マリナリ2
「私は曼荼羅のごとき香しさの花畑の裏に満ちた狂気の吐息を感じて……とりあえず待てと」
「だろうな」
アルトゥーロがジャーキーをつまんだ。
「だろうね」
アブラヘルはステーキの残りを口に突っ込んだ。
「それはなんと偉大なお考え。いつか降臨されるために完璧な準備を」
交神が終わりマリナリが瞬間冷凍された。彼女は無言で椅子に掛け、背筋を伸ばした。
「アルトゥーロ、その後、工場の様子はどうでしょうか?」
「技術者は不足しているようだが、円滑に運営されている。電気と機械整備の仕事を一人にやらせやがる。それでも街の様子からすれば上等だろうよ」
彼は酒瓶を机に置いて、報告しようと準備していた内容を答えた。
「不正はどうですか?」
「そこまでは食いこんでいないが、まあ小さなのはあるんだろう。しかし、客と直接接触しねえからな。職員は正当な取り分が一食あるし。自然肉伝統ソース味が一番人気、これだ」
アルトゥーロは荷物から長細い袋を出した。
「できたてはそれなりの味だ」
マリナリが袋を開けて一口食べた。考えながら噛んでいる。
「これは普通に頂戴できる味ですね。やはり流通物は劣化がある。肉は絶対に入っておりませんけれども」
「肉は何かの虫のペーストだ。配合は機密だってよ。劣化は乾燥技術に問題があるのかもな。緑の恵み味は人気がなかった。あれは豆を分厚いサヤごと入れている」
アルトゥーロが言った。
「帝国では、この固形食だけを食べていることを誇る文化がございます。労働者の象徴的な存在です。特に力の源味を食べた回数が競われています」
「あれはここでは製造してない。原材料は獣の血だ。あれは子供と肉体労働者に優先的に配給されるんだと」
「つまり数に限りがあるということで。他に常食される食品は、非常に高騰中であるポピー類の種でございます」
「しかし簡単に雇われたもんだねえ」
アブラヘルが言った。
「本土とまともな情報のやりとりがないのだと思われます。軍籍の管理ですら混乱があるようです。関を抜けなければ未回収地には来られませんので、そこで確認しているのでしょう。山越え屋の噂はありますが、未確認」
マリナリは淡々と答える。
「にしても軍の管理はまずくない?」
「治安維持のために軍も緊急増員でございます。何か火種は?」
マリナリがアルトゥーロを見た。
「そんな活力はない。従業員は地道に生きてる」
彼が言うと、マリナリが袋をつつく。
「これで食欲は満たされてると。そもそも仕事がある方は、活動範囲が狭い。仕事、食事、読み物に映画。ハンターの方々も、自分の縄張りに干渉されなければおとなしい。規律的な国民性でございます」
「人工的なシステムに染まっていやがる。野外の大型スクリーン前はずっと人でいっぱいだ。鉄鋼巨人ハ―クレイを観た。鉄加減は良かったぞ」
「ちょっとお、大事な事を忘れてんじゃないのさ」
アブラヘルがマリナリの腕に手を重ねた。
「なんです?」
「まぐわいだよう。仕事が終わったらやることは決まってるでしょうよ。そりゃあ、お盛んでしょうとも、映画なんかよりも、ええ?」
アブラヘルがにやけて顔を寄せた。
「それもございましょうね」
マリナリが表情を変えずに言った。
「しかも餌は配ってるって、食えないレベルまでいかない奴は増えるだろうさ。餌を絞ればいいのにさあ」
「配給は最低限ですが、停止しては政府の価値を示せず、食料を自由に取引できる状況ではございません。もっとも、農場との闇取引はいくらでもございますが」
「工場は全力で現状維持中だな、建て替えるほど傷んではいないが、余力はない」
アルトゥーロがぼそっと言った。
「不満の種が無いと。最近の変化はございますか?」
「変化といっても新人でそこまではな。せいぜい、そうだな、職員は人を肥料として送ってきてるんじゃないかと疑ってる。工場の人間は完全に信じてるぜ。死体ばかり見ているからな」
「街の人は、少しずつですが増えております。特に南東スラムは外側に広がり、新顔と古参の小競り合いがある様子。遮蔽部が増えて、治安が悪化しています」
「循環する血肉が増えれば、どこかで成り立つって道理かい。それにしては下水の管理が甘いけれどね」
