心覚兵
「あっちいぃ。損害は、テスドテガッチ!」
弱点の火による攻撃を受けながらも、周囲の状況を確認するルキウス。最も火に包まれたのはテスドテガッチだ。
右前方の林を構成する木々の葉は焼け落ち、枝のいたる所が燃えている。地面でも飛び散った炎が揺らめき踊り、暗くなりつつある辺りを照らした。
「ちらっとまぶしかっただけで問題ねえ」
テスドテガッチは微動だにしていない。ルキウスも熱くて驚いただけ、多少焦げたがすぐに治癒するだろう。周囲にも大きなダメージはない。
「申し訳ありません、脅威度が低く予知にかかりませんでした。それに視界が悪ろうございます」
カサンドラが平静を保ったまま謝ってくる。
「なぜ食らった。焼夷弾か、すり抜け攻撃か?」
ダメージはなかったがありえない攻撃に混乱する。テスドテガッチの迎撃を抜ける方法は、単純に高威力の攻撃、透過属性の攻撃、迎撃網の内側から攻撃。
「爆発の寸前、わずかに側面から波動を感じました」
ソワラが情報を出す。森の中にいるせいか、火だるまでも心配しないらしい。
「横? 〔神格者全視覚/ディエターオールフォースサイト〕」
あらゆる種類のオーラを目視可能にする視野魔法の最高峰。便利そうに思えるが戦闘では使われない。オーラが見えすぎて視界の確保すら困難になるからだ。
案の定の錯綜した風景に顔をしかめる。自分自身の緑のオーラが視界に薄く被さり、青い林のオーラが激しく揺らめく。何より大地は強烈な呪詛を帯びていて、立ち昇る黒いオーラはまるで火事だ。
ルキウスは必死に目を凝らす。銃砲の輝きの中に、か細い白の線を見いだす。
「……糸?」
黒の煙に包まれ、大地のすれすれを行く糸。猛烈に見づらいが、糸の出本の敵部隊から追っていけば右方の中間点で途絶える。動いている。
術を解き視界を戻した先には黒くて小さな直方体。浮遊物は大きく迂回しながら、ゆっくりとこちらに向かっている。
「見づらい物を。〔薔薇の矢尻/ローズダーツ〕」
薔薇の花を背負った緑のダーツが、ルキウスの手元より放たれすばやく浮遊物を射抜く。浮遊物は爆発、粘った炎が飛び散った。
「念動力者がいるな、魔術の射程ではない。あれの細工で迎撃網を抜かれた」
「なるほど、ここではそんなこともできますか。それは面白そうですね」
ヴァルファーは興味深げな声色。こいつは攻撃を受けたばかりなのに自分が仕掛けることを考えているらしい。
「ああ、ブラックホール爆弾でなかったのは幸運だった。防御解除、一面を緑化して鎮圧の二」
相手ははるか格下、そう思ってはいるが未知の攻撃、確実な防御ができない。さっさと捕縛して軍事情報を聞き出すべき、そう判断した。
「おお、待ってました大将」
ゴンザエモンの言葉にルキウスが周囲を確認した。
「生け捕りだ、わかっているな。ただし危険度の高い敵は始末、特に精神に干渉してくる術者がいれば即時殲滅だ。緑化始める。〔神格天候制御・種力場の豪雨/ディエティコントロールウェザー・シードフォースダウンポア〕!」
ルキウスの直上、空高くに渦巻く雲が現れ緑の輝きを放った。渦の回転は徐々に激しくなり、周囲からも雲と緑の光る粒子を巻きよせ、より巨大化し輝きを増した。
その輝きをたたえきれなくなった渦はその回転を諦め、はじけた。
輝く緑の豪雨が、すべて流す勢いで降り注ぎ、大地が吸収しきれなくなった緑は表面にあふれた。
「食料不足には丁度いい。〔望果節/ワンドォ〕」
大地に満ちた緑の根源の力は、一つの形を与えられて芽吹く。
緑の輝きが大地に染み込んだかと思うと、大地が細かくひび割れ、そこから現れた新芽たちが大きく育つに時は要さない。真っすぐに伸びた緑は、花をつけ実をつけ傾き、その緑を失った。
黒かった大地は、薄い黄色に熟したオオムギでひしめいている。
村も敵も、見渡す限りが麦畑に包まれ、胸の高さまで埋まった。
歩兵集団が混乱し、銃声が途切れた。
「さあ、戦争だ、お前たち」
ルキウスが冷ややかに言った。
「待ちくたびれたぜ、大将」
