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乱流2

「六月二十七日六時、炊き出しの時間になってもウォーカー神父が姿を見せず、助祭が彼の部屋を探すも所在不明。八時五十分頃、軍警察からスラムに神官の死体があり回収したとの連絡。軍はスラムの様子を見にいったのではないかと言っている。死因は心臓部の銃創と推定。ほかの傷は、倒れた時にできたとみられる頭部の擦り傷のみ」


 ミルセン司祭が報告書を読みあげた。

 会議室には出向から戻った司祭に、ウォーカー司祭の部署の助祭もいる。


「自分で行ったのは確実なので?」

「そのあたりの消息はすぐに知れよう。多少は人通りのある時間だ」


 ゴス司教が言った。


「スラム内では魔物が入った影響で、朝でも銃声が散発的に聞こえていたらしい」

「ならば流れ弾では? 魔物を外れた弾が運悪く」


「ウォーカー神父はまぬけではない。触媒を使わぬ弱いものだが、スラムに入る前に対銃の防御術式は展開している、と言っていた。一発ぐらいは障壁が受ける。つまり二発は撃たれている。遠距離から撃たれたなら、一射目で気付かなかった可能性はあるが、流れ弾がたまたま複数命中、それも心臓にというのはな」


 ミルセン司祭が言った。


「弾を調べれば、銃種はわかると言うが」


 ゴス司教が沈んだ口調で言った。


「近辺に落ちていましょう」

「スラムなど、銃弾だらけでは?」

「いや、金属があれば拾って売る。その場には残らない」

「そもそも恵みを与えて殺される道理がない」


 ほかの神官たちが言った。


「最大の問題は撃たれたことではない。汚染地は祝福が薄きゆえ、悲劇は起こる。異常はウォーカーの亡骸が、花びらで覆われていたことに尽きる。花など、ここで手に入りようもない。さらに口の中には、何かの種子のような物が入っていた」


 ゴス司教が言った。そして小箱を机の上に置いた。中には細長いドングリがあった。


「これがその一つである」


 神官たちが箱を覗きこんだ。嫌悪、警戒、恐怖の感情が顔に浮かぶ。


「悪魔の森で手に入れたのでしょうか?」

「大量に花を持ち帰る者を見たことがない。本土の貴族の依頼ぐらいでは?」

「魔道諸国の破壊工作では?」

「工作ならば隠すであろう」

「つまり見せつけているのです。それも相当な準備を経て行われた」

「見せる? つまりは殺人を好む者に・・・・・・」

「生贄にされたとお考えか」

「奴らか! なんらかの邪法に使われたと」

「やはり邪教徒が!」


 急激にウィリス司祭に熱が入った。


「しかし傷は銃ですぞ。奴らは電磁警棒を尊ぶのでは?」

「さすがに儀式のためには手段を選べぬのではないか。代用品など珍しくもない」


 神官たちが口々に意見を言う時間が続いた。儀式の様子から推察するに、何かの力を生み出すか、土地に印を刻んで属性を強めたりするものだろうという意見に落ち着いてきた。


 つまりは何かの準備であり、この先がある。ここから先は、個々人がバラバラの意見を言い合うにとどまった。


「軍にスラムの立ち入り調査を要請する。まずはその合意を得たい。ハンターにも圧力をかけるのだ」


 最後にゴス司教が言った。


ゾト・イーテ歴 三〇一九年 六月二十九日 四時


「軍が少数の調査部隊をスラムに入れましたが、途中で衝突の気配があり退きました。屋外上映場近辺は暴徒が集結し治安が悪化しています。都市住民は恐怖しております。ハンターは、軍による治安維持協力依頼を拒否いたしました。ハンターは民間人の幸福のためにいると」


 マリナリが言った。


「方便だろ」


 アルトゥーロがつまらそうに言った。


「市民の恨みを買いたくないのは事実でございますが、軍への不信と、この機にここでの権勢を拡大したいとの目論見もございます。理想は発掘品の権利を独占して、装備を拡張して、売値を上げたい」

