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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
2-1 伝説の復活
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神の森2

 マウタリは家の中とは思えない迷宮をさまよい、夜通し戦った。シュケリーは大型の杖で粉砕した。たまにコロの一本角を用いた突撃でも倒している。


 お菓子達は打たれ弱いが、力は中々にあって油断ならない。多くはカリッと焼きあがった軽い体だが、大勢で押し寄せれば相当な質量になる。

 囲まれないように距離を取りながら順次撃破した。しかし、その数には底が見えず、倒しても倒しても延々と出現した。


 戦いが始まり三時間ほど経つと、出てくるお菓子は妙なものが増えた。


 手が無い、武器が無い、足が無いなど、人の戦士とは違う形態の者達だ。

 柔らかいクリームに足だけが生えている者はどうやって戦うつもりなのか不明だったが、とにかく斬ったら、動かなくなった。


 問題は大きな歯形がついたお菓子、何者かにかじられた哀れな被害者だ。


 片腕をかじられバランスを崩して倒れたのか、身長五メートルぐらいのケーキが仰向けでバタバタしていたので、簡単に撃破した。


 欠損のある相手は楽に倒せるが喜べない。

 この屋敷内を巨獣が徘徊しているに違いない、あのお菓子達はその餌なのかもしれない。相当な警戒が必要になり、彼らは慎重に移動した。


 さらに犠牲者の怨念なのか、顔の部品が垂れて流れた悲壮な形相の者、首が半分もげて不安定に揺らす者、全身がねじれ奇怪な動きでよろけながら歩む者なども現れた。

 呪術の恐怖を感じた。


 ぶよぶよした丸い物体は、弾力があるうえに粘ついて斬撃が効きにくかったが、動きは遅かったのでなんとか倒した。

 しかし剣をふくのは大変だった。


 強敵だったのは手足棒が生えたやたらと神々しいリンゴ。明らかに棒とリンゴでしかなくお菓子ではなかったが、かなり頑丈で、マウタリが全力の連撃を繰り返し、徐々に削って仕留めた。


 次にやっかいだったのがマウタリより少し大きな輪っかだ。

 様々な付着物のある多様な輪っかは、ひたすら転がってくるので、斬ってもそのまま転がるので避けなくてはいけなかった。


 これに魔女が味を占めたのか、数百の輪っかがゴロゴロ転がってきて、何度かコロがひかれたが、大事なかった。輪っかは倒れると起きられなかったので、シュケリーが土壁を出すと、それにぶつかって倒れるか停滞したので、鈍ったところを仕留めた。


 彼らはかれこれ半日ほど戦っていた。疲労回復薬があるので肉体的には疲れていない。


「食べ飽きた」


 シュケリーがげっぷをした。腹がドテンみたいに膨らんでいる。


「食べずに倒してよ」

「いもうふたたぬ」


 コロの背にクリームがついて、何を言ってるかわからないので拭き取った。マウタリはこの奇妙な生物に慣れた。


「戦では食べられる時に食べることも重要です。食は貴重なのです」

「好きなの食べてるだけだよ 僕は食べ飽きた。肉が食べたい」


 マウタリがあきれていると、シュケリーが慣れた様子で倒した菓子のクリームを食べた。そして急に表情を歪めた。


「罠よ! これは罠なの!」

「どうしたんだ! シュケリー!」


 マウタリは慌てて彼女に駆け寄った。


「このクリームすごく辛いの!」


 シュケリーの目には涙があった。


「吐くんだ!」マウタリが毒かと心配して叫んだ。


「これは単に辛い植物が入っているのです」


 コロがクリームに足を一本入れて言った。


「毒じゃないの?」

「これぐらいだけなら辛いだけでしょう」

「甘いのが続いたから口直しに使う」


 シュケリーは涙を浮かべながら、クリームを小さな袋に入れて荷袋に入れた。


「もう」


 マウタリは彼女と二人ならどこでもやっていけると思っていたが、かなり大変だとわかってきた。彼女は自由になると、どんどん行動が大胆になっている。早くエヴィに戻ってきてほしい。


