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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
2-1 伝説の復活
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塔の籠城

 総魔道長のトクリ・サスアウは、不変の塔の屋上で、はるか下の渡り廊下を見おろしていた。周囲には部下の姿もある。


 城へ伸びる屋根の無い渡り廊下の最上階、三キロ先の城の入口付近に人影が見える。


 あれは第二王子のワリューだ。

 距離はあるが、魔術を用いて見ればわかる。表情、傾いて安定しない頼りない立ち方、本物だろう。


 何度か姿を見せている。彼の視線は塔の入口。入口の外側は、実体化させた石壁が張り付いている。内側は侵入禁止のルーンと、魔術紐で描いた立体魔法円で強化してあるがもろい。

 塔が占拠された時は、ここから奪還できる造りだ。


「相当に気になるとみえる。我慢できぬ性格は変わらぬ。あれが誘いか囮なら、成長したと褒めてやりたいが」


「探りは五日前の占術が最後です。通常の視線の反応すらありません」


 座って目を閉じている部下が述べた。

 これだけ距離があれば、脅威は大砲ぐらいだ。塔の機能による大魔法は外側にしか放てない仕組みで、中の様子を探りにきた目は、結界が侵入を拒む。


「油断してはならん。持久戦とみせかけての強行は定番ぞ」

「鋭い緊張感は、瞑想にはよいもので」

「若者には見習ってもらいたいものよ」

「おもどりです。魔力波、一致しています」


 水を張った器を見て、対空監視をしていた部下が告げた。


「常に時間通りか」


 サウアウは城の方を確認した。人、魔力の動きはない。城の兵はだらけており、女官が連れ立って庭を歩いている。平和だ。


 そこに不可視化したターラレンが、ゆっくり空から降りてきて、姿を現した。

 彼は背中にカバンを背負い、両手にも大きなカバンを持っている。中身は見た目よりはるかに大きい。


「もどりましたぞ」


 彼とソワラだけが塔を出入りできる。他の魔術師では空で落とされるし、転移、通信は王都近郊では妨害されている。


 あの二人はサスアウが王都に張った結界を、深閑をまとったままにすり抜ける。

 クモの巣を主に悟られずに歩き回るような技だ。


「何か問題でも?」


 ターラレンが城を見つづけるサスアウに言った。


「平和なものです。中も落ち着いておる」



 この静かな破滅は、唐突にやってきた。

 戦争後、国は不安定だが、中央は奇妙なほどに混乱は少なく、立て直しが図られていた。


 大きな対立は城内になく、彼は考え事をしながら通路をゆるりと歩いていた。

 会議に行こうと階段のある広間に入った時、〈先制の護符〉が敵意を検出した。城内にもかかわらず、全方向から。


 サスアウは即座に随行する部下達を含めて守るように魔術防壁を張った。

 