アブラヘルが言った。
「処理場で業者が回収してはいます。本土のインフラと比べると……ここは僻地ですので。それでも大戦前のインフラを流用できていますので、地下は頑丈で立派です」
「上の街より、下を掘ったほうが立派な可能性はあるね」
アブラヘルは目を鋭くした。
「怪談噺の類なら絶えない。地下の怪物が十種類ぐらいはいるな。軍の秘密兵器に、工場の機械の場合もある」
アルトゥーロがハッと笑った。
「荒唐無稽な噂でも広がっていれば価値はございます。しかし工場は問題なしですか。一般的な状態なのか判断に迷います」
「問題は……ここは水が足りてないし、電力もそろそろきついらしい。西では山からの雪解け水が使えるとかで水素タンクがあると聞いた。ここは土地が空いてるから人が送られてくるが、街には水が無いんだと、一般職員の言ってることだが。まあ、そんなものだ」
アルトゥーロが言った。地下水を引き上げるには電気がいる。
「その顔じゃあ、期待した部品は無かったようだね」
アブラヘルが言った。
「流通してる電子部品は古い。こっちでは使えない。このままじゃ共食いさせるしかねえ」
「軍の研究開発施設、もしくは発掘品の保管所に手を付ける必要がございます」
「動かんのだろ?」
アルトゥーロの目がはっきりマリナリを見た。
「命令は情報収集のみです」
「なら、森の遺跡をがんばって掘り返してもらうしかねえな」
「素材といえば、合成樹脂の出所は?」
「北方の国営企業プーヴェッタ、と伝票にあった。原材料の産出は不明だ」
「南の工業地帯ではなく、北ですか?」
マリナリが意外そうな顔をした。
「鉄鋼業は南で、化学産業は北に偏っているらしい。聞いただけだが」
「へえ、資源の産出地は重要です。それが秘匿されているとなればなおさら」
「メーカーのある場所まで行かねば難しいな」
「帝国本土の中枢のほうでしょうか? しかし、完成品を一から持ってくるのは不合理です。ここで加工すべきと思うのでございますが」
「それも水だろうよ。鉄の産地は隠していなかったな。気にしているのは、原油に木材無しで大量生産できる理由だろ? 工場は植物油だが、車両は明らかに鉱油の香り。合成しているんじゃないか?」
「流通してる品からすると少しは原油、石炭が無いとおかしいとエヴィエーネが。黒の荒野に生息する〈暴走機械〉、〈おぞましきもの〉には、材料たりえますが、都市を支えられるとは思えません」
「ふーん、燃料自体は主に鉄電池とスキルだが、鉱油が無くなれば影響は大きいな」
アルトゥーロがあごを撫でた。
「そもそも、原油、という単語を知る者が存在しておりません」
マリナリが不可解そうに言った。
「私の知らない作物が多いから、新種にそれ用の作物工場があるんじゃないのかい?」
アブラヘルが言った。
「都合が良すぎやしないか。四百年前の大戦終了時点で破滅的な状況だぞ。今だって食料を最優先でやってるってのに」
「大戦前にあったんじゃないの?」
「過去の技術情報によれば、工業用植物種は、丁度ここ、大陸中央部で大量栽培していたとか。今の野外農地はすべて食用作物となっております」
マリナリが答えた。
「それならどっかに貯めこんでんのさ」
「植物の事はわからねえ」
アルトゥーロが肩を回して骨を鳴らした。
「これらは主が強く興味を持たれています」
「わかっている、本人がいつか言っていた。経済の基本形が見えないってな」
「本人から! 私は聞いておりませんのに。録音して提出しなさい」
言葉が速くなるマリナリに、アルトゥーロが面倒くさそうな顔で言う。
「自分で聞けよ」
「いと貴き主よ! 我が絡み合う法典よ」
マリナリが祈りだしたので、アブラヘルがその頭をはたいた。
「あんたの調査は?」
「ハエさんは工場には行ってくれません。貧民溜りの状態はよく見えていますよ。スラムで大きな動きは確認できません。カがいればよかったのですが」
マリナリが正気にもどって答えた。
「病気がはやってるってな、清掃員が恐れていた」
アルトゥーロが言った。
「そうですね、触媒不足でポーションは高価。教会の権勢が強い一因でございます」