 次の大部屋に入るとお菓子が配置されていなかった。入口で警戒していると、天井の闇から魔女がスッと降りてきた。気のせいか少し若くなっている気がする。


「ヒィーッヒッヒ、まったく往生際の悪い子供だねえ! 私が直々に料理してやろうじゃないか」


 魔女は自信に満ちた笑みを浮かべた。


「お菓子は尽きたようだな! 二人を返してもらう」


 マウタリはこれで最後と気力をみなぎらせ、剣の刃ににそっと触れて精霊を垂らした。

 そして魔女が魔法を使う前に斬り込むべく全力で駆けた。魔女が応じようと杖を構える。


(かわせるなら一撃かわす、無理なら精神力で耐える。異常が生じても止まるな)


 彼が覚悟を決めた時、魔女の付近で無数の小さな火がちらついた。それは瞬時に燃え広がり、彼の視界一杯に爆炎が吹き荒れた。


「え? ぐわっ!」


 マウタリは熱風を浴びて床に転がった。最初の時より熱い。魔女の断末魔が聞こえた。火の嵐は数秒続き、彼はそのあいだ身を縮めていた。そして熱が去った。


 恐る恐る魔女を確認すると、焼けたアナグマの死体があった。アナグマが化けていたらしい。本物だったかわからない。


 部屋の奥に扉が現れた。待ってもそれ以外は何も起きない。一息ついたマウタリは、恨みがましい顔でシュケリー見た。


「また!? またなの!」

「魔女は食べられない、早く進みましょう」


 シュケリーは力を入れて整った表情で言った。


「おお! これぞ迂直の計なり」


 コロが威勢よく言った。


 シュケリーに言っても無駄そうだったので、彼がやりきれない様子で扉を開けた。出たのは元の部屋で、エヴィとドテンがいた。二人は何も覚えておらず元気そうだった。


 マウタリは二人に苦労を語りながらお菓子の家を後にしたが、苦労の本丸はここからだった。

 森の中で繰り返し強力な魔物に襲われ、それを必死に迎撃しなければならなかった。彼らが森を出るのは二日後になった。





 勇者が森を出たので、ようやくルキウスも完全に元の仕事に戻れる。

 森を見に来たサンティーは満足そうで、ルキウスは疲れていた。


「友よ、森の魔物を植え替えするのも楽じゃないんだぞ。全部、私がやっているのを忘れているのではないか?」

「手が空いたって」

「限度があるだろ、猛烈に忙しかった」


 転移、機械操作、転移、索敵、魔物捕獲、転移、国境確認、といった行程になっている。


「だっていっぱい戦わせろって言うから」

「こっちは他に仕事があるんだ。こればっかりをできん」

「じゃあ、次のまでの道の真ん中に大型恐竜の大群ね。眠らせとけばいける」


 サンティーが地図を見て、少し考えて言った。


「だから気楽に配置するんじゃない! それに不自然だろうが!」

「冒険は驚きの連続だろう? じゃあ、一定距離おきならいいのか、村々の間に一体ずつ」

「平凡な道でボスラッシュが起きるか! 大群スウォーム系もやめろ。制御できなくなって、また二次災害だ」


「わがままだな」

「どこがだ」


 サンティーの無茶に付き合うのが、現状のルキウスにとって唯一の趣味になっていた。たまには人の意見に耳を傾けるのもいい。しかし、マウタリは五百五十レベルには達しなかった。彼は状況を解決しないだろう。


「リストにある装備を使っているのを見ないな、楽しみにしてたのに」

「ああ、シンプルに強烈な効果の魔道具をもたせたがあんまり使わないな、生物分解光線を出す杖とか強力なのに」


 毎朝のクイズに正解しないと機能が使えず、間違えるとダメージを受ける指輪に、長く装備していないと真価を発揮しない装備、パズル的な複雑さがある装備はもたせていない。


 この手のプレイヤーを選ぶ装備がルキウスは好きで、ルービックキューブなら三秒で揃えられる。


「誤射すると危ないだろう」

「あれを使って壁があれば安全に倒せる難易度だ、素通りは止めてほしい。《血の蓮/ブラッディロータス》はまだいい。一番苦労した《呪われし問いの門/カースドクエッションゲート》を通り過ぎたぞ! でかかったのに、どうしてくれる」

