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騒乱

 コモンテレイにおいて、スラムが最も陰気な場所であったとしても、動ける子供が、慣習的大人のようにじっとしていることはそうない。


 イーノックは八歳の男の子で、弟のモーガンが六歳、日焼けしていて、服は砂ぼこりにまみれている。二人は通い慣れた道とも呼べぬ、鋼板で作られた箱のような家と家の間を歩く。人々が歩く場所は石が減って、脇に寄っている。人は多く見えるが、通行人は多くない。


「あれ死んでるね」


 モーガンが鋼板製の家の入口をわずかに指差して言った。隙間から見える家の中では、壁の前で髪をだらりと大地につけて横たわる女がいた。目は半開きで皮膚は乾いていて、呼吸は見えない。


「口からよだれが出てるから生きてる」


 イーノックが言った。


「石ぶつければわかるよ」

「やめとけよ。死んでたら呪われるぞ」


 イーノックはモーガンの背を押して歩かせた。


「それだったら死んでるじゃん」


 モーガンが少し得意に言った。


「死んだあとにそうなるんだ」

「なるのかなあ」


 モーガンにはちょっとばかり不安があった。


「外側の方で死体に噛まれた人がいるって、大人が騒いでただろう。デレミも死体見たって言ってたじゃないか」

「デレミはうそだ。いつもうそばっかりだ」


「死体が危ないのは本当だって、ここを歩くのだって注意が必要なんだって。死体が歩いていてもわかるものか」

「流れ弾なんて見える? 噂じゃ、外から飛んできた弾が当たって死んだって」

「まばたきしなければ見えるんじゃないか」


 少し開けた空間に出ると、二十人ほどの子供がたむろしていた。ちらほらと地べたに座りこんでいる大人もいる。


 離れた場所に屋台があって、古い電池バッテリーを集めて連結した装置で、鍋を加熱している。大きな石が鍋ぶたの上にあり、塞がりきらない隙間から蒸気が出ていて、独特の鼻に泥を付けたような臭いがしていた。もっと行けば、服屋に金属屋がある。


 二人も子供の群れに合流する。

 このような子供の集まる場所が、スラムに多くある。二人も夕方に父が戻るまではここいる。 


 母親は一年前に熱を出すと十日ほどうなされ、特に後の熱はひどく、うわごとを言っていた。やがて何も言わなくなり、そのまま死んでしまった。ほかに三人いた兄弟も死んだ。


 父親は廃品回収の仕事がある。仕事がある人間がいるだけで、スラムの中では平均より上だ。つまり一日二食を食べられる健康な人間だ。


「今日は少ないね。何かあったの?」


 イーノックが子供の輪に尋ねた。子供の輪は、どこかで拾った機械部品を鑑賞していたらしい。拾い物は多いので、よく持ち寄ってこうなる。


 彼らの普段の遊び道具といえばぼこぼこにへこんだ缶で、これを蹴って跳ばし合うとか、拾ってきた駒状のものでゲームをするぐらいだ。それで広場に何かわからないおものが多く転がっている。


「昨日、外で魔物退治があったでしょ。あれの回収に行ったんだって」


 大きめの女の子が答えた。


「外は危ないっていうのに。魔物が退治されたら」

「これは大勢の軍と一緒だからでしょ。便乗して稼ぐのよ」


 女の子が言った。


「僕も外行きたい」


 モーガンが言った。荒野には金属片が落ちていて、集めればいくらかになる。


「駄目だ。掘るならここを掘っても同じだ」


 地面を掘るのは大人でもよくやることだ。井戸掘りの工事はスラムでもやってる。


「ええ、外の方が絶対あるよ」


 モーガンが不満を漏らした。


「外だって一緒だよ、見える場所は全部。父さんが言ってただろう。次になんか拾ったらやるからそれで我慢しろよ」

「本当にくれる?」

「ああ、モーガン、ここにいるんだぞ。僕は近くを見てくる。気を抜くとすぐに敵が来るから」


 イーノックはモーガンがうなずくのを確認すると、周辺偵察に出た。


 新入り勢力の子供の集団が攻めてくるかもしれない。そうなれば鉄の棒で叩きあう。


 イーノックの家は街寄りにあって、地下区画へ行きやすいし、廃棄所が適度な距離にある一等地だ。そこを奪おうとか、割り込もうと考える人間は多いのだ。それで地区の境の小屋には、銃を持ったおじさんたちが潜んでいる。


