信仰
コモンテレイ唯一の機神教会である清浄要塞堂の会議室では、四名が席に着いていた。
「軍にスラムを捜査させるべきでは、確実に邪教徒が増えています。取り込まれているのです。このままでは外からじょじょに侵食され、すべてが腐りおちますぞ」
最も若いウィリス司祭が言った。
「異端審問は教会の権限である。共同捜査であれば、我々の権限への浸食を許すに等しい。貧民を保護すると言って、適当な施設を与えては? 我々も管理を手伝えば、喜捨を与えられる。あの場所そのものに問題がある」
メルセン司祭が言った。
「安い住宅を増やしてもまったく足りておりません。それに移住を強行し騒乱が起これば、流行り病が街中にまではびこる。最も弱きを助けることが、巡ってすべての信徒を助けるのです」
ウォーカー司祭が大きな声で主張した。
「軽々に動いてはならぬが、放置しても危険であろう。神の意に沿う手段を知らねばならない」
老齢のゴス司教がゆっくり言った。司教は、白い眉毛が長く伸び、深いしわで顔が垂れている。
「ならばもっと賞金をかければ」
ウィリス司祭が言った。
「本格的に邪教徒の疑いをかけられていると知れば、状況が余計に悪化する。スラムの貧民は街の者を中に入れなくなる。居住者に金を握らせても、怪しい情報止まり、大々的に動いてはおらぬのだろう」
メルセン司祭が言った。
「しかしここで力を示してこその教会でありましょう」
ウィリス司祭が言った。
「しようにもできぬ。根本の問題は世俗の使い物であり、軍の管轄である。本土と違い、ここの行政は責任が限られる。それを理解せよ、ウィリス」
ゴス司教がたしなめた。行政に介入する教会の権力も小さくなる。
「そうでした。まともに防衛の役も果たせぬ連中だというのに」
「神の意をより広く示すには、各ギルドの善意に期待するしかありません。よって、より大きな善意が湧くように工夫しなければなりません」
メルセン司祭が言った。
「本土が資金を回せば、十分とはいかずとも、最低限の食は得られます」
ウォーカー司祭が言った。
「無理でしょう。あの細道です、運ぶだけでも高い。この機に炊き出しは中止するか、下の者に任せては。そもそも、教会の前でやればよいではありませんか、ウォーカー神父」
メルセン司祭が言った。
「彼らは街中に入れば虐待される恐れがある。さらに彼らにも縄張りがあり、異なる者が街中で顔を合わせるのは争い原因になります」
ウォーカー司祭が言った。
「そこまで斟酌せずともよいのでは?」
「教会の前で銃撃戦になりかねません」
ウォーカー司祭が言った。ゴス司教は難しい顔で聞いている。
「そのような者にまで手を差しのべるべきなのですかな。絞ってもよいのでは」
メルセン司祭が言った。
「メルセン神父はスラムを見てもおらぬではないか。彼らの困窮は悪化している」
「見ずとも貧しいのはわかりますので」
「ならば彼らの窮状に何も思われないのか!」
ウォーカー司祭が声を張った。
「俗世から生じた問題では、対処するにも限度がある。それに貧しき者なら、街中にも満ちている」
「対処には教会以外に何かが必要なのだ」
ゴス司教が言った。
「軍に圧力をかけては? 死人しかおらぬせいで、布教の機会を逃したが、困ってはいるのでは? ハンターのほうからは何も得られそうにありませんでしたから、そちらしか」
メルセン司祭が言った。
「無駄でしょう。兵隊が数を頼っても何もできない」
ウォーカー司祭が言った。
「邪教徒の活発化は恐ろしき事。しかし、奴らの伸ばした手をつかむ好機でもある。今回の事で、軍も南方の脅威を認識しましょう。せっつく理由にはなるのですが、まだ弱い」
メルセン司祭が言った。
「私が街中に潜む邪教徒の尻尾をつかんでみせます」
ウィリス司祭が強く言った。
「邪教徒そのものより、奴らの活動を支える技術こそ肝要。狙うべきはそちらです。それも今回は軍にやられた。あれが手元にあれば、地下聖堂も気をよくして、援助もあったでしょうが」
メルセン司祭が言った。
「邪な技術など。邪教徒に取りこまれるのでは」
ウォーカー司祭が言った。