「私に言われてもな。進み方はあっちが決めてるし」


「配置したボスを全部使えよ!」

「無理言うなよ、かなり散らばってる」


「あと臭いの我慢して運んだ《腐肉の王/ロトゥンフレッシュ・ロード》だ。エヴィエーネ、臭いから避けやがったな。臭いを我慢すれば楽な魔物だってのに」


 サービスのつもりで苦労して運んだ魔物が避けられたのに、彼は大いにご立腹だ。


「見えない距離で臭いのは避けられても仕方ないと思うぞ」


「いいか、私は国境に森を造る作業があるんだ。働いているのだよ。その中で時間を作って見繕った魔物だ」


 ルキウスは功績を少し鼻にかけた。


「森は封鎖するのに必要なのか?」

「森だけで封鎖はできんよ。空だってあるし」

「ああ、できないって言ってたっけ。じゃあなんで?」

「封鎖するためだ」

「なに言ってんの?」


 サンティーが怪訝な顔をした。


「私が覚醒させた木は奇襲すれば農民を一撃で殺すぐらいの力はあるが、魔術師が遠距離から火球を撃てば普通に負ける。ボカンってな。一般人は通さないが、戦闘力のある者は止められない。それに知能が低く、味方を攻撃しかねないので連携できない」

「使えないな。やめれば」

「やらないよりはマシな手だからやる」

「少しは封鎖の足しになるのか?」

「物事の準備時においてはやった方が良いことはいくらでもある。何をやっても意味はあるし、使い道が後から生まれることもある」

「つまり?」

「勝負に入ってから、やらないよりマシなんてことをやってる奴には戦略が無い。そんな奴は負ける。打つ手の全ては、定めた目的に到達するためでなくては意味がない」

「意味ないじゃん」

「そうだ」


 ルキウスが自信を持って断言した。


「ふざけているのか?」

「真剣にふざけている」


 ルキウスが目を剥いて口角を上げた。

 二人はしばらくにらみ合った。サンティーが何か思いついた顔をした。


「そうだ! 迷宮造って、そこに落とそう」

「造ってられるか!!」


 ルキウスはすかさず叫んだ。


「ルキウス様、大丈夫ですか?」


 二人の後ろからヴァルファーが声をかけた。主の言っていることは、彼からしても普通ではなかった。


「ああ、最高だ!」

「え」


 思わぬ主の明るい声に彼は戸惑った。


「奴らは繁殖時以外は完璧に人だ。そこが最高だ!」


 ルキウスは重ねて言った。


「つまり奴らの基本行動は人間そのものだ。敗北だよ。広範囲で見分ける手段は無い」

「・・・・・・無理だと」


 無理ならすぐに殲滅に移行するしかない。しかしルキウスは別の言葉を続ける。


「ヴァルファー、勝ち筋は見えてきた。確実とはいえんが、誤差は手作業で補う」

「さっき負けるって言ってたじゃん」


 サンティーが言った。


「蟲の戦略が完璧なら勝てる」

「どうされるので?」

「それを決めるには色々と詰めないくてはな。スンディの公的な情報は得ているな。中央を落とした時点で報告させたろう?」

「全て写しています。しかし、スンディの情報元は奴らです」

「奴らが計画的に嘘を報告したと思うか?」

「判断が難しいところです。行動を起こす前に嘘に気付けば、捜査したでしょう」

「知りたいのは地方貴族の動向・性質・資産規模だ」

「その辺りは・・・・・・虚偽なら、ばれやすいので避けるでしょう」


「ならいい。固定兵器の配置場所の選定は終わったか?」

「はい」

「後で記入した地図の複製をくれ」

「そっちは封鎖用だな?」


 サンティーが聞いた。


「ああ、あれも無いよりマシ、という兵器だが、一時的には役に立つ」

「発掘品級の物が大量にあるのに勝てないのか?」


 サンティーが不思議そうに言った。


「全部並べてスンディの全国民と正面衝突したなら勝てるさ。余裕だな、そう使うべき物で、そう使いたかったとも」

「それでも封鎖は無理なのか?」

「兵器による常時封鎖はな。スンディの人口が一千万以上、仮に健康な大人が五百万として、一万人の集団五百組が一斉に兵器を設置した国境の突破を試みればどうなる?」


 ルキウスがヴァルファーに尋ねた。


「八割は抜けるかと」

「全然だめだな」

「実際には抜けられそうな場所に我々が行って人力で殲滅し、抜けたなら追うが、それでも半分ぐらいは抜けるだろう」


(奴らは増加すると隠れるのをやめ反逆した。第三段階として、百万になったぐらいで一斉に四散する可能性はある。そう考えると時間の余裕はない)