 飛来した雷撃と矢が弾かれた直後、後方から一番の側近に刺された。

 驚きながらも平静を失わず、苦痛に耐え、側近を殴り飛ばし、薬で回復すると、正常そうな部下達と不変の塔へもどろうとした。


 しかし渡り廊下で武装した兵に阻まれる。そこに部下の姿も混じっており、後方からは多くの魔力反応が迫る。


 進退きわまった時、集団は横合いからの業火で焼き払われた。魔術防壁を力で抜いてきたターラレンの仕業だ。


「火急にて失礼、国中で騒乱となっておるもので駆けつけたしだい」


 城をすっぽり包む防壁は、熱で歪み溶けて、大空が燃えて穴が空いたようだった。

 他の塔でも魔術師同士の戦闘が始まっており、魔法が飛び交い、遠い破壊音が城中で聞こえた。


 どのような政変か不明の中、彼を伴って走り、自らの塔に帰った。


 その後、ターラレンはすぐに外に出て、何度かほかの魔術師を強引に回収してきた。


 塔内は混乱していたが、外部勢力の襲撃として緊急体制に移行し、防備を固めた。


 それで落ち着いた頃、塔内の食料には弱毒が撒かれているとわかった。

 塔内は疑心暗鬼に陥ると、ターラレンが敵は寄生生物だと語った。


 信じがたい話、サスアウも信じかねた。さらに塔内にもそれがいると言われれば、簡単に受け入れられない。

 ターラレンは問答無用で一部の魔術師を消し炭にした。器用に頭部だけを残して。証拠はそこにあった。


 それからずっと籠城している。

 総魔道長から不変の塔の塔長に逆戻りだ。


「首尾は?」

「食料はいくらでも」


 ターラレンが遠方に目をやった。


 塔の屋上からの景色は何も変わらず、様々な畑が王都を囲んでいた。

 早春の畑では、ライムギの刈り取り作業が行われ、農民が仕事に汗を流している。


 城壁では警備兵が立っていて、街でも大通りを行き交う人々が見える。少々活気は減じている。


 違って見えるのは目の前の王城ぐらい。空へ突き出した尖塔をのぞけば塔より低いが、吸い寄せるような怪しい気配を感じる。以前は頼もしく見えたものだった。


 城内は奇妙なほど不変の塔だけを無視して運行されている。


「どうです? 気分転換に散歩にでも」

「外に?」

「塔が巨大とはいえ、室内で散歩とはいきませんな」


 ターラレンが不敵に笑う。


 彼らは各階の様子を確認しながら、長い階段を降りていった。


 やることが無いので、平時と同じの魔術論議に、薬剤の製造をさせている。黙りこくった人間が向き合う状況はよくない。


 これまでは無かった清掃作業をしっかりしたので、塔内はすっかり綺麗になった。

 しかし余裕があるとは言い難い。塔の周囲で敵は増え、水を生み出す魔法触媒は減っている。戦争から死人続きだ。


 希望は外からの救援ぐらいだが、来るかどうかもわからない。


 一階まで来ると、扉を守る魔術師が「本気ですか?」と言った。


「ターラレン殿は普通に出入りしておる」


 大きな扉が開くと、サスアウは緊張と一歩を踏み出した。普通に役人が歩いている。なんの反応もない。


 二人は並んで歩く。兵が詰めている城門を越えた。衛兵が後ろから襲ってくるのではと、背中に防壁を張る準備を終え、いつでも魔法を発動できるようにしていた。


「来ませんな」

「あそこは二度焼いたでな。狙撃手は三度。魔法破壊の矢とて、蒸発すればそれまで」


 ターラレンはくつろいで歩を進めた。


「人より聞き分けはいいのでしょう。動揺が無い」


 サスアウが自分を見ても無反応な蟲の通行人を目で追った。


「思考の切り替えは自己暗示的なものかと。演技には見えぬ。あるいは記憶を効率的に操作できるのか」

「実験室の標本であればじっくり観察したいが、我々が観察されておる」


 街に出た。景色に変化はない。初日に多少の破壊があったが、もう修復されている。


「ただの気分転換ではないでしょう?」

「そろそろ待ち人が来てもよかろうと」


 ターラレンは遠くに目線を送った。街の壁の外を見ているようだ。


「灰占いでは、森からの使者がやってくるとのことで。それが救世主であればよいが」

「森の神が怖いですかな?」

「直接見ておらぬのでなんとも。定命を越えた存在に興味はあるが」


 サスアウは何気なく路地を覗いた。人が倒れていた。ボロい服しか所持品はない。


「こうなっても、貧民がそこらで転がる日常は変わらぬ」


 募兵と気温上昇で減ったとはいえ、路地には転がっている。


「あれは死んでおるが、おそらく蟲。かすかに気配がある」


(この距離でわかるか。五メートル以上ある)


