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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
2-1 伝説の復活
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おかしの家2

「早く追わないと」


 エヴィとドテンが壊れてしまわない内にと、マウタリは奥へ進む。


「そうね、追いかけましょう」

「警戒も必要ですぞ」


 薄暗く長い直線を慎重に進むと前から人影が歩いてきた。それは人型の焼き菓子だった。顔のつくりは大雑把だ。剣と盾を装備しているが、それも多分お菓子だ。


「動くお菓子だ。菓子の戦士」


 マウタリはじりじりと距離を詰めた。菓子の戦士が剣を動かそうとした瞬間、素早く斬り込むと、あっさり菓子の戦士は切断され倒れた。


「にぶい、もろい」

「お菓子食べ放題ね」


 シュケリーはチョコの板をくわえている。さらに転がった盾をかみついたが、硬かったようで、納得しがたい表情で最初の部屋から持ってきたエヴィの袋に入れた。


「顔に黒いのついてるよ」

「食べれる時に食べないと」


 シュケリーはチョコを口に押し込んだ。


「なんでお菓子が動くの?」


 断面を見たが、完全にお菓子だ。


「呪術にて仮初めの魂を与えた物か、他の被害者の成れの果てか」


 コロが言った。


(あれも人なのか? だとしても、どうにもできない)


 通路には分かれ道が多くあったが、まずは真っすぐに進んだ。数体のお菓子を倒し、大部屋に出た。


 そこにはお菓子達が整然と整列していた。百体以上が部屋を等間隔に埋めている。彼らは同じ動きで一斉に武器を構え、こちらに向き直る。


「マウタリ、下がって」


 シュケリーの声が聞こえたと同時に、部屋中を荒れ狂う火炎が襲った。炎はマウタリの眼前に迫り、熱で目を閉じ、「うわっ!」と反射的に床を転がった。


 熱風が頭の上を抜けて、顔が焦げたかと思った。まだ顔が火照る。

 起きると、全てのお菓子は焼け焦げてバラバラになって倒れており、焦げた匂いが漂ってくる。シュケリーの手には、真っ赤な〈業火僭主の短杖ワンド〉が握られている。

 彼女は満足そうに荒い鼻息を吹いた。


「それ、危険だから使うなって言われてたでしょ、回数にも限りがあるって」

「相手は危険な魔女なのよ。二人もいないわ」

「数は多かったけど、あれは弱いと思うよ」

「これで外から家ごと焼けばいいと思う」


 シュケリーは杖を素振りする。


「二人を壊さずに外に出せればいいけど」

「それは名案ですな」


 コロも賛成したので、引き返すと部屋への扉が無くなり、平坦な壁になっていた。

 マウタリが壁を蹴ったが音が響かない、向こう側が無い感じだ。


「駄目だ! 出口が無くなった」

「破壊光線が出るの使う?」

「・・・・・・止めてよ」


 シュケリーが試した事の無い鍵開けの魔法を何度か使ってみたが、壁は壁のままだった。





「力価の資料はどこや?」


 エヴィエーネが片手で資料を持って読み、もう片手で加熱した液体を混ぜ、慌ただしく調合をしている。


 資料はルキウス達が作成したものを、自動筆記ペンで複製した。


「こぼすなよ。ここは密閉されている」


 ルキウスが言った。場所はおかしの家の下に造った地下室。急ごしらえで土を掘って壁を固めたもので、それなりに広い。しかし資料に調合設備、森を管理するための設備で散らかっている。


 テスドテガッチは真っすぐに手足を伸ばして、うつ伏せで寝ている。


「この先は蟲だらけやし、火力重視と隠密用の薬を増やさんと、こうなるとわかっておけば、副作用が弱いのを多めにしたものを。保存期間の短い威力の強いのにしよう、すぐに使うから二週間もてばええやろう」


 ルキウスはそれを使い切らなかった時を心配したが、道中は任せたので何も言わない。


「エヴィ、蟲について何かの取っ掛かりは得たか?」

「生憎パッとせん。セントラルドグマも常識通りやし」

「そうか」


 ルキウスは失望しない。むしろ期待通りの回答だ。


「うちは時間が経って馴染んだ蟲の行動から人との差を見つけるの無理や。そもそも、どんなんが人間やと思います? 物理的に人が行える動きは全て人の範疇やと思うけど」


 エヴィがルキウスに聞いた。


「自発的に自分を人間だと思っている者が人間だ。全身を機械化した場合もあるし、生体組織では判断できない」

「そうきまっか、自分で決めると」

「そういくとも、彼らと問答はできないが」

「神らしい答えで」

「そうか?」


「あの子はもう少し育った頃が食べごろよねぇ、男になる境目ぐらいが希少なの」


 アブラヘルがお菓子に魔法を掛けて、ソワラに渡した。ソワラはそれを膨らむ前にさっさと迷宮に転移させている。


「老婆には関係あらへん。余計な興味持たんといてや」


 エヴィが鼻で笑った。


「あれは仕事でやってんのよ!」


 アブラヘルがエヴィエーネにつかみ掛かろうとした。


「よしなさい、全員爆発しますよ」


 ソワラがアブラヘルをつかんで止めた。

 

