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乱流3

ゾト・イーテ歴 三〇一九年 六月二十九日 十四時


「飲んでばかりだと砲弾がグネグネ曲がっちゃうよー。そんで教会まで飛びそう」


 マリーが言った。


「ちびちびやってるだけで、そう減らしちゃいねえよ」


 ヴォルフが酒入りの水筒を下に置いた。


「きまらねえな」


 エドガーが髪を整えた。

 【赤のまなざし】は赤い砲塔の上でだらけていた。

 赤い戦車は半身を建物の陰に隠し、残りを道路に出している。砲の向く三キロ先の道路には、こちらの様子をうかがう軍の歩兵部隊がいる。


 彼らは軍と睨み合っていた。周囲の区画の道路全体がこの様子だ。三人以外にもハンターがぶらつている。ちょっとしたお祭り気分で、自慢話大会と装備の展示会となっていた。


「多少動いてるけど、むしろ人減った感じ」


 マリーが望遠鏡を覗いている。

 ヴォルフのゴーグルは、人のオーラを見るのにも使えるが、距離は十メートルぐらいだ。しかしオーラの動きで感情を読むまでもなく、遠目に見ても軍人はよたよたとしている。


 警備慣れした兵はああではない。態度で圧迫しないと自分に危険が来ると理解している。そんな兵は、静かで重い壁のオーラまとい、体は実際より大きく見える。

 精兵は映画館の包囲とスラムの監視で、こっちには練度が低いのが来ている。


「来るわけねえって、砲が向いたら怖いんだ。あいつらは威力を知ってる」

「いつまでこうしてりゃいんだ?」


 エドガーが言った。


「昨日も聞いたな。解散でまとまるまでだ」

「だからそれいつう? スラムはなんか加熱気味だっていうじゃん。状況悪化しっちゃてるう」


 マリーが言った。


「どっちにしろ暴動なら、ガレージやらが略奪されちまう。ここらにはハンター関連の財産が集中してるんだ。十五分先の通りじゃ、衝突が起きてる。今に暴動になるぞ」


 ハンターたちに勝手に街を抜け出す者は出ていない。全体で依頼を回し、順に外に出ている。


「カードやろうぜ。ローウェンも呼んでよ」


 エドガーが言った。


「暑いし、夜晩のほうが良かったねえ」


 マリーが言った。


「兵が減ったなら何かあったのさ。見回り組からいずれ情報が入る。そいつを待てばいい」




「それでどうしたと?」


 マリナリが、アルトゥーロからの会話接続メッセージリンクに応答していた。傍受の危険はあるが、急ぎだ。


「忍びは完全に見失った。殺すべきだったか。ああ、これ毒付いてたな。服が汚れた。現場に残った投げナイフは量産品、てか軍のナイフだな」


 アルトゥーロが言った。ガサガサ音がする。


「隠蔽はあの装置でございますか?」

「認識阻害装置は起動していた。正しい姿が記憶できないはずだが、相手が諜報の専門では、独自の認識術か記憶術で抜かれたかもな」

「残骸は持ってございますね?」

「インベの中だ。十四個」


 兵の行方不明はままあるとしても、任務中で小隊単位、調査ぐらいはする。今だと邪教徒の仕業と認識される。となると本気の調査が来る。


「そちらは残骸の痕跡を除去して下水道に」

「すぐか?」

「ええ。事件化する前に、日が暮れるまでには廃棄するべきでございます」

「すぐにかかる。仕事は部品待ちで動ける。まあ、そうでなくとも問題にはならないようだがな」


「相手に特徴は?」

「目元しか見てねえ。髪の毛ぐらいは現場にあるかもしれいがゴミ山だぜ。血を持っていかれたんで、いちおう呪詛避けを身に着けた」

「血を追わせます。少々お待ちを」


 マリナリが通信でアブラヘルに探査術式の行使を依頼すると、足元の土に、街の一部の大まかな地図と、建物一つを含んだ風景が荒い線画で描かれた。土の一部が赤黒い色に変わる。


「血は戦闘現場に近い側溝でほぼ固まっています。武器を洗浄した。それ以外は使えるほどの量はないはず。念のため、遠隔で血吸い虫を放っておきます」


 マリナリは土の絵を足で消した。


「しかし、トラブルは避けていただきたいものです。少々迂闊では?」

「お前が近づくなって場所を避けて、憩いの地を探したら、不良軍人が銃を向けてきやがったんだから、仕方ねえだろ。ひとりやったら全部やるべきだ。それも、第三者がいなけりゃちょっとした喧嘩だった。それともひとりで部屋に居ろって?」