 彼は大事な仕事をするという使命感に燃えて、不規則に分かれる道を進む。


「なに?」


 イーノックは何か見慣れないものが先の路地を横切った気がして、すぐに走ったが何もなかった。

 周囲の人々も動いていない。しかしなぜか、半数の人々の視線は正面からはずれ、同じ方向を見ていた。普段通りの、力がないか、けわしい顔で何も考えていなさそうだ。


 イーノックはその視線の先の道へ走った。傾いた家がある十字路できょろきょろとする。それからなんとなく左に曲がって、すぐの暗い細道へ入った。


 輝きを感じて、いい物を拾ったような感じがした。立ち止まって、彼が顔を上げるのと入れ違いに、何かが落ちてきた。


 それがコンッと転がって足元に来た。イーノックはそれをつかんだ。


 知らない物体だ。ナットぐらいの茶色の玉がこげ茶色帽子を被っている。人の顔のようだ、彼はそれを手に取った。


「金属じゃない」


 口に入れて噛んでみたが、硬くて割れない。食べられないようだ。


「顔が空から降ってきたんだ。すごいぞ!」


 イーノックはさらに細道でこれに類似する細い物に太い物を拾って、これを持ち帰った。


 これはスラムとあちこちで発見された。子供たちの一日はこれを求めることに費やされた。


 マリナリはスラムから離脱して、スラムが見える古い集合住宅の上階に姿を現した。


「才能がありそうなので、少しサービスしましたがどうでしょう? 普通の種では目につかない。どんぐりはいいものです。大人も子供もお拾いのようですが、どう認識されているでしょうか?」


 マリナリは小首をかしげた。


「まあ、一度ぐらいでは効果はないでしょう、それでも繰り返せば、何かの噂がお生まれでしょうから、それを見て、先を考えるといたしましょうか。さてお仕事にいきませんと」


 噂を知れば、彼らの関心事、警戒対象や、潜在的欲求が知れる。したがって立派な調査である。

 マリナリは階段を降りていく。




 アブラヘルはとにかく下水道にうんざりしていた。このままいけば、今日も、明日も、明後日も、とにかくずっと下水道である。


「やっぱり魔女らしくキノコでも生やすか。でもマリナリがうるさいし。ここを景気良くしないと、何もかもだよ。殺風景だし、暗いし、臭いし。本当にもう!」


 アブラヘルはどうするか考えながら下水に沿って歩く。それなりに人が出入りするせいで、床では足跡が重なる。誰かが壁の割れ目を広げて掘った小さな横穴が散見される。


「せめて臭いだけでもなんとかするか、〔芳香花/フレグランスフラワー〕」


 下水道のすみや壁に、小さな桃色の花がポツポツと現れた。かなりの長距離に存在している。

 

 一帯に甘い香りが漂ってきた。特に男性は強く感じる香りだ。

 アブラヘルはさらにすぐ行き止まりになる横穴の中を、この花で満開にした。


「ここなら土があるから、耐えるだろう。まあ、これぐらいならいい。匂いだけだし。お次は・・・・・・」


 アブラヘルは飲み干したワインボトルにいくらかの葉を詰めて、下水に投げた。浮いて流れていく。


「やたらと美味そうな匂いだけでも楽しむといい。想像力があれば、夢で豪華なお食事にありつける。夢の方が良ければずっと眠ることだってねえ。ボトルに〔生活/サステナンス〕の魔法を固定しておいてやったから、身につけておけば食事は要らないのさ。こいつは出血大サービスだよ」


 アブラヘルは見下しの笑みを浮かべていた。


 彼女の機嫌は良くなった。

 どこかの誰かが決してありつけない食事の匂いだけを嗅ぎ続ける無様を、労苦しかない仕事に耐えるための嘉肴かこうにして、不愉快でジメジメした下水道で、ネズミの餌付けと調教の仕事を真面目にやった。




