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悪魔の腕2

 珍しく暗い雲に光を遮られ、黒の中に散らばる白い石が強調された乾いた黒の荒野は、あらゆる銃砲の奏でる音が飽和していた。絶え間ない連射、芯を震わす重い揺れ、天まで抜ける軽妙、甲高い打音、遠くから近くまでに散在する。


 コモンテレイ市の帝国陸軍とハンターの合同任務。敵は悪魔の腕、そこに巣くった魔物の侵攻阻止。


 彼らの陣形は、流れを受け止めるように緩やかに歪曲した線となっている。装備が不揃いなハンターが左に乱れた列をなし、右方では軍の車両がきれいに並んでいる。人数は千弱。


 ハンターの車両はもっぱら改造バギーや改造トラックに機銃を付けたものに、大型トラックに野砲を設置、けん引したもの。軍は装輪戦車ホウブードに装甲車、野砲だ。


 当初、突然出現し不気味に沈黙していた森は、徐々に荒野の魔物を惹きつけ、その群生地となっていった。


 今では荒野では見ない魔物まで住みつき、森もやや縦横に拡大している。


 悪魔の腕の手部分は、一部の命知らずに、軍の調査隊しか出入りしていなかったが、腕部分の果樹の実はハンターによく採取されていた。


 彼らにとって非常に希少で上等な果実は、荒野の特権のひとつとなる。


 そこまでは良かったが、彼らが採れるだけ採って、売ろうと街に持ち込んだ果実には、小型の新種の魔物がまま紛れていた。手の魔物がこの恵みを無視するはずもなかったのだ。


 それで魔物が電線を破壊したり、軍基地の食糧庫に侵入したり、スラムで繁殖したり、ヒステリーを招いたり、神官が悪魔だと発狂したり、食べた者に害があったり、ちょっとした被害が出た。


 悪魔の森が街まで攻めてきた! 街の住民には羽虫だって衝撃的、それでこの騒ぎだ。


 現在地は悪魔の腕から二十キロほどコモンテレイに向かった場所である。街は二百キロ以上後方。


 うごめく濁流があふれ、流れの中で榴弾が爆発し、無数の銃弾が弾きとばす。流れは止まらない。むしろ荒れ狂っている。


 特に目に付くのはグロテスクな多足生物で、一メートルぐらいの足を盛んに動かしている。

 同一種ではないらしく体に差がある。やたら丸くて大きい胴体、逆に紐状、目玉一個、大量の口、曲がった羽根、ねじれた棘などまともでない形状が多い。


 前かがみな態勢で体を前後に揺らして走ってくるヴィッカン、ハンターなら見慣れたこいつらは、かなり早期からあの奇妙な森に棲んでいる。


 ちらほらと人より大きそうな影が見えるが、流れに埋もれて識別できない。


 その奥にはけばけばしい色と暗黒の色が混じった木々の塊が見えていたが、土煙で見えなくなってきた。


 赤い戦車の銃座に座ったマリー・ビリオンが言う。


「これさあ、餌見つけてムシャムシャの感じなんだけど。炊き出しに群がる方々とおんなじオーラをビンビン感じちゃってる」

「さっきの軍の斥候が戻らない。お食事になったろうな。それで味を覚えて興奮してるのさ」


 隣のヴォルフ・ホーネッカーが答えた。


「疲れたリーダー、交代しよ」

「まだ五分もやってねえ」


 ヴォルフがあきれて言った。

 ガガガガとマリーが機銃をやって、上がった機銃を下向きに下げる。


「ずっと撃ってる方が気楽なんだよね」

「節約しろよ。数撃ったって金にならないからな」


 主砲は撃たない。榴弾は積んでいるが高くつくし、もう距離が近過ぎる。


「だが定期的に撃っとけよ、文句言われない程度に」

「ほいほい」


 戦闘が続き、砲の着弾点が近くなってきた。流れが人を見つけてか、拡散してこっちに来る。今のところ、直接戦車をどうにかできそうなのはいないが、酸の噴射ぐらいはありうる。余計な傷は付けたくない。耐酸塗料の効果は知れてる。