 アルトゥーロがハーと蒸気みたいに息を吐くのが聞こえた。


「時間ですので、私は仕事に戻らせていただきます」

「そうかい」


 魔法が切れた。

 マリナリはレミジオの持ち場に歩く。【赤のまなざし】の逆側になるスラム近くの地区だ。


 アルトゥーロさんですらストレスが溜まっている。街の住民は力がないゆえに動きは小さいが、力があればああなる。


 これは仕掛け時? 貧民を蜂起させ助力すれば街を取れる。

 しかし、しゅは望まれないような気がします。人手も触媒も不足気味ですし、名分がいまひとつ、やはり円滑に取らねば。

 

 ラリー・ハイペリオン村長の伝手に食料を渡し、そこから人心を掌握してもらうのが無難でしょうか、なんならご本人においでいただいて。作成した有力者リストの方々を取りこめれば、民間の上層は確保可能ですが不確実。足が付く可能性も。

 それにこの場合、動くのは騒ぎの終息後。


 今、まさに今こそ、彼女の信仰する生命に満ちた混沌の気配が複雑に流動するのを感じる。尊ぶべき混沌は、誰もどうなるかわからない状態。爆発に達するか、収束に陥るか。


「重大な場面かもしれません。どこかで衝突が起きるにしてもまだ日がある。正しき信仰の道のために後悔なき選択を」




 イナハは後悔していた。即座に退くべき場面だった。報告が最優先だった。仲間が死に、冷静さを失い現場に執着してしまった。気の力で防御したが、負傷は軽くない。


 イナハは普通に見えるよう小幅でやや速く歩き、工場街の路地に入った。そこにある廃工場の壁は、車用塗料を使った統一感のない荒い落書きで埋め尽くされていた。


 幸い誰もいない。

 彼は落書きに重なって紛れた、小さなスズドリを模した図形に触れ、腕より気を流す。スズドリがこちらを向いた。


「回収者より、急ぎ」


 イナハはそう念じた。


「谷のヒノキは?」


 直接頭の中に太い男の声が返る。


「実ったモチが熟す色」


 ネズミに関わる合言葉だ。複数ある。


「報告せよ」

取次とりつぎ、トクジが死にました、俺は負傷してます。状況はネコ無し」


「なんだと。奴ほどのヨイショの術の使い手はいないというのに。トクジに三日も張りつかれれば、脳漿は破壊され欲望を現すをはばかれぬ。つまりばれて、消されたと。事を急ぎ過ぎたか」


「いえ、たぶん軍人として殺されました。工員の男に所属部隊ごと。民間人を攻撃した悪党として成敗された。俺がトクジに次の指令を送ろうと接触を図った時にはすでに。その後、現場の様子を探っていたところを見つかり交戦、負傷するも離脱。追手がかかったかは不明」


「・・・・・・お前の傷は?」

「左腕とあばらが二、三。靴底の薬を使ったが、腕はしばらく不能」


「皮は維持可能か?」

「夕の死体回収に行けば、多少動きに影響が。スラムに入れるかわからないので、中止の可能性もありますが」

「ガラスの森に魔法薬ポーションを置かせる。あとで使え。まずは情報だ」

「はい」


「工員に心当たりは? 我々側ではないのか? 軍人をやったのだろう」

「俺と同じ工場の、たぶん整備工の男です。体格は大柄で小柄で顔もわからないがおそらく」

「曖昧だな?」

「ええ、だが昨日、ふと目に入った服の汚れが同じだ。整備の腕は特別にいいとかで、工場の稼働率が変わったらしい。俺と同じ頃に雇われています。やり合えば死んでいた。この傷は蹴りの一発で」


