魔道城4
敵の少ない七階を過ぎ、八階に入った。階段が近く、すぐだった。
シュケリーの情報を元に、部隊を小分けにして、潜んだ敵に対処している。
マウタリのいる先頭の様子は変わらないが、後方では人数が減っていく。
状況は順調と推測されたが、妨害を警戒しての光を利用した通信は近距離しか通らず、小さな戦場がまばらに出現し、誰がどこにいるかはわからなくなっていた。
それでも四階以上を制圧すれば、中の探索は比較的安全になる。城の十階以降は狭く、防衛に適していない。
さらに塔を介しての通信では、城の上部から飛行して逃げる人影、入ってくる人影は確認されておらず、状況に変化はない。
マウタリたちはまとまった抵抗があるならそろそろだ、と気を引きしめた。
十字路を越えて、部屋の扉を警戒しながら、長い廊下をまっすぐ進む。
部屋を抜けるのは避けている。部屋は調度品のゴーレムや、罠を紛らせやすい。
五十メートルほど先、廊下の突き当たりに、横からのっそりドテンより大きな影が出てきた。こちらを向いている。足を上げず、床に擦るような横歩きで、重そうだ。
それが両手からやや青い輝きを連射し、ドテンが盾でこれを完全に止めた。カカカカと骨を連打するような音が続く。
「けっこう強い」
ドテンが言った。彼が強いと言うのは珍しい。
「戻れ! 引き返せ!」
賢者が即座に後方へ走り、通り過ぎた十字路へ叫んだ。十字路の両方から輝きが突き抜けた。前からのものと同じ。横道へ進んでいた魔術師が十人は弾け飛んだ。さらに光弾が連続して、血しぶきと肉片が舞って、残骸がばらばらになった。
「こうくるかよ」
賢者が顔に飛んだ血を拭いて吐き捨てた。
十字路の三方から攻撃を受け、部隊が止められ分断された。前にマウタリたちが八名、後ろは百人弱いるはずだ。
前はドテンが防いでいるが、その横の壁は光弾を浴びてえぐれていく。砕けた壁がぱらぱらと落ちる。
マウタリはそこから、かなりの威力と判断した。
「止められる?」
「問題ねえ」
ドテンの横から覗くのは危ういので、マウタリは十字路手前まで下がって、座っている占術師の水晶玉を覗いた。
全体的にずんぐりとして丸い人型が通路を塞いでいた。肩と脚は太く、細い両手の先の球体が光弾を撃っている。頭部は無く、全身は黒い甲虫の殻に包まれている。
「なにあれ? 虫?」
マウタリが後方へ指示を飛ばす賢者に尋ねた。
「発掘品の〈鉄を踏み固める甲虫〉。背中側に人が乗るタイプの魔道機械。硬くて重く、足が遅い。防衛専用、というかほぼ欠陥兵器で、状態も悪いが、この状況はまずい。狭い廊下では理想的な戦力だ」
賢者が言った。魔術師たちは曲がり角のぎりぎりに寄って、火球を放ったが、火球はすぐに光弾を浴びて爆発した。
射撃が壁寄りになって、一人が飛び出た杖を粉々にされた。彼らは恐れて角から離れた。
「火力負けしてるぞ。追い込まれる」
ギィーグィーと、機械が前進してくる足音が聞こえる。
「攻撃、ひるまず攻撃しろ。ここまで来たら終わりだ」
挟撃してきた二体は散発的に射撃を行う。お互いを撃たないためか、射線は低い。
魔術師が射線を塞ぐように石壁を造ったが、瞬時にバラバラになった。
「あれは魔術師殺しだろう! なんだってこんな場所に。屋外向けだ、倉庫にでもしまってやがれ」
ある魔術師が嘆いた。
「ここの方が脅威だからだろう。とにかく本物だ」
魔道士が直角に曲がった雷水晶の棒を持ち出すと、曲がった先を曲がり角から出して、毛皮でこすった。先端から太い雷撃が起こり、中位魔法《破壊雷撃/ブレイク・ライトニング》がバンッと放たれた。
「当たったか?」
魔道士はすぐに角から身を引いた。激しい応射が、角を丸めていく。
「当たっている、が変化なし。耐性を付けている感じだ」
占術師が答えると、魔道士が言った。
「火球三十発に耐えます、だっけか。これは難関課題」
「どうします?」
マウタリが賢者に聞いた。
「耐えられるなら前だ。まずあっちを潰す。それしかできん」
賢者が攻撃を防ぎ続けるドテンの盾を見た。この距離なら神銀でも割られるはずだが、彼は片手で盾を動かさずに構えている。
「じゃあ、前を。僕は後ろを見ておくから」
「んだ」
マウタリが言うとドテンが前進した。賢者が魔術師を付いていかせた。
前の機械はドテンの前進を見て後退した。廊下の先は開けている。
「あっちはどれぐらい?」
マウタリが尋ねると。シュケリーが答えた。
「三十ぐらい」
「ならあの人数では追えん。通路から出ると横撃、魔法を受けきれん」
賢者が言った。
「後ろの敵をなんとかしないといけないってことでしょう?」