「ルキウス様ぁ、悪い小娘にいじめられてるのお」


 アブラヘルが猫なで声でルキウスにまとわりついた。


「これが適役だから我慢してくれ」

「私ぃ、すごぉくがんばってるの」

「ああ、そうだな。よくやったぞ、アブラヘル」


 ルキウスが彼女の頭をなでた。


「まあ! ようやく私の価値をご理解なさったのね!」


 アブラヘルの表情がぱっと明るくなった。


「これ! 離れて仕事をしなさい」


 ソワラがアブラヘルの頬を力いっぱい押すが、全力で抱き着いているので離れない。


「おかしの家はぁ、専門じゃないんですからねぇ」

「わかっている」

「アブラヘル、お前、割と誰でもいいと思っているな?」

「そんなぁことぉ」

「どっちでもいいから余裕がある。最近理解したぞ」

「私はルキウス様一筋でーす!」


 アブラヘルが若々しい笑顔で、普段と違う私をアピールする。


「私の夢に侵入を試みるのもやめるように。最近は寝ていないが」

「つれないところも素敵ぃ」


 アブラヘルが胸板に頬ずりする。


「いい加減に離れなさい!」


 ソワラが両手でアブラヘルの顔を抱えて引っ張るが離れない。髪が体に巻き付いている。

 ソワラは本気で怒っているが、アブラヘルはそもそも本気ではない。彼女は自由だ。ルキウスはそう判断した。


 重要なのは心の構え方、自由だと余裕がある。ああしないといけないと思っていると、思考が狭くなる。貧すれば鈍する。


「そう喧嘩せずに仲良くしろ」


 ルキウスが余裕を見せ、ソワラをもう片手で抱き寄せた。


「ああ、ルキウス様」


 ソワラが力を抜いてよりかかる。両手に花だ。

 こうなるとルキウスだって悪い気はしない。むしろ世の中が平和なら積極的に侍らせたい。


「よしよし、仲良く――ギャー!」


 ルキウスが悲鳴を上げた。後頭部の亡霊と化したビラルウに両目を突かれたからだ。


「両手が塞がったところは卑怯だぞ」


 ルキウスが頭を前に傾けると、ビラルウはごろんと前に回って彼の前に着地した。


「なんでここに連れて来たんです? 危険ですよ」


 離されたソワラが不満そうに言った。


「耳をつかんで離さなかった。よく仕事してるし旅行でもと思ってな」


 子供の面倒はブラックサンタのコクゾウに任せてきた。これは良い選択だった。

 彼は良い子供には優しい。世話される側は嵐のように泣いていたが慣れるだろう。


 ルキウスの前には水晶玉があって、マウタリがお菓子を破壊する姿が映っている。


「ほら、お兄ちゃんだよ」


 ルキウスはビラルウを前に座らせた。水晶玉を見てチョコレートをむさぼっている。しかしすぐに立ち上がり別のお菓子を取りに行った。


 ルキウスが水晶玉に注目をさせようとしたが「むう!」と手を振り払われた。


「興味ないのか?」


 彼女はお菓子に夢中なので、ルキウスは水晶玉を見た。ギャッピーがマウタリの愚痴を聞いていた。シュケリーに魔法を自粛するように言って欲しいと言われている。


「なんでギャッピーは説明してないのに、話を合わせられるんだ?」

「あの子は聡明ですから」


(知識量がおかしいだろう生態的に。文明的な生物じゃないぞ)


 ルキウスは映像のシュケリーに注目した。こちらは袋にお菓子を詰め込んでいる。


「お嬢さんは純粋に異星系だけ探知しているようだな。やはり混沌には反応しない。あの時、付近に色々と設置しておいたがギャッピー以外の方は見向きもしなかった。お菓子の魔力は見えているようだが」