「・・・・・・軍の秘密監察部や皇帝直下の煤猫すすねこか。発掘品を支給され、お前の上を行く格闘戦能力、卓越した諜報員だ」

「見ない銃を使っていました。威力は不明ですが」

「皮は破られたか?」

「不明。標準隠蔽処理で、顔を変える余裕はなかった」

「探れ、向こうも人目があれば動けまい。補助を手配する。これは千載一遇の好機である」


「・・・・・・それが寮の部屋は隣で」


 イナハはためらいがちに言った。


「・・・・・・隣か、隣は近いな」




ゾト・イーテ歴 三〇一九年 六月二十九日 十五時


「近くにいろって。離れるなって、ほら止まるなよ」


 イーノックがモーガンの手を引いていた。暗いから十メートルも離れると見えない。


「上、出てみたいな」


 モーガンが言った。天井のマンホールやかってに掘られた穴から、小さな光が差し込んでいる。


「駄目だって、いいことは何もないんだ」


 銃声が小さく聞こえた。


「ほら、上は危ないんだ」

「家のほうだって音してるじゃん」


 彼らは普段ならスラムで遊んでいる時間だが、スラム内に弾が飛んでくるようになって人が倒れたとかで、ほかの子供を親が連れ帰ってしまった。


 それで遊び相手がいなくなり、最近入る大人が増えた地下構造に入った。

 下水には軍がいない。発砲で可燃性ガスに火が点いて大爆発する可能性がある。心覚兵なら戦えるが、貴重なエリートは汚れ仕事をしない。


「昨日より奥行くの?」


 モーガンが聞いた。


「近くの花は全部抜かれちゃったろ。根っこも煮れば食べられんだって」

「でも、けっこうさ、残ってたよね」


「おとなはネズミ捕りに夢中だよ。なんか増えたんだって。きっとネズミもあれを食べてるんだ。それでここの人が増えたから、罠を放置すると盗られるんだ」

「肉食べたい」


 作業服を着た中年男性が、暗がりから歩いてきた。彼が距離を取って言った。


「ちょいといいか坊主たち?」

「なーに?」


 モーガンが言った。イーノックはモーガンをつかんでいた。


「なんでこんなに地下が混んでるんだ? 上の道よりいるぜ」


「だって上は兵隊がいるんだよ。仕事に行くにも大変なんだって。それに花があるんだ」


 モーガンが言った。


「花? キノコか何かじゃないのか?」

「これだよ」


 モーガンが膨れたポケットから花を出した。出したついでに口に入れて食べた。


「それ、美味いか?」


 作業員は片眉を上げた。


「ちょっと甘いんだよ。食べる?」

「いや、俺は遠慮しておく。こいつは参るな。夜になれば減るのか?」


 作業服の男は別の道に去っていった。


「おい、駄目じゃないか、食べ物を見せるなんて」


 イーノックが肘でモーガンをこついた。


「悪い人じゃなかった。それに要らないって言った!」

「食べたことがないからわからかったんだ。食べ物はいくらでもいるんだ」


 イーノックが強く主張した。


「薄味にはかけてあげたじゃないか!」

「薄味は食べ物持ってきてくれたじゃないか!」


 二人はムスッとして歩いた。別の区画に入る壁には花がむしられた跡があった、それでも高い天井には残っていた。


 さらに進み、小さな横穴を覗いた。中は花で満ちていた。


「やっぱりここは残ってるな」

「大人は入れないから採り放題だ。だから、あれぐらいあげても良かったんだ」


 モーガンがうれしそうに言った。


「うるさい、さっさと採るんだ」


 地下は子供しか通れない大きさの穴が多くある。そういった場所は、魔物がいる場合もあり、地下の通行者は避けたが、彼らは気にしなかった。花をどんどん採集する。


「花はいっぱいあるけど、あの丸いのはあんまりないよな。今日は落ちてなかった」


 イーノックが言った。


「でももう薄味はいないよ」

「また誰か死んだら、あの丸いの入れてあげよう。あれはまずいし。死んだ後でもお腹いっぱいになるように」

「あれなんの意味があるの?」

「昔はそうやって埋葬したって説明したろ。薄味が言ってた。墓から木が生えるって」

「埋葬って何?」

「死体回収だよ。昔はそれが普通だったんだ。僕は普通がいいと思う」




「あれは普通でございますか?」


 マリナの視線の先を、兵を満載したトラックの車列が通りすぎた。かなり飛ばしている。


「本気なら装甲車がもっと動く。もっとも、現状はすでに普通ではないが」


 レミジオが言った。スラムのほうの軍はかなり緊張して見える。


「そのような話であれば、レミジオさんの信仰も普通ではありませんね。それでも教会はレミジオさんが大好きなご様子で、私には理解できません」