マウタリの剣が届いても、斬れるかどうかわからない質感と大きさだ。
後方の魔術師たちが相談を始めた。
「魔道機雷は誰が持ってる?」
「後ろの方の誰かだ。下の階の特攻で爆発していないといいが」
「あれは自動修復付きだ。一気に大破させないと」
彼らは後方から対処するための人員を送ろうとするが、やや混乱している。どこかの部屋に入って、罠を受けた様子もある。
「装甲は生物型、酸系で弱体化させたのち、火属性が最良。あれの到着まで二分ほど」
コロが言った。
「わかった」
シュケリーが杖を両手に一本ずつ持って、飛行で浮き上がり、射線から遠い天井へ移動した。そして片側を一瞬覗き、杖を連続して曲がり角から出した。
機械を中心に、空から酸が注がれた。見えない丸い器の半分までたまる。そして中でバチャバチャとかき回される。それに重なってゴウと火炎が吹き荒れた。
機械はむやみに乱射する。数秒して魔法の効果が終わる。
「やった」
着地して壁の向こうの標的に注意を払っていたシュケリーが言った。
「見た目は壊れてないけど」
マウタリが水晶玉を見た。機械は一部に火がつき、全身から煙を出して射撃をやめたが、前進している。装甲が少し反り返ったが、全体像は変化がない。
「乗ってたのは死んでる」
シュケリーが杖をしまった。彼女が気に入っている火の嵐は使い切った。逆の機械をやる手順を考える必要がある。
「おい! 何かおかしいぞ」
占術師が緊迫した声だ。機械はがくんと一時停止して、考え事をしているように見えたが、また射撃を始めた。さらに後方へ火を少し噴いている。
「人はいない」
シュケリーがわずかに強く言った。
「自動操縦? いや、そんな高度な機能は無いはず。なにか憑依させたか。死んだ本人とか、いや人間はいないのか。・・・・・・加速したぞ! 足止め!」
賢者が言うと同時に、機械は肩から後方へ火を派手に噴射して加速した。前傾姿勢で足を動かさず引きずっている。射撃は水平になった。
魔術師たちが敵の方と、自分のいる廊下、壁にも突起物を出した。さらに粘着爆弾を角へ放った。
「僕がやります! 下がって!」
マウタリが剣を大きく振りかぶって待ち伏せる。剣の輝きが強まっていく。
「いや、様子が・・・・・・」
占術師が困惑すると、マウタリは水晶玉をチラ見したが、距離があってよくわからない。
「様子は?」
「まず様子を、あれでは通り過ぎる」
コロが言った。機械はよくわからない。ガッガガガガと床を擦る音が近づく。さらにガッガ、バギという音、多分障害物が壊れた。直後、光、さらに大きな物体を見上げる。
こちらを向くなら、即座に剣を振り下ろす。
マウタリは剣を握る手に力が入ったが、見送った。機械は光弾を前へ乱射しながら、火をぼうと噴いて駆け抜けた。熱に焼かれても、彼はじっとしていた。
その先でガンッと大きな音がすると、彼はようやく姿勢を変えてそちらを見た。光弾がやんでいる。
もう一機とぶつかったらしい、どうなったのか。
眼が眩む光と耳を強打する音が炸裂した。遅れて、燃え盛る爆風が廊下を猛進してきた。
「うわっ」
マウタリは顔を覆いながら、後ろへ倒れた。頭上をうねった火が抜ける。
全員も同じように倒れ、近い数名が多少焦げた。
「自爆、こっちに来る予定だったのだろうが。まあ、両方やったらしい」
賢者は屈んで、強化した盾を構えている。機械の部品が目の前に散らばっていた。
彼らは態勢を立て直し、ドテンが抑えていた機体と随伴する部隊を撃数すると、急いで先に進んだ。
そして小さな戦闘を重ね、十階に達した。
二十名ほどが、戦時に重臣が入る広い部屋まで辿り着いた。居住性があり、普段でもそれなりに使われている。
他の部屋にも部隊が展開を始め、制圧は近いと思われた。シュケリーも気配は少ないと言っている。
一時間以上経過しており、急いで敵を討ち、撤退する必要がある。
ドテンだけが扉に近づき、叩き壊した。罠は無かったらしく、何も起きない。
マウタリがすぐに彼の背に寄って、中を覗いた。後続もそれを追った。
室内は天井の魔道灯で明るく照らされている。部屋の中央にある机の向こうに、一人の男が立っていた。
編み込まれた青灰色の髪、全体的に細い印象。事前に聞いた王族の特徴と一致する。
手には王笏、頭には帯冠、誰であるかは明らか。
国王ドルガ・メテ・クランツェン・ソヴェッパ。
一同のなかで、本物か? という疑問が、頭をもたげた。
その判断をする前に、王が自信と余裕を感じさせる表情を見せる。
マウタリたちは動かない。
王は特別に優秀ではない。しかし、この城の機能のすべてが、彼の手にある。その力は王だけが知る。
