ターキー
ルキウスはラリーに安全になったと説明して戻ってきた。村は完全に麦畑と化していた。村人は混乱の極致であるが相手してはいられない。ラリーがなんとかするだろう。
麦畑は移動に困りそうだが貴重な食料だから問題ない。その他の問題も発生したが後回しだ。麦の海に沈んだ車や家は別世界らしい景色だった。
麦畑にはうつろな目の兵が並んで立っていて、ヴァルファーとカサンドラが静かに尋問している。ゴンザエモンは麦を斬って走り回っている。テスドテガッチは直立不動。
日の落ちた麦畑には魔法の光球がいくつか宙に浮き、風妖精の林の青い光がなお幻想的に周囲を照らしている。風妖精の林が消えるまでにこの場を離れる予定だ。
「それで情報は? 魅了状態でどの程度の精度の情報になる?」
ルキウスは出迎えたソワラに尋ねる。
「魅了状態でも複雑な質問でなければ大丈夫だと思います。まず、この部隊の人数は三十五名です。捕り逃しはありません。歩兵が一班六名×五で三十名、戦車内に四名、ここに部隊の指揮官を含みます。ルキウス様が斬ったのが心覚兵という兵種です。これで三十五名。念道力重視の超能力者だったようですがあまりわかりません。他に魔法使いの類はいません」
「あれは指揮官ではないのか。あまりわからないというのは?」
「一般兵は魔法と縁がないようで、説明がわかりにくいですね。心覚兵側も何ができるか隠しています。魔法関係の技術は機密のようです。しかしルキウス様が森で手を焼くような心覚兵は存在しないと思います。特に強力とされるレベルの心覚兵で町を消し飛ばす程度だそうです」
「本人に聞かないと駄目だな。こいつらを追いかけて認識できる目印はあったか?」
町が消し飛んだら十分やべえよと思いながら普通に話を続ける。
「そのあたりは私が確認しています。この部隊は電波信号以外の長距離通信手段を有しておらず、魔法による追跡を可能にする目印などはございません」
カサンドラが麦を杖でかき分けながら、ルキウスのほうへやってきた。
「お前はもういいのか、カサンドラ」
「後はヴァルファーが。私が尋ねるべきことは最低限、後は時間をかけて聞けばよいかと」
「なるほど、それでお前は何を聞いた」
「本来であれば主様を信仰して然るべきですが、この者達は主様の存在を知りませんので、主様の御身である森への信仰を最優先で確認いたしました」
へー、森って俺の体だったんだー、それは知らなかったなー、とルキウスは思ったが顔には出さない。
「それで?」
「まず、森は全て焼くべきが最多数、次は森には近づきたくない、でございます。後は森を農場にしたい、森を材料に食料生産工場を造りたい、でございますね」
「全員か? 友好的な者は?」
「程度の差はあっても全員でございます。彼らの国では森を恐れ嫌悪しておるようです。森の消滅は国是のようですね」
ルキウスは、歩兵を眺めてから、こいつら緑嫌い過ぎるだろう、と思った。
大地を浄化するには、森の拡大は悪くない。理屈は不明だが森の土は良かった。多分、汚染された黒の荒野を一度森にすれば普通に農業ができる。浄化の魔法を使ってやるには広すぎるから、森を広げたほうがいい。
だが、ルドトク帝国にとって魔物まみれの森の拡大はありがたくない。この森はルドトク帝国にとって資源ではなく危険地帯と認識されている。奥の魔物が人よりかなり強い。
好んで危険地帯を増やす為政者はいない。戦車を造作もなく破壊する魔物が跋扈する森。そんな森が拡大しているともすれば焼き払いたくもなるか。
現時点での情報だと軍でも上位の魔物を相手にできるか怪しい。勝てても割に合わないだろう。明らかに非適正レベル帯での狩りになる。それらの損害は必要経費として受容可能な範囲だろうか。数字上は問題なかったとしても心理的にはどうか。
あまりうまい状況ではない。一度大地を森で満たして、人類が大きな損害を被らなければ、現時点で情報の有る大陸北部から中央部は荒廃したままだ。
ただしルキウスは、感覚的に人々が森を危険視するのを理解できる。リアルで魔物の生息する森が大発生した日には中性子爆弾ぐらい撃ちこむだろう。利益が期待できない限りは。
(どうしたものか、そもそも、俺が何かすべきなのか)
「ルキウス様の森を滅ぼそうなどとは姦邪にして至愚。ただちに神罰を下さなければなりません」
「おお、根切りですかい。大将」
機嫌の悪さが顔に出るソワラと考えなしのゴンザエモン。こいつらは理解できていなかった。
「まあ、待て。相手にも色々と都合があるかもしれない。しばらくは情報収集だ。我々はここで無知すぎる」
「場所がどこでも森はルキウス様の物と決まっております。森が無い所も森にすればルキウス様のものです。すべてはルキウス様のものです」
超理論を展開してくるソワラ。
