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戦車

 放たれた榴弾は、ルキウスからやや前、上方で見えない壁に着弾した。


 それはナツツバキの透きとおった儚い白花が、枝から落ち温和な苔に迎えられるまでを眺めるに似る。


 尖った筒の先端がまずへこみ、ゆっくり潰れ、先からじょじょに広がる暗いひび割れの奥に火が灯る。筒は灼熱のうねりで内より押し広げられると、バラバラに飛び散り、その破片を遅れて追ってきた爆炎が残る。その炎も見えない球体の表面を舐めるように渦巻きながら一面に広がり、消えた。


 不思議なことに、ルキウスはこの一瞬を、ゆっくりと引きのばして認識し観賞した。


「なんでいきなり撃ってくるのかねえ、最大限友好的にやったのに……。貴重な超貴重なブラッディートマトだぞ。この棘の絶妙な曲がり具合がわからんのか。トマトが嫌いな人か? 好き嫌いはいかんよな。あるいは季節外れに怒ったのか。何が無難だったのだろうか、甘い果物か、でも南国の果物は知らなそうだから、これなら知ってそうだと思ったのだがな、この気候でも育ちそうだし」


 やたらにひん曲がり全体に鋭い棘の生えた反抗心に満ちたトマトを、ルキウスはしずしずとインベントリにしまう。


「それでお前たち……私を囲んでどうするつもりだ?」


 ルキウスが表情を動かし、あきれながらにおどけ、クルッと優雅に一回転した。


「いつもどおり盾をやれと言っただ」


 右前方のテスドテガッチが、当然のことをやったという口ぶりで、派手な兜の中からくぐもった声で答える。


 腕にはその巨体の大半を隠せる大盾がある。スパイクロケットアーケロンの甲羅盾。


 表面が尖った山で埋め尽くされた、亀系魔物の甲羅を利用した大盾。それを両手にそれぞれ装備している。その片方がルキウスの正面の視界をかなり遮っている。


 戦車の砲弾を弾いたのは彼の職業〔最終防衛線/アルティメットインターセプター〕のスキル。

 〔迎撃者/インターセプター〕系職業は遠距離攻撃から広範囲を防衛可能で、脆い後衛からは頼られ大人気だ。ただし迎撃中は何もできない欠点を抱えている。


「自らのあるじに傷をつけさせるわけにはいきませんので」


 左前方ではヴァルファーが魔法盾を光らせている。ヴァルファーはルキウスよりは小柄で、視界を塞いでない。そして左にはカサンドラ、ゴンザエモン、右隣にはソワラがいる。


 ルキウスからすれば、今日初めて会ったに等しい連中。だが、この囲みは頼もしい。

 本物の魂が宿っている。指示するまでもなく各員が動く。制限が多く抑圧され重かった心は軽くなった。


「あの程度は直撃しても大したことにはならん、お前たちもそう思うだろう?」


 当たったらちょっと痛いかもと思っていたが、部下の手前、強く出てみた。


「だとしても主砲だと少しダメージがあるはずです、ここは森ではないのですよ」


 ソワラは子供をたしなめるような言いようだ。


「やれやれ、森があればよいのだろう? 〔風妖精の林/シルフウッズ〕」


 トラックの後部から降車していると推定される、戦車の周囲に展開中の歩兵集団を、ルキウスは片目で見て防御魔法を展開する。


 細い木の形の光がルキウスの前方に次々と出現していく。それらは両横へと長く広がり、村と戦車の間を遮断する。


 光がやむと、ぼんやりと輝く青い光球の飛び交う幻想的な雑木林の帯になった。

 このどこか涼し気な林は、風の妖精が住まい、その力で飛来物の力を弱める。

 この林の力で、村へ跳ぶ弾もなくなるだろう。そしてこれは森林地形。


「第六防御隊形、防御に徹して様子を見る。攻撃はまだだ、〔集団上位対金属/マス・グレーターアンチメタル〕、〔集団上位対火薬/マス・グレーターアンチパウダー〕、〔緑神の鎧/ヴァーダントディバインアーマー〕」