「こっちに来る奴だけでいいぞ。むしろ変に気を引くな」

「ほいほい、わかっていますとも」


 ヴォルフが頭のゴーグルを下ろした。彼の見る右方では、遠近の銃声が響き、舞った砂塵が敵の方へ流れ、どこが戦闘状態かわかりにくい。


 それでも軍の歩兵部隊が完全に密着戦闘になっているのはわかる。戦車や装甲車の陰であまり見えないが、煙の中に発砲の輝きが見える。さらに火の玉が飛んで爆発した。発火能力者パイロキネティストか。


 軍はしばらく耐えていたが、車両がゆっくりと後退を始めた。兵の死体が少数残されている。

 

「あっちは喰いつかれたか。そうそう、あっちに行ってくれよ」


 ヴォルフが戦車の上で立った。凶悪になったバッタのような虫が散発的に飛来してきた。彼はそれを殴りつけ、弾き飛ばした。


 近くのハンターが火炎放射器でゴーとこのバッタの群れを迎撃して、多くの火の玉になって落ちる。周囲のハンターが火を避け、文句を言っている。


「あれから追加で出てきてるじゃねか。終わらねえぞ」


 森から出てきた生命体のオーラは、離れた場所で散って停止している。こっちが殺した魔物を食っているのかもしれない。そこからUターンしてほしい。


「キモイの来てる。来てるよお」


 マリーが嘆いた。

 地面にへばりついた平たく小さな虫型が見えてきた。散ったせいで密度は減ったが、どんどん近づいてくる。距離五十を切った。


「神父、これもう抜けてくるぞ」

「見えてるよ。悪党は燃料タンクに隠れようが、死体に埋もれていようがよく見えるもんだ」


 戦車の横で、黒い帽子に、黒のトレンチコートの男が答えた。

 レミジオ・ニコリーニ、赤三つ星ハンター。つばの大きな帽子で目が隠れ、がっしりしたあごにうっすら生えた髭が見えている。


「頼むぜ神父。こっちは接近戦はできねえ」ヴォルフが無線で仲間に指示する「ローウェンは後退しろ。そっちは機動戦に切り替えだ」

「熱くなるかと思ったが、涼しくて何よりだ。奴らがいても臭くない」


 レミジオはゆるりとコートをめくる。


 腰にあるホルスターは六、両横に三つずつ、ベルトに沿ってある。

 そこに収まった回転式拳銃リボルバーをひとつ、右手に取った。


「おお神よ。醜きクソ共のはらわたをぶちまけさせ給え」


 彼が構えると同時に発射音が重なる、六連射だ。弾は見えなくとも命中はわかる。同時に六匹の虫が地面から剥がれて跳ねた。それもすぐに流れにのまれる。


 レミジオは速やかに弾を込めながら言う。


「敵より横を警戒しとけ、足元に喰いつかれたら、むやみにぶっ放す馬鹿が出るぜ」

「そうだな、後退十だ。軍と列を合わせるぞエドガー」


 ヴォルフが足元へ言うと返事があった。車体が動く。


「了解、後退十、エドガー様の完璧な十デコッツをご覧あれ!」

「外には聞こえてないと思うぞ」


 近くでは鎖を操る念動力者テレキネシストが、地面を薙いでいる。槍などの武器で仲間の補助にまわる者もいる。

 アサルトライフルを扱う者は頻繁に装弾作業をしていた。カートリッジ一個につき一日分の食費が飛ぶが、自分が食われるよりはいい。


 レミジオは後退しながら発砲を続けていた。

 彼は弾込めを終えると、空を舞う土煙を睨み、左手で銃を抜いて、そちらで近くの虫を掃討した。


「おいでなすった。マリナ、弾だ」


 レミジオが左手の銃を横に出した。


「はい」


 丁寧に弾が込められる。さっきまでと違う銀色の弾だ。

 やったのは褐色の肌に黒髪の女。落ち着いた感じで眼鏡をしている。


 戦場に垂れこめ視界を遮る土煙が揺らぐなり、レミジオが即座に左で発砲。


 土煙の中から顔らしきものが現れた瞬間に眉間を弾丸が抜いた。見える者にはうっすら発光する霧に見える。幽霊ゴーストだ。次々に現れる悲壮な顔が、弾丸を受けて霧散していく。