ゴンザエモンが笑い、ヴァルファーが気楽に言う。
「あの程度ならすぐに済むかと」
「生け捕りだぞ、各自で突っ込んで無力化する、テスドテガッチはそのまま的になっていろ」
それぞれが指示を了承して散った。ルキウスは麦畑と化した大地に向かって、低くダイブした。
タネク・ポセイトは第十八偵察探査小隊付きの心覚兵であり心覚官。
心覚兵とは超能力や魔術的な力を行使できる兵科である。実弾の通じにくい魔物や魔法的な攻撃、自然現象に対処するために存在している。誰でも訓練すれば成れるものではなく、軍にとって重要な兵科であるためエリート厚遇だ。
その証拠に支給される軍服は仕立てのよい黒のスーツのようで、所々に魔術的な刺繍があり、魔法的な防御能力を持つ。一般兵の装備よりは物理的に頑丈で、呪詛の類も軽減する。
心覚官はその部隊で最も階級の高い心覚兵が務める。
この部隊に心覚兵は一人。つまり心覚兵=心覚官、辺境では一般的な部隊編成だ。激戦地の北方や精鋭部隊ならば心覚兵は大勢いるが、ここでは最低限の人数だ。
「何が吸血鬼だ、日が暮れる前から酔っぱらいやがって。余計な時にしかやる気を出しやがらねえ、撤退だ、撤退!」
タネクは顔をしかめて悪態をつきながら、これまでを思い出す。
この任務のケチのつきはじめはどこか?
多分、あの初めて見た小さな悍ましき者からだ。任務中に見る魔物共はどれも不気味さがあるが、実体があるのに、もやになって消えたのはあれが初めてだ。
それから森の近くにある村を発見した、と通信が前の車両からきた。ノイズで猛烈に聞き取りにくかったが、部隊長が興奮しているのはわかった。嫌な予感はしていた。
基地の通信圏まで離脱すべきと思ったが、心覚官の職分ではないので黙っていた。
それからだ。車の中にいて見ていなかったが、魔法でふざけた呼びかけがあった。接触があったなら、少しは様子を見ればいいものをいきなり主砲を撃ちやがった。
おかげで兵も状況がよくわからないまま、なし崩し的に戦闘に突入した。敵種不明で戦闘に入るなど正気ではない。
タネクは展開して列を作った兵の後ろに位置取り、念動力をまとった手で戦車をガンガンと叩いた。
こんなことをやったのは通信機のノイズが酷い上に、中の馬鹿がわめくだけでまともに返事をしないせいだ。
「あれは吸血鬼だ、吸血鬼に違いない!」
戦車から頭を出した部隊長で戦車長のリドリー・カルドルデ中尉がわめき散らす。
「吸血鬼がわざわざ日の暮れる前に出てくるか!?」
タネクは即座に否定する。心覚兵は魔術や魔物の知識を学習している。魔法的存在と縁遠い一般兵科とは異なる。
「ならばあの村は魔道国家の橋頭保だ、さっさと叩いて焼き払うんだ」
タネクは砲撃の先にある人影を見た。
明らかに何かの魔法が展開されている。前方で盾を構える二名以外は見えにくい。ただしその中心の人物の耳が長いのは見えた。
「あれは妖精人じゃないのか? なんでこんなところにいるかは不明だが、戦闘は回避するべきだ」
「お前は見たのかっ!? 一人がいきなり数人に増えよったぞ、魔物の技に違いない」
こいつは魔法に無知過ぎる。
それは多分幻術を解いたのだとタネクは理解する。
万が一転移であれば、極めて精密な集団転移を実行可能な相手。戦闘回避以外の判断はない。
せめて、救援を呼ぶべきだが念話も無線も通じやがらない。妨害されている、森の影響と考えたのは間違いだった。
どうせ主砲を撃ちたいだけだろうが戦車野郎め。もう、こうなれば何とか仕留めるか。それが無理なら一撃入れて逃げる。
ただし退くには準備がいる。タネク一人では基地まで帰還できない。
「さっさと撤退しろ、主砲を止めるレベルならば敵が完全に優越している」
言っている内容がころころ変わることに、いらいらしながらも撤退を促す。どう考えてもこの部隊で交戦するべき相手ではない。
「うるさい、部隊長は俺だ。お前は命令に従え」
「魔法絡みなら別だ、繰り返すが勝ち目はない。撤退の準備をさせろ、攻撃が来る前に全速で退くんだ」