「中々見所のある娘です。あとは第四腕の付け根をなでてやれば合格です」


 ソワラはギャッピーの処遇に納得しているようだ。


「そうか」

「ルキウス様はしばらくここにおられるのですよね?」

「ああ、こっちは森の外へ出ようとする魔物を監視するのに忙しい」


 ルキウスは森に放った魔物を外に出さないために、召喚した緑の使徒を森に配置して、精神的接続で命令を出している。一行が森を出るまで留まる必要がある。


「一方通行のルーンでも石碑に刻んで、内側へ誘導すればいいのでは」


 アブラヘルが言った。


「それやると中に入った人間も永久にさまよう。そもそも準備時間も無かった」

「ここも速やかに終わらせねばなりません。他の予定が詰まっていますから」


 ソワラが言った。


「スケジュールの合間合間に、慣れない邪悪の森から色々と引っ張ってきたんだ。王都圏前に鍛えないと。全部討伐していってくれよエヴィ」


「ほいほい」


 資料を眺めているエヴィエーネが適当に返事をした。


「追加の大型菓子はどこですか?」


 アブラヘルが積まれた箱を開けて探している。


「大型はそこに・・・・・・」


 ルキウスがお菓子を置いたはずの場所で、ビラルウが人型でケーキを胴体にしたケーキ魔神を食べていた。


「中ボスがいなくなりましたね」


 ソワラが言った。


「ショクザイソウコが特別な材料で見た目と味の両方にこだわって焼いた人形だぞ、美味しいか?」


 ビラルウは目移りしているらしく、途中でケーキ魔神を離して、また別の菓子を口にした。


「片手が無くなっただけだ、いける」


 ルキウスが左右のバランスが悪くなったケーキ魔神をアブラヘルに渡した。


「ドンドン送って配置しろ」


 ルキウスがレモンパイの底に足をいっぱい取り付け始めた。それぐらいしかここでやることがない。足さえあればなんだって戦える。


「これは顔が酷いねえ」


 アブラヘルが次に手にしたお菓子の兵隊は顔が潰れている。


「形が悪いのはレニが手伝ったのだ。ドニのはまともな形をしてる」


「この柔らかいのはどうするんです? 歩けるんですか」


 アブラヘルがプリン、パフェ、マスカルポーネクリームの塊を見た。

 作り置きのお菓子の在庫を全部投入しているのでなんでもある。


「お菓子と定義できる範囲なら、動きはするでしょう。つまようじでも刺しておきなさい」


 ソワラが言った。


「棒が刺さった状態で這いまわるだけだと思うけどねえ」


「おい、一口ずつ食べるのはやめなさい」


 ビラルウが並べてあるお菓子を順番に食べていく。欲望に忠実な食べ方だ。

 ルキウスが勝手に作った激辛シュークリーム等も混ざっているので危険だ。


「行儀が悪いぞ、そんなことでは淑女になれない」


 ルキウスがビラルウを抱きあげた。


「むう!」


 彼女は不満そうだが、目の前にアイスクリームを置いてやるとそれに集中した。


 水晶玉の中ではマウタリがお菓子相手に無双している。


「やはり、《お菓子の兵隊/コープス・オブ・スイーツ》程度では相手にならんな」

「特別製のお菓子の城に、おかし専門の魔女なら、千レベル級になりますけどね」

「この世界の城を百個建てた方が、あのお菓子より安いでしょうね」


 アブラヘルとソワラが言った。


「このまま倒し続けてもらおう。剣の変化はレベル五百を示している。ナノマシンの保護は有効とわかった。次の変化は五百五十、そこまで行ければお菓子の兵換算で必要経験値を大まかに計れる」


 ルキウスが言った。

 成長装備は所有者の成長に応じて成長する。

 費用対効果は良いがずっと装備している必要があり、アトラスでは不人気だった。通常は近接武器三つに遠距離武器一つぐらい持ち歩き、敵に応じて使い分ける。その編成も行く場所に応じて変わる。


 マウタリの剣はルキウスの測定器である。彼に武器の使い分けは困難だし、修復機能のあるので丁度よく、貴重なレベル観測の機会だったのであれを与えた。


 次のレベル五百五十になれば、〈真実を照らす光〉が使える。不可視化や変化を見破るので、単独で戦う戦士には有用な武器だ。


「流石に半日では・・・・・・」

「分かれ道をやめにして、ひたすら単純ループさせればだな」

「不自然では?」


 ソワラが言った。


「出てくれば倒すしかあるまい。お菓子はどんどん焼いてるから数はあるぞ」

「あの坊やを鍛えれば、事態を収拾できるんですか?」


 アブラヘルが尋ねた。


「期待していないが予言なので一応やってる。どっちにしろ、彼には国の面倒をみてもらわないといけない。特別な才能の持ち主なのは確かだから、鍛えておけば人種社会の役には立つだろう」

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