魔道城3
マウタリ達はドテンを壁として、次々に来る召喚体を打ち払い、順調に進んでいたが城まで百メートルを切ると、猛攻を受けて足が止まった。
ここまで来ると、矢に、威力は低いが長射程の魔法なら届く。
さらにレーザーガンによる不可視の光線も来ている。それは魔術師達が魔道具で屈折させて防いでいた。
城はこちらを囲むように少しせりだした形状で、これ以上進むと両側面から撃たれる。上には屋根に当たる最上階があるが、魔法はそれを迂回して飛んでくる。
直接この高さを狙える三階から五階の窓だけで五十以上あり、上階にもっと多くの窓がある。
ここからの射撃を備えて、魔術師たちは盾を構えている。こちらの集団は二百人ほどいて、年寄りが多い。
エヴィは、薬のアンプルを装填して飛ばす細い筒状の魔道具を使っている。城の窓を狙ったアンプルはそらされ始めたので、ガスを発生させる薬に切り替えたが、これも風で流されている。
渡り廊下は城に近づくと、わずかに狭くなる。渋滞してきたので、後方で消耗した人員と交代中だ。戦える人数が限られる分、腕利きを前に集めている。
「ビビってる奴を下げろ。邪魔なだけだ。無理に発動させると暴発する」
槌魔術師が前線の魔術師の肩をつかんで、後方へと引いた。
「完全に待ち構えてる。盾に隙間を作るな、強化を切らすな。やはりここは厳しいか」
散発的に来る矢で盾がガンガンと鳴り、悲鳴も同居している。最前線の集団と、その後ろ集団とは少し距離が空いてきた。
「そりゃあ、敵からすれば城郭の一部が落ちてるんだぜ」
盾と剣で武装した賢者が言うと、即応魔術師が応じた。
「直接宮殿を狙うよりマシだ。それに下を見る限りでは、敵は少ない」
ラバチャ宮殿には城の中から行くのが正しい道だ。城壁さえ超えれば、直接行けそうに見えるが、防御施設から砲火にさらされ、罠も多い。
「あそこに物資は無いしな」
停滞している場面で、後ろから勢いのある声が響く。
「ワッハッハ、攻めだって使えるわい」
気炎を吐いているのは前に出てきた荷台。そこからは赤、青の光弾が交互に連射されている。発射元には木の枝を環状に束ねたもの、それが回転して枝先から光弾を発射していた。
開発したが戦争に間に合わなかった疑似魔道機関銃。使い捨ての極小の短杖を弾にしている。弾が高価なうえに不安定で壊れやすいとの評価だった。
魔法を伝達する銃身である枝の後には箱が付いていて、連なった短杖が箱の上部の穴から吸い込まれ、下部から吐き出されている。
開発者が箱の後部に描かれた魔法円の中に手を置いて、射手のいる窓を片っ端から撃ちまくっていた。
そこに物質透過の矢が、透明の天井を素通りして降りそそいだ。これは荷台に積まれた魔道具が起こした風で吹き散らされた。
しかし少し離れた防御が薄い魔術師に直撃した。
「クソッ、上か!」
開発者が上階に銃を向けようとしたが、隣に座った助手が止めた。うめいている負傷者は後方の荷台へ運ばれていった。
「上は天井があるから無理だって」
「んなもん、ぶっ壊してやるぞ!」
「天井が無くなると困るのはこっちだ。あれは防衛時に壊すためにある」
彼らの少し後ろでは、数人の魔術師が虫のように天井に張りついて、崩れないように強化している。
「打合わせしただろうが! ここでボケるなよ」
賢者が後ろへ叫んだ。
「下が入ったから急がないと」
マウタリが不意に、城の右方の空に動くものを発見した。空飛ぶ大きなカニだ。背中には人が数人乗っている。すごい速さで流れるように足を動かし、空中を横歩きしている。
彼は奇妙な光景に少し見つめた。
「《横歩きの王/ザ・クラブウェイ》。横歩きならどこでも歩ける。狙いは塔でしょう」
少し後ろのシュケリーの頭の上でコロが言った。
「あれは塔の戦力で耐えられる。いまは前だ」
マウタリの横で賢者が言った。
「これだけの数は守りきれねえ」
ドテンが言った。前方への攻撃は彼が止めているが、後方では断続的に悲鳴が上がっている。
「ここにいても駄目だ」
マウタリが横目で後方を確認した。人々が姿勢を低くしてひしめいている。
この部隊の目標は上階の制圧だ。五階を塞げば、上階の敵は逃げられないし、上にある物資を得られる。城の魔術機能も使えれば理想だが、暗号化されていて難しいらしい。