「命をあずける装備、当然だな」


「しかしギルドの思惑と無関係に、ハンターと軍人の小競り合いが発生しています。今は、どちらも上の者が仲裁しています」

「いくら言っても、争いは止まらないのさ」


 アブラヘルが足元を見て言った。


「帝国は軍、教会、民間の権力がせめぎ合っており、政府がそれをならして、方向性を与える構造になっています。多分、エリート層ははっきり認識している。つまりエリートは大きく調和を崩さない。ですから、衝突は軍と住民の下層で起きている」


「仕事のできるネズミのほうがいくらかかわいく感じるねえ。ガドールは性格悪そうな顔だけど、男ってのはこうじゃないとねえ」


 アブラヘルはふたりを無視して、床にパンくずを撒いた。部屋中がドブネズミだらけだ。特に顔の大きなネズミには肉を与えた。大きな顔のネズミは周囲のネズミを蹴散らし、ガツガツと肉を口に回収する。


「アブラヘルさん、確認ですが、余計なことをしていないでしょうね?」

「私は地道にネズミどもを育ててるだけだよ。芸を仕込んでもすぐにやられるから、考えを変えて増やすことにした。数で勝負ってね」


ゾト・イーテ歴 三〇一九年 六月二十九日 十時


 スラムでは住民が団結して、スラムの外周部に集結していた。スラム内の対立は一時的に鳴りを潜めている。人々は相変わらず痩せこけ力ないが、それはこれで何か変わるかもしれないという希望があるように思われた。


 細々とした顔が一方を見て並び立つさまは、異様な印象を与える。


「あの奥の様子は?」


 クラウゼ・キセン・デーニッツ中尉が言った。彼の部隊はスラムと距離を取って、スラムの近くに展開した貧民の隊列と対峙していた。


「上から見たところ、スクラップのバリケードができています。このままでは中には入れません。破壊しますか?」


 ルー・オニール軍曹が言った。


「やめとけって、なんで俺たちがそんな面倒。俺たちは突っ立っていればいい。そんで、今日は終わりだ」


「命令はスラムへの立ち入り調査では?」

「誰も処罰できんよ。なんだよ、邪悪なものって。神官どもでやりやがれ。そもそも探す物が曖昧だと、片っ端からひっくり返すことになる。そうなりゃ、絶対に金を盗られたみたいな揉め事になる」


 クラウゼは注意深くスラムを見た。

 スラムのほうが湧き上がり、乾いた音がパパパと連続した。空を撃っているのだろう。


「ちょっと・・・・・・戦意を感じます」


 ルーは目が鋭くなった。


「昨日の先行捜査の時に邪教徒の事を直接聞いたアホがいたせいだ。邪教徒と疑われていると知れば、冷静じゃなくなる。貧民は模範的に生活してないからな。どこでどう判定されるか、気が気じゃない。必死にもなるっての」


 クラウゼが言った。


「このまま街と遮断ですか? 上は食料切れを待ってるとか」

「スラムとの接触面に限っても遮断なんぞできてねえよ。あの辺りも掘れば下水道に繋がるって聞いたぞ。自由に出入りしてる。地下は一部が外に伸びてるからな。閉鎖してもこじ開けられるし、街の周辺部の壁も抜け道だらけじゃねえか。スラム化して放置してる間に倒壊しそうな廃墟も全部穴あきだ。住民が生活に邪魔なものを壊してやがるんだ」