「その恐れはある。しかし物によっては、神を降臨させた神機の復元に使える可能性はある。それがこの不毛の地に眠る希望である。ウィリスは慎重に動くように、ウォーカーは助言してやれ、メルセンは軍の状況を探れ。みな、信徒たちを落ち着けるように」
ゴス司教が言った。
今日のこれで閉会となった。
悪魔の森に入ってすぐの木陰は、適度に風が抜け、夏の日をすごすには悪くない場所である。
そこに座ったヴァーラを囲んで、二百人ほど集まっている。子供、木こり、森の浅い場所で採集する町人、僧侶、商人など多様な人々だ。
「緑神はあなたであり、私であり、生きとし生きるすべてなのです。雑草も作物も切り株も、森も緑神です。それを食べる動物も最後には緑神です。死に絶えても、やがて緑神です」
ヴァーラは鎧を着ていない。代わりにローブを着ていた。鎧では座りにくい。
「さあ、感謝の祈りを捧げたら、みなで偉大な緑を食しましょう」
ヴァーラの親衛隊が、生命の木で新たに量産されている大粒のザクロを配った。試供品である。
「これ緑じゃないよ、赤い」
小さな子供が言った。
「赤くとも緑です。キノコなども実は緑です。動物も実はすべて緑なのです。奥の奥では緑なのです」
「姐さん、子供には難しいですぜ」
比較的に初期に、ヴァーラの指一本で鼻を折られて改心した元チンピラの信者が言った。
「おおよそ真っ当な生物は、この輪に組み込まれていますから、不死者でもなければ、すべては緑神です。とにかく全部緑神でいいです」
「とにかく緑神でいける」
子供が言った。
「そうです、その意気です。さあ、緑神に感謝しましょう」
ヴァーラがカシの種を植えた。そこに手をかざすと、小さな芽を出し、すぐに苗木に育った。こうやって、いつも一本植えている。
「緑神に感謝いたします」
参列者が言葉を重ねた。
子供の目当ては食事だけなので、すぐにザクロにかぶりついた。
食事が始まった。ヴァーラは人々を回っている。
カラファンが強引にヴァーラに接近を図る商人をブロックしている。
「昨年、食あたりで死にそうになりました。冬だったのに。緑神を信仰すれば、護られるでしょうか?」
主婦が尋ねた。
「食あたりも緑神のおかげです。感謝しましょう」
ヴァーラが透き通った威厳を感じさせる声で言った。
「へ?」
主婦がとまどった。
「食あたりをありがとうございます」
ヴァーラに従って長いごろつきたちが、太い声を揃えた。
親交を深めに来ている神官たちも声を揃えた。彼らは緑神を信仰していないが、強力な力を振るう神への敬意と、神殿間の一般的な慣習として行為だ。
初めてここに来た者が、周りを見まわす状況で説法は進む。
「毒を普段から食べていれば、耐性をつけることもできます。しかし森に住むのでもなければやめたほうがいいでしょう。ほぼ死んでしまいます」
ヴァーラが言った。
「ならどうすれば? 私は毎回食事が恐ろしいのです」
「祝福された緑であれば、毒を治せます。それは何かの果実の形で現れるでしょう。いずれ目にすることもあるかもしれません。緑の言葉を聞きのがさぬように」
「わかりました」
ヴァーラが移動する。後日、この主婦の庭には、ネクタリンの木が生えた。木は数日後、実を六つ付けると枯れた。
「森で魔物に襲われたとき、祈れば助かりますか?」
新米ハンターが尋ねた。
「祈っている暇があれば、石でも投げましょう」
「でも、緑神は常に森を見ていると聞きました。俺も見られている気がします!」
ハンターが大声で言った。
「そうですが、あなたは気にしすぎかとも推測されます」
「人には干渉しないのですか? 俺が望んでも何も起こらない」
「助ける気分のときは助けられる。そうでなければ、祈っても無駄です」
「知り合いが絡みつく植物に助けられたと聞きました。何か理由があるのでは? 俺も森を敵にしたくない。ご加護が欲しい」
切実そうなハンターに、ヴァーラが少し思案して答える。
「導管が繋がる聖職者ならともかく、一般人だと機嫌によるので。強いて言うならば、愉快な方のほうが、助けられやすいでしょう」
「わかりました。俺は愉快に生きていきます!」
ハンターは威勢よく答えた。後日、このハンターは森で、強力だが装備している間笑い続ける魔法の槍を拾った。
ヴァーラは数人と言葉を交わすと中心に戻る。