 探知は専門外のサスアウが集中して判別できるのが三メートル。

 しかも混沌の性質の人間と区別できない。魔術師には少なからず混沌のを持つ者がいるから判別不能だ。至近でオーラの動きと圧を比べれば判別できるが、敵だったら殺される。


「喜ぶべきですかな? 民でなくてよかったと」


 サスアウが自嘲すると、ターラレンが言った。


「外の貧民は意外と生き残っておるよ。うまみが少ないと見える」


 貧民も騒乱を認識しているが、魔術的なトラブルとでも思っているだろう。


「さっきのは早くに感染した者ですな。彼らは貧民を抱えたくない。それとも壁にでも使うつもりか」

「蟲同士は争いを避けておるが、ひょっとすれば、貧しい蟲と貴族の蟲が争う可能性もある」

「我らという敵がいますからな。個人の行動傾向に社会構成まで、そのまま引き継がれている」

「感染には計画性を感じられる。知性からか、習性からかはわからぬが」


 ターラレンは店でソースを巻いたチャパティを買うと、平然と食べ始めた。


「街に人間はほぼおらぬが、このとおり物を買うには支障ない」

「籠城を始めた頃は、街の半分ほどおったと見積もるが」


 初日に防御を固めるとすぐに生存者を探して街に出て、部下の家族などを回収している。この時はそれほど妨害が無かった。むしろ人の説得に苦労した。


「徐々に、慎重に侵食した。彼らの能力は元の人間に依存している。押さえるのは上から」

「つまり我らが欲しいのでしょうな。でなければ初日に死んでいた。私には目ぼしい状態異常は効かぬし、周辺工作は抜き打ち検査で露呈する。それで強引に仕掛けてきた」


 弱ったところを攻めてくるか、戦力が整ってから来るだろう。

 劇場通りが遠くに見える。活気があり、呼び込みの姿が見えた。


「観劇しますか。初めて会った劇場は営業しておりますぞ。空いておるようだ」


 蟲の役者が、蟲の客に劇を見せている。人という存在を奪いにきていると感じる。

 魔術学院のローブを着た若者の集団とすれちがった。


「魔術学院の学生もことごとくか」


 サスアウは自らの学生時代と重ねて気が滅入った。


「それでも社会は維持されておる。既に体制側である以上、社会の存続は彼らにも利益。そうでなくとも騒乱は彼らにも死をもたらそう」

「貧民を襲わぬのは、騒乱を避けるため、かと思う。あそこに手入れがあった時は、街中も荒れた。それでなくとも戦後は不安定になっているはず」

「確かに眠らせれば、感染はたやすいが、貧民街に魔術師が入れば騒ぎになろう」


「街の門が見たいですな」


 サスアウが言った。

 街の門まで行くと、平時より衛兵が多い。これは戦後の不安定さを抑えるためだ。


「王命によりお通しできません」


 門の前まで来ると、衛兵が堂々と主張した。


「街からは、出られたくないようで」

「命令は王から、となれば指揮系統は健在で、王が我らを意識している」


(こうなってから王を見ていない。実際の指揮を執っているのは、キバタ将軍か? それにしては動きが軍学に基づかぬ。彼なら塔を囲み、わかりやすい監視を置くはず。街の統制もしたがるだろう)


 余計な刺激を与えたくないので、二人は引き返した。サスアウは可能なら食料でも買って帰ろうと思った。


「本気で衛兵だと思っているのです。間違いではないが、なんとも」


 しばらく歩くとターラレンが言った。


「我々には理解しがたい脳・精神構造だ」


 サスアウは壁上の兵が、城門の方へ移動するのを見て、振り返った。


 城門の方で、生命反応が増えている。

 ゴッという音が聞こえると、次には空を衛兵が飛んでいた。三階建ての建物の上を越えて、視界から消えた。


 ゴゥンと鈍い金属音が大きく響き、大きな門の扉が衛兵より低い軌道で飛んだ。遅れて、ガランガランと落ちて転がる音がした。爆発音も連続して聞こえる。


「あれは普通の門ではないが」


 街の雰囲気が変わった。通行人が次々に足を止めて、音の元を見つめている。言葉を発さない。それから数人で集まり固まる。小声で何か話している。通り中に小集団ができている。