「お前まで説教をくれるつもりか。それだけで腹が膨れそうなんだぜ、酒も入らねえよ」


 レミジオが皮肉っぽく言った。


「救うおつもりですか? 救いを求めておられるのですか?」


 マリナが少しレミジオに視線を送った。


「余計なことを考えるなよ」


 レミジオが低い声で言った。


「ある程度死人が出なければ収まりそうもありませんね」

「そうだな、だらだら鎮静化する可能性も少しはあるがよ」

「子供時代にでも、まさにこの場をまとめて救済に来る神を期待したのでは?」

「おい!」


 レミジオが強い声を発した。


「違うのでございますか?」

「俺の力はもっぱら退治用だ。治療能力は低いし、それが組織ともなれば何もできん。目の前の悪党に弾をくれてやるだけだ」


「神が加護を与えようにも、対象の性質が教えとかけ離れていれば大して力は宿らない。信仰者からの動きで力を得るなら、自己の性質を神と可能な限り近づけるべき。神の意向はどうであれ、信仰者が神と同質になれば導管は繋がり、力を引き出せる。ときには信者が神と競合し、領域を乗っ取ることすらある」


「もう、正々堂々と神が複数出てくるんだが。しかも人が神になるって?」

「もちろん機神に宿った複数の力の言いようですよ。例えでございます」


 マリナが当然でしょと笑った。


「だとして、どうなる?」

「自信の性質と行動を、力の性質と完全に合わせるのが最善。適性の違うものを目指してはならず、適正に不満を持ってはいけません。鈍るだけですよ。どうも嫌々教会を出たのでは? むしろその行動に本質がある。ならばもっと好きにされればいいと思うのでございます」


「これでも熱心に信仰してるんだぜ、実はな。不満はねえんだよ」

「なら教会に戻られては?」

「死んでも戻らねえ」


 遠くから銃声がしばらく続き、散発的になった。そのまま、散発的な状態が続く。


「すべてを救う神がいるとしたらどうします?」

「そんなものは・・・・・・」


 神官の一団が、遠くの角を曲がって現れた。


「あー・・・・・・また来やがった、暇な奴らだ。協力はしねえっての。あのくそ悪党どもに誰かちょいとした神罰をくだしてもらいてえな。一生足が遅くなるとかよ」


 レミジオの機嫌と気力が急下降した。


「・・・・・・足の指一本抜きますか? それでなんとか」

「・・・・・・やるなよ」




「悪党どもめ、貴様らの企みはお見通しだ! トオッ!」

「誰だ! グアアアッ」

「機甲忍者アプラ推参! 対戦車まきびしの術を思いしれ!」


 爆音が館内に響き、それに負けない歓声が起こった。

 映画館は異様な熱に包まれている。観客は疲労しているが、目ははっきりと開いており、強烈な連帯感がある。そして多くが武装している。


 その後方の映写室。


「悪いな。技師さんまで付き合わせちまって」


 銃を持った男が、スクリーンを見ている。


「機材をいい加減にあつかわれては困るからね」


 気の良さそうな顔をした白髪の目立つ男性が言った。


「にしてもずっと回してるからな。心配になるね。禁制の忍者物とはいえ、客が元気過ぎて参るね」

「楽しんでもらえれば映写技師冥利に尽きるってもんですよ。さてさすがに私は少々休ませてもらいますかね」

「俺が付くよ」


 別の銃を持った男が映写技師に付き、二人は映写室を出た。


「補給に取次とりつぎの使いが来てます」


 若い男が映写技師に顔を寄せてささやいた。


「定時より早い。何かあったな」


 映写技師は速足になると、地下倉庫に入った。倉庫の床の扉が開かれており、その横にはどこにでもいそうな壮年の男がいた。男が言う。


宿頭しゅくがしら、トクジが死にました。事故的ですが、特別な帝国の間諜が動いている可能性が強いと」


 彼らは鍵鼠衆かぎねずみしゅう、帝国未回収地に入って百年ほど、完全に浸透している。

 そして映写技師は、この地の頂点である宿頭しゅくがしら厨頭鼠ズズソ


「トクジは軍の上に染み込ませる予定だったが・・・・・・困ったな、貴重な才能だったが」


 厨頭鼠ズズソが飄々とした感じで言った。感情は読めない。


「間諜の対処は?」


 付いてきた男が尋ねた。


「ここは何もしない。観客にその手のがいるのは最初からおり込み済みだ。スラムは?」

「騒乱は拡大傾向ですが、まだ大事には至っておりません」


 使いの者が答えた。


「映画館占拠、禁制品上映の報は本土まで届いた頃だ。軍が群衆の終結を阻止できず禁制品の上映を許したとあれば、大いに大衆の目を引こう。民心を萎えさせ、全体を少し揺さぶれる」