「誰に聞いたんです?」

「そりゃ、もともとあそこにいた女だよ」

「お盛んで」

「調査だよ、勤勉だと言ってくれたまえ軍曹」


「配給所で渡すのやめればすぐに終わるんでしょうけどね。月末ですし。死体の分を受け取ってる奴は絶対にいるでしょ」

「配給は陛下の権限で、国民へ恩寵だから、絶対に止められねえよ」


 ふたりがスラムを眺めた。貧しくボロボロの集団がタフに見える。数日前までは、打ちひしがれた印象を受ける住人が多く、街中で見てもなんとなくわかった。


「下水道の奥に夢の国があるとかで、下水道に入る住民が増えたらしいです」


 ルーが言った。


「それこそ誰に聞いた?」

「先行調査の連中ですよ。街中でも聞きこみはやってますしね」

「へえ・・・・・・そっちに引っ越してくれりゃあいい」


「二つ隣の第十三小隊の姿が見えませんが」


 ルーが側面を確認して、不満そうに言った。


「帰っちまったんだろ、上映所で暴徒相手にボコボコにやられた挙句、発砲して騒乱を起こした連中だぞ。いないほうがいい」


 遠くで発砲音がして、風切り音が聞こえた。


「伏せろ!」


 クラウゼと小隊員が慌ただしく地面に伏せた。

 発砲音が続くが、弾が地面を跳ねる鋭い音は聞こえない。弾はかなり上を通過したようだ。銃声は続いている。


「牽制射撃!」


 部下のひとりが言って、スラムに銃を向けた。


「やめろ!」クラウゼが部下の銃を押さえて、下に向けた。「発砲は禁止する。全員装甲車を壁にしろ。俺が許可するまで絶対に撃つなよ」


ゾト・イーテ歴 三〇一九年 六月二十九日 十二時


 丸い筒の中には、貧民がアサルトライフルを持ち立っていた。男は頭からいきなり血を噴くと、力なく倒れた。


「ほれ見ろよ、また当たりだぜ。次は心臓に当ててやる」


 第十三小隊の狙撃兵マーク・スネル曹長はスコープから目を放した。


「いいんですかい、さすがに任務中ですぜ」


 隣に座ったジェフリー・ボイズ二等兵が心配そうに言った。


「ゴミを駆除してやってるのさ。見ろよ、何が起きたかわからず騒いでいやがる。これが神の行いってやつなのさ。教会だってお気に召すだろうよ」


「そいつはまったくだ。三人も殺してくれたんだ。死んで当然だ」

「だいたい、あいつらを駆除しないと中へ入れるわけねえだろうが。荒野の機動戦じゃあまり狙撃の出番はない。ここで使わなくていつやるんだ。近距離で打ちあうつもりかよ。八百までなら、全中させてやるってのに」


「しかし曹長、見つかったらどうするんです? そいつがちょっと心配だ」

「軍はいくつかの地点に集中してるし、この距離じゃ、音も聞こえやしねえさ。これまでやったのだって、まったく騒がれてない。まんべんなく散らして狙ってるからだ。それに、部屋を見ろよ」


 彼らのいる廃墟の四階は、大量のゴミが散乱している。建物はギリギリ構造で耐えているような状態だ。天井には穴が空いており、床や壁も骨組みがむき出しになっている。


 外から見ても倒壊寸前で、犯罪者の利用が多く、貧民すら住まない。この建物はスラムとの境から五百メートルほど街に入った場所にある。この建物以外にも周囲には似たような人の寄りつかない廃屋があった。


「部屋の汚いゴミが山ほど、壁のコンクリートがいい感じにボロボロになってる。これが結構音を吸うんだ。覚えとけよ、実戦だからな、ヘッ」


 マークが唇をゆがめて笑った。


「さすがだ。そいつが経験ってやつですね」


 マークは返事を返さず、無表情になり引き金を引いた。次の的が倒れた。百点だ。


「よし心臓だ。ジェフリー、お前も撃ってみろよ」

「え! 本当にいいんですか」


 ジェフリーが目を輝かせて言った。


「おうよ」


 ジェフリーが代わって狙撃銃を撃った。完全に外れたようだ。どこに着弾したのかもわからない。


「俺じゃあ、うまくはいきやせんね。いやあ、曹長はさすがです。とても俺じゃあ」

「完全に固定してから撃たねえとな。撃つ直前に力が入って動いてる」

「そろそろ弾が少ないんじゃないですかい?」

「ああ、すぐに状況が動くと思ってたからな」

「なら俺が取ってきます」


 ジェフリーが立って、部屋の外へ向かった。


「ああ、戻ってくるまでにガキを仕留めてやるぜ。あれがここでは一番難しい。小さくて不規則だからな。訓練にいいぜ」


 マークがまたスコープを覗いた時、後ろで、ボゴッと音がした。マークがそれに驚き疑問を感じる間もなく、すぐ近く壁に大きな物がぶち当たり、鈍い音をさせると床へ倒れた。多分これはジェフリーだ。