 彼らは一斉に門の方へ向き直った。


「仕掛けてきたか」


 サスアウは身構えてターラレンに寄った。彼が手練れでも、二人なら防御術士のサスアウが盾役になる。


「はてな、まずは道のすみに寄ってみましょう」


 ターラレンが悠々と道のすみまで歩き、サウアウも警戒しながらさっと歩いた。

 蟲達は二人に目もくれず、門へドカドカと走っていった。子供も含まれている。


 ただし、三区画ほど先では何事も無かったように民が歩いていた。


「やはり非人間的統率」

「スイッチが入るとこうなる」


 二人は群衆の後ろを静かに追った。百ほどの群衆が門の前に集結している。


 門を越えた辺りで、頭二つ高い巨躯の騎士が巨大な武器で暴れているのが見えた。

 武器を振り回すさまは鉄の竜巻のごとく、一撃で大勢が舞っている。


「我が国の騎士ではない」

「でしょうな」

「兵がおらぬ」


 門の衛兵は叩きのめされたらしいが、増援が来ていない。門に群がっているのは民間人だけだ。


「魔力反応がある」


 城門近辺の民家の窓辺りに、赤いオーラがちらついている。


「群衆で動きを封じて、火球で狙うつもりか。あれが待ち人ですか? ならば」


 サスアウが勢いづいて、ターラレンに言葉を投げかけた。


「援護は不要であろう。それに弓兵がこちらをうかがっておる」


 窓から火球が放たれた。騎士は勢い付いた前進を即座にやめ、わざわざ後退して盾で全てを受けた。


(率いているのは彼ではない。見えんがすぐ横にいる、騎士はそれを守っている)


 何らかの飛来物が爆発して、魔術師の伏せていた家屋が倒壊した。破片がここまで飛んだ。

 後方にも仲間がいる。数は少ない。


 門に殺到した群衆は、あっという間に半分にまで減った。


 隙間から若い剣士が戦うのが見えた。

 ローブは濃淡のあるどす黒い色で、足元に緑が残っていた。これは返り血で染まっているのだ。


 若いを通り越して少年かもしれないが、歴戦の戦士を思わせる鋭い動きで、表情からすると性格は活発そうで、同時に油断ない。

 全身を淡く光る白い清廉なオーラが覆っている。常人ではない。英雄の相がある。


「なるほど」


 サスアウがうなずく。


 待ち人がいるとすれば、彼に違いない。

 集団の動きはすべてが彼に合わされると同時に、前へ前へと突き動かされている。

 人を動かす資質、それは力や知識ではない。圧倒的に強く賢いターラレンすら感じないものだ。


 蟲の全滅で戦いは終結、四人が門から街へ入ってきた。遠い壁上にいる兵がこちらを無視しているのを、不審に思い警戒している。

 四人がこちらに気が付いた。やや鈍い反応だ。


「君は人かね?」


 サスアウが遠くから尋ねた。

 伝説で語られる神が祈りに応じて遣わした者は、多くが人に化けた人外だ。


「・・・・・・生存者ですか?」


 若い男が答えた。


「死んで見えるかね? 持病はないぞ。朝夕にへりくだり体操を欠かしておらぬでな」


 サスアウが答えた。


「おじいさん達は襲われないのですか?」

「おじいさんとは・・・・・・」


 サスアウが笑った。熟練した者の振る舞いではない。この者は純真である。サスアウの高価な装備を見れば、この国の者なら誰か知らずとも警戒する。


「何度か迎撃すると無視されるようになった。若者の相手はしてくれるのにのう」


 ターラレンが言った。


「外へは出してくれないがの」

「年寄りに徘徊されるのは迷惑なのであろう」

「いやはや」


 二人が笑った。若い男は街を行き交う人を見て言う。


「ここはどうなっているのですか? ほとんどは蟲のはずです」

「若いの、動けるなら今すぐ引き返すことをお勧めする」


 二人は門に近づく。


「近隣の都市は全滅です。ここから離脱するのは不可能です」


(そう認識して王都に来たか)


「知っておる。生き残っている最寄りの大都市はグラフェタ。早馬で半日の距離。通行を遮断して、内部で騒乱状態とか」


 後ろにいる女の子は頭に奇妙な生物を乗せていた。一つ目がじっとこちらを見ている。古い図鑑で見た覚えがある。


「それは?」

「私はコロ、天命に従っている」

「私の使い魔なの」


 女の子が誇らしげに言った。


「ほうほう」


 サスアウはターラレンに疑問の視線を送った。


「社会性のある異星系の生物の一種です。普通は喋らないはずだが」

「とても賢くて可愛いの」


 女の子が平坦に言った。


 サスアウが転がった死体を避けて、扉の無くなった城門まで移動した。外を見れば、数百の兵が門をめざしていた。壁外の貧民は、遠めにこそこそとこちらを探っている。


「軍が動き出したか。どこの兵か」

「あれは僕たちを追ってきた軍です。敵です。人もいるかもしれません。それでも敵です」


「ここから離れよう。我が塔へ参るがよかろう」


 サスアウは塔へ軽く走りだし、手招きした。

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