「あそこはあの手のも住んでるな。お掃除してえ、あんな――」


 レミジオの口にブドウが突っ込まれた。マリナの仕業だ。彼が横目で見た。


「・・・・・・おい」

「きちんと選別してございますから。栄養補給の時間ですよ」


 マリナが手際よくレミジオの口に入れていく。


「俺はそんなに飢えてねえ」言いながら彼は出された物を咀嚼していく。「別にお前が戦ってもいいんだが」


「数撃つには向きませんものですから」


 彼女は背中に弩弓クロスボウを負っている。


「そう言うなら別にかまわんがよ」

「まだまだいっぱい採ってございますよ。作戦開始までありましたから」


 マリナが上品にほほえむ。


「俺も消費用にまた採ってくるか。あの森から離れていれば大丈夫だろう」

「お前らはマリナが選んだの以外は食べるな。粉みてえな卵でも、食ったらやべえ」


「俺も食わせてもらいてえぞ。特別に甘いやつをよお」


 エドガーが叫んだ。これにヴォルフがあきれる。


「見えてねえだろエドガー。なんでわかるんだ」


 電装を積んだ操縦しやすい発掘品だが、真横の視野はない。


「横は狭いから無理だって。だいたいそれ食べたレスタコタエが超腹痛してたじゃん」


 マリーが機銃を全力で連射している。


「助かったけどな」

「薬代は高くついたろうよ」

「お腹に穴が空いては一大事でございますね」


 マリナは平然と戦場を見ている。


「まあ、美味いものなら、そういうこともあるんじゃねえの」


 ヴォルフが言う。


「そもそも加熱すれば安全なのですから、ジャムにするなり、酒にするなりして売ればよいのです」


 マリナが彼女に停まろうとしたバッタを、あざやかにはたき落とした。


「料理なんて特殊技能がある家のもんは、ハンターにいねえよ」


 ヴォルフが戦場を確認する。動きが激しくなってきた。


「穴が増えたぐらい騒ぎすぎなんだよ。よく息ができるってもんだ。チッ」


 舌打ちしたレミジオが、空から来た幽霊ゴーストの群れを連射で一掃し、持っていた銃を上に投げる。さらに足元の虫には、腰の二丁を最短の動きで抜き連射し、投げた銃をホルスターできっちり受けとめた。


「相変わらずの曲芸だぜ。お代はいくらだ?」


 ヴォルフが感心で顔を愉快に歪める。


「食料難から餓死、病死と比べれば、あんなのは死んでない。こんな場所に回す戦力があるなら、外部農園に回せっての」


 レミジオが全部の銃に弾込めする。


「大きいかたがいらっしゃいました」


 マリナが土煙をほうを見て言った。土煙を切り裂いて、十メートル以上の長さがある物体が転がり出た。


 表現しがたい形状。ごつごつした球体の連結によって構成された、四分岐した枝だ。球体一個が一メートル近くあり、一個一個の色が違ってカラフルだ。不規則に転がってくる。


 それは強烈な勢いで加速して、いくらか先にいたトラックとハンター集団をなぎ倒して停止した。陣形の一部が崩壊して、ハンター側も一気に騒然となる。


「ヒー! キモいの来た!」

「何? 見逃したぞ」


 マリーが悲鳴を上げ、エドガーがずれた声を出した。


「ありゃ駄目だ。退避するぞ、マリナ」

「了解いたしました」


 レミジオとマリナがヴォルフの戦車に乗った。


 球体が少しどろっと崩れ、周囲のハンターを襲い取り込む。悲鳴と怒声が混じった。車両まで取り込もうとしている。


 先端の玉には簡略された人間のような顔がある。それの口が動くと、頭が割れそうな音が放たれた。ハンター達が顔をしかめ、一部が昏倒した。さらに玉の使った火球ファイアボールが炸裂して爆炎が上がった。