(損害を覚悟しろと言われている。僕が連れてきた人たちだけど)
「合図でしかけましょう」
「んだ」
後ろと打ち合わせを終えると、ドテンが重い音で走り出した。多くの輝きが、弧を描き飛来して、彼らのあたりで交差する。魔術師がうめき転倒する。さらに火球の爆音が連続した。
たぶん何人か死んだ。荷台にも踏まれたかもしれない。
「僕は前に出る」
マウタリは残り五十メートルで薬を飲んだ。
「待て! 無茶だ」
賢者が止めたが、マウタリはすでに前に出て、三歩で最大速度まで加速した。一秒で目標に達する速さ。
数本の矢が脇を抜け、護りを突破した一本を剣の腹で流した。過ぎ去った後ろを雷撃が横切った。
距離は十メートル。正面から弦がきしむ音が聴こえた。さらに魔術師が出した手の先で、火球の小さな種火が燃えた。
(来る)
マウタリは最後の一歩を強く踏み出した。彼の姿がフッと消えると同時、弓ごと弓兵が切り裂かれる。瞬時に距離をつめ敵陣の奥に現れた彼は、敵陣を内から食い荒らす。
少し離れた魔術師が、両手をそろえて向けた手の平から広く放射された火が、敵兵を燃やしながら彼に迫る。
マウタリは反射的に身を逆に引いた。炎が眼前で横に向きを変えて流れ、押し返された。
追いついたドテンが、すぐ後ろに来ている。
迎撃者の障壁は、自分より前を含めて範囲を守れる。マウタリの頭上をブオンと振り抜かれた戦棍が、突っ込んできた多数の衛兵をなぎ倒した。
マウタリは即座に倒れた敵を飛びこえて、正面へ駆けた。複数の雷撃が真っすぐに彼を打って、霧散した。事前に耐性薬を飲んでいる。
さらに火球をかわした。魔力は見えなくとも、動作で魔法の発動はわかるようになった。
通路に並ぶ魔術師をあらかた斬り伏せると、ドテンの近くに退避した。後続の魔術師が到着して戦闘に入った。
中ではあらゆる迎撃があったが、ドテンが平然と攻撃を受けながら、重戦車のごとく何もかも粉砕して正面を突破した。
しばらくして、入り組んだ前線が魔術の撃ち合いで硬直してきた。マウタリのすぐ後ろにシュケリーがいて、その後ろで魔術師たちが渋滞、さらに後ろでは別の通路へ展開する流れがある。
城の壁はわずかに揺れて見える。これはゆるい暗示で、気を張っておかないと特定の方向に導かれる。
さらに似たような通路が不規則にあり、もともと迷いやすい構造で、ここで働く者でもたまに迷うほどだ。
だからマウタリが勢いで進むことはできない。少し思考が生まれた。
彼はなんとしても今日で一つの段階を終わらせたかったが、戦力的に無理と判断された。
勝つだけならまだしも、勝利と指揮官の撃破は両立できないとされた。指揮官が逃亡を優先した場合、とても追えないし、そもそも指揮官が誰かに、いる場所も不明だった。
たしかに敵の物資を奪えば、こちらは有利になり、次の戦いもできる。それでも不本意だ。根本的な解決にはならない。ここまで旅が否定されたように感じた。
彼が戦闘を見つめていると、後方で爆音と積んだ石が崩れるような音がした。
「さっきの音は?」
「渡り廊下が爆破されたんだ。上から爆弾でも落としたのさ」
賢者が答えた。
「やはり帰りは別の道ですか」
「心配するな、あの階から下は頑丈だ。壊れんよ」
「そうですね」
前線ではドテンが魔術師の壁となって、狭い通路をジリジリと前進していた。
同じ頃、サウアウは防御陣地を形成を終えて、四階と連絡をつけようとしていた。
「壁に隠れるな。顔を出して撃ち返せ。修行だと思え!」
敵に手練れの魔術師は少ないが、距離が近いせいで槍が飛んでくる。それで負傷する者が地味に増えていた。
「負傷者は下がって回復」
「後送する場所はありません。渡り廊下に戻れば上下から攻撃が来る。あそこを下から登る動きもありますし」
部下が答えた。
「はしごだけ壊しておけ。物質破壊が得意な者を送れ」
ソワラは際限なく青い光弾を連射している。低位の魔法にしても異様な数と発動速度。さらに光弾を廊下の角を直角に曲がって目標を直撃している。
「よく見えない場所を狙う」
「人の気配をすべて潰しているだけです。人の中には隠れられても、人は隠れられない」
床からは熱気が漂い、階段からは煙が上がってきている。ターラレンの様子はわからない。
「あれで火加減はしていますから。でも階段には寄らない方がいいですよ。機嫌が悪いと噴火しますからね」