 顔が変形して上部と下部がねじりきれそうになっており、首は大きく曲がって折れている。白目を剥いて動かない。


 マークは唖然として、狙撃銃に手を添えたまま、首を後ろに回して硬直した。

 部屋の入口に男が立っていた。深く帽子を被った、作業服の男だ。


「あいにくだが、人間の修理はやってねえんだな」


 下の階にほかの隊員がいたはずだ。ここに人が来るはずはない。


「しかしゴミ出しぐらいは覚えないでもないかって気分だ。幸いにも、生ごみを捨てる場所には心当たりがある」


 男が一歩踏み出したところで、マークは正気に返った。

 重い狙撃銃を男へ向ける。男が何かを投げた。レンチだ。それがガンと銃に当たった。


 しかし関係ない。大した勢いでもなかった。発砲できる。しかし、銃の銃身バレルが、ゴトッと足音に落ちた。


「ハッ?」


 銃身バレルだけではない。 狙撃銃がバラバラだ。しかしまったく破壊されていない。きれいに部品ごとに分解され、部屋に転がった。


 手元の部分が手の中に残っている。最後にそれが手の中でばらけて落ちた。


「え?」


 意味がわからない。


「ゆっくりくつろげる場所ってのが無いんだよ、この街は。俺はひと仕事したら、外で景色でも見て休むって決めてるんだぜ。このルーチンが崩れるとな、いい仕事はできねえ」


 男が疲れた様子で語りだした。


「基本は緑を見る。緑な。それと水音だ。気分転換にはそれがいい」


 男が窓の外を指差した。


「見たか? ここはほぼ黒だ。下手をすれば空だって黒になりやがる。だってのによ・・・・・・ええ、あのくそディスク、最初から問題がある。改良が必要だ。仕様からして問題があるのは最悪だ。設計者を連れてこい!」