 夕暮れ時、フロストウィーターの運転する車はコモンテレイの入口のゲートにあった。


 軍基地の方が近かったが、フロストウィーターはそれを避けて街に戻った。


 狭いゲートは少々渋滞している。悪魔の手の作戦に関連した車両が出入りしている。ハンターでない者もスクラップ拾いに出たのだろう。貧民を積んだ小型トラックが多い。


「あれが、街の入口だから・・・・・・」


 フロストウィーターの声は誰にも聞こえていなかった。

 スーザオは既に車から飛び降りて、肩で風を切って歩いている。ゲートへ一直線だ。


 ハンターからしても異様な髪型と、珍しい胴着に視線が集まる。

 スーザオは車両とゲートを警備する兵の間に割って入り、兵の至近距離に胸を張って立った。


「お前は帝国兵か?」

「なんだお前、その格好は・・・・・・」


 兵は呆気にとられている。


「お前は帝国兵か?」


 スーザオは兵の眼前に顔を寄せて、熱い形相で圧力をかけた。


「何言ってんだ。見ればわかるだろうが」

「そうか。今からお前をぶん殴る」


 スーザオは満足そうな顔になると、左手を兵士の肩に置いた。


「軍人相手にどうしようってんだ。列に――」


 兵は威嚇的な声を発した。


「ザアァク!」


 鋭い掛け声と同時放たれた拳が、兵の顔に深くめりこんだ。顔面が陥没している。

 兵はゆっくり前に倒れた。全身がけいれんしている。


「次!」


 スーザオが威勢のよい声を飛ばした。

 周囲の者は全員硬直している。

 

 なんとなく事態を予測していたのはフロストウィーターだけ。彼女は車を放置してそっと車列から離れた。抜け目なく価値のありそうな物は持ち出している。長距離観測機らしいのが、一番価値がありそうだったので、バックパックにねじこんであった。


「敵襲!」


 監視塔のサイレンが遅れて鳴る。

 門の近くにいた兵士三人が銃を構えようとした直後、飛びかかったスーザオの回し蹴りで一掃された。


 監視塔の兵が発砲して、スーザオが大きく跳んでかわす。銃弾は倒れている兵士に当たった。


「おいおい、この程度で怖気づくとはな」


 スーザオは監視塔の真下へ猛烈な速度で駆け寄ると、真っすぐに飛び、監視台に手をかけて中へ入る。同時に蹴り飛ばされた兵が落下していく。兵はそのまま地面に激突して動かなくなった。


「もろい」


 スーザオは監視塔の兵がいる場所から乗り出し、足先を手すりにかけてぶらさがった。


「てめーか。うるせえぞ」


 ちょうど目の前に来たサイレンを頭突きで破壊する。そのまま足を手すりから離して落下、体を回転させてきれいに着地した。


 そこから少し離れた道路では、サイレンを聞いて来たバギーから、兵が降りて無線で状況を確認している。


「いい流れだ。清流の流れの淀まないが如く、これを流していく」


 スーザオはバギーへ駆ける。




 この様子を大型バイクにまたがったレミジオとマリナリが見ていた。農園近辺の魔物を掃討する依頼の帰りだ。マリナリが運転していて、後ろのレミジオは体を四十五度傾けて、大きく横に出ている。


「あれはお前の知り合いか?」


 レミジオが言った。マリナリがゆっくり振り返る。


「どうしてそう思われるのでございますか?」

「・・・・・・違うのか?」


 レミジオはマリナリの冷たい視線にたじろいだ。


「どこをどう判断されたのか、よく確認したいのでございます」

「・・・・・・あの男、どの程度の強さだ」

「歩兵では相手にならないでしょう。街に入られてしまいました」

「・・・・・・あれは武僧モンクなのか?」


 レミジオは、ああいうのがいる、というのは知っている。それでも銃と正面からやりあえるのは創作上の存在だと思っていた。


 あれは銃弾なみの速度で走るか跳躍している。回避に専念されれば、自分でも普通の弾は当てられるかどうか。


「そのようなものかと。いずれにせよ、格闘系のお方です」


 例の男は街中へ消えた。


「ああいうのは暗殺者ぐらいのはずだが、隠れる気はないらしいな」

「何かの作戦意図があるのではないでしょうか。別の場所で何かやるような」


 街中から散発的な発砲音が聞こえる。あの男か不明だが、軍用銃の発砲音が連続すれば、神経質な反応が出てもおかしくない。


「厄介ごとになるな。街がごちゃごちゃしてる時に」


 レミジオは渋い顔をした。


「ところで、留まりますか? ここは混乱するやも、早めに抜けたほうが」

「そうしてくれ、入ったらまず燃料だ。弾薬、食料も多めに買いこむ」

「でございますね。トラブルの匂いがいたします」


 マリナリはバイクを加速させた。車の脇を抜け、門を越えて中へ走ると、すぐに歩道を走るフロストウィーターを見つけた。


「あのお方はデクタさんでございます」

「デクタ・・・・・・【熱き鉛の知らせ】か、あいつらのバギーは無かったが」


 レミジオが後ろを確認した。降車して状況を確認する人々が増えている。車が少ないことに抗議して、車体をガンガン叩いて鳴らす者もいる。


「入り口前で抜いた見慣れぬ大型車から降りたのは、おそらく彼女でした。あの奇抜な髪型の殿方も、同じ辺りから現れたような」

「・・・・・・捕まえろ」

「了解いたしました」

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