ソワラが困り顔を作った。余裕がある。ターラレンひとりでも、階段を封鎖するには十分ということか。窮地でも離脱するぐらいはできるだろう。
一階を維持できないと、床を抜く攻撃、あるいは兵そのものが来る。そうなれば引き際。
「四階との連絡線は確保。大きな問題は無し」
走ってきた部下が告げた。
「そうか、急いで宮に向かう」
マウタリたちはすんなりと五階に到着した。
ドテンという壁が直線的な攻撃を遮断できるので、狭い通路を前進するのは易い。
エヴィは室内で爆薬が使いにくいので、後方で負傷者を治療している。
五階は霧が通路の上部に満ちて視界が悪い。
「隠し扉、罠を見逃すなよ」
賢者が言った。他の魔術師は緊張で表情が暗かったり、興奮して落ち着かないが、彼は自然体で楽しんでいるように見える。
彼は武闘派で、戦争からの生還者で、前で戦える人だ。戦場では大きな鳥の丸焼きを食べたそうだ。そして集団戦は退屈で精神的に学ぶものがないとして、勝手に帰ってきた。
彼は気がのらない時が引き際、と言っていた。いまのマウタリが少しそうだ。
「霧は風で流せないの?」
後ろを付いてくるシュケリーが言った。
「その霧は物理的なものではなく幻術。疑似光学的虚像です」
コロが言った。
「敵からは見られていると思え」
賢者が言うと、シュケリーが言った。
「私はわかっているの」
「一種類の探知に頼るな。ここには非生物の脅威が多い」
賢者がシュケリーの頭上のコロの角を避けて、固く言った。
進んでいると霧がにじむようにより深く暗くなった。敵とはまだ距離がある。
「停止、幻術に重ねて有害な霧だ」
賢者が声を殺し、手で部隊を制した。
「病気だな。特定は?」
「暗くてわかりにくいんじゃ」
聞かれた老魔術師がたよりなく答えた。
「年寄りが!」
「これは流れる」
シュケリーが呟き、杖を使って強烈な風を起こした。廊下に満ちた霧は少し薄くなった。
「貯めるタイプじゃないのはわかった」
賢者が頭の中で杖の使用回数を金銭換算した。彼女は魔法を使う機会さえあれば、すぐに使う。塔の魔術師もびっくりの散財っぷりだ。
魔力と高価な触媒の消費を抑えるには、特定の対応に特化した魔法を使うのが常識。
脅威の種類の判別、偽装時のオーラのパターン、特殊な状況での対処、そんな議論を魔術師はずっとやっている。
さらに進むと、何度か霧や粉末など病毒の魔法が遠くからきて、攻撃者は迎撃するとすぐに引いた。時間稼ぎだと推測された。この階に敵の気配が少ないのもそのせいだろう。
六階への進入路で防御を固めている気配がある。
「《病からの護り/プロテクション・フロム・シックネス》」
支援の魔術師が前線部隊に耐性魔法を掛けた。激戦が落ち着き、魔術師たちが一息つく。
「効かないとわかってるだろうに、病気系が多いな」
「あんまり薬は持ってきていません。壊されると困るし感染には時間が掛かるから、塔に置いてる」
「城から精神負荷が定期的に来るのを忘れるな。集中を強めないと暴発するぞ」
進んでいくと六階への階段が、遠く、真っすぐな廊下の先に見える。見える範囲に敵はいない。
彼らが曲がり角を警戒しながら小走りに急ぐと、急に床の感覚が変わった。
マウタリが滑りそうになったが耐えた。ドテンは転倒した。続いていた魔術師たちも次々に転倒した。
「《滑り床/スリッピーフロア》ですな。後を考えると、避けるより解呪か相殺するべき」
コロが言った。シュケリーはコロにしたがって手前で止まっている。
魔術師たちは滑っていった先で、粘つく床に捕まって起き上がれない。
「攻撃が来るぞ! さっさと解呪しろ」
賢者が滑り床を相殺して言った。床に捕まったところへ、横道からのボルトに投げ槍が襲う。ドテンが盾を伸ばしてどうにか受ける。
混乱したところへ、近くの部屋から飛び出した使用人が、全力でこちらに走ってくる。
ドテンは壁役で軽く動けない。マウタリが斬り捨てようと動くが、賢者がつかんで止めた。
「待て、特攻だ!」
賢者が剣先から放った光線が、五メートルまでせまった使用人の喉を突く。使用人が前から爆発した。爆風でマウタリたちが倒れる。
マウタリの傷は軽い。人が爆発したことに呆気にとられる。
賢者が血を流して立った。何人かは倒れたまま反応が無い。