 男が室内に散乱しているゴミを蹴とばした。


「見るものがない。さらに映画までもなくなった。それでまあ、ガキどもの遊びを見るぐらいだ。たまに流血してるが、まあ元気があってけっこうだよな」


 男がさらに一歩進む。


「次にコーヒー。景色を見ながらコーヒーを飲む」


 男の手に、どぶの水が入ったカップがいきなり現れた。魔術だ。男はそれを一口飲むとカップは消えた。


 救援を呼ばないとやばい。処分を恐れている場合ではない。こいつはおかしい。恐怖で無線機に手を伸ばしてスイッチを入れた。

 無線から凄まじいノイズがした。

 男が目の前まで来ている。


「整備の邪魔をする野郎は全部解体だ」


 アルトゥーロの荒々しいパンチが、マークの顔面ど真ん中から破壊した。


「マリナリの映像では顔にきれいにめりこんでたが、素人の全力ではこんなものだな」


 つまりスーザオは技量を無視しても、アルトゥーロより速く筋力がある。


「ゴミ出しの相談をしないとならねえが、まずコーヒーだ」


ゾト・イーテ歴 三〇一九年 六月二十九日 十三時


「司令殿、手をつけられないのですか? 麦茶は高貴にして至高の飲み物です。砂糖は小さじで一杯。財を見せびらかそうとする者はやたらと入れますが、さもしい」


 ガルデン少将は独り言と変わらぬ調子で言った。

 司令部のすみでは、隔離気味に見える心覚軍用の空間がある。そこの特別な最奥にある部屋の漆黒の机で、いつも彼は背筋を良くして枯れた目で過ごしている。


「なぜ奴を生かしておく?」


 コモンテレイ基地司令官および第五軍第三警戒軍団長のジャコ・キセン・イクセル中将は苛立っていた。

 彼は机を挟んでガルデンの正面に立ち、顔をわずかに反らして、立派な大胸筋を突き出していた。


 ガルデンはジャコに目線もくれず、ゆっくり麦茶を飲んでから答えた。


「あなたがどうしても殺したいなら、あなたの責任で行われればよい。ここの責任者はあなただ」


「心覚軍の助言を無視できるわけがないだろうが! そっちの専門だぞ」


 ジャコの顔がとがった岩みたいになった。


「我々はただの助言者です。軍警察の仕事だ。捕らえたのは私ですがね」


「つばを吐くだけで兵の頭蓋を陥没させたのだぞ。うかつに取り調べもできん」

「それが何か? 銃弾でなくてよかったではありませんか」


 ジャコがフーと鼻で息を吐き、口を一文字にして黙った。上位の心覚兵は兵器、命を握られている。常人ならば、目の前に野獣がいるような気配を感じることはままある。


「銃を持つ者が、それ以下を恐れる必要はない」


 ガルデンが視線を動かさずに続けた。


「奴は危険極まる。そちらとて、安全は保障できぬはずだ」

「彼は危険です。それは特別であるということでもある。学ぶべきものは多い。帝国はそうやって拡張してきた」


「街の状況がわかっているのか?」


 ジャコは不快そうに眼をすぼめた。


「当然でしょう。調査にうちの人員をやりましたから」

「奴のせいで、教会に、トレジャーハンターギルドに、市議会とも対立が生まれている。さらに何もわからぬ本土までせっついてくる」


「それが何か?」

「あの男がすべての原因だぞ。コモンテレイ駐留軍一万七千では足りない事態になりつつある。外と中の二重苦だ。警戒基地からも増援要請が来た。このままでは本部に増援を頼まねばならん」

「すべてではないでしょう。それとあれの処遇になんの関連が?」

「あの男のせいで、どれだけ・・・・・・」


 ジャコが歯を食いしばった。


「個人的な腹いせで貴重な情報源を捨てると? 確実に軍法会議でしょう」

「奴は邪教徒だ! 事態は連動しておる。でなければ、このように騒乱が続くものか」


 ジャコが大きな声で言った。


「映画館への合流を試みた者を捕らえたが、読心調査ではそのような事実は確認できない。むしろ映画しか考えていない。なんでも発掘品の禁制品を上映しているそうで、その情報が市内に出回っている。このままでは屋外上映場の連中も合流しそうですな」


 ガルデンが言った。


「少将が出てくれれば、映画館のほうはすぐに終わる」


「銃で死す者の相手を私にやれと? その間にあの男のような戦力が、基地を強襲すればどうなります?」


 ガルデンの目が初めてジャコを見た。それは一瞬だけだった。ジャコはそれを普段より侮辱的に感じた。


「選ばれていない方にご理解が困難なことは承知しています。しかし探って無いなら、無いのです、彼らはまだ見ぬ新たな作風を望んでいるだけ」


「そんなバカげた理由で軍と衝突したというのか?」


「無意味な生を送るのは、誰でも同じでしょう。出世争いに熱心な方々も同じことだ」


「我がイクセル家を あんな者らと並べる気か!」


 ジャコの怒鳴り声が司令部に響き、司令部員が一瞬仕事の手を止めた。


「おお、名乗りに時間がかかる自慢話が聞けるのでしょうかな?」


 ガルデンがここで初めて語調を速め、視線を向けて面白そうに言った。


「なんなら本土より大臣をお呼びしましょうか? フィリ・キセン・スターデン大臣を。無論ご存じでしょうね? ジャコ・キセン・イクセル中将?」


 ガルデンはキセンを強調した。


「大臣殿の手を煩わせることではない」


 ジャコは瞬間冷凍された。家格はスターデン家のほうが上だ。


「呼べば来そうですがね。北の後処理が終わった頃だ。ここが不安定になれば直接抑えに来てもおかしくない。大臣は飽いておられる、それでいて枯れていない」


 ガルデンの乾いた目がわずかに光を宿し、高みにあっても、自分とは少し違う方向へ進む同族を見ていた。




 見られている。視線認識装置に反応があった。反応は一瞬で消えた。視界に正確な距離と位置が未定と表示された。指輪型万能デバイスは直接脳に情報を送る。


 アルトゥーロは二つの死体をインベに入れたところだった。誤作動の可能性もあるが、彼はそれを最初から否定した。彼は整備ミスを許さない。


(見られたか、どこだ、スラム側か、反応は上。すぐに見るのをやめたな。素人じゃねえかも、軍の特殊部隊か。これはまずいぜ)