 厨頭鼠ズズソが言った。


「行っていると思いますが、神官の騒ぎが拡大しています」


「そうか、いささか無駄になった。本土の連中にがんばってもらうしかないな。邪教徒が注目されるのはありがたくない。結束されてしまう。いいか、半島の戦況は良くない。こうなれば我らも穴倉に籠って増える段階ではない。情報収集だけではなく、工作に出る必要がある」


「外の混乱は膨らんでいます。拡大させれば、大きな被害を与えられる気配です」


 使いの者が言った。


「ここが統治不能に陥り、帝国が放棄することはあってはならない。この僻地の大都市が、本土へ送る草の肩書を手に入れるのに最善。目的は本土だけだ」

「はい」


「幻術を用い、貧民に見せた神父を狙撃させられたのは幸運。治安の悪化を軍に認識させ、スラムとの対立を深める。いずれスラムは管理困難地域になり、内に拠点を得ることもできるはずだった。さらにいずれは軍と教会を対立させるのに使える種が手に入ったはず。それがどうなるかわからないのが現状だな」


 厨頭鼠ズズソが首を回した。


「適当な邪教徒に、悪役として退場していただきたいが、スラムでは動けまいな?」

「住民はいきりたっています。軍に利する言動は広がりますまい」


「ふむ、せっかく軍が分散したのだ、長引かせるのに注力する。東の地下通路を完全に掘り抜き、客を追加しろ。軍が近づくなら、牽制して排除させろ。人手はあるからな」

「外で噂を流しにくくなっています」


「地下に入る者が増えたのだろう? 地下通路に標識でも書いておけ。無料で最新映画上映中、軽食も出ますとな。観客を増やし、大事だいじにする。食料の横流しルートは維持できているな?」

「なんの問題もなく」


「ここで上映する映画が増え、地下ニュースに並ぶ表題が多ければ多いほど、本土への影響が増す。半島から取り寄せた貴重品だからって、見入ってるんじゃねえぞ、チヘイ。最後は突入、残虐な鎮圧が理想だが、巻き添えを食いそうなら逃げねばならん」

「へい」


 付いてきた男が苦笑いした。


「まだ軍に突入の様子はないな?」

「ええ、基地の心覚兵にも動きなし」


 使いの男が答えた。映画館そのものを破壊しないなら鎮圧は難しい、入口は狭く、中には武装した人員が千以上いる。多くはただの客だが、占拠グループだけでも百ほどいる。初撃を耐えるには十分だ。


「連絡頻度を増やせ。外は取次に任せるが、可能な限り俺の許可あるまで動くな」


ゾト・イーテ歴 三〇一九年 六月二十九日 十八時


しゅの許可が出ました」


 マリナリがかなり強く要求した結果の許可だ。足元ではアブラヘルのネズミがやかましい。


「街を取りに行くのかい?」


 アブラヘルが疑った感じで言った。


「いえ、デクタさんからスーザオの情報を集めた結果、未知の地域から来た可能性が高いと判断しました。帝国に敵対的でございますし、協力者たりえる」

「基地ごとぶっ飛ばしたほうが早いのにさあ」


「ネズミをしつけやがれ、靴を噛みやがる」


 アルトゥーロが椅子に足を上げている。


「旺盛で結構じゃないかい。現状で使える薬草を多く食わせたからねえ」


 アルトゥーロが舌打ちして、ネズミを足でよけようとしたが、どれだけよけても切りがなくあきらめた。


「死体はなんで捨てるのを中止した?」


「敵の諜報能力を測るにはよい機会です。それに何より、正体不明の忍者がどう動くかを知る必要があるのでございます」


 マリナリが言った。


「俺のインベで維持か?」

「ええ、腐らないようにして、追跡できるようにもしておきます。死体はこちらに目を向けさせる意味もあります。アルトゥーロさんに食いついてくれれば、回収がしやすい」

「なるほどな」


「汚染が占術の邪魔になっているので、念のため拘禁場所の特定にメルメッチさんをお借りいたしました。ダミーをかまされる可能性はありますので。今晩中に基地内の情報収集、明日の夜間、秘密裏に奪取。心覚兵に接近しなければ発見されないでしょう。メルメッチさんその後、アルトゥーロさんの護衛に」


「ああ、面倒だな。職場の部品すら来ねえってのに。ずっと待ちかよ」


 アルトゥーロがうんざりしている。

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