「立場をわきまえぬ逆臣がそろっておるな。世が乱れると勘違いする輩が出る。嘆かわしいことよ。この国の主が誰かを、その意味、暴挙の報いとして知れ」
王笏がこちらへ突き出された。
部屋を構成する壁、床、天井のあらゆる節目が、バチンという破壊音を鳴らし、部屋中から粉末がボッと噴き出た。灯りが消える。
そして王の首は飛んだ。マウタリの思考を廃した斬り込みは、何よりも速い。
しかし王の首が落ちる前に、部屋のすべてが切れ目を入れたように分断された。足場が失われ、一同はよろめき悲鳴を上げ落下していく。同時に無数の瓦礫が平等に頭上から襲った。
続く轟音、十階が消えた。
広い廊下には大勢の魔術師が転がっている。赤紫のレーヨン生地に荘厳な金の刺繍が入ったローブを着ている者が多い。
「何人残った?」
サスアウが部下に尋ねた。
「二十一名」
サスアウたちはラバチャ宮殿に入った。
そして王族の居住空間に入るところで大規模な戦闘になり、損害をだして勝利した。
「そば廻り衆、王族がいる」
「連中がここまでやるとは」
部下たちが言った。
「建物から支援を受けていた。おそらく、集中力と索敵を補助されている」
サスアウは見慣れぬラバチャ宮殿の景色を見ていた。
「さっきの音、何かあったようで」
ソワラが言った。
「何か罠を受けたやもしれぬし、音だけやもしれぬが、ここは進む」
「そうですね」
これ以上損害が膨らむなら、引き返した方がよい。ソワラはまだポーションを飲んでもいないが、他は限界が近い。認識しているだけで五十は死んだ。上の部隊の状況によっては百を超えるだろう。
「人よりはここを知っておるが、ここから先は完全に未知。王族専用の隠し扉などがあれば、わしにはわかりませんぞ」
「気配はわかりますので」
ソワラは心配していない。
部下は数人ずつに分かれ、慎重に各部屋を探る。
ふたりは少し進み、一室の扉を開けた。広めの部屋は魔術儀式のできる部屋だ。中心にドレスを身にまとった女性がいた。
「まあ、お久しぶり。先生は変わりないようで」
笑顔で迎えたのは王女ミカエリ、あまり会いたくなかった。
どこか軽く、人と違うものを見ている印象は、彼の記憶にあるものと変わらない。
「ミカエリ様もお元気なようで」
「いきなり来るから、支度に準備がかかってしまったわ」
「やむにやまれぬ事情がありましてな」
「そうなの、急ぐなんて珍しい。まずはお茶でもいかが? 茶菓子もいいものを用意させているの。でも最近ちょっと味が変わった気がするの」
ここまで半歩先を進んでいたソワラが、サスアウの一歩後ろに位置していた。
「いえ、遠慮させていただきます」
「そんなに急ぐことはないと思うのだけれど」
自分は何を言っているのか。間を置かず攻めるべきだ。この異様な間。気を張って探っても、精神への干渉は受けていない。
戦闘音、かすかな魔力波、部下がどこかで戦闘に入った。急ぐべき。
しかしソワラも動かない。警戒しているのか。ミカエリは平素の様子だ。
「そのような振る舞いされても、やるべきことをやらねばならぬ」
「どうするのかしら。楽しみ」
ミカエリの体がうねる混沌の気に包まれる。自分より魔力が多い。自分のよく知る彼女とは違う。
サスアウは自分の脈打つ音を聞いた。身体に対する干渉! 彼は訓練された反射で、魔法の無力化を、魔法とポーションの両方で同時に行う。
自分の周囲で何かの魔力が散った。
「馬鹿な、何も」
散ったのは一瞬、なんらかの干渉が間髪入れずに戻る。ミカエリはなんの動作もしていない。
全身が熱を発した、顔が熱い。思考がぼやける。サスアウが膝を突いた。声が出ない、体が硬く動かない。
「どうしました!」
ソワラが叫び、サスアウを揺すった。酸素欠乏、という単語が頭をよぎった。
魔術戦においては特に警戒するべき事象。毒とは違う対処が必要。しかし相手も同室ならば、魔法による現象。解除すれば無効化されるはずだった。
(ありえない)
脳か肺、全身に直接干渉している。接触魔法の強度。接近されていなければ、何も発射されていない。
頭が液体で濡れた。それはぶれた視界とぼやけた意識でなんとか理解できた。
ソワラが手持ちの薬をかけた。回復しない。サスアウは意識を失い倒れた。
ソワラの声に、部下が現れた。
「塔長!」
「ここは私が対応します」
ソワラは慌てた顔で、サスアウを部下に投げつけると、部屋の扉を静かにしっかりと閉めた。
「まあ、酷いのね」
ミカエリの愉快そうに弾んだ声に、ソワラは振り返り、目を強く見開いた。
「あなた、なぜ感染していない?」