「自然は、人の都合のために存在していません。恵みも恐れも与える。まず受けいれるのです。そうすれば、正しき流れを感じることができます。そこに身を預ければ、より深く神を感じられるのです。これはいかなる神でも同じです。変化を恐れてはなりません。人の形にこだわっていては、神を受けとめるのは難しい」
ヴァーラが言った。神官たちから、おお、と感嘆の声が漏れた。
この集まりにトンムスは来ない。ルキウスに「祈ってる暇があれば、一匹でも魔物を倒すべきだ」と、自然信仰者にあるまじき言葉を投げかけられたせいだ。それに仕事が増えた。
彼の姿は悪魔の森にあった。変化した森の調査で忙しい。
多いのは、果物や木の実を顔面にぶつけられる被害。誰も投げた者を捕捉できない。この果物は特別な力があり、味もよく、ハンターの特殊収入になっている。
モグラの穴に小石を蹴り入れたところ、ドライフルーツのサンザシが飛び出し、あごに刺さった例もある。
食料にと、ライチをもぎったら異様に重く、確認したらカボチャだった例もある。
人によっては、大量の凍ったイチゴの雨に降られ怪我をしている。その後、イチゴを食べたら怪我は治った。感覚が鋭くなったそうだ。
ヴァーラは「夏だから気を使ったのでは、冷えた物食べたいですよね」と言っていた。これは自然体で、本気で言ってる。
さらにルキウスが「神の仕業だろ」と言っていた。多分そうだ。
ほかにもいろいろと尋ねたがルキウスは
「神が何を考えているかって? そいつはこっちが知りたい。はっきり言わないなら、察するしかない。まあ、言われても信用しない。迷わせたところに降ってくる言葉は危うい。ならどうするか? 状況はうそをつかない。観測した現象からを得た知識を、矛盾なく組み上げれば、いくつかの仮説はできる」と答えた。
彼の気配から、確信に混ざった疑心を感じた。きっと日々森で思索を積んでいるのだ。森で長く過ごした者がたどり着く境地。自分には難しい。
ネココとの接触には成功したが、会話が成り立たない。買わないなら帰れ、買ったら帰れだ。金が欲しいのだけは確実だ。
慎重に森を行くトンムスが呟いた。
「あからさま過ぎやしないか?」
目の前には、ポツンとスイカの大玉があった。各地を放浪した彼の知らない植物だが、食べ物だとはわかる。
玉の周囲五メートルに草が無い。不自然極まる。魔物の気配はしない。
五メートルの距離まで寄ると、視界が暗転した。罠だ、と反射的に剣を抜くと視界が戻った。
そのまましばらく静止していた。何も起きない。顔を少し前に動かすと、また視界が消えた。一歩下がると戻った。
近づくと視界が無くなるようだ。何がしたいのか。寄らずに取れ、か?
「近くに、視界を奪う仕掛けがあるんだろうが」
トンムスは荷物から縄を出して、それをスイカに投げ、引っ掛けて引いた。重いのがゴロゴロと転がってくる。足元まで来た。
それを持ち上げた瞬間、視界が無くなった。すぐに手を放す。視界は戻らない。
トンムスは息を吐いて、周囲の音を聴いた。異常はない。
射程距離があるなら、離れれば治る。もしくは時間か。
離れて治らなかったらここには戻れない、時間なら勝手に治る。
まず仕掛けを壊すのを狙うべき。しかし木の上や地中にあれば、難しい。まず疑うべき物が一つ。
剣でスイカを探しあてると、慎重に真っ二つにした。視界が戻った。周囲には変化はない、割れたスイカが赤い果肉を露出させているだけだ。
「・・・・・・どういう意味が?」
ギルヌーセン伯に届けるべき品だが、大きすぎるし、割れている。
トンムスはとりあえず割ったスイカを食べた。残りは袋に入れよう。
「まあ、いいものですね。意味はわからないが」
後日、ルキウスに尋ねると「玉を割らせたかったんじゃないの」と言われた。
だとして、それになんの意味が? と尋ねると「意味・・・・・・意味は特にないかもな。考えると長い。しかし形は最初から意味を持っているものだ。棒は振りたくなるでしょう? 重い玉は割るべきだ」と悩んで答えた。
信仰は難しい。
レミジオがパッと目を覚ますと、自然な流れで右手に銃を握った。窓辺でマリナが壁に身を寄せて外を窺っているのが、月明かりでわかった。
かなり遠くから銃声が聞こえる。連続して絶えない。