「科学的な薬品も種類はないな。抗生物質は注文できるらしいが」
「悪魔から妖精の血筋まで、人種が混ざってしまっています。体質が多様で難しいのではないでしょうか。医療産業は未回収地に無く、程度は判断しかねます」
「一応は魔術師もいるはずだけど?」とアブラヘル。
「神の御力であれば、正しい魂の形に合うように体を活性化させて癒し、ときには魂そのものを正しい形に復元しますが、魔術では難易度が高い。対象が機械であれば効果は拮抗いたしますが」
「といっても低位の病気治癒魔法は、邪気を払うだけで魔法的な病気にしか効かないけどねえ」
「まあ、あの工場だけじゃ技術水準はわからねえ。ここの兵器の型も古いっていうし」
アルトゥーロが言った。
「最上級のお酒なら、ここでも流通していますよ。これも技術指標です」
マリナリが机の上の酒瓶を見て言った。
「薬品といえば、薬品だ」
「酒はそれより、帝国のほうが上のようでございますね」
「こいつはヴァルファーの酒だよ。原材料はルキウス様の手持ちの種からで」
アブラヘルが冗談じゃないという表情をした。
「それでもここのお酒のほうが上です」
「本気かい?」
「保存可能な飲料ですから、技術が発展したのでは? 遠出するハンターの皆様が買いこんでいます」
「そりゃあ、結構なことだ。飲んでみてえな」
アルトゥーロが言った。
「こそっと、失敬いたしましたが、おいしゅうございましたよ」
「あんた何をおいしい思いをしてんのさ」
アブラヘルが不愉快そうに言った。
「お仕事でございます」
「いい御身分だね」
アブラヘルがふんぞりかえる。
「お前が言うなよ」
「この街で入手できる帝国の最高峰の品はあれぐらいでございますから、唯一の基準点、確認は至極当然」
「納得いかないね」
アブラヘルがうなった。
「保存は重要ですが、帝国で保存に関わる魔法使いは些少。思いの実現化たる思念術であれば、実体への干渉は最高位に至るか、術式に、装置が必要。動力者であれば、完全に宇宙の法則と繋がった者でなければ不可能。火、水能力者なら水分をゼロにするぐらいはできますか」
「魔術師不足だねえ。……それはこっちもか」
「とにかく動きなしでございます。騒動の影響は少ない。アブラヘルさんのネズミの御機嫌はいかがでしょう?」
「ネズミを手なずけた端から食われるのはなんとかならないのかい? ネズミ捕りに来る奴らが多いんだよ。どこからでも下水に入ってくるよ」
「だから飢えているんだ。代わりの食べ物でもあれば来ねえよ」
アルトゥーロが言った。
「なら、ロティでも焼いて大量に置いておくかね」
「置くんじゃねえよ」
「帝国は拾った物に特別な価値を見出す文化がございますが、それより成果をお願いいたします」
マリナリが催促した。
「反乱者っぽいのは見つけたよ」
アブラヘルが言った。
「へえ、規模は?」
マリナリの目つきがかすかに変わった。
「地主貴族の専横許すまじ、とか言ってるのが四人」
「それで全部でございますか?」
「三日監視してるけどずっと同じ四人さ。一応、軍用武器を貯めてはいるけど、あれは余裕のある若者のお遊びさ」
「スケープゴートすら、できなさそうでございます。ほかは? 人であれ、下水道に侵入した外部の生物であれ、どんな些細なことでも」
「魔術の真似事っぽい儀式痕ならあったね。適当な文字を刻んだ小動物の骨に、不細工な図式さ。魔物はちらほらいるけど、何が特別なのかわからない。地下室の多くは、上の住人も認識していなかったり、入口が崩れて独立してる」
「昔の建物の上を強引に固めてございます。下にもう一つ町があるようなものです」
「それで地下からしか接続できない領域が多い。利用していそうな所は、日常品の物置、食料品、化学薬品、貴金属、古い銃器。魔法の隠し扉があったけど、開けてみたら、古めかしい豪華な衣装が並んでた。ただの服だったね」
整備された北東、中央では安価な地下住宅もあるが、住人がいて近寄りにくい。
「うーん、混沌を導くものは出ませんでしたか」
「埋まった機構に、開かない扉も多いしねえ。軍区画なら不正取引はありそうだね」