「持っている錬金火薬を透明にしているぞ!」
後方でも次々に爆音が響いた。怒声がして、一部の廊下が火を噴いた。
「予想内だが、嫌な手できた。付近の爆薬を探せ」
「反応無し、隠蔽していると考えるべきだ」
占術師が手に持った水晶玉を見ている。
「遠くの敵が退いてる。近くのはつめてきてる」
負傷者を治療して防御を固めるなか、シュケリーがゆっくり周囲を見た。
二十メートル先に見える階段から、敵が多数駆け下りてくる。
それを見た魔術師たちがすぐに精神集中に入った。
階段から水が流れてきた。その水量は最初はちょろちょろだったが、やがて一気に洪水だ。
さらに周囲の通路からも敵が一気に来る。各所で戦闘がおこる。
水は敵を後方から飲み込み、そのまま押せ寄せる。
「この水だ! 排水溝送りになるぞ」
賢者は盾を構えて迎え撃とうとしていたが、決死の形相で反転して逃げだした。
「退避だ! 退避しろ!」
「でも迎撃しないと」
ドテンは前に踏みとどまるが、多くの敵が他方から迫り、攻撃にさらされた者は、下がるよりも応戦した。
「奈落に救済を」と魔術師が唱え、短い紐を天井へ投げた。天井から材質、太さが異なる複数のロープが垂れさがってきた。
「このロープを登れ。余裕がある奴は防御」
緊急的に大勢がロープにつかまり、その下を水が流れすぎる。戦闘はいぜんとして続いている。矢、魔法を受けた数人が落ちる。
マウタリはドテンに背中からしがみついている。彼の鎧は強制移動させる魔法を防ぐ。シュケリーは飛行して、天井の近くにいた。
壁に張りついたり、廊下に生み出した石像や、一部が飛び出した壁に乗っている人もいる。
水に両足が浸かった者がぐるぐると回りだし、回転はどんどん加速する。そして、敵も味方も見境なく、スポンと水の中へ吸い込まれて消える。
迫った敵との戦闘を強いられた者がかなりやられた。
「敵も流されてる」
マウタリが言った。
「ただの強制転移で、ダメージは無いからな。本来はあんな使い方はできない」
賢者が険しい目で言った。転移した味方は死んだに等しい。敵ごと来るのは想定していなかった。防衛側の兵は貴重なはずで、あの水は純粋な足止めのはずだった。
「これにずっとつかまっておくのか、荷物が多いで疲れるわ」
年老いた魔術師が言うと、紐の魔術師が返す。
「《握り強化/スクイーズ》を使えよ」
「そんなマイナーな魔法が使えるか。ハンモック出してくれ」
「年寄りどもが! ハンモック」
太いロープで編まれたハンモックが廊下に掛かり、多くの魔術師がその上に落ち着いた。
「いいか人類は紐のおかげで発展したんだ。紐があればなんでもできる。つまり人類は紐だ。分解すればすっげー細かい紐になるに決まってる」
紐の魔術師がマウタリに言った。しかし他の魔術師はそれに納得しなかった。
「いや、原始の火こそが人の世界を広げた。今とてその力は皆に潜んでおるぞ」
「何を言うか。すべては根源の混沌にある。歪みと流れこそが永遠。高次元ではすべてがつな――」
「こんな時まで講釈をやるな」賢者が言った。「あそこの罠はあれだけだ。水が消えたら進む」
「敵が戻ってくる」
水量が減ってくると、シュケリーが前方を見て言った。
足止めは後続に任せて、彼らが急いで六階に上がると賢者が言った。
「この感じ、指揮所には誰かいる」
「そうでないと困りますよ」
マウタリは自分の望みが近づいてくるのを感じた。この戦いに一定の意味は保証された。
エヴィがそばにいないのが不安だ。薬はかなり多めにもらっている。
それでも暗い感じがする。魔術師の人は意外と面白く、準備中はシュケリーが話をしていた。しかし魔術師が大勢いても安心できない。彼らは自分より死に近い。
「良かった?」
シュケリーがいつもと変わらぬ表情で尋ねた。
「ああ、こんなことは早く終わらせよう」
正常になった街を、みんなでゆっくり歩きたい。王都圏に入ってから、人と関わると血しかない。人のいる所にはあれが必ずいるからだ。人を見たくなくなっていた。
「油断してはなりませんぞ」
コロが言った。
コロの扱いが心配だけど、魔術師は珍しい生物としか認識していない。見た人はだいたいが寄ってきた。ここでは普通らしい。
「大丈夫だよ。確実にやる。ここまで来て失敗はできない」