「また襲撃か? とさか集団のよ」
「南東のスラムのほうだと思われます。銃声の種類が多様です」
レミジオも窓に寄った。部屋は四階だ。
「ここには流れ弾は来ないな。軍の襲撃ではないか」
「ええ、妙な気配はございません」
レミジオは下を道路を警戒してから、窓から体を乗り出した。道路では様子を窺う人がちらほらと見える。
「何か見えるか?」
「この距離では何もわかりません。戦闘が起きているのは確実でございます。音からして、外へ発砲されています」
「見にいく」
レミジオはさっとベルトとコートを着た。マリナは弩弓を持ち、部屋を出る彼に続いた。
「人々のためにご立派でございます」
「うるせえよ。寝てられねえだろ」
二人が路上に出ると、知っているハンターがいた。レミジオが彼に尋ねる。
「何が起きてる?」
「魔物の襲撃らしい。多そうだな。何人か見にいってる」
「なんで警報が鳴らねえ」
「知らん。昨夜はあっちに配備されてた軍の被害が多かったから、どうにかなったんだろうよ。警備システムや軍の装備も盗まれたらしいし」
「まず、外壁住宅に登る。あの上からなら、よく見える」
レミジオは街の外へ歩く。
「わかりました」
マリナが言った。
二人は外壁住宅の屋上に出た。外に近い場所にある頑丈な鉄骨の入った集合住宅で、街の壁の役割もある。
「どうも、街中の軍は別の方向に動いていますね」
マリナは街のほうを見て言った。
「俺たちをおびき出す悪だくみか? ほとんどは動かねえぞ」
「いえ、こちらにも来ていますし、ほかに事件があったのでは」
街の外周を走ってきた戦車中隊が、かなり遠くから機銃の発砲を開始した。さらに榴弾の爆発で荒野に火が生まれる。
荒野に動くものが見える。広範囲だ。かなりの魔物が来ているようだ。
「この前の取りこぼしか?」
「いろいろとあの現場から回収したので、荒野の魔物がそれの匂いなどを追ってきたのでは?」
スラムのかなり広範囲から、発砲の光が見える。
「スラムの中に入る。外は軍がやるだろ」
レミジオは階段を下っていく。マリナもそれを追った。
二人はスラムの外に沿って走り、外周に近い辺りでスラムに入った。人々は混乱して、逃げたり、伏せたり、建物に潜んだりしている。
「暗いな、サーチライトは何をやってる。電線を切られたか。見えているか?」
月明かりが当たっている場所は見えるが、建物の陰は黒一色だ。
「生命の気配はわかるので、上でございます!」
マリナが声を上げるなり、レミジオを身を小さくして後方へすばやく転がった。コートがひるがえる。マリナは飛びのく。
さっきまでいた場所に、ドンと何かが落ちてきた。
おおむね人型、二メートル近い。肩から生えた、道の全面を覆い隠しているとげのある巨大な翼が、急激にしぼみ腕へ変化していく。
やや胴体にめりこんだ小さな丸い頭部には、目とおぼしきかすかな光の反射が二つ。異様に長い翼だった腕、足は細く直線的。全体はダークブルーか。暗さで見にくいが、胸部に小さな昆虫の腕が三対。
レミジオは起きあがりつつ、さらに距離をとる。
「人型、私がやりますか?」
マリナが弩弓をかまえた。
「いや、悪のオーラは感じている。はっきりと形がわかる」
「悪と混沌でございます、悪精か、腐邪かも。ならばそれなりの格、四十から百二十」
(ベテラン車長の戦車で標準危険度百だぞ。主砲級の攻撃があるならやばい。動き出しを潰す)
魔物は体の輪郭がぼこぼことふくらみ、少し波うっている。よろしくない考え事をしていそうだ。
「そいつはやる気が出る。書物の存在だ」
敵が動こうと、かすかに上体を前に傾斜させた。
「神の吐息は悪は退散させる」
レミジオが祈りを込めた右手の銃を全弾六発連射した。至近距離だ。敵は回避するそぶりもない。すべてが胴体に命中。敵は衝撃で後退する。倒れないが手応えはあった。
「頑丈だが表皮は抜けた。撃ち抜け、〔聖なる一発/ホーリー・ディスチャージ〕」
敵が腕を大きく振りかぶったところへ、レミジオが左手の銃を全弾を撃ち込んだ。敵がわずかに後ろへ飛びよろけ、長い腕をさらに伸ばして、地面に手を突いた。逆の腕でも何かをつかもうとして、ぼろい建物の壁を倒した。
レミジオが追撃するべく、右手の銃を宙に軽く放り、次の銃を抜こうとした時、敵の姿が消えた。瞬間移動だ。