「そちらは引き続き調査を」
「ええ」
「アルトゥーロさんから見て、この街の印象はどうですか?」
「鉄の創作が並び、油が香る楽しい街だ。しかしあの工場ががんばったところで食糧難はどうにもならん。稼働率的に限界だ」
「私から見ると何もないけど」
アブラヘルが言った。
「信仰はあります。スラムで思考の表層を探った感じでは、機神への祈りは多いのですが、願いはバラバラです。富、食、健康、武器、かけ離れた領域です」
「あんたよく我慢してるね。マリナリ」
「確かに人々は愚か、しかしそれを導くのが私の務めなのですから。人々が主を心待ちにしているのです。確実に土を耕しております」
恍惚としたマリナリに、アブラヘルがかみつく。
「そうかしらねえ、自然への拒否感は強烈らしいけど」
「理解できぬ方は肥料として、同朋の繁栄を下支えするのです。本人は知らずとも、役に立てる幸福を提供いたします」
「へえ立派立派。でも仕事にかまけて、いい男と遊んでるのはずるくないかしら?」
「レミジオさんは善きお方です」
「私も遊びたいわぁ」
アブラヘルが艶のある声を出した。
「あなたのような方とは、お関わり合いになられない」
マリナリの表情は変わらない。
「拾った女とねんごろになる男ごとき」
アブラヘルが悔しそうに言った。
「拾われるまでに百人以上殺したんだろ?」
アルトゥーロが言った。
「人心の乱れるのは残念なことでございます。物を剥ぎ、生きていると知れば体目当てでございます。酷い方になると、見てまず発砲。それに比べ、レミジオさんは本当に善きお方、運命の出会いでございます」
「……完全に計画的じゃないの」
アブラヘルがあきれる。
「運命ですので。神の御導き、つまり主のご友人と同じこと」
マリナリは主を盾に使った。
「いいじゃないの、私に頂戴よ。それにそいつの信仰はどうするの」
「光、命、正義、救世、あたりの神でしょう。本人は本当にご存じない様子」
「敵になるかも」
アブラヘルが愉快そうに眼を強く開いた。
「なりません、善きお方ですから。信仰も敵対してはいません」
マリナリの言葉に、アブラヘルがため息をついて大声を出す。
「ああ! ムズムズするねえ。私が来た時点で少しはお仕事はあると思ったのに」
「情報収集ですので、よくお心得ください」
「わかってるよ! あいかわらず帝国は悪魔の森と邪悪の森から引いてかまえているね、退屈なことに。調査ぐらいやれっての」
「彼らは森に入りません」
「これまでの情報からすれば、戦力が上振れしても森に引きこめば、負けはなさそうなのにねえ」
「彼らは森をさほど重視しておりません」
「なんでだい? ここは悲惨なんだろう。武装して森に住んだ方が良さそうだけど」
「一部の集団ならともかく、国がそうする理由はありません」
「なぜ言いきれる?」
アルトゥーロが尋ねた。
「本土面積が一千百万平方キロメートル、未回収地は九百万。この大陸が四千六百万ですから。圧倒的な大国で、土地はあるのです」
「ほとんどが汚染地だがな。本土の者がこっちほど重度じゃないと言っていたが」
アルトゥーロが言った。
「ええ、大半は使えず、主張に無理がある場所もございます。それでも大陸に比類なき大国、これほど貧民があふれることがその証明、慎ましやかな小国には起こらぬ現象。
対して悪魔の森全体で八十万ほど。危険に対して小さな利益。これまでに二つの森に定住を試みた、二十超の小集団はすべて失敗したと認識されいます。ハイペリオン村は例外的な成功です。
彼らの進路は豊かで手頃な大きさ半島。本土をゆっくり浄化しつつ、半島の前線を押しこみ、未回収地をゆっくり整備していきたいはず。ここはボロボロですが、本土は絶頂期。帝国は屈強です」
「本当にここはボロボロだがな」
「ええ、先刻も強盗に遭いました」
「哀れな強盗だねえ」
アブラヘルが楽しそうに言った。
「そういう問題ではありません。レミジオさんは善良で力ある者と認識されています。それを襲撃する者まで出た。この街はもう、ふきこぼれそうな鍋。しきい値を越えているのです」
「なんのだい?」
「もちろん騒乱のですよ、値は上がる一方でしょう」