でかい口でわめくリドリーが、いつも以上にうるさいがタネクは退かない。タネクは心覚官であり、指揮官は魔法関係案件においては、心覚官の意見を尊重する義務がある。この義務が履行されない場合、軍法において指揮官の権限を停止できる。
リドリーとタネクが終わる見込みのない議論を始めようとした時、村の方が光った。
「森の召喚だと」
完全に分が悪い相手だとタネクは悟る。少なくとも使えるエネルギーの量に相当な差がある。にもかかわらず、相手のオーラは隠蔽されているのか見えない。相手は戦い慣れている。
それからも銃撃が続いたが、すべて止められているのがタネクには見えていた。その力場の回避を試みて、側面から念道力者用携帯焼夷弾を静かに接近させ、至近で爆発させた。
爆発が敵の集団を包み、高く火が上がった。しかし全員立っている。
あれは穴倉に溜った不死者にでも使う物だ。開けた空間では熱が逃げる。それでも炎がこびりつくはずだが、対策があったのか人に付着していない。
次の攻撃は途中で落とされ、銃声を聞きながら次を考えていると、天気が変わり、景色が変わった。次元が違う。
「これは駄目だな、逃げるしかない。情報を持ち帰らねば」
麦畑の中でタネクは自分に言い聞かせながら、トラックの一台を奪って逃げるために、麦をかきわけ一歩を踏み出す。
「がっ!」
何かに足を取られ転倒しかけた。両足首に麦が大量に巻き付いていた。
「植物系の魔法……ふんっ!」
念道力で絡む麦をちぎる。ホッとした瞬間、麦畑から敵が来るのを感じた。
見た目ではわからない。しかし、麦畑の放つざわめきに、自然でないものが含まれている。
「動いてきた、当然か」
逃げるのは間に合わない。タネクは覚悟を決めて村の方を向く。
「やるしかない」
全身に裂けるような痛みを感じながらも強引に力を高め引き出す。これをやると翌日に全く動けないが普段の数倍の念動力を生み出せる。
接近してきた相手を視認次第、念動力で押さえ首をへし折る。
彼がそう考えた次には、ヒュッと首が麦畑の上を舞っていた。
麦畑の中、地面すれすれを矢のように接近したルキウスは、超能力者らしい男の首を木刀で反射的に刎ねてしまった。アトラスプレイヤーなら超能力者の強力な一撃はトラウマになっている。事実、当たればダメージを通しうる攻撃だった。
しかしルキウスは、やっべー、指揮官っぽい奴の首、反射的に落としちゃったよ、生け捕りって言ってたのに、と必死に言い訳を考えていた。
彼が抜けてきた後ろを振り返れば、歩兵はいまだに森へ発砲している。
つまり完全に背を取っている。心なしか発砲のリズムは崩れてきている。
敵陣の真ん中でゆっくり考え事はできない。
ルキウスは畑の中に伏せ、肉食獣の狩りのような動きですばやく兵に忍び寄る。そして手には麻痺毒を塗った毒針、それで兵士の首筋をどんどん刺していく。兵士達は何が起きたのかもわからずに硬直していく。
ルキウスはガギンという音に振り返った。
「お前、鹵獲品を壊すなよ」
「乗り降りがしやすくて便利だって、こっちのほうが」
トラックのドアを完全に破壊して中の運転手を引きずり出したゴンザエモンが適当な返事をする。
ゴンザエモンは物理的に鎮圧しているが、ほかの者は魔術で片っ端から睡眠状態にしている。強化していない睡眠が通るとは。魔法対策は皆無らしい。
あるいは、首を落とした奴が魔法関係の役割だったのかもしれない。
「大将、俺も斬りたかったのによー」
目ざとく首を見つけたゴンザエモンは心底残念そうだ。
「こいつは危険があった。お前が魅了でも受けたら面倒だ」
現実の精神魔法なんて、ゾッとする。アトラスのイベントなどで廃人化した人物を見ている。
周りでは制圧が完了している。戦車の中身は全員寝ているようだ。麦畑の中には多くの兵が倒れている。
拍子抜けだ。弱すぎる。
「情報を聞き出し、任せる。軍事情報を優先。私は村に戻って状況を報告してくる。不安に思っているだろうし。人間形態を維持しておくように」