「偉大な主様は寛大であらせられる。ものどもも泣いて感謝するでしょう」
ソワラとに比べるとわかりにくかったが、カサンドラも相当に持ち上げてくる、注意が必要だ。
「しっかしい、退屈ですぜ」
こいつは二十四時間いつでも注意が必要だ。
「暇ならやることがある。カサンドラ、復活の魔法を試したい。あれが有効かどうかは確かめておかねばならぬ。丁度そこに活きのいい死体がある。ゴンザエモンはそれの装備を引っぺがして首をくっつけろ。干渉する可能性のある要素は排除する。復活が成功したら私が無力化する」
これはルキウスにとって最優先で確認すべきことだった。死は終わりか否か。
「復活できるなら、金さえあれば斬り放題ですぜ」
ゴンザエモンが生首を無造作に拾い上げて胴体と並べた。
「失敗する未来は見えません。主様のおられるここは神域ですし……〔死者蘇生/レイズデッド〕」
カサンドラが集中の後、魔法を実行をすると横たわっていた体と首が引っ付いた。しばらくして、タネクは忘れていた呼吸を急に思い出したように音を立てて空気を吸い込んだ。
「〔悪い変身/バッド・トランスフォーム〕」
動きを確認してすぐにルキウスがタネクの足に触れて魔法を使った。タネクは縮みながら変化していく。
それにはピンクの肌とくちばしがある。体は黒の羽で覆われて丸く膨らんで見える。七面鳥だ。七面鳥になったタネクは高い声で鳴いた。
「成功ですね、この地でも復活は機能するとわかりました」
ルキウスもソワラと同じこの感想だ。非常に重要な確認が終わった。
「コストは許容できる範囲か、こいつのレベルがわからないが、ここでも復活自体は現実的に支払い可能なコストで実行可能と言えるな、ああ、そいつは寝かせといて」
「これは尋問しなくても構わないのですか?」
ソワラが魔法で寝かせた七面鳥を横目に言った。
「必要ない。それより魔法で巨大化していたアリの死体があったろう、あれは元に戻ったか」
「いえ、いくつか検査しましたがあれは巨大化した状態で固定されていると思います」
「つまりこいつは死んだら七面鳥のままか?」
「七面鳥を蘇生させない限りは。変身を解除するには蘇生が必要です。それを経ないと死体が人の死体にはならないかと」
「なるほど」
ルキウスは七面鳥を見ながら眉間にしわを寄せて悩む。復活が可能であるのは朗報であるが厄介だ。
敵も復活するリスクがある。敵の死体の痕跡は消した方がいい。別の姿に変えて殺す、は多少の隠蔽効果が期待できる。人の死体が発生しないからだ。アトラスの設定通りなら、魂を破壊すれば魔法やアイテムでの復活は不可能なはずだが、それは魂を破壊できる相手がいると告げることにもなる。
悩んでいるとヴァルファーがやって来た。兵士は全員睡眠状態にしてある。
「とりあえず近辺の戦力は概ね。ただ、兵は下っ端のようで、指揮官もそれほど知識を持っていません。彼らの軍制から考えますと少佐以上の武官を捕まえたい」
「そうかご苦労だったな、そいつらはそこらでいい」
「これからどうされますか? 情報は必要ですがあれらの全てはいらないでしょう」
ヴァルファーがやってきた方向を手で指す。
「村は食料不足だ、こいつらは七面鳥にして配ろう、全部だ」
ルキウスが七面鳥を見ながら言った。
捕虜にできるが、考えてもメリットはなかった。捕虜交換する予定もないし、そもそもこちらの存在は知られたくない。協力的になる可能性が低く、多少は戦闘能力を有する集団、さらにこちらのことを知っている。
(失敗すれば続きはない。危険は冒せないな。着実にやらなければいずれ死ぬのは俺だ。情報隠蔽は確定事項だな)
戦闘能力が低いといっても安全ではない相手。始末するのが最善だろう。
ついでに贈り物にもなれば一石二鳥。気分の問題で個人的には食べたくない物だが、物質としては七面鳥で固定されている。
「よろしいのですか、ほかに情報源はないのでは?」
ヴァルファーが疑問を呈するが、人を食料にするところには引っかからないらしい。過去にプレイヤーを襲いまくり、あらゆる殺し方をしている。いまさらなのだろう。
「捕虜のための施設など無いだろう」
「それはそうですね。造ると維持コストが掛かる上に探知される可能性も」
生命の木の人員は少ない。捕虜の負担は大きい。
「こいつらの基地の位置を特定したら落とす、それで情報源は確保できる。地図を持っていたはずだ、すぐに基地は発見できるだろう」
「地図はありますが……あの村のためですか?」
ヴァルファーが考えてから尋ねた。
「あの村は現状で唯一の友好勢力だ。放置すれば捜索隊が来る。我々の存在も露呈するし、村も困る。それにこいつらは情報不足を解消してくれそうにない。ならば村を助けるついでに基地を叩く。この部隊が消息不明になったと認識する前に基地を潰せば、ルドトク帝国はこの場所を気にすることもないし、それどころでもないだろう」
