずれかだ。その者に仕えよと。祖先は半島に移住し、多くの知識が失われたが、それだけは口伝で継がれた」


 まちがっても敵対してはならぬとも伝わっている。神の怒りを買うだろうとも。


「へー、その四つは吟遊詩人バード忍者ニンジャ合成職業シンザレスクラスの上位だね。割と少ないかも。ストレート忍者が多いから」


あるじになる者の名を伺いたい」

「メルメッチだよ」


 その者の名はメルメッチ、我が師である。伏せた情報も一致。これは上位の者だけ知る。札は必要なくなった。


「あ、やっぱおいらの主人に相談しないと駄目だった」


 メルメッチはやっと映画から目を離した。


「問題があるので?」


「大丈夫だよ、おいらが説得してあげるからね。おいらは苦労してるんだ」

「意に沿わぬ主人なので?」


「ええと、ここ最近遊んでくれなくなったんだよね。昔はずっとでも遊んでくれたし、楽しく死んでたのにね」


 次元の違う悩みを抱えているらしい。


「でも最近は楽しそうになったね。いいことだよね」

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