「兵器の威力は高いよな?」

「一発で人間を挽き肉にできる、が、固定兵器は弾を自分で補充できない。動けるのは補給基地までは戻ってくるが、消耗が激しい。一か所に一万も集中されると、単純に弾が足りない。さらに魔術師がいれば、ある程度対応される」


 中位以上銃弾除けの魔法を使っておけば、どんな高威力でも実体弾は逸れる。回数、時間、耐久力の制限があるにしても、相当に弾を使わされる。


「物量には勝てないと。それとも魔術がすごいのか」

「さらにネズミや鳥を全て落とす必要があるから、人が来なくても消耗する。数的に薄く並べるしかない。突破された場所には、後方から動ける兵器が行くが、車両型は地形を選ぶし、数も少ない。さらに格闘戦ができる小型は継戦能力は低い。だから配置するのは殲滅時に国境を閉じる時だけだ。閉じている間に中を終わらせる」


 変化している可能性がある以上、動物は全て止める必要がある。


「ちらほらと来る分には問題ありません。バッテリー型の対空砲は早期に配置してあります。あれは発電できますし、出力を弱めれば残弾が増える。これが届かない超高空は、神代からある軍事衛星が問答無用で落とすと思われます」


 ヴァルファーが言った。おそらく不幸な伝書鳩が巻き添えを喰らっているだろう。


「帝国でいう〈帝国の星〉に当たる物があるんだな」


 サンティーが空を見上げたが、何も見えてはいない。


「おそらく誰も制御していないがな。あれは世界中の空にあるようだ。で、対空砲陣地の前に林の壁を造る。薄い壁になるが、無いよりいい」

「封鎖手段自体は予定通りですね?」


 ヴァルファーが尋ねた。


「ああ、次はエヴィエーネに透過写真をできるだけ多く撮影させろ。AIに学習させる。標本は健常者、感染者が一万もあればいい。感染途中の物も欲しいが数は揃うまい。仮想データも使う」

「はい」


 ルキウスの意図を理解していないだろうが、ヴァルファーはすんなり返事した。


「加えてアルトゥーロの機械を全て投入できるように準備をさせておけ」

「機械を使われるので?」

「ああ」

「あれの画像判断では正確さが担保されるのは五メートルが限度という報告ですが、よろいしいので?」

「十分だ。機械どもは殺戮モードで使う」

「しかし判定機能を確保しても、透過系のセンサーを持つ兵器は限られています。それに操作できるのはアルトゥーロだけです。高度な自立行動ができるタイプは少ないですが」


 ヴァルファーは言わなくてもわかっているはず、という顔をしている。


「それほど戦闘させない。検査対象を追いかける必要も無い。大人しく受診してもらうさ、人にも蟲にも。全員とはいかんが」

「私にはどうされるおつもりなのか・・・・・・」


 ルキウスはヴァルファーの困り顔を見て笑った


「諜報用のレーザー音波検査装置があったろ? あれはまあまあの射程がある」

「あれはターゲットを追いません。そもそも設置型で自力で動くものでもないですし」

「追いかけないと言ってるだろう」


 ヴァルファーが戸惑っているとルキウスがそれを察して言った。


「ヴァルファー、私はな、恐怖させる側であって、させられる側ではないんだ」

「当然です」


 ヴァルファーの声には熱があった。微妙な変化だが、ルキウスが聞いたことのない語調だった。


「・・・・・・ちょっとばかり蟲が驚かせてくれたもので、それを思い出したよ」


「エヴィエーネの手は欲しいですが」

「彼らはこのまま囮だ。蟲には最大の脅威が中央に行くと認識させる。後の収拾に必要だ」

「そうですね」

「我々は蟲から完全に姿を消す。森は目立つだろうが、奴らに意味は理解はできまい」

「具体的にはどうするので?」


「まず蟲の解析は終わりだ。そっちの人員を全て工作に回す。無理な奴は国境封鎖の補助だ。それ以外は雑務、詳細は帰ってからだ」

「マリナリは? 一日ぐらいならあっちを留守にできるだろうと」

「必要なら使え、手は多い方がいい」

「ではまずは帰還を」


 ヴァルファーが転移の準備に入った。


「面白くなるのか?」


 サンティーが言った。


「いや、実に退屈な結果だ。人間初心者に人間を教えてやる。幼児教育だ」

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