レミジオは一瞬硬直したが、すぐに悪を感じた。頭上に四メートル、やや右、落ちてくる。レミジオは次の銃を抜くと両脇をしめ、両手の銃を上に向けた。
「神は世界のいずれかに宿る」
それぞれ六発がほぼ一斉に発射された。この中の一発に、十二発分の力が集中している。弾丸は並走する二つの列車のように連なって飛び、一列が魔物の胴体を貫通した。魔物はそのまま落下してくる。
「よっと」
レミジオはを体をひねって回転してかわした。
すぐに姿勢を立て直し、片ひざを突いた状態で次の銃を敵に向けた。魔物は霧散をしていく途中だった。そして消滅した。
「ふざけた荒野でもお目にかからん魔物だったが」
「出所は悪魔の手かもしれません。あの作戦で湧いた魔物群と似た気配が」
「召喚体なら、誰かが呼んだものか? しかし・・・・・・」
消滅した後には、何か液体の痕跡がある。
「悪魔のような肉体を持たぬ異界の来訪者が、強引に顕現するとこうなる場合もございます。形の合わぬ依代、つまり虫のような生物をより合わせて創った低位の肉体を使い捨てにしたのかと。定着する場合もございますが」
「悪魔の手部分が、奈落や邪悪界になったなら大事だぜ」
「なっていれば、依代無しで本物が顕現するかと」
二人が周囲の様子を探っていると、裏返った声を聞いた。
「ひい! 来るな!」
二人はすぐにスラムの奥へ走った。
さっきと同型の魔物が、男に襲いかかろうとしていた。
「私が」
マリナが何かを力を込めたボルトを発射した。それが魔物の頭部側面を捉えた。貫通している。魔物は横に倒れながら霧散する。
「こいつは傷つくな」
レミジオが呟く。
「わざわざあの森の木から削り出しましたからね」
男は普通の服を着ているが、レミジオの知った顔だ。
「おい、なんで一人でこんな場所にいる? 死にてえのか神父様よお」
レミジオが男に顔を近づけて言った。
「ひっ! 寄るな! 悪漢め」
若い男が腕をブンブン振り回す。
「ずいぶんな言いようだな、ウィリス司祭」
ウィリスは呼ばれて、しばらく硬直し、レミジオを必死に見た。
「お、おお、レミジオ神父でしたか。これぞ神の導き」
「夜更けだぞ、帰りな。ジャラジャラ弾抱えてねえと参加できねえ祭儀だ」
「この化け物の気配を感じられたか。邪教徒の召喚に相違ありませんぞ」
ウィリスが必死になってつばを飛ばす。
「あいにくだが、こいつらは空から降ってきてやがる。防空網をすり抜けてやがるんだ。邪教徒との関わりの有無は知らん」
空を撃ってる機銃がいくつかある。曳光弾の射線が見えている。
「単純に低空を抜けているようです」
マリナが装填したボルトを発射して、空飛ぶ影を落とした。
「絶対に! 邪教徒ですぞ!」
ウィリスが叫んだ。
「余計な事は口走らないほうがいいぜ。本当にいたら弾が飛んでくる。ま、今はそれどころじゃねえか」
魔物の侵入が増えて、スラムの人々は逃げまどっている。ここの家の壁は弾避けにならない。素人が応戦して弾を撒いているので、それにやられた者も見える。屋根の上にも虫型の魔物の影がある。
レミジオが小さな魔物を蹴り飛ばし、銃に弾込めしていく。
「足元のほうが圧倒的に多いです。しかしこちらは、住民でも対処できるでしょう」
マリナが言った。
「この機を逃さず、奴らの情報を見つけてやる。絶対なる機神よ!」
四隅のプロペラで飛行する、直径五十センチほどの浮遊物が召喚された。胴体正面に機銃があり、その両横にとび出た目がある。下部には一対のミサイルがある。
「機械ですか」
「自由砲塔ですぞ」
ウィリスが誇らしげに言った。状態異常を受けない浮遊砲台だ。
「そいつは真っ当な、何も考えてない神官だからな。順当に機械だ」
レミジオが言った。
レミジオとマリナはスラムで魔物駆除を続けた。大物はまれで、五十センチ以下の虫やおぞましきものが大半だった。
顔を家につっ込みたがるウィリスは邪魔だったが、自由砲塔は掃射能力に優れており、それなりに役に立った。自由砲塔は、二十分で帰ってしまったが。
やがて軍が全面的に展開すると、街の外のスラム、街への魔物の侵入は止まった。すでに中に入ったもののほとんどは、二時間ほどで駆逐された。