 魔法を使えるそれぞれが、中位までの防御魔法を展開する。


「ええー、さっさと斬って終わらせちまいましょうぜ」


 ゴンザエモンが心底残念そうにぼやく。


「お前は草でも刈ってろ、まずは捕まえる。勝手に減らすな、貴重な情報源だからな、村人より色々と知っているはずだ」


 敵兵は展開が終わったらしい。動かなくなった。

 そして……やかましい、がルキウスの第一印象だ。

 歩兵の機銃と戦車主砲の射撃が始まった。

 小さな光が列を成して明滅し、主砲は長い火を噴いている。


 目の前で炸裂する弾頭はその勢いと爆発を殺されても、音は多少抜ける。連射される軽い銃声と重い砲声と爆発、さらに牽引された対空砲の水平射撃も加われば、ちょっとした楽曲とも呼べるか。


 ルキウスはアトラスでは聞かない轟音に空気の振動を感じている。


 アトラスでは痛みなどの不快な感覚は大きく抑制される。あくまで娯楽、人の嫌がることはやらない。設定上、極度に大きい音でも耳は痛くはならない。状態異常にはなるが。


「こんなものか? 存外、知れているな」


 本物の近代戦ともなれば、視覚聴覚からの圧力、重い振動から恐怖を感じるかとも思ったが、無い。

 すべてが軽い印象で、人の感情を――脳の根本を揺さぶる圧を放っていない。

 やかましいだけだ。砲塔の正面に立っても無事でいられると信じられる。


(アトラスで素粒子砲の砲塔向けられた時のほうが怖いな。向けられたら反射的に避ける)


 リアリティーが欠落しているのだ。本物の戦闘とは認識している。アトラスと違う。


 その一方で緑野茂が生きる現実とは、別種の現実とも告げている。第三の地、ここは自分にとって第三の地なのだ。


 兵は今も必死に銃声を響かせている。それらの弾丸はすべて風で弱められ、ドーム状の力場に遮断されている。滑稽ですらある。


「テスドテガッチ、どの程度の威力かわかるか?」

「ゴンザの便所のノックよりはよえいだ」


 テスドテガッチが呑気に言う。あまり参考にはならない。ただ、ゴンザエモンの素手の攻撃で即死はしない。


「弾の威力を確かめてくる。これじゃあ、わからん」

「ルキウス様」


 ソワラの声が飛ぶ。


「問題ない、少し出るだけだ」


 ルキウスは森のぎりぎりまで歩く。おそらく銃を装備可能な人物による銃撃。パラメータが威力に乗る、これの威力は重要情報。


 彼は弾幕を凝視した。光と音で激しく主張してくる連中は単純な実体弾、特別な魔法は仕込まれてはいない。


 展開した数十人の歩兵は皆一様に黒い上下の服で、上半身には黒い防具らしい装備、頭にはつばの短い黒帽子。


 激しい戦闘を前提にしていない装備で、村が相手にしても少ない。こいつらがここに来たのは多分偶然だ。ただし、後続がすぐに来るのを警戒するべき。


 考えていたルキウスは気付く。

 弾が見える。はっきりと明確に。

 気のせいかと思ったが、集中すればするほど、空中に浮かぶ小さな金属が見える。それが大量に自分の方へと押し寄せる、奇妙な景色だ。

 ピッチングマシーンの玉より遅い。時速五十キロぐらいの感覚だ。


 大きな変異。敏捷力だ。魔法の効果の差とは違う、根源的な物理世界の差異。

 アトラスの敏捷力は、キャラクターの基本パラメータの一つ。敏捷力が高くとも音速で走れない。プレイヤーが人間である以上、情報支援があっても、身のこなしには限界がある。


 結果、敏捷力は別の形で表現される。敏捷力が高い者はまともに攻撃を受けても、かすめたという判定になりダメージが減る、低い者は逆に直撃判定になりやすい。つまり急所の範囲が変わる。

 つまり敏捷力は武器で鎧、それが純粋な速度に変化した、思考速度も含めて。


 手を防御範囲の外まで伸ばす。その手元へと滑りこんできた丸みのある筒を指先でそっと摘まみ、すぐに手を引いた。彼は珍しそうにつまんだ銃弾を少し眺めたが、特別な特徴は見当たらず、ポイッと捨てた。


「銃は大した威力ではない、対処は容易だ」


 ルキウスが少し後ろを向き告げた。部下たちは各々の所作でうなずく。


 新たな世界、軽く興奮を覚えるが安全圏に後退する。新世界では一発が致命傷になりやすい。鎧が一枚剥がれたのだ。


 さてここからどうするか、弾が無くなれば帰るだろう。帰すつもりはないので弾切れしたところで捕まえるのが確実だな。撃ってこなくなるまで待つか。


 そんなことを考えていた時、右方で爆発音が響き、ルキウスは火炎に呑まれた。

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