「あんたが火種が無いって言ったんだよ」
アブラヘルがマリナリを興味深く窺う。
「もちろん起きればあっさり鎮圧されます。火薬は多くとも酷く湿気ていて、バラバラに転がっているのですから。しかし、組み合わせによっては?」
「ドカーンとな。だが、いい炸薬は無いんだろ」
アルトゥーロが握った拳を開いた。
「ええ。政治から遠ざけられている地の富裕層、春を迎えても不足の食料、森から来た不安、要素はあるのですが」
「それにあたしら金欠だしねえ」
アブラヘルが遠い目をした。
「主の品はすべてが貴重ですから、むやみに売れません」
「ちまちま増えてもねえ」
「主のためにも、救済を待つ人々のためにも、下ごしらえをしておきます。さすれば、しかるべき時に主が降臨なさる。前回の騒動でお疲れの主に、無限の信徒を引き合わせねばなりません。さすればきっと元気になられ、世界は混沌によって再生されるのでございます」
マリナリの声が大きくなった。
「なら、どう動く? ルキウス様は動かれない。使える物資は私らの手持ちだけ」
アブラヘルが少しは真面目に言った。
「俺は何も無いぞ。標準装備に、諜報用の小型機器ぐらいだ」
「私が上をたらしこんで終わりにすればいいのに」
「夢で繰り返し接触して、の手口ですか」
「そうよ、これこそ運命の出会いよ。誰だって骨抜きよう。街頂戴っていえば聞いてくれるようになるよ」
アブラヘルは自信を持って言った。
「それは完全に手を出しているな」
「民衆も従わないのでございます」
「ならどうしろって?」
アブラヘルは不満気だ。
「主にならって揺さぶってみるのでございます。東の手際はまさに御業でございました。蟲に信仰が理解できれば完璧だったのですが。あれ以来、ハエに信仰を説くのをためらうようになりました」
「動かずにやるのか? どうやって?」
アルトゥーロが顔をしかめた。
「勝手に爆発する分にはいいでしょう」
マリナリは目を少し伏して、考える。
「適当につついて爆発を期待するのかい?」
「直近の脅威と相対する軍は、比較的信用されております。スラムの者は重税に苦しんでいるわけではございませんし、むしろ食料を配給されている。最大勢力の軍と教会は衝突するほど愚かではない。強引な工作は用意に第三者の介入を想起させる」
「要は馬鹿を見つければいいんでしょ? それとも味方の確保?」
アブラヘルが楽しみを抑えている。
「まずは組織内で揉めてもらいたい。軍内では本土派と現地拡張派、教会内では主流派と武闘派の熱心党には距離があります。そこが狙い目でしょうか」
「どうやって?」
「種を探し、そして種を撒くしか」
「そこからかい」
アブラヘルのやる気がなくなった。
「理想はすべてを無傷で手に入れること。それも人々に望まれて」
「現実的じゃあないね。そもそも敵として知られてすらない」
アブラヘルがつまらそうに言った。
「知られるのは論外だぜ」
「だから、私がさあ」
「まず、〔不可視化/インヴィジビリティ〕と〔威光/ディバイン・インフルエンス〕を併用して、スラムを歩いてみましょう」
「目立ちたいのか、目立ちたくないのか、どっちなんだい?」
「感じる者は、何かを感じるでしょう。それで何かあっても彼らの意思です」
「迫力のある幽霊みたいまねだね。まどろっこしい」
「そいつは干渉になりかねない。きわどいところだぞ」
アルトゥーロの目線が厳しくなった。
「干渉無しの観察は不可能、すべては関わりあい、結びついている。この世はどこまでも絡まった紐なのですから。打音検査などもございましょう」
「そうくるか……」
「だったら私が街頭で片っ端から捕まえてだね、哀れな男共を幸福を与えてやろうじゃないか」
「命は情報収集。幻覚を見やすくなっていますから、何かの反応はあるかと」
マリナリが情報取集を強調した。
「あーあ、すべての食料工場が勝手に爆発しないもんかねえ」
アブラヘルが机の上に足を放り出した。
「俺はやらねえからな」
アルトゥーロが部屋のすみの砂時計に目をやった。
「今日はもう時間でございます。次の善き時に」
「また地下巡りかい。気が滅入るね」
三人は解散した。