 近くへ無差別に魔法を放っている。魔法を見慣れているハンターは少ない。誰かが投げた手榴弾が味方を巻き添えにした。

 一部だが、収拾がつかなくなりつつある。穴を抜けた敵には後方から襲撃してくる個体もあり、火力が分散して、押し込まれてきた。


「威力が高いぞ。なんだありゃあ? 聖鉄の射手の力でなんとかしてくれよ」


 ヴォルフの戦車も後退しながら砲塔を旋回させる。


「はあ!? こんな銃が効くか。あれは不死者アンデッドじゃねえよ。血色がいいだろうが」

「あんなキモいのは、お断りです!」


 マリーが叫び、機銃を撃ちこんだ。表面で火花が散っている。固いようだ。


「鉱石系魔法生物に近いかもしれません。魔力が一部に集中しています」


 マリナが言った。それはヴォルフのゴーグルでも見えた。枝分かれの中心だ。


「後退、距離を五十以上空けて正面に捉えろ。主砲だ」


 ヴォルフが叫んだ。


「補佐は?」

「いらん、一発だ。そのまま撃ってろ」


 ヴォルフが戦車に引っこんで、手を後ろに伸ばし徹甲弾をつかんで装填した。減音の魔道具のスイッチを入れる。エドガーが激しく車体を操作して、ガタガタ揺れている。


「正面だろ、あれは足を止めた!」


 エドガーが叫んだ。ヴォルフの覗く照準に巨体が収まった。微調整する。

 ヴォルフが〈貫通〉などのスキルを発動しつつ、発射レバーを引いた。重い発射音がして、煙が視界を遮った、戻った視界からはあれが消えている。


「あれ? どうなった!?」

「玉ごとに分解した! それも崩れてる」


 マリーが上で返事をした。ヴォルフが上に顔を出す。無力化したようだ。不気味な色の煙だけが残っている。


 軍が無線で、陣形を解いて各自で掃討しろと言ってきた。


 敵は人を狙ってくるもの、無視して直進するもの、森に帰るものに分かれた。


「一応は掃討戦かい。単に混乱で指揮が維持できんだろうによ」


 レミジオが帽子のつばを銃口で上げた。


「肝心かなめの森は放置だが・・・・・・またありそうだな」


「あぶねえからな」レミジオが言った。「悪魔の森の延長だぜ。やっぱりつついたらまずいって、学習したのさ」


「森とは関わりたくない。儲からないしい」


 マリーが言った。


「放置してもあれじゃないか、神父」


「未知を恐れ焦った結果です。もっと調査して役立てるべきなのです」マリナが言った。「質のいい果物が獲れる恵みの森でございますから、有効的に使うべきでございます」


 戦場は完全に分解して、走る車両に、固まって守る集団が点在する形だ。ここの新人か、欲をかいて死体を漁っている者が魔物が餌食になったのが見えた。


「目立つ戦果はあげた。掃討しながら帰るぞ」


 ヴォルフが戦場を確認すると、まだ大型の魔物がいるが軍が照準している。関わると面倒くさい。下からエドガーの陽気な声が飛んだ。


「俺も荒野で美女を拾いてえぞ。秘訣を教えてくれよ」

「徳が足りねえんだようなあ、神父?」

「うるせえよ、俺は寝る。不死者アンデッドが出たら起こせ」

「わたくしがひざまくらして差し上げますよ」

「いるか!」


 レミジオは顔に帽子を被り転がった。

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