 彼は上を確認せず、全力で天井の穴へ飛んだ。彼に〈軽業〉の技能はほぼない。建材に体をぶつけながら強引に上昇、五階、六階を抜けた。索敵を全開にしている。


 七階の天井に下から肩をぶつけ、人ひとり分ほどの穴に下から腕を入れて、強引に七階に立った。


「いってえなあ、クソ」


 アルトゥーロはズボンの後ろポケットに手を入れる風に、インベに手を入れた。


「誰もいない・・・・・・な」


 言い終わると同時、壁に電気衝撃拳銃を向けた。非殺傷武器で音がしない。

 壁に何も見えないが、人型の熱反応がある。


 発砲の瞬間、壁の表面がふわっとめくり上がり、人影がその横へするっとと飛び出した。

 電気弾は外れた。めくれた壁は紙だ。風に流れながら粉々のなると砂になって落ちた。


「隠れ身の術? 忍び?」


 出てきたのは、おそらく若い男。工場の死体回収者のマスクをしている。さらに黒い頭巾を被っており、目しか見えない。服は普通のものだ。


 男がすぐに苦無くないを投擲した。アルトゥーロは左手でレンチを抜いて弾いた。


 相手も拳銃ぐらい持っているはず。しかし投げナイフ。つまり互いに音を出したくない。


「半島の工作員か、一昨日、神官が死んだってな。関係あるのか?」


 マスクの男は言葉を無視して、背中の腰辺りから長めのナイフを抜いた。目つきはずっと変わらない。


 アルトゥーロは、部屋の出口を塞ぐようにじりじりと足の裏を床に付けて動く。


「ちょっとおとなしくしてくれたら、記憶が一日飛ぶだけで済むんだがな」


 半島の工作員なら敵とは言いきれない。帝国に利することはしないはず。しかし味方ではない。身柄を確保しないと危険だ。


 マスクの男がナイフこちらへ向けて構え、地を這う低さで飛び出した。

 アルトゥーロが発砲する。直撃、それでもその勢いのまま来る。突っこんできたのは丸太!


 アルトゥーロの左肩に、上からナイフが刺しこまれた。浅くはない。動脈、心臓近辺を狙う一撃。


 後ろ、やや上へ飛んだ気配は感じたが、対応できなかった。しかしわずかに体をずらし、ナイフを鎖骨に当てた。骨が削れ、皮膚が裂け、筋肉が押し開かれる。

 アルトゥーロが奥歯をこすり合わせて声を潰した。肩部分を貫通せずに止まっている。


 そう判断した瞬間、全身に力を入れて踏ん張ると、大雑把な回し蹴りを後ろへ放つ。よく見えていないが、ひざの下ぐらいに感触。


「オラァッ」


 いい当たりとはいえないが、足を全力で振り抜く。敵がナイフを握ったまま飛ぶ。傷がかき回されて広がり痛む。


 蹴り飛ばされた敵が壁に衝突、軽い石が崩れる音がした。アルトゥーロが姿勢を戻し、音源を確認した瞬間、小さな破裂音がして、白い煙が爆発して部屋を満たした。


「煙玉」


 煙があっても近距離の地形は認識できている。壁にできた穴から隣の部屋へ逃げられた。アルトゥーロは口元を押さえ、肩の痛みに耐え、穴から隣の部屋へ走った。


 濃い煙を越えた。人の気配はない。崩壊して大きく開いた窓から、ほこりっぽい風が吹きこんで煙が晴れた。彼は窓に寄る。


 建物のすぐ下を通る道路を横切った先の路地に消える後ろ姿が見えた。人前で追いかけっこはできない。彼はすぐに部屋の奥へ戻る。


「疲れた。痛いし、とにかくコーヒーだな」

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