(アトラスならとりあえず村ごと消すとかやるけどな。さすがに現実はちょっと。人に気を使ってすごく疲れたがもう一仕事だ。ああ、アトラス遊びたい)
単純に別の場所で派手に暴れて誤魔化す。荒い対処法だが情報不足で精密な計画など立てられない。
ただ、軍基地が壊滅すれば、村は当面安全になり、確実に守れる。
「基地の戦力は確認しているか?」
「確認していますが、心覚兵の力量がよくわかりません、上の階級の者は配属されていないようですから、負けはないと考えます。基地の役割は悪魔の森の監視と周辺都市の防衛、総兵力は千に届かない程度との情報です。彼らの戦闘力からするに基地の兵は大半が三百レベルより下かと、装備も辺境で貧弱との事です。本国の部隊が相手であれば油断できませんが、兵、装備の両面から見て奇襲で完封できます」
「問題ないと考えてよいな?」
「もちろんです。この程度は森の外でも造作のないことだと、ルキウス様がゆっくりとくつろがれている間に終わらせます」
「いや、私も向かう」
ルキウスはとにかく情報を求めている。こいつらに任せるのはかなり不安だ。情報の解釈が異なる気がする。
「しかし、地図からしますと、基地は荒野の真ん中で、周囲に森は皆無ですので」
「そうです! 危険です」
ソワラも加わる。造作もないって言ってるのに俺は駄目なのか、森の内と外で扱い違い過ぎるんだよな、ルキウスはうんざりしてくる。
「いや、私が直に確認する。私が直接見ることに意味があるのだ」
(実質的に初めての戦い、ならば俺の責任でやらなければならない)
「そうですか」
ソワラが引き下がった。納得はしていなさそうだが。
「地図情報からの転移は……無理だな?」
ルキウスが確認する、一般の転移にはさほど縁がない。あっても全部部下に一回確認した方がいい。自分が予定を組んで失敗したら目も当てられない。
「完全に見知らぬ土地ですから無理かと、強引に挑めばどこに飛ぶかわかりません」
ヴァルファーが回答し他の二人も首肯する。
「私が召喚体を送り、その座標へ飛べば可能だと思います」
ソワラの提案は、ルキウスもできるのではないかと考えていた事だ。
「それで可能ならすぐに実行せよ、基地を潰すのは早いに越したことはない」
「大将、そいつぁ斬ってもいいってことだな」
ゴンザエモンが面の奥の目を輝かせて問いかける。
「……ああ、情報源以外はな」
基地を攻めれば当然そうなる。これから敵は殲滅が基本になるとルキウスは改めて理解する。ここは再構築以前の世界より酷い。荒れた世界を生き抜く覚悟が必要だった。
「やったぜ、まともな戦にありつける、感謝します、主よ」
都合よく信心深くなったゴンザエモンを放置してソワラが召喚に入る。
「〔異次元生物召喚/サモン・ディメンションクリーチャー〕」
ソワラの足元、靴の裏の影より影が膨らみ、あふれ、おぞましく飢えを極めた存在が現れた。
その姿は遠目に見ると大型犬の青黒い色の骨格標本に見える。
だがこれを四足生物の骨格と見るにはいびつ過ぎた。骨と見えるそれはやたらとねじれ、とがり、不自然に伸びている。これでは歩行などできない。さらに頭部と見られる箇所には眼球が収まる場所は無い。辛うじて口と見られる場所には、口内以外にもねじれ尖った牙のような棘があちこちへ伸びている。
ティンダロスの猟犬。異次元に生息する設定の知的生命体である。犬とはかかわりのない異形の四足異次元生物だ。俊敏なレベル八百台の魔物で追跡と攻撃に特化した能力を持っている。
格としては大精霊などと同じで、壁にはならない。希少魔物の発見、隠密プレイヤーへの奇襲目的で使用される。
「いつもと違って獲物の追跡ではなく、やって来た拠点の発見だができるか?」
ソワラが猟犬と何やら意思疎通を図り、了承が得られたようだ。
ティンダロスの猟犬は骨のような体を躍動させ猛スピードで駆けだした。
「戦車よりは速いな。今日中に基地まで到達するか。では撤収する」
村人には三十五羽の首無し七面鳥が届けられた。首はゴンザエモンが喜んで刎ねた。どうも斬れればなんでもいいらしい。
「なんで軍が鳥なんて積んでるんです!? 高級食材ですよ、ありえない!」
驚くラリーにルキウスはすらすらと言った。
「相当に特殊な任務だったようです。内容はまったく想像できませんが、よからぬことを考えていたに違いないですよ! いやあ、危なかったですね。きっとおいしいですから、さっさと食べてください。なんなら香草でも採ってきますよ」
村人からすれば奇妙な出来事続き。一個ぐらい増えてもいいだろうとルキウスは考える。村にはさらに混乱してもらって対処は明日以降だ。




